タイトル 情報通信ナノテクノロジー研究
益子 信郎

【注目されるナノテクノロジー】
 今年始めに行ったクリントン米大統領の一般教書演説は、科学技術関連の重要課題として、「バイオ(ゲノム)」と「IT」に続いて「ナノテクノロジー」を国家の戦略的研究分野と定め、5億ドルの予算を投入することを表明しました。ナノテクノロジーが「IT」に続く次の「技術革命」の可能性を持つ21世紀のキーテクノロジーであると位置づけ、その最大の競争相手国が日本であるとしています。
 そもそも「ナノテクノロジー」とは何か。「ナノ」はサイズのみを規定し、特定の分野を定めているわけではありません。ナノメートルは100万分の1ミリメートルで、ちょうど分子の大きさに相当します。ナノテクノロジーとは、原子・分子サイズでものを加工し、組み立て、1つの機能を持つユニットを形成する総合的製造技術を指します。現在の技術体系と大きく違う点は、分子のようなナノメートルレベルの構造体を始めに作製し、積み木のように組み上げていって目的の物を作製する手法に基づいていることです。この技術の広がりは、情報通信を始め、バイオ、コンピューター等の電子機器など広範囲に及ぶと考えられています。しかしながら、このような考え方と現実の研究レベルの間には大きな差があり、基礎研究の積み重ねを必要としている分野です

図1 デンドリマーの構造、図2 ローダミンBデンドリマーの構造式
図1 デンドリマーの構造図2 ローダミンBデンドリマーの構造式
【通信総合研究所における取り組み】
 私たちの研究室では、通信デバイスの開発を目標にして、平成10年よりナノテクノロジーの研究を開始しました。一つの分子にできるだけ多くの機能を組み込んだ機能ユニットを作製し、それを基板上に2次元的、3次元的に配置し一定の機能を持つ構造体を作製する研究を行っています。また、作製した構造体に光励起や電子注入によって光・電子機能を測定し、デバイスとしての可能性を探っています。具体的には、分子一個に機能を作成する分子設計・合成技術を確立し、分岐型構造を持つデンドリマーや立体障害構造を持つポルフィリンの合成(後述)、高次構造の作成法の開発、微小電極を用いた電圧−電流特性や光学特性の測定およびそのデバイス化の研究を行っています。
 デンドリマーは、図1に示すように“木の枝”の様な構造の高分子を中心で結合させてできる3次元的分子組織体です。このデンドリマー技術は、作製、結合の方向性、分子 の大きさ、形状をも制御できるという特徴を持っています。また、中心に色素などの機能ユニットを組み込んだり、枝に異なる特性を有する分子を組み込むなどの複合型の分子を作り出すことができます。私たちは、この分子を利用して分子膜などの高次構造を作りだし、ナノメーターレベルの通信素子開発を目指して、光や電子的特性を評価しています。
 図2に示すデンドリマーは、枝の中心にレーザー色素ローダミンBを結合させた分子です。この分子構造は、分子が凝集して互いに性能を阻害したり、酸素によって分子が破壊される現象を防ぐことができます。このような観点から、デンドリマーレーザー色素を用いた固体レーザーシステムや光学材料への応用について研究しています。この分子を利用して導波路を形成し自然放射光レーザー増幅の実験を行った結果を、図3に示します。ポンプ光を薄膜表面より細線状に照射し導波路端面からの出射光のスペクトルを測定すると、外部共振器を持たないにもかかわらず、線幅0.7nm以下の単色光発生を確認しました。これは、凝集したデンドリマーによる弱い散乱が局所的な発振を引き起こし、増幅されたものと考えられます。ナノメーターの構造が、数ミクロンサイズの材料における光特性に影響を与える例です。
 さらに私たちは、トンネル障壁中に図2で示したローダミンデンドリマーを中間電極とした単一電子トンネル素子の研究を行っています。単一電子トンネル素子は、様々な応用が考えられ、次世代のエレクトロニクス素子として注目されています。この素子の動作は、中間電極の静電容量によって決まり、できるだけ小さな容量であることが理想です。デンドリマー分子を用いることにより、室温で動作する素子を簡単に作製できる可能性があります。
 トンネル障壁に単分子膜厚のポリイミド膜を用いて、図4に示すような素子構造を作製し、単一電子トンネル素子を作製しました。その結果、5.2ケルビンの極低温ではありますが、図5に示すように単一電子トンネル現象に対応するステップ状の電圧−電流特性が観測されました。有機分子を中間の電極に用いた素子構造では、初めての実験です。電極の構造を小さな物にし、一個のデンドリマーだけに結合できる構造を作り出せば、室温でも動作すると考えられます。

図3 デンドリマー導波路の励起と発光スペクトル、図4 試作した単一電子素子の構造
図3 デンドリマー導波路の励起と発光スペクトル図4 試作した単一電子素子の構造
【今後の展望】
図5 電圧−電流特性
図5 電圧−電流特性
 これまでの研究は、ナノメーターサイズの構造を制御し、薄膜構造や膜構造のデバイスにどの様な特性を持たせるかを中心に行ってきました。これに対し一分子をエレクトロニクスの基本的素子として使い、ナノメーターサイズのデバイスを開発しようとする提案が、最近注目を集めています。その実現のためには、10ナノメートル程度のギャップの間に一定の構造を作り込む技術の開発が必要となります。私たちは、分子を自己組織化(濃度などの外的環境によって分子自身が規則的な構造を自然と作り出す現象)のような原理で集め、分子同士や電極と結合させていく研究を開始しました。この研究は、様々な分野の融合的研究が大切で、関係する研究者の協力の下、研究を推進していきたいと考えています。
(関西支所 ナノ機構研究室長)




ボタン CRLニュース表紙へ戻る ボタン 次の記事へ
 ミリ波自己ヘテロダインシステムの開発
 平林鴻三郵政大臣視察
 「21世紀岡山未来技術フェア」出展報告
 サイエンスキャンプ2000
 「2000秋特許流通フェア」出展報告