タイトル 安全で安心な電波利用のために
山中 幸雄
図1 電波の環境問題(電磁両立性)
1. はじめに
  我々の身の回りには、さまざまな電波が存在している。通信・放送の電波は目的をもって発射されているが、家電製品・電子機器からは不要な電波(電磁妨害波、電磁ノイズ)が出てしまうことがある。これらのあらゆる電波によってつくられた環境を電磁環境と呼び、この中で様々な機器が利用されている(図1参照)。つまり、これらの機器は電磁環境の発生原因になるとともに、その電磁環境から影響を受けているわけである。
  例えば、家電製品・電子機器から発生する電磁ノイズは通信・放送あるいは他の機器に妨害や障害を与えることがある。また逆に、通信・放送の電波が電子機器等に影響を与えることもある。最近では、電子機器の動作が高速化し高周波ノイズを発生しやすくなっている一方で、デジタル化・小型化・低電圧化により誤動作を起こしやすくなっている。さらに、携帯電話等の移動通信が急速に普及し、電子機器と無線通信機器が近接して使用されるようになったため、それらが電波を介して相互に影響を及ぼしあう可能性も高くなっている。このため、調和のとれた電波利用のためには機器間の相互影響の問題を解決することが重要となっている。

2. EMC測定法の研究
図2 反射箱によるECM測定の概念図(上)と実際の撹拌機(写真)
  上記の問題を解決し、EMC(Electromagnetic Compatibility:電磁両立性)を高めることが、電磁環境に関する研究の目的である。このためには、電波(電磁ノイズ)を出す(エミッション)側でそのレベルを低くすること、また影響を受ける側の電磁的耐性(イミュニティ)を高めることの両面から対策をとることが重要である。これらの対策を促進し、問題を解決するには、行政あるいは産業界自らが何らかの許容値・限度値を定める必要があるが、その際にこれらの値を満たしているかどうかを判定する測定法及び測定技術が極めて重要となる。一般に、妨害波のように不規則に変動する電磁波を正確に測定することは技術的に難しい。このため当所では妨害波の測定法の研究開発を行っている。例えば妨害波測定器や測定場に関する研究成果は、我が国のみならず国際的にも認められており、CISPR(国際無線障害特別委員会)規格を介して全世界で利用されている。また現在CISPRでは1GHz以上の妨害波測定法について活発に検討を行っているが、当所でも、これに関する研究成果を寄与文書として提出し、審議に積極的に貢献している。また、イミュニティの測定方法についても検討を開始し、特に、将来のEMC測定装置として有望な反射箱(図2参照)やTEM(Transverse Electromagnetic)装置、例えば数GHzまで使用可能なGTEMセルの特性について精力的に検討を行っている。

3. 電波の生体影響に関する研究
 携帯電話のように電波を利用する機器を国民が広く利用するようになるにつれ、電波の生体への影響を懸念する声や記事がマスコミ等で大きくとりあげられるようになっている。この問題に対しては、既に平成2年(1990年)の電気通信技術審議会において「電波利用における人体の防護指針」が答申されている(図3参照)。この防護指針とは人体が電磁界に曝された場合に、人体に好ましくない影響を及ぼさない安全な状況であるかどうかを判断するためのガイドラインであり、この指針値以下であれば人体に影響はないというのが現在のコンセンサスである。この指針を実効あるものにし、安全な電波利用の一層の徹底を図るため、本年(1999年)10月より、移動しない無線局に関しては、指針値(基準値)を越える場所には一般の人が立ち入ることができないようにすることが義務づけられた。当研究室では、この規制の実施に当たって必要となる確認法(基準値との適合性を判断するための算出法・測定法)に関して検討を行い、その結果が電波法告示にも反映されている。
図3 電波防護指針における電磁界強度指針(一般人)
 一方、携帯電話端末からの局所的曝露に関する指針(局所吸収指針:比吸収率(SAR)で規定)については、その指針に対する適合性の評価法が確立されておらず、国際的にも統一されていないため、日本では業界の自主規格として運用されている。当研究所では、これらの評価法、局所的な曝露及び長期間の曝露等による生体影響について研究を行っている。この研究では、電波が照射されたときの生体内電磁界を高速・高精度に解析する手法を開発するとともに、人体モデルを用いた曝露量の評価・測定を行っている(図4参照)。また電磁波が曝露された場合の生物学的影響を調べるためには小動物等に電波を照射してその影響を確認する必要がある。当研究室では、生物実験のための正確な曝露評価技術の研究や電磁波曝露装置の設計・開発を行っており、郵政本省や医学系、工学系の研究者・研究機関の協力を仰ぎながら種々の実験を行っている。例えば携帯電話から発射される電波による脳への影響を調べるため、一般環境の電波防護指針値レベル(SAR:2W/kg)での4週間の電波曝露を行い、脳内血管の機能に障害を及ぼすような影響はないことを確認した(図5参照)。また、指針値を超える強い電波(脳平均SAR:7.4W/kg)でも影響が無いことを確認した。2000年からは、500匹程度のラットを用い、2年間にわたり(ラットの一生に相当)、頭部への電磁波曝露実験を行う予定にしている。
 これらの生体関連の研究を推進するため、「生体電磁環境研究施設」を小金井本所内に整備した(図6参照)。これはEMC測定用の電波無反射室を基本にしており、3軸走査システム、電磁界プローブ、人体モデル等を用いて、放射源の近傍電磁界分布の測定や人体内の電力吸収レベル、誘導電流の評価を行う。また、曝露装置の開発・評価にも用いる。さらに、各種機器から放射される電磁妨害波の測定やイミュニティ試験、電磁界プローブの校正法および1GHz以上のEMC測定法の研究開発にも広く活用していく予定である。
(横須賀無線通信研究センター電磁環境研究室長)

図5 携帯電話の電波の影響を調べる動物実験の一例。ラットを用いた電磁波曝露装置(左)とその外観(右)
図4 携帯電話による頭部内電力吸収分布の評価法の研究。頭部数値モデル(上左)と計算結果(上中央、上右)および測定用の頭部モデル(下) 図6 生体電磁環境研究用電波暗室内の電磁界プローブ3軸走査システム(左)と足首誘導電流の測定イメージ(右)




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