五十嵐 隆,浅井 和弘(通信機器部)
高度成長時代の落とし子として生まれた公害問題は, 大気,水質,土壌等,われわれのまわりにあるすべての 環境にまで波及している。なかでも,大気汚染は知らず 知らずのうちに人間を含むすべての動植物の生命をむし ばんできつつあり,その影響の大きさが深刻な社会問題 となって久しい。それゆえ環境問題は,今日,われわれ にとって早急に解決を迫られている最も重要な課題の一 つである。
図1 オゾン吸収スペクトルとCO2レーザ線との波長関係
オゾンの場合,炭酸ガス,エチレン,アンモニア,水
蒸気等の吸収スペクトルが,オゾンの吸収帯附近に存在
する。それ故,オゾン測定に使用する2波長を決定する
場合,この点を十分に考慮した結果,前述の条件を満足
するλ1,λ2として,CO2 9μmバンドのP(14),P(24)
を選んだ。
通常,汚染されていない地表面上でのオゾンは,太陽
光からの紫外線と大気中の酸素との光化学反応によって
のみ発生し,その濃度は,0.03ppm程度である。しかし,
現在都市域で問題となっている,自動車等から排出され
たNOxと太陽光と酸素により生ずる光化学スモッグ発生
時のオゾン濃度は,5月〜9月下旬の間においては,
0.3ppmにも達する場合がある。したがって,オゾン・モ
ニタをおこなうのに必要な期間は約6ヶ月であり,この
期間レーザを含む装置全体は,0.03〜0.3ppmの濃度範
囲を測定できる程度の精度と安定性を要求され,装置を
試作するにあたっては,その点を十分考慮に入れ,光源
としてのレーザ,送受信光学系,検出器以降の電気系等
の組み立て調整をおこなった。
レーザ・レーダによる大気汚染監視装置
昨年は全国的な異常気象にみまわれ,冷夏であった。
それ故,通常では5月下旬頃から発生する光化学スモッ
グも昨夏ではほとんど起らず,わずかに8月〜9月にか
けて4回程オゾン濃度が0.15ppmを越えたにすぎなかっ
た。そして,通常では9月下旬で光化学スモッグ・シー
ズンは終了するはずなのに,昨年は10月下旬まで0.1ppm
の濃度を越える日が多くみうけられた。
図2 測定結果の1例(実線はCO2レーダによるもの,●印はオゾンメータでの測定値を表わしている)
図2は,このCO2レーザ・オゾン・モニタ装置で測定
した結果と,従来からあるエチレンとオゾンの化学発光
を利用したオゾンメータ上での測定濃度との比較を示す。
図中実線はレーザでの測定結果,●印はオゾンメータに
よる測定結果である。なお,オゾンメー
タはオゾン・モニタ装置のある実験室内に
おかれ,吸入口は,屋外のレーザ光伝搬
路に近いところに設置してある。
次に,この方法による広域監視につい
て述べてみる。現在三多摩地域には,研
究所を中心に半径2〜3q以内に,小平,
小金井,立川の3監視所があり,その他
この領域内には府中,国分寺,東久留米
等の市も存在する。したがって,たとえ
ば研究所を中心として各市役所の屋上に
レーザ折り返し用反射鏡を設置すること
により,一地点からの広域監視が可能と
考えられ,現在の様に各監視所を設置す
る必要はなくなる。また,技術的には,
2〜3qのレーザ伝搬はあまり困難な事
ではなく,以上の点を考えれば,十分この
方法による広域オゾン・モニタができるで
あろう。
以上,CW CO2レーザを用いた,大気
中オゾンの測定法ならびに測定結果の一
例を掲げ,この方法の長短所を含めた検
討結果について述べてみた。
現在,レーザを用いた大気汚染物質測
定について,内外の多くの機関で研究,
開発が進められている。しかし,今回の
様に長期にわたり実際に大気中汚染ガスの定量測定を行
ない,かつ測定系が約1%の高精度を得ている例は,我
我が知る限りではほとんどない。現在は,オゾンの3次
元濃度分布の測定が可能なレーザ・レーダのシステムの
試作を終え,基礎実験に着手している。そして将来は,
オゾンの広域モニタが可能な航空機搭載型レーザ・レー
ダに関する研究に発展させて行く予定である。
秋田電波観測所 全景
観測,研究業務の概要
当所は他の観測所と同様その開設目的に沿って電離層
定常観測及び研究観測を実施している。初めに定常観測
について述べる。電離層に関する基本的な情報はいわゆ
るイオノグラムから得られる。これは周波数fを変えな
がらパルス変調波を鉛直上方に打上げ,電離層によって
反射される電波の遅延時間(パルス波を発射してから反
射波が地上にもどってくるまでの時間)が周波数によっ
てどのように変わるかを測定して得られるh'-f記録
(h'は電離層内の電波の伝搬速度を光速に等しいと仮定し
て遅延時間から求められる反射距離=見掛け層高)であ
る。これに用いる観測装置は昭和27年手動式から自動式
に切り替えられ,最近は9B型という半導体を主体とし
た小型高性能の新鋭機が使用されている。15分ごとに得
られるイオノグラムから電離層各層の電子密度と高さに
関するパラメータを読み取り,それらを端末装置から本
所の電算機に入力して計算,作表などの処理を行う。
次に研究観測については以下の3項目がある。
(@) 標準電波JJY2.5MHz,5.0MHz波の受信
電離層伝搬波の日変化,季節変化及び太陽活動度との
関係を研究し,電波予報業務に必要な資料を取得するた
めに,受信電界強度の連続測定を行っている。太陽活動
極小期国際観測年(IQSY,昭和39〜40年)以来実施して
きた。
(A) 標準電波JG2AS40kHz波の受信
長波標準電波利用精度に及ぼすD層擾乱の影響を調査
して,両者の関係からD層の諸パラメータを推定するた
めに,干葉県から発射されているこの電波の位相,強度
の連続測定を行っている。昭和41年以来実施し,昭和48
年2月にはルビジウム発振器を整備,昭和52年2月には
受信装置も更新し,よりよいデータの集積に努めている。
(B) 流星レーダによる超高層大気の観測
本邦では唯一の観測施設であり,電離層下部における
大気運動を研究し,種々の特異現象,特に冬季異常現象
(電波の吸収が冬季に異常に増加する現象)における大
気運動の役割を解明するため,国際磁気圏観測計画
(IMS)期間に合わせて観測を行っている。流星体が地球大気
に突入する際大気粒子と衝突してできる,周囲よりも電
離度の大きい流星跡は,周囲の大気と共に動くので,こ
れをレーダで追跡して反射波のドップラ偏移周波数を測
定することにより大気の動きを求めることができる。秋
田市郊外太平山麓において観測を行い,観測資料はその
場でミニコンによりオンラインで処理される。なお流星観
測中興味あるエコーが観測されたので簡単に紹介してお
く。このエコーは夏季,日中に700〜1500qの見掛け距
離に出現するもので,出現方向は日によって違うが,東
方向では観測されない。憶測に過ぎないが低気圧に伴う
海上波浪に起因する(Es層反射を介しての)海上散乱が
このエコーの正体がもしれない。
さて上に述べたように三つの研究観測は各々独自の課
題を有するが,すべて下部電離層を対象としており,こ
れらの観測資料を総合的に解析すれば下部電離層諸現象
研究に大きく役立てることが期待できる。当所では超高
層物理学的に最も興味ある問題の一つである電離層吸収
における冬季異常をとりあげ研究を進めている。この現
象は1937年イギリスのAppleton教授によって発見された
が,その重要な点は一般に下部電離層による短波吸収は
太陽天頂角をχとしてcos^nχに従って変動するが,中緯
度では冬季にはこの余弦則が成立せず,他の季節に比べ
大きくなる。当所でのこれまでの研究結果によると(1)こ
の現象は広範囲に同時に数日間の規模で発生する,(2)こ
の現象が発生するときには高度100q付近の風向は冬型
から夏型へ変る,(3)長波40kHz波の受信観測資料による
と,冬季異常現象のときには長波の空間波の電界強度は
増大し,位相は進むことが判明した。
以上,当観測所の研究業務の概要を紹介してきたが,
電離層諸現象はグローバルな現象であり,その解明には
全地球的観測を必要とし,このためこれまで幾多の国際
共同観測が実施され,目下国際磁気圏観測計画(IMS)
が実施中である。当観測所はこれらの共同観測に積極的
に参加し大きく寄与してきたことを付言しておきたい。
秋田の風土,名物
久保田,現在の秋田市は出羽丘陵を源とする雄物川が
日本海に注いで形成されたデルタ地帯に発達した。
秋田は明治維新まで約300年間佐竹藩累代の居城とし
て栄えた城下町である。明治22年市制施行当時の人口は
わずか3万人であったが,現在は新産業都市の指定をう
け,秋田港の修築,工業敷地の造成と産業誘致等に力を
入れ,現在の人口は27万余人となり,名実ともに産業文化
都市としての地歩を固め東北第二の都市として成長をつ
づけている。
秋田地方はその特異な地形と冬季間の北西季節風の卓
越が寒気と豪雪をもたらし,約半年間雪に閉ざされる。
収穫のない長い冬に備えいろいろな保存食が発達したの
もこのためである。その代表的な例がきりたんぽであり,
山菜,野菜などの漬物(カッコという),ハタハタずしな
ども有名である。こうした冬場の仕事は女性が受持ち,
秋田おばこは働き者との評判が高い。“おばこ”という
のは農村で働く娘のことであり,秋田美人の名にふさわ
しい者が多いと聞く。秋田美人はいわば労働女性であり,
都会型の深窓美人とは違う。
秋田の祭りで全国的に有名なのは“ナマハゲ”,“鎌倉”
,“竿灯”であろう。“ナマハゲ”はもともと小正月(旧
暦1月15日)の晩に鬼の姿をして家々を訪れ,祝福して
歩くものであったが,怠け者を戒めるかたちに変化した
ようである。“鎌倉”の祭は県内各地にあり,久保田(秋
田市)の城下町では豊作を祈る鳥追いと災害をはらう火
祭が一緒になった行事である。また、“竿灯”は昔眠(ネ
ブ)り流しとよばれ,元来は七夕行事で災害をもたらす
怨霊をはらう目的で発達したといわれる。
(秋田電波観測所長 石嶺 剛)
近藤 喜美夫(通信機器部)
フランス政府給費留学生として1976年7月から1年間 滞仏し,この間ブルターニュ海洋センタ(COB: Centre Oceanologique de Bretagne)でブイと衛星による 海洋データ収集システムについて学ぶ機会を得た。この 留学生制度は毎年文科系を含めた広い分野の約100名に 対し月額約1300フラン(78,000円)の給費と帰国旅費を 保証するもので,公務員の場合には科学技術庁のパート・ ギャランティにより渡仏旅費の支給を受けることができ る。
ブルターニュ海洋センタ
CNEXO(国立海洋開発センタ)は1967年,従来細分
化の方向にあった海洋関係研究機関の統合組織化を目ざ
し,フランス海洋開発の飛躍的発展をはかるため設立さ
れ,パリの本部の他ブレストにCOB,ツーロンに地中海
海洋基地,タヒチ島に太平洋海洋センタを置いている。
所有する8隻の船舶(2,200t〜240t),2隻の有人潜
水艇(208t,8t),ブイ実験室(870t),COBの大型
実験設備等は外部機関との共同実験や国際的共同調査な
どにもしばしば使われる。
表 ブルターニュ海洋センタの機構
CNEXO最大の実働部隊としてのCOBは,ブレスト市
郊外9qの,湾を見おろす崖の上に野兎の出没する3万
uの敷地を有し,崖下に臨海試験場も確保している。約
450名が働いているが,大学院生や外国を含む外部研究
機関からの研修員,研究員がかなり高い割合で含まれて
いる。その多くは2〜3年以上の長期間滞在しCOB全
体の研究推進カベ与える影響も大きい。研究部門は科学
部,産業技術開発部,情報部の3部に分けられ,その仕
事内容は表に示すようなものである。エレクトロニクス
・グループは産業技術開発部開発課に属し,その責任者
はR. Kalinowski氏,担当指導者はJ. M. Coudeville氏で,計
6名がVHF電波(30〜35MHz)を用いた8個のブイによる
沿岸海象データ・ブイ網の完成と,衛星を用いた漂流ブイ
「バベット」によるデータ収集の実験に取り組んでいる。
筆者はこのグループに属し,11月米国より入荷した5個
のBTT(Buoy Telemetry Transmitter)を用い模擬デ
ータ発信,ブイ組込,データ取得までの過程で生じるい
くつかの作業を通じ,気象衛星NIMBUS-6による,
ブイからのデータ収集システムの動作,特性を学んだ。
漂流ブイ「パベット(Babeth)」
このシステムの動作は概略次のようである。ブイはB
TTという401.2MHzの送信機のみを有し,自動的に毎分
1秒間信号を発信する。この中には1回につき4語(計
32bits)のデータ,識別番号,モード符号などが含まれ
るが,その安定なキャリア周波数のドップラーを
NIMBUS上で計数,地上局で計算し±5q以下の精度での測
位が行なわれる。発信は1分間に1秒であり,ドップラ
ー等で受信周波数が異なる事を利用し,衛星上に置かれ
た数個のPLL(Phase Locked Loop)受信機によって
1視野200個程度のブイからのデータをランダム・アク
セスの形で収集することができる。BTTは1.8sと小形
軽量で消費電力も少く(平均30mW程度)また安価であ
るため,広く小型ブイを分散配置し海流を含めたダイナ
ミックな海洋情報収集が可能となる。
このブイを用いた実験は米国NOAA(海洋大気庁),
NASA(航空宇宙局)とフランスCNES(国立宇宙センタ)
によるARGOS計画への予備段階とも言えるものである
が,COBは衛星システムには関与せず海洋へのシステ
ム利用方法の具体化という方向で研究を進めるようであ
る。
海洋という大きな対象に対し個人で為し得る事は限ら
れているとの認識に立ち,委託・助成研究や企業,大学,
他研究機関等との共同研究が重視されている。また,
CNEXOの使命が「経済目的のための海洋開発」にある
ためか,個々の研究は極めて具体的で実際的なものが多
いように思われる。「華々しく登場して10年,所期の成
果があがっているのか」との厳しい論調も見られるが,
「海洋開発のPolicyは意志と方法と時である」として着
実な技術の積み重ねを続けるところに力強さを感じた。
COBへは,朝夕1便ずつの通勤バスが市との契約で運
行されている。しかし乗り遅れると市バス終点下車の後
30分以上の徒歩かヒッチハイクを余儀なくされ,不便な
ため850tの車を1000フランで購入した。平地か下り坂
ではかなり高速で走れるが,12年物で既に製造会社は存
在せず修理部品の点で長距離ドライブには相当の思い切
りを必要とした。幸い帰国1ヶ月前煙を吐いてダウンす
るまで重大な故障はなく,機嫌をとりながらも大変重宝
した。
毎日は握手で始まるのであるが,これがなかなか面倒
である。かなり離れた所にいても手の届く所まで近付か
ねば挨拶は成立しないし,関係のない人が大勢いる室へ
行っても,まず一周して全員の手を握らねば用件に取掛
かれない。握手はキスと同様,家庭でも子供への躾の第
一歩となっているようだ。なおブルターニュでは握手を
しながらチュッという擬音と共に頬を右・左・右と3回
くっつけ合うのが普通の挨拶であり,新年などは出会う
人誰にでもこの挨拶を行なう慣習になっているから楽し
い。年が変わると同時に車は警笛,船は汽笛を鳴らし合
い,人々は頬つけで行き交う人毎に挨拶を交わす。中に
は女性ばかりを狙いしかも追加の4番目のキスを真中に
要求して廻る心臓の強い男性もおり愉快な新年風景が見
られる。
COBでは9時半と15時頃デミタス・コーヒーを楽しむ
が,この時椅子には腰かけず足の疲れ具合や各人の都合
で簡単に打ち切られる。早い人はただ飲むだけで帰り,長
い人でも20〜30分程度である。コーヒーは食事のしめく
くりとしても飲まれる。料理に砂糖を使用しないため,
食後に甘いケーキ,砂糖のたっぷり入ったコーヒーを好
むのであろうか。
昼食はCIESの補助により職員並みの3.35フラン(約
200円)であったが,普通の外来者には9フランである
から一般職員に対する研究所の補助がかなり出ているよ
うである。料理は質量共申し分なく,普通1/4lのワ
インを加え大きなジェスチャーとユーモアあふれるおし
ゃべりで30分以上かけて食事を楽しむ。研究室でも時々
アペリティフ(食前酒)としてウイスキー,コニャック
等のふるまいがあるが,このようなアルコールが入って,
も彼らは少しも乱れる事なく平然と午後の仕事を続けら
れるから感心する。
1時間の昼休みを含み勤務時間は8時半から17時まで
である。個人的に9時半から18時迄としてもよいが何れ
にせよ18時半には所内に人影がほとんどなくなり,夜11
時頃まで明かるい夏でさえ,テニスをここぞとやって帰
る人はいない。ブレストの街も19時には商店は閉まり,
21時頃には人通りも絶える。家庭を大切にする事は重要
視されるから「日本では煩わしいものは家に置いて酒を
飲みに行く」など言おうものなら,人権問題や南北問題
にまで発展する議論に防戦これ努めねばならない。どの
ような娯楽も夫婦単位で楽しむのが当然とする彼らの確
信は揺がし難い。
ブルターニュはエネルギー資源に恵まれず長く工業化
が遅れていたため人口密度が低く,一歩街を出れば集落
さえまばらとなり,緑の田園風景がなだらかな起伏で広
がっている。自然は身近にあり,生半分真紅に輝き世界
を美しく染める夕焼けや,地平線からもう一方の地平線
まで連なって南東へ向かう秋の渡り鳥の群れ,緑の原野
が突然切り立った崖となり, まっ青な海に変わる雄大な
海岸線など美しい自然に驚かされる事が多かった。
この一年間の滞仏は大変有意義で楽しかった。このよ
うな機会を与えて下さったフランス政府,科学技術庁,
郵政本省並びに電波研究所関係各位に深く謝意を表する。
また,渡仏前,科学技術庁の仏語講座でお世話になった
Dupuis夫人(駐日仏国大使館科学参事官夫人)及び我々
受講生に叱日i芭激励を下さった日本科学技術情報センタ企
画室長の鴫原氏(前科学技術庁国際課長)にも感謝の意
を表する。