橋 本 和 彦 (鹿島支所)
1. ATS-1との出会い
図 ATS-1の外観
表 ATS-1の諸元
3. ATS-1による通信実験
ATS-1による最初の実験は遷移軌道の第1アポジ
ーまでの間で測距の間をぬって行ったTVのループテス
トである。その後10日間で静止位置に静止し、TV、電
話のための特性取得の実験が測距と共に行われた。昭和
42年2月には電々公社との共同実験であるPCM-TDMA
の実験が行われた。これに続いてVHF中継器によ
る飛行機と地上の通信を鹿島でも受信する実験(昭和42
年6月)、ATS-1、インテルサットなどを結んで宇
宙中継の世界規模でのデモンストレーションを行う
“Our World”プログラムに協力(昭和42年6月)、NHKとの共
同実験としてカラー同期をPCMで音声マルチプレック
スに使う方式の実験(昭和43年1月)、そして前述した
MAモードを使用してSSB-PM-FDMA方式の実
験が昭和44年5月より昭和46年1月にかけて行われた。
NHKとのTDM-TVの実験のあと、周波数拡散多元接
続(Spread Spectrum Random Access;SSRA)の
実験が昭和46年10月に始まった。これは将来の小規模地
上局が自由にマルチプルアクセスで衛星通信(電話)が
できることを目標に開発した通信方式で、その伝送試験
と改良が行われた。現在もチャンネル容量を増加させる
研究がなされている。
このSSRAは改造して測距の機能をもたせることが
でき、昭和48年1月からこのSSRAを用いた測距方式
によりATS-1の測距を行ってきた。このほか通信実
験ではないが、前述したSSCCの地球写真の受像を昭
和45年1月より2年間行った。ATS-1から見える地
球の領域全体に太陽があたるのは日本時間の早朝になる。
担当者は冬の早朝には大変だったろうと思われる。SSRA
による実験では昭和50年夏に行った時刻同期の実験があ
る。機器をNASAのロスマン局にも持込み、米国の標
準時の正秒と日本のそれを衛星を介して比較するもので、
非常に良い結果が出て注目された。ATS-1による鹿
島でのいわゆる通信実験はこれが最後となった。
4. ATS-1の管制実験
上に述べたように衛星通信実験は10年以上の長い歴史
を持ち、日本の宇宙通信の幕開けから続いている。一方
衛星管制については歴史が浅く、最近になってCS、
BSが具体化し、衛星管制の知識が必要となり、開始され
た。話の発端は昭和48年6月にATS計画担当者らが日
本に来たときのNASA側からの提案である。彼らの最
大の関心はその翌年にようやく打上がることとなった
ATS-6についてである。このATS-6のために
ATS関係の地上局、運用管制センターはATS-1、3、
5による負担をできるだけ減らさねばならない。そこで
ATS-1の運用の肩代りを日本に依頼したいという希
望があった。その代り運用管制に必要なソフトウェアは
供給しようという条件である。日本側も管制についての
知識を必要とし始めた時期であったので担当者レベルで
は合意に達した。予算面のこともあって正式合意までに
1年間を要したが、昭和49年7月にはNASA側からコ
マンドエンコーダその他の機器の貸与をうけ8月から正
式な運用支援に入った。
運用支援は日本時間の昼間であって、分担の時間帯の
衛星の監視と必要なコマンドの送信が主なことである。
このほか静止軌道保持のためのジェット噴射による軌道
修正(約1ヶ月に一度)、2週間に一度の測距、また着
秋に起る衛星が地球の影に入る期間の運用がある。この
影に入る(蝕)時間は最大70分程であるが土、日曜日も
運用する必要がありATS-1の場合夕方の6時頃から
8時頃になる。そしてこれが春秋おのおの50日間ほど続
くのである。蝕に入る前にATS-1の場合、中継器を
全部OFFにし電力消費を最小の状態にして蝕に入らせ
る。一度VHF中継器をOFFにするのを忘れ蝕に入れ
てしまい、バッテリ電圧の異状な低下から気がついてあ
わててOFFにしたということがあった。バッテリ電圧
は下限の目途を26Vにしてあるが、23Vになると自動的
にバッテリは切離される。この時にはここまで行かなか
ったので良かったが、もしこれが起きるとテレメトリ系
もOFFになってしまう。以前にNo.1系のテレメトリ系
を一度OFFにしたらONするのに大変手こずった経験
がNASA側にあり、それ以後はNo.2系との切換えは行
わずNo.1をOFFにしないようにしてい
る。もし23Vを下まわっていたらテレメ
トリ系はONに再びならなかったかもし
れず、したがってATS-1は機能を停
止していたかもしれない。
我々はこのことから衛星の寿命は衛星
に使う部品の信頼性を上げることも必要
だが、その寿命を短くするような運用を
さけることも同じ程度に重要であること
を学んだのである。
一方供給されたソフトウェアについて
であるが、これが我々の一番の関心事で
あり、また一番労力を必要としたことで
ある。ソフトウェアの中で軌道決定プロ
グラム(DODS)は非常に大きいプログ
ラムである。 当所のセンタ計算機
TOSBAC5600/160で働くようにするた
めの作業を行ったが、約1年間を要し
てようやく期待した精度が出るように
なった。このDODSはいろいろな機能
を持っており、最初はまったくそのまま
の形で働くようにすることを考え作業を
進めたが、途中でそれではどうしても期
限に間に合わないことがわかり、必要な
機能に限定して働かせることに変更した。
10万ステップにも及ぶこの大きなプログ
ラムの変換作業に対しては最初に方針を検討するのに時
間を十分割いた方が、結局は早く終るということがわか
りこの点を反省しているわけである。このほかのソフト
ウェアもすべて働くようになった。この作業には情報処
理研究室の多大な助力を得ている。
これらのソフトウェアも使ってCS、BSへの応用を
念頭におきながら数種類の衛星管制実験を行った。最近
CS、BSの管制ソフトウェアについてメーカーと打合
せが多く開かれるが、この運用の経験が大いに役立って
いる。さらにAFC社、GE社が作っている管制オフラ
インソフトウェアの体系や軌道決定などの手法は我々が
NASAのソフトウェアで学んだものと大変良く似てお
り、理解する上で大きな助けとなっている。ATS-1
の管制運用やソフトウェアを使っていて良かったと感じ
ている今日この頃である。
5. あとがき
ATS-1の運用支援と管制実験は今年の7月末で終
了した。ATS-1と関係してちょうど10年、管制に携
ってちょうど2年が経過した。ATS-1と共に来た10年
間は鹿島支所の衛星研究の第1期といえるであろう。その
シンボルの30mアンテナも昨年取りこわされた。CS、BS
という自前の衛星を使っての第2期が始まろうとしてい
る。
10年後はどうなるであろうか。終りに話の重点が筆者
の体験の方に偏ってしまったことをおわびすると共に、
実験等に対し各方面から賜った御支援に改めて感謝申し
あげます。
所長 糟 谷 績
本年は米国各地で国際会議が催されることが多いよう に思われる。申すまでもなく合衆国建国二百年を記念し、 また、それにちなんだことによるものであろう。特に1776 年7月4日合衆国の独立を宣言し、初めての連邦政府の 首都(1800年、後にワシントンへ移転)となったフィラ デルフィアにおいては次々と内外の色々な行事や集会が 催されている。
開会式におけるエンターテイメント
(フィラデルフィア地方民族音楽舞踊)
太陽地球間物理学(STP)国際シンポジウムがコロ
ラド州ホルダーで行われたことは述べたが、この会合の
機会を利用してIUWDS(国際ウルシグラム、世界日
業務)の専門家会議が行れることになっており、筆者も
招へいされていたのでCOSPAR会合の後半の出席を
失礼して6月16日ボルダーヘ向い、6月17日、18日両日
を米国国立海洋大気庁(NOAA)のRadioビルデングの
IUWDSの専門家会議に出席した。委員長はフランス
ムートン天文台のP. Simon博士、幹事のNOAAの
Miss Lincoln,Doeker氏ほかHickman氏(この会議でDoeker
氏に代りsecretaryになった)Sargent氏、オーストラ
リアからCock氏、ソ連からDanilov博士、印度のKodia
博士等、他10名位が出席し、今回は各地区センターの責
任者全員の会合ができた。このことはホルダーの関係者
が大変喜んでいた。議題はウルシグラムメッセージの交
換の実情・予報の方法、黒点極小期の問題、コロナホール、
利用者の分析などについて、ひざをつき合せての会合で
あった。私はこれまで何度も米国を通過したが1960年1
月初めカナダ留学の帰路当時CRPL*へ3日間立寄っ
たのみで、非常に関係が深いにもかかわらず、以来、
NOAAへは一度も訪問できなかったので、非常に懐し
い気持で訪れたのであった。
勿論世界資料センタも担当していたのでその長であ
るMr. A. H. Shapleyのセンタをも見学した。Shapley
氏は非常に喜んでくれ、一夜自宅へ呼んでくれ、Kay夫
人と偶々帰省していた一人娘のCarol娘とともに大変な
歓待御馳走になり、さらにコロラド大学で公開していた
学生オーケストラの鑑賞までさせて貰った。これまで何
度も訪問しないので同氏から私はbad boyであるとなじ
られていたが、これでやっと再訪の役も果した。車でホ
テルまで送ってくれたShapley氏は、もうteaseしない
といってくれた。電離層データ研究者のMr. R. O. Conkright
は往復共デンバー空港まで出迎えて見送りをして
くれた。本当に楽しいホルダーの再訪であった。
*中央電波伝搬研究所 Central Radio Propagation Laboratory.
1. 衛星通信のためのミリ波ダイバシティ実験
(電波部) 乙津 祐一
ミリ波帯以上では、衛星通信のような高仰角伝搬の場合でも降雨
時における減衰はさけられない。それを補償する方法としては、ダ
イバシティ送受信等が効果的であり、必要欠くべからざるものである。
本報告は実際の衛星通信実験に先立って行れた35GHzのラジオメ
ータによる実験報告であって、15q間隔のサイトダイバシティ効果
及び富士山頂と山麓におけるハイトダイバシティ効果(高地と低地
の降雨減衰差の効果)についての減衰統計曲線を中心に、諸外国の
実験結果も含めてダイバシティ効果の検討を行う。
2. 技術試験衛星U型(ETS-K)によるミリ波伝搬実験計画
(1)計画の概要 (衛星研究部)石田 亨
(2)受信施設 (鹿島支所) 林 理三雄
(3)降雨強度分布測定装置
(第二特別研究室) 田中 浩
(4)実験の運用 (衛星研究部)畚野 信義
実験用静止通信衛星(ECS)は、ミリ波による衛星通信の実用
化をはかるための第一段階実験として、昭和53年度末期に東経145
度の静止衛星軌道へ打ち上げられる。そのため宇宙開発事業団は、
静止軌道への投入技術を修得することを目的として、昭和52年2月
衛星には郵政省の依頼により、伝搬実験用として1.7GHz、11.5GHz、
34.5GHzの互にコヒーレントな3波のビーコン発振装置が搭載され
る。電波研究所では昭和52年4月頃から約半年間にわたり、これを
用いてミリ波の高仰角伝搬特性についての実験を行い、各種のデー
タを得ることにより、ECS実験のための資料とする。実験は直径
10mのアンテナを有する地上受信局、降雨強度分布測定装置、天空
雑音温度測定装置、気象計等から成るシステムにより行う。この実
験の計画、施設、運用等について紹介する。
3. 乱流媒質内の光伝搬における強度分布−cluster近似−
(第三特別研究室) 古津 宏一
乱流媒質内の光伝搬においては前方多重散乱が主体となるが、こ
の場合の光波の強度に関するν次のモーメント方程式は、形式的に、
ν個の粒子が2体力で相互に作用し合っている多体問題における、
Schrodinger方程式と同一になる。従って、通常の相互作用表示を
用いてモーメント方程式を総ての次数にわたって形式的に解くこと
が可能であるが、これにcluster展開を行って高次のモーメントを
1、2、3次の低次のモーメントだけで表示する。この近似の有効
性は媒質のゆらぎの性質によって左右されるが、Kolmogorovのスペ
クトルをもつ乱流媒質においては非常に有効であり、最近のソ連に
おける1〜4次のモーメントに関する実験値(特にLog-normal値か
らのずれに重点を置いている)と非常によい一致を示す。次にこの
任意次数に対するモーメント表示式に基づいて強度分布を解析的に
求め、結果として(@)分布は強度の対数についてGauss分布に近
い、(A)強度について閾値があり、それ以上の強度をもつ確率は
ない、(B)閾値の所に振幅は非常に小さいが鋭いδ−関数の形を
した分布がある。ところで、この分布は媒質のスペクトルや平面波
又はビーム波等の条件に勿論依存するが、それは1〜3次のモ-メ
ントを通じて間接的に関係するだけであって、その意味で普遍的な
分布である。最後にKolmogorovスペクトルの乱流媒質に基づいて
clustor近似の適用条件について検討する。
4. レーザ波の利用とその現状
(通信機器部) 五十嵐 隆
マイクロ波以下の周波数帯が窮迫しつつある昨今、ミリ波以上の
周波数帯における研究開発を促進し、電波の総合的有効利用の確立
か望まれる。
ここでは、レーザ波の特性とその利用の現状を概説し、当所にお
けるレーザ研究の一端を紹介する。さらに、今後のレーザ波利用の
可能性と問題点、安全管理等について述べる。
5. 手書き漢字の自動判定
(情報処理部) 吉田 実
漢字がストローク(筆使い)構造を持つこと、手書き漢字を構成
する各ストロークか簡単な筆点運動モデルで表現可能であることの
二点を基礎に、判定対象文字を構成するストローク群を
Analysis-by-Synthesis法により抽出し、それらの相対分布から字種を判定する手
書き漢字自動判定システムの研究を行ってきた。手書き住所を対象
とした場合、ほぼ所期の目的を達成し得る見通しが得られたので、
計算機シミュレーション結果を中心に報告する。
6. 南極昭和基地における電波諸観測
(電波部) 若井 登
昭和31年の第1次南極地域観測隊の出発以来、電波研究所は、昭
和基地及び往復の船上での電波関係諸観測を担当して今日に至って
いる。この間延べ38人の職員を隊員として参加させ、電離層、オー
ロラレーダ、リオメータ等の定常的に行う観測、及び電界強度(短
波、中波、長波)、電波雑音、VLF放射等の特定のテーマに関す
る観測を実施してきた。また最近ではロケット、人工衛星を用いた
極地電離層の観測研究にも参加して多くの成果を挙げてきている。
本発表では、南極という厳しい条件下に設置されている観測諸施
設の現況を概説し、さらに各観測研究の目的と今までに得られた成
果について述べる。
9月16日
1. 線形予測フィルタの安定性について 吉谷清澄(通信機器部)
2. 狭帯域化FM方式の一実験
塚田藤夫、大内智晴、角川靖夫(通信機器部)
3. 誤りを含むM系列と元の系列の相互相関関数について
猿渡岱爾(衛星研究部)
4. 数個又はランダムな粒子を含む乱流媒質内での散乱理論−
特に逆散乱波強度について 古津宏一(第三特別研究室)
5. 地球表面における静止衛星アンテナパターン
篠塚 隆、林 理三雄(鹿島支所)
6. 超伝導空胴によるマイクロ波発振器の安定化
小宮山 牧児(周波数標準部)、平川浩正(東大理学部)
米海軍天文台(USNO)の運搬原子時計来所
現在、世界各国標準時の国際比較には、毎年行われる運搬原子時計
による比較データが最も重要視されている。昨年8月のATS-1
による日米精密時刻同期実験に併行して時刻比較が行われて以来、
約1年ぶりの本年9月13日に、再びUSNOの運搬原子時計が当所
を訪れた。その結果はヨーロッパ各国を経て世界一周した後に正
式に発表される予定である。
外国出張
猪股 英行 (通信機器部) 大気汚染ガス検出用レーザレーダ
システムの研究のためカナダ国へ出張(昭和51年9月1日から昭和52年8月31日)
来 訪
9月9日 Prof.J.P.McClure (米国・テキサス大学)
9月17日 Mr.Julian Y.dixon (米国・連邦逓信委員会(FCC)・
研究標準部長、国際無線通信諮問委員会(CCIR)・第1研究委員会(SG1)議長)
9月27日 Mr.Kraison Pornsutee(タイ国・通信省・郵電局・周波数管理部・
技術課長)
鹿島支所に管理課新設
当所鹿島支所には10月1日から新しく管理課が新設され、これまでの
庶務課と会計課が同課に組織された。