アラスカで開催された

「日米北極圏研究ワークショップ」


森 弘隆




 21世紀の地球を豊かで住み良い環境にするためには、国際的な協力により、オゾン層の破壊や地球温暖化、砂漠化などの地球環境の悪化の原因を早急に解明し、効果的な環境保全対策を実施する必要がある。当所はそのための研究活動のひとつとして、日米科学技術協力協定に基づく国際共同研究を、アラスカ大学地球物理研究所との間で進めている。

 地球環境は、太陽から放出される莫大なエネルギーによって維持されていることは言うまでもないが、地球の様々な領域でのエネルギーのやりとりや、これらに関連する物理・化学過程などの詳しいことは未だ十分解明されていない。この国際共同研究は、光や電波による先端的なリモート・センシング技術を用いて、地球大気の中でも最も解明が遅れている成層圏から熱圏下部までの、いわゆる中層大気と呼ばれる領域の有効な計測機器を開発し、これらの機器を太陽活動の影響が大きく現れる極域の地アラスカに設置して、米国側の計測機器と共同で総合的な観測・研究を行うことにより、地球環境変動のメカニズムの解明に寄与することを目的としている。

 標題のワークショップは、当所の機器開発が順調に進み、いよいよ本格的な共同観測が開始される段階となったのを機に、共同研究の日米の中心機関である当所とアラスカ大学地球物理研究所との共催で、共同観測の実施場所であるアラスカ州フェアバンクス市において、本年2月6日から8日までの3日間にわたり実施されたものである。

 ワークショップの目的は、まず、現在進めている共同研究の日本側及び米国側の機器開発などの進捗状況、共同研究の具体的テーマ、及びその進め方等を話し合うことであるが、これに加えて、現在の共同研究の領域を越えた固体地球、雪氷、海洋、気象等の幅広い分野の研究者を招き、共同研究の将来の発展について話し合うことも、重要な目的の一つであった。ワークショップへの参加者は、日本側からは、郵政省、通信総合研究所、及び大学から合計20名、米国側からは、アラスカ大学地球物理研究所のほか、米国海洋大気庁環境技術研究所、及び大学などからの招待研究者を含めて合計40名程度となった。

 日本側の参加者は、2月5日18時10分発のアメリカン航空26便で成田空港を出発し、日付変更線を越えて現地時間の同日10時にシアトルに到着した。ここで米国への入国手続きを済ませた後、13時17分発のアラスカ航空93便に搭乗し、アンカレッジを経由して、19時頃にフェアバンクス空港に到着、宿泊場所のプリンセスホテルへ向かった。ホテルには、既にアラスカ大学地球物理研究所の関係者や米国からの招待研究者が集まり、我々の到着を待っていた。この夜の予定は、ワークショップへの参加登録とレセプションであった。

 ワークショップは、最初の2日間はプリンセスホテルを会場とし、3日目は、アラスカ大学地球物理研究所に会場を移して行われた。3日間のプログラムの概要は、以下の通りである。


第1日目(2月6日)


 朝8時30分に開始された。アラスカ大学地球物理研究所の赤祖父俊一所長の歓迎の挨拶、当所の古濱洋治所長、及び米国海洋大気庁環境技術研究 所のSteven F. Clifford所長の開会の挨拶の後、当所の岡本謙一地球環境計測部長による「ワークショップの目的」と題する講演を皮切りに、最初のセッションの講演が始まった。

 セッション1は、当所の計測機器の開発状況の報告で、アラスカにおいて試験観測を開始したイメージング・リオメータを始め、現在開発中のミリ波ラジオメータ、レーリーライダー、ファブリペロー干渉計、及び分反射レーダの講演が行われた。写真1は、その発表風景である。



写真1 プリンセスホテル内のワークショップ会場での発表風景


セッション2では、アラスカ大学側の共同実験施設の整備状況、及びライダー等の計測機器の開発状況の報告が8件、昼食をはさんで行われた。 午後のコーヒーブレイクの後、セッション3では、「これからの北極圏研究」と題して、米国側から大気化学、火山学等の分野の研究課題に関する7件の講演が行われた。


第2日目(2月7日)


 朝8時から、セッション3が再開され、電波やライダーを用いた大気や氷河の観測等、7件の講演が行われた。

 午前のコーヒーブレイクの後、セッション4では、当所の宇宙天気予報、VLBI、アイスレーダ、雲レーダ等の開発計画の紹介が行われた。

 昼食の後、セッション5として、米国側から北極圏における大気、雲、海洋、雪氷等のリモートセンシング技術の研究に関する10件の講演が行われた。 最後に、地球環境の重要な一部でありながら最も解明が遅れている北極圏大気の研究を協力して推進するという内容の共同声明文に3所長が署名し、会場は大きな拍手で沸いた。

 夕食の後、ワークショップ参加者はバスに便乗して、共同観測の現地であるポーカーフラット研究地域(Poker Flat Research Range)まで、約1時間の夜のドライブを楽しんだ。研究地域の丘の上に新設された中枢施設(Science Operations Center)内に設置されている地球環境データ表示装置(Geospace Environment Data Display System)の見学が目的である。



写真2 ポーカーフラット研究地域内の中枢施設(Science Operations Center)
に設置されている地球環境データ表示装置(Geospace Environment Data Display System)


 写真2に見られるように、この表示装置には、北米各地の地磁気観測データ、オーロラ等の出現状況を示す光学的観測データ、及び衛星観測データなどの各種の観測データがリアルタイムに集められ、コンピュータ処理されてディスプレイに表示されている。この装置により、北米大陸を中心とする地球環境の時々刻々の変化の様子を居ながらにして知ることができる。なお、この建物の中には、当所がポーカーフラット研究地域内に設置する計測機器類を維持、運用するための1室も用意されている。この夜は、もう一つの楽しみであったオーロラは残念ながら現れなかった。


第3日目(2月8日)


 この日は、朝からアラスカ大学地球物理研究所に会場を移し、まず、二手に分かれて地球物理研究所の所内見学を行った後、いくつかの専門グループに分かれてグループ会合を行った。それぞれのグループでは、前日までの講演及び討議の結果を踏まえて、将来の共同研究の可能性について具体的な話し合いが行われた。写真3は、グループ会合の情景である。



写真3 アラスカ大学地球物理研究所でのグループ会合風景


 午後は、自由行動となっており、あるグループは午前の討論を継続し、あるグループはフェアバンクスの産物を調査し、また、あるグループは昼間のポーカーフラット研究地域を再び訪れて、計測機器の設置場所の下調べを行うなど、それぞれ有意義な時を過ごした。

 ワークショップ最後の夜は、全員郊外の名物レストラン、タートルクラブに集まり、お別れの晩餐会を催した。

 今回のワークショップにより、日米の研究者が3日間同じ屋根の下で食事を共にしながら率直に意見を交わし、親交を深める機会を得たことは、今後の共同研究のために極めて有意義なことであった。

日本側の研究者にとっては、実際に共同観測の現場であるアラスカ大学地球物理研究所、及びポーカーフラット研究地域を訪れて、その施設や周囲の地形を目の当たりにし、厳しい真冬の環境を肌で経験したことは、大きな収穫であった。我々にとって、フェアバンクスはさすがに極寒の地であったが、これでも、今年の冬は例年に比べて異常に温暖で、積雪量もかなり少ないとのことであった。

 ワークショップのプログラムは全体会合、グループ会合、現地調査など、非常に多彩な内容であったが、全て順調に、快適に実施されたのは、これらの準備及び運営に当たったアラスカ大学地球物理研究所の関係者の行き届いた御配慮の賜物であり、深く感謝したい。




地球環境計測部 環境システム研究室