ポイント

  • 攻撃行動への加担を調べる手段としてキャッチボール課題を考案
  • 被験者が攻撃行動に加担する程度はその人の社会的不安傾向と相関
  • 扁桃体と側頭・頭頂接合部の結合強度が攻撃行動に加担する程度と相関
NICT 脳情報通信融合研究センター(CiNet)の高見享佑協力研究員(大阪府立西寝屋川高校教諭)、春野雅彦研究マネージャーの研究グループは、攻撃行動への加担を調べる手段としてキャッチボール課題を考案し、人が攻撃に加担する程度とその人の社会的不安傾向が相関することを見いだしました。キャッチボール課題では、被験者4名にコンピュータ上でキャッチボールをしてもらい、2名が1名を攻撃する状況で、残りの1名がどう行動するかを分析します。さらに、脳の領域間結合を調べる安静時fMRIで、攻撃に同調する程度と、不安に関係するとされる扁桃体と社会行動に関わる側頭・頭頂接合部の結合強度が相関しました。今回の結果から、不安を減らすことで、攻撃行動を減らせる可能性が示唆されます。本成果は、2018年12月21日(金)に、英国科学雑誌 『Social Cognitive and Affective Neuroscience』にオンライン掲載されました。
 

背景

近年、SNSにおける炎上や学校におけるいじめなど、攻撃行動が大きな社会的問題となっています。しかし、人間の攻撃行動を引き起こす心と脳の働きの研究は、ほとんど進んでいません。攻撃行動では、攻撃を主導する人に加え、周りの人が加担することで攻撃が重大化します。今回、新たにキャッチボール課題を考案し、脳の領域間結合を調べる安静時fMRIを用いることで、攻撃に加担する心と脳の働きの一端を明らかにしました。

今回の成果

図1 社会的不安傾向と扁桃体結合の攻撃への同調に対する寄与
図1 社会的不安傾向と扁桃体結合の攻撃への同調に対する寄与
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人が他者の攻撃行動に加担する程度とその人の社会的不安傾向の相関を見いだし、その神経基盤として側頭・頭頂接合部の結合強度を同定しました。
NICTは、攻撃行動への加担を調べる方法としてキャッチボール課題を新たに考案し、実験した結果、攻撃に加担する要因として、恒常的な攻撃欲求、仕返し、他者への同調、脅しへの服従、慣れの5要因のうち、他者への同調だけが有意な効果を持ちました。
また、対人反応性指標を用いて、被験者に質問し、攻撃への同調の程度は、その人の社会的不安傾向に相関し(図1A上参照)、他者の感情を感じる度合いである共感性とは相関しないことを見いだしました(図1A 下参照)。
さらに、安静時fMRIの解析から、扁桃体と側頭・頭頂接合部の結合強度が、攻撃に同調する程度と相関することを示しました(図1B 上下参照)。
今回考案したキャッチボール課題では、被験者4名にコンピュータ上でキャッチボールをしてもらい、2名が1名に強いボールを投げ続ける(Strong ball 攻撃行動)状況で、残りの1名が普通のボール(Normal ball)を投げるか、Strong ballを投げるかを分析します。
(詳細は用語解説と補足資料参照)

今後の展望

今後、加担を超えた攻撃行動に関する心と脳のメカニズムの解明も一層進み、いじめなどの攻撃行動を減らすための情報処理技術の開発や脳計測によるその効果の検証などへの発展が期待されます。

掲載論文

掲載誌:Social Cognitive and Affective Neuroscience
DOI: 10.1093/scan/nsy109
URL:https://doi.org/10.1093/scan/nsy109
掲載論文名:Behavioral and Functional Connectivity Basis for Peer-Influenced Bystander Participation in Bullying
著者名:Kyosuke Takami, Masahiko Haruno
 
共著者の情報
大阪府立西寝屋川高校 教諭 高見享佑 

プロジェクト

本研究の一部は、JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「人間と調和した創造的協働を実現する知的情報処理システムの構築」研究領域における研究課題「社会脳科学と自然言語処理による社会的態度とストレスの予測」(研究代表者:春野雅彦)、科学研究費補助金 新学術領域研究「脳情報を規定する多領野連関と並列処理」及び大阪大学COI(センター・オブ・イノベーション)の支援を得て行われました。

補足資料

今回の実験と結果の詳細

[実験課題]
43名の被験者に、新たに考案したキャッチボール課題に取り組んでもらいました。キャッチボール課題では、4名の参加者(図5 P1~P4参照)がボタン押しによって相手とボールの強さを決めることで、順番に一つのボールを投げ合います。
図5の例では、P2がボールを投げようとしています。ボールの強さには、Normal ballとStrong ballの2種類があります。Strong ballは、Normal ballよりもスクリーン上を速く動き、投げられた参加者には格闘ゲームで使われるような不快音が与えられるとともに、続く投球でStrong ballを投げることができません。このようにStrong ballを投げることは攻撃行動の一種であり、実験後のアンケートで被験者はStrong ballを不快であると評価しました。
本実験では、被験者は他の被験者とキャッチボールゲームをすると教示されますが、実際は全員P2の役割をし、P1、P3、P4はコンピュータプログラムが制御します。
キャッチボール課題は8セッション(1セッションの総投球数は8)から成り、セッションの合間に他の参加者の好ましさを1~4で評定し、他の参加者にメッセージを送れます。
 
図5 攻撃行動への加担を調べるキャッチボール課題
図5 攻撃行動への加担を調べるキャッチボール課題
実は、被験者全員がP2の役割でP1、P3、P4はコンピュータ
図6にキャッチボール課題で特に重要なセッション5までの流れを示します。セッション1では、P1、P3、P4はランダムな相手にNormal ballを投げますが、セッション2では、P1とP3はP4を疎外してNormal ballを投げます。P2がここでStrong ballを投げれば恒常的な攻撃欲求を持つと考えます。
これに対し、セッション3では、P4がランダムにStrong ballを投げます。ここで、P2がP4にStrong ballを投げれば仕返しです。
セッション4からP1が、セッション5からはP3も加わり、P4にStrong ballを投げます。ここで、P2がP4にStrong ballを投げれば同調です。
これらに加え、セッション6-7で被験者(P2)は、P1とP3から「P4にもっとStrong ballを投げよう」又は「P4にStrong ballを投げろ。そうしないと君に投げるよ」というメッセージを受け取ります(図5参照)。
図6 キャッチボール課題の流れ図6 キャッチボール課題の流れ
図6 キャッチボール課題の流れ

[行動の結果]
このようなキャッチボール課題の流れに対応し、被験者(P2)の投球行動から各要因の効果を定量化しました(図7左参照)。その結果、攻撃行動(P4へのStrong ball)への加担を増やすのは、他者への同調のみでした。
さらに、攻撃への同調の程度と性格指標の相関をみたところ、社会的不安傾向との相関が見いだされました(図7右上参照)。一方で、従来のいじめに関するアンケート調査で繰返し重要と指摘されてきた、共感性とは相関しませんでした(図7 右下参照)。
このことは、攻撃行動の研究において、アンケートの結果と行動課題の結果が必ずしも一致しないことを示します。その理由として、攻撃行動に関わった人はそのことを隠そうとすること、攻撃に関わった人がそのことを意識していないことなどが考えられます。
図7 各要因の加担への寄与(左)、攻撃への同調と心理指標の相関(右)
図7 各要因の加担への寄与(左)、攻撃への同調と心理指標の相関(右)
[安静時fMRIの結果]
次に、安静時fMRIで測定された脳の領域間結合強度と攻撃に加担する程度が相関するか調べました。146個の脳領域を考え、これらの間の結合を検討したところ、図8に示すとおり、扁桃体と側頭・頭頂接合部、前帯状皮質と後帯状皮質の2つの結合強度のみが相関を示しました。扁桃体と前帯状皮質は、ともに不安に関係する脳部位とされ、行動解析で得られた結果とよく一致しています。
図8 攻撃への同調の程度と相関する脳の機能的結合強度
図8 攻撃への同調の程度と相関する脳の機能的結合強度
このように、本研究は、攻撃行動における加担を行動課題に基づき調べるため、キャッチボール課題を考案し、人が攻撃に加担する程度と、その人の社会的不安、及び扁桃体と側頭・頭頂接合部の結合強度と相関することを示しました。
 
付記
本研究の実施に当たり、事前に被験者全員に対して実験内容を説明し、同意を得ました。また、実験計画については情報通信研究機構の倫理委員会の承認を受けています。

用語解説

対人反応性指標(社会的不安傾向と共感性)
社会性不安と共感性の指標として広く使用されているInterpersonal Reactivity Index (対人反応性指標 IRI)を用いた。社会的不安の指標として「個人的苦痛」を、共感性の指標として「共感的関心」を用いた。
以下に、「個人的苦痛」と「共感的関心」の質問内容を挙げる。被験者は1-5の5段階で回答する。*は反転項目。
・ 「個人的苦痛」(社会的不安)
非常事態では、不安で落ち着かなくなる
激しく感情的になっている場面では、何をしたらいいか分からなくなることがある
気持ちが張り詰めた状況にいると、恐ろしくなってしまう
切迫した状況では、自分をコントロールできなくなる方だ
差し迫った助けが必要な人を見ると、混乱してどうしたらいいかわからなくなる
誰かが傷つけられているのを見たとき、落ち着いていられる方だ*
緊急事態には、たいていはうまく対処できる*
・ 「共感的関心」(共感性)
自分より不運な人たちを心配し、気にかけることが多い
誰かがいいように利用されているのをみると、その人を守ってあげたいような気持ちになる
自分が見聞きした出来事に、心を強く動かされることが多い
自分は思いやりの気持ちが強い人だと思う
他の人たちが困っているのを見て、気の毒に思わないことがある*
他の人たちが不運な目にあっているのはたいてい、それほど気にならない*
誰かが不公平な扱いをされているのをみたときに、そんなにかわいそうだと思わないことがある*。
安静時fMRI
安静時fMRIは、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)の一形態で、課題を行っていない状態での脳の部位と部位の相互作用を調べることを目的とする。撮像法自体は、課題時のfMRIと同じであるが、内在的な脳ネットワークを調べることに適している。

扁桃体
図2 扁桃体の位置 上側、横側から見たMRI像
図2 扁桃体の位置 上側、横側から見たMRI像
扁桃体は、多くの動物と共通する原始的な脳の領域である(図2アーモンド状の青い部分)。感情(情動)反応の処理と記憶において主要な役割を持つことが知られ、顔の表情の理解、恐怖条件付けなどの情動判断に関係するとともに、不安障害とも関連する。近年では、分配行動など一見高度に見える社会行動に関与することが明らかにされている。
側頭・頭頂接合部
図3 側頭・頭頂接合部の位置
図3 側頭・頭頂接合部の位置
後側、横側から見たMRI像
側頭・頭頂接合部は、側頭葉と頭頂葉が接する領域(図 3 青い部分)で、「自己と他者の区別」や他者の意図や思考を推察する「心の理論」など社会的な機能と関わることが報告されている。
図4 脳部位の相対関係
図4 脳部位の相対関係
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扁桃体と側頭・頭頂接合部を含む脳部位の相対的な位置関係の概略を図4に示す。

本件に関する問い合わせ先

国立研究開発法人情報通信研究機構
脳情報通信融合研究センター
脳情報工学研究室

春野 雅彦

Tel: 080-9098-3239

E-mail: mharunoアットマークnict.go.jp

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