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超電導単一束量子理論回路
寺井 弘高
 はじめに 

 超伝導体以外の物質中では電子はある一定の距離(平均自由行程と呼ばれ、通 常10万分の1ミリから1万分の1ミリ程度)を進むと不純物や結晶格子にぶつかり、本来持っている量 子力学的な波としての性質を失い粒子として振る舞います。CMOS (Complementally Metal-Oxide- Semiconductor:金属-酸化膜-半導体)論理回路に代表される半導体デバイスの多くでは、このような電子の粒子的な振る舞いを制御することで動作を実現しています。
  一方、超伝導状態では電気抵抗は完全にゼロであり、超伝導体の内部で電子は不純物や結晶格子による散乱を全く受けません。従って、超伝導状態では電子は波として振る舞うのです。しかも、材料の寸法が大きくなっても電子の波としての性質が失われることもないので、微細な構造を作ることなく量 子効果を利用できます。超伝導を使ったデバイスがその他多くの電子デバイスと決定的に異なる点は、このような巨視的な量 子効果を利用している点であり、我々のグループでもこのような超伝導体を用いた電子デバイスの研究開発を進めています。今回は、その中でも単一磁束量 子(SFQ: Single Flux Quantum)を情報担体として用いる超高速デジタル回路の研究について紹介します。


 ジョセフソン集積回路 

図1
▲図1 ジョセフソン素子の電流ー電圧特性
 超伝導体を使ったデバイスでは、電子の波動的な振る舞いを制御する必要があります。そこで重要な役割を果 たすのがジョセフソン素子で、超伝導体を100万分の1ミリ程度の極薄い絶縁体で隔てた構造をしています。このような構造を作るにはとてつもなく困難な微細加工が必要と思われるかもしれませんが、実際には薄膜作製技術により実現できます。ジョセフソン素子のスイッチングに要する時間は約1兆分の1秒で、このような高速性を生かしたディジタル集積回路の研究が行われています。
  超伝導集積回路の研究の歴史は意外に長く、1970年代にまで遡ることができます。当時IBMのスーパーコン ピュータプロジェクトで採用された回路は、ジョセフソン素子のゼロ電圧状態と電圧状態を情報の0と1に対応させたものでした。ここで、ゼロ電圧状態とは図1に示したようにジョセフソン素子に電圧が発生していない状態、電圧状態とはジョセフソン素子にある臨界値を超える電流が流れて電圧が発生している状態を意味します。このタイプの回路は1状態を0状態に戻すために交流の電流を流す必要があるなど幾つかの欠点がありましたが、アメリカと日本を中心に10年以上にわたって研究が続けられ、この間回路作製技術は大きく進歩しました。しかし、それ以上に急速な進歩を遂げたCMOS論理回路に対して徐々に優位 性を失い、1990年代に入って研究は急速に別のタイプの回路に移行しました。それが単一磁束量 子(SFQ)論理回路です。


 SFQ論理回路の動作原理 

 超伝導体の巨視的量子効果の産物として、超伝導体でリングを形成すると、リング内の磁束が量 子化されるという現象があります。水素原子の周りを回る電子のエネルギーが量 子化されているのと似ています。このリング内の磁束の有無を情報の0と1に対応させたものがSFQ論理回路です。回路の動作と同じ物理系に振り子モデルがあります。図2において、一番左の振り子に力を加えて一回転させた時、右隣の振り子はどうなるでしょうか。振り子はバネでつながれています。もし、バネが硬ければおそらく回転した振り子につられて回転するでしょう。ここでいう振り子の回転がジョセフソン素子のスイッチング、SFQの発生に相当し、発生したSFQはさらに右隣のジョセフソン素子のス イッチングを引き起こし、同様に隣の ループにSFQが発生します。このような連鎖反応によりSFQが伝播していくわけですが、SFQはソリトン(孤立波)としての性質を持ちます。一方、バネがゆるければ振り子の回転は止まるで しょう。これは、SFQが超伝導ループに捕獲されたことに相当します。さらに、捕獲されたSFQ に別のSFQを作用させて再び伝搬させることも可能です。SFQ論理回路はこのようなSFQの伝播と捕獲を組み合わせることで論理演算を実現します。

図2
▲図2 SFQの伝搬の様子(振り子モデル)


 10K付近における動作実証  

図3
▲図3 超伝導集積回路の顕微鏡写 真
  SFQ回路の消費電力は極めて小さく、CMOS回路の1000分の1以下です。またSFQ回路はクロック周波数で100 GHzを上回る高速性を兼ね備えています。しかし、良いことばかりではありません。1つに冷却の問題があります。超伝導を利用するためには通 常絶対温度4K(−269℃)程度まで冷却する必要があり、そのためには液体ヘリウムもしくは大型かつ高価な冷凍機が必要となります。一方、冷凍技術の進歩も目覚しく、10K(−263℃)程度であれば真空ポンプなどに使用されている市販の冷凍機でも到達可能な温度となっています。我々の研究室ではこうしたことを踏まえて、現在主流であるニオブ(Nb)という材料よりも高い温度で超伝導状態に転移する窒化ニオブ(NbN)という材料に注目しています。NbNを使うことで10Kでの動作が可能となります。NbNを使って、ディジタル演算で不可欠となるフリップ・フロップと呼ばれる回路を開発しました。図3に顕微鏡写 真を示します。最小の接合寸法は1000分の2ミリです。
図4
▲図4 9K(−264℃)における動作試験結果
フリップ・フロップは入力されたデータ信号を保持して次に来るクロック信号で出力するという動作をします。図4はフリップ・フロップを16段接続した回路の動作試験結果 です。図4において出力電圧の反転がSFQを検出したことに相当します。データ信号入力後、16番目のクロック信号に対して出力信号が得られており、回路が正しく動作していることがわかります。回路の動作温度は9K(−264℃)です。この回路の規模は、ジョセフソン接合の数で200個程度ですが、この温度領域で動作したSFQ回路としては世界でも最大規模です。

 おわりに 

 SFQ回路は、冷却を必要とするという宿命上、市販のコンピュータなどではなく、その高速性と低消費電力性が必要とされる特殊な用途が応用のターゲットとなります。例えば通 信関連では、無線基地局のディジタル化に必要となる高性能なアナログ・ディジタル変換回路や、増加の一途をたどる基幹系トラフィックに対応するための大容量 ルーターなどです。このようなものを実現するためには、集積化技術、回路設計技術、インターフェイス技術など様々なブレークスルーが必要です。1万個以上のジョセフソン接合をもつ回路が安定して作製可能となれば、このような応用も十分に視野に入ってくるものと期待されます。

(関西支所 超電導研究室)

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