CRLニュース   1996.8 No.246


非常時通信研究室


総合通信部 非常時通信研究室長
鈴木 龍太郎



1 非常時通信研究室発足

 B-ISDNの発展によりマルチメディア技術の通信への応用分野が大きく広がっています。通信総合研究所では、総合通信部の統合通信網研究室が唯一の有線ネットワーク系の研究室として、基礎的研究分野から、アプリケーション分野までを担当してきたわけですが、研究分野が広がっていることや、マルチメディア通信の運用実験などの実施体制を強化する必要性から特にマルチメディアのアプリケーションを担当する研究室が必要となってきました。そのような中で不幸にも阪神・淡路大震災が起こり、通信ネットワークの脆弱性が表面化しました。そこで、耐災害性電気通信システムとマルチメディア通信を応用した非常時通信方式を研究することで大規模災害時の通信網の脆弱性を克服し、通信の確保を図ることを目的として、非常時通信研究室の新設が認められました。

 非常時通信研究室は、高速・広帯域ネットワーク技術を応用して、マルチメディア通信のアプリケーション技術分野を広く研究する役割と、非常大規模災害時におけるマルチメディア通信技術を駆使した災害に強いネットワークの研究及び災害情報等の円滑な伝達を研究する役割を担う研究室として本年7月1日に発足しました。名称からは、非常時通信という明確な目的を持つ研究室としてのイメージが強くなっていますが、広くマルチメディア通信の応用技術の研究を担当する研究室として、英語名称は"Multimedia Communications Section"となりました。

 研究室のメンバー4名は、すべて統合通信網研究室から分離する形で発令されました。8月からは特別研究員として4名が加わり、特に非常時通信実験システムを用いる研究体制の強化を図っています。


2 非常時通信実験装置の整備

 阪神・淡路大震災においては、通信網が大きな被害を受け、また電話の集中による通信回線の輻輳が発生し、さらに通信が困難な状況となりました。このような災害時における通信網の脆弱性を踏まえ、非常時通信実験を行うためのテストベッドを平成7年度補正予算により整備しました。

 本実験システムは、マルチメディア通信技術を活用し、安否情報蓄積交換技術、災害情報提供技術、ネットワーク信頼性向上技術等の研究開発に使用しています。

(1)ATMネットワーク

 研究対象としては、マルチメディア通信の基本的な技術であるATM(非同期転送モード)網の応用を基本としています。ATM技術では、バーチャルチャネル、バーチャルパスといった論理的な回線を実体の光ファイバー等による高速大容量回線の中に設定して回線接続が行われます。したがって実体の回線に異常が生じても論理的な構造を変えずチャネルやパスの設定だけを変更することで容易に通信の回復が図れます。このような利点を活かして柔軟性の高い回線を構築することができます。実験システムでは、VOD端末などに加え、電話機、無線電話、FAX等を扱う従来の電話網のPCM交換機等もATM網に統合化して実験ネットワークを構成しています(図1)。

図1:実験ネットワーク


(2)安否照会システム・情報提供システム

 ATM網を利用して柔軟性の 高い通信回線を構成し耐災害性を改善したとしても、大規模災害時には、実際の回線の切断を避けることは困難です。このような災害が発生した場合に必要な通信サービスとして開発されているのが安否照会・情報提供システムです。これらのシステムは、電話網を使用し通常の電話による音声及びFAXを使って登録された安否情報や災害情報を提供しようとするものです。電話回線が災害により被害を受けていても安否情報システムが稼働していれば、音声メールやFAXメールという形で安否情報や災害情報が提供できる訳です。このシステムでは、音声メールやFAXメールサーバーをネットワーク上に分散配置し、相互に情報を共有化して提供できるシステムの研究が重要な課題です。

安否紹介システム


(3)VODシステム

 マルチメディアネットワークにおける映像の伝送機能を活かし、災害時における情報提供を行うのがこのVODシステムです。災害時には、このようなシステムの操作性や情報の登録や検索機能など、運用の容易さが重要な研究課題になります。このシステムには、特にNHKのご協力により、実際の阪神・淡路大震災のニュース映像を登録し、操作性や簡易性の評価を行っています。

VODシステム


(4)テレビ会議システム

 ATM網上のテレビ会議システムは特に災害に対応するものではありませんが、テレビ会議システムに災害情報などを提供できるVODシステムを統合し、災害情報を共有化しながら会議を進行できるシステムを開発しました。このシステムでは、マルチメディアデータを有効活用する技術が研究テーマとなっています。


3 GIBN実験における役割

 GIBN(Global Interoperability for Broadband Networks:広帯域ネットワークのグローバルな相互運用性)実験においては、日本−カナダ、日本−欧州間を結びHDTV-MPEG2方式を採用したテレビ会議実験を計画しています。この実験は、統合通信網研究室と非常時通信研究室が共同して担当し、ATM網の広帯域性を活かし、ネットワークのマルチポイント接続を利用した多地点テレビ会議の実験を予定しています(図2)。

図2: 3地点TV会議実験構成図


 下記の写真が開発したHDTV-MPEG2コーデックです。
20〜120Mbpsの伝送速度でHDTVの映像を伝送できます。MPEG2方式は符号化遅延などのため、双方向通信には必ずしも向く方式ではありませんが、国際標準方式であり、伝送映像品質が高くできます。本コーデックは会議用だけでなくHDTV-VODへと発展させる研究を開始しています。

HDTV-MPEG2コーデック


4 マルチメディア通信の応用技術の研究

 マルチメディア通信の応用技術の研究のためには、具体的なアプリケーション形態を明確にし、最終的なユーザーの立場に立っての研究開発が不可欠となっています。非常時通信への応用はその端的な例です。

 非常災害時以外の応用分野として、現在、教育への応用をターゲットとしてマルチメディア通信システムの評価を開始しています。教育分野での実験を行うためには教育関係者の協力が不可欠となりますので、文部省放送教育開発センター、学芸大学、千葉大学等との共同研究や先生方の協力を得て、高品質のテレビ会議システムやデスクトップ会議システムを用いた授業を実施・計画しています。

 また、 将来のマルチメディア通信網で、さらに高速・広帯域のネットワークを使用し、擬似的な共有空間を作る検討を開始しました。遠隔地に分散した環境をマルチメディアネットワークで結び、利用者が一体感を持って共同作業(教育、研究等)を進められるようなシステムのフィージビリティスタディを通して、ネットワークに要求される回線容量や映像機器の解像度などの所要性能を明らかしたいと考えています。



歴史と伝統の都市ケベック

−ケベック州光技術研究所に滞在して−


関西支所 知覚機構研究室
山崎 達也



 科学技術庁の長期在外研究員として、一年間カナダのケベック州に滞在し研究する機会を得た。受入研究機関のNational Optics Institute(NOI)は、カナダにおける光技術の開発、応用を先駆的に行うために'85年に設立された比較的新しい機関である。その総人口は約120名で、そのうち研究者約70名、テクニシャンと呼ばれる技術支援者約20名、客員研究者や研修生約15名が5つの研究グループに分かれ、研究に従事している。私はその中の情報処理グループに属し、リモートセンシング画像の土地利用状況や植生分布よるクラス分割に関する研究を行っている。

 NOIの日常を日本と比較した時最初に気づくことは、実験装置の設定や計算機の管理から果てはカラーコピーの作成まで役割分担が明確に分かれているという分業体制である。研究者は可能な限り研究に専念すればよいという体制ができている。デメリットを挙げるとすれば、常に相手のスケジュールを念頭において研究計画を立てなければならない点である。例えば計算機の運用は管理者によって一方的決められるので、運用停止の連絡を見過ごしたりするとそれまでの計算結果が水の泡になってしまうのである。

 またNOIには職員が交替で委員を務める厚生委員会のようなものがあり、月一回のパーティーや季節のレクリェーションを計画し、開催している。これまでクリスマスパーティー、カバナ・シュクル、24時間リレー、クルージングディナー、ゴルフ大会などに参加させてもらったが、行事そのものの楽しさに加え他の研究グループの研究者とも交流できる楽しみもあり、非常に有意義であった。カバナ・シュクルというのは直訳では「砂糖小屋」となるのだが、3月から4月のメープルシロップ(砂糖かえでの樹液を煮つめた甘いシロップ)の生産の開始を祝う伝統的行事である。そこでは豆のスープやベーコンのカラアゲ、ミートパイなどの料理にそのメープルシロップをかけ食し、ダンスを踊るのが習わしである。また雪の上に熱々に熱したメープルシロップを流し、固まりかけたところを棒に巻き付けて食べるのも水飴のようでおいしいものである。



24時間リレーにNOIチームで参加


 さて目を研究所の外に向けてみよう。まずケベックの歴史を遡ってみると、16世紀にフランスの探検家ジャック・カルティエにより州都ケベックシティの礎が築かれたことにそれは始まる。その後フランスとの交易で町が発展した背景から、現在でも住民の大多数はフランス系カナダ人で、日常会話から交通標識、看板まで全てフランス語が用いられており、ケベック州はカナダの中でも異色の存在となっている。昨年10月に州独立の是非を問う住民投票が行われたことは記憶に新しい。赴任当初はフランス語は挨拶程度しか知らなかったが、折角の新 しい言語を覚える機会なのでフランス語学校に半年くらい通い、今では何とか買い物くらいはできるようになった。

 ケベックシティは18世紀半ばの英払間の戦争のフランス軍最後の砦となったのだが、今でも市の中心部は城壁に囲まれ、大砲があちらこちらに配置されており、当時の痕跡を現在に留めている。市の東側を流れるサン・ローラン川沿いにある戦場公園は、その名の通り昔は英払軍の戦場であったらしいが、今では市民が休日にピクニックに訪れる憩の場である。人間の歴史はかくの如く変化したが、サン・ローラン川に赤く沈む夕日の風景は変わらずにこれを映しているのだろう、などと戦場公園の芝生で思いを巡らせたりする。

サン・ローラン川に沈む夕日


 現在のケベックシティは観光都市としての趣を強くしている。特に夏と冬のカルナバル(カーニバル)の時期にはアメリカやヨーロッパから多くの観光客がやって来る。日本人ももちろんのこと結構観光に訪れる。市の象徴とも言えるフロントナック城は今は有名ホテルとしてそびえ立ち、昔の要塞「シタデル」では衛兵の交替式が行われ、欠かせぬ観光スポットとなっている。旧市街と呼ばれる地区には昔ながらの石造りの家が並ぶが、市はこれらの家々の保全のために補助金を出しているらしい。NOIでの直属の上司であるD. Gingras博士は通信総合研究所に一年間滞在したこともあり日本をよく知っておられるのだが、日本との比較で「ケベックシティは伝統、古い町並みそして観光地である点から、日本で言えば京都に例えられる」と言っておられた。確かにその雰囲気はある。

シタデルでの衛兵交替式。右側がフロントナック城


 日常生活で日本と大きく違う点は高速道路が只ということである。これは北米の大部分がそうであって、一部有料の所もせいぜい払って数ドル(数百円)にしかならない。ガソリンもカナダでは日本の約半額、米国にいたっては約1/3の価格だそうで、日本とのこの差は一体どこから来るのだろうかと考えてしまう。さらに付け加えると道路の幅も広く、大抵の一般道路に歩道がついていてどこでも安心してジョギングができる。また夏季期間は道路の一部は自転車専用レーンとしてサイクリストのために確保されている。これは国土面積も関係するが、日本では少し弱者への配慮が欠けているように思われる。

 税金は日本に比べ高く、給料の約40%くらいが税金で徴収されるそうだ。その分公共設備や福祉制度、社会保障は充実しており、例えば医療費に関しては軽度のものなら只で治療が受けられる。物品税はケベック州では連邦税7%+州税6.5%で最終的に14%ほどとられるのだが、食料品に対しては非課税である事は非常に嬉しい。

 研究環境から日常生活まで日本との相違点を特に取り上げて小文を書かせて頂いた。少しでも興味を持って頂けたら幸いである。しかしながら一年間の滞在では表面的な部分にばかり目が行き、なかなかその真髄まで迫ることは難しいと感じている。

 最後に、この出張に関しお世話になった関係の方々に心より感謝申し上げます。



一般公開を終えて


企画部企画課 広報係
西山 巖



一般公開


 通信総合研究所では、日頃の研究活動とその成果を広く一般の方々にも知っていただくために、毎年一般公開を 全所あげて実施している。今年は無線通信研究100年の記念の年にも当たり、計画当初は2日間(金・土)開催を提案したが、今年については例年どおり、8月1日に実施する事となった。
また、平磯宇宙環境センターでは、その地域からの要請もあり、新たに制定された祝日"海の日"(7月20日)に公開を行った。以下ご来場いただけなかった方にもその雰囲気だけでも感じていただけたらと思い、小金井本所の一般公開風景を中心に紹介する。

 8月1日、東京は朝から快晴、暑い1日となるようだ。それでも、開場時刻の午前10時が近づくにつれ来場者の姿が多く目に付き、10時にはかなりの人数で受付は賑わいを見せていた。人出はかなり好調であり、事務局としては取りあえずホッと一息という感じである。

開場直後から賑わう受付風景


 「無線通信研究100年記念」と題したコーナーでは、100年前当時に逓信省電気試験所で無線電信の研究の中心を果たされた松代松之助氏に関する展示パネルと、若井登教授(東海大学)のご協力による、当時を再現する火花放電による無線電信機、コヒーラ検波器を用いた受信機のデモンストレーションを行い、大勢の方に興味を持っていただけたようである。

100年記念展示コーナーで説明に当たる筆者


 また、同じく若井教授の指導による工作教室では、コヒーラ検波器を用いたワイザ検電器の組み立てに、親子連れで必死に取り組む姿で終日席の空く間も無いほどで、結局準備した200個のキットは品切れとなってしまった。パーツの行き渡らなかった方々には本当に申し訳なかったと思っている。

工作に取組む見学者と指導される若井教授


 本所では、この記念展示以外に、18コーナーで33項目の公開を実施したが、その中からアンケートで好評だったコーナーを幾つか紹介する。

 「マルチメディアコーナー」では、鹿島宇宙通信センターと光ファイバー回線を結び、ハイビジョン映像を見ながら互いに会話したり、衛星回線を通したハイビジョン映像で自分の姿を体験できる等、特に専門的知識を持たない人にも十分楽しんでいただけたようで人気を集めていた。

 「情報技術コーナー」では、コンピュータによる手話認識のデモンストレーションを行い、説明員の青い手袋の動きに応じてコンピュータが喋ると、見学者から「なるほど」という声が聞こえる等、大勢の方々の興味をひいたようである。

 アンケートで最も好評だったのは、関係する3つの研究室が集まって展示を行った「移動無線コーナー」である。内容としては、移動通信の効果的なゾーン割り当てによる周波数有効利用、マイクロ波による移動通信の開発、電波伝搬状況に応じて変調速度を可変する適応変調方式等である。このコーナーは多少専門的な印象であり、一般の方にはちょっと難しかったかと思われるが、近い将来実用化の可能性のある研究であり、関係する会社員等に関心を持つ方が多かったようである。

 「時間と周波数のコーナー」も好評で、日常生活でも身近な存在である"時間"の標準がCRLにあり、30万年に1秒以下の誤差と知って驚かれる方もおられたようである。まさにCRLで行っていることが国民の方々の生活に直結していることを少しでも多くの方々に理解してもらうことに、一般公開の意義があるといえる。

 「南極観測コーナー」における南極からの郵便は例年好評である。これは小金井郵便局の協力により、臨時の郵便出 張所を設け、ここに投函された郵便はCRLの南極観測隊員が昭和基地まで運び、そこの消印を押して配達されるというもので、子供たちににも夢のある催し物として定番となっている。

 「電離層と宇宙天気予報コーナー」は、最も奥まった公開場所にもかかわらず、アンケートの人気ランキングの中位で、なかなかの健闘といえる。素人にもよく分かる皆既日食のビデオを用意するなどのアイデアが好結果につながったと推測される。

 他にアンケートで上位になったコーナーとしては、「ディジタル放送コーナー」、「CATVコーナー」のように目で見て理解できる箇所や、最近携帯電話等で問題とされている「電磁環境コーナー」に関心を寄せる方が多かったようである。

 アンケートの意見欄からみると、「説明員が熱心で、素人にも分かりやすく説明してくれた」、「内容は専門的で難しいところもあったが、実際の利用の説明を受けると疑問がはれて楽しさが増した」等のように、説明に当たられた方々を評価する意見が多く見られた。また、今回新たに考案した案内地図入りの団扇はとても評判が良かった。一方で、「子供にも楽しめるコーナーを」、「専門的な資料も用意して欲しい」といった幅広い見学者に対する工夫が足りないところを指摘する意見、「公開は9時〜17時に」、「2〜3日の公開を」、「是非とも土日に公開を」のように公開日に対する要望も多く寄せられている。これらの意見には次回に向け少しでも反映できるように努力したいと考えており、既に来年は金・土の2日間の公開を検討する事になっている。

 小金井本所の見学者は1280名を数え、過去最高を記録した。また、休日に一般公開を開催した平磯宇宙環境センターの見学者は昨年比約3倍増の伸びを見せ、職員の努力が如実に反映されていると考えられる。CRL全体でも3406名と過去最高の来場者を迎えており、情報通信に対する社会の関心の高さ、CRLへの期待の大きさを自覚する必要があると感じられる。

一般公開参加者の推移(単位:人) 縦軸-参加者人数 横軸-年度


 最後に、公開にご協力いただいた関係者の皆様、ご苦労様でした。また、猛暑にも関わらずご来場いただきました皆様、有り難うございました。引き続きCRLへの暖かいご支援とご理解を宜しくお願いいたします。



世間に注目された駄洒落研究


関西支所 知的機能研究室
滝澤 修



1. はじめに

 マスコミが事件に注目する条件の一つとして、「価値の落差が感じられること」が挙げられる。低い価値の行為(例えば万引など)を、高い価値を持つ者(例えば大学教授など)がした場合などがそれにあたる。落差が大きいほどニュースバリューは高い。その意味で、国立研究所という「お堅い」(と思われている)機関の人間が、コンピュータという高度な(?)機械を駆使して、駄洒落という軽薄(とみなされがち)な研究テーマに取り組んでいることは、価値の落差の大きい「事件」とみなされてしまうのだろう。私がCRLに入所して以来取り組んでいる「駄洒落解析の研究」によると、構成語句に価値の落差をつけることが、おもしろい駄洒落の成立条件の一つになっている。駄洒落にも通じるこの「価値の落差」が原因となって、私は図らずも「駄洒落の専門家」のレッテルを貼られ、マスコミから追いかけられる経験をした。

2. 発端

 4月5日、朝日新聞大阪本 社文芸部の記者から電子メールが届いた。「インターネットで言語処理学会のホームページを見ていて、同学会誌に載った駄洒落に関する貴殿の論文に興味を持った。関連文献を送ってほしい」。それに応じて別刷を送ったところ、18日午後にその記者が取材に来所し、26日付同紙大阪版朝刊家庭欄に「だじゃれの極意、究めたい」の見出しで報道された。この日は、午後に京都の出版社の社員が来訪した以外には反響が無かった。朝日新聞記事の書かれ方はあまり格好いいものではなかったので、これ以上の反響が起きないことを私は内心期待していた。

3. 反響の拡大




芸能界デビュー(?!)を果たした「駄洒落解析システム"DUJAL"」

(第5世代コンピュータのプロトタイプ機 "PSI-2" 上で稼動)


 連休前半が終わった4月30日の朝、出勤するなり東京都杉並区の落語研究会の人から「資料が欲しい」との電話が入った。大阪版だけだとタカをくくっていたあの記事が、28日に「うまいダジャレは?科学する」の見出しで全国版にも載ってしまったことを知った。反響に火がついたのは、それからである。

 最も多かったのは、ラジオ取材・出演の依頼であった。北海道放送「夕刊さくらい」(5月3日15時35分)、ニッポン放送(東京)「トキちゃん・マミの目覚ましかぼちゃモーニング」(5月4日6時20分)、中部日本放送(名古屋)「おはよう竹地祐治です」(5月10日7時20分)、RKB毎日放送(福岡)「ラジオ快獣OZIRA」(5月11日13時40分)、NHK第1放送(全国)「おはようラジオセンター」(5月29日5時16分)....。ラジオ出演の多くは電話を通しての録音出演だったが、朝日放送(大阪)「アベ9ジラ」(6月11日10時25分)では、ゲストとして局に呼び出されてスタジオで生出演させられた。新聞の番組欄に私の名前が載っているのを見て、自分がタレント並に扱われていることを実感した。また、取材された覚えの無いラジオ局の番組を聞いて私に問い合わせてきたリスナーもいたので、私に直接取材せずに、朝日新聞記事だけをネタに取り上げた局もあったらしい。

 テレビ関係では、フジテレビのワイドショー「ビッグトゥディ」の「山田雅人のウィークエンドだぁー!!」のコーナー(5月24日15時30分)と、朝日放送(大阪)のモーニングショー「おはよう朝日です」の「なぜかウケてるダジャレ特集」(6月1日7時35分)で、研究室での私へのインタビュー映像が放映された。
また朝日新聞記事のみをネタにした紹介が、読売テレビ(日本テレビ系)「ニューススクランブル・天使」(6月28日17時56分)で流れた。それからしばらくの間は、近所の住人、馴染みの写真屋のお姉さん、子供時代の同級生、妻の行きつけのパーマ屋の美容師などなど、さまざまな人々から声をかけられた。

 雑誌関係では、週刊文春の「3面記事探検隊がいく」(5月23日発売号)で「コンピュータで駄ジャレを分析する研究者の意欲」の見出しで取り上げられた。また、東京の出版社から「本を執筆しないか?」との打診があり、洪水の如く現れる新刊書のネタが掘り起こされる過程をかいま見た。ほかに、かろうじて研究との接点を見いだせそうな反響として、電子情報通信学会東海支部から講演依頼が来た。11月に三重県内で講演する予定である。さらに、ある大手電機メーカーの社内ベンチャー企業から、駄洒落を発するお遊び的ソフトの開発への協力を打診された。うまくいけば、同メーカーのパソコンにプリインストールされて出回ることになるかもしれないとのこと。

 江戸時代の地口(駄洒落)を研究している国文科の大学院生、自分が出版した川柳の本を送ってきた 人、「研究に役立てて下さい」とワープロ書き5ページの駄洒落集を送ってきた高校生、自分が幼かった大正時代の駄洒落の経験談を書いてきた80歳代の女性.....。全国紙の家庭欄に載ったことが、広い読者層にアピールし、反響の多様さにつながったものと思われる。このような多様な反響は、CRLの研究成果では前例のないことかもしれない。

4. 釈明

 今回の報道で取り上げられた「駄洒落解析の研究」は、「自然言語における深い意味理解の研究」の中の一テーマである(CRLニュース,1988年10月号参照)。CRLニュースの読者にはご理解いただけていると思うが、駄洒落解析の研究は、「深い意味理解」の工学的実現に向けた極めてマジメな基礎研究なのである。例えば、駄洒落「委員会に行かなくて、いいんかい?」の場合、「いいんかい?」の部分が、「いいのですか?」の意味と「委員会」との発音上の類似性とを兼ね備えている。そのことを理解するためには、同じ字づら上を多重に解析しなければならない。ほかにも、例えば比喩を理解するためには、「男は狼だ」の場合、「男=狼」という字づら通りの意味を認識する解析に加えて、「男」と「狼」とが共有している性質(残忍さなど)を推論する解析を重ねて行わなければならない。さらに皮肉のように、字づらとは反対の意味をもつ発話の場合は、一層深い多重推論が必要になる。深い意味理解を実現するアルゴリズムにおいて、このような多重な解析は不可欠なのである。駄洒落は、現実の言語世界において出現する頻度こそ多くないものの、多重解析を必要とする表現の中でも、意味推論と音韻推論との両方を必要とする高度な表現であり、そこから得られる知見が他の表現にも応用できる点で、研究対象として好適なのである。

 とはいえ、「駄洒落」というテーマ自体がおもしろおかしく取り上げられやすい宿命を持っているため、朝日新聞をはじめとする一連の報道では、「うまいダジャレの作り方」のような俗受けする面が注目され、駄洒落解析研究の工学的な目的や意義が十分には伝わらなかった。そこで私は、多くの取材において、深い意味理解研究としての駄洒落研究の位置づけと重要性を力説するように努めた。そのことは、おもしろい話が聞けると期待していたであろうマスコミ側にとっては、期待はずれであったかも知れない。

 研究者たるもの、マスコミにうれしがって出ることは、あまり誉められた行為ではない、とする考え方がある。事実の探究を仕事とする研究者にとって、事実が伝わりにくいマスコミ情報に乗ることは、研究への姿勢を疑われかねない行為であるからだろう。それに対して、研究者は自分たちのやっていることを、マスコミなどを通じて一般社会の人々にもきちんと説明する義務と責任をもっと感じなければならない、という、全く逆の考え方もある。私はどちらかというと、後者の考え方に同調している。個々の情報がたとえ不完全であっても、より多くの情報を流すことで、望ましいフィルタリングが自然になされ、事実の情報だけが生き残っていくもの、と私は楽観的に考えたい。これは、情報公開制度の正当性の根拠となる考え方にも通じる。マスコミの怖さを知らない楽観主義者の考え方なのかも知れないが。

5. おわりに

 私はもちろん、駄洒落の研究だけをやっているわけではないが、駄洒落解析に関して、9月にオランダで開催される International Workshop on Compu-tational Humor というユニークな国際会議での研究発表を予定している。同会議には、「人工知能の父」と称されている MIT の Marvin Minsky をはじめ、人工知能、認知科学、哲学、言語学などの学 際領域の研究者が参集する。「人間らしいコンピュータ」を指向する最近の風潮によって、洒落や皮肉のようなユーモアを計算機で扱う研究に対する理解が広まりつつある。

 本稿を書いている時点では、反響も沈静化してきた。マスコミ等からの連絡は、関西支所の代表番号に電話をかけてきたケースが大半であったため、関西支所管理課の方々には、電話の取り次ぎの頻発で多大のご迷惑をおかけしました。今後は、本当の意味で学術的に注目される研究成果を出したいものです。それとも、クイズ番組で活躍する世俗タレント学者をめざすのも一興か?!



CRLが国際宇宙大学の理事会メンバーに


企画部長
飯田 尚志



 当所はこの程、国際宇宙大学(ISU:Internatioal Space University)学長ローランド・ドール氏(前カナダ宇宙庁長官)の推薦を受け、同大学理事会メンバー(Governing Membership)に就任することになった。ISUは、工学ばかりでなく法学、社会学等を含む宇宙に関する学際的かつ多分野に通ずる国際人を養成することを目的として、1987年に米国に創設された非営利教育団体である。1988年より毎年夏の10週間世界各地の大学等で集中講座として開催され、毎回120名前後の学生(修士課程修了者または3年以上の実務経験を持つ者、あるいは博士課程に在学中の者が多い)が各国から参加してきた。1992年のISU'92は北九州市で開催された。なお、夏期講座の他に常設校が1995年9月から1年間の課程としてフランスのストラスブールに開校されている。

 理事会メンバーは、公的機関、企業、個人の各メンバーから構成され、公的機関メンバーとしては、米航空宇宙局(NASA)、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)、カナダ宇宙庁(CSA)などが名を連ねており、我が国からは宇宙開発事業団(NASDA)が入っている。

 理事会メンバーはその年会においてISU評議員及び顧問の選定、年次報告の承認、諸規則の変更提案行為を行うものである。規則によりメンバーは4つのカテゴリー:公的機関、大学、企業、および個人に分類されている。任期は定められていない。



外部誌上発表


Biochemical and Biophysical Research Communications (Academic Press) (1996年4月)
Fluctuation Analysis of Myosin coated Bead Along Actin Bundles of Nitella
山崎 博通、中山 治人

IEEE Journal on Selected Areas in Communications (1996年4月)
Effects of Antenna Directivity and Polarization on Indoor Multipath Propagation Characteristics at 60 GHz
真鍋 武嗣、三浦 裕子、井原 俊夫

画像ラボ、日本工業出版M (1996年4月)
超3角形を用いた3次元図形処理− 統一処理と超高速処理を実現した3次元形状モデリング
−荒川 佳樹

電子情報通信学会誌 (1996年4月)
移動体衛星通信方式
大内 智晴、有本 好徳、川瀬成一郎

(社)情報処理学会 (1996年4月)
超3角形BRepにおける高速形状演算アルゴリズム
荒川 佳樹

Optics Letters (1996年4月)
Mutually pumped phase Conjugator with a rainbow configuration in BaTiO3:Ce crystal using nanosecond pulses
王  慧田、吉川 宣一、吉門  信、有賀  規

米国光学会誌 (1996年4月)
Mutually pumped phase Conjugator with a rainbow configuration in BaTiO3:Ce crystal using nanosecond pulses
王  慧田、吉川 宣一、 吉門  信、有賀  規

Electronics Letters (1996年4月)
Optical Processor for multibeam microwave array antennas
吉   宇、稲垣 恵三、三浦  龍、唐沢 好男

電子情報通信学会・論文誌B−II (1996年4月)
ETS−VI搭載Sバンド衛星間通信用機器の軌道上雑音温度評価
松本  泰、田中 正人、小園 晋一、高橋  卓

Superconductor Science and Technology (1996年4月)
Quasi-Optical Log-Periodic Antenna SIS Mixers for the 100 GHz Band
鵜澤 佳徳、野口  卓、川上  彰、王   鎮

Atomic Scale Flattening and Characterization of YBCO Film Surface
斗内 政吉、島影  尚、王   鎮、友澤 靖嗣、萩行 正憲、村上 吉繁
Josephson effects in Bi-2212 single crystals
安田  敬、斗内 政吉、王   鎮、高野 脩三