ETS-Uによる電波伝搬実験の現況


通信,放送衛星計画推進本部

   打上げから予備実験まで
 技術試験衛星U型(ETS-K,「きく2号」)の打上 げは昭和52年2月23日宇宙開発事業団(NASDA) の種ヶ島宇宙センタからNロケットにより行われた。 その後2月26日,アポジ・モータに点火,3月5日に予 定された東経130度の静止位置に到着し,ETS-Uは 我国最初の静止衛星となった。3月11日伝搬実験用送信 機(PET)にはじめて電源が入り,NASDAにより テレメータを通した機器のテストが行われたが,電波研 究所鹿島支所のETS-U実験施設でも受信を試み,1.7, 11.5,34.5GHzの3波共ほぼ予定通りのレベルで受信に 成功し,衛星搭載機器の周波数や送信レベル等の安定度, 受信特性,ミリ波によるアンテナの自動追尾等の実験を 行った。3月28日から31日迄の4日間はNASDAとの共 同の実験として,鹿島支所の受信施設による搭載機器の 特性の測定および確認を行ったが,特にETS-Kの機 械デスパン・アンテナをコマンドにより±4°の範囲で動 かしアンテナ・パターンの測定やアンテナ・ポインティ ングの状態についての測定を行った。この結果アンテナ の方向がやや鹿島からずれていることがわかり修正された。 この実験期間中の3月30日には大雨注意報のでる天候で, ミリ波の降雨減衰の特性も得ることができ,以後の実験 の進め方等をきめる上で貴重な情報を得ることができた。 静止衛星は春分と秋分の前後,蝕に入るが蝕期間終了後, 衛星のテストが行われ,PETも4月12日から14日まで 動作したので,この期間を利用して衛星ビーコン電波に よる地上受信アンテナの特性測定を行った。直経10mの この受信アンテナはミリ波に使用するためその鏡面精度 等に特に注意を払い設計製作されたものであり,衛星 打上げまでにも地上コリメーション塔やヘリコプターに 衛星搭載用と同じ特性の送信機を搭載してアンテナ特性 の測定を重ねて来た。衛星ビーコン電波による測定結果 は期待通り非常に優れた性能を持つことが確認された。 衛星の各部についてのNASDAによる試験も順調に進み, 4月18日からは連続運用のテストが始められた。その後 の結果も非常に良好であったので,予定を早め5月9日 からETS-Uは定常運用に入った。
   定常運用
 定常運用に入った後も衛星の状態は全く良好で1〜2 ヵ月間に1回の軌道・姿勢制御の期間の他はPETは1 日24時間で連続的に運用され,受信施設,データ処理装置, 降雨レーダ等,地上機器も大きな故障もなく順調にデー タの取得が続けられている。本年の気象状況は8月上旬 までは梅雨も含めほぼ平年通りであったが,8月中・下 旬には関東地方には約3週間降雨が続いた。このように順 調に実験が続けられたので,8月末日現在で運用時間は 3000時間を大幅に超えた。これは衛星を用いた伝搬実験 として長く,又非常に密度の濃いものであるが,更に降 雨時のデータの多さでは他に例をみないものとなった。
 宇宙開発事業団は8月22日をもって打上げ後6ヶ月を 経過したので定常運用を一応終了したが,今後共ETS -Uの運用管理を続ける予定であり,衛星の状態が非常 によいのでPETも蝕期間を除き24時間運用が続けられ る。しかしながら9月1日から10月15日までの蝕期間は 定常連用期間でないため,原則として夜間のコマンドを 行わないので昼間勤務時間中のみ連用が行われている。 しかし9月19日の台風11号接近のときにはNA SDAに特別の運用を依頼し,蝕時間とその前後 必要な時間帯を除く時間での運用が行われ,台 風が接近し鹿島東方海上を通過するまでのデー タを取得することができた。
   データの解析
 取得されたデータは逐次解析し,日報・月報 等の形で整理してゆく予定であったが. これら の作成のための計算機占有時問,オフライン計 算機の使用開始可能時期,月報プログラム作成 等について誤算があり,相当遅れを生じている。 しかしオフライン計算機の使用が可能となる秋 からは急速に遅れをとりもどすことができる見 込みである。特定のイベントのデータの解析, データの概要の統計的な処理,レーダによる降 雨パターンのデータ整理等も進んでおり,その 一部は9月末チェコスロバキアのプラハで開か れたInternational Astronautical Federation に発表される他,今秋から来春へかけて内外の 学会,研究会で報告することが計画されている。


図 1

   データの例
 図1は3月30日の雨の際,各種のデータを時 系列として示したもので,上から順に11.5と 34.5GHzの減衰特性を示し,これらは天空雑音温 度測定器より推定された35.2GHzの減衰と傾向 が非常によく合う。次の段は正・逆旋偏波間の 位相差,その下は交差偏波識別度である。これ らは上の減衰と対応する部分もあるが,それが 全くない部分もあり,その発生の原因の複雑さ をうかがわせる。最下段は雨量を表わすが,そ の雨量計は従来の転倒マス型であり,その精度, 即応性はよくない。


図 2

 図2は8月13日牛後の34.5GHzの減衰と即応 型雨量計のデータ,降雨レーダによる電波伝搬 路上のいわゆるブライト・バンド(氷点のあた りでレーダ反射が強くなる所,これより上で雨 は凍っている)より下の雨量の積分値の時間変 化と降雨レーダの伝搬路上のレーダ反射の状態 を鳥瞰図の形にしたものを一つに示している。 このようなデータから見ると,ミリ波減衰と雨量 計のデータは全く対応しなかったり,時間的に ずれることが多く,あまりよく合うとはいえな いが,レーダの結果とは大変よく合うことがわ かる。また,下の鳥瞰図と合わせると降雨や減 衰の開始,急激な増加と減衰の様子が大変良くわかる。降雨 レーダは二つの高度の水平パターンと衛星からの電波伝搬 路を含む鉛直面の降雨パターンを描き,雨の型,分布, 動き等の様子を把握できるようになっている。


図 3

図3はそ の一例で,高度2qの水平面パターンを示す。数字の値 が雨の強さをあらわし,一つの数字は3q平方を示す。 更にくわしい分析では1q平方のパターンが得られる。


図 4

図4は5月から8月までの各月のミリ波減衰の発生頻 度分布を示したもので,この期間の実験時間は約3000 時間である。これからも8月の雨が異常に多いことが わかる。また,8月の雨には通常夏の午後の夕立が相 当多いものであるが,ここではむしろ梅雨の雨に近い。


図 5

図5は直径10mのアンテナのミリ波による衛星の自動 追尾による軌跡である(縦軸は仰角,横軸は北を零と し東まわりの方位角,単位は度)。これは衛星の動き を示すものであるが,雨の降るときには軌跡上にこま かいふらつきが見られる。風等によるアンテナの指向 誤差はこの場合無視できるような気象状態であるとみ られるので,雨による回折に基づく電波到来方向変動 も原因の一つと考えられる。
 これら雨などの気象状態に関係する結果のほかに, 電離層が電波伝搬に及ぼす影響についていくつかの資 料が得られた。ETS-Uでは,3波の位相が互いに コヒーレントであり,受信装置も位相関係を保持する ように設計されていて,衛星の移動によるドップラー 偏移も消し去ることができ,受信した各周波間の位相差 はすべて伝搬途中の媒質から受ける影響によるもので ある。この影響は電離圏によるものと,雨をも含めた大 気圏によるものの二つに大別できるが,このうち電離 層によるものが圧倒的に大きい。


図 6

図6は1.7と11.5GHz の間の位相差とそれから計算される電波伝搬路上の電 離層の全電子数の日変化(上図)を,電離層の定時観 測の電離層F層のカットオフ周波数の2乗,(f0F2)^2 の日変化(下図)を対応させて示した。(f0F2)^2は 電離層の全電子数と密接な関係があるとされている。 図のように,その対応は非常によい。また,これは ETS-U VHFテレメータ用ビーコン電波のファラデー 回転の測定から出された電離層全電子数ともよく一致 することが確かめられている。図6の結果は世界的に も新しいものであるので急ぎJournal of Atmospheric and Terrestrial Physics に投稿された。図にみら れるように,この位相変化は非常に大きいので全電子 数の変化を高い精度で知ることができると期待される。 また,1.7GHzのシンチレーションがスプレッドFや スポラディックE層と関係があることも確かめられた。
   今後の予定
 ETS-Uは衛星の状態が非常に良いこ と,取得データから興味ある貴重な結果が 得られていることで,宇宙開発委員会はじ め各方面から実験の継続を望む声が強い。 NASDAでも8月23日以後も蝕期を除き PETを24時間運用する予定であるので,当 所は10月一杯で終了する予定であった実験 の延長の可能性を検討した。その結果 ETS-K受信局のECS主局への改造の現地 作業は昭和53年6月頃着手すれば間に合う ことがわかったので,ETS-Uの定常運 用開始より丁度一年目の昭和53年5月8日 まで実験を延長することにした。これに伴 う計画の一部手直しが必要となる。しかし ながら,実験データの解析と実験結果の報 告等については既定方針通り本年10月迄の ものをもって一応とりまとめる予定であり, それ以後のデータについては改めて別途考 慮したいと考えている。
   おわりに
 ETS-Kは我が国の実用衛星計画の中で,初めて長期 間の連続実験を行った衛星であり,当所においても初め ての衛星の定常運用実験となった。不慣れのため,御無 理をお願いしたり,御迷惑をおかけしたこともあったし, また,実験担当者に過重な負担がかかったこともあった が,所内の関係者,電波監理局,NASDAをはじめとす る各関係機関,関係会社の方々の御協力により順調に期待 以上の成果を得つつある。わけてもNASDAの追跡管制 部,試験衛星設計グループ,筑波宇宙センタ中央管制所, 当所鹿島支所ETS-U担当者の尽力を特記して感謝し たい。

(衛星研究部・通信衛星研究室・主任研究官 畚野信義)




乱層のゆらぎと衛星電波のシンチレーション


新野 賢爾(第一特別研究室長)

   はじめに
 本題に入る前に“ゆらぎ”というものはどんなものか を考えるのも無駄ではないでしょう。われわれをとり囲 んでいる自然環境の中には,大気にも海洋にもゆらぎと 呼んでよい様な変動があります。大気について考えてみ ても,台風のようなはげしいものから,天気図によくみ かける不連続線にしても,見方によれば一種のゆらぎと いってよいでしょう。もちろん,晴れた日向によく見掛 ける,地表に立つかげろうなどはゆらぎと呼ぶのに一番 ふさわしいものです。
 地球環境を大きく支配している太陽自体にしても,そ の中にゆらぎと呼んでよいような様々な現象や構造を示 していることはよく知られているところです。一般にゆ らぎとは,何ら変化のない状態,もしくは定常的な状態 からの偏差的なものと考えられます。この様に定義して しまえば,如何にも附加的な状態であって,大局とはか かわりのないもののように聞えますが,はたしてそうで しょうか。
   電離層のゆらぎ
 では電離層のゆらぎとはどういうものでしょうか。太 陽のじょう乱エネルギによって発生する電離層嵐,デリ ンジャー現象とよばれる嵐や大気圏への流星の突入など の外因性のものと,対流圏,成層圏からのエネルギの流 入による潮汐,内部重力波動のような下層大気との相互 作用によって起る冬季異常吸収で代表される現象,さら に何等かの電離層自体で発生する電磁流体波動,渦動, 分子運動的ゆらぎなど内因的なものとがあります。
 それでは,実際に地上からの電離層観測による場合に ゆらぎに深い関係がありそうなものにどういうものが対 応しているでしょうか。代表的なものとしては,スプレ ッドFとよばれる散乱性F層,E領域に気ままに出没す るスポラディックE層とかD層領域の散乱層などがあげ られます。これらについても現在のところその特性の表 面的な記述程度のことしか明らかにされておらず,これ らの定常時にさえ見られるゆらぎの存在を裏づける深い 仕組みについてはまだまだ不明なことが多いのです。
 普通この様な対象について研究を進めていく場合, whyという疑問を解き明そうとするまえにhowという現 象の振舞をまず記述することが必要であり,またそれは 直接に役に立つことが多いようです。たとえば,D層散 乱はF層伝搬の場合のように磁気嵐の影響を受けにくい VHF帯電波による散乱通信を可能にする性質があるこ とから,その特性について研究され,往年有力な極地域 における通信に米軍などによって盛んに用いられていま した。このように本性を理解しなくても,それはそれで 利用方法があったわけであります。その後,D層散乱の 原因は実は流星の大気(受入の際の電離飛跡の残りかすか らの電波散乱であることがつきとめられ,さらにこの流 星因の金属電離はスポラディックE層にも影響するなど 広く電離圏全体の仕組みにも関与しているのではないか と推測されるに至っています。
   衛星電波のシンチレーション
 近年衛星通信の幕明けとなってから,高い周波数の電 波を用いることによって,電波は電離層の影響をうけに くくなったため,この側面からは電離層の研究の必要性 は次第に薄れて来ましたが,電離層内のゆらぎは衛星通 信ならびに高精度を必要とする計測技術,航行技術の面 ではなおいくつかのかかわり合いを持っていることがわ かってきました。
 古来より人間は夜空に星を仰いで,キラキラとまたた いて見える星の光の神秘に感動し数々の文学的,思想的 な想いにふけったわけでありましょう。これは何も星自 体の光の変動によるものでなく,われわれをとりまく地 表面にごく近い大気の屈折率の細かいゆらぎによるもの であって,星のシンチレーションといわれています。第 2次大戦直後,英国の電波研究者がたまたま白鳥座のア ルファ星という強い電波星を観測したとき,その電波の 強さが激しく変動していることから電波もまたシンチレ ーションを示すことを発見したのが事の始まりでした。
 その後,人工衛星が打上げられるようになってから, 衛星電波も電離圏や対流圏のゆらぎによってシンチレー ションを起こし,通信の質の劣化を招くことから数多く の研究が実施されるようになり,今日では国際的にも昨 年のCCIR(国際無線通信諮問委員会)で作業班が設立 され目下鋭意作業中であり,筆者も日本の研究活動を連 絡する窓口として参画しています。
 ではどうしてシンチレーションが起るのでしょうか。 電離圏でも対流圏でも,屈折率に不規則なゆらぎのある 所を電波が通過すると,それに応じて電波の位相に乱れ が発生します。この位相乱れをうけた,すこしずつ伝搬 方向の異なった電波はそののち互いに干渉して強度(振 幅)シンチレーションに生長するのです。すなわち,衛 星電波シンチレーションには必ず位相と方向シンチレーシ ョンも同時に伴っています。丁度短波による地上通信の ときのフェーディンクと同じ様に,強度(振幅)シンチ レーションは直接衛星通信の障害に関係し,位相,方向シ ンチレーションなどはVLBI(超長基線電波干渉計)とか 衛星を用いた国際時刻同期などのような高精度を要する 測定実験や航行衛星,通信衛星の利用に際し誤差や情報 の誤りの原因になります。
 シンチレーションの原因となっている電離層のゆらぎ は地上通信のフェーディンクだけでなく,電波散乱とか 異常伝搬にも関連して認められていました。1965年以来 当所でオーストラリアと協同で実施中の赤道横断伝搬も, 赤道地域に存在する電離層ゆらぎによる電波散乱によっ て発生する異常伝搬であることが知られています。
 電離層シンチレーションの地域特性としては,大きく 分けてその原因である電離層ゆらぎの特性にしたがって 極地域,中緯度,赤道地域の三つに分けられるようです (図1)。極地域では,降下粒子流に伴った電離圏F領域, E領域の乱れにより,赤道地域については,磁気赤道に 沿った緯度幅±10〜15度のベルトにおいて夜間出現する スプレッドFに伴って発生することが知られています。 また日本のような中緯度地域では,高,低緯度の多発地 域にはさまれて中間的な特性を示し,その規模は大きく はないが複雑な特性となっています。最近国分寺本所と 鹿島支所で静止衛星である技術試験衛星U型(ETS-U, 「きく2号」)で観測した場合については,夏の夜間 に多発する傾向があり,赤道地域型に近い特性となって います。太陽活動周期との関係についてはまだ不明であ りますが,極小期に当る現在のところ,136MHzにおい てシンチレーション幅10dBが最多発時刻に10%の出現 率,1700MHzにおいて1dBが10%の率となっています。
 周波数特性としては,電離層の影響の多いVHF帯に 著しく,ふつう衛星通信に用いる4,6GHzにおいては 赤道でまれに強度幅10dBが観測される程度で,おおむね VHF帯で周波数に逆比例し,UHF帯では周波数の二 乗に逆比例して減少するといわれています。


図1 地球を真夜中側から見て電離層シンチレーションの 多発地域を示す。(Aarons他,Proc.IEEE,1971)

   研究室から
 われわれの研究室では,一昨年から米国の通信衛星イ ンテルサットの136MHzビーコン電波によって,山川 電波観測所と協同してシンチレーションの観測を開始し ました。その後本年2月打上げられた国産最初の静止衛 星ETS-Uの136MHzによる観測に変更して続けられ ています。鹿島支所では,より高い周波数1.7,11.5G Hzの観測も行なっており,今後協力して研究を進めた いと思っています。
 さらに,シンチレーションの直接の原因である電離層 のゆらぎを測る手段として,ファラデー回転の観測を4 月から急きょ開始しました。ファラデー回転というのは 電波が電離層を通過するとき,地球磁場と電子 の影響で電波のもつ右回りと左回りの偏波成分 がそれぞれ異なった位相速度をもつため,合成 した偏波面が電波通路上の総電子数に比例した 回転をする現象であって,この回転角を測れば 逆に総電子数がわかるわけであります。
 ここで一寸自慢話で恐縮ですが,われわれの 研究室ではこのファラデー回転とシンチレーシ ョン観測装置をありあわせの短波方向探知機を 利用したほかは空中線から増幅器に至るまです べて当研究室の考案と手造りにより完成し,し かもその性能は国際水準を抜くもので極めて良 質なデータを供給してくれています。
 と申しますのは,ETS-Uの受信記録をみ ると,スプレッドFがあらわれるときに,ファ ラデー回転角に激しい変動が観測され,このと ききまってシンチレーションが発生することが わかったからです(図2)。この事実の発見は測 定装置の優秀さとともに,多面的な同時観測によるもの, 加うるに日夜地道に続けられている電離層定常観測によ るものと思っています。
 電波のシンチレーションの直接原因である電子密度の ゆらぎを同時観測することは,シンチレーション研究の 手段として極めて効果的であることがわかりましたので, 今後も引き続いて実施することは勿論のこと,出来うれ ば2地点もしくは3地点で同時観測を行なって,電離層 ゆらぎの空間的大きさ書形状,運動等についても明らか にして行きたいと思っています。


図2 当所において静止衛星ETS-IIの136MHz 電波受信のよるシンチレーション指数(SI,上 側の実線)とファラデー回転(ΔΩ,下側の点) のゆらぎを対比させて示す。

 なお図2中にみられるように,日中に現われる短時間 のシンチレーションはファラデー回転との対応がないの ですが,このとき電離層観測に必ず強勢なスポラディッ クE層が出現していることもわかって来ました。
 次に,この観測記録を調べているうちに奇妙な事実に 出くわしました。さきのシンチレーションとファラデー 回転角のゆらぎに対応関係のあることは当然予想される ことでありますが,さらに一日単位で比較するため,そ れぞれシンチレーションとファラデー回転のゆらぎを指 数化したものをグラフ用紙にならべてプロットしてみて も,この両者はほぼ似た形の山と谷をたどり毎日推移し ています。試みにスポラディックE層についても国分寺 の電離層観測の値を1日単位に指数化して並べてみたと ころ,これもまた良く似た傾向で推移していることがわ かりました。このことは,スプレッドFとスポラディッ クE層という高度数100q以上隔った二層がある強い相 互関係で結ばれていることを示すもので,その原因は電 磁気的なものか,流体力学的なものかあるいは組成に関 する化学的なものか不明でありますが,電離圏のゆらぎ, ひいては電離圏自体を理解するため大切なことであると 思われるので,今後もあわせて検討して行きたいと思っ ています。
 以上のようなわけで,当研究室でのシンチレーション の研究も,ETS-Uを観測することによりやっと緒に ついたところです。山登りにたとえれば,やっと山道に さしかかり周囲に美しい樹木や岩肌が見えはじめたとい うところでしょうか。どうか今後も御支援,御指導を賜 わります様お願い致します。
   おわりに
 この小文は電離層のゆらぎ,電波シンチレーションを 解説するものとしてはあまりまとまりのないものになっ てしまいました。
 自然環境の中の対象を研究するにあたってhowとい う研究方法と,それに続く対象の実像を認識しようとす るwhyに答える研究方法の二つがあるのではないかと思 っています。この両方が必要に応じて反復されることに よってwhatに近づこうとする研究本来の姿があるのでは なかろうかと常日頃実感していることをしるしておきま した。あわせて御理解頂ければ幸です。




第9回国際音響学会議に出席して


中津井 護(企画部)

   はしがき
 昭和52年度科学技術庁国際研究集会派遣研究員として, スペインで開催された第9回国際音響学会議 (9th International Congress on Acoustics,以下,9ICAと略す)の 本会議とセビリヤ・シンポジウムに出席するほか,パリ 郊外のオルセイにある国立科学研究センタ・流体力学及 び音響学に関する計算機科学研究所 (Laboratoire d'Informatique pour la Mecanique et les Sciences de l'Igenieur du CNRS, 以下LlMSIと略す)の音声研究 部門を訪問する機会を得たので,各々の概要に,スペイ ンの印象を加えて報告する。
   9ICA本会議
 国際音響学会議は,ユネスコの国際純粋及び応用物理 学連合(IUPAP)の音響学委員会(ICA)が,音 響学及びそのすべての関連分野にわたり,3年毎に開催 する大規模な国際会議であり,オランダのデルフトにお ける1953年の第1回会議以来,今回で9回目を数える。 第6回は1968年に東京で開催され,このときには筆者も 参加した。第7回(1971年,ブタペスト),第8回(1974 年,ロンドン)には,当所から鈴木誠史音声研究室長が 参加している。

表1 分科会の構成と発表件数

 今回の会議は,スペイン音響学会と同国物理学研究セ ンタ・音響学研究所が組織委員会を構成して準備・実行 に当った。本会議はマドリッド市内の国際会議場で7月 4日から8日まで、行われ,43カ国から約1,300名が参加 した。本会議の学術プログラムは,招待講演(10件), 表1に示す18分科会に分れての一般講演(677件),及 び五つの作業部会よりなり,筆者は主として分科会I(音 声通信)に出席した。表1に示したように分科会Iは最 も発表件数が多く,会期後半には2会場で、並行して発表 が行われた。また,分科会R(信号処理)にも若干の音 声関係の発表があったので,音声関係の全発表を網羅す るためには最低3名が5必要であり,帰国後の日本音響学 会における報告の関係もあって,藤崎博也東大教授を中 心に適宜分担することとなった。

表2 音声関係の一般講演の国別発表件数

 音声関係の一般講演の国別発表件数を表2に示す。日 本よりの発表が最多であり,外国に滞在中の日本人によ る発表を加えると全発表の1/4強を占めた。また,ソ連 よりの発表が皆無であり,英国からの発表が半減した代 りに,スペイン語圏からの発表のあったこと等が今回の 特色であろう。以上の点を除けば,日,米,西独,仏, 英からの発表の多いことは従来と同じであり,発表件数 の多さはほぼその国の音声研究の活発さに比例している。

表3 音声関係の一般講演の分類と発表件数

 音声関係の一般講演の分野別分類とその発表件数を表 3に示す。従来に比べ,音声合成に関する発表が大幅に 減り,自動認識(音声理解,話者認識を含む)に関する 発表の増加が顕著である。日,米からは生成機構,知覚 に関する基礎的研究の発表が多く,西独,仏からは認識, 合成関係の発表が比較的多い。その他の諸国からの発表 の中にはやや初歩的なものが散見される。これは,過去 の音声研究の歴史を逆にたどることにも相当する。しか し,英,独,仏,日本語以外の従来あまり対象とされな かった言語圏から,本格的な音声研究の萌芽を思わせる 発表がかなりあり,正統的な音声研究が幅広く定着しつ つあるとの印象を受けた。
 筆者は会期初日及び4日目に2件の一般講演を行った (本ニュース9月第18号,外部発表欄参照)。一つは,昭 和46年度より5ヵ年間にわたり当所音声研究室で行われ たヘリウム音声の研究の実績に,音声固有の研究手法で ある「合成による聴取」を結びつけて,ヘリウム音声の 了解性改善装置の設計基準を初めて定量的に示したもの である。他の一つは,代読したものであるが,相関関数 を用いた音声処理方式(SPAC及びSPOC)の雑音低減 効果を,対比較試験に基づく心理尺度上で評価したもの である。討論においては,成果の一般化あるいは評価の 定量化にあたっての問題点が論じられた。
 一般講演の討論時間は必ずしも十分ではないが,種々 の機会に,興味深い発表をした研究者をつかまえては話 し合うことでそれは補われ,と言うよりは,むしろそれ により討論と相互交流が深められる。この点,日本より の出席者は,とかく日本人同志で集まり食事をする等の 傾向が強いが,これは良い機会を逃すことになる。筆者 はこの点を出発前に銘記していたので,下手な英語を省 みず,精一杯努力してみて有意義であった。
 本会議では以上の学術プログラムのほか,皇太子を迎 えての開会式,王室所属の庭園におけるレセプション, フラメンコを見ながらの晩餐会,ハープの独奏会などの 催しがあった。
   91CAセビリヤ・シンポジウム
 当シンポジウムは本会議の衛星シンポジウムの一つで あり,「聴覚と産業騒音環境」と題して,スペインの労 働安全衛生機構セビリヤ地区研究所が共催し,同研究所 会議場で7月11,12の両日に開催された。学術プログラ ムは4分科会に分けた講演・討論で構成された。産業騒 音が労働衛生及び日常生活に与える影響とその対策が中 心課題であり,計12件の講演と活発な討論が行われた。
 筆者は,分科会a)「産業騒音源と環境」において『高騒 音環境における音声通信』と題する招待講演を行った。 高騒音下の産業活動や日常生活における音声通信の重要 性は一般的には認識されているが,まだ本格的な研究が なく,騒音部門と音声部門の協同作業も皆無に等しかっ た。筆者らは講演の前半で,数少ない報告を例に引きな がら現状と問題点を述べ,後半で音声部門側からの一つ の解決策を実験例を含めて提案した。
 11日夜には,非常に狭い路地に住宅が密集しているサ ンタクルス街(旧ユダヤ人街)の住宅中庭においてブド ウ酒のコンパが行われ,それに引続いてセビリヤのアル カサール(城)か参加者の見学のために開放された。
   LIMSI訪問
 LIMSIはフランスの国立科学研究センタ(CNRS)に 属する国立研究所群の一つで,パリの都心から南々西約 25q,郊外電車で約30分ほどのなだらかな丘陵と森に囲 まれた学園都市オルセイにある。応待してくれた LIENARD博士によれば,所員数は約60名で丁度手頃な人数 とのことであった。研究者の一部は大学教授が兼任して いるほか,かなりの数の博士課程の学生が研究に従事し ている。このような近くの大学との交流に限らず,他の 研究機関との共同研究も盛んである。
 音声部門には6名の科学者がおり,音声の分析,合成, 及び認識・理解の3課題で活発な研究が行われている。 音声合成器など研究手段には我々にとって不満な点もあ ったが,研究の目標や方法論はかなりしっかりしており, 参考にすべき点も多かった。特に,フランスではここ数 年来,国内の大学・研究機関から音声研究に携わる電気 工学,言語学,心理学等の広い分野の研究者が集る相互 交流の機会が活発に持たれており,近い将来に日,米と 並ぶ音声研究の水準の高い国になるとの印象を持った。
 なお,筆者の旅行中に当所音声研究室田中良二主任研 究官の仏政府給費留学生としてのLIMSI滞在が正式に決 定されたむねLIENARD博士より知らされ,さらに彼ら が田中氏の来訪滞在を大いに期待しているむね表明した ことを付記する。


マドリッドの国際会議場(Palacio de Congresos)

   スペイン雑感
 スペインを訪問する機会はあまりないと思われたので, 空き時間には努めて街に出た。また,休日にはマドリッ ド郊外に散在し千年以上の歴史を持つ古都を巡るバス・ ツアーに参加するほか,セビリヤからは鉄道を利用して コルドバを訪ねてみた。
 現在のスペインは,15世紀にカステリヤ(首都セゴビ ヤ)の女王イサベルとアラゴン(首都バルセロナ)の王 フェルディナンドが結び統一国家を形成したのに始まる。 その後16世紀にかけて,コロンブスヘの支援,七つの海 を支配した無敵艦隊等に象徴される植民帝国として繁栄 した。この統一国家を形成する以前は,イスラム文化圏 に入っていた北アフリカのベルベル族(スペインではム ーア人と呼ぶ)が7世紀以来ほぼ全土を支配していたと いう。特に,南部のアンダルシア地方(セビリヤ,コル ドバ,グラナダ等)にはイスラム文化の色が濃く残って いる。
 地理的には北緯40度近辺にあり,欧州ではイタリア, ギリシャと共に最南部に位置する。気候は温暖であり, 特に夏の陽射しは日本では想像も出来ないほど強い(た だし,乾燥しているので日陰では日本ほどの暑さは感じ ない)。そのためか,銀行をはじめ商店(飲食店を除く) は午後4時頃まで昼休みとなり,買物等には大変苦労し た。以上のように,キリスト教国(ほぼ全国民がカソリ ック教徒)でありながらイスラム文化の色彩が濃いこと と,他のヨーロッパ諸国に比べてはるかに温暖な気候を 持つこととが,スペイン特有の文化に強い影響を与えて いるという印象を持った。
 近代都市としての歴史の重さであろうか,マドリッド 等の大都会を問わず,人口10万人たらずの田舎町を歩い ても公共施設は日本より整備されているように思われた。 特に,街路樹,公園等緑の豊かなことと,随所に広場 (Plaza)のあることは表しいかぎりである。夏時間を採 用している関係もあり,午後10時頃まで明るい。歩道, 広場,公園等いたる所に椅子とテーブルが並べられ,退 勤時(午後7時頃)にもなると,老若男女を問わず子供 まで加わって飲物をとりながら長時間話し込んでいる。 筆者も一度,10分歩いてはビールを飲み,また10分歩い てはレモネードを飲むという散策を試みたが,まさに 「生活を楽しむ」という言葉につきるようである。
 レストランで食事をすると2時間近くかかるので,時 間や食欲のない時には,カフェテリヤで軽い食事をした。 そこではビールを飲みながらカウンタに並べられた一品 料理の中から好みのものを小皿に取って食べることにな る。料理は米を使ったパエリャ,イワシの酢のもの,天 ぷらなど日本人の嗜好に合ったものが多く,価格も仏, 西独に比べて格段に安い。朝食は大陸風で簡単であるが, 昼食(午後1時すぎ)と夕食(午後9時頃)はブドウ酒 を飲みながら時間をかけてたっぷり食べるという習慣が ある。
   あとがき
 ロンドンのヒースロウ空港における一部職員のストの ため,羽田出発便の取消し,同空港混乱のため接続便に 乗れずマドリッド着が深夜になったこと,手荷物の2日 延着等,初期に種々のトラブルが生じた。出発時に安全 をみて,口頭原稿,スライド等は機内持込としたので、 会期初日の発表は無事に済ませることが出来た。うわさ 通りにロンドン空港の信頼性は低いので,直行便のない ヨーロッパ諸国へ行く場合にはパリ,フランクフルト等 を経由すべきであろう。
 参加した会議では,不断接することの少ない米国以外 の諸国から多くの新鮮な発表があり,参考とすべきもの も多かった。さらに,発表会場以外のレストランで食事 をしながら,あるいはバーでビールやコーヒーを立飲み しながら,多くの研究者と話し合う機会を持つことがで き,論文等情報交換の約束もして来た。これらの新たに 知り合えた研究者達と相互交流を深めたいと思う。
 最後に,筆者にこのような機会を与えられた当所,郵 政本省及び科学技術庁の関係各位に深謝する。また,研 究発表の準備にあたり,当所音声研究室の皆様より全面 的な御支援をいただいたことを特記したい。


短   信


第5国字宙開発計画討論会

 第5回宇宙開発計画討論会が9月22日13時から当所講 堂で開催された。今年度の郵政省(本ニュース7月第16 号参照)及び他省庁の宇宙開発の見直しに対する要望事 項とその審議過程及び当所が関与する衛星の具体的な計 画案が担当者から紹介された後,活発な討論が18時まで 行われた。



BS計画における降雨散乱実験(その1)

 電波気象研究室および鹿島支所(BS・ETS-Uグ ループ)はNHKと協同して,茨城県大洋村−鹿島支所 間(距離19.4q)で,8月22日から9月3日の約2週間 にわたって降雨散乱実験を行った。この実験は地球局か ら衛星に向けて発射される14GHz帯の電波が,降雨散 乱によって他の地上固定回線に,どの程度の干渉を与え るかを調べるためのものである。



研究宝の端設に伴い鹿島支所2課3研究室に

 10月1日付で、鹿島支所に1研究室が増設され,同所は 2課3研究室の構成となった。旧第二宇宙通信研究室の 所掌は第三宇宙通信研究室の所掌となり,旧第一宇宙通 信研究室の所掌のうちCS・BSに関するものが第二宇宙 通信研究室の所掌となる(本ニュース5月第14号の昭和 52年度研究計画一覧表を参照されたい)。