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私たちの社会は人と人とのコミュニケーションで成り立っています。言葉や身ぶりをとおして相手の心の状態(意図・感情など)を読みとったり、自分の心の状態を伝えたりします。そして、相手の行動を予測・誘導し、集団のなかで協調したり、ときには競争することによって、複雑な社会活動を成り立たせています。ヒト以外の霊長類と比べても、私たちのコミュニケーション能力は特異なものです。この能力はどこから来るのでしょうか。 本研究では、赤ちゃんのコミュニケーション能力の発達メカニズムを解明することをとおして、人間の持つ社会的知能の「コア」を特定し、その工学的なモデルを構築します。赤ちゃんが、そしてロボットが、社会(コミュニティ)の構成員に育っていくための前提条件を明らかにすることが中心テーマです。そのための研究プラットフォームとして、赤ちゃんロボット Infanoid*を開発しています。 |
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Infanoid の頭部(写真2)には2つの「眼球」があり、それぞれに周辺視(水平画角は約120度)と中心視(同約20度)の2つのビデオカメラが装着され、上下左右にすばやい眼球運動とスムーズな対象追跡が可能です。ビデオカメラから取り込まれた画像は、超並列画像処理システムによって処理され、人間の顔やオモチャなどを実時間・実環境で検出・トラッキングすることができます。また、上下の唇を独立に動かして、音声合成された喃語(赤ちゃんコトバ)に同期させたり、快・不快といった感情を表現することもできます。 |
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図1に示すように、養育者が何らかの感覚入力を環境から受けとり、何らかの運動出力を環境に働きかけているとします。このとき赤ちゃん(または赤ちゃんロボット)が、養育者の感覚入力と運動出力を読みとることができれば、そして自分自身がそれを知覚し行為しているかのように疑似体験することができれば、その行動に付随する心の状態を再現することができます。他者の立場にたって他者の心を理解する ― これが(おそらく)人間にしかできない共感的コミュニケーションです。 |
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共同注意とは、赤ちゃんと養育者が同じ対象物に注意を向ける活動です。顔や視線の向き・指さしなどが手がかりとして使われます。Infanoid の場合、写真3に示すように、周辺視カメラで捉えた養育者の顔に視線を向け、中心視カメラで捉えた顔の向きなどから注意の方向を抽出します。その方向に沿って、目立つ色やテクスチャを持った対象物を探し、それを注意の対象として同定します。同じものに注意を向けるわけですから、ほぼ同じ感覚情報を養育者と共有することができます。現在、視線・指さしの認識や、よりロバストな対象物の同定などに取り組んでいます。 反射的模倣とは、無意識的に他者の行為を(部分的に)模倣してしまうことです。新生児でも他者の表情や頭の動きなどを模倣することが知られています。おそらく人間には、視覚的に捉えた他者の運動出力を自分の運動イメージに変換するための原初的な能力が、生得的に備わっているのでしょう。現在、赤ちゃんを対象とした心理実験をとおして、この反射的模倣がどこまで生得的なのか、どのようにしてより高度な模倣に発達していくのかを調べています。 |
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ヒトは複雑な文化(言語・慣習・技術など)を持つに至った唯一の種です。赤ちゃんは、他者(とくに養育者)をとおして、この文化を取り込んでいきます。本研究では、この「他者をとおして」を可能にするメカニズムが、自分と他者を重ね合わせて他者の経験を疑似体験することだと考えています。そして、その発達的な前提条件が共同注意と反射的模倣であると考え、その認知メカニズムのモデル化と赤ちゃんロボット上での実装・評価を進めています。 いまだ赤ちゃんレベルのコミュニケーション能力ですが、感情の伝達、身ぶり・言語の獲得などを実現し、Infanoid の社会的知能を今後5年間で3歳児レベルにまで育てたいと考えています。 |
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