昭和52年度研究計画


 昭和51年度末に打ち上げられ(2月23日)、そのために我 が国初の、また世界で第三番目の静止衛星保有国となっ た技術試験衛星K型、きく2号の成功は、それ自身のミリ 波伝搬実験に対してはもとより、その後に行われる各種 衛星通信実験の幸先のよい開幕となった。引き続き今年 度に打ち上げられる予定の実験用中容量静止通信衛星、 実験用中型放送衛星、及び電離層観測衛星予備機の各種 実験の成功裡の遂行を想定すると、今年度は来年度と共 に、我が国にとっても(7月14日には静止気象衛星が打 ち上げられる予定)、当所にとっても恐らく空前絶後の人 工衛星繁忙の年となるであろう。この国家的事業として 託された巨大科学・技術の完全な遂行のため、当所では 予算・人員の面で非衛星研究部門に少なからぬ影響を与 えた事は否めない今年度の研究計画の特徴である。
 このため、昨年度当初に於いても行われた事であるが、 長年月続いて充分成果の挙がった研究題目等の終結の方 向への実現を敢行した。
 一方、時代の要請に応えて、超高周波ないし光波との境 界領域の電波の開発を、伝搬及び計測の両面から推進す る事を緊急時として、新たに組織・人員・予算に重点を 置いた事も、今年度の特徴である。
 更に、実験用静止通信衛星のための地上施設整備(昭 和53年度末打ち上げ予定)、情報処理連絡網組織の研究の 萌芽、電波・音波共用探査装置の開発等の新規項目を、 今年度の特徴として挙げることが出来るであろう。以下 に本年度研究計画の一覧を示す。

(企画部第一課)

研究計画一覧表1

研究計画一覧表2

研究計画一覧表3

研究計画一覧表4




超伝導空胴発振器の開発


安田 嘉之,小宮山 牧児(周波数標準部)

   はじめに
 発振器や信号発生器の応用の中には、周波数の正確さ はそれ程でなくても、レーダや多重通信のように、高い 短期安定度が特に要求される場合が意外に多い。また、 上の例のように、マイクロ波或いはそれ以上の周波数帯 の信号を使うことが多く、これの周波数安定度測定のた めの基準発振器或いは受動的な基準素子が必要となる。 前者の場合、一般には卓抜した基準発振器を見付けるこ とが困難なため、同一設計のいくつかの装置による信号 の相互比較から安定度を推定することが普通行われるが、 不経済な場合もある。また、後者の場合、基準素子とし て空胴共振器のような周波数弁別器を用い、信号の周波 数変動のスペクトルを測定するが、現在の方法では測定 精度改善の余地はそれ程ない。
 以下に述べる超伝導空胴発振器 (Superconducting Cavity Stabilized Oscillator,以下SCSOと略記する) は、上記のような目的には最適の発振器と言えるし、ま た、後述のように色々な素晴しい応用も考えられる。
 超伝導は、多くの金属や合金の直流電気抵抗が、およ そ10K(-263℃に等しい、Kは絶対温度)以下のある低 温(臨界温度という)で突然零になる現象で、1911年オラ ンダのオンネスにより発見された。超伝導体は原理的に は電気振抗が零だから、これでマイクロ波空胴共振器を 作れば、Q(Quality factor)の非常に大きいものがで き、これを発振器に利用すれば、極めて高安定度が得ら れることになる。1960年代では、共振器のQも高々5×10^6 であったが、スタンフォード大学などにおける素粒子研 究のための直線加速器への実用化に関連し、Qも後述の ように飛躍的に改善され、SCSOの驚異的な短期安定 度が実現された。
   超伝導空用共振器
 SCSOの最も重要な素子である超伝導空胴共振器の Qについて簡単にふれてみる。空胴共振器のQは空洞壁 の表面抵抗に逆比例する。マイクロ波周波数帯では、超 伝導体の表面抵抗は、臨界温度(Tc)以下では温度に対 して指数関数的に減少するが、実際の超伝導空胴ではこ の性質は絶対零度まで保たれず、ある温度以下では共振 器のQは飽和値に達する。さらに超伝導空胴では少量の 不純物、表面の酸化膜、機械的接合部のわずかな不完全 性がQを著しく低下させることになるので、製作上の十 分な注意が必要となる。材料として要求される条件を挙 げると、1)材料が十分な純度で得られること、2)複雑な 共振器の型に加工でき、表面が十分滑らかに仕上がり、 歪みの少ないこと、3)Tcが比較的高いことなどである。 以上の観点から、超伝導空胴の材料として、ニオブ(Nb、 Tc=9.25K)、鉛(Pb、Tc=7.19K)が適当だとされている。
 これら超伝導材料の加工には、数種の試みがなされて いて、最良の加工法はまだ定まっていない。スタンフォ ード大学では、円筒形空胴を2つのブロックに分けて、 Nb丸棒からそれぞれ機械加工した後、電子ビーム溶接で 接合し、超高真空での熱処理、さらに化学研磨し、最後 に109oHgの高真空で封じ切るという方式により、8.6 GHzでQ≒1×10^11を達成している。
 次に、超伝導空胴共振器の安定性について述べよう。 SCSOで周波数安定度を劣化させる原因として、ガン ダイオードなどの能動素子に固有のランダム雑音と、空 胴の共振周波数そのものの変動が考えられるが、ここで は後者だけにふれる。この変動は、SCSOの方式には あまり関係せず、最終的な周波数安定度を決定する。主 な要因を以下に示す。
 <温度> 温度変化により共振周波数が変化する。こ れは温度により空胴の機械的、電気的寸法が変化するこ とが原因である。このためデュワー(魔法ビンの一種)や、 共振器を収容するための真空容器の中を一定温度に制御 する必要がある。
 <非線形性> 超伝導空胴の共振周波数は、空胴内の, 蓄積エネルギーによっても変化する。このため発振源の 出力レベルの変動がFM雑音となって現れる。これは、 空胴への入射電力を小さくすることにより回避できる。
 <機械的歪み> 重力加速度や、空胴の向きの変化に よる共振周波数の変動が考えられる。
 <振動> 床の振動、デュワー内の寒剤の沸騰による 空胴の弾性変形が共振周波数変動の要因となる。
 SCSOの諸方式
 これまで各種の方式が試みられているが、共振器の使 用方法により次の3つに分類できる。
1) フリーランニングの発振器を安定化するための補助 共振器として使用。
2) 発振回路の中の単一共振器としての使用。
3) 単なる出力フィルタとしての使用。
このうち、すぐれた短期周波数安定度と、実用的な電力 が得られるという点で現在有望視されているのは、図1 の方式である。図1(a)は分類としては、1)に属する方式 で、空胴共振器を周波数弁別器として用い、発振周波数 のずれを、周波数調整用のバラクタのバイアス電圧とし てフィードバックし、安定化をしている。この方式の利 点は、ループ内の増幅器で、弁別器の感度を増大できる ので、室温で動作している雑音温度の高い発振器を用い ても、周波数安定度を改善できる点にある。スタンフォ ード大学ではこの方式で、測定時間10ないし1000秒で 6×16^-16の周波数安定度を得ている。図1(b)は、分類と して2)に属する方式で、半導体デバイスを負性低抗素子 として、共振器と一体にして極低温中に浸す。半導体デ バイスとして、パラメトリック増幅器を用いると、雑音 温度が20Kと低く、100mW程度の出力も得られるので、 すぐれた特性が得られるものと期待されている。この方 式は、コンパクトでシステムが一体となっているので温 度制御が容易である半面、熱消費、デバイスのパラメー 夕の変動が解決されるべき点として挙げられる。


図1 SCSOの代表的な方式

  SCSOの開発計画
 周波数標準値研究室でも昭和51年度からSCSOの開 発に着手した。システムの概略のブロック図を図2に示 す。図1(a)と同じ原理で、空胴の中心周波数は後の応用 のためにセシウム標準器の周波数とほぼ同じ9.2GHzに してある。


図2 SCSO装置ブロック図

 51年度にはこのうち低温装置の整備、空胴共振器の加 工(電子ビーム溶接まで、写真1参照)、電子回路部分の一 部整備を行った。写真2は低温装置の主要部で、右側の 細長い円筒が金属デュワー(ステンレス製)、中央部がデ ュワー内の液体ヘリウムの温度をその蒸気圧を調整する ことにより制御(精密さ±0.001K)する装置である。 液体ヘリウムの温度は1.5Kを予定している。


写真1 SCSO空洞共振器(ニオブ、9.2GHz、長さ約8cm)


写真2 低温装置(主要部)

 52年度には空胴共振器特性及び周波数測定系、電子回 路の残部の整備、低温装置の調整、空胴の種々の処理 (前述)とQなどの特性測定を行う(Qの目標値は10^8)。 またSCSOの短期安定度を水晶発振器で測定し、1×10^-12 (水晶による測定の限界)を目標としている。
 53年度には改良型のSCSO一式の整備を予定している。 その際、空胴特性の改善(Qの目標10^9以上)とその周波 数微調機構の設備、また、1台のデュワー内に2ないし 3個の空胴を収容し、それぞれ独立に温度制御(精密さ ±0.0001K)することを計画している。2式のSCSO により安定度評価を行う(目標1×10^-14/分)。
 54年度には現在の方式(図2)の最終年度として、空 胴特性と微調機構、低温装置、電子回路、防振など安定 度に影響する要因につき最終的な検討を行う(目標安定 度1×10^-15/分以上)。
  SCSOの応用
 SCSOの応用には次のものがある。
 (1)周波数安定度測定のための基準発振器、
 (2)セシウム標準器の確度評価のための参照信号、
 (3)光領域への周波数逓倍のための信号源、
 (4)超長基線干渉計(VLBI)用の局部発振器、
 (5)相対論効果の検出、
などである。




科学技術庁の昭和52年度研究功情者賞受賞
−周波数拡散多元接続通信方式(SSRA方式)に関する研究−


衛星研究部・通信衛星研究室長   塚 本  賢 一


 塚本室長は4月19日東京農林年金会館において開催さ れた科学技術庁の表彰式で研究功績者賞を受賞した。本 表彰制度は、科学技術に関して優れた研究成果をあげた 研究者に対し、科学技術庁長官賞を贈って研究功績者と して表彰し、研究者の研究意欲の向上に資することを 目的として昭和50年度に新設されたもので、当所では2 人目の受賞である。
 本表彰の対象となった研究テーマは“周波数拡散多元 接続通信方式(SSRA方式)に関する研究”であって、 同室長は旺盛な研究心と卓越した知識に基づき長期にわ たる努力の結果本研究を完成したものである。
 衛星中継器を介して多数の地球局間を結ぶいわゆる多 元接続として、従来周波数分割方式や時分割方式が開発 されてきたが、運用上の制約や所要地球局の規模等で一 長一短がある。 SSRA方式はこれらの欠点を克服して 小規模局間で自由に交信できる新しい通信方式であり、 同室長はこの実用化のための装置を開発し、鹿島支所職 員とともにATS-1衛星実験によりその有用性を実証 した。本方式は情報変調としてアナログ(FM)または デジタル(PCM)変調を行い、さらに多元接続変調と して高速擬似雑音符号(クロック周波数16MHz)による 2相位相変調を行い、情報変調波のエネルギーを中継器 のもつ広帯域にまで拡散して送信し、受信側では相手送 信側と同一の擬似雑音符号(PN符号)て、希望相手局信 号を相関検出し、情報復調するものである。多元接続変 調に使用するPN符号のパターンを各局ごとに割り当てる ことにより、希望する相手局を任意に呼び出すことがで きるものである。本方式の特徴は、タイミングや周波数 の制御が不要であること、衛星の送信電力、周波数帯域 幅を常に最大限に活用 できること、秘話性、 耐干渉性に優れている こと、通信と同時に精 密距離測定ができ移動 局の位置標定に有力な 手段を与えること、中 継器の許す同時通信可 能回線数を遥かに上ま わる潜在ユーザ局をそのシステム内に包容できること等 である。これらの特性は何れも移動局対象の多元接続通 信に必須の条件で、SSRA方式はこれらを十分に満す 魅力ある方式として開発され、離島局、陸上移動局、船 舶、航空機局、災害時の連絡等を対象とする衛星通信に 適用されることは必須であり、与えられた資源(電波) を有効に利用するという時代の要求を満し社会への貢献 度は極めて高いものと考えられる。
 受賞された同室長の今日までの努力の結晶に敬意を表 するとともに、今後なお一層の活躍を念願するものであ る。




逓信記念日の表彰について


 第44回逓信記念日の記念式典は、今年も4月20日が国 鉄及び私鉄のストライキのため延期され、電波研究所で は5月6日に10時から講堂において記念式典が行われた。 また、地方式典(東京)は、4月26日に歌舞伎座で、中 央式典は、 5月6日に帝国ホテルでそれぞれ盛大に挙行 された。
 この記念式典で、特に電波研究業務に功績があった個 人2名と2団体に対し、事業優績者として表彰状と記念 品が贈られた。以下に、当所関係表彰者を紹介する。

         大 巨 表 彰
第二特別研究室長  技官 福島  圓
 音波レーダを開発し大気の微細な状況の観測に成 功し対流圏伝搬の基礎資料を得る等多くの優れた研 究成果を挙げた。
通信機器部 海洋通信研究室(団体)
 電磁波を利用しての海洋開発分野において基礎研 究並びに応用研究を行い、レーザ光の海中伝搬特性 の解析、実験、機器開発等海洋開発に対する応用技 術を大いに前進させた。
         所 長 表 彰
電波部 主任研究官 技官 乙津 祐一
 フェージング機構の解明をはじめ大気減衰の精密 測定、ラジオメータの開発、ミリ波ダイバシテイ実 験等を行い、ミリ波電波伝搬の基礎的分野において 大いに貢献した。
通信機器部 機器課(団体)
 無線機器型式検定業務において規則改正に伴う集 中的業務を一致協力し、多くの困難を克服して完遂 した。
      永年(30年)勤続功労者
本 所   田尾一彦 福島 圓 中村幸三郎
      今野清恒 中島政雄 中村嘉彦 菱山 勇
      三浦福富 滝口寿夫 早川与四郎
      根本平七 田倉巳之助 西崎 良
      杉内英敏 田口庄次 小室英雄 東村政市
      秋田錦一郎 笹井一重 高山三智子
      矢沢栄一 鴨下ふさ 村松金也 斎藤嶋蔵
秋田電波観測所 小角鉄弥
山川電波観測所 西嶋千雄