南極大陸氷床の情報をとらえる


--雪上車搭載アイスレーダ観測--


前野英生


はじめに

 郵政省通信総合研究所は、国立極地研究所と共同で、第33次日本南極地域観測隊(1991年11月から1993年3月)において雪上車搭載アイスレーダを使用し南極大陸氷床の厚さやその内部構造の観測を行いました。データを解析した結果、氷床の低温度下におけるレーダエコー強度の増加を確認し、複雑な内部構造を示す広範囲な氷床鉛直断面図が得られ、それらに加えて、電波の偏波面を変えることにより氷床流動観測が可能となりうる結果を得ました。

地球環境と氷床観測

近年、私たちの地球は、オゾンホールの発生やエルニーニョ現象、炭酸ガス濃度の上昇による地球温暖化による環境変化が話題になってきています。それらの環境変化は今までの地球の状態と違うのでしょうか?それとも、自然な状態なのでしょうか?単に科学的興味だけでなく、人類生存の大きな問題と言えます。この問題を解く鍵の一つとなるものとして南北極の氷床があると考えられてます。そこには、過去の気象変動や氷河期の状況を示す情報が刻まれています。氷床に封じ込まれている酸素同位体からは、地球の温暖期が推測され、酸性層からは、その年代の大火山爆発を見つけることができます。これは、氷床の起源が南極に降り積もった雪であるためで、氷床深層ボーリングを行ない、取得されたサンプルを物理的・化学的に解析することによって過去数千年から数十万年におよぶ環境変動を知ることができるのです。ボーリングを多数の場所で行なうのが望ましいのですが、その労力は、膨大なものになってしまいます。それに対し、アイスレーダは、広範囲に氷床を観測することができます。アイスレーダは、当初、基盤までの氷の厚さを測定する目的で使用されていましたが、しばしば、氷床内部から層状にエコーが観測されることが知られていました。アイスレーダで観測される内部層は、氷の物理的な組成、酸性層、氷床表面と水平な方向の結晶構造等の組成の違う境界面が電波を散乱し得られるものではないかと考えられています。一方、氷床が丘状に盛り上がったドーム地域頂点では、水平方向の氷の流れが無く、過去の情報を直接解釈できるため、国際的にドーム域でのアイスコアの掘削が計画されています。我国でも昭和基地から約1000 km南の内陸にある「ドームF」(図2参照)において現在、掘削計画が進行中です。我々は、この計画に先がけて、その場所の厚い氷床を計測するアイスレーダを開発し、観測を実施することにより、広範囲な基盤地形及び内部層構造を明らかにしました。さらに、氷床上のいくつかの点で、偏波面の方位を変えた観測を実施し、氷床内部層構造の異方性と表面流動とに良い相関があることを明らかにしました。

氷床から過去の情報をとらえる

 過去十数万年の気候・環境を推定し、将来の地球環境の予測に役立てるため、氷の推積層が流動で乱されない氷床ドームFで2000 m級の深層掘削を行なうことを目的として、南極氷床ドーム深層掘削計画は、1992年から5カ年の予定で開始されました。第33次日本南極地域観測隊は、その初年度として、アイスコア掘削地点の選点の資料を得るためこのアイスレーダ観測を実施しました。アイスレーダは、国立極地研究所と当所が共同でドームFの深さ3000 m程度の基盤が計測できるよう開発を行いました。その目的を達成するため第33次南極地域観測隊のドーム旅行隊は、1992年9月から12月にかけてドーム基 地候補地の基礎データ取得とルートを確保する行動を実施しました。

 ドームFは、昭和基地近くの大陸沿岸から約1000kmの遠隔地にあります。そこまでの道のりを10トンもの大型雪上車を使って輸送を行う必要があります。自走用の燃料は元より、越冬観測用の軽油や灯油等のドラム缶、建設用の物資、食糧、観測機材など様々な物資を輸送します。雪上車は、1台当たり約1.5トンの大型そり7台を牽引しました。1000kmの道のりには平坦なところばかりでなく、内陸部には、サスツルギという1mぐらいの雪の吹きだまりが多くあり、時々、そのサスツルギをうまく乗り越えられず「かめのこ」状態(ぬかるみに入ったような状態)になり脱出するのに、半日かかってしまうこともしばしばありました。また、我々は、ドーム計画の初年度であるため、ドームFまでナビゲーション用GPS等を駆使してルート工作(道標の旗やドラム缶を立てる)を行いながら進みましたが、それでも出発して間もない頃は、幾度かブリザード(地吹雪)に会い進路を見失ったりすることもありました。そのような天候の中、車両故障が重なり作業中、顔に凍傷を作ってしまうこともありました。そしてドームFに近づいたころ、アイスレーダアンテナを雪上車に取り付け観測準備を行いました。

このアイスレーダは、深い基盤からのエコーに十分な感度を確保するために、大型のアンテナが必要で、尚かつ、昭和基地からドームFは遠隔地となっているため雪上車に搭載する方式となっています。表紙の写真のように雪上車搭載アイスレーダは、観測機等を雪上車内に、アンテナを雪上車屋根に取り付け、179MHzのパルス状の電波を鉛直に雪面に向かって発射し、その電波が基盤や氷床内部から戻ってくるまでの時間を図ることでその深さを観測しました。

南極大陸内陸部に進むにつれて標高が高くなると、表面の気温は、徐々に低下して行きます。11月ころの沿岸部は、ー15度程度ですが、内陸部になりますとー40度ぐらいの世界になります。当初の設計では、このアイスレーダで3000 mまでの氷の厚さが計測可能であると見積もっていましたが、実際は、ドーム地域では、3500 mまで測定できました。このことは、一般に氷の温度が低いほど減衰係数が小さいとされていることから、ドーム地域の標高が高く大陸沿岸に比べて氷温が低かったため、より深い測定ができたと考えています。気温が低いことで観測準備は大変でしたが、観測の能力は、結果的に強い受信感度が得られ、より情報量の多いデータを取得できました。

図1は、ドームF付近の鉛直断面を示しており、氷床内部層と基盤地形が明らかになっています。ドームF付近は、基盤地形が盆地上になっておりその中心付近に位置し、水平方向の流動が少なく雪が垂直に堆積したため内部は水平な層状構造となっていると読み取れます。これは、このドームFがボーリングに適した地域であることを示しています。ドーム地域でボーリング地点を決定するための基盤地形調査を終了した後、帰路、ドームFから昭和基地近くまでの約1000 kmにおよぶ広範な氷河にそった氷床観測を行ったことは世界初であり、氷床の力学を研究する有用な材料として注目されています。

アイスレーダで氷床の流動を観測

 雪上車にアンテナや観測機材をすべて積み込んだことにより、ドームFから昭和基地近くまでのいくつかの観測点において雪上車ごと回転させて偏波面の方位を変えた氷床内部層の観測を行なうことができました。以前、みずほ基地でこの観測を行うことによって内部層エコーの異方性が確認されていましたが、以前はアンテナを雪上車に取りつけられなかったので、1カ所で の観測に留まっていました。本観測は、機動性の高い雪上車の利点を生かし多点で観測することにより、その異方性に地域性がないか調べるために行いました。これまでは、レーダエコーの異方性と、氷床表面流動との相関を研究した例はなかったのですが、今回の観測では氷床観測の新手法としてこのアイスレーダの特徴を生かす事ができました。

当初、解析を進めるにあたってこの偏波面の観測を変えた観測に強い異方性があることは生データを見たとき気ずきましたが、その内部エコーの反射強度全体を使って方向依存性や量が検出できるかどうか研究していたところ、地域によって減衰係数に強い双極性を見つけることができました。更に、方向によりその量に違いがあることも判りました。それらの事実をもとに次の図を作成しました。

図2は、各観測点における、GPSによる測量観測から得られた表面流動ベクトルと減衰係数から求めたベクトルを示しています。観測点は、南北約1000 kmの距離を約120 km毎に置きました。氷床内部エコー全体から減衰係数を求めてその最大の方向を矢印であらわしました。表面流動量とここで求めた減衰係数の最大方向がほぼ一致していることが読み取れます。ややベクトルの向がずれているのは、減衰係数を内部反射エコー全体から求めたため氷床全体が流動の力を受けているものとすると、表面の流動方向とに若干のずれが生ずるのであろうと考えます。ベクトルの長さは、減衰係数差を最大の減衰係数2方位の平均とその互いに90度方向2方位の平均との差と定義しました。そこで、減衰係数差と表面流動との関係を調べますと、非常に良い相関を示していることがわかりました。この関係を直線で近似すると、減衰係数差0.001 dB/mあたり1 m/yearの流動であると読み取ることができました。

 これらの結果から、アイスレーダを用いた氷床の偏波面の方位を変えた観測をすることで、表面流動を測定できる可能性を示しています。ここで少し氷と電波の関係についてふれてみます。氷の電気的性質、特に誘電率は、この氷の結晶軸の向による異方性を持っていると言われており、したがって、電波の減衰特性が、氷床流動の影響を受けることは、十分考えられます。ただし、高周波での氷の誘電特性、特に損失に関しては、実験室における計測が非常に困難であり、最近になって初めて、信頼性の高いデータが出始めたところです。したがって、このことは、今後さらに検討すべき課題です。

おわりに

 本研究により、アイスレーダ観測は、極域の氷床の氷厚、氷床内部層に対して極めて有用であることが明らかになりました。南極大陸内陸部から沿岸部までの観測をし、氷床の層構造を示すことにより、氷床力学の研究に貴重なデータを提供することができました。さらに、偏波面の方位を変えた観測を行なうことにより、氷床流動の推定がアイスレーダを用いてできることが明らかになってきました。今後、ドームでの掘削計画で取得されるアイスコアと比較することによって、エコーの反射原因を特定することが期待されます。さらに、アイスコアとの比較や広域マッピング、さらに偏波特性を連続して観測できるアイスレーダを開発することにより、今後さらに氷河学の研究に寄与していきたいと思ってます。

(地球環境計測部 電波計測研究室)