川瀬 成一郎


 鹿島宇宙通信センターでは「分散衛星」と称する研究を、平成4年度の予備調査から今10年度までの計画として進めてきた。計画を終えるにあたり、研究の成果と意義をもう一度ふりかえって紹介したい。


 この研究のきっかけは、昭和から平成への移行期にさかのぼる。当時わが国の衛星通信は、国の主導をはなれて事業化にむかう転換期にあった。そしてその時期、なぜか衛星の打上げ失敗や軌道上での故障が生じ、衛星通信の信頼性について議論が沸きあがった。衛星通信の上昇機運に陰がさしてはいけないと、郵政省では技術的な手だてを急きょ検討したのが、この研究の発端である。
 ロボット衛星により修理ができる衛星、また自己修復が可能な衛星という方向が検討されたほか、衛星本体を変えずにすむ取りくみとして浮上したのが、次のような方向である。多数の衛星を軌道上に配備して、故障が生じたときは衛星どうしで互いにバックアップしあう。そのような衛星が軌道上の一所に固まっていれば、地上のユーザーには全部で1つの大きな衛星のように見えるから、故障があっても変わらずに通信が続行できる、というものである。つまり複数の衛星にリスクを分散することで信頼性を向上させるのである。


 分散衛星を実施するには、多数の衛星を一所にたもつ軌道制御をしなければならない。このとき衛星どうしをニアミスさせて信頼性を損なってはならない。そこで、接近した静止衛星軌道の正確な交通整理を主な課題ととらえて、研究に着手した。交通整理は地上からの観測にもとづいて実施したい。ニアミスレーダーのような装置を通信衛星にもたせることは考えにくいからである。といって4万kmちかく遠方にある衛星の位置を、地上から正確におさえるのは簡単ではない。精密な測距や測角の設備はコスト面から限度があり、しかも地上からの観測は大気をとおしてなされるので、大気のゆらぎが衛星位置に誤差をひきおこす。しかし、われわれが交通整理のために知りたいのは衛星の相対的な軌道運動である。図1で衛星A、Bの位置を観測したとき、大気によるAの誤差とBの誤差は、もしもAとBを同時に観測すれば等しく現れるだろうから、相対位置なら地上からでも正しく観測できるはずである。同じ装置でAとBを観測すれば、装置の誤差は共通なので打ち消しあうだろう。

図1 大気の影響 図2 差動電波干渉計

 このように考えて試作した装置を「差動電波干渉計」という(図2)。100mほど離してL字型に配置した3か所のアンテナ(口径1.2m)で衛星電波を受け、アンテナ間の位相差により電波の方向を観測する。測定は2衛星について同時におこない、衛星の方向差を観測する。同時位相測定はデジタル信号処理を用いて実現した。実際に観測すると(図3)、衛星位置を個別にあらわすデータには大気のゆらぎや装置の内部雑音がともなうが、2衛星の差をとれば観測誤差の大部分が消えて、正確な差動観測がなされることが分かった。このような差動干渉計の開発は、内外ともこれが初である。 差動観測データから衛星の相対運動を推定するには、カルマンフィルタという手法を用いる。2衛星の運動法則をそれぞれモデルに作り、それらを観測データに合うように追従させると、衛星が軌道上でおこなう3次元の相対運動が推定される。実験では百数十mの精度で相対位置を把握できたと考えられ、これはあと一歩で衛星の実サイズにせまる精度である。
 このような精度で衛星の相対運動を監視したならば、実際に衛星のニアミスが警報されて回避行動をとる頻度は1年に1回程度ですむことを、軌道運動のシミュレーションで明らかにした。
図3 差動観測の効果

 下記の差動干渉計は、3地点のアンテナを信号ケーブルで結んで構成したが、これを簡易化する手法をつぎに試みた(図4)。3つのアンテナを一所に集め、残る2か所にはアンテナのかわりに平面反射板を置く。衛星の電波はここで反射されてからアンテナに入る。この構成によれば、2か所へのケーブル・電源工事が不要になり、3つのアンテナ系はローカル信号や電源を共有するので、装置が簡略になる。ただし反射板とアンテナは、地面による反射の影響をうけないように配置する。建物の屋上を用いて実験し(図5)、ケーブル結合型の干渉計と変わらない差動観測の効果を確かめた。

図4 反射型差動干渉計 図5 反射板と受信アンテナ
(間隔50m)


 研究をすすめているうちに時代背景は変わる。衛星通信事業の発展につれて衛星相互のバックアップの余裕ができ、しかも実用向けの通信衛星は故障しなくなった。その一方で、別の問題が意識にのぼりはじめる。静止衛星は地上の広い範囲を見通す分、地上からの電波干渉を受けやすい。送信設備の誤動作や誤操作、もしかして意図的な妨害によって不要電波が衛星に達すると、通信回線が干渉をうける。このとき分散衛星体制ならば、複数の衛星にそれぞれ不要波が到達した時間の差を検出することによって、送信点の場所を割り出すことができる。送信場所を知ることは問題解決のポイントである。分散衛星は、衛星故障に対する信頼性のほかに、回線運用の信頼性を保つ技術として応用が可能である。


 静止軌道は、周知のとおり地球の赤道をひとまわりするだけの限られた軌道である。この軌道に投入される衛星数の増加は止まる気配がない(図6)。しかも人気のある軌道位置には多数の衛星が集まる傾向がある。こうして軌道が過密化していくと、所属や国を異にする衛星が入り混じるようになるだろう。差動干渉計による監視技術は、この問題への有用なアプローチである。電波の受信だけで作動するので広範な衛星を対象にできるからである。それは軌道の有効利用における信頼性増進策となるものである。

図6 静止軌道への累積投入数


 分散衛星の研究は、その時々の問題意識を反映して、衛星故障に対する信頼性、回線運用の信頼性、さらに軌道利用の信頼性へと進んできた。そのなかから、今後ますます重要な軌道有効利用に寄与する技術をたくわえたことが、最大の成果であると考える。
(鹿島宇宙通信センター 宇宙制御技術研究室長)



大森 慎吾

 横須賀無線通信研究センターは、横須賀リサーチパーク(YRP)に本拠地を置く新たな組織として平成9年7月に発足した。約半年の小金井本所における準備の後、平成10年1月に第一陣がYRP1番館へ移転した。同年2月には、第2研究チーム、第4研究チームが移転し、7月に無線伝送研究室、10月に電磁環境研究室と移転を完了した。現在、当センターには職員21名、特別研究員5名、学生6名、派遣秘書5名の総勢37名が、心機一転新たな研究環境、研究戦略のもとYRPの中核的研究拠点を目指して研究開発に取り組んでいる。
 第一陣が移転してきた頃は、YRPがオープンした直後で、カフェテリアも閑散としており、最寄の京急野比駅ものんびり、バスも数人が乗るだけといったいかにも都会から離れた小さな町といった雰囲気であった。しかし、1年を経た現在では40社あまりの国内外の企業が進出し、YRPの昼間の人口は約2000名に達している。カフェテリアは押すな押すなの大盛況、名称変更した新装YRP野比駅の朝はスーツ姿の場違いな集団で溢れ返り、臨時バスがでても乗りきれないほどの活況を呈する町に変貌した。
 横須賀無線通信研究センターでは、このような産官連携に絶好な研究環境のもと、以下のような研究戦略を立て、YRP研究開発協議会を舞台にして産学官連携プロジェクトを進めている。
  1 無線通信の国際的研究開発拠点を目指すYRPでの中核的役割を担う。
  2 国際標準になり得るようなユーザ指向の戦略的研究開発を国際的な立場から産学官連携で行う。
  3 欧米との協調と競争のため、アジア太平洋地域の研究開発拠点、人材育成拠点を目指す。
 上記の新たな研究戦略のもとに、次の3つの大きな研究プロジェクトをYRP研究開発協議会へ提案し、産の参加を募り産官連携プロジェクトがスタートしたところである。
(1) ITS :高度道路交通情報システムの研究
(2) Skynet :成層圏高速無線通信ネットワークの研究
(3) MMAC :マルチメディア移動アクセス通信の研究
成層圏無線アクセスネットワークの研究
 さらに、今後は、大きな社会的関心となっている電磁波の人体への影響の研究など、電磁環境研究分野での産学官連携に積極的に取り組む計画である。
 産学官連携というのは美しい言葉であるが、真に対等な立場で、相互に利益をもたらす連携の実現は容易ではない。特に、産官連携においては、産の積極的な研究開発投資を促すため、なによりも、研究開発投資を行うべき魅力的なプロジェクトと将来の実用化を展望した明確なビジョンを提示することが重要と認識している。また、汗を流した人には当然の結果として成果が戻るシステムも必要である。この目的のために、産の方々の意見を反映して郵政省公達を改正し、民間との共同研究契約書の雛型を策定したことも第一歩として大きな成果であると確信している。
研究室風景
 1年を経過した現在、産官連携プロジェクトがようやく動き出したところであるが、今後は学との連携が大きな課題である。基礎研究に基づく研究開発、人材育成、そのための核となる大学への要望検討、大学の誘致、いわゆるベンチャー企業の誘致育成、研究支援制度の整備への取り組みなどである。具体的な研究開発課題の発掘は勿論、人材育成など肥沃な土壌、風土などの環境作り、新たな研究の芽を蒔き、育て、汗をかいた人たちが成果を刈り取るような産学官連携システム。相互に競争しながらも、協力した人々が成果を得て次なる競争と協調へ向かう研究開発の実現へ向け微力ながら貢献していきたい。関係各機関、各位の一層のご支援をお願いする次第である。
(横須賀無線通信研究センター長)


富田 二三彦

 SEC(宇宙環境研究所)の第2、第4木曜日には、業務係の部屋の前に「本日勤務時間報告書提出日」の札が下がります。これが、研究職員が定常的にタッチするほとんど唯一の事務文書で、これには、あらかじめ現在使用可能な年休・病休時間数、出張等が出力されていて、それに実際の仕事時間や休暇時間を自己申告して業務係に提出します。以下、前回の報告では書ききれなかった、特に日米の違いで気づいたことについて紹介します。
この4ヶ月間、紙による事務連絡はありませんでした。全ての公的情報が同報emailだけで済まされます。例えば、12/24や12/31を半日祝日扱いとすること。イラク攻撃期間中は外部ドアが全てロックされ、IDを入力しなければ建物から出入りできないこと。新しい銀行カードのための誓約書を提出すること等々。
特定の銀行(NOAAは今年からCITIBANK)と3年程度の契約で提携し、給与や公的出張旅費支払等は、各人に支給されるその銀行のカードを通じて行われます。よって金勘定の一部は銀行が請け負っています。
年休は、前年からの繰越時間数(上限240時間)にその年の勤務日数に比例して年休時間が加算されます。業務過剰で年休が十分にとれなかったと所長が認める場合は120時間ぐらいまでのボーナス年休が追加されます。一方、病休の時間数は年を越えて加算されます。よって、年をとって万一病気がちになっても十分な病気休暇がとれます。また年金計算の時、病休時間数は勤続年数に加算して扱われます。
前回、より優秀な人材の獲得・確保をめざした、「Pay for Performance」給与システムを紹介しましたが、同時に年金制度も改革され、産学官の人の異動をより容易にすると目論まれています。(http://www.opm.gov/retire/) 旧制度は連邦職員だけを対象としたもので、過去3年間の最大年俸の(奉職年数-1)×2の百分率(例えば30年勤続の人は58%)(上限80%)の年金が支給され、この勤続年数には連邦機関以外での奉職年数は加算されません。よって、州立大学や民間企業との間で行き来する場合は、わずかな退職金と年金を手にするだけで一から出直さなければなりませんでした。この旧制度を民間と同様の年金システムにしたのが新制度で、1983年以降の採用者から適応されます。具体的には上式の×2がなくなり、その分を政府への積み立て年金と共済積み立て年金で賄うものです。新制度では、例えば国の財政状況が悪くなると年金支給額が下がる可能性もあり、×2が保証されていた旧制度より連邦職員にとっては不安定なものですが、年金制度が産学官で同じで勤続年数が加算されるため、年金に関する転職のデメリットがなくなります。
事務系の職員は、連邦機関の間を数年〜10年毎に異動します。例えば所長秘書は、研究とは全く関係のない連邦機関からやってきて、SECの雰囲気が極めて自由(ラフ)なのに驚いています。SECは商務省のNOAA(海洋大気庁)のERL(12研究所からなる環境研究所)のひとつですから、ローカルな職員数比率は直接参考になりませんが、概数で、研究者35名(内正規職員20名)技術者18名(内同16名)予報官(研究と技術の中間職)22名(内同16名)所長、副所長及び業務係8名(全て正規職員)となっています。SECは宇宙天気予報業務を持っているので予報官がいて、また環境情報ネットワークの維持開発等のため技術系職員が必須ですが、正規職員としての技術職が研究者数の2/3〜1/2程度いるのは普通のようです。事務職員の数も、NOAA中枢には全職員のための事務職が大勢いるそうで、ERLの世話をする人全てを考えれば、米国でも事務職員の比率は研究者+技術者に対して20%程度になるかもしれないとSEC所長は言っていました。
SEC幹部はその年度の実行予算を含め、常に3年間分の予算を扱っています。つまり、1999年1月には要求側から見て最終関門のOMB(Office of Management and Budget)から大統領に2000年度の予算案が渡り、大統領が議会に説明し始めますが、この時点でSEC幹部は、2001年度の予算要求書第一次案を書き終えています。日本とさほど大きな違いはありません。SECの場合は、OMB以前に3〜4段階の関門があるので、準備を早くしなければならないのです。
 以上この数ヶ月間、昼食時等にこちらの人達との世間話の中で聞きかじったことをご紹介しました。SECもCRLも研究所ですからそれほど大きな違いはありません。それでもこちらの方が「少しだけ」研究環境が良いように感じます。その原因がどこにあるのか、引き続き宇宙天気の仕事をしていく中で見つけていきたいと思います。なお、写真はSEC所長の誕生日ケーキカットでした。
(米国商務省 海洋大気庁宇宙環境研究所に滞在中)


―CRLをインターネットのトップランナーに―

中川晋一さん

プロフィール
昭和36年8月31日生まれ。
平成8年京都大学大学院医学研究科博士課程修了。
平成10年入所。キース・ジャレットなどのジャズのCDを聞くのが好き。


 今回ご登場いただく中川さんは、今までの研究者の方たちとはちょっと違った経歴の持ち主です。医学博士であり、医師免許をもつ中川さん。彼がなぜCRLで通信システムの研究をしているのか? その謎解きは以下のインタビューで。

 言葉の端々に関西風のイントネーションを残す中川さん。
  「毎日がアドベンチャーゲームと同じです。こんなに楽しいことはありません」と笑います。「医学部を卒業したからにはまず、医者として働こうと思いました。その後で、『夜明けの快感』と言うんでしょうか、眠い目をこすりながら、朝方になってやっとうまくいった実験の記憶が消えなくて(笑)。研究者になりたかったのだと思います」。
 中川さんが滋賀医科大学の医学生だった頃、ちょうどパーソナルコンピュータが世の中に出始めました。
 そのプログラミングは当時のニューテクノロジー。中川さんは早速コンピュータ・クラブに所属し、パソコンに向き合い始めます。
 「当時は医学部にパソコンのプログラミングができる人はいなかった。それで、京大の衛生学教室から『栄養計算のパッケージを作るのを手伝わないか?』という声がかかったんです。今でこそ、何の栄養素が何カロリーという表示の栄養食品やお菓子がいっぱいありますが…」。 食生活と病気は切っても切り離せません。健康診断で提出された食事の内容を分析し、栄養と病気の因果関係を探るためのパッケージを作るということは、お医者さんである中川さんが適任だったのでしょう。しかし、これは「アルバイトぐらいのつもりだった」とご本人は言います。
 「最初は外科医を目指したんですよ。ところが、手術用の消毒液にかぶれてしまってあえなく断念(笑)。そこで、循環器内科の研修医として大学病院も市中の病院も経験しました」。
 市中の病院にいたときのこと。救急車で夜中におばあさんが運ばれてきました。
 「その方は、普段は別の病院に通っていらして、まったくヒストリーが分からないんですよ。狭心症なのか心筋梗塞なのか判断が微妙で。前にとった心電図や、どんな薬を使っていたかが分かれば、より正確な診断ができる。でも、夜中のことで、その方の主治医がつかまらない。必要な情報が得られないんです」。
 このとき、中川さんは『電子カルテ』のようなものがあり、患者さんの過去の情報が即座に得られれば、もっと速やかに適切な処置ができると思いついたそうです。
 京大の衛生学研究室に戻った中川さんは、そこで早速、その発想を実行するべく、活動を始めます。工学部の友人に意見を求め、UNIXの勉強も。そして、自分で研究費をプロポーズしたそうです。
 「これがなぜか通った。今も忘れない、2年で1,700万円。これで研究ができたんです。'93年にはこの“電子メイルを用いた包括的健康管理システム”で学位を頂きました」。
 中川さんの話を聞いていると、いろいろな人の名前が次々に出てきます。それは彼の人脈の広さ、研究に対する柔軟な姿勢を物語るものでもあります。
 医者としての実体験で感じた医療の問題点。その解決方法をすぐ模索し、実行する。この『電子メイルを用いた包括的健康管理システム』以降も、中川さんの行動力には驚かされます。'94年からは、一元管理されていたネットワークニュースの問題点を察知。医療系のサイトは一般のサイトとは切り離した方がいいということを実行するために、医療系ネットワーク『J.P.Med.』を立ち上げました。ここには26のサイトがつながり、日本医師会も参加。医学界に一大センセーションを巻き起こします。このときはまだ大学院生。大学院を修了後は、国立がんセンターに勤務します。
 「そこでがん患者の登録やがんの情報をどう提供するかというようなことに携わっていたのですが、情報工学とは少し遠いという気がしていたときに、CRLからお誘いを受けたんです」。
 CRLには、中川さんがのどから手がでるほどほしかった40メガの太い線や設備がたくさんあります。
 「さすが国立の研究所だけあって、一個人では絶対に作れない環境が整っているんです。ここで通信行政だけではなく、日本の次世代のインターネットをどう作っていくかということに従事する。そのプロジェクトを立ち上げていくのが僕の仕事。だから、実験室での実験風景なんていう写真は撮れませんよ(笑)」。
 すでにCRLでは次世代のネットワークとして期待されている『ギガビット・ネットワーク』の計画を推進しています。この『ギガビット』とは、通常の電話回線の16,000倍の伝送能力をもち、新聞の朝刊1年分の情報をわずか3秒で送ることができます。
 「CRLは基礎研究の場で、工学系の専門分野の研究を極めるのが使命という声もあります。しかし、これだけの設備と予算をもちながら、通信システムの分野で民間の企業に遅れをとっているのはおかしい。それは国損です。僕はCRLをインターネットのトップランナーにするためにここにいるんです」。
 言葉遣いはていねいですが、その決意は固い。中川さんの意気込みについこちらも引き込まれてしまいます。
 「数台の携帯とパソコン、そしてプリンターが仕事道具。毎日会議に明け暮れる…。子どもには『お父さんはおらんものと思え』って言ってあります(笑)。たまに顔を見たら、不思議そうな顔をしてます。ほんとに、笑い事じゃなくて」。
 夜中まで続く平日の疲れを癒すために、休日はほとんど寝ているという中川さん。ストレスはたまらないのでしょうか?
 「毎日、いろいろな問題をクリアしながら前に進む、アドベンチャーゲームをやってるようなものです。こんな楽しいことをして、お金をもらって、家族を養ってるんですよ。前に言われたことがあるんです。『お金儲けをすることが働くということ。お金を消費するのは遊んでるということ』だと。そしたら、僕は遊んでるんです。だけど、子どもに後ろ姿を見せられないような生き方はしたくない。『お父さんの研究は何?』と言われて、恥ずかしくないよう頑張りたいと思っています」。
(取材・文 中川 和子)
「困難なことを実現するには人の二倍は働かなくてはダメです」と語る中川さん


 今から4年前の1995年11月、我々はNIST (National Institute of Standards and Technology)と光励起型周波数1次標準器を共同開発することとなり、私は雪の降るBoulderに降り立った。1次標準器とは、セシウム原子から発生する電磁波によって定義される基準周波数を決定する大元になる装置である。光励起型というのは、レーザー光を使用して準位の選別(1つの状態に集める)と検出(マイクロ波遷移に関与した原子数の測定)を行っているためこのように呼ばれている。米国の1次標準器であるNIST7は周波数の不確かさ(絶対値がどのくらい正確に測定されているかを表わす量で、これが1次標準器の命)が1×10−14という非常に高い値を出すものであり、世界でも1、2を争う性能を有している。とにかくデリケートなもので、さらに長さ約3m、直径40cmの円筒状の本体が真空系を内部に含む土台(約50×350×70cm3)の上に載っている大きなものである。はたしてこんなものを日本に運べるのだろうか?チャレンジングなプロジェクトである。アメリカでの仕事の体制は各パーツごとに細分化されていた。健康おたくで74才の老技官の担当した真空系。慣れない環境で、プライベートでは彼に一番お世話なった。日本通のレーザー担当者。彼は毎年、桜の時期に日本にやって来る。コンピューターおたくのソフト開発者。彼は若いのに飛行機が恐いらしい。これらを取りまとめ、これ以外のパーツを受け持っていた190cmを越えるのっぽのボス。とにかくユニークな面々と英語会話では苦労したものの楽しく仕事をしてきた。完成後、約2週間の旅を経て、彼O1は通総研へとやってきた。こちらに到着後、アメリカからもスタッフが同行し、再組み立てを行った。O1はその後、多少のトラブルはあったものの現在順調に仕事をこなしている。現在の性能は周波数の安定度としては1秒で2×10−12、周波数の不確かさは2.4×10−14といったところで、これはご本家NIST7とほぼ同じ性能を有している。
 また、世界の中で現在稼動し、パリの集計機関であるBIPMにデーターを送っているのは、わずかに4個所(アメリカのNIST、ドイツのPTB、フランスのLPTF、日本の計量研)であり、我々は5番目の機関になる予定である。アメリカで生まれ、日本で育ちつつあるCRL−O1がいよいよ世界へはばたく日も近い。
特派員 長谷川 敦司 記す
(標準計測部 原子標準研究室)
CRL到着後のCRL−O1(Optical 1)(99年2月撮影)

宇宙のフロンティア −科学と技術−
毎年4月の科学技術週間において、広く科学技術の関心を高めるために行っている行事です。
日 時: 平成11年4月18日(日)
14:00〜16:30(開場13:00)
場 所: ルネこだいら 中ホール
講演者: 野本陽代 サイエンスライター
若菜弘充 CRL第三研究チーム
入場無料、事前登録不要
問合せ: 郵政省通信総合研究所 企画課
Tel. 042-327-7465
E-mail publicity@crl.go.jp
ルネこだいらへのご案内図
交通
駐車場はございませんので、ご来場の際は、電車・バスをご利用ください。
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JR武蔵小金井駅・JR立川駅・国分寺車庫より西武バス「小平駅南口」下車、徒歩3分
青梅車庫より都営バス「小平駅」下車、徒歩3分