新しい計測法による脳機能研究
通信科学部 信号処理研究室
宮内 哲
私たちはfMRI(functional Magnetic Resonance Imaging:機能的磁気共鳴画像)とMEG(Magnetoencephalography:脳磁波)という装置を使って、ヒトの脳の活動を計測し、認識や運動に伴う脳の情報処理過程を調べています。まず、それぞれの装置の原理を簡単に説明します。
脳機能研究に用いられているfMRI
人体を構成する原子の中で常磁性で圧倒的に多いのは水素原子です。水素原子の原子核は通常はバラバラの向きで回転していますが、一定の強度の磁場中に置かれると、磁場と同じ方向を向きます。この状態で特定の周波数(磁場1.5テスラでは63.9MHz)の電磁波を与えると、原子核はその電磁波のエネルギーを吸収し、スピンの角度が変化します(核磁気共鳴)。電磁波を切ると、吸収されたエネルギーが再び電磁波(MR信号)として放出されるとともにスピンは元の方向に戻ります。この電磁波をコイルにより受信します。緩和に要する時間は観測しようとする各部位の水素原子の量、水素原子が他のどのような原子と結合しているかにより異なり、この差がMRIで得られる構造画像のコントラストとなり、通常の病院で脳や内蔵の構造を見るために使われています。
fMRIは、同じMRI装置を用いて、磁化率の変化に対して鋭敏な撮像法を用いて脳の局所的な活動に伴う血管内の血液の 磁性の変化を利用して、血流量の変化を計測します。血液中に含まれるヘモグロビンは酸素との結合状態によって磁性が変化することが知られており、酸素分子と結合した酸化ヘモグロビンは反磁性を示すのに対して、酸素分子を離した脱酸化ヘモグロビンは常磁性を示します。したがって脱酸化ヘモグロビンを含む血管の周囲では磁化率の違いが生じ、周囲の水分子はこの磁化率の違いの影響を受けて各スピンの位相が早く乱れてMR信号が低下します。一方、脳内の局所的な活動によってその部位の局所血流量は大幅に増加(50%以上)し、酸化ヘモグロビンを含んだ血液が多量に流入しますが、実際の酸素消費量の増加は5%程度にとどまります。その結果、脱酸化ヘモグロビンに対して酸化ヘモグロビンが相対的に増加し、脱酸化ヘモグロビンの磁化率の違いによる信号低下が弱められ、MR信号の増大となって現れます。これをBOLD(Blood Oxygen Level Dependent)効果と呼んでいます。fMRIではこのBOLD 効果によるMR信号の変化を計測することによって、ヒトの脳の活動部位を調べることができます。
脳機能研究に用いられているMEG装置
脳磁波は脳内の電気的活動に伴って発生する磁場を記録したものです。電流が流れれば磁場が発生し、その分布は電流源の位置・強度・方向に応じて変化します。したがって、頭の周囲に多数のコイルを配置して磁場分布を測定すれば、元の電流源の位置・強度・方向を推定することが可能です。ただし、一つの神経細胞に流れる電流は極めて小さいので、頭部外から脳内の電流源を推定するためには、神経細胞が同一方向に並んでいて、それらが一斉に活動して同一方向に電流が流れる必要があります。計測される磁場は、通常地磁気の1億分の1(数十〜数百fT、1fT(フェムトテスラ)は1×10
-15
T)程度にすぎません。この磁場変動を例えばコイルに発生する起電力として計測する事も理論的には可能と言えますが、コイルに誘導される電圧はコイルを通過する磁束量の時間微分になるので、低周波領域に属する脳磁波の場合、非常に巻数の多い巨大なコイルが必要となり、多チャネルの測定は現実的に不可能と言えます。これを可能にしたのがジョセフソン接合を利用した超電導量子干渉素子(Superconducting Quantum Interference Device:SQUID)と呼ばれる極めて高感度な磁気センサーであり、脳磁波のような微弱で低周波の磁場でも測定することが可能です。したがって現在では脳磁波の測定にはSQUIDを用いた磁気センサーシステムが使われています。通信総合研究所の脳磁波測定システムは、従来用いられてきたgradiometerの代わりに148個のmagnetometerを頭の周囲に並べて脳磁波を記録します。
この二つ装置の特徴は、fMRIは非常に正確に脳の活動部位を特定できますが、変化の遅い血流を見ているので、脳の活動の時間的な変化を見るには限界があります。一方、脳磁波はミリ秒単位で脳の活動を計測できますが、活動源の推定誤差や複数の電流源の推定方法が確立していないために、活動部位の同定には常に誤差が含まれている可能性があります。したがって、同一の課題を被験者に与えて、fMRIとMEGの両方を用いて計測することにより、特定の精神機能に関連して、脳のどの部位が何時活動するのかを同定することが可能となります。以下に通信総合研究所で行っている研究の一例を紹介します。
聴覚欠落刺激による脳の活動
こんな経験はないでしょう か。屋根に降り積もった雪が融けてトタン屋根をたたく。「トン・・トン・・トン・・トン・・・!?・トン」。規則的に聞こえていた音がフッと抜ける。全く気にならない時もありますが、気になり出すと気になってしょうがない。それではわれわれの脳はどうやって音が抜けたことを知るのでしょうか?これはよくよく考えると難しい問題です。音でも光でも、実際の刺激ならば眼や耳からの信号が脳に到達することによって、その刺激を認識することができます。ところが、この場合は外界からの刺激が「無い」。その「無い」ということを脳は知らなければなりません。
私たちは fMRI と MEG を使って規則的に聞こえている音が突然抜けたときの脳の活動を調べてみました。周波数1000ヘルツ、持続時間10ミリ秒の音を0.3秒毎に規則的に呈示して、ランダムに抜きます。fMRIでは音が抜けた直後の活動だけを見ることはできないので、規則的に音を8秒間呈示した場合(コントロール条件)とランダムに抜かしながら8秒間呈示した場合(テスト条件)を繰り返しながら機能画像を撮像し、テスト条件とコントロール条件の差を計算します。その結果が図1です。図1の左側は音を規則的に呈示した場合と全く呈示しなかった場合の比較です。大脳皮質の中で、耳から入ってきた聴覚情報が最初に届く左右の第一次聴覚野の明確な活性化が認められました。図1の右側はランダムに音を抜かした場合と規則的に音を呈示した場合の比較です。音を抜かした場合の方が音刺激の回数は少ないにもかかわらず、右の第一次聴覚野と右の上側頭溝後半部の活性化が認められました。
図1.
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左:規則的に音を呈示した場合と全く音を呈示しなかった場合の比較
右:ランダムに音を抜かした場合と規則的に音を呈示した場合の比較
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それぞれオレンジ〜赤で表示されている部位が活性化部位を示している。
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次にこの活動は、音が抜けてから、どの時点で生じているのかをMEGを使って調べてみました。fMRIの時と同じ音刺激を用いてランダムに抜かします。本来であれば音が呈示されるはずだった瞬間に合わせて直後の脳磁波を記録します。コントロール条件として、音が抜ける直前の実際の音刺激に対する脳磁波も記録しました。誘発される脳磁波は自発性の脳磁波に比べて小さいので、これを100〜200回繰り返して加算平均すると、「音が抜けた」、すなわち「刺激が無い」という事に対する誘発脳磁波が得られました(図2)。
図2. 聴覚欠落刺激に対する誘発脳磁場。
左側は頭を上から見た場合の全チャネルの波形。
右側は右側頭領域の波形を拡大したもの。
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各チャネルの縦線が本来音刺激が呈示されるはずだった時点を示している。
音が抜けてから100〜150ミリ秒後に、やはり右の側頭領域優位に反応が出現しています。この間の磁場分布をもとに活動源を推定した結果が図3と図4です。図3は頭を上から見たところ、図4は頭を右側から見た場合の電流源の推定結果で、それぞれ左側が実際の音刺激に対する結果、右側に欠落刺激に対する結果です。等高線の中心が推定された活動源を示しています。左右を比べてみると欠落刺激に対する活動源は実際の音刺激に対する活動源と比べて、わずかに脳の下部後方にずれている事がわかります。実際の音刺激に対する反応は第一次聴覚野から出現していると考えられ、これを実際の脳の構造にあてはめて考えると、 ちょうどfMRIで欠落刺激による活性化が確認された上側頭溝後半部と一致しました。すなわち欠落刺激から100ミリ秒後には、この領域が「刺激が無い」という事に対して活動しているという事がわかりました。非侵襲的な脳活動の計測と並行して、欠落刺激を用いた心理実験も行っており、これらの実験結果から、欠落刺激に対する反応は、反復的な刺激によって脳内に刺激と同期した内的リズムが形成され、そのリズムが崩壊する過程と関連していると考えられます。この現象をさらに詳細に調べていくことにより、脳内での内的リズムの形成や、短期記憶に基づく情報と外部からの刺激情報との比較・照合の過程に関する情報処理メカニズムを明らかにしていく予定です。
図3
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図2に示した聴覚欠落刺激に対する誘発脳磁場から推定された活動源。
頭を上から見た場合。
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図4
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図2に示した聴覚欠落刺激に対する誘発脳磁場から推定された活動源。
頭を右から見た場合。
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このようにfMRIとMEGという新しいヒトの脳機能の計測手段を組み合わせて研究を進めることにより、従来の方法では困難だった脳の活動を時間的にも空間的にも正確に調べることができます。ここで紹介した結果以外にも知覚運動学習に伴う大脳・小脳の活動の変化、視覚イメージによる視覚野の活動、言語機能(文字から音韻への変換過程)など、様々な脳機能に関して研究を進めています。
光位相共役に関する研究
COE先端光技術研究センター 特別研究員
王 慧田
1. はじめに
光の位相共役は物理的に極めて特殊な現象であり、物理学等の光関連の分野では、大きな興味が持たれている技術の一つである。その独特な特長のため応用も極めて多岐に及んでいる。例えば、位相共役は強く歪められた光ビームを自動的に補正する特性を持っているが、この特性は大気揺らぎの補正に利用できる。光が不均一ランダム媒質を伝搬する時、屈折率の変化により光の位相が乱れ波面の歪を生じる。位相共役を用いて波面の歪を能動的且つ実時間で補正する技術は補償光学技術と共に先端技術として注目され、研究が盛んに行われている。ここでは、位相共役及び我々のグループが行っている研究の概要を紹介する。
2. 光位相共役の原理と応用
1972年、ロシアの物理研究所のゼルドビッチ等はレーザーの実験中、奇異な現象を観測した。パルスのルビーレーザーからの光ビームをすりガラス板を通過させ、高圧のメタンガスを詰めた長い管に入射させた。すりガラス通過後には光の位相はめちゃくちゃに乱れているはずである。驚いたことにはこの光ビームとガスの分子との相互作用(誘導ブリルアン散乱)によって、逆方向に発生した反射光がこのすりガラス板を通過して元に戻って来た時、殆ど完全に歪のない元の状態となっていたのであった。つまり、反射された光ビームが再びすりガラス板を通過した後、最初に生じた歪が取り除かれていたわけである。この実験により位相共役波が発見され、以来位相共役波の研究が世界的に行われるようになった。
逆方向に進むこの“位相共役 波”は入射波の“時間反転波”、正確には“波面反転複製波”である。位相共役波は、入射波と媒質との非線形相互作用により発生する波であり、元の入射波と同じ波紋の形で反対方向に進む波である。 光により位相共役波を発生させることを光位相共役、また位相共役波を発生させる媒質周辺(プローブ光を反射する部分)を鏡にたとえて位相共役鏡と呼ぶ。
位相共役波を理解しやすくするために、次の例をあげる。水面に生じる波紋をビデオに録画して、それを逆転して再生する場面を考えてみよう。再生された波紋は水面に障害物があったとしても、波紋と同じ形になるが、逆の道筋を通り波源に戻る。波紋に対して、逆転して再生された波紋は位相共役波と等価である。位相共役鏡と普通の鏡との違いを概念的に図1に示す。
図1 普通の鏡と位相共役鏡
ここでは位相共役光の発生機構と非線形光学材料について、簡潔に説明をしておく。代表的な発生機構には、誘導ブリルアン散乱と四光波混合の二つがあるが、それらの光非線形性の物理的起源は異なる。四光波混合は、非線形媒質中の三つの入力光ビームと一つの出力光ビームの、あわせて四つの光ビームの間の相互作用に基づくものである。三つの入力光ビームの中の一つはプローブ光と言われ、他の二つは互いに反対方向に伝搬するポンピング光ビームである。そして、出力となる四番目の光ビームがプローブ光ビームの位相共役光ビームである。四光波混合は従来のホログラフィとよく似ている。
四光波混合の場合には、非線形媒質が写真フィルムの感光乳剤の役割をするが、これが能動的、実時間のホログラムに相当する。材料として、原理的にどんな物質でも位相共役光を発生できる。このような物質は一般に非線形媒質と呼ばれ、代表的なものとして、半導体、液晶、色素、プラズマ、液体、微粒子、高分子、光誘導屈折(フォトリフラクティブ、Photorefractive)結晶等がある。フォトリフラクティブ結晶は応答時間が比較的に遅いものの、位相共役波の発生にとって非常に有効である。高い位相共役発生効率と高画像忠実度を持っているだけでなく、自己励起と相互励起位相共役波を発生できるからである。我々の実験でもフォトリフラクティブ結晶を非線形媒質として用いる。
位相共役波は強く歪んだ光ビームを元の状態に戻すことができるという不思議な特性を持っており、様々な興味深い応用が期待される。その主な応用可能分野としては、
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大気乱流による位相擾乱の補正
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光ファイバー通信
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レーザー核融合
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干渉計
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パターン認識
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レーザー共振器
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運動標的の自動追尾
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画像伝送
などが期待される。我々の実験室では特に画像伝送への応用に強い期待と関心を持っている。
3. 従来技術の限界への挑戦
我々が現在行っている研究テーマは、
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フォトリフラクティブ非線形光学の基礎研究(新しいフォトリフラクティブ現象とメカニズム、位相共役と光波混合、応答速度、等)
及び、
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光位相共役による空間での画像直接伝送(単一方向の無歪画像伝送、2次元画像光ビームの無回折伝搬、位相共役システムの空間解像度解析、等)
である。ここで、画像の直接伝送とは、TVのような電気的変調を行わないで、光ビームの中に画像を入れて(スライドプロジェクターのように)伝送することを意味する。
2次元画像を含む光ビームを大気等のような媒質中を伝搬させると、大気の乱流或いは不均一性により画像の乱れ(歪) が生じる。乱れた画像を補正するために、ホログラフィによる方法もいろいろ提案された。
光位相共役の発見を契機として、四光波混合位相共役による実時間的な画像伝送の研究が始まった。歪を取り除くために、媒質中を往復二回通すのが一般的な方法であるが、この方法は画像を媒質の一方から他方へ伝送できないという致命的短所を持っている。
この欠点を克服するために、Yariv等は一対(2本) の光ファイバーと一つの位相共役鏡を用いた単一方向(one-way)の画像伝送の考えを提案し、最近このアイデアが実験的に実証された。しかし、この方法では二つの光ファイバーのサイズや形等の光学性能、及び光入射の位置と角度が全く同じでなければならないという厳しい条件が要求される。実際には、これらの条件を正確に満たすことが困難なため、伝送の距離が制限されて、今迄10cm程度の距離でしか実現されなかった。また、たとえこの方法が光ファイバー中で達成できても、それを空間では応用できない。Yarivは空間での単一方向の画像伝送も提案したが、これは薄い歪媒質の場合にだけしか適用できなかった。
このように、長い歪媒質中での単一方向の画像伝送は従来不可能であった。我々の研究目的は単一方向の画像伝送を長い歪媒質又は大気中で実現させるための新しい技術を開発することにある。
4. これまでの研究成果
(1)新しい相互励起位相共役光の発生に成功
今迄、多くの研究者により8種類の相互励起位相共役光 (mutually pumped phase conjugation)の発生方法が様々な種類のフォトリフラクティブ結晶を用いて実現されてきている。我々は、過去の8種類の方法とは完全に異なる相互励起位相共役光の発生方法を、セリウムをドープしたチタン酸バリウム(Ce:BaTiO3)結晶中で実現した。光源として、波長532nm、パルス幅3.0ns、繰返し周波数40HzのNd:YAGパルスレーザーを用いた。結晶中の光ビーム経路のパターンと発生された位相共役画像の写真を各々図2、図3に示す。結晶中での光ビーム経路の形が虹と似ているため、これに虹状相互励起位相共役光という名前を付けた。