RESEARCH
モバイルSQUID脳磁界計測装置
太田 浩(おおた ひろし)
無線通信部門ミリ波デバイスグループ 専攻研究員

1970 東京大学大学院理学系物理学専門課程博士課程修了
1971 カリフォルニア大学(バークレイ)NSF Postdoctral Research Fellow
1973 米国国立電波天文台(NRAO) Electronics division, Research Fellow
1975 理化学研究所 マイクロ波物理研究室 研究員
1995 通信総合研究所 電磁波技術部 研究員
2000 通信総合研究所非常勤研究員、理化学研究所非常勤研究員
趣味:健康のためのジョギング(河口湖マラソン: 3時間57分11秒)、水泳(1500m free : 27分56秒01)
太田 浩
 
 独立行政法人通信総合研究所(CRL)は、SNS(Superconductor/Normal Metal/Superconductor)電子波素子を用いた超伝導量子干渉素子(SQUID)磁気センサーと超伝導磁気シールドを組み合わせたモバイル脳磁界計測装置(図1)を完成し、本年2月26〜28日幕張メッセ国際展示場で開催されたナノテク2003においてデモ実験を行いました。この実験の成功により、心のケアのための移動診療所(mobile clinic for mental care)への一歩を踏み出しました。
図1 開発した脳磁界計測装置(a)装置の外観(b)装置の模式図
図1
開発した脳磁界計測装置
(a)装置の外観
(b)装置の模式図

 脳が働く時脳の神経細胞には電流が流れるため、その電流による磁場の変化を精密に測定すれば、人間の脳の機能を知ることができます。しかし、脳の神経電流がつくる磁場は地球磁場の1億分の1程度と極めて弱く、環境磁気雑音を遮蔽するために従来はパーマロイ磁気シールド室が用いられてきました。測定に影響を及ぼす電車や車の通行(鉄の固まりの移動)による環境磁気雑音は、0.1Hz付近にピークを持ちます。しかし開発した装置に用いたビスマス系高温超伝導体の技術による超伝導磁気シールドは、超伝導体の完全反磁性の性質を用いているため、0.1Hz以下の超低周波でもシールド率が落ちません。同一のSQUIDセンサーを用いて、パーマロイシールドと超伝導磁気シールド内で測定した雑音スペクトルの比較を図2に示します。図に示したようにシールドの違いが1Hz以下で100倍以上の感度差を生むことがわかります。
図2 従来のパーマロイシールド室内と超伝導体磁気シールド内でのSNS接合のSQUIDの性能比較
図2
従来のパーマロイシールド室内と超伝導体磁気シールド内でのSNS接合のSQUIDの性能比較(同一色の折れ線が同一のSQUIDを用いた計測結果を表します。)
 
 本装置には、ナノテク技術を駆使して作製された新しいコンセプトの実用レベルの電子波素子が用いられています。
 電子が波としての性質を示し始めるド・ブロイ波の波長λがλ=h/pで与えられることはよく知られています。hはプランクの定数です。分母の運動量 p=mvとして固体中の電子の運動量を選ぶと、ド・ブロイ波長は 1nm 以下となりますが、化合物半導体では電子の有効質量mが数十分の一になるため、ド・ブロイ波長が 10nm 程度となり電子ビームリソグラフィーで手が届く寸法になります。本装置のセンサー部の超伝導SNS素子の場合、分母の運動量は電気伝導に寄与する電子とホールの運動量の差p=pe-ph になるため、ド・ブロイ波長λ=h/(pe-ph) は 10nm 程度となり、電子・ホール干渉波素子の作製が可能になります。事実、超伝導体(S)/常伝導金属(N)/超伝導体(S)素子のN領域の長さは10nm以下、厚さは10〜13nm、幅は150nm程度以下で、デバイスサイズと電子・ホールのド・ブロイ干渉波の波長がコンパラブルなメゾスコピック系を形成しています。
 歴史的にSNS接合の実験データはメゾスコピックデバイスの理論の発展に寄与し、この分野が開ける草分け的役割を果たしてきました。
 また、SQUIDセンサーの感度向上の努力は超伝導量子コンピュータの検出部の改良としても行われています。通常SQUIDに用いられているSIS素子は、超伝導体電極間に薄い絶縁層を挟んだ構造であり、絶縁層への電荷のランダムな充放電による低周波雑音(テレグラフ雑音)がありますが、SNS接合では、これがほとんどないため、低周波特性に優れています。
 図3は、幕張メッセ会場で得られた正中神経刺激後67ms後の脳磁図の例です。
図3 幕張メッセ会場で測定した頭部表面磁界分布の一例
図3
幕張メッセ会場で測定した頭部表面磁界分布の一例(赤は外向き、青は内向きの磁場、濃淡は磁場の強さ、丸印はセンサーの位置を表します。)

 このようにミリ秒単位の時間分解能を持つ非侵襲なMEG装置は、ニューラル
ネットワークの動的な変化を調べるのに向いています。これまでに提出されたヒトの脳のモデルの検証に使われることになるでしょう。損失のある伝送線路と類似なcompartment modelがニューロンの電流振動のバーストモードとトニックモードを説明できます。細胞体(soma)と樹状突起(dendrite)という2つのCompartmentからなる1個のニューロン(伝送線路)だけでこのような2つのモードの振動が可能です。compartmentの数を増やすと、樹状突起部は先細りの円錐に近づきます。シータ波、デルタ波などのリズムは多数のニューロンがコヒーレントに位相を揃えて動く結果として観測される現象です。Na+ イオン電流の速い振動とCa2+ イオン電流の遅い振動が膜電位を介して相互作用することによって発生するバーストモードとトニックモードは非常に一般的な現象です。わかりやすい一例として、バーストモードは感覚の感度を上げるために用いられ、トニックモードは感覚の忠実度をあげるために用いられます。草むらの物音に、蛇かもしれないと感覚の感度を上げて動く物体を捕らえた後、忠実度を上げてよく見るとねずみであったと知るなどです。5Hzのトニックモードから0.5Hzのバーストモードへの変化を示す図4の赤い4つのグラフはLi and Rinzel,Neuroscience Vol.71,397, 1996の結果と一致しています。
図4 脳のコンパートメントモデルによるシミュレーションの一例
図4
脳のコンパートメントモデルによるシミュレーションの一例(一個のニューロンが5Hzのトニックモードと0.5Hzのバーストモードで振動できます。)

 また、展示会場という雑踏の中で脳磁界の計測に成功したという事実は、この装置の環境磁気雑音に対する耐性が優れていることを実証したことになります。また、感度の画期的な改善は、センサー回路、制御系、電源を含むシステム全体の見直しを要求しました。
 非侵襲な断層撮影装置である脳磁界計測装置は、人間の脳の動的な変化を調べるのに向いており、自閉症や注意欠陥性多動性障害、学習障害の診断への応用が期待されます。



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http://dx.doi.org/10.1016/S0921-4534(00)01721-4