「デジャブー(既視感)」−打ち上げに失敗したCOMETSを使って、どのような実験が可能か、地球局はどのように改修するのかについて私が説明すると、ある記者がそうつぶやいた。平成6年8月に打ち上げられたETS-VIも静止軌道に投入できず、周回衛星として約1年半にわたり実験に使用された。その時も、同じ質問に同じ回答をした。しかし、冬の深夜における野外でのETS-VI実験を終了した明け方の、霜のおりた土を踏む足の感覚が、つい今しがたの事のように蘇った。
平成10年2月21日16時55分00秒、COMETSは、宇宙開発事業団種子島宇宙センター吉伸射点よりH-IIロケット5号機で打ち上げられた。第1段主エンジン及び固体ロケットブースタの燃焼は正常。打ち上げ後362秒の第2段エンジンの第1回燃焼から、672秒の燃焼停止までは、燃焼は正常で、誘導制御も正常に行われた。打ち上げ後1,410秒に、第2段エンジンの第2回燃焼が開始された。しかし1,598秒頃まで燃焼する計画に対し、1,450秒(燃焼開始後40秒)頃から計測データに異常が発生し、1,457秒には推力を完全に失った。その後、COMETSは第2段機体と結合した状態で慣性飛行を続けた後に、計画通り1,638秒に分離された。
分離時のCOMETSの軌道要素は、遠地点高度1,902.0 km、近地点高度246.2km、軌道傾斜角30.06度であり、静止トランスファー軌道(遠地点高度約36,000km)よりかなり低い軌道である。ETS-VIの場合には、静止トランスファー軌道から静止軌道への投入に失敗している。宇宙開発事業団に緊急対策委員会が設置され、通信総合研究所からも私を含め3名が参加し、つくば宇宙センターにて連日連夜、いつ頃どの軌道に再投入するかについての議論がなされた。その結果、遠地点高度約17,700
km、近地点高度約500 kmの2日9周回の準回帰軌道へ変更することが決定された。
軌道変更は、静止トランスファー軌道から静止軌道(ドリフト軌道)へ軌道変更する際に使用するアポジエンジンの噴射によって行われる。その名の示す通り、アポジエンジンは楕円軌道の遠地点(アポジ)で噴射し、近地点の高度を上昇させるために使われる。しかし、COMETSの軌道の場合には、遠地点高度を上昇させることから、移動速度の速い近地点で噴射する必要があり、制御がむつかしい。さらに、アポジエンジン噴射の前に、太陽電池パドルを再収納し、パドルを所定の角度まで回転する必要がある。噴射後、再度パドルを展開し、回転して太陽を捕捉する。2回までは当初の計画で、その際もパドルの収納展開がうまくいくか心配していたが、今回はそれを7回も行う。
3月15日に第1回の軌道変更が実施され、5月30日の第7回の軌道変更まで、ほとんどトラブルもなくCOMETSは所定の準回帰軌道へ投入された。7回のパドルの収納展開もうまくいった。軌道変更の実施時間はほとんどが深夜午前0時から4時の間で、その時には、つくば宇宙センターの追跡管制のための部屋は人であふれるばかりになる。多くの方々の多大な努力により、この困難な軌道変更は成功したのである。