赤外線アイセーフレーザによる

    世界発の衛星測距測定に成功


国森 裕生



 当所宇宙光通信地上センターにおいて、衛星レーザ測距システムの開発を進めてきたが、このほど波長1.5ミクロン(近赤外線)のいわゆるアイセーフ帯波長で高度800kmから6,000kmまでの測地衛星に対しレーザのエコーを取得することに世界で初めて成功した。(図1に概念図を示す)SLR(Satellite Laser Ranging:衛星レーザ測距)は、その高い測定の精度と正確さから衛星軌道決定、地殻変動観測、地球重力場、大気海洋力学等の研究に応用されている。通信総研でも、SLRの地殻変動観測への応用、すなわち地球重心を基準とする観測点のmmレベルの測位システムの構築を首都圏においてめざしている。


図1 アイセーフ衛星レーザ測距



 応用範囲の拡大と運用の自動化に向けて一つの障害となっているのがレーザのアイセーフに関する運用制限である。SLRのオペレーションは航空機に対する監視のため人間の監視や航空機レーダが義務づけられている。このため、例えばNASAの次期システムではレーザの出力を必要最小限にしてシングルフォトンでの受光技術を利用する方法が提案されている。

 一方、JIS-C6802等のレーザ安全性規格に見られるように、赤外光特に1.5ミクロン帯の波長は、以前からアイセーフ波長として、眼の角膜による吸収効果が知られており、近年直接励起または波長変換装置により、高出力のパルスレーザをこの波長帯で利用できる技術が開発されてきた。この波長を衛星レーザ測距に利用すれば、地上ターゲットや航空機に対する様々なセキュリティに関する運用制限が緩和され、SLRの自動運用化に向けた大きなステップとなる。

 今回、開発したシステムは、Nd:YAGレーザ基本波1.06ミクロンからラマンセル波長変換器で1.5ミクロンの波長に変換、可視(緑色)光の波長と赤外光(アイセーフの波長)を同時に衛星に送り、単一フォトンアバランシェダイオードにより、衛星からの両者のエコーをとらえたものである。

 図2に実験セットアップ写真、図3にラマンセルの出力光を示す。 使用した衛星は日本が1986年に打ち上げ「あじさい」をはじめ、ヨーロッパ、米国が打ち上げた「TOPEX/POSEIDON」など高度800kmから6000kmまでの測地・リモートセンシング衛星である。その後、20000kmの高度のエタロン(旧ソ連)からもエコーをとらえた。図4は「あじさい」からの可視及びアイセーフ波長によるエコーである(横軸:観測時間、縦軸:距離差)。






図2 実験セットアップ状況





図3 ピコ秒アイセーフレーザラマン出力






ラマンストークス光1.54mmストリークプロファイル













図4 測地衛星「あじさい」からのアイセーフ波長によるエコー




 今回の成功で、1.5ミクロンの衛星測距でのフィージビィリティの第一歩を示した。1.5ミクロンの波長は可視光に比べ、目に対する許容エネルギー密度が100万倍大きく、地上−衛星間や宇宙空間での長距離伝送の実用的な波長として有望であるとともに、今後のレーザ測距や、光衛星通信などの(宇宙)長距離伝送システムの自動化や安全化を進める上で基盤技術になると考えられる。

 なお、今回の実験では、通信総研(ラマン光学系、レーザ測距システム、望遠鏡)、チェコ工科大学(受信器の提供)、国内及び豪州メーカ(2カラー測距システム担当共同研究)のチームで協力、昨年度からシステムを構築し、室内でのレーザ特性、受光器特性試験後、地上のタワー上に取り付けた鏡に対する反射実験を実施した後、衛星のトラッキングを試みエコー取得に成功したものである。




(標準計測部 時空計測研究室)