CRLニュース   1996.10 No.248


マイクロ波帯における高速移動通信の研究


総合通信部 高速移動通信研究室長
長谷 良裕



1.はじめに

 最近の携帯電話やPHSの爆発的な普及(平成8年10月には合わせて2千万台を突破)に見られるように、移動通信の進展はめざましいものがある。この勢いで加入者が増え続ければ、21世紀には従来の有線加入電話の台数(現在約6千万台)を凌駕し、通常の音声電話サービスは大半が無線の移動通信にシフトするかもしれない。

 成熟した有線電話サービスがマルチメディア対応の高度な機能を目指すように、現在は音声通信のみの機能が中心の移動通信も、将来的には本格的なマルチメディア対応のサービスを提供出来ることが望まれる。高度なサービスを提供するには高速・広帯域の通信が必須であり、現在の割り当て周波数ではスペクトルが不足する。そのため、狭帯域化・高能率化の研究と平行して新たな周波数帯でのシステムの検討も必要である。2GHz帯において2Mbps程度までの伝送速度を目標とした第3世代の移動通信であるFPLMTS(Future Public Land Mobile Telecommunication Systems)の標準化が進められているが、さらなる高速化を目指した第4世代としては、3GHz以上のマイクロ波帯の使用が考えられる。

 総合通信部高速移動通信研究室では、第4世代の移動通信システムを想定し、マイクロ波帯での高速移動通信の要素技術の研究開発を行っているので、その研究計画及び研究状況を紹介する。

図1: 都心での伝搬特性の測定



2.システムの目標と研究項目

 動画像で現行テレビ放送並の品質を確保しようとすると、Mbpsオーダーの情報速度が必要となってくる。そこで、最高の伝送速度として10Mbpsを目標とし(ちなみに、現在のPHSの無線伝送速度は384kbps)、さらに、電子メールの様な低速データや音声、動画像までの様々な情報源に一元的に対応できる高速のマルチメディア移動通信システムを3〜10GHzのマイクロ波帯で実現することを想定したシステム基礎技術の研究開発を行う。これらの目標は、第4世代の移動通信となるFPLMTSフェーズ2としても想定されているものである。

 システム全体について開発を行うのは、単独の研究所の能力を超えている。当研究室では、システムの最終目標を想定しつつ、その実現に必要な基礎的な要素技術の開発やデータ収集に重点を置いて研究を進めている。具体的には、以下に述べる、マイクロ波伝搬、高速伝送方式、統合伝送プロトコルの3点である。

 まず第1に、マイクロ波帯は移動通信にとって未知の周波数であり、伝搬特性に関するデータがほとんどない。周波数が高くなるにつれて伝搬損失が大きくなるほか、回折効果が少なくなり、最大ドップラー周波数も比例して大きくなるため、伝搬環境は厳しくなるが、隣接セルからの干渉は少なくなることが予想される。セルサイズや配置を決めるための基礎データとして、伝搬特性の測定は欠かすことができない。また、高速伝送ではマルチパス伝搬による周波数選択性フェージングに伴うシンボル間干渉の問題が重要であるが、この対策及びその評価のためには伝搬の遅延特性と各種変調方式での誤り特性の関係を十分に把握する必要があ る。

 次に、高速伝送方式では先に述べたシンボル間干渉による誤り発生が品質劣化の支配的要因となると考えられるので、フェージング対策技術が最も重要な技術課題となる。対策技術としては、反射波を受けないようにするアダプティブアレーアンテナ、伝搬路の特性を補正する適応等化器、低速の信号を束ねて送る並列伝送等の技術が考えられる。いずれの技術も重要な研究課題ではあるが、これらのうち、アダプティブアレーアンテナはサイズの問題があり、また、適応等化器は高速動作での回路規模に問題がある。そこで、本プロジェクトでは、他の技術動向も見ながら並列伝送の研究から取りかかることとした。

 本格的なマルチメディアを移動通信を実現するためには、従来の固定の伝送速度を持つ回線交換方式では限界がある。有線でのATMに見られるような高速パケット交換の手法も取り込む必要がある。そして有線ATM網とシームレスに接続するため、データ/音声/画像のどの情報源にも一元的に対応できる統合伝送プロトコルの開発が急務である。また、無線では誤りや衝突によるパケット廃棄のために再送手順も含めたプロトコルを考える必要がある。


3.個別の研究課題

(1)マイクロ波伝搬

 伝搬関係では、現在、3.35 GHz、5.20 GHz、8.45 GHzの3波で伝搬損失の測定を、主として東京の都心部で行っている。マイクロセルでのシステムを想定しているので、測定では、送信アンテナ高は数m程度と周りのビル高よりも低くとり、送信点から数100mの範囲内で測定を行っている。その結果、3.35 GHzと8.45 GHzとでは、見通し外での分布がかなり異なること等がわかった。

 今後は、50Mcpsの拡散信号による高精度の遅延プロファイルの測定と各種変調方式での誤り発生特性の測定を中心に進めていく。現在、そのための装置を整備中で、この冬以降本格的な測定を開始する。誤り発生特性は、変調速度も変化させて測定する予定で、ある伝搬状況下でのフェージング対策なしの場合の臨界伝送速度が測定できる。

図2: 様々な変調方式での伝送特性測定装置


(2)高速伝送

 高速伝送技術については、先にも述べたように、選択性フェージング対策技術として、まず、符号分割並列伝送方式の研究に取り組んでいる。用いる符号は直流バイアスを加えて相関点以外での相関係数を完全に0としたM系列符号を巡回させたものに、さらにガード区間を加えた符号を用いる。これにより、符号を効率的に使用すると共に、遅延波との直交性を保持でき、ガード区間長以内の遅延波からの干渉雑音を除去できる。1シンボル長以下の遅延波に対しては、RAKE受信を適用する。さらに、ガード区間長を遅延プロファイルによって適応的に可変にすることにより、伝搬状況に応じた適応可変容量伝送も可能である。
この方式の並列伝送装置は、計算機シミュレーションによって性能が評価され、高速で移動する車載局に対しても十分な性能が得られることがわかっている。現在、装置を試作しており、シミュレーション結果を野外実験で実証する予定である。

図3: 符号並列伝送によるマルチメディア伝送のイメージ


(3)統合伝送プロトコル

 各種マルチメディア情報源に対応するためには、情報速度の大小だけでなく、即時性を要求するかどうかの分類も重要である。即時性の要求される情報(音声や動画像等)に対しては回線のコネクションを確立する通信が、要求されない情報に対しては、コネク ションレス通信が適している。また、高速の情報に対しては、特定のチャネルを時間的なスロットの区分なしに独占的に割り当てるのが効率的であるのに対し、低速の情報では、チャネルをスロットに分割して割り当てるのが効率的である。このような通信を行うための柔軟でかつ全ての情報源に対して一元的な取り扱いができる統合伝送プロトコルをR-ISMA(Reserved Idle Signal Multiple Access)という方式をベースに開発する。

 移動通信では、伝搬路で発生する誤りに対する再送手順等も考える必要があるが、まず、第1段階として、誤りがほとんど発生しない安定した通信路である構内無線高速LANで、この新しいプロトコルの特性評価を行う予定でいる。そのための、伝送プロトコルを開発し、現在、その性能評価のための装置を試作中である。


4.おわりに

 通信総研におけるマイクロ波帯高速移動通信技術の研究プロジェクトについて、その研究計画と現在の進行状況を述べた。これは、第4世代を想定した移動通信の基盤技術開発に関する研究である。この研究は、2000年頃までに要素技術の開発とその実証実験を行う計画である。

 このプロジェクトを担当する高速移動通信研究室は、平成6年7月に発足した若い研究室である。現在、職員5名、特別研究員1名、研修生5名、事務アルバイト1名で担当している。(研究室のホームページ:http://largo.crl.go.jp)



酵素反応一分子イメージング

−モーター蛋白によるATP分解単一分子反応の可視化−


関西支所 生体物性研究室
大岩 和弘



始めに

 バクテリアから人類まで、生物は大変効率の良いエネルギー変換を行なってその生命を維持している。生物が共通のエネルギー通貨として用いているのはアデノシン3リン酸(ATP)と呼ばれる物質である。生体機能のあらゆる局面で、このATPをエネルギー源としたエネルギー変換過程が重要な役割を果たしている。イオンを汲み上げて電位勾配を作る素子、自己集合にATPのエネルギーを利用する素子、モーターとして働いて運動をつかさどる素子など、ATPの化学エネルギーを利用するアクチュエータとして多種多様な素子が働いているのである。例えば、ミオシンなどのモーター蛋白は生体内の物質の移動や構築・運動などに働く素子で、ATPの化学エネルギーを力学エネルギーに変換するアクチュエータである。筋肉は力発生を効率的に行なえるように多数のミオシン分子が配列して構成された組織である。収縮中の筋肉のなした仕事と熱発生の測定から、筋肉のエネルギー変換効率は60%にも達することが明らかにされている。このような高い効率を常温常圧下で成し得る機構は驚くべきものがある。ATPの分解反応を入力としたエネルギー変換過程は生物に普遍的であるとともに生物固有の高度な機能の基本過程でもある。したがって、変換素子がATPと反応し、そのエネルギーを変換する単一過程を直接可視化・計測することは、生体機能の最も基本的な過程の理解につながるものと期待される。


蛍光性ATPアナログ

 エネルギー変換機構解明における一つの手がかりは、ATP加水分解と仕事発生のタイミングを決めることで得られる。多数の分子が関与した実験系(例えば筋肉を用いた力学的実験)ではこのタイミングを決める事は困難であるが、ATP加水分解と仕事発生を単一分子で同時に測定できれば、これを決定する事ができる。そこで開発の第一段階は単一ATP分 子の可視化となる。蛍光効率の良い安定な蛍光団でATPを修飾することでATP一分子の可視化を行なう事ができる。夜空の星を観るごとく、暗闇に光る蛍光分子は如何に小さくともはっきりと認識する事ができるからである。しかし、酵素(筋肉の場合はミオシン)と基質(ATP)は鍵穴と鍵にたとえられるように結合に高い特異性を持ってるので、かさ高い蛍光団をATPに結合させればその特異性が崩れてしまう可能性がある。したがって、ATPのどの部位に蛍光団を導入するかは大きな問題となる。様々な検討の結果、リボースの水酸基を修飾したアナログがミオシンのよい基質となることがわかりこれを合成した。このアナログの基質としての特性を、反応速度論的測定で検討して、ATPに比べて遜色のない基質である事を確認した。


TIRF顕微鏡

 光る星(蛍光性ATPアナログ)は出来上がったが、星を観測する為の暗闇を作らねばならない。通常の蛍光顕微鏡では励起光に由来する迷光、溶液中の蛍光分子からの蛍光など、蛍光分子一分子を観察するには背景光が大きすぎる。そこで、我々はレーザーを光源とした高性能光学顕微鏡の一つ、エバネッセント照明法(Total Internal Reflection Fluorescence Microscopy)を開発して、蛍光性ATP一分子を観察する為の暗闇を獲得した。

図1: TIRF顕微鏡


この方法は全反射において低屈折率側の媒質に局在するエバネッセント光を利用した超低背景光の蛍光分子励起法である。台形石英ブロックをカバーグラス上にスペーサーを挟んで固定し、ブロックとカバーグラスの間を実験槽として利用する。蛍光性ATPアナログの励起にはArレーザーを用い、ブロック下面で全反射が起こるよう入射角を調整し、照射する。

図2: TIRF顕微鏡の概略

カバーグラス上の石英ブロックにArレーザーを照射し、ブロック下面で全反射させる。ミオシンはブロック下面に付着しており、これに結合した蛍光性ATPアナログはエバネセント光によって励起され蛍光を発する。


ブロック下面にはミオシン繊維が付着しており、そこに数nM程度の蛍光ATPアナログを潅流すると一本一本のミオシン繊維が蛍光像として観察される。蛍光性ATPアナログは、ミオシンによる加水分解過程において数十秒間、ミオシン上に結合する。ミオシン繊維上のミオシン濃度は実験時のATPアナログ濃度に比べて高いため、ATPアナログを結合したミオシン繊維は蛍光像として観察されるのである。次に、ミオシン繊維に平均1分子以下のATPアナログが結合すると推定される濃度までATPアナログ濃度を下げる。この条件下でミオシン繊維上に明滅する幾つかの蛍光スポットが観察された。


図3: 50pM蛍光性ATPアナログ存在下でミオシン繊維上に現われて消えて行く蛍光スポット。

3秒間隔で記録した同一視野像。右端は高濃度の蛍光性ATPアナログ存在下で確認したミオシン繊維。ミオシン繊維の位置にスポットが現われ、しばらく光りつづけているのがわかる。スケールバーは1μm。


ミオシンによる加水分解を受ける間、ATPアナログはミオシン上に留まるため蛍光スポットとして観察されると考えられる。したがって蛍光スポットの平均寿命は加水分解速度定数の逆数となる。蛍光スポット寿命のヒストグラムは指数分布を示し平均寿命は10秒程度、長いものでは50秒を超えるスポットも観察された。統計的解析から、観察された スポットは蛍光性ATPアナログ1分子に対応するものであることが、また、スポットの平均寿命の測定から蛍光性ATPアナログ1分子の加水分解過程を観察していることがそれぞれ示された。


単一分子計測の展望

 ATP一分子の可視化はアクチュエーター(ミオシン)への入力過程を観察するものである。一方、出力である力や仕事を一分子レベルで測定する事はレーザー光による光ピンセットの利用で可能となる。この技術の組合わせにより、極めて近い将来に単一ミオシン分子による力発生とATP加水分解が同時に計測される様になり、エネルギー変換機構の解明という大きな目標に迫る事ができるであろう。また、ここで紹介した単一蛍光分子の可視化技術は、酵素と基質の相互作用を分子レベルで直接観察できるので、筋肉におけるエネルギー変換の研究のみならず細胞内情報伝達機構や物質輸送機構などの広い研究領域での応用が期待される。

(尚、本稿で紹介したTIRF顕微鏡は9月9日付け、日本経済新聞で報道された。)



短波海洋レーダーを用いた
波浪スペクトルの推定


沖縄電波観測所
久木 幸治



1.はじめに

気候変動などを含む広範な地球環境問題に対処していくためには、大気と海洋との間の運動エネルギーと熱エネルギーのやりとりを明らかにする必要がある。その大気と海との相互作用の直接的な現場は海面であり、海洋表面での波の物理的現象と直結している。すなわち海上に風が吹くと、大気と海洋の間で運動・熱エネルギーなどの交換が起こり、それと同時に海面に波浪が生じる。このように海洋表面の波の発生と発達は、大気海洋相互作用の一側面である。したがって、広域海面の海洋表面波を計測し、研究することは、大気海洋相互作用の物理機構の理解にとって重要である。

 また社会的にも、波浪の計測や予測に対する要望が、防災、海洋開発、船舶運航、水産業などの分野で年々高まっている。このような波浪計測は、一般には海上にブイなどを係留することによって行われる。しかし現実には、陸から遠く離れた海洋上のブイを維持、管理するのは困難が多い。一方、広域の海面の波浪を計測する上で、リモートセンシング技術は極めて有効な手段である。その中でも、短波海洋レーダは地上から、継続的に海洋表面波の計測ができるといった点に特徴がある。そのため、各方面からその活用が期待されている。

図1: 短波海洋レーダの原理


 短波海洋レーダは、図1に示すように、短波帯の電波を海面に照射し、後方散乱波を受信する。そして、その受信信号を解析することによって得られる、図2のようなドップラスペクトルから、海流や波浪に関する物理量を測定することができる。短波海洋レーダを用いた海流観測については、すでに精度等の検証が進み、実用の段階となっている。本稿では、より高度な処理を要する波浪スペクトルの推定手法について概説する。

図2: ドップラスペクトルの例



2. 海洋表面波の表現

 海面上に風が吹けば、波が発達する。これを 風波(ふうは) と呼ぶ。また、ある風域で発達した風波は、その海域の外まで伝搬することがある。また風が止んでも、まだ波が残っている場合もある。このような波を うねり という。この風波とうねりを総称して 海洋表面波 と呼ぶ。

 海洋表面波のような不規則な場では、特定の時間や場所における表面形状の変化を議論することは不可能である。そのため、この不規則な海洋表面波を表現する方法として、波浪スペクトルの概念が導入された。 この概念は、海洋表面波を無限に多くの線形波(特定の方向に正弦波的な固有の周期をもった波)の重ね合わせとして表現するというものである(図3(a))。

図3: 海洋表面波の表現

(a)海洋表面波のモデル



そして海洋表面波は、水平方向の波数ベクトルの関数である 波数スペクトル 、あるいは、周波数及び方向の関数である 方向スペクトル によって記述される(図3(b))。


図3: 海洋表面波の表現

(b)方向スペクトルの例



 一般に海洋の表面変位の広域にわたる面的な分布を計測することは困難であるため、たとえばブイなどによる、ある一点だけの時間変化に基づき、解析される場合が多い。その場合、周波数の関数として表される 周波数スペクトル を求めることになる。周波数スペクトルは、波数スペクトルあるいは方向スペクトルからも求めることができる。これらの海洋表面の形状や変化を表すスペクトルを総称して、 波浪スペクトル と呼ぶ。 波浪予報で用いられる波高 (有義波高) や、他の主要な波浪パラメータである波向(なみむき)、周期などは、この波浪スペクトルから知ることができる。


3. 波浪スペクトル推定

図2のようなドップラスペクトルにおいて、ゼロドップラ周波数に対してほぼ対称な位置に大きなピークが見られる。これは一次散乱と呼ばれ、いわゆるブラッグ散乱機構によって起こされることが知られている。すなわち、電波の波長の半分の波長でかつ電波の進行方向、あるいは、その反対に進む海洋表面波の成分に起因するものである。

 一方、一次散乱のまわりに、副次的なピークが多数現れる。これは二次散乱と呼ばれるものである。この二次散乱の発生には、海洋表面における全ての周波数、方向に関する成分が関与している。したがって、レーダで得られた二次散乱のスペクトル形状を解析することによって、その観測時刻や観測領域の波浪スペクトル(方向スペクトル)を求めることができる。

 図2のようなドップラスペクトルは、理論的には波浪スペクトルを用いた積分形式で表現することができる。従って、海洋レーダから得られるドップラスペクトルから波浪スペクトルを求めるには、逆に非線形積分方程式を解く必要がある。

 この非線型積分方程式の解を求める際に、方向スペクトルを構成する「周波数、方向」の2成分について積分方程式を離散化した形で表す。さらに、解の安定性を考慮するために拘束条件を付加する。この拘束条件と離散化された積分方程式とを組み合わすことによって、非線形積分方程式を解くことは、 非線形最適化問題 に帰着される。 そして今回この最適化問題を解くために、簡便ではあるが、収束の速いアルゴリズムを開発した。


4. 観測との比較

 この波浪スペクトル推定手法を実際の短波海洋レーダで得られたデータに適用し、シートルースデータ(海面上の 実観測データ)と比較を行うため、短波海洋レーダ及びブイによる波浪同時観測を行った。この観測は、1991年3月に、山形県由良沖で行われた。沿岸に設置した短波海洋レーダから16.5kmの距離の地点に海洋波浪ブイを係留し、2時間ごとに波浪観測を行った。海洋レーダは、その送信電波の中心周波数が24.515MHzの送受切り替え式FMCWレーダである。

 一般に、ブイによる観測で、方向スペクトルを精度良く求めることは困難であるため、ここでは、周波数スペクトルについて比較を行った。図4がその比較例である。この例については、比較的両者がよく一致している。

図4: 周波数スペクトルの比較



5. おわりに

 以上のように、短波海洋レーダによる波浪スペクトル推定の有用性が示された。今後は、周波数スペクトル推定の精度の向上、さらには、方向スペクトルについても、現場観測のデータと比較を行い、その精度の見積りを行っていきたいと考えている。そして、その結果が大気海洋相互作用の解明の一助となることを期待している。



思わぬところに‥

―定理の発見に至るまで―


関東支所 宇宙制御技術研究室長
川瀬 成一郎



 ある目標にむけて研究をしたとき、めざす目標ではなく、むしろそのわきで思わぬ拾いものをした、というようなエピソードを時おり耳にすることがある。ささやかながら私にも、それに似た体験を味わう場面があったので、おこがましくもここに綴ってみたい。

 それは、人工衛星の軌道に関する話である。通信や放送をする衛星が周知のとおり増えて、静止衛星軌道が混みあうようになってきた。衛星どうしが近よっても心配ないようにするためには、軌道の決定を正確にしなければならない。それに使う新しい技術として、「差動電波干渉計による相対軌道決定」という方法を開発していることは本ニュース(1995年11月号)や当所季報(1996年6月号)に述べたとおりである。しかしながら静止衛星は実用になって久しく、既存の管制技術のもとですでに運用されている衛星は数多い。そこで新技術に取り組む一方で、既存の技術についても、その枠内でどこまで正確な軌道決定ができるものか、調べておいて損はないと考えた。

 既存技術による軌道決定のなかで、とくに精度を期待できそうなのは「2局測距」である。文字どおり地上2か所においた測距局で衛星の距離を測るもので、2局をたがいに遠く離すと軌道決定の精度がよくなることが古くから知られている。インテルサットのように広域通信をおこなう衛星では大陸間にまたがる2局測距を実際に用いてきた。さてこの場合、局配置の形はどうするのがよいだろうか。衛星の静止場所は経度に沿って順番に割当てられるものだから、混みあってきたときに何といっても気になるのは経度方向(東西方向)の衛星位置である。すると測距局もまた、東西に並べるのがよさそうに思えてくる。本当にそうか、確かめてみよう。

 準備として、測距局の位置と、測距の正確さの度あいをインプットすると、軌道決定の精度評価をアウトプットしてくるような一種の関数を組み立てる。これにはひとくさり理屈があるが細かくなるので割愛しよう。さて静止衛星を測距するときの正確さということに関して、いつも悩みの種になるのは「バイアス誤差」というものである。測距信号が通過する色々な機器・ケーブルまた衛星内の遅延をすべて差し引き補正してはじめて正しい距離がわかる のだが、実はこれが、言うは易く行うのはなかなか難しい。そこで測距には主にバイアス誤差が入り込むものとして、2局の配置の形が軌道決定精度にどう影響するか、調べることにしよう。

図1: 測距局を並べる


 図1のように、地図上に仮想的な測距局A,Bを並べる。並べる向きαを、ゼロつまり東西から始めて少しづつ回していく。いろいろな向きαにおいて、測距・軌道決定をおこなってそれから1週間、2週間、3週間先までの衛星位置を予測させたとき、その誤差がどのくらいになるか、というテストをするのである。とくに「気になる」経度方向の誤差をプロットしたところ、結果は図2のようになった。予測期間がのびるにつれて衛星位置の誤差が大きくなっていく様子があらわれている。

 さて「東西配置」は、α=0でほぼ誤差カーブの凹みにあたるから、たしかに好ましい配置であった。とはいっても、カーブの山から谷まで誤差を減らす効果は2〜3割にすぎないから、どうしても東西配置にこだわるというほどのものではないことがわかる。こうして、最初のねらい目そのものからは、たいした結果は出てこなかった。

 ところがこの図2で、わきのほうへ目をやると、誤差が3割どころか、ほとんど無くなっている。一体どうしたことだろう?

図2: 軌道誤差を見つもる


このときの配置を図1の地図でみると、点線のように、南北からすこし外れた向きをさしている。はて、上にのべた「関数」の組み立てにミスがあったのか、とまず思うが、見直しても間違いはない。不思議なことがおきるものだ。もし本当なら、従来どおりの設備でもずいぶん正確な軌道決定ができることになるのである。あれこれ思案のあげくわかったのは、この配置にある2局を衛星から眺めるとちょうど南北に並ぶ、ということだった。

 地図上でいう南北と、衛星から見たときの南北とは、場合によってかなりくいちがう。たとえば東経110度にある放送衛星BSから日本列島をながめると、見なれた形からぐにゃっと歪んで図3のように見える。(地球儀を使ってこれを確かめることができる)。そこでは稚内、能登半島突端、そして紀伊半島突端が南北に一列にならぶ。「衛星から見て南北」とは、たとえばこのような並びかたのことをいうのである。

図3: BSから日本を眺めると



 では測距局を「衛星から見て南北」に並べるとなぜ、軌道決定の誤差が消えるのか? 考え付いた理屈はつぎのようである(少々こまかいので煩わしければ読みとばしてほしい)。どちらか一方の測距局にバイアス誤差があると、それは軌道決定にさいして、衛星の位置を赤道面から南北いずれかへ向けて垂直にずらせるように働く。その働きが、測距をおこなっているあいだ静止軌道の円周に沿って均一に加わったとすると、軌道の円は全体として南北いずれかの方向に平行にずれるはずである。ところがここで、衛星の軌道運動には大原則があって、軌道面は地球の重心をかならず通っていなければならない。すなわち、測距に誤差があってもそれは、軌道決定に誤差を引き起こしようがなくなってしまうのである。はてなと思った現象は、わかってみればストレートに軌道力学の原則に結びつくものであった。

 ここまで来れば、あとはもうひと頑張りで、軌道決定の最小自乗原理にのっとって同じ結論を一般的な形にきちんと導き出すことができる。それを定理と称して論 文誌に送ってみたら、判定者も「ウンこれは面白い」なんていってくれて、こんなとき月並みだが研究業をやっていてよかったなぁーと思うのである。

 こうして既存の、もうすっかり出来あがっていると思っていた技術の中にも、思わぬ拾いものがあった。ならば新技術のほうではもっといい拾いものをするだろうか? それはやってみないとわからない。



第100回地球電磁気・地球惑星圏学会の開催


宇宙科学部長
丸橋 克英



 今年は日本における電波研究100年を迎え多くの記念行事が行われ、歴史ブームの感がある。ちょうどこの年、当所になじみのふかい地球電磁気・地球惑星圏学会の第100回目を数える大会が当所の世話担当で開催された。期間は10月21日から24日の4日間である。あいにく、本所内で4会場を確保することはむずかしく、府中の市民会館を主会場とせざるを得なかったが、23日のすべてのプログラム、午前中のポスター発表、午後の第100回特別記念講演会、総会、懇親会が当所で行われた。総会では、古濱所長が記念すべき第100回目の大会委員長として、歓迎をこめた挨拶の言葉を述べた。これを機会に、同学会の活動、当所との関わり、また、記念講演で紹介された同学会の歴史などについてあれこれ思いつくままに書いてみたい。

 まず、この地球電磁気・地球惑星圏学会という名称は誰が聞いても長ったらしいと感じるだろうが、学会活動の発展をも表している。会員数は800名程度の小さい学会であるが、もともとその研究分野は、地球内部を電磁気学の手法によって研究する部分と、地球磁場の変動から電離圏に流れる電流や超高層大気を研究する部分とに大別されていた。注目するべきことは、学会発足当時には、固体地球と超高層大気の研究が相互に関連する、理解しあうべき研究分野と意識されていたことであろう。実際当時は、双方の分野で活躍された先生方が少なくなかった。その後、学問の発展にともなって研究が細分化され、講演会が4つのパラレル・セッションで行われるようになってから久しい。これはある意味ではたいへん不幸なことである。新しく研究を志した大学院生が、隣接した分野の研究状況に自然に接する機会に恵まれないという事態にいたっている。

 この学会が誇りにしてもよい事の一つに、国際性があるだろう。もちろん、これには研究対象としている現象がグローバルな性格であることが大きく作用している。しかしながら、この学会は英文論文誌JOURNAL OF GEOMAGNETISM AND GEOELECTRICITYだけを持つ学会であり、毎年1000ページを越す論文を発行している。現在60名以上の外国人が会員として登録している。学会の創立に力を注いだ先生方の慧眼と研究に厳しい態度には恐れ入るばかりである。なんでも、「研究者たるもの、1年に2編以上の論文を発表すること」が不文律であったとのことである。

 当所は学会の創立当初から、電離層の研究を主体に学会活動に深く関与してきた。学会の歴代役員名簿には、評議員として第1期から第3期まで、上田弘之の名前が見られる。研究業績に対する学会表彰として、田中館愛橘の名を冠した「田中館賞」があり、1948年の第1号から、1996年までの間に141件の研究が表彰されているが、19件が当所の研究者に授与されている。当所の地球電磁気・地球惑星圏学会会員数は、ここ数年30名前後で推移しているが、この受賞者数は学会に対する当所の研究の貢献をあらわす一つの数字ではあろう。

写真: 記念講演中の力武先生



 今回の大会の目玉である第100回記念特別講演会は、力武常次東京大学名誉教授「私の地球電磁気学入門」、平尾邦雄東京大学名誉教授「地球から宇宙へ」、永野宏朝日大学教授「日本地球電気磁気学会誕生までの歴史」の3講演が本所の大会議室で行われた。それぞれ感銘を受けた箇所は人によってちがっているとは思うが、わたしはそれぞれ、ダイナモ理論の部分、宇宙科学研究所の発展ぶり、電離層の研究が太陽地球間物理の中心であった時代の話しに強い印象をもった。

 最後に、今回の総会講演会の準備は、当所の学会会員と関連部署の職員の協力で行われた。準備にあたった人たちに「ご苦労さま」と言いたい。記念特別講演会を担当した自分のことを言えば、講演者用の飲み水の用意を忘れてあわてたこともあったが、無事に終わってほっとしている。本当に最後にあたって、所長をはじめ、研究所の皆様のご協力に感謝致します。



Electronics Letters Premium

(エレクトロニクスレターズ賞)を受賞!


電磁波技術部長
杉浦 行



写真:エレクトロニクスレターズ賞 表彰状


 エレクトロニクス分野で世界的に権威のある技術論文集、"Electronics Letters"に田中正人(電磁波技術部)等が投稿した論文、"Microstrip antenna with solar cells for microsatellites(小型衛星用太陽電池付きマイクロストリップアンテナ)"に対して、英国電気学会(IEE :The Institution of Electrical Engineers)より、著者である田中、鈴木良昭(NASDA)、荒木賢一(宇宙通信部)、鈴木龍太郎(総合通信部)の4名に"Electronics Letters Premium"賞が本年10月に贈られた。

太陽電池付マイクロストリップアンテナ


 この論文は表題が示すように、小型衛星のアンテナと太陽電池をスペース的に共用しようとする提案である。すなわち、通常の人工衛星では太陽電池パドルを展開するが、小型衛星では太陽電池を衛星表面に装着する場合が多い。このため、アンテナとしてマイクロストリップアンテナを用い、その送受信機能を損なわないようにアンテナ面上に太陽電池を貼り付けることを提案したものである(写真−表紙)。なお、本アイデアは既に特許登録されている。



外部誌上発表


外部誌上発表IEEE Photonic Technol. Lett. (1996年6月)
Subcarrier-multiplexed Signaling based Add/Drop multiplexer in optical FDM networks
北山 研一

IEEE TRANSACTIONS ON BROADCASTING (1996年6月)
Polarization Characteristics of VHF Radio Waves Reflected by the Es Layer
一ノ瀬 優、貝沼 昭司
IEICE Trans. Comm. Radar special issue (1996年6月)
Interference of Sea Surface Echo and Rain Echo Observed by a Real Aperture Airborne Imaging Radar
中村 健治、古津 年章、浦塚 清峰
IEICE Transactions on Communication (1996年6月)
Adaptive Determination of Maximum Diameter of Raindrops from ZDR
大崎 祐次、中村 健治
Journal of Atmospheric and Oceanic Technology (1996年6月)
A Simulation Study of the Bias Error Analysis of Mean Rainfall Rates Measured with Spaceborne Radar
大崎 祐次、中村 健治
Physical Review A (1996年6月)
Determination of the ground-state hyperfine splitting of trapped 113cd+ ions
田中 歌子、今城 秀司、早坂 和弘、大向 隆三、渡邊 昌良、占部 伸二
Progress in Crystal Growth & characterization of Materials (1996年6月)
Polarization Dependence of 3-Pulse Four Wave Mixing at the Exciton Resonance - Quantum Beat and Polarization Interference
長谷川敦司、三森 康義、南 不二雄
The Astronomical Journal(1996年6月)
A 22 GHz VLBI Survey of 140 Compact Extragalactic Radio Sources
Moellenbrock、藤沢 健太、Preston、Gurvits、Dewey、平林  久、井上  充、亀野 誠二、川口 則幸、岩田 隆浩、D.L.Jauncey、V.Migenes、D.H.Roberts、R.T.Schilizz、S.J.TingayTransactions of the IEICE of Japan (Communications) (1996年6月)A Preliminary study of non-uniform beam filling correction for spaceborne radar rainfall measurement古津 年章、井口 俊夫情報通信ジャーナル (1996年6月)
ミリ波でつなぐオフィスのコンピュータ −ミリ波無線LANの実現を目指して−
真鍋 武嗣
電子情報通信学会 論文誌(欧文)(Trans. IEICE of Japan) (1996年6月)
CRL airborne multiparameter precipitation radar (CAMPR): system description and preliminary results
熊谷  博、中村 健治、花土  弘、岡本 謙一、保坂 直樹、宮野 憲明、高橋 暢宏、井口 俊夫、宮内 博
電子情報通信学会・論文誌・B-II (1996年6月)
ETS-VI地上−衛星間光通信実験におけるダウンリンク信号解析
鹿谷 元一、浜本 直和、荒木 賢一
臨床脳波 (1996年6月)
光刺激に対する脳波α成分の応答経過について−スペクトルのリアルタイム推定による刺激制御に基づく検討−
小池 敏英、堅田 明義、岡本 圭子、永塚  守
Microwave and Optical Technology Letters (1996年6月)
Analysis of a semi-linear tapered waveguide laser diode amplifierH.G.Shiraz、P.W.Tan、有賀  規神経研究の進歩、医学書院 (1996年6月)視覚的注意、体性感覚的注意とクロスモーダルアテンション宮内  哲
EMC技術者協会主催「設計技術者のためのEMC教育講座」 (1996年6月)
EMI規格と試験 杉浦  行