窒化ニオブトンネル接合を用いた

サブミリ波帯SISミキサー素子

王 鎮




SISミキサーの進展

 超伝導SIS (Superconductor Insulator Superconductor)ミキサーは、2つの超伝導体の間の絶縁層を通して流れる1つの電子(準粒子と呼ばれる)トンネル電流の強い非線形特性を利用するため、量子論的ミキサー理論が取り扱え、古典的半導体ミキサーより高変換効率、極低雑音で直接検波やヘテロダインミキシングを行う。準粒子トンネリング現象は1950年代末頃I.Giaeverによって発見されたが、この現象を用いた高感度電磁波検出への応用は、20年後の1970年代後半に量子論的ミキシング理論とトンネル接合作製技術における画期的なアプローチによって始まると言える。

 J.R.Tuckerが提唱した準粒子トンネリング電流を用いたヘテロダインミキシング理論では、SISミキサーが光子一個を検出できる超高感度と量子力学の不確定性原理で決まる量子雑音の限界まで迫る極低雑音に達成しうることを初めて示し、「量子検出」と名付けた。これと同じ時期に、IBMやベル研においてジョセフソンコンピュータプロジェクトが推進され、鉛合金や金属ニオブ(Nb)系トンネル接合の作製技術を確立したことによってSISミキサーの研究が急速に進展してきた。特に、Nb接合の作製においては、厚さ数十ナノメートルの塗れ性のよいまた酸化しやすい金属アルミニウム(Al)を用いてNb電極をきれいにカバーし、Alの表面を薄く酸化することによりトンネル障壁層を形成するという巧妙な作製プロセスと相性のよい電極、トンネル障壁層の組み合わせによって高品質なNb/AlOx/Nbトンネル接合が開発されたことがSISミキサーの発展にも大きく寄与した。SISミキサーを用いた新しい電磁波受信機は、ショットキーダイオードを用いた受信機で得られないような高感度、かつ低雑音が得られることが実験的に実証され、すでにミリ波宇宙電波観測に威力を発揮している。




ニオブ粒子の限界


 Nb接合を用いたSISミキサーはミリ波帯で極低雑音の高性能を示したが、サブミリ波帯では種々の問題がある。まず、SISミキサー動作周波数の上限は電極に用いた超伝導材料自身の固有パラメ−タであるギャップ周波数によって制限されているため、Nb素子を用いたSIS受信機の雑音温度は、図1に示すようにNbのギャップ周波数700GHz以下では量子雑音の5倍程度の極低雑音を達成しているが、それ以上の周波数では急激に増大している。これは、700GHz以上の周波数の光子エネルギーがNbの超伝導エネルギーギャップより大きいため、超伝導状態の電子対が破壊されること(ペアーブレキング)によって超伝導性が失われNb伝送線路の損失が急激に増大し、受信機性能を大きく低下させたものである。


図1 Nb素子を用いたSIS受信機雑音温度の周波数依存性


 もう一つの問題として、ギャップ電圧付近での準粒子電流の立上がり特性の鋭さが応答周波数や変換効率に大きく影響する。一方、動作周波数が高くなるに伴い、ミキサー素子自身の常伝導抵抗RNと接合容量CJとの積によって決まる遮断周波数を上げるためには、微小面積と数十KA/cm2以上の高臨界電流密度(JC∝1/RNCJ)をもつ素子が必要とされる。 電流密度を上げるためには、トンネル障壁層の厚さを極力薄くしなければならないが、急峻な準粒子電流立上がり特性、かつ高臨界電流密度をもつトンネル素子を作製する際、ナノメ−トル技術という極限の素子作製プロセス、及び積層薄膜の界面特性の制御技術が必要であり、またこれに使用しうる超伝導及びトンネル障壁材料も限定されてくる。このような理由により、サブミリ波帯SISミキサーの実現に向けて、Nb接合に代わりうる高Tcと高Jc、かつ高品質トンネル接合の開発が待たれていた。



窒化ニオブ素子


 窒化ニオブ(NbN)はNbより倍高いTCを示しており、テラヘルツ帯のSISミキサー素子の電極材料として最も期待されている。ところで、SISミキサー素子は超伝導体-絶縁体-超伝導体のサンドイッチ構造であり、良好なトンネル特性を得るためには、両超伝導電極間に挟む絶縁体の厚さはその超伝導体のコヒーレンス長程度にしなければならないが、超伝導コヒーレンス長は臨界温度Tcに反比例するので、TCが高いほどコヒーレンス長が短くなり、微細加工や界面制御がますます困難となる。

 1980年代から、国内では通産省電子技術総合研究所(ETL)、海外では米国ジェット推進研究所(JPL)、TRW社などが酸化マグネシウム(MgO)を絶縁材としたNbN/MgO/NbNトンネル接合を開発してきた。しかし、MgOは高いトンネル障壁ポテンシャルをもつため、数KA/cm2の臨界電流密度をもつ接合を作製するには、絶縁層の厚さを1nm以下にしなければならない。また、接合界面における酸化物(MgO)と窒化物(NbN)との相互作用やMgO障壁層中のピンホールが形成されやすいことから、高臨界電流密度かつ高品質のNbN/MgO/NbN接合の作製は非常に困難であった。そのため、all-NbN接合を用いたSISミキサーの開発に成功した報告例は今までにほとんどなかった。


図2  NbN/AlN/NbNトンネル接合の電流ー電圧特性


 本研究では、窒化アルミニウム(AlN)をトンネル障壁材としたNbN/AlN/NbNトンネル接合を開発し、数十KA/cm2に達する高臨界電流密度、かつ高品質なトンネル接合の作製に成功した。図2はその直流電圧−電流(I-V)特性の一例である。素子の臨界電流密度は約38KA/cm2と非常に大きいにもかかわらず、準粒子電流の立ち上がりは急峻であり、リーク電流も小さく、良好な準粒子トンネリング特性を示している。このような高臨界電流密度、低リーク電流、かつ急峻な準粒子トンネリング特性をもつall-NbNトンネル接合は従来報告されておらず、本研究で初めて得られたものである。


透過電子顕微鏡による窒化ニオブトンネル接合部の断面写真


 上の写真は透過電子顕微鏡による接合の断面写真である。両NbN電極の間に厚さ約2nmのAlN薄膜を挟んでおり、均一性の良い接合界面が形成されていることがわかる。また、NbN薄膜の結晶性がよく、接合界面での相互作用による結晶の乱れはほとんど観測されなかった。このようなきれいな接合界面ができていることが高電流密度、高品質な接合の開発に大きく寄与していると思われる。



サブミリ波帯ミキシング実験

 NbN/AlN/NbNトンネル接合を用いたSISミキサー素子を設計・試作し、当研究室で開発した準光学受信機システムを用いてミキサー性能評価を行った。


図3 ミキサー素子の光学顕微鏡写真と断面模式図


 図3には作製したミキサー 素子の光学顕微鏡写真と断面の模式図を示す。接合サイズは直径1μmである。電磁波信号を効率よくSISトンネル接合に結合させるために、薄膜型アンテナと同調回路をミキサーチップに集積した。アンテナは広帯域自己補対型ログペリアンテナであり、同調回路は四分之一波長インピーダンストランスフォーマとショートスターブによって構成され、アンテナとSIS接合のインピーダンス整合と接合容量によるリアクタンスの除去を図っている。


図4 サブミリ波ミキシング実験におけるIF応答特性


 図4は、300GHz帯のミキシング実験におけるミキサー素子のI-V特性と中間周波(IF)応答特性である。局部発振波に用いた306GHzのサブミリ波を照射しないとき、ギャップ電圧以下では準粒子電流が流れないが、電磁波照射によって超伝導電子対が壊れて生じた準粒子が光子のエネルギーを吸収してトンネリングし、ギャップ電圧付近にhω/e(ω:照射した電磁波の角周波数)の電圧間隔に明瞭な光子誘起ステップが観測された。また、300Kと77Kの黒体輻射を信号波としてヘテロダインミキシングを行った場合、大きなIF出力の差が見られ、高変換効率、低雑音であることがわかる。受信機雑音温度は、Yファクター法により評価した結果、254〜350GHzのバンド内の平均では約250Kであり、303GHz付近では最小値の200Kに達している。この結果は、all-NbNミキサー素子として初めてのものであり、本研究で開発したNbN/AlN/NbNトンネル接合がサブミリ波帯のSISミキサー素子としてNb素子を置き換えうることを実証し、さらに高速、高周波応答のトンネル接合として期待されうることを示している。



今後の展望

NbNを電極としたトンネル接合は高速、高周波応答の超伝導電子デバイスとして十数年前から脚光を浴びながら、接合界面制御技術や絶縁材料の選択などの制限で今日でも実用化できる素子には至らなかった。1980年代後半、MgOをトンネル障壁材に用いたNbN/MgO/NbN接合が開発され、良好なトンネリング特性を示して以来、ポストNbのトンネル接合として主に研究されてきた。しかし、MgOは前述した種々の問題があるため、高速・高周波応答の素子に要求される高臨界電流密度、低接合容量をもつ素子の作製は困難であった。

 MgOの代わりに数種類の絶縁材料を用いたNbNトンネル接合の研究が過去十年間種々なされてきたが、NbN/MgO/NbNトンネル接合を上回る特性をもつ素子はこれまで得られなかった。本研究で開発したNbN/AlN/NbNトンネル接合は、NbN/MgO/NbNトンネル接合に並び、またそれ以上の性能を示したことが、MgO以外のトンネル障壁材料を用いても良好なトンネリング特性が得られることを示しており、今後のNbNトンネル接合のトンネル障壁材に関する研究にも有益な指針を与えることが期待される。また、300GHz帯のミキシング実験で良好な低雑音性を示したことから、NbN/AlN/NbNトンネル接合がテラヘルツ波帯の高感度、極低雑音SISミキサーとして十分動作しうることが言える。今後、光学入力系などを最適化することによって、さらに低雑音動作を図り、テラヘルツ帯での性能評価を行っていく。




関西支所 超電導研究室