タイトル マイクロ波帯における広帯域高速移動通信の研究  動画像をベースとしたマルチメディア高速移動通信の実現にむけて
原田 博司

1 はじめに

 昨今の携帯電話やPHSの爆発的な普及に見られるように、移動通信の進展はめざましいものがあり、「移動通信なしの生活」というものはもはや考えられない状態になりつつある。そして、現在は音声通信のみの機能が中心の移動通信も、将来的には本格的なマルチメディア対応のサービスを提供出来ることが望まれ始めている。
 しかし、このような高度なサービスを提供するには広帯域・高速移動環境下での通信が必須であり、現在の割り当て周波数では帯域が不足する。現在、2GHz帯において2Mbps(1Mbpsは1秒間に百万個のデータ(ビット)を伝送する速度)程度までの伝送速度を目標とした第3世代移動通信と呼ばれるIMT-2000(International Mobile Telecommunications-2000)の標準化が西暦2000年頃サービス開始を目指し進められているが、2Mbps以上のさらなる大容量化を目指した第4世代移動通信としては、2GHz以上の無線周波数の使用を検討する必要がある。
 本研究では、この第4世代の移動通信システムを想定し、3〜10GHz帯のマイクロ波帯に着目し、このマイクロ波帯での高速移動通信を実現するための要素技術の基礎研究、及び実証試験を行ってきた。今回この基礎研究の一つの成果として3GHz、5GHz、8GHzの3つのマイクロ波帯周波数における高速移動環境下(80km/h以上)での高速マルチメディア情報伝送(データ伝送速度4.608Mbps)のフィールド試験に成功したのでその研究状況および研究結果を紹介する。

2 実現上の問題点とその対策

 マイクロ波帯で移動通信を行う場合、まず周波数が従来より高くなり波長が短くなるため、伝搬損失が大きくなり、さらに移動に伴う周波数変動である最大ドップラー周波数も大きくなるため、伝搬環境はより厳しくなる。また、動画像で現行テレビ放送並の品質を確保しようとすると、10−6秒に1個以上のデータ(ビット)を伝送するMbpsオーダーの高速の情報速度が必要となり、この場合、信号の伝送に10−6秒以上の遅延が生じると他の情報信号に干渉を与えることになる。すなわち遅延波によるシンボル間干渉による誤り発生が品質劣化の支配的要因となる。対策技術としては、アダプティブアレーアンテナ、適応等化器、高速の情報を複数の低速な情報信号に束ねて送信する並列伝送等の技術が考えられる。いずれの技術も重要な研究課題ではあるが、装置化に対する容易性を重視し、本研究では並列伝送を採用してこのマイクロ波帯の厳しい伝搬環境に耐えうる送受信機構成について検討を行った。

3並列伝送方式

 並列伝送方式とは先に述べたように高速の情報を複数の低速な情報信号に分解し、その分割した低速な各情報信号に識別子を付け、その後それらを束ねて送る伝送方式である。識別子としては、相異なる周波数を用いるもの、もう一つは相異なる符号を用いるものがあり、それぞれ周波数分割多重伝送(FDM)方式、符号分割多重伝送(CDM)方式と呼ばれる。周波数分割多重伝送方式の例としてはディジタル放送の分野で用いられている直交周波数分割多重伝送(OFDM)方式があげられるが、高速な周波数変動に弱いという問題点がある。それに対して符号分割多重伝送方式においては分離された複数の各チャネルの低速な情報に対して符号を重畳してその後束ねて伝送するため、各チャネルの信号速度は重畳する符号の速度に依存する。この符号の速度はかなり高速で帯域も広いため、結果として周波数変動に対しての耐性が周波数分割多重伝送方式よりあるものと推定される。そこで今回は符号分割多重伝送方式に着目して伝送を行った。
 しかし、符号分割多重伝送方式にも問題がある。それは各チャネルの符号が必ず無相関であるとは限らないということであり、もし無相関でない場合、受信側においてあるチャネルの信号が別のチャネルの信号に干渉を与えることになってしまう。また、遅延波等の影響に対しても十分耐性のある符号を選ぶ必要がある。
 そこで今回上記条件を満たす符号として巡回拡張シフト型符号を新たに提案した。図1にその概要を示す。
図1 提案符号の構成
それは既存の符号に対して許容したい遅延時間だけその符号の後ろに余分に符号を自分自身を巡回的に拡張して付加する。また、符号の前にも干渉を防ぐために余分に自分自身を巡回的に拡張して付加する。そしてこの巡回的に拡張された符号を一つの識別子として符号分割多重のために用いる。また、他の並列伝送チャネルに対しては、この巡回拡張された信号全体を巡回的に許容したい遅延波分の時間だけシフトしたものを別の符号として別の並列チャネルの伝送のために用いる。遅延波分だけシフトをしているので一つの並列伝送チャネルが他のチャネルに干渉を及ぼすことは少なくなる。
 この提案方式により遅延波による影響を軽減でき、また、送信側においては一つの種類の符号しか用いていないため 受信側はその一つの符号がもつ特徴(自己相関特性等)のみをあらかじめ知っておけば高速にかつ安定に受信することができる。以上の方式を用いて符号分割多重伝送方式の伝送装置の開発を行った。その送信機及び受信機の構成を図2に示す。

4フィールド試験

  フィールド試験では高速移動環境下での試作伝送装置の特性を調べるため、高度道路交通システム(ITS)用の専用コースを用いて測定を行った。また、実験においては図2の送信機を移動する車側に、また受信機を基地局に設置した。
図2 システムの構成
図3に実験の風景を示す。車の先頭にCCDカメラをつけ、そこに映ったリアルタイム動画像を基地局側に伝送するという実験を行った。速度を平均速度40、50、60km/hと段階的に変え、最終的には最大速度80km/hで走行したが、画像の乱れ等は一切なく高速移動環境下においてもPHSにおける伝送速度(32kbps)の約100倍に相当する4.608Mbpsの高速リアルタイム伝送に加え、動画像等も安定して(データ誤り率:10−6以下)伝送を行うことができる高品質伝送が実現可能であることを実証することができた。
図3 野外伝送風景

5おわりに

  本試験の成功により、音声や動画像等の大容量情報をマイクロ波周波数帯を用いて高速移動通信環境においても伝送できることを実証した。本研究プロジェクトでは今回の成功を踏まえ、高度道路交通システム(ITS)等の路車間及び車車間通信における大容量データ通信および自動車や列車などの高速移動体内からも利用可能な高品質モバイルマルチメディア通信の実現を目指していく予定である。


(横須賀無線通信研究センター 無線伝送研究室)


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