f max 205GHzを達成!


電磁波技術部 通信デバイス研究室
広瀬 信光


 個人的趣味の話で書き出すのは些か気が引けるが、見ていて最も面白いスポーツはラグビーだと思う。素早い攻守の切り替わり、楕円球がもたらす適度な偶然性、戦術の多様性がその魅力である。力とスピード、さらには瞬時の判断力といった人間の能力を極限まで試すために考え出されたスポーツと言えよう。近年、日本でもラグビー人気が高まりつつあるそうだが、世界の強豪との力の差は歴然としている。その負けっぷりは、死に際の美学を追求する武士道を体現しているのであろうか。解説者諸氏の説を信じるならば、この力の差は基礎体力の差に起因しており、いかに技を磨こうとも、また戦術に工夫を凝らそうとも、ベースとなる体力・体格の差を克服することは如何ともしがたい。ラグビーを通信技術に置き換えると、基礎体力に相当するのはデバイス技術である。”マルチメディア”という単語が市民権を得てから久しいが、この概念も通信技術の範疇に属す限り、その限界はデバイス技術によって規定される。

 かかる認識を背景に、我々のグループではミリ波帯で動作可能な能動デバイスの研究を進めている。
今回、f max (最大発振周波数)が205GHzのHEMT(High Electron Mobility Transistor)を作製したので報告する。なお、本研究は松下電子工業との全面的な共同研究体制のもとに行われている。

 現在のところ、室温で動作可能なミリ波帯能動デバイスの素材は化合物半導体以外に考えられない。
HEMTとHBT(Hetero Bipolar Transistor)がその代表である。いずれも一長一短であるが、受信器のフロントエンド用デバイスとしてはHEMTに原理的に分があると考えている。現在市販されている家庭用衛星放送受信器の多くはHEMTを搭載し、民生機器レベルでも実用段階にあることから、熟成した技術と考えることもできよう。しかし、衛星放送の周波数は12GHzとミリ波に比べればかなり低い周波数であり、実用周波数を1桁向上させるには数々の技術的課題を克服していく必要がある。具体的には薄膜成長技術と極微細加工技術、電極形成技術、エッチング技術等である。これらの技術は密接に関係しており、それぞれを独立に検討してもあまり意味がないのだが、従来のHEMTを可能にせしめた技術を前提にすると、ミリ波帯HEMTの野望達成に必要なブレイクスルーは薄膜成長技術(移動度の向上)と極微細加工技術によるゲート長の短縮である。先程のラグビーモデルに当てはめると、まさに走力と肉体的パワーに相当する。

図1 HEMTの原理的構造


 図1にHEMTの原理図を示す。普通、半導体の移動は不純物を含まない状態で最大になる。ところが、不純物を含まない半導体は電気伝導をほとんど示さず、わずかな不純物を混入(ドーピング)する必要がある。これはシリコンであろうと化合物半導体であろうと変わりはない。ところが、この不純物はキャリアの散乱要因となって移動度を低下せしめる。キャリアとは伝導帯にある電子を称する。個体中の電子の多くは原子核に束縛されており(内殻電子)、電気伝導に寄与しない。すなわち、伝導性と移動度の間には深刻なトレードオフの関係が存在している。これを克服したのがHEMTである。図1 でキャリア供給層とキャリア走行層とあるのが、これはキャリアが走行する層とそこにキャリアを供給する層を空間的に分離していることを意味する。すなわち、キャリア供給層から滲み出したキャリアがキャリア走行層を疾走する。こうすることにより、キャリア走行層では可能な限り不純物濃度を低減せしめ、高緯度移動度の理想を追求し、キャリア供給層では遠慮無く不純物濃度を高くできる。これがHEMTのタネと仕掛けである。強引な比喩で申し訳ないが、建前層(キャリア走行層)と本音層(キャリア供給層)、あるいは奴隷階級(キャリア供給層)に支えられた貴族文化(キャリア走行層)と考えられなくもない。奴隷制社会は崩壊したが、半導体には人格がないのでそのような心配は無用である。

 化合物半導体とは基本的にはIII族(Al、Ga、Inなど)とX族(N、P、Asなど)あるいはII族(Zn、Cd、Hgなど)とXI族(Se、Teなど)を組み合わせたもので、AlAs、InAs、InP、GaP、InSb、ZnTe、CdTe、HgTeなどがあるが、最も代表的なのはGaAsであろう。現在、GaAs基板は工業的に広く生産されており、容易に入手可能で性能も安定している。問題はその上に成長させる物質である。先程キャリアが滲み出すと簡単に書いたが、物理はそれほど都合良くできていない。キャリアの滲み出し距離は約10nmとかなり短く、GaAsの格子定数が約0.56nmであるから、原子20層以下ということになる。一般に異種半導体が接する面(ヘテロ界面)の平坦性や物質のキッチリした切り替わり(急峻性)を確保するのは容易ではなく、原子20層のスケールで理想的な結晶成長を可能にせしめた人類の英知は立派なものである。次に、結晶工学的に考えると、GaAsと格子整合していることが必要である。さらに、電気的特性としてはGaAsとヘテロ接合した際にコンダクションバンドが高くなることが必要である。これらを総称して”相性”と呼んでいるわけであるが、GaAs/AlGaAs構造はこの相性が抜群によい。図1のキャリア走行層もGaAsである。一方、キャリア供給層はAlGaAsである。もちろん、それなりの装置・技術が必要であるが、現在では安定した技術と言えよう。今回作製した素子も基本的にこの構造を採用している。これに対し、工業技術院電子技術総合研究所のグループの報告によればInP基板上に成長させたInGaAs/InAlAsヘテロ構造はより高い移動度が得られる。もちろん、このグループとも共同研究を行っている。しかし、InGaAsとInAlAsの相性はGaAsとAlGaAsほどよくはないため、より高度な薄膜成長技術が求められる。今後の技術動向を予言するのは難しいが、本研究の成果から類推すると、f max =300GHzをGaAs系デバイスで実現するのは不可能ではなく、InP系デバイスがGaAs系デバイスを駆逐することはないと考えている。

図2 T型ゲートの断面SEM写真


 さて、HEMT実現のもう1つの技術的柱である極微細加工技術であるが、電子ビーム描画装置を駆使して作製した。ゲート部分のテストパターンの断面SEM(Scanning Electron Microscope、走査型電子顕微鏡)写真を図2に示す。半導体との接触部分の巾は0.18μm(実際に動作したデバイスはもう少し狭くなっていると思われる)となっているが、その上は約0.6μm巾に広がっている。このような構造をT型ゲート、あるいはマッシュルームゲートと称している。このような構造にするのはゲート抵抗を低減するためである。単に巾100nmのレジストパターンを露光・現像するだけならそれほど難しいことはない。しかし、このようなマッシュルームゲートを作製するにはそれ相応の工夫が必要である。本研究にお いてもいくつかのプロセスを検討したが、結局図3に示すような低感度/高感度2層レジストプロセスを採用した。このプロセスでは、2種類の電子線レジストの感度差を利用する。まず、基板上に下層の低感度電子線レジストを塗布・ベーキングした後、上層の高感度レジストを塗布・ベーキングする。電子線描画は2度に分けて行う。最初の描画は図3中のグラフ内、D0で示す露光量で行う。これを現像すると図3(c)に示すパターンが得られる。

図3 2層レジストによるT型パターン作製プロセスと断面SEM写真


2回目の露光は、下層の低感度レジストに対する露光量、D1で行う。これを現像すると図中のSEM(走査型電子顕微鏡)写真に示すパターンが完成する。レジストパターンとしては、ゲート長に相当する部分の巾を0.1μmにできるが、ゲート金属の成膜プロセスに問題があり、このパターン巾を生かしきるに至っていない。この後ゲート金属を蒸着し、リフトオフすることにより最終的な微細ゲートが完成する。

 2層レジストプロセスでは、2種類のレジストの性質が異なれば異なるほど都合がよい。最も重要なのは感度差、コントラスト(D1:D0)であるが、現像液とキャスト溶媒(塗布する際に個体高分子材料であるレジストを溶解する有機溶媒、ペンキのシンナーに相当するもの)が異なっていればさらに申し分ない。現在用いているレジスト系ではコントラストが約5:1とあまり高くない。また、現像液とキャスト溶媒も同系統である。このため上層と下層の境界面には2つのレジストの混合物が出来ていると考えられる。この点についてはゲート金属成膜プロセスとあわせて今後の課題とする。


図4 製作したヘMTのV DS 一I D 特性
図5 製作したHEMTのV G一I D 特性
図6 製作したHEMTの高周波特性


 図4、図5に作製したHEMTのDC特性を示す。
相互コンダクスタンス(gm)は最大で607mS/mmが得られており、十分な電圧利得が期待できる。ゲート長が短い割にはV DS -I D 特性がきれいな飽和特性を示している。また、V G =0VではIDがほとんど流れず、エンハンスメント特性に近い。スイッチング応用を考えるとエンハンスメント特性は好都合であるが、高周波応用ではゼロバイアス(V G =0V)の方が回路構成の面から分があり、回路設計からフィードバックをかけながら最適化を図る。自前のデバイス技術を持っていると、このようなわがままが通る。

 図6に高周波特性例を示す。f max =205GHz、f T =102GHz、また、当面の目標である60GHz(酸素の吸収帯、屋内無線LAN用)における利得は5.9dBが得られた。今後はゲートリセスプロセスやエピタキシャル成長膜の最適化を進め、より一層の性能向上を目指す。また、ラグビーモデルでいうところのスピードとパワーだけで勝利することは難しく、それを生かすテクニックや戦術が必要である。我々の研究も電波が飛んで受かってナンボの商売であり、デバイスそれ自体の高性能化を進めることはもちろん、このデバイスを組み込んだ通信モジュールの開発も並行して進める計画である。


[参考文献]

  • T. Mimura, S. Hiyamizu, T. Fujii and K. Nanbu, JJAP, Vol. 19, No. 5, pp. L225, 1980.
  • W. Shockley : U. S. Patent 2569347, 1948.
  • Y. Sugiyama, Y. Takeuchi and M. Takano : J. Crystal Growth, Vol. 115, pp. 509, 1991.



鹿島宇宙通信センター、新研究本館竣工

− 情報通信革命に挑む研究と若者の科学への夢を育てる新研究本館完成 −


鹿島宇宙通信センター長
高橋 冨士信



鹿島宇宙通信センター新研究本館


 関東支所 鹿島宇宙通信センターに、21世紀の情報通信新時代に向け、これまで培ってきた宇宙技術をより発展させるための研究基盤となる、新研究本館が完成し、平成9年5月29日、この新研究本館の竣工式が、新緑と新築の匂いもさわやかな新研究本館にて行われました。この竣工式典には、地元から茨城県知事(代理)、五十里鹿嶋市長、鹿嶋市議会議長はじめ議員多数の方々、鹿島アントラーズFC社長などにご出席頂きました。また建設省関係では、関東地方建設局宇都宮営繕工事事務所長、国土地理院の野々村院長。宇宙開発事業団からは中丸参事、郵政本省からは松本宇宙通信政策課長が出席されました。また、新研究本館建設に携わられたメーカ・業者の方々、そして当鹿島宇宙通信センターと研究面で関連の深い大学・研究所、団体の方々にも列席頂きました。

 竣工式典では、新研究本館の最新鋭のマルチメディアシステムを活用し、最初に「森と湖」の高精細な自然画像と美しい音響の協演から開始、約110名の参加者で埋まった会場内も、この映像のデモに吸い込まれるように静まりました。続いて古濱所長の開会の式辞が行われました。式辞はHDTVカメラの迫力ある映像を高精細大画面に写すことで、セレモニーとしての雰囲気を一層高めることができました。

古濱所長の竣工式典開会の式辞


 所長式辞にひきつづき、大会議室の音響効果のデモンストレーションとして、映画「アポロ13号」から迫力ある打ち上げのドルビーサラウンドなどを体験頂きました。

 次に、関東地建宇都宮営繕工事事務所長から、新研究本館建設工事を立派にやり遂げた慶びがあふれるご式辞を受けました。

 続いての茨城県知事のご挨拶(代読)は、21世紀へ向けての研究成果への期待が込められたものでした。

 地元の五十里鹿嶋市長からは、鹿嶋にちなんだ映像とともにご挨拶を受けました。ゆったりしたお言葉と、用意した鹿嶋市紹介ビデオが予想以上に効果的にマッチし、歴史と伝統と超現代的なマルチメディアとが、まさに融合したような雰囲気がかもし出され印象深いものとなりました。

 鹿嶋市をホームタウンとする鹿島アントラーズFCの鈴木社長のご挨拶は、バックにアントラーズの応援歌が低く流れる中、アントラーズの昨年度の優勝への軌跡の静止画の数々とご挨拶の言葉が連動した感銘深いものでした。2002年の鹿嶋でのワールドカップのゲーム開催へ大きな期待を感じさせました。

 建設省国土地理院野々村院長のご挨拶は、風鈴の静かな音色が流れるなか「ちり〜ん、ちりぃん、という風鈴の音は、国土地理院(ちりいん)の...」と切り出され、会場は大受けで明るい笑いに満ちあふれました。鹿嶋の古地図などの映像とあわせ、マルチメディアを 巧妙に利用したアイデア賞もののご挨拶となりました。

 宇宙開発事業団の中丸参事からのご挨拶は、迫力あるロケット打ち上げの映像に続いて行われました。NASDAと鹿島宇宙通信センターとの永年の協力関係の成果を写真映像とともにお話しされ、特に本年はCOMETS、TRMM、ETS-VIIなど、鹿島宇宙通信センターと密接な関係のある衛星の打ち上げが控えており、さらに協力を深める必要があることが述べられました。

 大会議室での式典に続きまして、植樹式が新研究本館の大きな特徴である中庭において行われました。五十里鹿嶋市長、鈴木鹿島アントラーズFC社長、関東地建宇都宮工事事務所長、松本宇宙通信政策課長、古濱所長に筆者を加えた6名がきんもくせい2本、つばき1本を植樹しました。

 式典後には同鹿島宇宙通信センターの見学や、惑星間飛行の仮想現実システムによるデモなどの見学を行い、中でも仮想現実システムは大好評で、予定時間を大幅に超過してしうほどでした。見学後、懇親会を行い、鹿島宇宙通信センターの新研究本館が21世紀に向けて、大きな研究成果を挙げることを期して高らかに祝杯をあげました。


新研究本館の東側からみた中庭全景
記念植樹する宇都宮営繕工事事務所長(右)と筆者(左)


 新研究本館の建築概要は以下の通りです。
建築面積:  2,056 平方m
延床面積:  3,743 平方m
構造規模: 鉄筋コンクリート造 地上2階建 外壁モザイクタイル張

 また新研究本館の代表的な2つの主要施設はとしては次のものがあります。

(1) 大会議室

 大会議室は、マルチメディア関連の実験に使用するほか、小規模な研究会や講演会など他目的に使用します。本会議室は、マルチメディア実験を行うことを目的とし、立体映像やハイビジョン映像を映す、画面サイズ250インチHDTVフロント投影用スクリーンを設置しています。音響も映像効果を高めるに十分な劇場クラスの立体音響設備を有しており、室内の防音対策や残響時間も最適化しています。また、プレゼンテーション用パソコン等の映像も切り換えて直接スクリーンに投影することもできます。また、会場内の音声用記録装置を設置してあります。照明は外部コントローラによる調光も可能な場内全体照明、聴講者用ダウンライト、ステージ照明、スポットライト等を配置してあります。

(2) マルチメディア実験室

 マルチメディア実験室は、地上系光ファイバと衛星系を複合させた高品質マルチメディア通信実験の研究のための施設です。新研究本館と衛星実験庁舎は超高速光ファイバで結合されており、本年8月に打ち上げ予定のCOMETS衛星実験など、今後の高度な衛星通信実験・高品位なディジタル衛星放送実験などで活用されます。

 高精細度画像は3画面を横に連続させたアーチ状の3面マルチスクリーンに投影させます。人間の視野全体に動画像を与えることができ、高度の没入感が得られます。現在用意できているコンテンツとしては、太陽系全体や小惑星の3次元的運動の様子や、その中を飛行して行くことで立体感を仮想的につくり出すこと、この新研究本館自体の設計図から完成時の有様を立体的につくりだすこと、人工衛星の運動の様子の3次元表示などがあります。

 この新研究本館が取り組む研究課題の例としては以下のものが挙げられます。

1. 高速光ファイバーネットワークと衛星通信の融合の研究

 マルチメディア通信の 研究は主に地上ネットワークを想定した研究が行われてきましたが、最近、GIIなどのための国際的なネットワークの構築が要望されており、この中には衛星系を含むネットワークが含まれています。地上系と衛星系の通信網を融合した統合通信網においては、大容量マルチメディア・コンテンツを高速データを伝送するためのプロトコル等のための研究が緊急研究課題となっています。COMTESや次世代のギガビット衛星を利用して、こうした研究を進めて行きます。具体的には、新研究本館に整備した各種マルチメディア実験施設と、隣接する既存衛星通信施設を用いて地上ネットワークと衛星通信の融合についての実験研究を行っていきます。

2. バーチャルラボの研究

 衛星系もしくは地上系により伝送されてきた高精細度画像や立体画像などの高速大容量データを、新研究本館において蓄積、処理することにより、臨場感のあるテレビ会議システムを実現するため実験研究を行います。

 また、衛星の姿勢や軌道や月面軟着陸などの制御を計算機に詳細なデータを入力し、仮想現実的に実験・実証することも狙っています。

3. 地球観測データなどによるバーチャルリアリティの研究

 観測衛星などにより得られたデータを新研究本館に整備したバーチャルリアリティシステムを用いて処理することによって、立体的で視覚的に理解しやすい画像を生成する研究を行います。これにより、専門的に狭い画像データの価値の研究的汎用性を高め、研究成果創出度を向上させることができます。具体的には、TRMM降雨データ、雲レーダ、各種リモセン画像データなどの研究を行います。


 ご存じのとおり、21世紀を目前にして、まさにグローバルな規模で情報通信革命が進展しております。政府は、このほど策定した「経済構造の変革と創造のための行動計画」の中において、特に情報通信分野について、わが国の情報通信技術を世界最高レベルへ高度化するための行動計画の重要性を述べています。この行動計画では国立試験研究試験機関におけるリスクの高い研究開発の強化が特に重要であることはいうまでもありません。

 本年8月には21世紀の高度衛星通信・高品位ディジタル衛星放送の展望を切り拓くCOMETS衛星が、また10月には熱帯降雨観測衛星TRMMや、技術試験衛星ETS-VIIが宇宙開発事業団によって打ちあげられます。このような衛星の所定の研究・実験ミッションを成功裏に達成してゆくことを皮切りとして、この新研究本館の最新のマルチメディア施設と宇宙技術の両者を効果的に活用した先端的研究に、鹿島宇宙通信センターは特に力を注ぎます。

 当研究センターは茨城県の鹿嶋という地元に35年以上にわたり、お世話になってきました。今後もさらに一層、地域に根ざした活動を心がけながら、その地の利を十分にいかした、世界最先端の研究を推進・強化してゆきたいと思います。

 また、近年、青少年の理工系離れが深刻な問題となってきています。本年8月に鹿島宇宙通信センターで高校生を対象とした泊まり込みのサイエンス・キャンプを、通信総合研究所として初めて取り組みます。このイベントを契機に、科学技術庁の担当の方々と、理工系離れをいかに若い人の夢のある方向へ向けていくかといった話をする機会を持っています。

 国立研究所の大きな一つの仕事は、科学技術の研究について国民の各層に、21世紀への大きな夢を与えることにあるでしょう。このほど完成した鹿島宇宙通信センター新研究本館は、その夢への新しい第1歩となることを願っています。



南極越冬記


第37次南極観測隊
弓指 勇、川名 幸仁



自画像(左:川名  右:弓指)


その1 事故相次ぐ

 10月に入って事故が相次ぎ、まず3日の午後9時半頃、通称「3冷」(第3次隊が造った冷蔵庫)横のコルゲート通路で小火災が発生しました。原因は、コルゲート通路に引き込まれている電源ケーブルが雪の重みで押し下げられ漏電したものです。幸いにも発見が早く大事には至ることはありませんでした。

 つづいて8日午後4時53分、パッダ島(基地から80km)方面に調査に出かけていた旅行隊から「雪上車がクラックに落ちて自力脱出できない、怪我等は無い。」と言う無線が入りました。直ちにレスキュー本部が設置され、レスキュー隊を派遣、また、丁度スカルビックハルセンに生物調査に出ていた3名も救援に向かわせ、空からはピラタス機が支援するという大救出作戦が展開され、どうにか無事に引き上げることができました。

 2度あることは3度あるで、今度はドーム補給旅行隊の出発に際しS−16(橇編成場所)まで視察に行っていたピラタス機が、ホワイトアウト(視界が真白で地表との境が確認できない状態)に陥り、左脚部を雪面に接触し、その衝撃で操縦席左側のドアが脱落するという事故が発生しました。幸いにしてその後の飛行に支障が無く無事に基地に戻る事ができました。

 とかく、上記のような事故が発生する事は、やむを得ないことで、いかにそれらの事故処理を解決していくかが問われます。事故処理が簡単とは思いませんが、一つ間違えば生命に関わる事で、事故を未然に防ぐ努力(簡単・基本的な事柄)の方が数倍も時間が掛かり、忍耐・努力がいる事を忘れてはなりません。

写真1 クラックにはまった雪上車


その2 初の観光団訪れる

 12月12日、昭和基地の歴史(40年)に、新たな1ページが加わりました。何と、観光団が訪れたのです。ロシア船(Kapitan Khlebnikov)をチャーターしたアメリカのツアー会社(QUARK)による観光団で”感動の南極一周70日間大航海”のキャッチフレーズで費用は最低でも400万ということです。 船長をはじめとするスタッフ22名と乗客65名の計87名(15ヶ国のナショナリティー、日本人も4名)が、それぞれ4グループに別れてヘリコプターで飛来し、基地内を見学した後、管理棟の娯楽室で、けん玉に挑戦したり、スタンプを押したりしながら隊員と交流をはかりました。基地の印象は、「綺麗、素晴らしい」との事ですが、私たちが履いている長靴を見て「何故もっと良い靴を履かないのか」と疑問を持った人がいたそうです。私たちは、長靴が機能的で良いように思うのですが、国際的には認められない様です。

その3 南極観測に思う

 南極観測には、宇宙、地球、風、夢という言葉が似合います。

宇宙・・・ 太陽風、オーロラ、RIOメーター等の様に宇宙から訪れるものを観測します。南極は、宇宙への窓(目)です。
地球・・・ 環境問題、オゾンホール、地球規模での気候変動の観測、地球磁場等、地球と言う言葉が直ぐに出てきます。南極は、地球の卵です。
風・・・・ ブリザードは、アンテナが倒れたりするのであまり来て貰いたくないのですが。風と言う言葉の響きが、感性を感じさせる。感性を磨くために南極に来たと言う人も少なくありません。澄みきった青い空、氷山、露岩域の中にいると、自分が自然にとけ込み、あたかも風になった様な錯覚すら感じる事があります。
夢・・・・ 未知なるもの、広大なるものに人は一種の憧れを持ち、行ってみたいと”夢”を持ちます。また、綺麗で楽しくて面白い”夢の世界”を思い描きます。

 南極に対する人々の思いは、これ以外にも色々あるでしょうが、私は子供が思う「ゆめ大陸南極」が大好きです。

スケッチ:アンテナ林より管理棟


その4 ドームふじ観測 − 拠点補給旅行 −

 補給旅行はパッダ島旅行隊のクラック(海氷上の割れ目)事故、ピラタス機の雪面接触事故が起こったすぐ後の薄暗いブリザード(雪嵐)の中を10月13日に出発しました。人員6名、大型雪上車4台と中型雪上車1台の編成です。中型の雪上車は3台の橇を、4台の内の大型雪上車3台はそれぞれ7台の橇を、残った大型雪上車は大型橇1台を引いています。走行ルート上に目印として旗とドラム缶が設置されていて、これとGPSによる位置情報を頼りに走行します。前回の旅行隊のシュプール(雪上車のキャタピラの跡)ははとんど消えて見えません。出発して間もなくドラム缶が確認できないというトラブルに見舞われました。この原因はルート表作成時にGPSの値を入力ミスした事によるもののようでした。

 観測拠点は1000km内陸の奥地に入った緯度77度、標高3800mの高地にあります。主な研究目的である雪氷系の研究のため、氷床の掘削現場がそこにはあります。現在は二千数百mを掘削中で、ここへ燃料、食料、建築物資を運ぶことが主な任務です。

 3日でみずほ基地へ到着、30mの気象鉄塔が目印です。緩い登り坂でルートは荒れていて雪上車の振動が激しくなるので時速8キロ程度しかスピードは出せません。時間がないので今回は記念撮影のみで作業を開始、気温は約−30℃、昭和基地の最低気温ほどで風も強い状況です。埋もれた燃料ドラム缶の掘り起こし、人力で橇へのせる作業で、右頬に凍傷の洗礼を受けました。このような場所では肌は出せない状況であることを認識してましたが、この数日後にも不注意により耳たぶを凍らせ軽い凍傷となってしまいました。

写真2 大型雪上車と人
写真3 底が抜けた橇


 みずほ基地出発後の翌朝、激しい頭痛、血圧の上昇など気分がすぐれない高山病の症状が出てきました。以降観測拠点からの帰路までこれによって悩まされました。しかも、旅行中は運転以外に橇の再編成、ドラム缶の掘り起こし、橇積み、燃料の補給作業、キャタピラの脱落ボルトの修理作業、食事当番、飲料水確保のための雪取り作業など低酸素状態での作業が続き、本当に厳しい状態でした。

 景色は一面雪だらけ、「雪の砂漠」が南極大陸の印象です。雪面はだんだんと軟雪と変化し、気温も持ち込んだ寒暖計の目盛りを越えて−55℃位か。静寂のなか雪上車のエンジン音とキャタピラの走行音だけが四方へ響きます。そして、無理な長距離走行によるガス欠、橇の底板の破損によるドラム缶つめかえ、ド ラム缶からの燃料漏れなどいくつかトラブルを乗り越え目指す観測拠点へ。雪の砂漠のオアシスがそこに。。。。

 11月2日観測拠点到着、百数本の燃料ドラム缶の輸送を終えました。春なのに−60℃以下です。それでも、3週間ぶりの風呂にありつき、元気なドーム隊員に再会、のんびりとした束の間の休息がそこにありました。

 掘削現場は思ったよりもこじんまりとした広さで、一日十数メートル位の掘削深度で氷床のコアサンプル(円柱状の圧雪氷)を採取し、数種の解析などが行われていました。このコアは地球の気候、環境の変動を保存する地球観測のタイムカプセルで25の火山灰層を発見するなどの成果が得られています。

 11月8日、任務を無事終えた充実感とともに昭和基地へ帰投するために観測拠点を後にしました。途中15年前の時代とともに凍り付いている(人のいた形跡があるが人影がない)みずほ基地を見学、そして春の暖かいすばらしい季節になった(動物達が帰ってきた)昭和基地へ無事に帰投したのは11月26日でした。

 いろいろな経験をした南極越冬生活でしたが、今では全てが素晴らしい思い出といえます。皆様も一度南極を体験してみてはいかがですか。



外 部 誌 上 発 表


IEEE Transactions on Instrumentation and Measurement (1997年4月)
Laser Microwave Double-Resonance Experiment on Trapped 113cd+Ions
田中 歌子、今城 秀司、早坂 和弘、大向 隆三、渡邊 昌良、占部 伸二
Physical Review A (1997年4月)
Quantum detection for on-off keyed mixed-state signals with a small amount of thermal noise
佐々木 雅英、Rei Momose、広田 修静電気学会誌 (1997年4月)
帯電防止樹脂の空間電荷分布の経時変化福永 香、前野 恭
日本リモートセンシング学会誌 (1997年4月)
A Software-based Dynamic Range Expansion of the TRMM Radar Receiving System
大崎 祐次、古津 年章
「脳と意識」朝倉書店 (1997年4月)
視覚的注意とクロスモーダルアテンション宮内 哲
「光学」 (1997年4月)
光学会の進展「分光」渡邊 昌良
Advances in Space Research (1997年4月)
Total Ionospheric Electron Content Observation and ETS-V Beacon Experiment for studying GHz-band scintillation in the equatorial zone
五十嵐 喜良、永山 幹敏、大谷 晃、浜本 直和、橋本 幸雄、井出 俊行、若菜 弘充、井家上 哲史、平良 真一、山本 伸一、森川 栄久、田中 健二、Utoro.S、M.W.Stopo、Narong.H、Apinan.M、G.H.Bryant、K.Maitava
IEEE Transactions on Antennas and Propagation (1997年4月)
Beamforming Experiment with a DBF Multibeam Antenna in a Mobile Satellite Environment
三浦 龍、田中 豊久、千葉 勇、堀江 章夫、唐沢 好男
Intelligent Agent Systems、Theoretical and Practical Issues (1997年4月)
How Do Autonomous Agents Solve Social Dilemmas?伊藤 昭
International Journal of Psycholinguistics (1997年4月)
A Computational Model for Understanding Rhetorical Tautologies
滝澤 修、井佐原 均SCAT LINE (1997年4月)
周波数有効利用技術の開発におけるダイナミックゾーン構成技術実験吉本 繁壽
Biophysical Journal (1997年5月)
Control of Actin Moving Trajectory by Patterned Poly (methyl metha crylate) Tracks
鈴木 仁、山田 章、大岩 和弘、中山 治人、益子 信郎IEEE J.Lightware Technol (1997年5月)
Highly-Stabilized millimeter-wave generation by using fiber-optic frequency-tunable comb generator
北山 研一情報処理学会論文誌 (1997年5月)
利己的なエージェントの社会におけるつきあい方戦略の進化伊藤 昭、矢野 博之情報
通信ジャーナル97年5月号 (1997年5月)
ディジタル放送都竹 愛一郎電気学会論文誌A (1997年5月)
マイクロ波受電用レクテナの高調波再放射の評価に関する実験的研究
藤野 義之、藤田 正晴