リンコンペックス方式による陸上移動無線


角川 靖夫(通信機器部)

   はじめに
 たとえば,タクシーの運転手が無線で交信しているの を見ればわかるように,陸上の移動体である自動車,列 車などに乗っている人と通信するには有線は使えず無線 に頼るしか方法がない。このように陸上の固定した基地 局と陸上移動局との間,または陸上移動局相互で無線通 信を行っている無線通信業務を陸上移動業務といい,警 察(パトロール車,白バイ,徒歩警察官など),消防(火 災,急病人,交通事故,非常災害時など),建設(主に水 防用),鉄道(安全,確実なダイヤ運行,列車無線など), 電力とガス(主に保全用)をはじめ,国と地方行政,公 衆通信等の重要な公共的業務,新聞と報道,金融,製造 等の必要性の高い事業に用いられている。
 このような電波の効用は社会活動が活発になり広域,性 を持つにつれ,さらに各方面での産業構造の多様化に伴 って拡大している。図に示すように,ここ18年間にわた る陸上移動局数は無線局全体の約3割を絶えず占め,10 年間に約10倍に増加しており,この傾向は今後も続くと みられる。現在の使用周波数帯は60MHz帯,150MHz帯, 400MHz帯がほとんどであり,主に伝送帯域幅16kHzの 周波数変調電話(F3)を用いて約1500波を地域的に重 ならないように使用するなどして40万弱の陸上移動局が 運用されている。


図 国内の年度別無線局数の推移

 このため,大都市の陸上移動用電波の過密度は大きく, したがって将来に備えて,多方面の需要に応じ得る周波 数を確保することが益々重要になり,限られた電波資源 を高度に活用する周波数の有効利用に役立つ技術的調査 と検討が急がれる。ごく単純に考えれば,使用周波数帯 を拡大することで問題は一挙に解決されそうであるが, 電波の有限性と各無線業務に適した周波数が国際的,国 内的に分配され,これに基づいて割当てられた周波数で 各無線局が有効に運用されているので,これはまず無理 である。それでは多数の加入者に対して少ない回線で効 率的に通話できる搬送電話の交換技術を取り入れ,時間 的に利用率を向上させたらとの案が考えられるが,一般 公衆無線電話と異なる使用状態にあるいわゆる専用無線 電話にはおのずから限度があり,実行上容易ではない。 さらに,音声伝送に必要な伝送帯域幅を圧縮する考えが あり,これは使用周波数帯を変更しないで割当周波数を 増加させようとする点で,前の二者に応用され得る利点 をもっている。
 当所通信機器部通信系研究室では,この帯域圧縮の方 法の一つとして伝送帯域幅3kHzを持つリンコンペック ス方式を陸上移動無線に適用することについて数年来検 討を重ねているので、得られた結果等の概要を紹介する。
   リンコンペックス方式とは
 原理上,伝送帯域幅の一番狭いのはSSB方式であり, 送信情報の最高周波数と同じで済む。この方式が今まで の陸上移動無線に用いられなかった主な理由は(1)都市内 の建造物による多重反射で生ずるレーレー型フェージン グと(2)自動車のセルモータ,点火栓から生じる都市雑音 の両者に弱く,受信品質の劣化が甚だしいためである。 これに対し,FM方式はこれらの弱点をほとんど持たな いので現用されているわけであるが,残念なことに伝送 帯域幅が音声帯域の5倍強の16kHzと広いのが欠点であ る。
 リンコンペックス(Lincompex,以下LPXと略記) はLinked Compressor and Expanderから名付けられ, 音声帯域における一種の端局装置である。この最大の特 長はフェージングによって損傷を受ける音声のゆっくり した振幅変化分を周波数変調することで保護している点 にあり,この帯域幅は数百Hzもあれば十分である。一般 にこの方式はSSB方式と組み合わせて用いられるので 伝送帯域の狭いAM方式とフェージングと雑音に強い FM方式の両者の長所を巧妙に取り入れていることがわか る。
 現在,海上移動用LPX方式の規格値が国際的に統一 され,受信品質が格段に向上することから広く採用され つつあるが,陸上移動無線に対する検討に着手したのは 当室が最初である。
   陸上移動無線への応用
 まず,計算機シミュレーションにより陸上移動無線に 適するパラメータの推定を行い,次に装置化する場合 の問題点を検討した。海上移動用と異なる主な点を次に 述べる。(1)3dB帯域幅を音声チャンネル(音声の周波数 情報を通す)で0.3〜2.1kHzと約200Hz狭くして必要最 小限(音質は多少劣るが了解性はほとんど変らない)と し,その分だけ制御チャンネル(振幅情報を通す)を2.5 〜2.9kHzと約2倍広くしている。これによって(2)音声の 振幅レベル変化分を送る制御周波数を6Hz/dBと3倍大 きく偏移させることができ,SSB送受信機の周波数変動 差とドップラー・シフトによる影響が小さくなり,(3)過 渡応答を規定するアタック,リカバリ・タイムを圧伸器 で約1/3,フェージング抑圧器で約1/10と短くし,かつ (4)音声と制御のチャンネル・レベル比(信号)を等しく することにより,陸上移動伝搬路特有の速いフェージン グと20〜30dBにも達する深いレベル変動を極力防ぎ,(5) 伝搬路における劣化の度合を調べるために,エンファシ スとクリッパを数種切り替えて選択できる機能を持たせ ている。
 SSB送受信機については,音声の歪の原因となる周波 数許容偏差をそれぞれ30Hz以内とし,スプリアス発射を 現行FM方式と同じ許容値(帯域内-80dB以下、帯域外 -60dB以下)に抑えている。構成上の原理は28MHz帯 以下のSSB送受信機を準用し,抑圧搬送波(A3J)方式 を用いている。このため,自動利得制御は復調音声出力 レベルの強弱に応じて高周波増幅と中間周波増幅の2段 にわたって行い,2又は10msのCR時定数の緩急の切 り替えに関係なく0〜80dBμVの正弦波入力レベルに対 し一定の受信機出力レベルを得ている。
   FM,SSBとの比較伝搬実験結果
 LPX方式と現用FM方式及びSSB方式の優劣を明ら かにするために150MHz帯で比較実験を行った。主な コースは当所を中心とした甲州,青梅,新青梅の3街道 を含む都市方向の半径25q以内にあり,延べ400qを走 行した。

表 評価別所要平均電界強度(dBμV/m)

 比較的安定した地点における平均電界強度を5段階評 価別に表に示す。被験者は5名であり個人差による評価 のバラツキで2段階に及ぶものはほとんどない。AGC時 定数については2msが10msにくらべて多少評価が良く, エンファシス効果はクリッパ効果よりも大であった。都 市雑音に対しては電界の弱い場所ではLPX方式の方が FM方式よりかえってよい場合があった。また,LPX方式 ではドップラー効果による信号の劣化はなく,SSB方式 ではトーン送出時の復調信号がモールス符号のように断 続して聞こえる場合が多く,LPX方式に切り替えるとそ のようなことはなく格段に良くなり,この方式の長所が 実感できた。実用的と考えられる評価値3を得る平均電 界強度(dBμV/m)はLPX方式で18,FM方式で22, SSB方式で24(しかしレベル変動大)が必要であり,評価 値4では各方式間に約5dBの差がある。LPX方式の評 価値2における値の信頼性は実測資料数が他の方式の半 分と少ないために,多少疑問が残る。
   むすび
 伝搬実験を通して現用FM方式より若干良いVHF帯 陸上移動用リンコンペックス(LPX)方式が実際に存在 し得ることを明らかにした。
 このシングル・チャンネルの結果をふまえてLPX用 信号発生器を試作し,妨害波源として用いて隣接チャン ネル妨害の実験を行ったところ,希望波にくらべて 70dB大きい妨害波に対し,つまりU/D=70dBのとき,約 6kHz離れればSINADで12dB取れるから最小割当間 隔は6kHz程度にできるものと推定される。これは現行 FM方式に比べて3倍強にチャンネル数を増やせること を意味し,周波数の有効利用に大いに役立つと考えられ る。
 電波の型式を今回の抑圧搬送波(A3J)から低減搬 送波(A3A)に変更し,パイロット信号をもとに周波 数と利得の自動制御を行う方が有利と考えられ,さら にフェージング抑圧器の省略化,BBDによる遅延回路の 小型化なども可能とみられる。その他,最近では周波数 変動を受けにくくする対策として制御チャンネルのみを デジタル符号化したり,圧伸器の機能をデジタル的に行 わせる方法が注目される。
 LPX方式では音声帯域において完全圧伸機能により音 声の出力レベルをほとんど一定にするので,これを端局 的に利用することによりFM方式の周波数偏移を絶えず 最大近くに設定して,実効変調度を大きく保つことがで きる。これを付加した狭帯域化FM方式(帯域幅8kHz) と現用FM方式(16kHz)の予備実験からほぼ同等の性 能が得られる見通しを持っている。試作した全半導体化 可搬装置は最良ではなく,LPX-SSB方式を実用化す るには低価格化と小型化(特にLPX端局)をはじめと して周波数安定化法とスプリアス発射の軽減法の開発等, 改善する余地が多々あり,小型化半導体技術の進歩にま つこと大である。




電波観測所めぐり  その3    犬吠電波観測所


   はじめに
 民謡大漁節で名高い銚子市は古くから漁港として,ま た醤油の醸造地として栄えている人口10万弱の都市であ る。東京から総武本線特急に乗り2時間で銚子駅に着く。 そこで銚子電鉄に乗り換え犬吠駅で下車すると目前に愛 宕山が見える。愛宕山のスカイタワー(地球展望塔)を 目標に登ると,約15分程で有料観光道路の終点にあたる 当所の正門前にたどりつくことができる。
 当所の誕生したのが昭和20年の秋であるから,今年で 満32年を経過したことになる。以下順を追って当所の歴 史,観測と研究の概要,風土などを紹介してみよう。
   32年の歴史
 当所は,銚子市の最尖端犬吠崎を眼下に見おろせる海 抜73.6mの愛宕山の高台にある。第二次大戦中はここに 陸海軍の見張所が設けられ,肉眼とレーダによる空と海 の監視が日夜続けられた。終戦と同時に施設は逓信院に 移管され,昭和20年9月に逓信院電波局大平測定所犬吠 分室として発足した。その後,幾多の機構上の変遷を経 て,昭和27年8月1日電波研究所が設立されるに際し, 郵政省電波研究所犬吠電波観測所となり,今日に至って いる。
 当所は,三方を海に囲まれた高台にあって電波の伝搬 研究には格好の条件に恵まれた場所である。昭和21年か ら33年にかけては,平磯支所との間の超短波及び極超短 波による海上伝搬実験を,また,本所との間では超短波に よる陸上伝搬実験を実施し,電波伝搬の研究に大いに貢 献した。昭和35年に新しい研究観測業務として,現在の VLF電波(超長波)を主体とした遠距離伝搬特性の調査 研究が開始され,観測所にとっても一転期となった。そ して昭和40年秋には米国の研究機関 Institute for Exploratory Research と電波研究所との間に「VLF 電波伝搬研究に関する協同研究」の協約書が交換され, 当所が観測地に決定された。この研究プロジェクトは参 加9か国,観測点10か所に及ぶ世界的規模で行われ,11 年間の長期間にわたる広汎なデータを集積し,昭和51年 12月に一応終結した。また昭和42年9月には米国の Naval Research Laboratoryとの協同研究が開始され,現在全 自動観測装置(APADAS)によるVLF電波の位相と強 度,そして大気雑音などが測定されている。昭和45年10 月には上記の協同研究に関連して,周波数標準器として のセシウム原子標準器が設置され,犬吠の位相測定の精 度がさらに向上した。昭和47年1月に電波航法用オメガ 電波の調査研究が開始され,米国,ノルウェー,フラン ス,日本の各オメガ局電波の位相と強度の測定が行われ ている。このような経過により,今日では犬吠電波観測 所の名は日本のVLF受信局として内外に知られている。
 昭和53年の2月下旬には,30年余にわたって住み別れ た古い木造庁舎ともお別れし,モダンな鉄筋コンクリー ト2階建の新庁舎が完成する。


現在の木造庁舎

   VLF電波観測と研究業務の概況
 VLF帯電波は下部電離層を媒体として数千qの遠距離 まで極めて安定に伝搬し,日変化及び季節変化特性が規 則正しく繰り返される性質をもっている。しかし太陽活 動度が増大すると太陽面上の爆発現象に起因する一連の 電離層の「あらし」がしばしば発生し,その結果VLF重 波信号の位相,強度ともじょう乱を被るのである。した がって,現在運用されているオメガ電波航法にもその影 響が現われ,測位誤差を生ずる結果となる。
 当所では,早くからVLF電波の研究の重要性に着目し, 1960年以来遠距離伝搬VLF電波の位相と強度の測定を行 ってきた。特に,IASY(太陽活動期国際観測年)の始ま った1969年を契機として,じょう乱についての研究が活 発に行われ,各種じょう乱の全貌が解明された。
 現在測定中の回線には,高緯度地方を伝搬する回線と しては,米国,英国,ノルウェーから発射されている7局 がある。これらの回線は極域じょう乱を極めて敏感に検 出することができ,太陽地球間物理学の研究のためにも 重要な回線である。つぎに中低緯度地方を伝搬する回線 としては米国(ハワイ),日本,フランス,豪州などの計 8局がある。これらの回線は電離層突然じょう乱による 急始位相異常や日出没効果などの現象を究明するために 適した回線である。このようにして得られた数多くの受 信資料は月別,回線別に整理され,基本的伝搬特性やじ ょう乱特性の図表作成及び解析のために,本所と結ばれ た計算機端末を介し,電算機で処理されている。極域じ ょう乱及び急始位相異常の資料は,1969年のIASY以降 毎年電波研究所で発行される“Radio and Space Data” に掲載されている。また毎月の急始位相異常の資料は「電 離層月報」に掲載され,さらに米国のNOAA発行の “Solar Geophysical Data”に公表されている。この他,国 内の関係機関に対しては資料を直送し,情報の速報化に 努めており,特にオメガ電波伝搬情報については海上保 安庁オメガ・センタに対し,その都度適切な情報と資料を 提供し,その確度は高く評価されている。また西太平洋 地域警報本部として中心的役割を果している平磯支所に 対しては,毎日の高緯度地方の下部電離層の概況を通報 し,電波警報発令に役立てている。
 地域的な研究観測としては,昭和51年から開始された 「国際磁気圏観測計画(IMS)」に参加し,これを機会に 一段と観測態勢が強化され,極域現象と磁気圏との結び つきなどが解明されている。つぎに直接電波とは関係な いが,昭和46年秋から東京大学地震研究所との共同観測 として「地震予知に関する研究」の一環を担い,短周期 高感度地震計による地震観測を実施している。
   銚子の風土
 関東平野の東の端,坂東太郎の名で親しまれている利 根川が太平洋にそそぐところに銚子港があり,また,最 近は水郷筑波国定公園に指定され観光の街としても注目 されている。
 観測所の脇に「地球が丸く見える丘」と呼ばれるスカ イ・タワーがある。ここは円周360度中330度までが海に囲 まれており,このタワーからの展望で地球の丸さを肉眼 で感じることができるためである。特に,空気の澄んだ 秋から冬にかけての快晴の日の眺望はまことに素晴しい。
 山を下りて海岸線に沿って散策すると,長い歳月にわ たり太平洋の怒濤に流れてできた奇岩,怪石など変化に 富んだ犬吠の自然の美が感じられる。また銚子は昔から 文人,墨客らの来遊が多く,数多くの文学碑が随所にの こっている。
 銚子沖は親潮,黒潮の寒暖二流のぶつかるところで多 種類の魚が集まる日本有数の漁場である。この二つの海 流は銚子に典型的な海洋性気候をもたらし,冬は暖かく 夏は涼しく大変過ごしやすい。季節による新鮮な魚料理 の味はまた格別である。
   おわりに
 当所は,現在職員数7名でVLF電波を主体とした研究 業務を担当しているが,今後は測定された資料の十分な 活用を図り,太陽地球間物理学の研究は勿論のこと,電 波航法や電波警報などの実用的要求に基づく研究を積極 的に進展させたいと考えている。関係者各位には一層の 御理解と御支援を賜わりたい。

(犬吠電波観測所長 大内 長七)




第33回ISISワーキング・グループ会議及び
IAGA/IAMAP合同総会に出席して


若井 登(電波部)

    はじめに
 IAGA(International Association of Geomagnetism and Aeronomy) とIAMAP(International Association of Meteorology and Atmospheric Physics) の合同総会 並びにシンポジウムは,本年8月22日から2週間,ワシ ントン州シアトル市のワシントン大学構内で開催された。 また,第33回のISIS(International Satellite for Ionospheric Study) ワーキング・グループ会議は,参加者の 便宜を考慮して前記合同総会と同じ場所で8月23日と24 日の両日開催された。これらの他にINAG (Ionospheric Network Advisory Group),IUWDS (International Ursigram and World Days Service),IAGA/URSI の合同ワーキング・グループなど,当所の業務に関係の 深い小会合にも出席するため,筆者は8月21日から30日 まで出張を命ぜられた。紙面の都合で全部を尽くせない が,主な会議の概要を報告する。
   ISISワーキング・グループ会議
 当所は,1965年にこのワーキング・グループに加盟以 来,毎回代表を送り,衛星の運用,観測,研究に参加し 成果をあげてきた。ISIS衛星はカナダが打上げた衛星で, 現在はJ号とU号が入射粒子,大気光,電離圏(高度600 〜3500q)大気の組成,密度,温度などの情報をもたら している。
 この会議は全体的方針と前回以降の各参加機関の活動 状況を論ずるワーキング・グループ会議(カナダ,通信 研究センタ(CRC)のT. R. Hartz氏が議長)と,今後の 実験計画,衛星運用,研究成果を議題とするエクスペり メンタ会議(カナダ,ヨーク大学G. E. Shepherd氏が議 長)とから成る。両会議は共に12〜13名の参加(例年よ り少い)を得て8月23日〜24日にかけて行われた。
 ワーキング・グループ会議では,先ずNASA(GSFC) がSTADAN局(Satellite Tracking and Data Acquisition Network の略で世界各地に配置したNASAの局) の運用を延長することを発表した。すなわち昨年の会議 で1978年1月の運用停止を発表したNASAは,CRCの ISISプロジェクトの継続を支援するため,同年の夏まで STADAN局によるテレメトリの続行を決定したのである。 しかし見方によっては,続く1年間の解析期間をも併せ て明確にしたことにより,これ以上の延長はないことを 示唆したのかも知れない。
 CRCはISIS-T号とU号衛星の運用状況と性能を報告し たが,それによると両衛星とも機能の劣化は見られない。 そしてCRCが目下興味をもっている研究テーマは,二つ の衛星が接近した時に現れる特異な電波伝搬現象であり, すでに見るべき成果があがっていることも報告された。 日本からは,鹿島と昭和基地で行われているトップサ イド・サウンディングとVLFデータの受信,特に昨年4 月から始まり,今春まとめて持ち帰られた昭和基地デー タの処理と解析の現状,更に重水素ホイスラなどの研究 成果を報告した。その際,我が国のデータの質の良さすな わち受信技術の高さに対して賞讃の言葉がおくられた。 ニュー・ジーランドからは出席者はなく,報告書のみ届 けられた。それによると,受信局の整備及びデータの解 析研究を行っているようである。
 後半のエクスペリメンタ会議は,ほぼ同じメンバによ り,各機関のあげた成果,今後約1年間の実験計画を論 議した。研究の進め方としては,定常的にデータを取得 するというよりむしろ,他の手段(非干渉性散乱レーダ, 航空機を用いた測光,ロケットなど)との同時観測,特 定のテーマ(粒子相互作用,赤道又は極域電離層の構造 など)を中心にした共同観測という形で実施する傾向が 強いようである。
   ISS日加国際協力
 電離層観測衛星(ISS)に関してのカナダと日本の協 力関係を,1978年2月に追ったISS-b衛星の打上 げの前に再確認しておく必要がある。幸いISIS会 議のHartz議長が,ISSの日加協力に関しても窓 口的立場の人であったので,会議の合間に会談の 機会をもった。結論的には,カナダはISS-bの データ取得に協力すること,ただしオタワ地上局 の運用が1978年末までは保証されているが,それ 以降は未定であること,受信設備に多少手を加え る必要があることなどが明らかになった。そし て協力を進める具体的手順は,カナダ通信省次官 補J. H. Chapman博士と電波研究所長間で文書交 換を行った後,実務レベルでの技術的打合せに入 ることで互いに諒解した。カナダとしては,日本 が計画している電離層地図を作るための定常的な受信に 協力し,データも提供するが,研究的関心はもっぱら ISIS衛星間のランデブー実験(接近時の電波伝搬実験) にあるとのことである。このような明確な意志表示を得 たことで,今後の協力を進め易くなったことは事実であ ろう。その他の国又は機関からのISS計画への参加に関 しては,今のところアルゼンチンとインドからの照会程 度に留まっているが,実際に打上げられ,軌道に乗れば 事情も変ってくるであろう。
   IAGA総会
 IAGAはIUGG(International Union of Geodesy and Geophysics) に属する七つのAssociationの一つであり, 地磁気,超高層物理学だけでなく,太陽系,惑星間空間 の物理的研究を促進する国際的組織である。今回は四つ の合同シンポジウムと35のセッションが開催された。そ の中には選択に迷う程魅力あるテーマが沢山あったので あるが,残念ながら前述の用務の合間を見ての出席なの で系統的に聞くことができなかった。そこで当所にとっ て最も関心の深い電離圏研究の動向という点について感 想を述べるに留める。
 発表論文の内容から研究対象を大別してみると,一つ は人工衛星又は非干渉性散乱レーダなど最新の技術を用 いた電離圏上部(F層ピーク以上)と,他は下層大気と の関連を狙ったD領域以下の研究にあるように思われる。 勿論その中間のE,F領域に関する研究にも見るべきも のはある(特に高緯度か赤道地帯)が,無線通信と最も 深く係わり合ったこの領域が従前程の豊富な研究投資の 対象から外されつつあることは事実であろう。しかし何 れにせよ大気全体として人間生活と結びついているのだ から,等閑に付してよい領域のあろうはずがない。太陽活 動が天候や気象に与える影響というテーマのシンポジウ ムは,IAGAとIAMAPとの接点でもあり,帰国直前の2 時間出席しただけの印象ではあるが,大きな講堂がほぼ 満員の盛況で,関係科学者の関心の深さがうかがえた。
 今回の総会のニュースとしては,IUGGが中国を新た に加盟国に承認して,付随的に台湾(中華民国)が外さ れたことである。個人研究者としての参加は歓迎すると 台湾に通告したらしいが,とうとう台湾からは誰も顔を 見せなかった。
   IAGA/URSI合同ワーキング・グループ
 前回の総回で,「熱圏,電離圏,外気圏の構造と力学」 をテーマとする合同ワーキング・グループの中に「1980 年代の電離層観測綱の必要性」を討議する臨時のワーキ ング・グループが設立された。議長であるH. Rishbeth 博士は13か国のメンバから予め意見を集め,これをまと めて報告書を作成し,参加者の討議を経た(筆者が日本 のメンバであったが,中部工大の米沢教授に出席して頂 いた)決議案が最終日の総会に提案された。その結果採 択された決議No.2は,1980年代といえども電離層観測網 は重要であるし,維持運用に努力し,装置の近代化に意 を用うべきであるという,大筋としては当り障りのない 内容であるが,最後に,観測所を閉鎖しようとする時に は,事前にINAG(電離層観測網勧告委員会)の諒解を 取ることという一文が付されている。カナダなどで現に 観測所の閉鎖という事態が進んでいることなどを考えあ わせると,決議No.2はこのような趨勢に歯止めをかける ことを意図したものであろう。


ワシントン大学構内でのレセプション風景

   あとがき
 以上のようなオムニバス的な会議出席報告なので,特 に結論といったものはない。そこで会議全体を通じての 印象を述べて締め括ることとする。
 今回のIAGA/IAMAP総会の冒頭のレセプションは, 写真に掲げたような,屋外でワインとチーズとクラッカ だけという大へん質素なものであった。最近は科学者の 国際的な意見交換の場いわゆる国際会議は非常に頻繁に 行われているので,これも当然の成行きであろう。しか し日本ではまだ,ある意味では仰々しく遠来のお客さん を遇しているというのが現状のように思われる。何れに せよ,今回のように日本からの30人を優に超える出席者 が,研究成果を発表できるようになったことは,筆者等 関係者としては大へん喜ばしい限りである。




オメガ航法及び長波伝搬の研究の動向


桜沢 晃(平磯支所)

 科学技術庁の中期在外研究員制度は,昭和52年度から 変更されて,期間は1ヵ月で、調査を主とすることになっ た。筆者は,この研究員として「オメガ航法に及ぼす電 波伝搬の影響とその対策等」の調査のため,昭和52年8 月1日に羽田を発ってから,オアフ島北海岸にあるハワ イ・オメガ局,サンディエゴの海軍海洋方式センタ (Naval Ocean Systems Center),ワシントンの海軍研究 所(Naval Research Laboratory),ロンドン郊外のデ ッカ航法会社,ノルウェー西海岸にあるノルウェー・オ メガ局を歴訪した後,コペンハーゲン及びモスクワ経由 で8月31日に羽田にもどった。以下にこの調査のあらま しを,訪問地の印象を混じえながら述べたい。
 強い陽射しと涼しい海風の中で賑わうホノルルを後に して,北海岸との境をなす山脈を越えると,三方を火口 壁に囲まれた小高い場所に静かなカネオヘ湾を見下しな がらハワイ・オメガ局が建っている。アメリカ沿岸警備 隊(United States Coast Guard)の運用下にあり,職 員数は15名であった。
 火口壁を利用して約1,400mのスパンの6条の線条を張 り渡し,地上高が約350mになるトップロード・アンテ ナをつくっている。三方が山塊で閉ざされているので, 輻射パターンが気になったが,波長が長いので影響はな いとのことであった。送信電波は,グアム,フィリピ ン等5箇所でモニタされている。海上保安庁電波標識課 のオメガ・センタでモニタしている日本局(対馬)の電 波では,伝搬に起因すると想像される奇妙な現象が見ら れるので,ここの記録ではどうかと尋ねたが,データは ワシントンのオメガ航法システム運用局 (Omega Navigation System Operation Detail)に送ってしまうので, その内容は知らないとのことであった。
 サンディエゴへはホノルルからの直行便がないので, ロスアンジェルス乗換えで行った。メキシコの国境に近 く,太平洋に臨むこの町の気候は,ハワイに似て青空の 下絶えず微風か吹いていて,住み易い土地に思えた。海 洋方式センタは,太平洋と内陸に細長く入り込むサンデ ィエゴ湾とを隔てる長い角形の半島の,軍関係諸施設が 集っている地域にある。旧名を海軍電子研究所 (Naval Electronic Laboratory)と言ったが,それか電子研究セ ンタ(Electronic Laboratory Center)と海中センタ( Undersea Center)とに分れた後,最近再び合併して上 記の名称になった。
 オメガ航法に使用する空間波補正表は,所謂“Swanson モデル”によって計算されるが,このモデルをまとめあ げたのが,ここのE. R. Swanson博士である。現在この センタでオメガ航法の研究に従事しているのは,電子戦 方式技術管制部(Command Control in Electronic Warfare Systems and Technology Department)に属する 十数名で,VLF伝搬,物理,コンピュータのソフトウエ ア,航行装置等を分担している。筆者が訪問した時も何 名かがディファレンシャル・オメガ実験に出かけている とのことであった。
 ここでの研究の状況を簡単に箇条書きにすると,
(1)航法誤差は1〜2浬であって,期待通りである。シベ リア大陸等の大地導電率を考慮している。
(2)サイクル・スリップ現象は,受信装置に起因する場合 もあるが,伝搬による場合もあると考えている。
(3)急始電離層じょう乱及び極域じょう乱に対する対策は 考えていない。また,じょう乱の現況を放送する計画 も持っていない。
 日本ではオメガ航法の誤差がかなりあって,評判が芳し くなく,その原因は極域伝搬波を利用することにあると 予想して,VLFの極域伝搬及びそれに伴う極域じょう乱 の研究に関心があることを思うと,日本とこのセンタの 研究者の考えていることにずれが感じられた。
 サンディエゴから4時間半位でワシントンに着いた時に は,これまで居た所が涼しかったせいか,大変蒸し著か った。海軍研究所は,ワシントンの南はずれのポトマッ ク河に沿って軍関係諸施設が集っている地区にある。研 究所の組織は,研究部(Research Department)と補給 部(Support Services Department)に分れ,研究部は 25の課が4人の次長の下に4グループに分れている。長 波帯の伝搬の研究は,このうちの通信科学課 (Communication Sciences Division)の中の電気通信方式技術班( Telecommunication Systems Technology Branch)が担 当し,約10名が従事している(このほかパート・タイム で仕事をする者が2〜3名いる)。
 この班の三つのプロジェクトを以下に紹介する。
(1)VLF
海軍の各送信局について信号強度及び信号対大気 雑音比の世界分布図を完成したので,仕事を縮少した。
(2)LF
通信用にLF送信局の信号強度世界分布図を作成する ことを目的として,今後重点的に研究する。計算方法 は導波管モード理論が最良と考える(十数モードまで 考慮する)。海上以外の種々の導電率の地域での伝搬デ ータには説明できない点があるので,各種のデータを 入手したい。現在スペインから地中海経由でイタリア までの航空機移動測定データを解析中である。
(3)ELF
海中の潜水艦への通信を目的として受信方式の研究を 開始した。実験は,等価アンテナ長が数百哩になる送 信アンテナをウィスコンシン州北部に設置し,グリー ンランド,ノルウェー及びイタリアで受信した。周波 数は45Hzである。アンテナ電流は数百アンペアで,輻 射能率は1%を遥かに下廻る。受信信号は極めて弱い が,空電の少ないノルウェーではSN比が15d程度に なる場合がある。
 この課の補佐で班の長であるW. E. Garner氏と班のメ ンバーのF. J. Rhoads氏とは,10年位前彼等が犬吠電波 観測所に来た時顔を合わせたことがある程度の間柄であ るが,壊しそうに迎えてくれたのは有難かったし,お蔭 で気楽に話し合えた。


テムズ川ごえに見た国会議事堂とビック・ベン

 ワシントンを離れてロンドンに向かったのは,8月も下 旬に入ろうとする頃だったが,ロンドンに着いてからは 天気は晴れたり曇ったりで定まらず,晴れた日でも雨支 度をして外出する習慣が身につく程であった。気温も それまでの暑い夏とは全く変って,雨の日は肌寒かっ た。
 その雨の一日,デッカ本社の車に乗せられて,ロンド ンの南西10日星位のニューモールドンにあるデッカ航法会 社を訪れた。ここは五つの業務部門を持ち,その一つで ある研究開発部門に属する方式計画部 (Systems Planning Department)が電波伝搬理論と調査を担当している二 担当者は10名程度である。ここではデッカ航法に大きな 問題はないとしながらも,

(1)位相速度の計算には大地導電率の値の決定が問題にな る。
(2)そのため,デッカ会社としても位相速度の測定実験を 行って補正値を求めており,また,スウェーデンやノ ルウェーなどからの依頼に応じて調査やデータの解析 を行っている。
(3)空間波の強度計算は,導波管モード理論ではなく,幾 何光学理論によっている。
とのことであった。
 ロンドンからオスロまでは飛行機で1時間,この旅行 中の移動で、初めて時差がなかったので,ヨーロッパは近 いのだなあと感じた。オスロに着いた翌日は早朝にオス ロを発ち,飛行機とフェリーボートを乗り継いで,半日 がかりでオメガ局に着いた。この局は,ノルウェー西海 岸のほぼ中央,無数にあるフィヨルドのなかの一つの奥 にある。海岸まで迫った山と,約1.6qの狭い 水道で本土と隔てられた小島にある山との間に 約3,000mのスパンの2条の線条を張って,ト ップロード・アンテナを形成している。その高 さは,4年前は約400mであったが,現在では 約370mに低下した。そのため,輻射電力は規 定の10kWはなく,6kWに減少しているとのこ とであった。送信電波のモニタは,近くにある ロラン局の施設を借りて行い,そのデータをワ シントンに送っており,自分の所では解析して いない。
 運用はノルウェー電気通信行政本部 (Norwegian Telecommunications Administration Head- quarters)が行い,職員数は9名で,そのほか2,3名のパ ート・タイマーが居るとのことであった。
 局を訪問した日は雨が降ったり晴れたりの天気の急変 する日だったが,フィヨルドと岩山の景観は印象深かっ た。局を辞してフィヨルド沿いの道に車を走らせた時, この風景の持つ厳しさを別にすれば,出張前に訪れた日 本オメガ局のある対馬の風景に似ていると思った。
 以上のような視察調査を1ヵ月にわたって行うことが できたことは,その結果がこの分野で少しでも役立てば 誠に幸いであるとともに,筆者個人としてはこの上ない貴 重な経験であった。このような機会を与えて下さった研 究所長をはじめ関係各位の方々にお礼を申し上げたい。


短   信


第53回研究発表会

 10月26日,当所講堂において第53回研究発表会が開催 され,外部から70名の来聴者を迎え,午前2件,午後3 件の発表が行われた。特に午後の部の技術試験衛星U型 (きく2号)による電波伝搬実験の発表において活発な 討論が行われた。



海中レーザ通信実験

 当所海洋通信研究室では10月26日から11月7日まで, 静岡県沼津市口野の伊豆ふ頭にて,海中レーザ通信装置 の実際の海での動作を確認し,伝送可能容量のデータを 得るための実験を行った。



海事衛星による通信実験

 第19次南極観測の一環として,観測船「ふじ」に設置 された海事衛星マリサット用船上端局を利用し,日本と 昭和基地間の数か所の海域で,低仰角における通信実験 を当所通信機器部音声・海洋通信の両研究室が行う計画 がある。それに先立ち,10月3日から7日まで内地航海 訓練中の「ふじ」において,実験装置及び受信信号の録 音レベル等の予備チェックを行った。



周波数標準部緑町庁舎の閉庁

 周波数標準部緑町庁舎は,標準電波送信所の,電電公 社名崎新送信所への移転完了(長波JG2ASは11月1日, 短波JJYは12月1日)によって,開設以来約30年の歴史 をここに閉じることになった。
 当庁舎は,地下13mの標準原器室とともに,太平洋戦争 中に建設されたが,標準電波の送信業務を開始したのは, 昭和24年からである。その後,東京近郊の急速な宅地化 の波に呑み込まれて,送信業務継続が困難となり,今回 の送信所移転,標準施設の本所への統合となった。
 なお,閉庁式は11月16日に行われたが,周波数標準部 の本所移転の完了は本年末になる予定である。


周波数標準部旧緑町庁舎