ドームFは、昭和基地近くの大陸沿岸から約1000kmの遠隔地にあります。そこまでの道のりを10トンもの大型雪上車を使って輸送を行う必要があります。自走用の燃料は元より、越冬観測用の軽油や灯油等のドラム缶、建設用の物資、食糧、観測機材など様々な物資を輸送します。雪上車は、1台当たり約1.5トンの大型そり7台を牽引しました。1000kmの道のりには平坦なところばかりでなく、内陸部には、サスツルギという1mぐらいの雪の吹きだまりが多くあり、時々、そのサスツルギをうまく乗り越えられず「かめのこ」状態(ぬかるみに入ったような状態)になり脱出するのに、半日かかってしまうこともしばしばありました。また、我々は、ドーム計画の初年度であるため、ドームFまでナビゲーション用GPS等を駆使してルート工作(道標の旗やドラム缶を立てる)を行いながら進みましたが、それでも出発して間もない頃は、幾度かブリザード(地吹雪)に会い進路を見失ったりすることもありました。そのような天候の中、車両故障が重なり作業中、顔に凍傷を作ってしまうこともありました。そしてドームFに近づいたころ、アイスレーダアンテナを雪上車に取り付け観測準備を行いました。
このアイスレーダは、深い基盤からのエコーに十分な感度を確保するために、大型のアンテナが必要で、尚かつ、昭和基地からドームFは遠隔地となっているため雪上車に搭載する方式となっています。表紙の写真のように雪上車搭載アイスレーダは、観測機等を雪上車内に、アンテナを雪上車屋根に取り付け、179MHzのパルス状の電波を鉛直に雪面に向かって発射し、その電波が基盤や氷床内部から戻ってくるまでの時間を図ることでその深さを観測しました。
南極大陸内陸部に進むにつれて標高が高くなると、表面の気温は、徐々に低下して行きます。11月ころの沿岸部は、ー15度程度ですが、内陸部になりますとー40度ぐらいの世界になります。当初の設計では、このアイスレーダで3000 mまでの氷の厚さが計測可能であると見積もっていましたが、実際は、ドーム地域では、3500 mまで測定できました。このことは、一般に氷の温度が低いほど減衰係数が小さいとされていることから、ドーム地域の標高が高く大陸沿岸に比べて氷温が低かったため、より深い測定ができたと考えています。気温が低いことで観測準備は大変でしたが、観測の能力は、結果的に強い受信感度が得られ、より情報量の多いデータを取得できました。
図1は、ドームF付近の鉛直断面を示しており、氷床内部層と基盤地形が明らかになっています。ドームF付近は、基盤地形が盆地上になっておりその中心付近に位置し、水平方向の流動が少なく雪が垂直に堆積したため内部は水平な層状構造となっていると読み取れます。これは、このドームFがボーリングに適した地域であることを示しています。ドーム地域でボーリング地点を決定するための基盤地形調査を終了した後、帰路、ドームFから昭和基地近くまでの約1000 kmにおよぶ広範な氷河にそった氷床観測を行ったことは世界初であり、氷床の力学を研究する有用な材料として注目されています。
当初、解析を進めるにあたってこの偏波面の観測を変えた観測に強い異方性があることは生データを見たとき気ずきましたが、その内部エコーの反射強度全体を使って方向依存性や量が検出できるかどうか研究していたところ、地域によって減衰係数に強い双極性を見つけることができました。更に、方向によりその量に違いがあることも判りました。それらの事実をもとに次の図を作成しました。
図2は、各観測点における、GPSによる測量観測から得られた表面流動ベクトルと減衰係数から求めたベクトルを示しています。観測点は、南北約1000 kmの距離を約120 km毎に置きました。氷床内部エコー全体から減衰係数を求めてその最大の方向を矢印であらわしました。表面流動量とここで求めた減衰係数の最大方向がほぼ一致していることが読み取れます。ややベクトルの向がずれているのは、減衰係数を内部反射エコー全体から求めたため氷床全体が流動の力を受けているものとすると、表面の流動方向とに若干のずれが生ずるのであろうと考えます。ベクトルの長さは、減衰係数差を最大の減衰係数2方位の平均とその互いに90度方向2方位の平均との差と定義しました。そこで、減衰係数差と表面流動との関係を調べますと、非常に良い相関を示していることがわかりました。この関係を直線で近似すると、減衰係数差0.001 dB/mあたり1 m/yearの流動であると読み取ることができました。
これらの結果から、アイスレーダを用いた氷床の偏波面の方位を変えた観測をすることで、表面流動を測定できる可能性を示しています。ここで少し氷と電波の関係についてふれてみます。氷の電気的性質、特に誘電率は、この氷の結晶軸の向による異方性を持っていると言われており、したがって、電波の減衰特性が、氷床流動の影響を受けることは、十分考えられます。ただし、高周波での氷の誘電特性、特に損失に関しては、実験室における計測が非常に困難であり、最近になって初めて、信頼性の高いデータが出始めたところです。したがって、このことは、今後さらに検討すべき課題です。