タイトル 研究往来 第12回 鹿島宇宙通信センター宇宙制御技術研究室長
 ― より正確な大気観測をめざして
『JEM/SMILES』を推進する ― 

写真 笠井康子さん 笠井康子さん
プロフィール
昭和40年、東京都生まれ。東工大大学院博士後期課程修了。理化学研究所を経て、平成10年からCRLに所属、翌11年、正式入所。子どもの頃から運動が得意で学生時代は空手道部に所属。


 「2006年って、あと5年以上もあるって思うんですが、実は時間が足りない。もう、すぐなんですよ」 地球環境計測部で「JEM/SMILES」というプロジェクトに携わっている笠井さん。笠井さんの言う2006年とは、その「JEM/SMILES」の観測機器が宇宙に向けて打ち上げられる年のことです。
 「現在、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、ロシア、そして日本が合同で、国際宇宙ステーションの計画を進めています。『JEM/SMILES』はこの日本実験棟曝露部を利用して、成層圏大気中の微量分子を高感度で測定するものです」
 近年、オゾン層の破壊や地球の温暖化が深刻な国際問題として各国で議論されています。オゾン層の破壊は、フロンなどの物質が原因といわれていますが、そこにはさまざまな種類の微分子が関与し、それらが相互に影響しあっているので、それほど単純な化学反応ではないそうです。
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 「地球の環境問題のむずかしいところは、国境などに関係なく、広い範囲で正確に状況を把握しなければならないことです。その結果によって、フロンの規制など政策が決まってくる。先進国はまだしも、発展途上国には、それらの政策が国の発展に致命的な障害になることもあります」
 宇宙から地球全体をモニターして、オゾンがどこで増えたり減ったりしているかを診断する。『JEM/SMILES』では波長の短い電波(サブミリ波)を利用して観測を行います。
 「通常の観測機器は、市販のものを装置に組み込むのですが、それでは感度に限界があるんです。そこで、われわれの『JEM/SMILES』ではサブミリ波という新しい領域の周波数を使って観測を行うんです。ところが、これは独自の装置を作ることになるので、そこが大変なんですね」
 新しい観測機器や方法には、メリットとデメリットの両方があると笠井さんは言います。観測の精度が上がる反面、故障やその他のトラブルが起きる可能性も高くなるからです。しかも、場所は宇宙。一度装置を打ち上げてしまえば、トラブルが起きたときに、修理に行くわけにはいきません。
 「考えられるトラブルすべてをシミュレーションしておく。100パーセントの対策を考えていても、101個めのトラブルが起こるのが宇宙空間なんです」
 笠井さんの口調からは、真剣な熱意が伝わってきます。
 「この観測も、電波でモニターするわけですし、装置を含めた開発から一貫してできるのはCRLだけなんです。でも、それには予算が苦しくて……。観測バンド幅を狭めたり、観測する分子の数を減らしたり。正確に観測することが目的のはずなのに、これでは、正確な診断ができなくなってしまいます」
 人類の未来に関わる重大な問題。その問題解決のために、より正確な観測を行いたいという笠井さんの研究者としての責任感は、日々、予算という現実的な問題と向き合わなければなりません。
 「同じことが、データの解析でも言えるんです。送られてきたデータを解析するには大型コンピュータを何台も走らせなければならないのですが、そのための予算もなかなか……」
 笠井さんは頭を抱えます。
 おばさまも理科系の研究者だったという笠井さん。その気質を受け継いだのか、子どもの頃から科学には興味があったといいます。
 「小学生のとき、地球儀を眺めながら、地殻変動で大陸が分かれた過程なんかを想像するのが大好きでした」
 大学では分子科学を専攻、『JEM/SMILES』のプロジェクトに参加したくて、CRLに入所したといいます。
 プライベートでも休日に勉強会を主宰している笠井さん。大学レベルでは予算の関係などでほとんど行われていない『宇宙からの大気観測』の研究を、大学でも行えるようにするための準備だといいます。
 「研究は趣味みたいなものですから。あとは読書が趣味ですね。濫読ですけど。子どものときは『織田信長』が好きで、吉川英治をはじめ、いろんな人が書いたものを読みました。昨日の夜はシャーロック・ホームズを読んでたし、『星の王子さま』も好きです。一番好きなのはC.S.ルイスかな? ポピュラーなものを何回も読むんです。大人のどろどろしたものよりむしろ、素朴なものが好きですね」
 書名から推測すると、笠井さんはなかなかのロマンチストのよう。
 「子どものときから、運動は得意だったんですよ。将来は体育大学に進むと思われてたぐらい。それなのに、最近は運動してないなあ。父にくっついてゴルフをすることもありますが、年に数えるほどだし……。マウンテンバイクで通勤することぐらいしか、運動らしい運動はしていないかも」
 一見、華奢な感じの笠井さん。実は学生時代は空手部に所属!人が殴られたりするのを見るのは好きじゃない、と言いながら、親友に強引に誘われたとか。
 「けっこう、つらい日々を送りました(笑)。でも、板割りとか、まわし蹴りとか、とび蹴りとかやるのは、おもしろかったです。今も、まわりに人がいないと、エレベーターのスイッチを足で押して“お、まだ、足あがる”なんて試したりして……」
 ちょっと過激におちゃめな面ものぞかせます。
写真 JEM/SMILESのパネルと一緒に
JEM/SMILESのパネルと一緒に
 「このCRLは、私にとって、ほんとうに研究しやすい素晴らしい環境です。職員のみなさんが洗練されていて紳士だし、仕事とプライベートをきっちり分けていらっしゃるので、イヤな思いをしたことがないんです。それに尊敬する部長やまわりの皆さんに理解とフォローをしていただいて、タテにも横にも仕事しやすいです。来年には独立行政法人化されますが、目先の業績にとらわれず、これまでのCRLの良さを失わないでほしいと思います。職場の雰囲気もそうですが、研究として、大学や企業ができないことをやることがCRLの良さで、それを忘れてしまうと、日本の技術力はすたれてしまう。私の目標としては、『JEM/SMILES』をしっかり打ち上げて、成功にもっていきたいですね。あ、ちょっと優等生過ぎました?(笑)」
(取材・文/中川和子)

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