CRLニュース   1996.7 No.245


超高速デジタルネットワークによる

リアルタイムVLBI基礎実験


標準計測部 周波数標準課長
今江 理人



 通信総合研究所とNTT通信網総合研究所は、首都圏広域地殻変動観測(KSP)において、超高速デジタルネットワークを用いた”リアルタイムVLBI”の共同研究を実施している。この度、本リアルタイムVLBIシステムにおいて、データ取得レート256Mbpsでの試験観測(実時間相関処理とバンド幅合成)に成功し世界最先端の技術を確立しつつある。以下に本研究開発の概要を紹介する。


1.KSP

 KSPは、当所で開発整備中の首都圏における直下型地震調査研究のための高精度地殻変動観測システム(KSP:Key Stone Project)の略称で、整備を平成5年度より開始している。 本計画は、図1に示すように首都圏を取り囲む4カ所(小金井、鹿嶋、三浦、館山)にVLBI(超長基線電波干渉計)とSLR(衛星レーザー測距)という現代を代表する超精密宇宙測位システムを対にして配備し、ミリメートルオーダーの精密地殻変動を連日観測を実施するものである。地殻変動観測データは関連機関(気象庁等)等へ公表され、将来発生が予想される首都圏直下型地震の調査研究等のために活用される。

 KSP施設の整備はVLBI整備が先行する形で進められ、既にレコーダーベースでの定常状態に近い形での観測が小金井、鹿嶋、三浦の3局において昨年度より開始されている。

 また、昨年度館山VLBI観測局、SLR4局の整備が認められ、現在これらの施設の調整段階にある。

 さらに、KSPの開発整備開始当初からVLBI観測局を高速デジタル回線で結合し、実時間での観測データの伝送とデータ処理を念頭において観測システムの設計が行われており、平成7年度より、当所とNTT通信網総合研究所との間の共同研究という形でリアルタイムVLBIシステムが完成しつつある。

図1 KSP概念図



2.レコーダーベースVLBIとリアルタイムVLBI

 VLBIはもともと水素メーザー型原子周波数標準器や高速データ記録技術の発展に基づき、結合型電波干渉計から進歩したもので、図2(a)に示すように、各観測局では自局の基準時計に基づいて電波星の観測/データ記録を行い、観測データを持ち寄り相関処理/解析を行うことを特徴とする超高精度計測システムである。

図2 従来のVLBIとリアルタイムVLBI

(a)レコーダーベースVLBI
(b)ネットワーク結合リアルタイムVLBI


 しかしながら、データを記録するデータレコーダーの記録速度の限界、観測データの輸送に係る時間的遅れなど、VLBIの精度・感度向上や観測後最終結果を得るまでの時間的遅れ等の課題を有していた。

 一方、最近の光ファイバーを用いた超高速デジタル通信の発展は目覚ましく、156Mbpsの商用専用回線が実現され、また、数十Gbpsでのデータ伝送も実験的には実現されつつある。

 この超高速デジタル回線とVLBI技術を結合させたものが、リアルタイムVLBIで図2(b)に示すように観測局の観測データを実時間で相関処理局へ伝送し、処理解析を実施するものである。

 これにより、
(1)レコーダーの記録レートによる観測レートの限界の打破 → 観測精度・感度の向上
(2)データ処理/解析の迅速化

が可能となり、VLBI技術の1つのブレークスルーになるものとして、世界的に注目を集めているものである。


3.KSPにおけるリアルタイムVLBI

 KSPにおけるリアルタイムVLBIの構成は図3に示した通りで、各観測局での取得された観測データ(各局256Mbpsのデータ量)は、ATM( Asynchronous Transfer Mode)”リアルタイムVLBI送信装置”を用いて2.4Gbpsの高速デジタル回線で、全局のデータが1度NTT通信網総合研究所(武蔵野)へ伝送される。

図3 KSPにおけるリアルタイムVLBIの構成


 ここで、2.4Gbps帯クロスコネクト装置で多重化され、4局のデータが1回線の2.4Gbps高速回線で通信総研小金井に設置された 相関局へ伝送される。

 小金井相関局では、リアルタイムVLBI受信装置により、回線遅延やATMによる遅延変動が補償され、相関処理装置へ入力される(写真1参照)。

写真1 ATM-VLBI受信装置と相関処理装置


 本研究開発においてNTT通信網総合研究所はATMを用いた高速デジタル回線におけるデータ伝送装置の開発、並びに、高速デジタル回線の構築を分担し、当所はVLBI観測局、並びに、実時間相関処理システムの開発を分担して進めている。


4.試験観測の成功

 リアルタイムVLBI試験観測では、まず、64Mbpsでの実観測データの伝送が鹿嶋−小金井間で開始され、伝送装置・伝送路・処理装置の基本性能確認が実施された。両局からの観測データは相関処理装置によりリアルタイムで処理がなされ、相関の山(フリンジ)が実時間で初めて検出された。その後、256Mbpsでの伝送、実時間でのバンド幅合成等の基礎技術確立が進められている。

図4 リアルタイムVLBIによる処理結果
(バンド幅合成後)


 KSPにおけるVLBI観測では、1つの電波星を数十秒間観測し、他の電波星の観測へ切り替えられるが、図4は、この1観測でのリアルタイム相関処理/バンド幅合成の結果である。X軸が遅延時間残差、Y軸がレート残差、Z軸が相関強度を表す。

 結果そのものは、レコーダー記録の場合と同等であるが、観測と同時にバンド幅合成の結果が得られる画期的な技術である。

 最終的な基線解析では、このような各電波星の処理結果を数十〜100観測程度毎(2〜3時間毎)に解析を行い基線長データや基準局からのXYZ相対値がミリメートル精度で決定される。


5.今後の計画

 今回のリアルタイムVLBIでの実時間フリンジ検出、並びに、1次データ処理(バンド幅合成)の成功は、首都圏における直下型地震の前兆現象としての微小な地殻変動を実時間に近い早さで監視する上での第一歩として重要な成果と考えられる。

 今後、このリアルタイムVLBI基礎実験の成功を受け、基線解析システムまでの一貫した処理/解析システムの構築と、KSP4局6基線への拡張を平成8年度内に実現することを予定しており、リアルタイムVLBIシステムの確立に向けた研究開発を進める計画である。

 これにより、首都圏のミリメートルオーダーの地殻変動の観測データが迅速に提供できると共に、完全無人観測・データ処理という国際的にみても画期的なVLBI観測システムが実現できるものと期待されている。

 また、将来的には、Gbpsクラスの伝送レートによるより高精度化に向けた技術開発を行うべくデータ取得系、データ処理系の検討を開始しつつある。

 最後に、本リアルタイムVLBIに関する共同研究の相手側であるNTT通信網総合研究所関係各位に感謝する次第である。



キーストーンの門出を祝って

(首都圏広域地殻変動観測施設竣工式典)


標準計測部 総括主任研究官
吉野 泰造



 平成8年6月25日、首都圏広域地殻変動観測施設の竣工式典を通信総合研究所(小金井)において開催した。天気の方もお祝い気分で、昼間は日が射し、幸運にも、梅雨時の雨模様の合間に式典を開催できた。

首都圏広域地殻変動観測施設竣工式


   首都圏広域地殻変動観測計画は、宇宙電波を用いたVLBI(超長基線電波干渉計)とレーザ技術を駆使したSLR(衛星レーザ測距)の観測設備をペアにして、首都圏4カ所(小金井、鹿嶋、三浦、館山)の観測局の間の地殻変動を連日数mmの精度で測ろうというものである。この計画は、鹿島神宮(茨城県)にある地震抑えで知られる要石(かなめいし)にあやかり、キー・ストーン・プロジェクト(KSP)とも呼ばれている。

 この整備計画は平成5年度に開始し、KSP施設整備の総決算となった昨年度には、残っていた館山局、リアルタイムVLBI、SLR等のシステムをすべて同時に整備し、KSP4局の整備を終えた。施設整備にあたり御苦労願った関係者および代表メーカーの方々にお集まりいただき、今回の竣工式典で、その門出を祝した。今回、一番遠方からの参加者は、SLRシステムの整備にあたった、豪州のメーカー責任者で、この日のために、はるばる駆けつけていただいた。また、超高速通 信網を利用したリアルタイムVLBIでは、NTT通信網総合研究所との共同研究のもと、つい先頃、256Mbpsという世界的にも最高の伝送速度での実験に成功し、この日の式典を迎えることができた。

 通信総合研究所大会議室に飾られた紅白幕に囲まれ、厳粛な雰囲気のもとに式典は始められた。古濱所長の挨拶に始まり、計画の概要紹介、続いて来賓の方々から、御祝辞を頂戴した。また、頂いた祝電もこの場で紹介させて頂いた。次に、キーストーンの中央局施設へ場所を移し、竣工した施設を目の当たりにして、式典を続けた。VLBI用の11mアンテナとSLR用の75cm望遠鏡を擁するドームがお客様をお待ちするなか、来賓の方々を交えテープカットを行った。小金井中央局で最近生まれたばかりのSLRの施設をKSP全体システムのシンボルとして見立て、引き続き、通信政策局技術開発推進課の吉田課長がSLRのドーム駆動用スイッチの前に立たれると、世界的にも大変ユニークな完全密閉型のSLR観測用ドームに目が注がれた。司会者の合図とともにスイッチが投入され、無事運転を開始すると拍手がわき起こった。さらに、お披露目として、四つの班に分かれて、VLBIの観測室、データ処理・解析室、SLR中央制御室、レーザシステムと各施設を順に、御案内し、VLBI観測設備、リアルタイムVLBIの現状、完成したばかりのSLR観測施設を御覧頂いた。

 施設のご案内の後、祝賀会を催しKSPの施設整備に協力いただいた代表メーカーの方々へ感謝状をお渡しした。その後はアルコールも入り若干リラックスした中で、それぞれの御来賓の方々のスピーチにも個性があり、お祝いの言葉、励ましの言葉、本音が見え隠れして、それぞれになかなか興味深いものであった。また、個別にも今後に向けての励ましと暖かい言葉を頂いた。

 当日、こうしたことに不慣れな筆者は、式の最中も、進行を確認するため、あちこち見回したりして、まるでSPの様で目障りではなかったかと反省している。また、今回は、式典会場と観測施設のある場所が離れているため、会場の移動や施設 のご案内等の時間的にハードなスケジュールにお付き合い頂き、お疲れになった方もいらしたようで、これは今後の反省材料と考えている。

 キーストーンは、国境をも越えた実に大勢の方々の共同作業であり、その努力の結晶がここに姿を現したひとつひとつの、ハードウェアであり、ソフトウェアである。これまでお世話になった方々で今回の式典にお招き出来なかった方々に対してもこの場をお借りして感謝の意を表したい。竣工式典により、皆様にキーストーンが無事、門出をしたことを知っていただき、プロジェクトのひとつの節目となった。これから、次々とキーストーンのマイルストーン(一里塚)を打ち立てて、今度はその成長を祝って頂けるように関係者一同精進したいと考えている。皆様のこれまでの御協力に深く感謝するとともに、今後、なお一層のご支援をよろしくお願いいたします。



研究者の顔


総合研究官
手代木 扶



 よく日本人は顔の見えない国民であると言われる。組織としてはよく統制のとれた行動をするのだが、中の人間はあまり発言もせず、何を考えているのかよくわからない、外国人にはそのように映るのであろう。組織の論理ばかりが先行し、中にいる個人は組織のベールの陰で密室行動をする結果、主体性や倫理観が稀薄になってしまうのではないか、ここ1年ぐらいの間に起きた様々な事件を見ていると、このような日本人の特質をいやという程痛感する。米国大和銀行問題で米国政府への通報が半年も遅れた大蔵省の対応、動燃による「もんじゅ」事故の対応、「薬害エイズ問題」に関する厚生省の対応、「オウム真理教」に関わるTBSのビデオ問題などがそうである。

このような問題が次々起きる背景には、組織のためにやったことだからという理由で個人の責任をあまり追求したがらない日本社会の精神風土があるように思う。しかし、その結果は、組織ひいては日本全体に大きな損失とイメージダウンをもたらすことになる。これからの日本が世界の中で大きな役割を果たしていくためには、組織の顔だけでなく、個人の顔がよく見える社会に変わって行かなければならないと思う。”顔の見えない日本人”では世界から尊敬は得られない。

 研究所という組織においては、中にいる研究者の顔がよく見えるということは特別に重要である。言うまでもなく、研究というのは研究者の知的創造活動に依拠して成立するものだからである。

研究者として顔が見えるということは、研究者として何をやったか、何をやっているか、外からも明瞭に知られることである。研究所の中では結構立派な人でも、研究者としての顔のはっきりしない人がいる。時々外部の人から「あの人はどんな人ですか」と尋ねられる。「××の専門家です。」「専門家はわかりますが、何をやったのですか」こう突っ込まれて明確に答えられないで困ることがある。答えられない方が不勉強だということがあるかも知れないが、多くの場合、研究者の方に問題があるように思う。その人の仕事や評判が世の中から聞こえてこないのだ。こういう人は概して学会での活動も乏しく知名度も低い。

 研究者は成し遂げた仕事で語られるべきである。
「あの人の理論」、「あの人の出した世界最高のデータ」、「あの人のアイディア」、「あの人の発明」というように成果と研究者が直接結びつけて客観的に語られるようにならなければいけない。これが研究者の顔である。このとき大事なのは客観的ということである。自画自賛ではダメである。

それでは、研究者が客観的に評価され、顔が見えるようになるプロセスとはどんなものだろうか。結論から言うと私は「逆輸入のプロセス」だと思っている。国内で生まれたアイディアや研究が、世界的な場で評価され、それが再び日本に入って来ることである。敢えて逆輸入というのは、わが国の学会や研究者には、国内の同業者の研究に対しては冷淡で積極的評価をしたがらない傾向があるからだ。従って成果は世界に問うのがよい。そこで評価されたものが逆輸入されることになる。「逆輸入」という評価が十分合理的根拠を持っているのは、それが成立するまでには、世界中で数多くの専門家の間で評価され、フィルターにかけられ伝搬し続けたものが残るからである。いいものでなければいつまでも伝搬する訳はない。逆輸入されて初めて本物だとも言えるのである。これの最も典型的な例が「八木・宇田アンテナ」であることは読者諸兄がよくご存じのことと思う。

 次にこのような逆輸入される研究をするための心構えや方法について筆者の考えを述べたい。

 第一は、いつでも国内だけでなく、世界を相手にしようという意識を持ち続けることである。その意識が自己の研究を厳しく見つめ、研究水準を引き上げるのに有効である。また、その意識があれば、当然世界の第一線の研究が気になるはずで、先端の情報にも敏感になるという効果も生じてくる。

 第二は、そのような研究者と常に交流することが重要である。いろいろな交流の形態があろうが、一番いいのは毎年開催されるその分野の主要な国際会議に欠かさず参加し、研究発表することである。

 しかしこれは現実には非常に難しい。言うまでもなく外国旅費の原資が圧倒的に不足しているからだ。自腹を切って行くことも可能だが、毎回国研の研究者にそれを強いるのは酷な話である。仕方なくその研究グループの人間を順番に、しかも必ずしも毎年でなく国際会議に参加させることになるが、「研究者の顔」を作るという点からはあまり意味がないことは説明を要しないであろう。

 制度に関わる問題は後で触れるとして、それでも敢えて研究交流の重要性は協調したい。国際会議に行くといつも参加する常連がいて、互いにファーストネームで呼びあっている。このようなコミュニティの仲間入りをして欲しい。この中にはライバルもおり、またこちらの研究の良き理解者もいる。このような連中は研究者にとって宝である。研究の逆輸入においては必ずこういう良き理解者が幾人かいて貴重な役割を果たしてくれるものだ。研究をやっていて良かったと思うことの一つは、国境を超えてこのような得がたい友人を得ることができることである。

 第三は研究というものは長期間続けなければいけないということである。長い時間仕事が蓄積されて初めて世界から評価されるような成果も出てくるというものだ。何事も「継続は力なり」である。ところが、わが国の国研の研究者が研究に集中できる期間は意外と短い。その原因は研究者の処遇にある。国研の研究者の処遇と言っても、一般行政職のそれと基本的に同じルールが適用されている。いわゆる職務職階制というもので、分かりやすく言うと給料を上げるためには室長だの部長だのという管理業務を伴うポストにつけなければいけないというシステムである。その結果、優秀な研究者でも研究半ばで実質的に研究放棄を余儀なくされ、「研究者の顔」も未完成のまま、研究者とも官僚ともつかない中途半端な人種が大量に輩出されることになる。

 外国の国公立機関の研究者と比べ、その違いを強く感じる。国際会議に出てくる外国の常連達は皆その道何十年の猛者ばかりである。また、国内でも、大学の教官で定年までアクティブに研究を続け、立派な業績を残している人は多い。その道の権威と目されるのはそういう人達である。研究を競争の側面から眺めると、国研の研究者は実質的研究期間の点で大きなハンディキャップを背負っていると言える。この問題の解決には、研究者の処遇に関する抜本的改革が不可欠だと考えている。

 このような問題を考えていくと、これらは研究者個人の努力や心構えだけで解決できるものでなく、国研を規律するさまざまの法律や制度の矛盾に突き当たらざるを得ない。例えば国の予算というのは多数の細かい費目に分類されていて、費目間で金のやり取りは出来ないことになっている。元来研究というのは、時事刻々進展するものであり、その段階に応じて費目のウエイトは変化するから、本質的に柔軟な予算執行は欠かせないにも拘らず、現在のシステムはそれとは程遠いものだ。典型的な例が前述の旅費問題で、施設費などの予算がどんなに増えても旅費が増える訳ではない。研究成果が挙がっても発表に行くことは出来ないということである。また、制度上の制約として、国立大学に認められている奨学寄付金や受託研究などの委任経理制度が国研には認められていない。このシステムが大学の研究アクティビティを高める上で測り知れない大きな役割を果たしていることには疑いの余地がない。

 研究は競争である。ライバルとの競争、時間との競争である。これに勝つためには効率的・効果的に研究を進めなければならない。そのためには、どうしても国研に課せられている様々な規制を緩和し、研究組織の運営の自由度を増す必要がある。私は機会ある毎に「国研こそが最も強く規制緩和を求めている」と主張している。例えば、総予算の1%でよいから、費目制限を取り払って自由に使えるようにしてはどうか。それによって、その時々で最も必要な部分に資金を配分できる。いろいろな弊害が心配ならそれを回避するように、研究機関が責任を持ってガラス張りの運営をすればいいのだ。

 ごく最近「科学技術基本計画」が内閣総理大臣に答申された。科学技術創造立国を目指して昨年11月制定された科学技術基本法を受けて今後の具体的施策を提言したものである。それ自体は結構なことが数多く盛り込まれており、総じて賛成できるものであるが、重要な点で大きな不満が残る。例えば、多元的研究資金の拡充が必要として、具体的に「競争的資金の拡充」、「多様な研究開発の推進のための重点的資金の拡充」および「基盤的資金の充実」を掲げているが、これらは基本的には従来の枠組みの国の予算を拡大しようとするものである。前述のような運用の自由度を大幅に拡大するといった、研究の現場が切実に求めている制度改革に関して、同基本計画は全く触れていない。今後、国の財政再建が重要な課題となる中で、研究開発投資には自ずと限界があるだろう。限られた国の予算をいかに有効に使って効率的に研究を推進するか、そのために何が障害になっているのか国民的議論が必要と思う。

 また、第3の問題である研究者の処遇について上記基本法では、「国は、研究者等の職務がその重要性にふさわしい魅力あるものとなるよう、研究者等の適切な処遇の確保に必要な施策を講ずる」と定めているが、それを具体化するはずの基本計画には何も述べられていない。優秀な研究者を処遇するために、一般行政のルールに従って無理に管理的業務につけなくとも、「その重要性にふさわしい適切な処遇」が受けられるようなシステムを早急に具体化することが強く望まれる。

 以上、当所の研究者が研究者として輝く”顔”を持った存在であって欲しいという願いを込めて本文をまとめた。”研究者の顔”ということだけ考えても、研究者自身の努力は勿論であるが、組織や個人に関わる様々な制度上の問題があることがわかる。制度改革には長い時間がかかる。国民世論を変えて行かなければならないからである。長期にわたる地道な努力を続けなくてはならない。

 いずれにしても研究所にとって大事なのは、設備や組織が立派だというだけでなく、よく顔の見える研究者が大勢いて、その人達の名前を通して研究所が語られ、またその人達を慕って世界中から研究者が集まってくることである。それが真のCOE(Center of Excellence)である。だから、「通信総研の○○さん」ではなくて、「○○さんのいる通信総研」と言われるようにならなければいけない。

 研究者は、研究所が研究者の顔でもっていることを十分自覚して大いなる夢に向かって励んでもらいたいと思う。



アラスカプロジェクトと私

− 入所3年目に去来するもの −


地球環境計測部 環境システム研究室
村山 泰啓



 私は1993年4月に通信総合研究所(CRL)に就職し、それ以来主にアラスカ大学地球物理研究所と協同の大気観測計画にたずさわっている。この 計画は地球環境の研究が目的であるが、CRL等においてその電波・光の技術を応用した何種類かの大気観測装置を開発して、アラスカで中層大気の観測 を行うというものである。関係者間では簡単にアラスカ計画と呼ばれている。この中で、最初に開発されることになっていたイメージング・リオメータという装置が私の担当となった。

中層大気という言葉は十キロメートルから百キロメートル程度の高さの地球大気の領域をさす用語である。近年この領域は、例えばオゾンホールが生じたリ、地表より顕著な地球温暖化のシグナルが期待されるなど、地球環境問題に関して社会的にも重要な役割をもつと考えられている。

  大学院での私の専攻は電子工学ということになっていたが、研究内容はむしろ電子工学の応用としての中層大気物理学の観測的研究であった。中層大気中には高度80キロメートル付近で気温が夏に最低、冬に最高となるなど一見不思議な気候がある。その形成に大気を媒体とする小規模な波動が大きな役割 を果たしていることや、その波動の特性を、地上の大気観測レーダー、ライダー、また気象ロケットの観測データを用いて明らかにすることができた。

  大学にいたときの研究室では、現在日本で唯一の大型大気観測レーダーを完成して運用しており、また大気研究のために新しい観測手法によるデータを 積極的に用いる雰囲気があった。そのためかCRLでも、大気観測装置開発・利用の大型プロジェクト、という面ではとまどいは少なかった。この分野では 国際的に新しい観測手段の開発・利用に積極的な面があるように思う。CRLがアラスカ大学と手を組んで大規模な大気の地上観測へ乗り出したことは大変意義のあることだと思われるし、また国際的な評価も期待されよう。新たな技術開発によって科学の新しい局面を開く、そして科学の進展がさらに技術開発を導く、といういわば車の両輪がともに走って互いを発展させ合うことが、こういった大型科学機器開発計画に期待される目標ではないかと思う。

  さて、私がCRLで担当することになったイメージング・リオメータという装置はアラスカ計画の中に位置付けられているが、中層大気上部と、オーロ ラなどに伴い大気圏外から地球へ入ってくる電子・陽子等との相互作用を観測するものであった。いままでの研究分野とまるで畑違いのこの分野を自分が 担当して、計画自体を実りあるものにできるかどうか、などと葛藤がなかったわけではないが、結局、概念設計の終りつつあったリオメータの仕事を引き継いだのであった。

  研究室に配属された年から、装置の設置準備や全体計画を進めるための話し合いなどで年2−3回程度アラスカ大学地球物理研究所(GI)を訪れている。当初は生活習慣、研究・仕事の進め方の違いなどからとまどいも少なくなかったが(あちらでも同じことを我々に関して言っているだろうが)、GI の土地にGIの協力で機械を設置する以上、こちらが彼らにとけ込むしかないと思い、私としてはGIのスタッフとの意思疎通を図ってきたつもりである。

  GIを訪問して当初何度か尋ねられたのは、「お前はフィジシスト(physicist;物理学者)なのか?」という質問であった。こんな若造が大規模な装置の主担当者であるということを疑問に思って、単に「お前の職業(ポジション、あるいは担当する仕事)は何か」と尋ねたかったのではと想像されるが、その英語を聞いたとき、当時の私にはあまり意味のある質問に思えなかった。そして同時に、研究者とは何をする人間か、という基本的な質問を自分に向け させられた。

  私が想像したのは、GIは地球物理を研究する組織であるため、観測機器開発が専門なのはエンジニアの仕事で「研究者」は物理研究(科学/サイエン ス)を専門とするものなのだろうか、というようなことであった。実際、その分野のサイエンスをやる力量のなさそうな者が独立に新しい観測機器を開発 しても、世界の学会はそう簡単に相手にしてくれそうもないと感じたこともあった。しかし、少なくとも我々のシステムでは観測装置をつくる人間も、科 学的データから物理研究をする人間も同様に「研究者」でありうる。また一般的に言ってもこれらは同一人物であることも多い。上に述べた科学と技術の理想的な関係のためには、科学者は機器開発に興味を持ち、機器開発者は科学に興味を持つもので、それは私にとって分離して考えられるものではなかったのだ。そしてまた、ある科学機器の開発およびそれによる物理研究に従事する者がより開発に長けているか、より対象となる物理過程の研究に長けているかは場合によるのであって、本質的な仕事の方向性を決定するほどには重要でないのではないか、という思いもまたあったのだった。

  ともあれ、イメージング・リオメータは曲折をへて部分部分にアラスカ大学の実験場へ輸送され、現在無事に試験運用中である。図1は、アラスカに設 置されている実験用アンテナ群の写真である。日々観測される上層大気情報は試験データとして毎月磁気テープで届けてもらっているが、日本からネットワーク経由で準リアルタイムにサブセットデータを見られるのもそう先のことではないはずである。このデータを国内外の中層・上層大気研究者に紹介し たところ、幸い興味をもって頂ける方もあり、今まで知らなかったアメリカの大学の先生からデータを見せて欲しいという嬉しい反応を頂いたりしている。 これも、私が今まで物理に興味を失わずにいて、彼らとの大気現象の議論をある程度実のあるものに出来たからではないかと自画自賛させていただいている。しかし一方、リオメータに関する勉強は今も続けているものの、「CRLにリオメータをやっている彼がいる」と学会で知って頂くにはまだまだこの領域の私の力が足りないことを感じさせられている。

図1:アラスカ計画の最初の装置としてアラスカ大学実験場に設置されたイメージング・リオメータの実験用アンテナアレイ。
256本のクロ スダイポール(38.2MHz)で全天のオーロラなどを観 測する。


  現在は、アラスカ計画における次の開発機器の一つである分反射レーダーにも関らせて頂いている。こちらは中層大気上部の風向風速、電子密度を測定するもので、私の地球物理学者としての専門分野に近いため、ようやくアラスカ計画で物理研究が出来ると期待している。アラスカ上空での風系や、オーロラによる大気圏外からのエネルギーが地球環境に与える影響などを調べることができるのではと考えている。

  しかし、この3年間職業として研究者をやらせていただいて抱くのは、研究という仕事がいまさらながらにおもしろくまた大変なことだ、という感慨である。その一面として、研究という仕事の進め方にしてもそうだ。「重箱の隅をつつく」という言葉がある。瑣末的な研究テーマを揶揄したりするの に使われることがある印象の悪い言葉であるが、少なくとも言葉通りにとれば、あるフレームワーク(例えば重箱の製作としてみる)の細部を綿密に研究する(隅の作業をする)のは必ずしも悪いことではないはずである。どんなよい重箱を設計しても、隅に隙間があれば水をいれると漏れてしまう。しかし 一方、緊急な課題、例えば粒状のものをいれる箱がすぐに必要なら、隅の仕上げは粒がこぼれない程度に要求されるのもまた現実であろう。実際の研究課題でこのように仕事全体の目的にそった研究方針、仕上げ段階を見極め、さらに自分の研究上の興味と折り合いをつけるのはそうた易いことではないと思う。さらに言うならば、いかにこの「仕上げ」を丁寧にしても、最初の全体設計で必要な注意を払っていなければ、最終的な「重箱」の出来の程度はそれ に応じたものになるだろう。「まず、何(どのようなもの)をつくるのか」。これを考えることは、後に続く研究の成果の多少、良否を決定する何にも増 して重要な仕事なのだ、と思われてならない。

  以上、私のような若輩者に「お前のこの3年間のことを書け」と過分な紙面を頂いたことに甘んじて、いろいろと勝手なことを言わせて頂いた。内容的に も全体に整合しない部分があるかもしれない。こんなことが言えるのも今の職場環境、回りの方々の御協力があってのこととは重々承知している。それでもあえて「若気のいたり」的な文言を書かせていただいたのは、研究者としての自分自身を振り返り、あまりにも不十分な点が目につくからでもあった。この文章が自らの戒めになり、今後の活動に何らかの改善をもたらすことができればと思いここに出させて頂いた次第である。さらなるご指導ご鞭撻を心から御願いしたいと思う。




短信

「市川人事官特別講演会」開催される


企画課 課長補佐
斉藤   政満


 6月7日(金)人事院人事官市川惇信氏(東京工業大学名誉教授、元国立環境研究所長)による特別講演会が当所4号館大会議室で開催されました。

 演題は "ブレークスルーのために ―研究組織進化論― "(参考著書:ブレークスルーのために[オーム社])。聴講者には、当所職員をはじめ、国立研究機関長協議会メンバー、情報通信関係研究所長連絡会メンバーの方々にも参加いただきました。―制約を課すことなく最高を求める―今多くの研究機関・組織に求められているブレークスルーのための研究組織、人材育成はどうあるべきか、自然科学の性質とその歴史を視野に入れ講演いただきました。



新人紹介



大友 明 (関西支所 ナノ機構研究室)

 6月より、関西先端研究センターで、光信号処理素子の研究をしております。神戸へ来る前は、太陽の国、米国フロリダにある創立4年目の新しい光学研究所で5年半、同じく光素子の研究に携わり、多くのエナジェティックな人々と出会う機会に恵まれました。関西センターも5年目の若い研究所と聞いておりますので、これまで同様アグレッシブに頑張りたいと思います。宜しくお願いします。



外部誌上発表


AAMT Journal (1996年3月) システム化の観点から見た言語メディア技術の将来動向 井佐原 均
IEICE Transaction on Communication (1996年3月) Overlapping Coverage Control in Sector Cells 渡辺富士雄、T. Buot、岩間  司、水野 光彦 Japanese Journal of Applied Physics (1996年3月) Ge:Ga Far-Infrared Photoconductors for Space Applications 廣本 宣久、藤原 幹生、芝井  広、奥田 治之
Journal of Geophysical Research (1996年3月) Modeling study of equatorial ionospheric height and spread F occurrence 丸山  隆
Journal of Glaciology (1996年3月) Internal and Basal Ice Changes Near the Grounding Line Derived from Radio Echo Sounding 浦塚 清峰、西尾 文彦、前  普爾
National Institute of Polar Research (1996年3月) JARE Data Reports NO.212 Radio Observation Data at Syowa Station Antarctica during 1994 岩崎 恭二、一ノ瀬 優
JARE Data Reports NO.213 HF Field Strength Data Measured at Syowa Station Antarctica from January to December 1994 一ノ瀬 優、岩崎 恭二
RWCP音声自然言語システムの現状と将来報告書 (1996年3月) 機械翻訳 井佐原 均
応用物理学会日本光学会誌「光学」 (1996年3月) 光学界の進展・光情報処理 北山 研一
国立天文台・水沢ニュース (1996年3月) 共同研究紹介「地球と宇宙を測るVLBI」 岩田 隆浩
情報通信ジャーナル (1996年3月) 氷の下から地球の過去をさぐる -- アイスレーダ 浦塚 清峰
天文月報(日本天文学会) (1996年3月) シリーズ 公開! ウチの研究室「鹿島宇宙通信センター宇宙電波応用研究室」 岩田 隆浩
電磁環境工学情報EMC (ミマツデータシステム) (1996年3月) 準マイクロ波帯ホーンアンテナの較正 増沢 博司
日本気象学会学会誌「天気」 (1996年3月) 第1回GPS気象学ワークショップ報告 畑中 雄樹、辻  宏道、市川 隆一、木股 文昭、萬納寺信崇、野村  厚、青梨 和正、柴田  彰、内藤 勲夫
日本測地学会 測地学会誌 (1996年3月) Excess Westward Velocities of Minamitorishima (Marcus) and Kwajalein VLBI Stations from the Expected Velocities Based on Rigid Motion of the Pacific Plate 小山 泰弘
日経コミュニケーション (1996年3月) 情報通信早分かり講座 モバイル情報通信-23 将来の移動通信システム 横山 光雄
宇宙開発事業団技術報告・NASDA-TMR-960004 (1996年3月) 宇宙船内における重粒子線における線量計測とその生物効果実験  −宇宙天気予報− 富田二三彦
日経コミュニケーション (1996年3月) 情報通信早分かり講座 モバイル情報通信-24 試験問題 横山 光雄
IEICE Transactions on Communications (1996年3月) A Dynamic Channel Assignment Strategy Using Information on Speed and Moving Direction for Micro Cellular Systems. 岡田 和則、朴  徳圭、吉本 繁壽
電子情報通信学会 英文論文誌 (1996年3月) Intelligent Radio Communication Techniques for Advanced Wireless Communications Systems 森永 規彦、横山 光雄、三瓶 政一
電子情報通信学会論文誌 E分冊 (1996年3月) Adaptive Modulation System with Punctured Canvolutional Code for High Quality Peysonal Communication Systems 松岡 秀浩、三瓶 政一、森永 規彦、神尾 享秀
電波技術協会報 (1996年3月) 電波による地震予知 高橋 耕三
日本リモートセンシング学会誌 (1996年3月) 改良型航空機搭載映像レーダによる海洋油汚染観測 古津 年章、浦塚 清峰、中村 健治、尾嶋 武之
The Emergence of Human Cognition and Language(文部省科学研究費補助金重点 領域研究「認知・言語の成立」平成7年度英文報告書) (1996年3月) Discrimination of English/r-l/and/w-y/ by Japanese Infants at 6-12 Months:Language-Specific Developmental Changes in Speech Perception Abilities 対馬 輝昭、滝澤  修、佐々木 緑、白土 智士、西  香苗、河野 守夫、
Paula Menyuk、Catherine Be 日刊工業新聞社 理工学辞典(1996年3月) 平 和昌
平成7年度 耐放射線性強化技術の検討(その2) (1996年3月) 宇宙空間における放射線環境計測、宇宙放射線環境データ解析のための技術開発 富田二三彦
平成7年度「マイクロマシンの基礎技術の調査研究」 (1996年3月) 故障に対する適応性という観点から見たマイクロマシンの制御 木村 真一