「電波研究所ニュース」の発刊にあたって


所 長  工 博  湯 原 仁 夫


 新年度から毎月「電波研究所ニュース」と題する一般 広報用小冊子を発行することになった。これは、当所の 各種の計画や研究成果などの概要を随時この小冊子上に 紹介することにより、関係各方面の方々に、当所の指向 する研究の方向や日々の動きについて、そのアウトライ ンを知っていただこうとの意に出たものである。専門的 な研究成果の発表の場としては、別に関係する各学会の 雑誌もあり、また当所としても、従来から電波研究所季 報やJournal of the Radio Research Laboratories と いった機関誌を定期的に発行していることであり、その 研究成果は、これらの印刷物によって内外のかなり広い 範囲に周知されてきている。しかし、これらは何といっ てもやはり、専門分野の人々に対するもので、一般広報 用とは言い難いものであった。卒直に言って、当所は一 般へのPRという面で、その施策が不十分であったと認 めざるを得ない現況である。
 限られた資源としての電波を、国民の福祉増進を目指 して最大限に活用するために、どのような研究プロジェ クトを取り上げるべきか、また、この研究所に対して国民 の期待するものは何であろうか、こういった問題につい ては、当所としても絶えず調査もし、また常々思いを新 たにしているところではあるが、当所に対する国民の声 を聴くためには、一般広報の面でいま少し積極的である べきだったと思われてならない。そして、そのための努 力が今一つ不足してい たことをいまさらなが ら感ずるのである。幸 いにして、この小冊子 がこの方面の強化につ ながるようにと念願し ながら、この第1号を お手元にお届けする次 第である。
 電波は、いわゆる無 線通信のほかに無線航 行援助などにも活用されているが、最近ではさらに地球 環境のリモートセンシングといった面の用途も重要視さ れるようになってきた。人類のはげしい活動の結果として の地球環境の悪化が最近大きな問題として取り上げられ、 またこれに関連して、宇宙空間に浮ぶ宇宙船地球号の未 来の運命といったことも話題に上るようになってきたが、 環境の未来予測のためには、いずれにしてもまず環境の 現状とその変化の傾向を把握することが必要である。そ してこのための有力な武器として電波の力が改めて認識 されるようになってきた。遠く離れたところから、対象 とする環境を広く、そして大きくとらえることのできる 隔測技術、いわゆるリモートセンシングも、電磁波なく しては手足をもがれたも同然で、全く成り立たなくなっ てしまう。電磁波の研究を表看板とする当所の、この面 での責務もきわめて大きいことを痛感する。
 当所でのリモートセンシングに関する新しいプロジェ クトとしては、人工衛星からの電離層の観測、海洋波浪 の短波による遠隔測定、空中に浮ぶ公害物質分布状況の レーザ波による選択的遠隔測定などと色々あり、それぞ れに見るべき成果を収めているところであるが、これら についても、ただ、研究を進めるだけでなく、研究の実 態をもっと一般にPRしなければならなかったと反省さ せられる。遅まきながらも、そしてまた、不十分なが らも、この小冊子でこれらの紹介もしたいと思ってい るところである。これにより、当所の研究に対して今後 少しずつでも各方面からの御意見や御批判を承れるよう になるのではなかろうか。そうなっでこそ、当所も進む 道に誤りなきを期することができようし、また、この小 冊子の目的も達成されるというものである。ともあれ、 この小冊子を大切に育て上げなければならないと思うこ としきりである。御関係各位からもこの小冊子育成に格 別の御高配を腸りたく、心からのお願いを申し上げて、 「電波研究所ニュース」発刊の言葉とする次第である。




昭和51年度研究プロジェクト


 ISSの打ち上げが成功し、当所の宇宙開発もようやく 新しい局面を迎えることになったが、これを契機に研究 プロジェクトの再編成を行った。プロジェクトの見直し は昨年12月から今年1月にわたって行われたが、その 際次の配慮がなされた。1. 全体のバランスを考えて研 究室のプロジェクト数は原則として1〜2とすること。 2. ISS,CS,BS等衛星関係のプロジェクトは衛星名 を頭記してこれに全力投球の姿勢を示すこと。3. 社会 的ニーズの強いもの、電波研のみが行いうる学問的価値 の高いものはできるだけ取り上げること。4. 一方、長 年月続いているプロジェクト、すでに十分成果を上げた と考えられるものについては終了の方向をとること。ま た巨大予算なしでは所期の成果を上げえず、中途半端に なっているプロジェクトについては、この際はっきりし た方向を示すこと。5. 地方観測所のプロジェクトは定 常観測と研究観測の二つとし、それぞれの地域的特殊性 を生かした研究を育ててゆくこと。6. 南極観測及び ETS-K/ECSはジョイントプロジェクトとすること。
 見直しの結果プロジェクトの数は以下の一覧表に示す ように合計91及び5つのジョイントプロジェクトとなっ た。51年度から研究計画書は新しい形式とし、特に研究 サブテーマ(細目)の主担当者を明記することとした。 プロジェクトの英文名については、近日中に企画部で統 一的に英訳を行いそのリストを配布する予定である。

プロジェクト一覧表1

プロジェクト一覧表2

プロジェクト一覧表3




雷様の太鼓と重水素ホイッスラー


渡 辺 成 昭 (情報処理部)

 宇宙空間に飛びかう天上の音楽として、ホイッスラー、* VLF放射**の右に出るものはないのではないかと思われ る。当所でもこの妙音にとりつかれた人は少なくない。 音楽と言えば、童謡にも“笛や太鼓の音”とあるし、お 化けもヒュードロドロと出てくる。しかし天上からは、 笛の音、小鳥のさえずりのような玄妙な音は聞こえても、 なかなか太鼓の音が聞こえてこなかった。もちろん聞く と言うのは電波を音に変換してからである。
 一昨年の暮れ、鹿島支所において受信したカナダの人 工衛星ISISのVLFデータを解析するなかで太鼓の音を 初めて耳にすることができ、重水素ホイッスラーと呼ぶ ことにした。周波数分析器にかけると、ある低周波帯域 (ISISの高度では、50〜250Hz程度)に、ポンポン、もし くはボウンボウンと聞こえる対になったパターンが現わ れる。典型例では、一現象にこの様な対が2・3秒間に6 対確認されている。
 これは電離媒質内に存在する重水素イオンD+に関連し た波動と考えられる。具体的には、図に示してあるよう に雷放電による電波の右偏波成分が電離層を突き抜け、 ほぼ磁力線に沿って、多種類のイオンを含む電離媒質中 を伝搬することにより、途中右偏波から左偏波に偏波変換 され、反対半球のカットオフ(しゃ断)周波数に達した所 で、短波の電離層による反射と同じように、この場合は 上方に返射される。こうして南北両半球の電離層上部で 反射を繰り返えす波が、ポンポンポン……と響きわたる。


 この妙なる音の観測可能な理論的北限界は、日本周辺 経度では磁気緯度21°Nであって、高度にはほとんど依 存しない。観測による 統計でも約20°Nで高度 依存性は見られず、良 い一致を見せている。 このように雷様の太鼓 は天界でもごく一部、 磁気赤道に近い所でし か聞くことが出来ない。
 この重水素ホイッス ラーより高い周波数帯 に、時間と共に高い音 となる、笛もしくは狼 の遠ぼえのごときプロ トンホイッスラーと言う 重水素ホイッスラーの言わば長兄がありGurnet博士達に より10年程前に紹介されている。それは下方から(同 一半球に源がある)伝搬するものであったため、ピュー と言う上昇する音であった。今回、赤道越えのプロトン ホイッスラー及びそのエコーも見い出されたが、それら は重水素イオンによって著しく変形を受けプゥーンとも 聞こえる複雑な何とも形容し難い音によっている。日本 付近の経度で聞ける、赤道越え重水素ホイッスラーは、オー ストラリア北部のサヴァナ気候に於ける雷放電による ため、オーストラリアが雨期のとき、つまり日本が冬の 時期によく観測される。
 これらは総称してイオンホイッスラーと呼ばれ、周辺 のイオン組成、特に赤道越えの場合は赤道上のイオンの 情報を持っており、地球環境の状態をモニターするのに 役に立つ。
 プロトンホイッスラー、電子ホイッスラーの笛の音に 交って、ポンポンとある時はゆるやかに、ある時は激し く打つ音は、能楽、遠い村祭の賑い、焚火を前におどる インディアンの勇姿をも連想させる。皆さんは何と聞く でしょうか?。「百読は一聞にしかず!?」、仕事につか れたとき、春の風にさそわれて、ふらふらと聞きにおいで ください。

*ホイッスラー:雷放電による電波が宇宙空間の電離媒 質を伝搬してきた結果ピューと言う尻下りの音を出す現象。
**VLF放射:磁気圏の高エネルギー粒子より放射され 笛、小鳥、その他の多彩な音を出す現象。





海中レーザスコープ野外実験


 通信機器部海洋通信研究室では本年2月19日から2月 25日まで、横須賀市久里浜港内にある運輸省港湾技術研 究所構内を借用して、海中レーザスコープの探知能力を 調べる野外実験を行った。
 この海中レーザスコープは、レーザ光の超短パルスを 送信した後、一定の遅延時間をかけて受像部のゲートを 開けるというレンジゲート方式を採用している。このよ うな方法によって海中の散乱物質からの散乱光を除去し、 従来の探査装置(水中TV、水中写真など)より、海中 での視程を大幅に改善することが期待できる。なお、レ ーザ光としてはYAGレーザの2倍高調波(5320A°)を 使用している。
 実験の結果は現在解析中であるが、減衰距離(光の強 度が1/eになる距離)が0.92mないし0.5mの海中状態で、 それぞれ10mないし6mの最大探知能力のあることが確 認された。したがって、外洋における減衰距離を約10m とすると、大略100mの探知能力のあることが予想され る。しかし、今回の実験では、改修工事中の河川水が湾 内に流れこんでおり、透明度が良くなかったため、レン ジゲートの効果が十分に発揮される伝搬距離がとれなか った。したがって、上記の予想値はさらに良くなる見通 しである。

海面上に引上げられたレーザスコープ