タイトル ディジタル時代を先取りする医療画像の世界
江  浩

はじめに

 近年、高速かつ大容量のコンピュータが次々と開発され、大容量の画像処理を迅速に行えることになるとともに、ネットワーク技術の発達により、点在するデータの取得や通信を簡単かつ迅速に行うことができるようになってきている。一方、医療技術の進歩により、X線CT(コンピュータ断層撮影法)やMRI(磁気共鳴映像法)のような高度医療用の機器が各病院に普及し、医療現場では画像が医師の病気診断や手術計画の組み立てのための重要な材料になっている。このような状況においては、間近に迫った高齢化社会、福祉社会にとって医療画像処理に関するより進んだ技術の開発が不可欠になっている。
 医療画像処理の研究においては先導的・公共的映像アプリケーションの開発が一つの重要な課題である。我々はコンピュータとネットワーク技術を用いて病気予防及び治療を支援するという考えに基づき、医療画像を対象とした応用システムの研究開発を進めている。その概念図を図1に示す。このシステムは、ネットワークで繋いだ病院、保健所、移動型の診断治療装置等からの患者画像情報を基に、コンピュータ支援診断システム、コンピュータ支援治療システムといった高度アプリケーションシステムを用いて、過疎地等への高度医療技術の提供、患者と医師、或いは専門医と担当医の間の診断治療指導等を実現し、国民のひとりひとりがいつでも、どこでも高度医療サービスを受けることができるものである。
図1 医療画像の処理・通信システム
肺がん検診用X線CT像の
コンピュータ支援画像診断システム
 
 現在、毎年健康診断が実施され、肺に対しては単純X線撮影が行われている(図2の左)。将来は、より鮮明で、読影しやすいX線CT像などを用いた健康診断が実施されると予想される(図2の右)。但し1人の検査者に対して単純X線撮影の場合では1枚の画像を読影するのに対して、CTの場合では数十枚単位の読影が必要になる。集団検診で医師がこのような大量のデータに基づいて、正確な診断結果を出すのは重労働である。そこで、我々は解剖学知識、医師の経験などを組み込んだコンピュータ支援画像診断システムを構築しようとしている。
 現在開発中の肺がんのコンピュータ支援画像診断システムでは、X線CT用で、1人の検査者につき約30枚の画像、1日60人の利用を想定している。本システムは画像処理サブシステムと診断サブシステムからなって、画像処理・パターン認識などの手法を用いた画像処理サブシステムで得られた結果を診断サブシステムに情報提供することにより、医師の診断をより正確かつ、迅速に行うことができる。
 画像処理サブシステムは、診断支援用の画像処理を実行し補助情報を作成する。すなわち、被験者の画像から病気の有無(病巣陰影の有無)、病巣が存在する場合の存在位置、大きさ、病巣の種類といった医師の診断作業に必要な情報を画像やテキスト等の形で作成する。また、この補助情報作成はオフラインで処理し、すべての結果をコンピュータに蓄積して、診断作業に必要な時にすぐ使えるような状態でシステムに管理されている。

図2 X線像(左)とCT像(右)
 

図3 胸部CT多断層像
 診断サブシステム(図4)は、X線CT原画像および上記画像処理サブシステムで作成された補助情報を画面上に表示するもので、医師が診断作業を行うためのユーザインタフェースである。このサブシステムには、患者情報表示画面、原画像表示画面、補助情報表示画面などからなり、原画像表示画面では動画(シネ表示という方法で)のように1画面で各スライス情報をメイン画面に順番表示する。補助情報表示画面では同様に複数の補助情報を動画のようにサブ画面として表示する。医師は患者の原画像及びシステムから提供された補助情報を統合して診断を行う。すなわち、大量の患者データはネットワーク経由でコンピュータ支援診断システムに入力され、夜中の時間、あるいはバックグラウンドで処理され、診断用の補助情報を作成して記録される。医師が読影作業を行う時、患者情報、原画像、補助情報を基に、最終診断結果を下すという流れのように、本システムの使用によって医師の読影作業を効率的にサポートする。

脳外科手術のための
ナビゲーションシステム


 三大成人病の一つである脳卒中は脳内病気の総称で、この病気を治療する際、手術計画の組み立ては手術成功を左右するもので、医師にとって労力と経験を要する知的重労働である。従って、撮影技術とコンピュータ技術を使い、脳内構造を可視化し、医師が観察しながら手術計画を組み立てるためのナビゲーションシステムは重要である。術前に仮想的な頭部で、患部への到達パスの周囲にどのような組織が存在しているのかを知り、その形状を確認することが可能となるため、実際の手術ではより早く、確実に患部に到達し、侵襲を最小限に抑えることが期待できる。
 我々は、このナビゲーションシステムを提案、開発している。本システムでは、画像解析部とナビゲーションサポート部からなる。画像解析部では、CTやMRIのマルチモーダル3次元画像を入力とし、あらかじめ構築されたデータベースを参照しながら、観察に必要な情報を作成する。すなわち、各組織の形状、存在位置などの固有情報と、データベースの参照によって得られた解剖名称、重要度といった共通情報をナビゲーションサポート部に提供する。ナビゲーションサポート部では、ボリュームレンダリングと立体視などの表示法及びグラフィカル・ユーザ・インタフェース(GUI)を用いて、頭表から患部までの経路を自由に設定し、画像解析部及びデータベースから提供された情報をもとに、その周辺組織を観察するものである。


図4 診断サブシステムの画面レイアウト

 システム操作用のユーザインタフェースは操作メニュー、3次元表示画面、方向画面からなる。操作メニューには、表示画像の選択、表示方法の選択などがある。3次元表示画面は、ナビゲーションサポート画面で、拡大・縮小、回転のためのスライダーがある。操作者は主にこの画面を使用して、頭表から内部の患部までの観察を行う。方向画面は現在の観察方向を示すもので、常に頭部組織全体を表示しており、観察者に全体の位置関係情報を提供している。
 また、このシステムではセンサ技術を用いて操作者(医師)の位置情報をコンピュータ内の空間に取り込み、コンピュータグラフィックス(CG)技術を用いてコンピュータ内の患者データの存在空間と融合して、表示した患者データ(組織の画像)を思うままに操作することが可能である。つまり、医師の存在する実空間とコンピュータ内患者データの存在する仮想空間を融合して、あたかも実際の患者の病巣内部及び周辺を観察、手術するようになっている。

おわりに

 我々は医療画像を対象として、コンピュータ技術とネットワーク技術を用いた肺がん検診用X線CT像のコンピュータ支援画像診断システムと、脳外科手術のためのナビゲーションシステムを開発してきた。それぞれのシステムについては実用化を目指して改良を行って行く予定である。これからの高齢化社会、福祉社会を迎え、我々は情報通信技術を用いて、国民が利用できるような高度医療サービスの向上を図って行くことが究極の使命であろう。

(情報通信部高度映像情報研究室)



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