CRL NEWS
ロボテック通信端末の研究
矢入 郁子
 はじめに 

 通信総合研究所の私たちのグループでは“人に優しい情報通信技術”をモットーに、お年寄りや障害を持つ方々の移動を支援する「ロボ ティック通信端末(Robotic Communication Terminals(RCT))」の研究を行なっています。研究を始めてまだ1年あまりで、 険しい道程がこれから待ち受けて いるという状況ですが、本稿ではこのRCTについて紹介させていただきます。


 ロボティック通信端末(RCT) 

 RCTはお年寄りや障害をもつ方々が自由に市街地を移動できるよう支援するための端末です。図1にRCTの概要を示します。RCTには道路や駅などに設置される「環境端末」と、ユーザと共に移動する「ユーザ携帯型移動端末」および「ユーザ搭乗型移動端末」の3つのタイプの端末があります。これらの役割の異なった端末同士が通 信し互いに協力しあうことで、ユーザの市街地での移動を支援します。
 環境端末はアンテナのような役割を持ち、道路や駅などに設置される端末です。それぞれの環境端末は設置された場所の周辺を監視し、障害物や人・車の有無などの環境に関する情報を検出します。環境端末が検出した情報は、周辺を移動中のユーザに伝えられるだけではなく、遠隔地のユーザにも移動経路を決めるための材料として提供されます。
  ユーザ携帯型移動端末は携帯電話をさらに進化させた端末です。この端末を持ち歩くユーザはインター ネットを通じて目的地への経路案内や交通機関の事故などの情報を入手します。さらに環境端末との通 信によって、周辺や遠隔地の障害物や人・車の有無などの情報を入手することも可能です。これらの情報は、ユーザの身体の状態に合わせて加工され、ユーザの身体の状態に合わせて設計された画像・音声・触覚を利用したインタフェースを介して提示されます。
  ユーザ搭乗型移動端末は、お年寄りや障害をもつ方々のための乗り物をさらに進化させた端末です。この端末はユーザ携帯型端末の機能に加え、ユーザの操縦通 りに運転できる通常の乗り物としての機能、さらにセンサー及び環境端末からの情報を利用した運転支援機能も装備されます。また、この端末にはユーザの身体の状態に合わせて設計されたハンドルやジョイスティックなどの操縦系、電動のスクータや車椅子のボディが用いられます。

図1
▲図1 ロボティック通 信端末(RCT)の概要


 研究の現状と今後の展開 

(1)お年寄りや障害をもつ方々の多様性の分類の研究
  RCTは視覚・聴覚・下肢駆動機能の低下や障害のレベル、種類、履歴の違い、重複などを考慮に入れた多様で幅広いお年寄りや障害をもつ方々を支援対象としています。そのため、多様な支援対象をグループに分類し、グループ毎に適切な移動端末のデザインや支援内容を設定したいと考えています。私たちはこれまでに、698人のお年寄りや障害をもつ方々にアンケート調査を実施し、分類方法の基礎を得ました。 現在は2000人を超えた規模での新たなアンケートを企画し、分類方法の確立を目指しています。

(2)環境端末・移動端末の要素技術の研究
写真1
▲写 真1 お年寄りを対象としたユーザ搭乗型移動端末の試作機
  環境端末・移動端末の実現には情報・通信・人間工学などの分野にわたる新しいソフトウェア技術の開発が必要です。私たちは試作機の製作を通 してこれらの要素技術を開発し、5年後を目処に実用機の生産者に向けて公開したいと考えています。これまでに、足腰が少々弱ったお年寄りを対象としたユーザ搭乗型移動端末の試作機を写 真1のように製作しました。この試作機には、障害物を検出するための超音波・赤外線センサ、障害物回避や操縦補助のための制御装置、他の端末との通 信やインターネット接続のための無線LAN、お年寄りと端末との対話のための装置としてタッチパネルが搭載されています。
写真1
▲写 真2
障害物を検出してハンドルを自動的に切り回避する様子

 そして、写真2のように障害物を検出して回避する動作が可能です。今後はセンサや対話のための装置を拡充しながら、より良い障害物回避・操縦補助の実現を目指すとともに、他の端末との通 信や、インターネットからの情報入手、お年寄りと端末との対話の機能を順次実現していく予定です。
図2
▲図2 環境端末の試作機による人と車の検出の様子(黄枠の部分)
  また環境端末についても、図2のように画像処理を用いて車や人を検出する試作機を製作中です。図中には車や人であると検出された部分が黄色い枠で示されています。2001年中には環境端末を設置した屋外実験場を整備する予定です。
(3)ナビゲーション用情報の発信および利用の研究
  お年寄りや障害をもつ方々のナビゲーションには、バリアフリー情報を埋め込んだ地図データベースをインターネット上に構築し、この地図情報を利用して個人の身体の状態に適したルートを検索する機能や、分かりやすいナビゲーション文を自動生成する機能などを実現することが重要な課題です。現在私たちは、初めの一歩として研究所の所在地である東京都小金井市のバリアフリー情報を埋め込んだ地図データベースを製作しています。そして、この地図データベースをもとに個人の身体の状態に適したルートの検索やナビ ゲーション文を自動生成するソフトウェアの実現を試みたいと思っています。また、小金井市の地図データベースは2001年中にインターネット上で一般 に公開することを予定しています。


 おわりに 

 IT技術が進歩すると同時に、情報利用格差の出現が社会問題になりつつあります。お年寄りや障害を持つ方々を対象に、移動という根源的な人間の活動を支援することは、IT技術の恩恵を受けづらい人々に目を向けた優しい情報通 信技術の確立につながる足掛かりになりうるのではないでしょうか。私たちの研究の成果 が何らかの形で社会に貢献できることを願いつつ、研究を進めていきたいと思います。RCTは(社)人工知能学会、全国大会特別 企画、近未来チャレンジのテーマの一つとして採用され、他の研究者・開発者によるRCTへのチャレンジを募集しております。RCTの詳細な内容および近未来チャレンジに興味を持たれた方はhttp://www.crl.go.jp/jt/jt121/yairi/cfp/にアクセス下さるか、人工知能学会誌2001年1月号の私たちの論文をご覧下さい。

(けいはんな情報通信融合研究センター ユニバーサル端末研究室)

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