アメリカン・ロッキーの麓で過ごした1年



− コロラド州ボウルダー国立海洋大気庁宇宙環境センターに滞在して −




亘 慎一




宇宙環境センターのある建物。この建物は、アイゼンハワー大統領のとき建てられたそうである。



 滞在先の宇宙環境研究センターがあるボウルダーは、アメリカン・ロッキーの麓にある人口10万人ほどの街で、標高は、1600メートル近くある。最初のうちは、走ったりすると息切れするのは、運動不足のせいかと思っていたが、これは標高が高いせいであった!? 夏は暑く、冬は寒いが、非常に乾燥しているので、夏の暑さがそれほど気にならないことが日本と大きく違う点である。ロッキーの雪解け水を飲み水や潅漑に使っているが、5月から6月にかけて、急激な雪解けのため、この乾燥地帯で洪水が起こったことには驚かされた。

 街の南側を東西に走る「ベースライン」と呼ばれる通りは、北緯40度線の上に作られたもので、これは、秋田県くらいの緯度に相当する。日本を発ったのが12月初旬だったので、雪のたくさん積もった冬景色を想像していたが、この予想は見事に裏切られた。遠くに見えるロッキーの山々の頂には、雪が見えるが、街の中に、雪はなく、空には真っ青な青空が広がっていた。現地に着いてから、最初に雪が降ったのは、大晦日のことだった。ここには、自然の清掃システムが完備しているようで、雪が降っても、「シニーク」と呼ばれる山から吹き降ろす暖かい風によって数日の内にきれいにとかされてしまう。



ロッキー山国立公園のドリーム湖近くにある氷河に削られたU字型の谷。



 1960年代前半にゴールドラッシュで栄えた街で、近くの渓谷には、今でも当時の鉱山のあとが点在している。かつては、シャイアン族やアパッチ族などのネイティブアメリカン達が狩猟場としていたところでもある。遠い昔、はるばると大平原を越えて幌馬車でやって来た開拓者達は、前方に立ちはだかるロッキーの山々を見てどのように思ったのだろうか。それにしても、ここであきらめず、3000メートル級の険しい山々を越えて、西海岸までたどりついた人間のパワーには、驚異を感じる。

 現在では、コロラド大学を中心とした学園都市で、幾つかの国の研究機関(国立海洋大気庁、国立標準技術院、国立大気研究センター)やIBMなどの計算機やソフトウェアの会社がある。街の中には、大学やノーベル賞授賞者の名前がつけられた通りがあったりして、ハイテクの街といった感じで、治安もかなり良い。近くには、ロッキー山国立公園があり、ツンドラ地帯や氷河によって作られた雄大な景色を堪能することができる。



大陸分水嶺(Continental Divide)にて。写真の左側に降った雨は大西洋へ、右側に降った雨は太平洋に流れ込む。



 街の名前のボウルダーというのは、「丸い石」という意味である。そう言われれば、ボウルダーの周辺に広がる広大な不毛の大地には、丸い石がごろごろしている。ちなみに、コロラドという州の名前は、スペイン語で「赤い」の意味で、このあたりに、赤い奇妙な形をした岩がたくさんあることに由来しているようである。近くのコロラド・スプリングスという街 には、「神々の庭」と呼ばれる奇妙な形をした赤い岩がそびえたつところもある。

 日本に比べて、物価は一般的に安い(アメリカ人と話をすると、「東京は物価が高い。」とよく言われる)。ガソリンは、日本の4分の1程度の値段である。電気製品なども、日本より、若干、安い感じがする。

 滞在先の宇宙環境センターは、研究開発と宇宙環境の予報及びサービスを行う二つの部門から成り、総勢80人ほどのこじんまりとした研究所である。商務省の国立標準技術院の建物に間借りしているため、同じ建物には、原子時計および光関連技術、電磁波技術、情報通信関係の研究所が同居している。雰囲気としては、我々の通信総合研究所に似ている感じがする。

 人材派遣会社からの研究者、短期の予算を得て働いている研究者、外国からの客員研究員や学生などが多く、パーマネントの研究者が少ないことには驚かされた。定年が無いのでパーマネントの研究者は比較的高齢で、退職後も何らかの予算を得て研究所に残り研究を続けている人が多い。若手の研究者にとっては、パーマネントのポジションを得ることがかなり難しいようである。

 日本に比べて研究者の支援体制がしっかりとしている。例えば、事務的な書類や手続きは秘書がやってくれるし、ワークステーションやパソコンなどの設定や管理は研究者を支援する技術者がいてすべてやってくれる。人の動きからセミナーの予定、昼食のメニューなどを掲載した研究所のニュースが研究所の有志によって毎週発行されている。これは、研究所で何が起こっているかよくわかり、外部からの滞在者にとっては便利であった。研究所内は、禁煙で、建物の外で喫煙しなければならない。雪の降った寒い日に年配の研究者が建物の外で喫煙している姿を見ると気の毒になった。24時間体制で宇宙環境の予報を行っているサービス部門を除くと、日本の研究所のように夜遅くまで残って仕事をするということは少ないようである。フレックスタイム制を自分達の生活に合わせてうまく活用している。また、年休をうまくつかって長期の休暇を楽しんでいる。

 日本に比べて研究所が地域に密着しているという印象を受けた。例えば、「セルフガイド・ツアー」と呼ばれるものがあって、一般の人がいつでも自由に案内のパンフレットを片手に研究所の中を見学できる。また、研究所の講堂や会議室を借りて集会を開いたり、図書館を利用することもできる。教育にも力をいれており、中学生向けのテキストを学校の先生などと共同で作ったりしている。

 11月下旬には、必要最小限の機能を残して政府機関が閉鎖されるという事態が起きた。これは、財政赤字の解消をめぐって大統領と共和党が厳しく対立し、予算が成立しなかったためである。財政抑制のために省の廃止や研究機関の民間への売却が真剣に議論されていたことは、興味深いことであった。

 仕事の方であるが、衛星で観測された太陽風のデータをもとに、宇宙環境擾乱の原因となった太陽での現象、惑星間空間での伝わり方、地球磁気圏とのカップリング効果について総合的に解析を行った。優秀なスタッフと素晴らしい研究環境に恵まれ、有意義な研究生活がおくれたのは幸いであった。


 最後に、この出張に関し、お世話になった関係の方々に心より感謝申し上げます。




(宇宙科学部  宇宙計測研究室)