第26回 「電波の日」を迎えて


所 長 工 博  湯 原 仁 夫

 電波法および放送法の施行を記念して設けられた「電 波の日」も今年で26回を数えるに至った。電波は今や国 民のものとして定着し、幸いに多くの面でその福祉に貢 献しつつある。電波の研究に長らく携わってきた我々と しても、このことにいささかの寄与ができたことを誇り に思うと同時に、今後も電波の有効利用のための研究開 発を一層推進しなければならないと、この日に当り特に その使命の重さを思うことしきりである。
 さて周知のとおり、電波は無線通信、電波航法、無線 遠隔探査等にその力を発揮しているが、いずれの場合に も、その機能がいわゆる“無線”で働いているところに その特徴が見られる。船舶や航空機といった移動体がそ の運航中、気象情報など航行に必要な各種のデータを無 線通信を介して入手し、また航法電波を受信して測位を 行い、さらにレーダによって障害物を自ら探知するなど して、日々安全航行を確保していることは、今や余りに も当然のこととなっているが、思えば、移動体から他に、 あるいは他から移動体に、“無線”でアクセスするとい うこの分野は、電波の全くの独壇場であり、その機能は 他の追随を許さぬものがある。
 移動体の中でも最近大きく発展をとげつつある宇宙飛 しょう体の場合には、“無線”というこの電波の特長は さらに重要な役目を果すことになる。人工衛星やロケッ トのような宇宙飛しょう体が宇宙空間において何らかの 働きをするためには、電波は絶対欠くことのできないも のとなっており、これは、無線通信のために電波を中継 する、いわゆる通信衛星などに限られるものではないこ とに注目しておく必要がある。先般打上げられた電離層 観測衛星ISSの故障といった不幸な例をひくまでもな いことではあるが、衛星と地上との間の電波による連絡が とだえてしまっては、たとえその観測の機能が生きてい たとしても、それは何の役にも立たないわけである。 ISSからの電波の途絶は、我々に、今さらのごとく、宇 宙開発における電波の重要性を実感させた出来事であっ た。
 このように、宇宙開発における電波の役割はきわめて 大きく、電波のことを考えずして宇宙開発を論ずること はできないというのが実態である。電波研究に携わる当 所としては、宇宙開発の面でも、電波が十二分にその使 命を果せるよう、さらに積極的に研究を進めなければな らないと覚悟を新にするものである。地表から宇宙空間 まで電波が伝搬する時、電波がどのような径路を通り、 またどのように弱まるかといった電波の伝搬特性は、た だ宇宙飛しょう体と地上との無線交信に必要なばかりで なく、電波によって、宇宙飛しょう体の位置をきめ、ま た飛しょう体から地球表面のリモートセンシングを行う ためにも不可欠なものであり、さらに飛しょう体上で、 妨害を避けながら、目的とする電波を満足に受信するた めには、飛しょう体を囲む宇宙空間での、各周波数帯に おける混信や雑音の状況、いわゆる電波環境をじゅうぶ んに調べておかなければならないわけである。実験用中 容量静止通信衛星CS、実験用中型放送衛星BS、実験 用静止通信衛星ECSなどの直接実用を目ざした実験衛 星の外に、宇宙空間における電波環境の観視を目的とす る電波観測衛星(Radio Monitoring Satellite,RMS)の 計画を当所において考慮しているのもこの理由によるも のである。
 当所の宇宙に関連した分野の研究のスケールは、予算 面でも、また研究従事者数の面でも、他の部門に比して 格段に大きい。大き過ぎるという批判もないではない。 しかし、これは宇宙開発における電波の、他の何物によ ってもこれに代えることのできないその重要な働きを頭 に置いた上で考えなければならない問題であろう。そし て、この方面での成果をできるだけ他の研究にも生かす ように配慮していく必要があると思うのである。宇宙開 発に果す電波の重要な役割を改めて考えながら、この26 回目の電波の日に当って、一層の研鑽を誓っている次第 である。




中期在外研究員として訪問した各機関の概要


生 島 広 三 郎(通信機器部)

 昭和50年9月11日から同11月20日まで、科学技術庁の 中期在外研究員として下記の研究機関を歴訪する機会を 与えられ、予定通り帰国した。
 (1) 通信科学研究所(ITS)  :米国コロラド州ボル ダー市
 (2) ブラウン大学      :米国ロードアイラン ド州プロビデンス市
 (3) マサチューセッツ工科大学:米国マサチューセッ ツ州ケンブリッヂ市
 (4) アメリカカソリック大学 :米国ワシントン特別 市
 (5) 中央通信研究所(CRC)  :カナダ、オタワ市
 (6) カナダ遠隔観測センター :カナダ、オタワ市
 (7) 無線中央研究所(FTZ)  :西ドイツ、ダルムシ ュタット市
 (8) 実験用通信衛星地上局  :インド、アーメダバ ッド市
 これらの訪問先の中で、ITSに約半分の期間滞在し 短波による波浪遠隔観測技術関係を中心に調査を行ない、 他の研究機関についてはそれぞれ1〜2日程度の訪問を 行った。以下順をおって各研究機関の概況や感想を述べ ることとする。
 ITSは米国商務省の下にある国立研究機関であり、 昔、CRPLと呼ばれた研究所の流れをくんでおり、電 波研究所ともなじみの深い研究所である。現在の職員数 は約200名で年間予算は約500万ドルである。同じ場所に NBSやNOAAも同居していて,総称してボルダーラ ボラトリーズと呼ばれている。近所の人にはビューロー と言った方が通りが良いが、これはもともと建物が NBSのものであり、他の機関は間借りしているためであろう。
 予算の約70%はスポンサーからのものであり、また予 算のワクはプロジェクト毎に厳格にわかれている感じを 受けた。たとえば、ある研究者を、ITS事務局のアレ ンジにしたがって私が訪問すると、私と応待している時 間の研究者の給与は別ワクの予算から支給される。
 ITSでは所長のCrombie氏、Smith博士、Akima博 士ほか大勢の方にお世話になったが、特にSmith氏は私 の世話係として万事面倒を見てくれた。
 ITSの研究内容を見ると、大別して
 (@) スペクトラムの有効利用に関するもの
 (A) 電波伝搬に関するもの
 (B) 無線システム設計と評価に関するもの
となる。(@)は限られた電波のスペクトラムを、できるだ けたくさんの利用者が有効に使用できるようにしようと するものである。このため、通信システム間の干渉、通 信を希望する者の数と分布等を考慮し周波数割当計画に 寄与しようとするものである。(A)は電波伝搬理論を中心 に、電波雑音も考慮して各種伝搬路をモデル化しようと する試みが行われているほか、予報、警報関係や応用面 として電離層加熱、リモートセンシングの問題も取扱わ れている。(B)の分野ではスポンサーの要求による具体的 な通信システムの設計、例えば世界規模の気象観測デー タ通信網とか、米国全域に対する警報発令システム、電 子郵便用通信回線の研究等が取扱われている。その他、 衛星通信、光通信、データ通信関係の研究や、また通信 品質の評価法に関する研究も取扱われている。
 全般的な印象としては、スポンサーからの仕事が多い ためか、研究内容は現実的、具体的なものが多く、基礎 的研究の他応用研究の占める割合が増大しているように 感じられた。このため、研究者も従来の研究歴から見る と全く関係がないような新しい仕事に取組んで行く場合 も少くないようである。このような場合でもだいたい2 か月位で報告書をまとめると聞いて驚いた次第であった。
 ITS滞在中最大の関心事であった海洋波浪観測の研 究は、現在は主力がNOAAに移っているように思われ た。現在はITS、NOAAの他に米海軍が加わって、 SEA-ECHO計画と呼ばれる大規模な研究が行われ ている。この計画によれば短波帯を用いて沖合4,000q までの波高、波向、波の周期等が観測できる事となって いる。しかし実際の観測システムは西海岸のサンクレメ ンテ島にあり、見学することはできなかった。

 ITSに別れを告げてから東海岸に行き、3か所の大 学を訪問した。これらの大学では日程も短かく十分な見 学はできなかったが、何れも個人的に知っている教授に 会う事ができた。これらの教授は情報理論、符号理論関 係の教授であるが、いずれもこの分野ではスポンサーが なかなか見つからないとこぼしていた。また日本の大学 や研究機関でどのような研究をやっているかということ に非常な関心を持っていた。

 CRCはカナダ通信省所属の研究所でオタワ市郊外に ある。職員数は約600名であり、その半数が研究者であ り残りは技術者との事である。CRCの研究内容には軍 関係の研究も含まれているとのことで、所内の立入りや 写真撮影はかなりきびしい。通信全般の研究が行われて いるが、現在もっとも大きなプロジェクトは通信実験衛 星CTSに関するものであろう。訪問したときはちょう ど、間もなくCTSが打ち上げられるというので地上の 実験施設の整備に追われているところであった。CRC の構内から車で5分位の所に地上局があり、ここでも実 験装置の搬入調整が行われていた。この地上局の規模は 鹿島地上局にくらべればはるかに小じんまりしたもので ある。その理由は実験用設備の多くがCRCの本部建物 内に置かれているためであろう。
 CTS実験はアメリカと協同で行われているが、カナ ダ、国内の態勢を見るとCRC以外にも大学をはじめ多く の機関が実験に参加している。また実験項目もカナダの 国状からみて実生活に密着した具体的なものが多い。例 えば、テレビの遠隔地伝送、医療情報伝送実験等である。
 CRCではCENSARと呼ばれる多元接続システム や約70メガビットのFSKディジタル信号伝送実験等を 中心に見学したが、このプロジェクトの担当者である、 Nuspl博士は、電波研究所から誰か来てくれないかしら と語っていた。なかなか人を集めるのがむづかしいよう である。
 CRCではCTS以外にも衛星計画を持っている。そ の一つに極軌道衛星を用いる緊急、遭難通信システムを 作ろうとする計画がある。カナダでは1975年1月1日か ら、全航空機にEmergency Locator Transmitter(ELT) と呼ばれる特種な送信機の搭載が義務づけられてい る。この信号のドップラーシフトを衛星経由で観測し、 遭難機の位置を発見しようとするシステムである。


カナダ遠隔観測センターにて(右が筆者)

 カナダではCRCの他にカナダ遠隔観測センターを訪 問する機会を得た。ここでは航空機や衛星を用いた各種 遠隔観測資料が整然とファイルされた資料室があり、研 究者が自由に利用できるようになっている。衛星からマ イクロ波を用いて地球上を遠隔観測するための準備も進 められていたが、当時はこのような分野に直接の関心を 持っていなかったことと時間が少なかったことで十分な 調査が行えなかった。いま考えるとたいへん残念な気か する。

 西ドイツのダルムシュタット市はフランクフルトから 電車で1時間ばかりの所にある。ここに無線中央研究所 (FTZ)がある。これは西ドイツ郵政省の下にある組 織であり、研究的な事を行うものと行政的な仕事をする ものが同居して居り総人員は約2,300人という大組織で ある。
 FTZではMAROTS計画、SYMPHONIE計 画、放送衛星計画等の話を聞くとともに、いくつかの研 究室を訪問して研究者と話し合った。
 MAROTSはベルギー、フランス、西ドイツ、イタ リヤ、ノールウェイ、スペイン、スウェーデン、英国が 参加して1977年終り頃の打ち上げを期している海事衛星 である。海岸局と衛星間は15、12GHz帯が、また衛星と 船舶間は1.5、1.6GHz帯が用いられる。打ち上げロケッ トはデルタ3914、重量466sの三軸姿勢制御静止衛星で ある。SYMPHONIEはフランスと西ドイツが中心 になって計画した通信実験用の三軸姿勢制御型静止衛星 でソーデルタ2914で打ち上げられた。なお西ドイツの放 送衛星計画は1970年から検討が開始されたが、現在のと ころ打ち上げについては未定との事であった。FTZで は情報理論関係の研究者と相当長時間話し合う機会があ ったが、その研究者も何を研究していくべきか迷ってい るようで、我が国の研究について非常な関心と興味を示 した。

 インドへはボンベイから入国し、国内線の飛行機でア ーメダバッド市へ行った。飛行場には、以前鹿島支所へ 来たことのあるGupta氏が迎えに来てくれていた。
 アーメダバッドの市内から車で30分ばかりの所に、実 験用通信衛星地上局がある。ここではSITEと呼ばれ るテレビ衛星放送の実験が行われていた。敷地は鹿島支 所より広い感じであるが、構内には地上局だけでなく放 送用プログラムを製作するスタジオや他の研究を行って いる機関が同居しており、全体は宇宙応用センターと呼 ばれている。SITEはATS-Fを用いて、インド全 域に教育テレビ番組を放送し、その効果を約1年間にわ たって評価し、将来の本格的衛星放送計画の参考とする ために行われているものである。実験ではインド国内に 6地区を選び400台の受信装置が設けられ、直径2mのア ンテナで860MHzのテレビ信号を受信している。
 放送は朝と晩約2時間づつ行われていた。この実験に 用いられている地上設備は殆どインド国産とのことであ り、受像画面は十分見られる質で受信されていた。
 インドではその他、ソビエトと協力して遠隔観測用の 衛星を1977年に打ち上げる計画等があるとの事であった。
 以上、各訪問機関につき、極めて概略の説明を行った が、この出張のため、また出張期間中お世話になった方 々に厚くお礼を申し上げる。




逓信記念日の表彰について


 43回を迎えた逓信記念日の記念式典は、予定していた 4月20日が国鉄及び私鉄の“ゼネスト”にぶつかったた め、交通混乱を考慮し、延期されたが、中央式典は5月 7日に帝国ホテルで、地方式典は5月27日に各地方郵政 局及び沖縄郵政管理事務所の各所在地においてそれぞれ 盛大に挙行された。電波研究所では、5月7日に10時か ら講堂において記念式典が行われ、今年は、事業優績者 として特に電波研究業務に功績のあった個人2名と1団 体に対して表彰状と記念品が贈られた。
 この記念日に当たり表彰された当所職員

         大 臣 表 彰
通信機器部 物性応用研究室長 技官 五十嵐 隆
 極めて旺盛な研究心と卓越した技術とをもってよ く職務に精励しレーザー・レーダの開発研究を行 い斯界の技術の発展に大きく寄与した。
         所 長 表 彰
調査部 国際技術研究室長   技官 石川 三郎
 電波技術の国際的動向に関する調査及び研究に従 事し、その研究成果を国際無線通信諮問委員会及び 電波技術審議会に反映させるとともに国際的な研究 動向に絶えず注目して研究レベルの向上に多大の貢 献をした。
周波数標準部 主任研究官   技官 小林 三郎
 実用周波数標準及び標準時の設定と確度向上の研 究に従事し 実用標準施設の改良開発及び国内にお ける精密時刻同期方式の確立に幾多の成果を挙げ実 用標準の精度向上と標準電波の有効利用に多大の貢 献をした。
平磯支所 (団体)
 26年間にわたり一致協力して電波警報及び太陽電 波の観測研究の業務に従事し、極冠帯異常電離層吸 収現象の発見及び電離層じよう乱の予見性の改善並 びに電波警報の適中率の向上など価値ある研究成果 を挙げた。
      永年(30年)勤続功労者
電波研究所 湯原仁夫、高橋 達、河野 渉
      山口 伸、新保礼次、管原英治
      島田敏行、平 武治、新井幸一
電波研究所 大沼六郎、加藤仲夏、村上利光
      木下藤一、小井手文一、川上謹之介
平磯支所    水戸部 温
秋田電波観測所 山岡 己雄


郵政大臣表彰を受けた五十嵐 隆氏