炭酸ガス・レーザによるオゾン・モニタ


五十嵐 隆,浅井 和弘(通信機器部)

 高度成長時代の落とし子として生まれた公害問題は, 大気,水質,土壌等,われわれのまわりにあるすべての 環境にまで波及している。なかでも,大気汚染は知らず 知らずのうちに人間を含むすべての動植物の生命をむし ばんできつつあり,その影響の大きさが深刻な社会問題 となって久しい。それゆえ環境問題は,今日,われわれ にとって早急に解決を迫られている最も重要な課題の一 つである。
 人間活動の影響によって生じた環境汚染が,人類の生 存に懸念を与えはじめたのは十数年前のことであり,そ の影響を科学的に測定し,把握する試みはまだ歴史も浅 く,技術的にも非常に不完全なものである。公害問題が これほど騒がれているにもかかわらず,汚染物質の測定 法の多くは,従来からある化学分析法,すなわちwetな 方法である。確かにこの方法は徴量な濃度を測定するの には向いているが,分析に時間がかかる,汚染物質のサ ンプリングが必要,他のガスの妨害を受けやすいなど, 測定法自体の問題があると同時に,広域監視を必要とす る場合には,数多くの測定機を設置しなければならない し,高度分布の濃度測定に対しては,バルーンなどを必 要とするなどの経済的問題も生じてくる。測定法そのも のに対する問題点の解決としてdryな方法,すなわち化 学発光法や非分散型赤外吸収法などが実用化されつつあ る。しかし,このdryな測定法とて,一測定機に対して 一地点での濃度しか測定できない。これらの問題すべて を一挙に打開する測定法として考えられたのが,レーザ による大気汚染監視法である。
 レーザ光による種々の測定法は,原理的には,@一地 点からの遠隔測定による広域モニタができる。A3次元 的汚染濃度分布の測定が可能等,従来からある各種測定 法に比し,非常に優れた特長を持っている。反面,レー ザ光源自体の問題(高出力化,出力安定性等)や,測定 系の複雑さなどの理由により,長い間前述の優れた特長 が十分に発揮されなかった。しかし,ここ3,4年間に は,野外実験においてNO2(窒素酸化物),CH4(エチレ ン),O3(オゾン),CO2(一酸化炭素),SO2(亜硫酸ガス) 等大気中の汚染ガスの定量的測定に成功しはじめて来て いる。これら,各種汚染ガスの定量測定に成功している 実験の多くは,光と物質との間で起る吸収効果を利用し た差分吸収方式である。
 差分吸収法は,光源としてパルス・レーザを用いるレ ーザ・レーダ方式と,CWレーザ(気体,半導体レーザ) を用いる長光路方式の二つに分けられる。CWレーザを 光源として用いた場合,3次元的汚染濃度分布の測定は 不可能であり,又遠隔地点にレーザ光折り返し用反射鏡 を必要とする等の短所があるが,レーザ光源自体は,小 電力(≦1mW)ですみ,測定系も簡単なものでよい事 などの長所を持つ。
 当部,物性応用研究室では,4年前よりCW CO2レー ザを用いた長光路差分吸収法による大気中オゾンの測定 法について,理論的検討ならびに室内,野外等の実験的 検討を重ねてきた。今回は,長光路差分吸収法の原理を 含め,今までに得られたデータについて紹介する。
 長光路差分吸収法の基本的原理は,分光測光機器で使 われているダブル・ビーム単検出器方式である。この測 定方式の長所は,ダブル・ビームを用いることにより, 測定対象物質以外のガス(主にはH2O)や大 気中浮遊粒子による吸収散乱の影響や光源の 不安定性等を除去でき,又両方のビームの強 度を同じ検出器および測定系を用いて測定す る為,測定系でのドリフトを除去できること である。図1は,炭酸ガス・レーザ線とオゾ ンの吸収スペクトルとの波長関係を示す。こ の方法で,レーザ光を用いて汚染ガス濃度を 測定する原理を述べると,測定対象ガスに対 して非常に吸収の強くおこる波長λ1(図中(a) の矢印),吸収効果の少ない波長λ2(図中(b)の 矢印)に対応した2本のレーザ線を,同時に (あるいは交互に)大気中を長距離伝搬させ, 遠隔地点に設置してあるレーザ光折り返し用 反射鏡からの反射光を受光して,λi,λ2に対 する受信電力比(Pr(λ2)/Pr(λ1))から,伝搬路中で の汚染ガスの平均濃度を求めるものである。


図1 オゾン吸収スペクトルとCO2レーザ線との波長関係

 オゾンの場合,炭酸ガス,エチレン,アンモニア,水 蒸気等の吸収スペクトルが,オゾンの吸収帯附近に存在 する。それ故,オゾン測定に使用する2波長を決定する 場合,この点を十分に考慮した結果,前述の条件を満足 するλ1,λ2として,CO2 9μmバンドのP(14),P(24) を選んだ。
 通常,汚染されていない地表面上でのオゾンは,太陽 光からの紫外線と大気中の酸素との光化学反応によって のみ発生し,その濃度は,0.03ppm程度である。しかし, 現在都市域で問題となっている,自動車等から排出され たNOxと太陽光と酸素により生ずる光化学スモッグ発生 時のオゾン濃度は,5月〜9月下旬の間においては, 0.3ppmにも達する場合がある。したがって,オゾン・モ ニタをおこなうのに必要な期間は約6ヶ月であり,この 期間レーザを含む装置全体は,0.03〜0.3ppmの濃度範 囲を測定できる程度の精度と安定性を要求され,装置を 試作するにあたっては,その点を十分考慮に入れ,光源 としてのレーザ,送受信光学系,検出器以降の電気系等 の組み立て調整をおこなった。


レーザ・レーダによる大気汚染監視装置

 昨年は全国的な異常気象にみまわれ,冷夏であった。 それ故,通常では5月下旬頃から発生する光化学スモッ グも昨夏ではほとんど起らず,わずかに8月〜9月にか けて4回程オゾン濃度が0.15ppmを越えたにすぎなかっ た。そして,通常では9月下旬で光化学スモッグ・シー ズンは終了するはずなのに,昨年は10月下旬まで0.1ppm の濃度を越える日が多くみうけられた。


図2 測定結果の1例(実線はCO2レーダによるもの,●印はオゾンメータでの測定値を表わしている)

 図2は,このCO2レーザ・オゾン・モニタ装置で測定 した結果と,従来からあるエチレンとオゾンの化学発光 を利用したオゾンメータ上での測定濃度との比較を示す。 図中実線はレーザでの測定結果,●印はオゾンメータに よる測定結果である。なお,オゾンメー タはオゾン・モニタ装置のある実験室内に おかれ,吸入口は,屋外のレーザ光伝搬 路に近いところに設置してある。
 次に,この方法による広域監視につい て述べてみる。現在三多摩地域には,研 究所を中心に半径2〜3q以内に,小平, 小金井,立川の3監視所があり,その他 この領域内には府中,国分寺,東久留米 等の市も存在する。したがって,たとえ ば研究所を中心として各市役所の屋上に レーザ折り返し用反射鏡を設置すること により,一地点からの広域監視が可能と 考えられ,現在の様に各監視所を設置す る必要はなくなる。また,技術的には, 2〜3qのレーザ伝搬はあまり困難な事 ではなく,以上の点を考えれば,十分この 方法による広域オゾン・モニタができるで あろう。
 以上,CW CO2レーザを用いた,大気 中オゾンの測定法ならびに測定結果の一 例を掲げ,この方法の長短所を含めた検 討結果について述べてみた。
 現在,レーザを用いた大気汚染物質測 定について,内外の多くの機関で研究, 開発が進められている。しかし,今回の 様に長期にわたり実際に大気中汚染ガスの定量測定を行 ない,かつ測定系が約1%の高精度を得ている例は,我 我が知る限りではほとんどない。現在は,オゾンの3次 元濃度分布の測定が可能なレーザ・レーダのシステムの 試作を終え,基礎実験に着手している。そして将来は, オゾンの広域モニタが可能な航空機搭載型レーザ・レー ダに関する研究に発展させて行く予定である。




電波観測所めぐり  その2    秋田電波観測所


   はじめに
 秋田電波観測所の生い立ちは他の観測所と多少異り, 昭和21年に設置された青森県深浦と新潟県新発田の二つ の観測所が統合されてできたものである。電気通信省電 気通信研究所は,他の地方電波観測所のような既存施設 の利用ではなく,初めて自前設計で庁舎施設の建設に当つ った。
 当所は昭和24年12月に新発足したときに同省電波庁電 波部所属となった。その後昭和25年6月総理府電波監理 委員会に,昭和27年8月には郵政省電波研究所へと所属 こそ変ったものの,観測所の担務としては一貫して電離 層の観測網の一端を担い今日に至っている。
 当所が旧陸軍の練兵場跡に開設された頃,周囲は見渡 す限り荒野原であったが,現在では官公庁,大学,住宅 が建ち並び,秋田市の文教地区として環境も一新された。
 昭和44年4月には現在の庁舎が完成し,電離層研究と いう地味なイメージとは程遠い洒落た建物と,電波研究 には手狭ながら一見広大な敷地に所狭しと林立するアン テナ群がこの文教地区で一際目立っている。職員数は9 名で毎日電波観測業務に励んでいる。観測,研究業務に ついて簡単に紹介する。


秋田電波観測所 全景

   観測,研究業務の概要
 当所は他の観測所と同様その開設目的に沿って電離層 定常観測及び研究観測を実施している。初めに定常観測 について述べる。電離層に関する基本的な情報はいわゆ るイオノグラムから得られる。これは周波数fを変えな がらパルス変調波を鉛直上方に打上げ,電離層によって 反射される電波の遅延時間(パルス波を発射してから反 射波が地上にもどってくるまでの時間)が周波数によっ てどのように変わるかを測定して得られるh'-f記録 (h'は電離層内の電波の伝搬速度を光速に等しいと仮定し て遅延時間から求められる反射距離=見掛け層高)であ る。これに用いる観測装置は昭和27年手動式から自動式 に切り替えられ,最近は9B型という半導体を主体とし た小型高性能の新鋭機が使用されている。15分ごとに得 られるイオノグラムから電離層各層の電子密度と高さに 関するパラメータを読み取り,それらを端末装置から本 所の電算機に入力して計算,作表などの処理を行う。
 次に研究観測については以下の3項目がある。
 (@) 標準電波JJY2.5MHz,5.0MHz波の受信
 電離層伝搬波の日変化,季節変化及び太陽活動度との 関係を研究し,電波予報業務に必要な資料を取得するた めに,受信電界強度の連続測定を行っている。太陽活動 極小期国際観測年(IQSY,昭和39〜40年)以来実施して きた。
 (A) 標準電波JG2AS40kHz波の受信
 長波標準電波利用精度に及ぼすD層擾乱の影響を調査 して,両者の関係からD層の諸パラメータを推定するた めに,干葉県から発射されているこの電波の位相,強度 の連続測定を行っている。昭和41年以来実施し,昭和48 年2月にはルビジウム発振器を整備,昭和52年2月には 受信装置も更新し,よりよいデータの集積に努めている。
 (B) 流星レーダによる超高層大気の観測
 本邦では唯一の観測施設であり,電離層下部における 大気運動を研究し,種々の特異現象,特に冬季異常現象 (電波の吸収が冬季に異常に増加する現象)における大 気運動の役割を解明するため,国際磁気圏観測計画 (IMS)期間に合わせて観測を行っている。流星体が地球大気 に突入する際大気粒子と衝突してできる,周囲よりも電 離度の大きい流星跡は,周囲の大気と共に動くので,こ れをレーダで追跡して反射波のドップラ偏移周波数を測 定することにより大気の動きを求めることができる。秋 田市郊外太平山麓において観測を行い,観測資料はその 場でミニコンによりオンラインで処理される。なお流星観 測中興味あるエコーが観測されたので簡単に紹介してお く。このエコーは夏季,日中に700〜1500qの見掛け距 離に出現するもので,出現方向は日によって違うが,東 方向では観測されない。憶測に過ぎないが低気圧に伴う 海上波浪に起因する(Es層反射を介しての)海上散乱が このエコーの正体がもしれない。
 さて上に述べたように三つの研究観測は各々独自の課 題を有するが,すべて下部電離層を対象としており,こ れらの観測資料を総合的に解析すれば下部電離層諸現象 研究に大きく役立てることが期待できる。当所では超高 層物理学的に最も興味ある問題の一つである電離層吸収 における冬季異常をとりあげ研究を進めている。この現 象は1937年イギリスのAppleton教授によって発見された が,その重要な点は一般に下部電離層による短波吸収は 太陽天頂角をχとしてcos^nχに従って変動するが,中緯 度では冬季にはこの余弦則が成立せず,他の季節に比べ 大きくなる。当所でのこれまでの研究結果によると(1)こ の現象は広範囲に同時に数日間の規模で発生する,(2)こ の現象が発生するときには高度100q付近の風向は冬型 から夏型へ変る,(3)長波40kHz波の受信観測資料による と,冬季異常現象のときには長波の空間波の電界強度は 増大し,位相は進むことが判明した。
 以上,当観測所の研究業務の概要を紹介してきたが, 電離層諸現象はグローバルな現象であり,その解明には 全地球的観測を必要とし,このためこれまで幾多の国際 共同観測が実施され,目下国際磁気圏観測計画(IMS) が実施中である。当観測所はこれらの共同観測に積極的 に参加し大きく寄与してきたことを付言しておきたい。
   秋田の風土,名物
 久保田,現在の秋田市は出羽丘陵を源とする雄物川が 日本海に注いで形成されたデルタ地帯に発達した。
 秋田は明治維新まで約300年間佐竹藩累代の居城とし て栄えた城下町である。明治22年市制施行当時の人口は わずか3万人であったが,現在は新産業都市の指定をう け,秋田港の修築,工業敷地の造成と産業誘致等に力を 入れ,現在の人口は27万余人となり,名実ともに産業文化 都市としての地歩を固め東北第二の都市として成長をつ づけている。
 秋田地方はその特異な地形と冬季間の北西季節風の卓 越が寒気と豪雪をもたらし,約半年間雪に閉ざされる。 収穫のない長い冬に備えいろいろな保存食が発達したの もこのためである。その代表的な例がきりたんぽであり, 山菜,野菜などの漬物(カッコという),ハタハタずしな ども有名である。こうした冬場の仕事は女性が受持ち, 秋田おばこは働き者との評判が高い。“おばこ”という のは農村で働く娘のことであり,秋田美人の名にふさわ しい者が多いと聞く。秋田美人はいわば労働女性であり, 都会型の深窓美人とは違う。
 秋田の祭りで全国的に有名なのは“ナマハゲ”,“鎌倉” ,“竿灯”であろう。“ナマハゲ”はもともと小正月(旧 暦1月15日)の晩に鬼の姿をして家々を訪れ,祝福して 歩くものであったが,怠け者を戒めるかたちに変化した ようである。“鎌倉”の祭は県内各地にあり,久保田(秋 田市)の城下町では豊作を祈る鳥追いと災害をはらう火 祭が一緒になった行事である。また、“竿灯”は昔眠(ネ ブ)り流しとよばれ,元来は七夕行事で災害をもたらす 怨霊をはらう目的で発達したといわれる。

(秋田電波観測所長  石嶺  剛)




ブルターニュ海洋センタに滞在して


近藤 喜美夫(通信機器部)

 フランス政府給費留学生として1976年7月から1年間 滞仏し,この間ブルターニュ海洋センタ(COB: Centre Oceanologique de Bretagne)でブイと衛星による 海洋データ収集システムについて学ぶ機会を得た。この 留学生制度は毎年文科系を含めた広い分野の約100名に 対し月額約1300フラン(78,000円)の給費と帰国旅費を 保証するもので,公務員の場合には科学技術庁のパート・ ギャランティにより渡仏旅費の支給を受けることができ る。
 異常な猛暑の続いていたパリに到着し,留学生受入機 関CIESでの手続きを終え,その指示に従いビシイ (Vichy)で3カ月間の語学研修を受けた。ビシイ政府で有名 なこの町はパリの南350qの保養地で鉱水が湧き多くの 老人が滞在する。医師の処方に従い毎夏3週間飲みに来 るというマルセイユの老婦人のすすめで「ビシイの水」 を試してみると(有料),硫黄・塩・ガスの混じる強烈な 味で,無精して数回分まとめて飲んでしまうには問題が ある。
 10月からはパリの西650qのブレスト(Brest)に移 った。この市は人口18万人,ブルターニュではレンヌに 次ぐ大きな市である。フランス西端にあり古くから重要 な軍港として名を知られ,現在も市の海岸線はほとんど 軍用施設で占められ,広い湾内には原子力潜水艦の基地 もある。古い町並みは先の大戦でドイツ軍占拠,連合軍爆 撃の過程で廃墟と化し,今では白いコンクリートの建物 ばかりの街となっている。隙間の目立つ2〜3代前から の家具や,骨董品屋で捜し当てたと言うあやし気な日本 磁器を大切に飾り,古い物に強い愛着を示す彼らにとっ て,自分の街に歴史的建造物が欠けているのは想像以上 に寂しい事であろう。


ブルターニュ海洋センタ

 CNEXO(国立海洋開発センタ)は1967年,従来細分 化の方向にあった海洋関係研究機関の統合組織化を目ざ し,フランス海洋開発の飛躍的発展をはかるため設立さ れ,パリの本部の他ブレストにCOB,ツーロンに地中海 海洋基地,タヒチ島に太平洋海洋センタを置いている。 所有する8隻の船舶(2,200t〜240t),2隻の有人潜 水艇(208t,8t),ブイ実験室(870t),COBの大型 実験設備等は外部機関との共同実験や国際的共同調査な どにもしばしば使われる。


表 ブルターニュ海洋センタの機構

 CNEXO最大の実働部隊としてのCOBは,ブレスト市 郊外9qの,湾を見おろす崖の上に野兎の出没する3万 uの敷地を有し,崖下に臨海試験場も確保している。約 450名が働いているが,大学院生や外国を含む外部研究 機関からの研修員,研究員がかなり高い割合で含まれて いる。その多くは2〜3年以上の長期間滞在しCOB全 体の研究推進カベ与える影響も大きい。研究部門は科学 部,産業技術開発部,情報部の3部に分けられ,その仕 事内容は表に示すようなものである。エレクトロニクス ・グループは産業技術開発部開発課に属し,その責任者 はR. Kalinowski氏,担当指導者はJ. M. Coudeville氏で,計 6名がVHF電波(30〜35MHz)を用いた8個のブイによる 沿岸海象データ・ブイ網の完成と,衛星を用いた漂流ブイ 「バベット」によるデータ収集の実験に取り組んでいる。 筆者はこのグループに属し,11月米国より入荷した5個 のBTT(Buoy Telemetry Transmitter)を用い模擬デ ータ発信,ブイ組込,データ取得までの過程で生じるい くつかの作業を通じ,気象衛星NIMBUS-6による, ブイからのデータ収集システムの動作,特性を学んだ。


漂流ブイ「パベット(Babeth)」

 このシステムの動作は概略次のようである。ブイはB TTという401.2MHzの送信機のみを有し,自動的に毎分 1秒間信号を発信する。この中には1回につき4語(計 32bits)のデータ,識別番号,モード符号などが含まれ るが,その安定なキャリア周波数のドップラーを NIMBUS上で計数,地上局で計算し±5q以下の精度での測 位が行なわれる。発信は1分間に1秒であり,ドップラ ー等で受信周波数が異なる事を利用し,衛星上に置かれ た数個のPLL(Phase Locked Loop)受信機によって 1視野200個程度のブイからのデータをランダム・アク セスの形で収集することができる。BTTは1.8sと小形 軽量で消費電力も少く(平均30mW程度)また安価であ るため,広く小型ブイを分散配置し海流を含めたダイナ ミックな海洋情報収集が可能となる。
 このブイを用いた実験は米国NOAA(海洋大気庁), NASA(航空宇宙局)とフランスCNES(国立宇宙センタ) によるARGOS計画への予備段階とも言えるものである が,COBは衛星システムには関与せず海洋へのシステ ム利用方法の具体化という方向で研究を進めるようであ る。
 海洋という大きな対象に対し個人で為し得る事は限ら れているとの認識に立ち,委託・助成研究や企業,大学, 他研究機関等との共同研究が重視されている。また, CNEXOの使命が「経済目的のための海洋開発」にある ためか,個々の研究は極めて具体的で実際的なものが多 いように思われる。「華々しく登場して10年,所期の成 果があがっているのか」との厳しい論調も見られるが, 「海洋開発のPolicyは意志と方法と時である」として着 実な技術の積み重ねを続けるところに力強さを感じた。
 COBへは,朝夕1便ずつの通勤バスが市との契約で運 行されている。しかし乗り遅れると市バス終点下車の後 30分以上の徒歩かヒッチハイクを余儀なくされ,不便な ため850tの車を1000フランで購入した。平地か下り坂 ではかなり高速で走れるが,12年物で既に製造会社は存 在せず修理部品の点で長距離ドライブには相当の思い切 りを必要とした。幸い帰国1ヶ月前煙を吐いてダウンす るまで重大な故障はなく,機嫌をとりながらも大変重宝 した。
 毎日は握手で始まるのであるが,これがなかなか面倒 である。かなり離れた所にいても手の届く所まで近付か ねば挨拶は成立しないし,関係のない人が大勢いる室へ 行っても,まず一周して全員の手を握らねば用件に取掛 かれない。握手はキスと同様,家庭でも子供への躾の第 一歩となっているようだ。なおブルターニュでは握手を しながらチュッという擬音と共に頬を右・左・右と3回 くっつけ合うのが普通の挨拶であり,新年などは出会う 人誰にでもこの挨拶を行なう慣習になっているから楽し い。年が変わると同時に車は警笛,船は汽笛を鳴らし合 い,人々は頬つけで行き交う人毎に挨拶を交わす。中に は女性ばかりを狙いしかも追加の4番目のキスを真中に 要求して廻る心臓の強い男性もおり愉快な新年風景が見 られる。
 COBでは9時半と15時頃デミタス・コーヒーを楽しむ が,この時椅子には腰かけず足の疲れ具合や各人の都合 で簡単に打ち切られる。早い人はただ飲むだけで帰り,長 い人でも20〜30分程度である。コーヒーは食事のしめく くりとしても飲まれる。料理に砂糖を使用しないため, 食後に甘いケーキ,砂糖のたっぷり入ったコーヒーを好 むのであろうか。
 昼食はCIESの補助により職員並みの3.35フラン(約 200円)であったが,普通の外来者には9フランである から一般職員に対する研究所の補助がかなり出ているよ うである。料理は質量共申し分なく,普通1/4lのワ インを加え大きなジェスチャーとユーモアあふれるおし ゃべりで30分以上かけて食事を楽しむ。研究室でも時々 アペリティフ(食前酒)としてウイスキー,コニャック 等のふるまいがあるが,このようなアルコールが入って, も彼らは少しも乱れる事なく平然と午後の仕事を続けら れるから感心する。
 1時間の昼休みを含み勤務時間は8時半から17時まで である。個人的に9時半から18時迄としてもよいが何れ にせよ18時半には所内に人影がほとんどなくなり,夜11 時頃まで明かるい夏でさえ,テニスをここぞとやって帰 る人はいない。ブレストの街も19時には商店は閉まり, 21時頃には人通りも絶える。家庭を大切にする事は重要 視されるから「日本では煩わしいものは家に置いて酒を 飲みに行く」など言おうものなら,人権問題や南北問題 にまで発展する議論に防戦これ努めねばならない。どの ような娯楽も夫婦単位で楽しむのが当然とする彼らの確 信は揺がし難い。
 ブルターニュはエネルギー資源に恵まれず長く工業化 が遅れていたため人口密度が低く,一歩街を出れば集落 さえまばらとなり,緑の田園風景がなだらかな起伏で広 がっている。自然は身近にあり,生半分真紅に輝き世界 を美しく染める夕焼けや,地平線からもう一方の地平線 まで連なって南東へ向かう秋の渡り鳥の群れ,緑の原野 が突然切り立った崖となり, まっ青な海に変わる雄大な 海岸線など美しい自然に驚かされる事が多かった。
 この一年間の滞仏は大変有意義で楽しかった。このよ うな機会を与えて下さったフランス政府,科学技術庁, 郵政本省並びに電波研究所関係各位に深く謝意を表する。 また,渡仏前,科学技術庁の仏語講座でお世話になった Dupuis夫人(駐日仏国大使館科学参事官夫人)及び我々 受講生に叱日i芭激励を下さった日本科学技術情報センタ企 画室長の鴫原氏(前科学技術庁国際課長)にも感謝の意 を表する。


短 信


第53回研究発表会プログラム
−昭和52年10月26日当所議堂において開催−

1. 電波・音波散乱域の微細構造の研究
          (第二特別研究室)田中  浩
2. 流星レーダによる下部電離層風の観測
          (秋田電波観測所)石嶺  剛
3. 高精度セシウム周波数標準器の設計
           (周波数標準部)小林 正紀
4. 海洋計測へのレーザの応用
            (通信機器部)三浦 秀一
5. 技術試験衛星K型(きく2号)による電波伝搬実験
(1)概要        (鹿島支所)生島 広三郎
(2)ミリ波帯降雨減衰     (同上)林 理三雄
(3)マイクロ波帯位相比較   (同上)藤田 正晴
(4)VHF帯ファラデー回転
          (第一特別研究室)新野 賢爾



音波レーダによる逆転層観測実験

UHF伝搬に及ぼす逆転層などの影響を調査するため, 第二特別研究室では,7月20日から8月10日にかけて, 福島県長沼町の長沼東小学校校庭において音波レーダ観 測を実施すると同時に,同所においてTVKテレビ局 UHF・TV音声電波(42チャンネル649.750MHz)電界強度 連続測定を実施している。



創立25周年記念施設一般公開

 8月2日(火)10:00〜16:00創立25周年を記念して本 所並びに地方機関の施設を一般に公開した。
 ちょうど,夏期休暇中であったので学生や生徒など熱 心な見学者で超満員,内容についても極めて好評であった。
 見学者数 本所1060名,鹿島400名,稚内10名,秋田50 名,山川63名,沖縄39名。