郵政省の「宇宙開発計画」に関する要望事項について


 本年もまた宇宙開発計画の見直し作業が5月から6月 にかけて,電波研究所並びに電波監理局宇宙通信企画課 及び宇宙通信開発課との間で討議されてきたが,6月下 旬に郵政省の最終案がまとまり宇宙開発委員会へ提出さ れた。本年度の要望事項について,昨年度との相異点 を中心に解説をする。昨年度の「宇宙開発計画」に関す る要望事項については,電波研究所ニュース1976年8月 第5号に掲載されているので参照していただきたい。
 本年度の大きな特徴は,宇宙開発委員会の今後15年程 度の長期開発計画に呼応して,郵政省としても衛星の種 類を利用目的別に整理分類したこと並びに各種衛星の打 上げ年度計画を遅らせたことである。衛星の名称につい ては観測衛星,通信技術衛星,実用衛星の三つの範ちゅ うに分類し,電離層観測衛星や電波観測衛星は観測衛星 に,通信技術衛星(ACTS-G)*や海上通信技術衛星 (ACTS-MAR)**は通信技術衛星に分類される。し たがって,従来の「実験用」は実用に引き継ぐための衛 星と解されることから,通信技術の研究開発を目的とす るもの,及び従来の「CS」,「BS」,「ECS」等の衛 星は通信技術衛星の分類に含まれる。実用を目的とした 通信衛星,放送衛星は実用衛星に分類される。
 次に個々の衛星計画について述べてみる。
1 電離層観測衛星
 昨年度要望したISS予備衛星(ISS-b)は要望 通り不具合の検討結果,本年3月9日に宇宙開発委員会 によって決定された宇宙開発計画(昭和51年度決定)に より昭和52年度(昭和53年2月)に打上げが決定したが, 本年度の見直しではこれと同型の第2号電離層観測衛星 (ISS-2)を昭和57年度に打トげることを要望して いる。ISSの名称について昨年度の見直しと多少の混 乱があるので説明したい。昨年度の見直しでは,ISS の予備衛星はISS-2として取扱われたが,その後この 予備衛星はISS-bと呼称されているので、,その次に打 上げ予定の衛星はISS-2となる。したがって昨年度 要望したISS-3と本年度要望のISS-2とは名称 番号が異なっているが同じものである。ただし,本年度の 要望では,次の衛星の打上げを昨年度の予備衛星に引き 続きという表現に対して打上げ年度を昭和57年度と明記 した。
2 電波観測衛星(RMS)***
 この衛星構想も昨年度提案したものであるが,昨年の 宇宙開発委員会の審議でのミッションが総花的であると いう批判を考慮して,目的並びに観測領域を統一的に整 理した。宇宙空間における電波利用の需要は通信の分野 のみならず,宇宙及び地球環境の遠隔探査,宇宙空間内 現象の直接測定等今後益々増大する一方である。これに 対処して電波観測衛星は電波の効率的利用を図るために 地表から宇宙に至る空間の電磁的環境を継続的に観測し, これが無線通信に与える影響,電波スペクトラムの占有 状況を把握することを目的とする。そのために次の3項 目の衛星搭載用電波計測機器の研究開発を行う。

 (1) 地上電波環境観測装置
 (2) 対流圏電波放射吸収観測装置
 (3) 電離圏観測装置

すなわち上記(1)によって地上における信号(HF帯)並 びに都市雑音(VHF,UHF帯)を衛星で受信し,周 波数有効利用の基礎資料とし,(2)によってミリ波,マイ クロ波帯電波の伝搬に影響を与える対流圏媒質の特性, 更に(3)によって電離層の状況を常時観測する。昨年度は 昭和57年度の打上げを要望したが,本年度はISS-2 の打上げを昭和57年度として要望しているのでRMSは 時期を遅らせて昭和60年度打上げを要望した。
3 通信技術衛星(ACTS-G)
 これは昨年度実験用静止通信衛星U型(ECS-U) として,昭和58年度打上げを前提として50/40GHz帯の ミリ波通信システム,及び移動衛星(RMSを想定)と のデータ中継システムの研究開発を行うものとして要望 したものであるが,宇宙開発委員会技術部会において二 つのミッションを一つの衛星で行うことについて技術的 に再検討の必要性を指摘された。これらのことを踏 まえて将来通信技術衛星シリーズとして新周波数帯によ る衛星通信技術の開発,周波数再利用技術の開発,新し い宇宙通信システム技術の開発,高性能ミッション機器 の開発等の研究開発を行うこととする。その第1号衛星 では衛星間データ中継を計画し,そのために展開型衛星 アンテナ技術,マルチスポット・ビーム技術の研究開発を 行うことを計画している。衛星は三軸安定方式の重量約 350sの静止衛星を考えている。
 以上,本年度の見直し計画に際して,当所に関連する 衛星計画について昨年度の要望と比較して解説した。

(企画部長  田尾 一彦)


(注釈)   * ACTS-G:Advanced Communications Technology Satellite−General の略称で,昨年度実験用静止通信衛星 U型(ECS-U)として要望したものである。
     ** ACTS-MAR:Advanced Communications Technology Satellite−MARitime の略称で,昨年度移動業務用通信 実験衛星として要望したものである。
    *** RMS:Radio Monitoring Sateliite の略称。



(参考資料)
宇宙開発計画の見直し要望(郵政省)

1 観測衛星
 (1) 第2号電離層観測衛星(ISS-2)
 電離層観測を継続するため,電離層観測衛星(ISS-b) に引き続きこれと同型の衛星(ISS-2)を 昭和57年度に打上げることを目標に開発を行う。なお, 衛星による電離層観測は,この衛星以降,電波観測衛 星で行うものとする。
 (2) 電波観測衛星(RMS)
 電波の効率的利用を図るために必要な対流圏放射・吸収 状況の観測,電離層の観測及びこれらの電波環境に 影響を与える宇宙空間の諸現象の観測並びに地上電波環境 の観測を行うことを目的とした電波観測衛星(RMS)を昭 和60年度に打上げることとし,所要のシステム及びミッシ ョン機器の開発研究を行う。なお,観測は太陽活動周期の 少なくとも1サイクルにわたって継続して行う必要があるの で,衛星の寿命期に次期衛星を打上げるものとする。
2 通信技術衛星
 (1) 通信技術衛星(ACTS-G)
 将来の衛星通信の増大及び多様化に対処するために は,電波利用の効率化を図るための各種宇宙通信技術の 開発を長期的見通しのもとに一貫して進める必要がある ので,通信技術衛星シリーズとして開発を行うことと する。当面,周回型衛星と地上との通信範囲の拡大を図 ることを目的として衛星間通信技術の確立を急ぐことと し,このために通信技術衛星(ACTS-G)を昭和61年度 に打上げることを目標に,システム及びミッション機 器の開発研究を行う。
 (2) 海上通信技術衛星(ACTS-MAR)
 現在の船舶との通信システムは,品質,容量等に問題 が多く,これを改善するために国際的にはインマルサ ット設立の準備が進められているが, これとは別に我 が国の実情に適した海上通信システムを開発することを 目的として昭和59年度に海上通信技術衛星(ACTS-MAR) を打上げることとし,そのためのシステム及 びミッション機器の開発研究を行う。
3 実用衛星
 以下省略.



URSI-F分科ラ・ボール公開シンポジウムに出席して


小 口 知 宏(第三特別研究室)

   はじめに
 1975年のURSI(国際電波科学連合)第18回総会に 於いて,URSIの改組が行われ,多くの議決がなされ たが,その中の一つに「3年ごとの総会の間に,各分科会 に於いては公開のシンポジウムを行うことが望ましい」 という一項目がある。非電離大気中の波動現象を扱うF 分科会に於いても,これを受けて1977年4月28日から5 月6日迄フランスのラ・ボールに於いて第1回目の公開 シンポジウムを行うこととなった。1976年1月にF分科 の会長Dr F. Eklundを委員長として10人からなるプロ グラム委員会が作られ,筆者もその一人としてシンポジ ウムに協力することとなった。以後,1年半ほどにわた ってシンポジウムの扱うべき研究テーマの決定,論文募 集,論文査読,セッションの構成,座長の決定等がこの 委員会を通して行われた。一方,フランスの組織委員会 はP. Mismeを委員長として会場,ホテルなどの決定, 種々の催しの決定,論文集の印刷等を受けもった。この 仕事を通じてEklund,Mismeなどの精力的な働きに大き な感銘を受けたが,特に受理された論文件数が140件を 越え,並列セッションが避けられぬことになった時,あ らゆる論文の組合せを考え,参会者の興味が出来るだけ 重なり合わぬ様に並列セッションに論文を割り振るため に払ったEklundの努力には並々ならぬものがあった。
   シンポジウムのあらまし
 シンポジウムはブルターニュ地方の美しい海浜の避暑 地ラ・ボールで行われた。論文件数は約140件,参加者 は200名ほどであった。我が国からの出席者は上智大学 の鵜飼重孝教授,国際電電研究所の小川明義氏, CCIR(国際無線通信諮問委員会)職員としてジュネーブに 来ておられる郵政省大滝泰郎氏,それに筆者の4名であ った。会議の冒頭の一部は大部分の参加者が宿泊したオ テル・エルミタージュで行われたが,それ以外は海岸に そって500mほど離れたカジノに於いて行われた。
 Eklundの開会の辞,URSI事務局のMinnisの挨拶, Dr. Saxtonの「URSIとCCIRの関係について」の 講演に次いで,各セッションに分れて研究報告が行われ た。セッションの一覧を表に示す。以下,いくつかのセ ッションについて印象に残った点など述べてみよう。


表 ラ・ボール公開シンポジウムプログラム

 4月28,29の両日はB1 セッションを除いて,主とし て晴天時の大気構造と電波伝搬に関するものであるが, この分野では理論・実験ともに米国NOAA(国立海洋 大気庁)のWave Propagation Laboratoryのグループ が依然主要な位置を占めていることを感じた。また,ミ リ波伝搬の実用化がせまるにつれ,この周波数帯での大 気ガスによる電波吸収が一つの 問題となっているが,各吸収線 の強さ,幅などの詳細な測定, 吸収線の裾の部分での吸収量の 測定など注目すべき実験結果が 報告された。ダクトによる伝搬 現象を理論的に計算することは 古くから行われているが,大型 計算機の使用により,大気屈折 率の鉛直構造がかなり複雑な場 合についても伝搬状態を示すグ ラフが立ち所に得られる様にな った点も注目される。また,F1 a セッションで報告された論文 の中で,直交2偏波レーダによ り測定された雨の反射因子から 雨滴の粒径分布関数を決定する ことの可能性を論じた論文も注 目された。
 5月2日と3日午前のセッシ ョンは,降雨による電波の減衰,散乱に関する研究成果 をまとめたものである。理論のセッションでは,非球状 雨滴の散乱特性を,連立積分方程式を数値的に解くこと によって得るという研究が,独創性の点から最も評価出 来ると思われた。そのほか,直交2偏波が雨の層を通る 時の減衰や交差偏波識別度に,雨滴間の多重散乱効果がど の程度きくかを理論的に検討した論文が4件ほどあった。 少くともミリ波程度の周波数では多重散乱効果はほとん ど問題にならない様であるが,いずれにしろ理論計算は まだ完全でないので更に高い周波数をも考慮した場合の 研究をなお進める必要のあることが痛感された。実験の セッションでは,降雨減衰の測定,降雨確率分布に関す る統計的研究など従来からの研究データに新しい資料を 加えた報告が多かった。この中で上智大の鵜飼教授の報 告は,雨滴の粒径分布をオイル法という極めてユニーク な方法で観測した結果と,雨滴落下角を写真観測した結 果とをまとめたもので,いずれも現在測定結果が待たれ ていたものであり,反響を呼んだ。
 5月4日と5日午後には地球−衛星回線での伝搬実験 に関するセッションがあった。米国のATS-6号衛星 は約一年間欧州での実験に供された。欧州大陸の各国及 び英国で20,30GHz信号を受け減衰,交差偏波識別度な どの測定が行われた。降雨と減衰及び交差偏波識別度と の間にはかなり良い相関のある場合と,全く相関の認め られない場合とがある。降雨との相関のない場合はブラ イト・バンド及びそれより上方での氷片が作用している ことが考えられ,氷による散乱の計算なども試みられて いる。また,雷放電が起ると交差偏波識別度が急激に変 化することが観測されたが,これは強電界により整列し ていた降水粒子が,放電と同時にばらばらな方向をむく ことに関係していると考えられる。そのほか,ATS-6 号以外の衛星実験では,米国のベル研究所などによる COMSTAR衛星を用いた実験が基本設計,装置の点か ら信頼性の高い実験であることが感じられた。
 このシンポジウムで報告された論文は,各著者の推こ うと通常の査読を経た上,セッションA,B,Fは Radio Science誌の,セッションC,D,Eは Annales des Telecommunications誌のそれぞれ来年1月号に掲載さ れる予定である。


C1aセッション司会中の筆者(右下)

   CCIR中間作業班5/3
 このシンポジウムの機会を利用して,4月30日午前, 5月3日及び4日の晩,CCIRのIWP(中問作業班) 5/3が開かれた。従来のCCIRテキストをより統一のと れた現状に合ったものにするため,IWP5/3の議長 Mismeはこれを現象別に7つのテキストに再編成した。 この分割案については各国とも全く反対意見はなかった。 本年初頭に行われたWARC-BS(12GHz帯における放 送衛星計画に関する世界無線通信主管庁会議)のCCIR に対する勧告中に,「砂あらしによる電波の減衰の研 究を進めること」というのがあるが,これに対応出来る よう新テキストの文案を変更した。また,同勧告のうち の一つに関連して,通信に対して降雨が最も悪影響を及 ぼす月,いわゆるワースト・マンスという言葉にCCIR としての定義を与えるべくはげしい討論が行われ,比 較的合理的と思われる定義づけが行われた。そのほか, 二,三の問題が討議され文章に盛込まれたが,紙面の関 係で省略する。これらの草案は,細かい部分の改訂を含 めて最終的には今秋ジュネーブで行われる最終会議Aブ ロックに於いて採択されることになる。
   その他の催し
 以上の会議のほか,URSIのプログラム委員会も夜 間に3回程開かれたので連日早朝から夜まで極めて多忙 であった。これらの会議の疲れを取去ってくれるのがエ ンタテインメントのプログラムで,まとめると
4月29日(金) 18:30〜 カクテル・パーティー
  30日(土) 午後   サン・ナゼールの造船所見学
5月1日(日) 1日中  モン・サン・ミシェルヘ旅行
  2日(月) 21:00〜 ブリッジ・トーナメント
  3日(火) 21:00〜 オルガン・コンサート(ゲラ ンドの13世紀の教会にて)
  5日(木) 20:00〜 ディナー,フォーク・ソングとダン スである。5月1日の日曜日はノルマンディ地方,コタ ンタン半島の付根にあるモン・サン・ミシェルまで旅行 した。モン・サン・ミシェルはエッフェル塔,ヴェ ルサイユ宮殿,凱旋門に次ぐ有名な観光地とのことであ る。海岸から少しはなれた小さな島いっぱいに巨大な僧 院が作られている様は確かに壮観である。この僧院の起 源は数世紀にまでさかのぼるという。5月3日の夜はラ ・ボールから車で15分程度の所にある城郭に囲まれた中 世さながらの町ゲランドの教会でオルガン・コンサート があった。プログラム最後の即興曲では種々のフランス 民謡が飛出し,楽しい雰囲気を作った。
プログラム終了後,カナダのStricklandが飛入りでバッ ハに挑戦したが,相当の経験を積んでいると思われた。 5月5日のディナーには,バグパイプの音と共にブルタ ーニュ地方の民族衣裳を着けた男女が現われ,種々の踊 りを披露し,そのあと女性同伴の参加者はダンスに興じ た。これはエンタテインメントのプログラムの中でもハ イライトといえるべきものであった。




電波観測所めぐり その1 稚内電波観測所

   はじめに
 200海里と日ソ漁業交渉に揺れ動いた最果ての漁港稚 内に電波観測所のあることを知る人は少い。当所が発足 したのは,昭和21年7月のことで,電波研究所の所管に なってからもすでに満25年を経過した,電波観測所めぐ りのトップバッターとして,当所の歴史,研究業務の現 況,風土などを紹介する。
   30年の歩み
 第2次大戦後の荒廃した日本に,電離層の観測が認め られ,緯度5度毎のネットワークの最北端を受持つこと になったのが当観測所の前身である。文部省電波物理研 究所は,早速旧大湊海軍通信隊稚内分遣隊稚内受信所の 施設を引継ぎ,寄せ集め部品による観測機を持込んで, 昭和22年3月から観測業務を開始した。
 日本北部の電離層の観測が業務の主体であったことは いうまでもないが,電離層変動に関係の深い地磁気の観 測も,開所後間もなく防空壕を利用して始められた。当 時の電離層観測機は両手両足を駆使して行う手動式であ ったため,昼夜休日の別なく定時に行う観測を誰いうと なく「蛸おどり」と呼んだ。昭和23年5月の礼文島の金 環食には,大観測隊が米軍専用列車で派遣されてきた。 電波関係は所内をはじめ市内の学校を使用して各種の観 測を行った。
 昭和20年代の後半には,電離層の観測の他に,標準電 波の受信や,東京−稚内,山川−稚内間の短波遠距離伝 搬実験などの研究が行われた。自動記録式観測機の導入 により,名物の蛸おどりが消え去ったのもこの頃である。 機構的には,電気通信省,電波監理委員会などを経て, 昭和27年8月に郵政省所管となった。
 昭和31年に地域の特徴を生かした降雪に伴う電波雑音 の研究が行われたD昭和32年7月から始まった「国際地 球観測年(IGY)」は,電離層研究にとって画期的であ ったばかりでなく,観測所にとっても一転期となった。 従来の毎時観測は15分毎に変り,電離層の変動が克明に 追究され,特に有史以来ともいえる大規模な電離層じょ う乱と関連現象が明らかになったことにより,地球物理 学は格段の進歩を遂げた。当所の不断の観測と研究が果 した役割は大きいと信ずる。
 昭和41年 には,旧赤 レンガの建 物ともお別 れし,モダ ンな一部2 階建ての現 庁舎が建設 された。地 磁気観測が 電離層研究 のためだけ でなく,地 震予知とも 関連する地 殻構造研究 の一環(上 部マントル計画)として,運輸省,大学との共同観測に 参加したのもこの頃である。
 昭和48年第15次南極観測には,当所職員が参加し,研 究と寒冷地の経験を大いに生かして活躍した。
   現在の研究
 電離層の定常観測については,国内の他の観測所同様 観測から電離層データになるまでの一連の業務を一日の 休みもなく継続している。得られた観測資料は本所(東 京)と結ばれた計算機端末を介し,本所の電算機により 処理され,「電離層月報」として定期的に公表されている。 電離層観測衛星の上空通過時には,地上からも連続観測を 行い,立体的な研究が進められている。また西太平洋地 域警報センターである平磯支所に対し,毎日の電離層の 概要を通報し,電波警報発令に役立てている。
 地域的な研究としては,前述の地磁気の測定と短波 (標準電波5及び10MHz)の電界強度の測定がある。昭和 51年からは,「国際磁気圏観測計画(IMS)」に参加し, VLF帯のエミッション観測を開始した。これは磁気圏 内で発生し,地球磁力線に沿って伝搬して受信される。
   将来の研究
 当所は,電離層観測を主体にした電波観測所から,ひ ろく電波技術の研究を行う施設として脱皮しようとして いる。
 その第一歩がCS-BS計画への参加である。昭和52 年11月には実験用中容量静止通信衛星(CS)が,昭和53 年2月には実験用中型放送衛星(BS)がそれぞれ打ち上 げられる予定である。日本国内にいくつかの受信局が配置 されるが,その中でも稚内は仰角が最も低く,しかも衛星 のアンテナビームのフリンジ(縁)にあたる重要な位置 にある。BSに対しては,受信専門局として,間もなく 受信設備が設置されようとしている。CSに対しては, SCPC(Single Channel Per Carrier)通信方式の実 験とKバンド・ビーコン波による電界強度測定が計画され, 昭和53年秋には一連の施設が設置される予定である。


稚内電波観測所 全景

   稚内の風土
 稚内の年間平均気温は6度であって,短い夏で25度を越 すことは数日しかない。冬は長く寒さは厳しいが,せい ぜい-20度位である。内陸に比べ気温変化の幅が少く, 道北では恵まれたところである。付近には,利尻・礼文 両島や日本最北端の宗谷岬があり,風光めいび,訪れる 観光客も年間100万人を超えようとしている。5月末か ら6月にかけ一せいに開花する原生花園の光景は筆舌に 尽せないものがある。市内の稚内公園は南極犬タロー, ジローが特訓をうけたいわば樺太犬のふるさとであり, また氷雪の門,乙女の像もある。ここからの景観は再三 テレビでも放映された。新鮮な魚介料理の味は格別であ る。
   おわりに
 当所は,目下新しい研究の方向に転換する時期であっ て,現在員7名が開拓精神に燃えて頑張っている。研究 所の若人の来椎を期待するとともに,関係者各位には一 層の御指導・御支援を賜りたい。

(稚内電波観測所長  小泉 徳次)


短   信


 CCIR第14回総会の日本招請
国際電気通信連合(ITU)の常設機関の一つである国 際無線通信諮問委員会(CCIR)は来年夏に第14回総会 を予定しているが,郵政省は,去る6月7日,ITUの 管理理事会において,同総会を招請する旨を明らかにし た。これに伴ない郵政省電波監理局内に準備室が設置さ れた。
 同総会の会期は来年6月に2週間半を,会場は国立 京都国際会議場を予定している。



  第52回研究発表会
 6月8日,当所講堂において第52回研究発表会が開催 され,外部から175名の来聴者を迎え,午前3件,午後3 件の発表が行われた。特に午後の部のCS,BSの実験 計画並びに地上施設の発表については活発な討論が行わ れた。