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量子情報通信ネットワークの実現に向けた、「量子もつれ交換」の高速化に成功

~1秒間に108回、従来の1,000倍以上の高速化を実現~

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2015年3月20日

独立行政法人 情報通信研究機構
国立大学法人 電気通信大学

ポイント

    • 「量子もつれ交換技術」を従来の1,000倍以上に高速化
    • NICT独自開発の高速の「量子もつれ光源」と「超伝導光子検出器」を用いて実現
    • 原理実証レベルの実験から本格的な試験ネットワーク上での実証実験へ

NICTは、国立大学法人 電気通信大学(学長: 福田 喬)と共同で、量子情報通信ネットワークの基本操作である「量子もつれ交換」を従来技術の1,000倍以上の高速化に成功しました。これまでの量子もつれ交換技術は、速度が遅すぎて、原理実証実験はできても、実際のネットワーク上での通信実験に適用することは不可能でした。本成果により、光ファイバーネットワーク上で、量子もつれ光子対に対する回線交換や量子暗号を長距離化するための中継実験を行うことが可能になります。
なお、本成果は、英国科学誌「Scientific Reports」(Nature Publishing Group)(電子版: 英国時間3月20日(金)午前10:00)に掲載されます。

背景
量子もつれ交換の原理
量子もつれ交換の原理
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量子もつれ光子対は、離れた2地点にある光子の間に強い結びつき(いわゆる量子もつれ相関)を持つため、レーザー光では実現できない安全な通信(量子暗号)や高速の計算(量子計算)を実現することができます。複数の量子もつれ光子対をネットワーク上で伝送し、必要な地点間で量子もつれ相関を自在に形成することができれば、量子暗号の長距離化や量子計算機のネットワーク化が可能になります。
そのための基本的なプロトコルが量子もつれ交換です。これは、地点A、B間及び地点B、C間でそれぞれ量子もつれ光子対A-B及びB-Cを共有し、中間地点Bにおいて各対の光子2つにベル測定と呼ばれる操作を行うことで、本来、相関のなかった地点A、C間に量子もつれ相関を形成するものです(右図参照)。
量子もつれ交換を通信ネットワーク上で実現するためには、光ファイバーに適した通信波長帯の光子対を用いる必要があります。通信波長帯における量子もつれ交換の処理速度は、これまで最大でも10秒ごとに1回程度しか行うことができなかったため、プロトコル自体の原理実証はできても、実ネットワーク環境下の通信実験には至っていませんでした。

今回の成果
量子もつれ交換の実験装置
量子もつれ交換の実験装置

量子もつれ交換を高速化するためには、要素技術となる光子検出器の高速化と高感度化、さらに、A-B間、B-C間の量子もつれ光子対を生成する量子もつれ光源の高輝度化と高純度化が必要です。
NICTでは、平成25年11月に、通信波長帯超伝導光子検出器の大幅な高感度化(検出効率30%→80%)に成功しました。
さらに、平成26年12月、光ファイバー通信波長帯において、高輝度・高純度量子もつれ光を生成できる周期分極反転ポタシウムタイタニルフォスフェート(KTiOPO4)結晶を用いた独自の高純度かつ高速の「量子もつれ光源」を開発しました。
今回、これらの要素技術を統合し、さらに、2つの独立な量子もつれ光源から生成されたA-B間、B-C間の2組の量子もつれ光子対の光子を地点Bで極めて高精度で干渉させるための同期技術を確立することにより、1秒間に108回の量子もつれ交換を行う装置の開発に成功しました(図参照)。これは、従来の速度の1,000倍以上に相当します。

今後の展望

今回の成果により、これまでは速度が遅すぎて不可能だった、光ファイバーネットワーク上での量子もつれ交換実験が可能になります。このことにより、量子暗号の長距離化に向けた研究開発が大きく前進します。数百kmを超える長距離量子暗号を実現するためには、送受信者間で量子もつれ光子対を形成する必要があります。しかし、量子もつれ光子は、伝送中の雑音・損失によりその性質が容易に破壊されてしまうため、中継点で破壊された量子もつれの性質を回復する「量子中継技術」の実現が不可欠となります。量子もつれ交換は、その量子中継を実現するための最も重要な要素技術の一つであることが知られており、今回の成果は、量子中継の実現に向けた大きな前進となります。
NICTでは、今後も産学官の機関と連携し、量子暗号の長距離化や量子計算機のネットワーク化に向けた研究開発を進めていく予定です。

掲載論文

掲 載 誌:Scientific Reports(Nature Publishing Group), DOI: 10.1038/srep09333
U  R  L:http://www.nature.com/scientificreports
掲載論文名:Highly efficient entanglement swapping and teleportation at telecom wavelength
著 者 名:Rui-Bo Jin, Masahiro Takeoka, Utako Takagi, Ryosuke Shimizu and Masahide Sasaki

各機関の役割分担

●NICT:量子もつれ交換システムの構築、実証実験を担当
●電気通信大学:データ解析を担当



補足資料

今回開発した量子もつれ交換の実験装置及び測定結果
図1:量子もつれ交換の実験装置の構成
図1:量子もつれ交換の実験装置の構成
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図2:量子もつれ交換の実験装置の写真(再掲)
図2:量子もつれ交換の実験装置の写真(再掲)
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図3:単一光子検出器の写真
図3:単一光子検出器の写真
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今回開発した実験装置の構成を図1と図2に示します。
量子もつれ光源は、周期分極反転ポタシウムタイタニルフォスフェート(PPKTP, 化学組成KTiOPO4)結晶を時計回りと反時計回りの両側(図1、2の矢印)から励起することにより、光子対を生成する構成になっています。その後、生成された光子対をビームスプリッターにより混ぜ合わせることによって、光子対に量子もつれが生じます。このような構成は、「サニャック干渉計」型と呼ばれ、高純度・高輝度に量子もつれ光子対を発生することができます。また、図3は、単一光子検出器の写真です。検出器内部のデバイスの構成などを最適化することにより、これまで30%程度であった検出効率を80%程度まで大幅に改善することに成功しました。
量子もつれ交換実験では、量子もつれ光源の装置を2台用意します。一方の装置(光源1)から生成された量子もつれ光子対の一方の光子を地点Aへ、もう一方の光子を地点Bへ送ります。もう一台の装置(光源2)から生成された量子もつれ光子対は、一方を地点Bへ、もう一方を地点Cへ送ります。
地点Bでは、2つの光源から到達した光子に対して、光ファイバーを使ったビームスプリッターによる干渉計測を利用したベル測定を行います。ベル測定では、2つの検出器の両方で光子が検出されたときのみ、量子もつれ交換を成功させる干渉が起こり、残った光子の間に量子もつれ相関が形成されます(用語解説参照)。そのため、地点Bでのベル測定装置で2つの光子が検出されたとき、地点Aと地点Cに到達した2つの光子の間に、量子もつれ相関が形成されます。地点Aと地点Cの光子が量子もつれ相関を形成しているかどうかは、「ペレスの判定基準」と呼ばれる理論により判定することができます。この理論によれば、各々の地点に設置された、任意の角度の直線偏光成分のみを透過する検光子の角度を変化させ、地点Aと地点Cに到達した光子の偏光の相関を測定し、その明瞭度が33%を超えていれば、A-Cに到達した光子対の間に量子もつれ相関が形成されている証拠となります。
 

図4:実験測定結果
図4:実験測定結果
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図4は、地点AとCに到達した2つの光子の偏光の相関を測定した結果です。この測定では、地点Aでの検光子(検光子A)の角度を0度、45度、90度、135度のいずれかに固定し、地点Cでの検光子(検光子C)の角度を掃引します。2つの光子の間に量子もつれ相関がない場合、グラフはそれぞれ横一直線になりますが、検出された光子対には強い量子もつれ相関があるため、波打つ形になっています。明瞭度は、この波形の最大値と最小値の比で与えられます(正確には(最大値-最小値)/(最大値+最小値))。グラフでは、すべての場合において明瞭度が33%を大きく超えており、A-C間に量子もつれ相関が形成されていること、すなわち、量子もつれ交換が成功していることを示しています。

表1:通信波長帯量子もつれ交換の過去の実験結果との比較
表1:通信波長帯量子もつれ交換の過去の実験結果との比較
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表1は、通信波長帯において過去に行われた通信波長帯における量子もつれ交換実験との比較を表します。表1のとおり、過去の実験では、1秒当たりの量子もつれ交換の成功率は最大でも0.1程度、つまり、10秒ごとに1回しか、量子もつれ交換が行われていませんでした。
一方で、NICTの今回の実験では、1秒間に108回の量子もつれ交換を行うことに成功しました。
このことから、今回の実験において、従来の1,000倍以上の高速化に成功したことがわかります。

参考文献

[1] Marcikic, et al, Nature 421, 509 (2003).
[2] Riedmatten, et al, PRA. 71, 050302 (2005).
[3] Halder, et al, Nat. Phys. 3, 629 (2007).
[4] Takesue, et al, Opt. Express 17, 10748 (2009).
[5] Xue, et al, PRA. 85, 032337(2012)
[6] Wu, et al, J. Phys.B 46, 235503 (2013).

過去のNICTの報道発表

・  平成25年11月5日

検出効率80%以上の「超伝導ナノワイヤ単一光子検出器」を開発
~従来の3倍のシステム検出効率を達成!~

・  平成26年12月19日

量子通信の実現に向けた、量子もつれ光の高速生成技術を開発
~従来の30倍以上の高速化を実現~



用語解説

量子情報通信ネットワーク

現在の情報通信システムは、電磁気学や光学などの古典力学に基づいて設計されているが、情報操作の原理を量子力学まで拡張することにより、従来不可能だった新機能、例えば、盗聴不可能な暗号通信(量子暗号)や究極的な低電力・大容量通信(量子通信)が可能になる。これらを総合して量子情報通信と呼ぶ。量子情報通信ネットワークとは、複数の地点間で量子暗号や量子通信を行うネットワークのことを指し、ノード(回線の結節点)において、古典的な量子暗号鍵のカプセルリレーを行ったり、量子もつれ交換を行ったりしながら、ネットワーク上でのプロトコルを実行する。

量子もつれ交換

地点A、B間及び地点B、C間でそれぞれ量子もつれ光子対A-B及びB-Cを共有し、中間地点Bにおいて各対の光子2つにベル測定と呼ばれる操作を行うことで、本来、相関のなかった地点A、C間に量子もつれ相関を形成するもの

量子もつれ光子対

2個の光子が、古典力学的には考えられない特殊な相関を持って結びついている状態をいう。この状態を構成する光子のうち、ある1つについての情報が測定によって確定すると、それに伴って別の光子についての情報も確定する。この量子もつれ状態が、量子計算などといった量子情報技術の基盤となっている。

量子暗号
量子暗号

量子暗号は、右図に示すように、「量子鍵配送」による秘密鍵の共有とそれを用いた「ワンタイムパッド暗号化」から構成される。
量子鍵配送では、送信者が光子を変調(情報を付加)して伝送し、受信者は届いた光子一個一個の状態を検出し、盗聴の可能性のあるビットを排除(いわゆる鍵蒸留)して、絶対安全な秘密鍵(暗号化のための乱数列)を送受信者間で共有する。変調を施された光子レベルの信号は、測定操作をすると必ずその痕跡が残る(ハイゼンベルクの不確定性原理)ため、この原理を利用して盗聴を見破る。
ワンタイムパッド暗号化では、送信情報のデジタルデータを、それと同じ長さの秘密鍵(0と1のランダムなビット列)と足し算することで暗号化し、復号は更にもう一度足し算をすることで行う。パッドとは暗号鍵を意味する。一度使用した乱数列は二度と使わないというのがワンタイムパッドの規則である。ワンタイムパッド暗号は、解読が絶対的に不可能であることがシャノンにより証明されている。

量子計算

従来の計算機では、1ビットにつき0か1のどちらかの値しか取り得ないので、Nビットの情報を処理する場合、全部で2N個あるビット列00…0、00…1から11…1までを1つ1つ2N回処理しなければならない。ところが、量子コンピュータでは、「0」でもあり同時に「1」でもある状態、いわゆる量子ビットを用いることで、2N個のビット列がすべて重なり合った状態を用意し、これに対して一度だけ演算することで同等の処理が実現できるため、現在のスーパーコンピュータでも不可能な超並列計算を実現することができる。

ベル測定

光子対に対するベル測定は次のように行われる。まず、右図のように各対の光子どうしをビームスプリッターにより干渉させ、さらに、ビームスプリッターの片方の出口に偏光ビームスプリッターと光子検出器を置いて、光子の有無と偏光状態を検出する。光子どうしの干渉の仕方は、検出された結果に依存して変化し、2つの検出器の両方で光子が検出されたときのみ、量子もつれ交換を成功させる干渉が起こり、残った光子の間に量子もつれが形成される(ベル測定の方法はいくつかあり、今回の実験とは検出器等の配置が異なる場合もある)。

周期分極反転ポタシウムタイタニルフォスフェート(KTiOPO4)結晶

ポタシウムタイタニルフォスフェート結晶は、レーザー光の波長を変換することのできるデバイスの一つ。この結晶をレーザー励起することにより、光子対を発生させることもできる。今回用いた結晶では、結晶内の分極(電気的な偏り)を周期的に逆向きにする周期分極反転構造を持たせる構造となっており、これにより極めて高純度・高輝度な量子もつれ光子対の生成が可能となる。



本件に関する問い合わせ先

情報通信研究機構
未来ICT研究所 量子ICT研究室

佐々木 雅英、金 鋭博
Tel: 042-327-6524
E-mail:

電気通信大学
先端領域教育研究センター

清水 亮介
Tel: 042-443-5920
E-mail:

広報

情報通信研究機構
広報部 報道担当

廣田 幸子
Tel: 042-327-6923 Fax: 042-327-7587
E-mail:

電気通信大学
総務課 広報係

平野 彰、岡村 こころ
Tel: 042-443-5019 Fax: 042-443-5887
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