CRL NEWS
空飛ぶワークステーション
木村 真一

   近年いくつかの衛星で不具合が発生し、軌道上での衛星の保全が大きな関心事となっています。また、不要な衛星や打ち上げロケットの破片などの宇宙のゴミ、いわゆるスペースデブリが衛星に対し悪影響を与えることが懸念されており、軌道環境の保全もまた急を要する課題と考えられています。こうした中、通信総合研究所(CRL)は宇宙開発事業団(NASDA)、航空宇宙技術研究所(NAL)、※電子技術総合研究所(ETL)等と協力の下、軌道上において、衛星や軌道環境を保全する軌道上保全システム(Orbital Maintenance System: OMS)の検討を行っています。(図1)

図1
▲図1 軌道上保全システム(OMS)
 CRLでは、OMSを実現するために必要となる技術の中で、特に遠隔検査技術を中心に研究を行っています。1997年地球観測プラットフォーム衛星「みどり(ADEOS)」が太陽電池パドルの破損により機能喪失しました。この事故では、かなり早い段階で地上との通信が途絶したために、状況の把握が非常に困難でありました。現在のところ、宇宙機の状況の把握はその宇宙機が送信するデータであるテレメトリー情報に多くを頼っており、宇宙機からの通信路が途絶した場合、その状況の把握は非常に困難となります。「みどり」の場合も、事故の原因について解析とシミュレーションにより詳細に検討されましたが、不明な部分も依然残されています。この例が示すように、軌道上遠隔検査技術は宇宙機の状況を正確に判断し、保全の対策を立てるうえで重要であると同時に、その後の衛星開発で問題を的確に把握し、その対策を実施し、後続のミッションの信頼性を高めるという意味で極めて重要な技術です。また、遠隔検査技術は対象衛星に接近する過程での画像処理等、OMSの基本となる技術を含んだ重要な技術課題といえます。 CRLはNASDA、NAL、東京大学と共同で2002年2月頃に打ち上げ予定の小型衛星μ-LabSatにおいて、こうした遠隔検査技術に関する要素技術の一部を先行的に実証する軌道上遠隔検査技術に関する部分先行実証(micro-OLIVe)ミッションを計画しています。

 CRLはこのmicro-OLIVeミッションにおいて衛星搭載用画像処理計算機(MOBC)と検査用カメラ(CMR)を開発しています。軌道上で遠隔検査を実現するためには検査衛星に高度な情報処理能力と、状況に応じて対象衛星との距離を適切に保ったり、突発的な事故を判断して適切に対応するといった自律性が求められます。特に低軌道での検査ミッションの運用を考えた場合、地上と通信できる時間が非常に限られるために、対象衛星の相対位置の検出、状況判断や対象衛星との接触の回避、画像の圧縮や解析などの処理の多くを衛星上で実現する必要があり、そのためには高度な情報処理技術と自律性が必須となります。
 これに対して衛星で利用できる計算機の能力は現状では非常に限られています。軌道上は放射線環境が過酷なため、過去に衛星での利用の実績のない計算機の利用が敬遠される傾向にあるためです。たしかに、遠隔検査ミッションでも対象衛星との接触の回避など失敗の許されない状況で、動作異常を起こす確率の高い計算機を用いることは問題です。

 

  一方地上に目を転じますと、半導体技術の進歩はまさに日進月歩であります。この中には、軌道上で利用可能なものも少なくないはずです。また、地上で一般に普及した民生用の計算機は低コスト化が進んでいますから、これらの利用は宇宙システムの低コスト化についても有効です。そこで、CRLでは民生用の計算機を活用して低コストで高機能な軌道上遠隔検査ミッション用の計算機を開発し、地上で宇宙空間と同等の放射線環境での動作テストを行ってきました。(図2、表1)
表1
図2
▲表1 MOBCの諸元 ▲図2 民生用のコンピューターを活用した遠隔検査用の搭載コンピューター(MOBC)
 

 micro-OLIVeミッションでは、実際に軌道上でこの計算機が機能することを実証し、関連する自律制御技術の実験を行います。MOBCはこの計算機をコアとする搭載実験機器です。この実験は軌道上遠隔検査技術の可能性を大きく広げるだけでなく、衛星の情報処理能力を大きく高めると期待されます。
 もう一つの搭載機器であるCMRはCMOS撮像素子を利用した小型軽量の宇宙用カメラです。重量はわずか140gで静止画用のデジタルインターフェースとNTSCインターフェースを有しています(図3、表2)。CMOS撮像素子は、従来多く用いられてきたCCDに比べて電力の消費が非常に小さいという特徴を有しています。この特徴により宇宙での利用、特に発生電力が限られた小型衛星での利用が期待されています。
表2
図3
▲表2 CMRの諸元
▲図3 小型軽量の遠隔検査用搭載カメラ(CMR)

 CRLではこれらの搭載機器の開発・試験を全て完了し現在搭載ソフトウエアと地上運用系の開発を行っています。来年の冬の打ち上げに向け、関係機関との協力の下、着実に準備を進め、有意義な実験となるよう努力していきたいと思います。

(宇宙通信部 宇宙技術研究室)
※ 本年4月1日より産業技術総合研究所(AIST)
 

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