平磯宇宙環境センターワークショップ報告


−「太陽フレアと宇宙環境擾乱に関するワークショップ」と

「太陽地球間環境予報ワークショップ」−



佐川 永一、秋岡 真樹



 大寒の中、1月23日から3日間にわたって茨城県日立市のシビックセンターを会場として「太陽フレアと宇宙環境擾乱に関するワークショップ」(SFRD)が開催された。本ワークショップは科学技術振興調整費による重点国際交流課題として科学技術庁によってサポートされたもので、国の内外から太陽物理、太陽地球間物理分野の研究者と宇宙環境予報の研究者・技術者、さらに予報の利用者が集まり、太陽面で発生する擾乱現象とその地球への影響について研究発表を行うとともに、今後の国際協力について議論することを目的としている。さらに、参加者の多くは本ワークショップに引き続いて開催された、地球周辺の宇宙環境、特にその予報を中心テーマとする「太陽地球間環境予報ワークショップ」(STPW'96)にも出席した。

 宇宙のほとんどの物質はプラズマの状態で存在するが、われれにとってもっとも身近な自然界のプラズマは地球周辺の宇宙環境である。太陽を中心とする惑星間空間を満たすこのプラズマは太陽表面の諸現象に支配されている。若田さんがシャトルで飛行した高度では宇宙はプラズマ環境そのものである。また、宇宙飛行士は自分の健康を守るために太陽や銀河からくる高エネルギー粒子(放射線)の変化に対しても注意を払いながら活動しなければならない。通信・放送の分野では静止衛星が実用的に使われており、衛星の運用のためには静止軌道のプラズマ環境予報が大切である。また、日常ではあまりプラズマを意識することのない地上でも意外なところで宇宙プラズマ環境の影響が現れる。太陽風と地球磁気圏の相互作用の中で発生する大規模な地磁気嵐では極域の電離層に大きな電流が流れ、地上の送電線やパイプラインなどに強い誘導電流を生じて、障害が発生する事もある。このように宇宙の環境もまたわれわれの身近なものとなりつつあるが、宇宙プラズマを支配するのは太陽面で発生する爆発現象(太陽フレア)や太陽コロナからの噴出現象(CME)などの太陽面擾乱現象である。

 現在、世界的に宇宙環境を予報することの重要性が急速に認識されつつあるが、米国の海洋大気庁(NOAA)を中心とした世界10カ国が参加する宇宙環境予報のための組織IUWDSはすでに30年以上この分野での活動を続けている。二つのワークショップを主催した平磯宇宙環境センターはIUWDS傘下の西太平洋地域地域警報センターとして毎日宇宙環境の状態を把握し、予報を作成するとともに、関連する基礎研究を進めている。このために、われわれは太陽や地磁気などの観測を実施するとともに、世界中の観測所からリアルタイムに観測データを集めるネットワークの整備につとめている。そして、研究面から宇宙環境予報を向上させることを目的として「宇宙天気予報システム」の研究を1988年から開始した。この中でも、太陽観測の充実が大きなテーマの一つであり、高精度の太陽望遠鏡の開発とその観測データの予報への応用などの面で大きな進展があった。

 このような背景のもとにSFRDワークショップは太陽面における擾乱とその惑星間空間、地球磁気圏等への影響について幅広い参加者によって議論することを目的として開催された。海外から太陽関係の研究者としてHagyard(NASA), Zirin (ビッグベア太陽観測所), Canfield (ハワイ大学)、Webb(ボストン大学)、J-l. Wang(北京天文台)、 太陽地球間環境分野ではMcKenzie(Max-Planck研究所),Joselyn(NOAA)、Feynman(JPL)、また、予報担当機関からはLakshmi (India), Danilov (Russia),Zhang(China)など計16名が招へいされた。他の参加者の中ではFuller-Rowell (NOAA), Szuszczewicz(SAIC), Baker (コロラド大)など多彩な顔ぶれがそろった。国内からも、第一線の太陽、惑星間空間、磁気圏、電離圏の分野の研究者と宇宙開発事業団やNHKなどの宇宙環境予報のユーザーが参加し、両ワークショップを通して計135名(国外60、国内75名)が18カ国から出席した。日本で開催されたために中国、韓国、インドネシアなどのアジア地域からの参加者の数が多かったのが特徴である。会議自身は小規模であるにも関わらず、太陽から電離層までの研究者と予報官それに予報のユーザーが集まるという珍しい組み合わせとなった。

 ワークショップの開催された日立市は東京から約150kmの太平洋岸に位置し、茨城県では二番目の人口を持つ市であり、企業城下町として知られている。駅前通りには見事な桜並木が国道6号線まで続き、桜の季節には沢山の人でにぎわう。会議場となった日立シビックセンターは6年前にJR日立駅前の再開発の一環として建設された市民のための総合的な文化施設であり、音楽ホールや会議場などを持っている。その外観は会議場の四角い建物とプラネタリウムの球形のドームが組合わされたデザインでひときわ人目を引く。参加者の宿泊とバンケットなどのイベントのために用意したホテルは会場に隣接しており、参加者からも大変便利だとの声が聞かれた。

 ワークショップは横山次長の開会の辞で始まった。初日のセッションでは桜井(国立天文台)の司会で太陽フレアのエネルギーが蓄積する過程とそのエネルギーが解放される過程について討論された。招待講演者であるHagyard, Zirin, Canfield、柴田(国立天文台)によってレビューがなされた。これらの報告はビデオによる太陽面観測データやシミュレーション結果のプレゼンテーションもあり、会場の質疑応答も非常に活発に行われて幕開けにふさわしい内容であった。とくにフレアのエネルギー蓄積過程の中で磁気渦度や磁場消滅の果たす役割が重要であり、コロナと彩層、光球の3次元的磁場構造の観測をめざしてゆくことの重要性が指摘された。特に、磁気渦度は新しい概念であり、これに関する新事実が次々に報告されたことの意義は大きい。太陽の3次元磁場構造の研究は、平磯においても国際協力のもとに進められているが、精度の高い偏光観測技術の実現が今後の大きな課題であろう。その後もCMEなどの太陽面擾乱現象、惑星間空間での諸現象などについて熱心な議論が展開された。そして二日目夜のバンケットでは主催者側の予想を超える参加者にあわてて料理を追加する一幕もあったが、様々な分野の研究者と平磯センターのスタッフが楽しいひとときを過ごすことができた。

バンケットで談笑する各分野の参加者。

左から:Joselyn(磁気圏)、Lakshmi(電離圏)、
Hagyard(太陽)、Heckman(予報担当者)、Heinemann(磁気圏)


 今回のワークショップは多彩な参加者を集めて開催された点が大きな特徴である。ワークショップの中心的なテーマである太陽面における擾乱とそれに起因する惑星間空間、地球磁気圏等への影響はそれらを総合的に扱う必要性が指摘されていたが、以下のような理由でその体系化及び総合的な研究が十分に行われていたとはいいがたい;
(1)太陽を研究する天文学研究者と地球電磁気学の研究者の間には、観測手法が全く異なる事によると思われるギャップが存在すること(リモートセンシングと直接観測)。
(2)太陽面爆発と地球磁気圏擾乱を統一的に理解するため、どのような研究・観測をすすめるべきかについての共通認識が得られにくいこと。

 今回のワークショップでは、両方の分野の第一線の研究者、特に観測、データ解析を専門とするトップレベルの研究者の参加が多く得られた。これにより、両分野の観測的研究における問題点に関する認識が深まり、我々が現在有するもしくは近い将来に手にするであろう観測手段も考慮に入れて、研究推進の方向性及び優先順位についての共通的な認識ができ始めたといえる。

 さらに、太陽面擾乱現象の観測にもとづく、その地球への影響の予報に関するトピックを積極的に扱ったことが今回のワークショップの特色としてあげられる。このような問題意識に基づく研究は、その重要性が指摘され始めているところであるが、まだ始まったばかりであり、その方向性にさえ十分な議論に基づいた共通認識が醸成されているとはいいがたい。このようなトピックの研究集会を日本で実施できた意義は非常に大きく、先駆的な役割を果たし得たといえる。

 一方、宇宙環境予報の面では、まずワークショップに先立つ1月19・20日にIUWDSの10の地域警報センターの代表者が平磯センターに集まり宇宙環境予報担当者会議(Forecasters Meeting) が開催された。この会議ではHirman(NOAA)と佐川(CRL)の司会のもとに、各国の地域センターからの報告と今後の宇宙環境予報のありかたについて議論がされた。参加者は北米、ヨーロッパ、アジア、豪州地域から集まったが、各国とも自国でのユーザー層を強く意識した研究と予報の発令を行っていることが報告された。各国の予報機関の状態は様々であるが、IUWDSとしてWWWを活用したデータ交換と情報発信を進めていくことが提案された。この議論の中で、昨年の平磯センターとNOAAも参加して実施された日米間でのネットワークによるリアルタイムデータ交換のデモンストレーションGOINが注目された。デモの成果については米国側でも一つのエポックとしてとらえており、今後のIUWDSの各機関が目指すべき方向性を示す例であるとされた。

 さらに、SFRDワークショップに引き続いて開催されたSTPW’96ではSFRDへの参加者もまじえて磁気圏、電離圏、宇宙放射線の3つ分野で予報を中心に熱心な議論が続いた。磁気圏研究の分野ではJoselynの司会で, Hinemann(フィリップス研究所)、上出(STE研)、Baker、荻野(STE研)らによって地磁気嵐、サブストーム、放射線帯、太陽風・磁気圏結合のモデリングなどのテーマについて議論された。時間的な制約によって講演の時間が充分とれなかったのは残念であったが、それを補うようにポスター会場ではあちこちで熱心な議論が続いていた。電離圏のセッションではSzuszczewicz, Fuller-Rowellの基調報告の中で地磁気嵐時の電離圏の応答に対する観測面とシミュレーションからのレビューがなされた。基礎的な研究とともに短波通信を有効に利用する予報手法についての実用的な研究の成果も報告された。STPW'96は米国での宇宙天気予報に対する取り組みが活発化する中で開催されたたこともあって、Behnke他による米国の"Space WeatherForecasts"計画の報告は注目を集めた。また、基調報告の一つとして宇宙での高エネルギー粒子が生体細胞に与える影響について鈴木(放医研)が報告を行ったが、学際的な研究領域として今後の発展が期待される。

 STPW’96の最終日は短時間ではあったが各研究分野ごとに分科会を行い、ワークショップのサマリーと今後の研究協力について議論した。これらの議論を通してIUWDS/STPWを中心に宇宙環境予報を軸としたキャンペーンスタイルの共同研究を行うことが提案された。この提案は最後の総合討論の中で議論されたが、時間的な制約もあり、最終的な結論はWilkinson(豪)がまとめ役となって参加者の意見を調整することで合意された。

 二つのワークショップと予報担当者会議は、国際会議開催の経験のないわれわれにとって試行錯誤の連続であり、平磯センター全員の協力と本所や外部の数多くの方々の助言と支持があって、ようやく開催までこぎ着けたというのがワークショップ初日の感慨であった。ワークショップも間近に迫った新年になってから米国からの参加予定者のなかで国の機関に所属する人たちから米国の予算成立の遅れのために参加できなくなったとの連絡が入り、大慌てであちこちにお願いして招へい者を追加するなどの措置をとったが、参加できない人がでてきてしまったことは心残りである。

 ワークショップのまとめとしての集録は会議の最終的な成果となるものであり、できるだけ良いものとすべく現在編集作業を鋭意進めている。ワークショップ全体を通して行き届かない点も多かったのではないかとの危惧もあるが、無事終了できたことを参加された方々と協力を頂いた関係者のみなさんに感謝したい。特にSFRDのプログラム委員長を引き受けていただいた国立天文台の桜井先生、近くであるということでいろいろ相談に乗っていただいた茨城大学の渡辺先生、SFRDワークショップを財政面と実務面から支援していただいた科学技術庁と科学技術国際交流センターには深甚の謝意を表します。

(文中敬称略)



(関東支所 平磯宇宙環境センター)