タイトル 研究往来 第6回 超電導研究室 王鎮氏
―超伝導デバイスの実用化をめざして―
王 鎮(ワン・ツェン)室長

写真 ワン・ツェン プロフィール
昭和30年生まれ。中国・揚州出身。
平成3年長岡科学技術大学大学院博士課程修了。平成3年入所。ストレスの発散はテニスで。もう少し腕をあげるのが、目下の目標とか。


 今回の『研究往来』は、再び関西の先端研究センターにやってきました。そして、初めて“室長”にお話をうかがいました。 CRLでは、さまざまな国の人が研究に携わっていますが、今回ご登場いただいた王さんは、CRL初の外国籍をもつ室長さんです。

 「最初、なまものはダメでしたけど、今は平気。ただ、納豆はダメ」。
 85年に初来日してから14年。王さんはにこやかに話を続けます。
 「しょうゆの味が中国とは違っていて、ラーメンのスープが飲めなかったんです。お酢も日本のは違うので、今も中国のものを使っています」
 来日前、日本語を勉強したことがほとんどなく、やはり、最初は言葉の壁で苦労したという王さん。
 「南京大学で助手をしていたときに日本への留学の話が出て…。来日したのが1月だったのですが、留学先が新潟の長岡科学技術大学の大学院だったんですよ。事前に話は聞いていましたが、雪の多さには驚きました。2メートルぐらい積もっているので『車の上を人が歩いてる!』って感じで(笑)。中国の方がもっと寒いけど、あそこまで雪は降りませんね」。
 日中の大学の教授どうしの交流がきっかけで、日本の国費留学生として王さんは来日。雪の長岡での研究生活が始まります。
「最初の半年ぐらいは学生に日本語を教わる毎日。博士号を取ったら、帰国する予定だったのですが、超伝導デバイスの高周波応用に関する共同研究で小金井の本所によく行っていて、それが縁で入所しました」。
 日本の国家公務員に、外国人籍の人の採用が可能になったとき、正規の職員としてCRLに初めて採用されたのが王さんを含めて3人だったとか。
「ちょうど高温超伝導フィーバーがはじまったときでした。しかし、デバイスづくりはむずかしく、その頃にくらべて民間企業はずいぶん撤退しています。そういう意味では国研であるCRLがやるべき研究だと思っています」。
 超伝導デバイスは半導体などにくらべて高感度で高速であるという特性をもっています。そのため、高感度の電磁波受信機や磁気センサーなどに用いられ、宇宙からの電波、人間の脳波を精密に測定することができるといいます。
 また、近々、オゾン層の観測などにも利用される予定だとか。
 「もちろん、冷却しないといけないというデメリットもありますが、抵抗がないから消費エネルギーが少なくてすむし、超高速動作かつ低消費電力であるので、“省エネルギー”という観点からいくと、究極な電子デバイスとして期待がもてると思います。ただ、まだ基礎研究の段階で、テクノロジーとして成熟していない。これをどう実用化に結びつけていくかが今後の課題です」。
超伝導薄膜作製装置

 現在、超電導研究室のメンバーは王さんを入れて5人。室長としての苦労をうかがったら「みんなへのサービスが仕事(笑)。若い人が多いので、指導の役割も重要ですが、自分の研究の時間が減りました(笑)。でも、世界でもトップレベルの設備をもっているのに、マンパワーが足りない。もっと人材を増やしてもらえれば、設備にみあった成果があげられるのに…」と少し不満も。
 「外国籍の人間でも室長になれるわけだし、私を評価してくれるCRLには感謝しています。(超伝導デバイスの)クリーンルームも整備されてきたし、これからです」。
 ところで、王さんの話のなかに“社会的環境”とか“文化の違い”という言葉が何度か出てきました。
 「日本の行政はあまり柔軟性がない。中国より社会主義みたいと思うことがあります(笑)。社会習慣でいうと、日本との大きな違いは女性の立場。中国には専業主婦はいないんです。女性も仕事をするのが当たり前。もちろん、(待遇などで)男女間の差はないから。だから、子育ても夫婦ふたりでやるのが当たり前。日本では女性が仕事を続けていくのはむずかしいことが多いですね。私の妻も、今は仕事をしていません。彼女も大学院を出たので、がんばりたかったようですが、私が日本に来てしまったので…。家族には迷惑かけてます(笑)」
 その迷惑をかけている家族には、週末にまとめて家庭サービスに努めるとか。
 「テニスをしに行ったり、ドライブをしたり、買い物に行ったりですね(笑)」。
 大切な家族、16才になるお嬢さんは小学校から日本で教育を受け、現在は公立の高校に通学しています。「娘の生活習慣は日本人と同じです。完璧な関西弁を喋るしね。むしろ、いつか中国に戻ったときが大変かもしれない」。
 父親の顔になった王さんはちょっと心配そうです。
 「もっとも、すべては“慣れ”だとも思います。日本という外国に来て、私もそれなりに苦労もしましたが、中国とは違う文化を身をもって体験できたことはとても大きな収穫です。研究以外の成果は何かと問われたら、日本でやってこられたのだから、今後どの国に行っても、生活していけるという自信みたいなものがついたことですね。生まれたところは故郷としてありますが、研究をするうえでは、自分の能力を発揮できるところであれば、それはどこの国でもかまわないと思いますね」。
 王さんの言葉には“研究には国境がない”という彼の信念のようなものがうかがえました。


(取材・文 中川 和子)


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