RESEARCH
非常時通信+無線+IP=外部連携
滝澤 修(たきざわおさむ)
情報通信部門 非常時通信グループ主任研究員

1987年電波研究所(当時)入所。一貫して「言葉を操作して何らかの副次的効果をもたらすための研究」に従事しつつ、無線を用いた非常時・防災通信の研究にも興味を持っている。博士(工学)。第1級陸上無線技術士。(手に持っているのは無線タグ。背景はCRL移動通信実験用60m鉄塔。)
滝澤 修氏
はじめに
 非常時通信は、非常事態に際して、使える技術を手当たり次第に駆使して少しでも安定した通信を確保しようとする技術といえます。その実現のためには、さまざまな技術を横断的に貧欲に取り入れる必要があることから、一つの機関による研究開発では限界があり、他機関との連携を積極的に推進することが求められます。
 本稿では、非常時通信と無線とIP(インターネットプロトコル)という3つのキーワードに絡んで、外部機関と連携して進めている研究開発をご紹介します。

無線タグを用いた非常時情報伝送システム
 阪神淡路大震災では、地震発生直後に交通が途絶し、被災者や救援者が物資を徒歩で長距離運搬したことは記憶に新しいところです。これは通信の場合も同じと考えられます。通信回線が途絶して復旧に時間がかかることが見込まれる場合には、最初期の復興支援において情報を人間自身が収集して運び出すという原始的な方法でも、一定の役割を果たせるものと思われます。
 無線タグ(RF−ID)は、商品管理や移動物品の監視用、あるいはICカードなどとして実用化されています。この無線タグが日頃から道端のいたるところに設置されている(ユビキタスな)社会を想定し、書き込み・読み取り端末が携帯可能なほどに小型化できたとします。すると、災害時に既存の通信回線が寸断された事態において、道端の無線タグに自らの安否情報などを自動もしくは手入力で書き込んで避難すれば、被災地外へ移動する別の被災者あるいは救援者がその情報を非接触で拾い上げて運び出してくれることが期待できます。このような相互扶助的な社会システムが機能すれば、通信回線が途絶していても被災地内の情報を被災地外で取得することができます。
 このようなシステムの実現を目指し、我々は2001年度から、書き込み・読み取り端末の開発を始め、今年度からは、位置に基づく通信やアドホックネットワークに関して研究実績を持つ、独立行政法人産業技術総合研究所(旧電総研)サイバーアシスト研究センターと共同で、研究を本格化しています。現在はまだ図1のような台車サイズの大がかりな端末で、読み取れる距離も1〜3m程度ですが、今後はシステムの小型化、高性能化を目指します。また本システムはIPベースで動いていますので、無線タグから収集した情報を人手でなく防災拠点間に張られたネットワークを通じて被災地外に運び出すことを想定した実験にも取り組む予定です。
 本研究は、今年度に開始された文部科学省の研究開発委託事業「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」の中の「レスキューロボット等の高度な次世代防災インフラ構築」に属する一テーマとなり、独立行政法人通信総合研究所(以下CRL)は独立行政法人防災科学技術研究所と研究受託契約を結び、特定非営利活動法人国際レスキューシステム研究機構の支援を受けながら、研究開発を進めています(参考URL)。

図1 無線タグを用いた非常時情報伝送システム
図1 無線タグを用いた非常時情報伝送システム

 
ネットワーク対応型消防無線システムの共同評価
図2 消防研究所に向けてCRL鉄塔頂上に設置された2.4GHz小電力データ通信システム
図2 消防研究所に向けてCRL鉄塔頂上に設置された2.4GHz小電力データ通信システム
 2001年1月の省庁再編により、旧自治省消防庁の消防研究所(東京都三鷹市)は、旧郵政省のCRLと同じ総務省の所管になりました。独立行政法人消防研究所は、消防防災分野の総合的な研究開発を推進しており、同研究所が持つ防災研究経験の蓄積は、非常時通信の研究にとって欠かせないものと考え、今年度から共同研究を開始しました。
 まず実験インフラとして、両研究所を小電力データ通信システム(無線LANで結ぶことを計画し、CRLにある高さ60mの移動通信実験用鉄塔の頂上に、消防研究所に向けて図2に示す2.4GHzパラボラアンテナを設置しました(図3)。三鷹市〜小金井市間の7.8kmという、市街地の無線LANとしては破格の超長距離接続の実現には、我々が北海道稚内市で進めてきた地域ネット構築実験の経験が生かされました(参考URL)。こうして構築された「IPホットライン」を用いて、まず消防研究所が開発したネットワーク対応型消防無線システム″FiReCos″の共同評価を開始しました。このシステムは、VoIP(Voice over IP)による音声通話やデータ通信ができるTCP/IPベースの無線システムで、表紙写真に示すように咽喉マイクや専用操作ボタンを備え、災害現場の過酷な環境下で使われることを念頭に置いています。消防研究所が横須賀市と所沢市でフィールド実験を行ったこのシステムを、CRLの間に常設して、性能評価及び高度化のための検討を共同で進めています。
図3 IPホットラインを通じてCRLで受信した消防研究所側ネットワークカメラの映像。隣接する消防大学校での訓練の模様が映しだされています。
図3 IPホットラインを通じてCRLで受信した消防研究所側ネットワークカメラの映像。隣接する消防大学校での訓練の模様が映しだされています。
 非常時通信グループが2000年度から2001年度にかけて整備した、非常時通信オペレーションルーム(SD室)は、災害対策本部の司令室としてのオペレーション技術を開発検証するための実験室です。災害時の効率的な情報収集を想定して、複数の放送波の同時受信やインターネットを介した情報の取得ができる機能を備えています。一方、消防研究所には、消防庁や地方公共団体との間での衛星通信ができ、災害時に画像通信で連絡を取ることができる施設が備わっています。将来的には、IPホットラインを通じてこれらの情報を相互乗り入れし、より実践的なオペレーション技術の開発検証に資することが考えられます。
 さらに、CRLの鉄塔から西を望むと、立川広域防災基地(東京都立川市)が無線LANの射程距離内に入っています。同基地には、首都直下型大震災の際に臨時首相官邸が置かれることを想定した災害対策本部予備施設や、平成15年度に移転が予定されている総務省自治大学校などがあり、将来的にはこれらの施設群との連携も考えらます。

おわりに
 本稿でご紹介した取り組みは、いずれも既存技術の組み合わせに基づいているもので、「最先端」「最高速」「世界初」といった形容詞が付かない地味なテーマです。しかし、こういった枯れた技術を組み合わせることこそが、使いものになるあらゆる技術とノウハウを取り込むべき非常時通信技術に求められる姿勢を言えます。
 折りしも2002年9月30日に、総務省独立行政法人評価委員会がとりまとめた平成13年度業務実績評価において、CRLは、「内部研究者のみで全ての研究を網羅するのではなく、分野によっては、優れた他研究機関等との協力関係構築を考えていくことが必要である。」と指摘されました。どんな研究でもそうでしょうが、特に非常時通信のような実践に近い分野の研究は、外部機関との連携なくしては進められません。非常時に真に役に立つ通信システムの開発のために、今後も外部機関との連携を積極的に進めていく必要があると考えています。



Web <大都市大震災軽減化特別プロジェクト・レスキューロボット等の高度な次世代防災インフラ構築>
http://www.rescuesystem.org/ddt/thema.html

<稚内地域実験研究ネットワーク>
http://www.crl.wakkanai.ne.jp/