地球環境計測部 電波計測研究室長
はじめに
“エルニーニョ”に代表されるような気候変動や異常気象に対して雨は重要な役割を果たしています。地球規模の大気の流れ(大循環)は、海水が蒸発して雲や雨になるときに放出される潜熱によって引き起こされ、正確な降雨量と降雨分布を観測することはその潜熱輸送量の推定に不可欠です。昨年から続いている今世紀最大級のエルニーニョは、太平洋の降雨域と海水面温度の東西分布が平年とは逆になり、それに伴って地球規模で異常気象が頻発する現象ですが、現象が起こったことは観測できてもその原因解明や予測はこれからの問題です。その解決には、地上からの観測では不可能である熱帯海洋上の雨を正確に測ることが最も重要な課題でした。
熱帯降雨観測衛星(TRMM)は、熱帯の降雨分布の連続観測を目指して日米共同で開発された衛星であり、地球の降雨量の2/3を占める熱帯域(北緯35°〜南緯35°)の降雨の3次元分布を観測します。この衛星(図1参照)は、11月28日、技術試験衛星VII型(ETS-VII)と共にH-IIロケットにより打ち上げられ、これまで軌道上で衛星本体や観測機器の初期機能確認試験が行なわれてきました。TRMMには降雨観測を主目的としたセンサが3台、地球からのエネルギー放射および雷活動を観測するセンサがそれぞれ1台、計5台のセンサが搭載されています。TRMMによる降雨観測の概念を図2に示します。
搭載センサのうち降雨レーダ(Precipitation Radar; PR)は、宇宙開発事業団(NASDA)と通信総合研究所(CRL)が開発した世界初の衛星搭載降雨レーダです。CRLは1970年代後期から20年間に渡り、世界に先駆けて衛星搭載降雨レーダの研究開発を行なってきましたが、今回ようやくその成果が結実したとも云えるものです。
降雨レーダ観測の意義
これまでの気象衛星は、主に可視・赤外の雲画像を取得するものであり、地球全体における雲の2次元分布は比較的よくわかるようになってきましたが、雲の下にある雨については観測できません。近年、マイクロ波放射計を搭載した衛星が米国で打ち上げられ、海上の降雨についてはある程度定量的な測定が可能になってきましたが、マイクロ波放射計は分解能が数十kmと粗いために、降雨の詳細な構造は観測できません。また、降雨の高度分布や陸上での定量的な観測ができないといった問題点を抱えています。これらの問題点を解決するセンサーはレーダですが、これまでは技術的な困難さにより実現できませんでした。
TRMM降雨レーダの最大の特長は、降雨の3次元構造が求められることです。降雨の高度方向の分布は、上昇気流により持ち上げられた潜熱がどの高度で放出されるか、という問題の解明に重要な情報を提供します。潜熱放出量の水平分布と高度分布が明らかになれば、その結果を大気海洋大循環モデルに適用することによって、エルニーニョの予測精度を飛躍的に向上させることができると期待されています。更にTRMM降雨レーダは、マイクロ波放射計では不可能であった陸上の降雨分布を正確に求めることができます。熱帯雨林、ジャングルなど広域であるため、また経済的な理由でこれまで信頼できるデータがなかった地域でも、世界中“均一”な精度で降雨のマッピングができるようになります。これは今まで存在しなかった新しいデータであり、地球環境問題を解決していく為にも、非常に重要な情報になると期待されています。
TRMM降雨レーダの初期機能確認試験
TRMM降雨レーダは、13.8GHzで動作する全固体化アクティブフェーズドアレイ方式を採用しており、128系統の固体電力増幅器、5ビットPINダイオード移相器、低雑音増幅器を用いています。これにより215kmの観測幅を0.6秒で走査し、秒速約7kmという高速で移動する衛星からでも隙間のない降雨観測を行なうことができます。
12月1日に軌道上で初めて降雨レーダの電源を投入し、レーダが正常であることを確認しました。衛星高度が観測時の基準値(350km)に達した後、12月8日5時45分(日本標準時)に降雨レーダを観測モードに設定し、降雨レーダの初期機能確認試験を開始しました。この試験はNASDAが中心となり、CRLは、CRLが開発を行なったオンボード地表面検出機能などの試験を分担しました。レーダの機能は正常であり、性能も打上げ前の試験結果をよく再現していることを確認しました。この試験結果を踏まえたTRMM降雨レーダの性能を主要諸元と合わせて表1に示します。
表1 TRMM降雨レーダの主要諸元と性能
観測画像
初期機能確認試験のなかで既に多くの降雨観測データが取得されていますので、その中から特徴的な一例として台風28号の観測データを紹介します。
12月19日13時頃(日本標準時)、TRMMは日本の約1,500km南方の台風28号を観測しました。その観測例を図3に示します。図3上は高度2.5kmの降雨強度水平断面を、また下はA-B線に沿った鉛直断面です。台風の渦巻き構造とその降雨強度の非対称性(東側に広範囲の強雨域)、また“目”付近で降雨の高さが12km以上に達していることがよくわかります。このように熱帯降雨の立体構造が定常的に取得できる観測装置はTRMMレーダが初めてであり、熱帯低気圧の発達/減衰過程の研究、降水のモデル化、降水内部での熱収支、それを駆動源とする大気力学、更に気象/気候の研究に貴重なデータを提供するものと期待されます。
おわりに
98年2月以降、TRMM降雨レーダは定常的な観測を開始し、降雨レーダデータから降雨強度などを求めるデータ処理アルゴリズムの検証と調整を実施することになっています。またCRLでは、NASDA地球観測センターから毎日TRMM降雨レーダのデータをオンラインで受信し、定常的な性能モニタを行います。
TRMM降雨レーダの詳しい検証を行なうには、衛星と同期した同一領域の観測データが必要であり、そのため98年5月に石垣・宮古島周辺でCRLが開発した航空機搭載降雨レーダ(愛称 CAMPR、CRLニュース97年3月号参照)や気象庁石垣島レーダなどを用いたフィールド実験を計画しています。これらの検証を通してアルゴリズムを確立し、観測データをなるべく早期にユーザに提供したいと考えています。
地球環境の計測とそれを用いた環境の監視・予測技術は、ハードウェアの開発から、科学研究、データの実利用に至る極めて広範囲の技術者、科学者の協力が必要です。特に衛星データから科学研究に役立つ情報を取り出す技術、すなわち科学研究と一体化した計測技術は、工学と理学の境界領域として今後ますます重要となってきます。TRMMの場合、衛星搭載機器開発、データの定常処理・配布はNASAおよびNASDAが中心となって実施しています。一方、科学研究は気象、水文関係の国立研究機関や大学が中心となっています。図4に示すように、我々はその間をつなぐ計測技術開発の中心として、これらの機関と協力し、衛星からの降雨レーダ観測技術の確立に向けて努力してゆきます。
宇宙科学部宇宙空間研究室
出発当日は、ぐずついた天気にも関わらず、丸橋宇宙科学部長をはじめ、大勢の人が見送りに駆けつけ、横断幕やエールなどで激励した。特に母親からの「ケンボー」の叫びには、当分会えなくなるという悲しみも含まれているような気がした。正午には色とりどりの紙テープが風になびく中、汽笛を鳴らして「しらせ」が出港した。
観測隊はこの後船上観測を実施しながら、アフリカ大陸の南方に位置する南極昭和基地に向かう。12月中旬には現地に到着する予定である。途中、オーストラリア西海岸のフリーマントルで生鮮食品の積み込みや給油を行うため1週間停泊する。これ以降、観測隊は文明社会としばしの別れとなる。
昭和基地到着後は、越冬に必要な物資と観測資材の輸送を行い、更に基地の建設作業等があるが、今回は、宙空部門でオーロラを観測しているHFレーダ(TVアンテナの10倍近い物が16本2組の計32本ある)が、昨年の猛烈なブリザードにより破損したため修復作業をしなければならない。始めの予定にはない作業のため、少人数で大量のアンテナを修理しなければならないという例年以上に過酷な作業になる。
アンテナの修復訓練を出港まぎわに本所グランドで行ったが、その様子を写真2、写真3に示す。
第1研究チーム
APII(Asia-Pacific Information Infrastructure)テクノロジーセンターは、昨年度2月13日にアジア太平洋地域諸国とのネットワーク相互接続技術、マルチメディア・ネットワークに関するアプリケーション技術等の国際共同実験・研究及び、マルチメディア技術者の育成研修等の実施を目的として、通信総合研究所関西支所(兵庫県神戸市西区岩岡町)に開設されたものであり、昨年度11月にマニラにて開催されたAPEC非公式首脳会議において、橋本総理大臣よりAPEC諸地域へ活用を呼びかけており、また、今年度11月のバンクーバーでのAPEC首脳宣言では、APIIが21世紀のアジア太平洋地域における競争力確保のために必要不可欠な基礎であると認識されている。
国際共同実験・研究については韓国、シンガポールと2Mbps専用回線を結び、ネットワーク相互接続実験を実施し、さらに次世代インターネット実験研究、遠隔医療実験等について研究を開始している。マルチメディア技術者育成研修について、今年度12月1〜12日の間、APT(Asia-PacificTelecommunity、タイ国バンコックに本部をもつ情報通信関係の国際機関)主催により当該加盟国29ヶ国の内15ヶ国(バングラデシュ、ブルネイ、インド、インドネシア、イラン、ラオス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、ネパール、パキスタン、フィリピン、スリランカ、タイ、ベトナム)より各国1名ずつ合計15名の参加を得て、また日本国内の情報通信関係の主要企業の協力を得て実施した。今回実施した研修は、昨年度2月14日〜28日の間に国際協力事業団主催で9ヶ国9名の参加を得て実施した研修に次いで、APIIテクノロジーセンターを活用した研修の第2弾となるものであり、さらに近々中国郵電部との研究者交流を、そして来年度4月にはマルチメディア技術者育成研修の第3回目をそれぞれ実施する予定である。
本マルチメディア技術者育成研修では、マルチメディア技術(B-ISDN、情報圧縮技術、マルチメディアデータベース技術)の動向についての講義のほか、インターネット構築利用技術(TCP/IP、セキュリティ、E-mail、News、Telnet、FTP、情報検索、HTML/WWW)、ビデオ・オン・デマンド活用技術(概論、VoD実験実習)及びサイバースペース構築利用技術(概論、サイバースペース構築実習)についての講義と実技演習が行われた。その研修スケジュールの中ほどに京阪奈学術研究都市にある奈良リサーチセンター及びマルチメディア振興センターのマルチメディア情報通信実験施設見学を1日間、さらに京都見学を1日間実施した。
この研修について今後の参考のためにカリキュラムに対応したアンケート調査を前回と同様に実施し、研修についての評価及び各国の状況について、次のとおりの回答が得られた。
@研修カリキュラム全体:
Aマルチメディア情報通信技術全体:
Bインターネット、WWW、情報圧縮技術:
CB-ISDN、ATM交換技術:
最後に、アジア・太平洋地域の情報通信基盤の発展に貢献していくことを目的に、郵政本省、通信総合研究所、APT又は国際協力事業団その他の密接な連携のもと、ネットワーク相互接続技術、マルチメディア・ネットワークに関するアプリケーション技術等の国際共同実験・研究及び、マルチメディア技術者の育成研修等を、本APIIテクノロジーセンターをいっそう積極的に活用して推進していきたい。
総務部 庶務課
恒例の電波研親ぼく会が平成9年10月24日に開催され、OB,現役を含めて約100名の方が参加された。
当日は新しく完成した情報通信研究棟(5号館)の見学会も行われ、広い室内に整然と並べられた実験機器を見て、「研究環境も内容も大きく変った、マルチメディア関係は説明を聞いても解らない」とあるOBの方が感想を述べていた。
総会では古濱所長より「通信総合研究所の動き」と題し、国研としての役割から他の機関に先駆けて実施した外部評価の意義、更には行政改革と当所の在り方など多岐にわたって報告が行われ、出席者は厳しい状況の中で「後輩達は頑張っている」との印象を受けられたものと確信している。
懇親会では何年ぶりかで参加したという方もいて、お互いの近況から昔の思い出話などに花が咲き、時間が足らなかった方もいたようである。また、挨拶の中でも行政改革の関係では「OBができることは小さい、研究所の将来は現職に頑張ってもらわなくてはならない」といった激励もあり、和やかな中にも厳しい一面を見た親ぼく会であった。
企画部企画課長
さて、当日はCRL始まって以来(?)ともいうべき歓迎体制を敷き、玄関ホールには日独両国の国旗を掲げ(実際は垂らし)、CRL自慢の1号館の電光掲示板には、Willkommenを表示すると言うサービスぶり。これは、到着の時には気づかれなかったのですが、お帰りにはたっぷり見て喜んで頂きました。また会場には卓上用の国旗セットが用意され、大会議室はあたかも国際会議場を思わせる仕上がりぶりでした。当初、来所予定であった首相婦人は、どこかへエクスカーションへ行かれたということで、姿をお見せにならず残念でした。出迎え、挨拶から動画を含むCRL概要説明までは、つつがなくとはいかず、大幅に時間を超過してしましました。
見学では、国際ネットワーク実験(GIBNプロジェクト)のスタジオ、超高速光通信実験室、熱帯降雨観測衛星(TRMM)、COMETSプロジェクトの車載局および車載の立体HDTVのデモを見て頂きました。国際ネットワーク実験スタジオでは、鹿島センターとHDTV会議で結び、オーストリア出身のクラウス君に鹿島側で出演してもらい、ドイツ語で会議をしてもらいました。このなかで、首相側は、日本は米国とは積極的に共同研究等を実施しているが、ヨーロッパとは積極的ではないのではないかと言うような、当たっているような、いないような指摘もあったとか。見学後の質疑応答にも力が入り、大幅に時間超過するというハプニングもありました。州首相側には一貫して、自州内の民間企業活動の活発化が念頭にあるようで、CRLと州内のジーメンス社との共同研究の可能性等の質疑応答が熱心に交わされました。
このようなVIPが大挙して来所されたことはこれまであまり経験が無く、CRLを無事出発されるまで緊張の連続でした。見学の中身を十分ご理解いただいたかどうかは別として、CRLの歓迎ぶりに大変満足してお帰りになったということでした。CRLの知名度も上がり、このようなお客様をお迎えすることは名誉なことですが、今後は受け入れの経験の蓄積とともにインフラ整備を図り、我々もさらに腕を磨く必要がありそうです。準備や見学を担当された皆様、本当にご苦労様。
平成8年7月2日に閣議決定された科学技術基本計画に基づき、平成9年6月4日に公布・施行された『一般職の任期付研究員の採用、給与及び勤務時間の特例に関する法律』により、国立の研究機関に任期付研究員を採用することができるようになりました。通信総合研究所では、この制度に基づく初めてのこととして、平成9年11月1日付けで村井 純慶應義塾大学教授を任期付研究員として招へいす ることとになりました。任期は平成10年10月31日までの1年間で、通信システム部超高速ネットワーク研究室長として次のような職務に当っていただくことになっています。
【村井教授の略歴】
−世界初の宇宙からの降雨レーダ観測始まる−
古津 年章
図1 TRMM降雨レーダの概観(NASDA提供)
図2 TRMMによる降雨観測の概念
項 目
諸 元・性 能
レーダ方式
周波数
観測幅
観測高度範囲
距離分解能
水平分解能
検出可能降雨強度
重量、消費電力
設計寿命
アクティブフェーズドアレイ
13.8 GHz
215 km
地表〜高度15 km以上
250 m
4〜5 km
0.5 mm/h
465 kg、213 w
3年
図3 TRMM降雨レーダで観測した台風28号の水平および垂直断面
(1997年12月19日)
図4 TRMM計画におけるCRLの役割
蒔田 好行
写真1 所員に見送られる草野隊員
写真2 修復訓練の様子
写真3 完成したアンテナ
南極観測が始まって以来40年が経過したが、今年も無事に第39次南極地域観測隊が、11月14日に観測船「しらせ」で東京港晴海埠頭から出発した。当所からは、草野健一郎氏が、電離層定常部門の越冬隊員として参加している。更に、今回の観測隊には、日本の南極観測が始まった1956年以来初めての女性越冬隊員として、東北大大学院助手の坂野井和代さんと京大大学院助手の東野陽子さんの2人も参加している。
マルチメディア技術者育成研修の実施
松本 和良
写真1 APTマルチメディア研修 講義風景
写真2 インターネット構築利用技術の実習
飯塚 幸義
熊谷 博
ドイツは連邦制の国であり、州のトップも首相と呼ぶそうですが、ミュンヘンを抱えるドイツでも有力な州政府一行を12月4日、CRLにお迎えすることになりました。首相をはじめ、州議会議員、政府幹部、大使館関係者と、地元報道関係者の総勢二十余人と言うふれこみで、我が国では、天皇や首相にも会見されています。
写真1 ドレスアップされた大会議室風景
写真2 COMETS車載局をご視察される
シュトイバー首相(右端)
写真 辞令交付を受けられる村井教授(右)
昭和30年3月29日生
昭和59年7月 慶應義塾大学大学院博士課程修了
昭和62年3月 工学博士号取得
平成9年4月 慶應義塾大学環境情報学部教授
〃 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授