データ中継衛星システムの動向


調 査 部

    はじめに
 1957年のスプートニク1号打上げ以来,早くも20年が 経過し、その間の宇宙開発の進展にはめざましいものが ある。宇宙通信の分野では、テレビの衛星中継は日常化 し,国際電話はほとんど衛星回線によっている。そして, 現在は,放送や船舶・航空機通信の分野への宇宙通信の 利用がはかられている。又,科学衛星や地球探査衛星に より観測されたデータは、言うまでもなく宇宙通信によ って伝送されており、そこに使用される技術も大きく発 展してきた。
 ところで,宇宙通信の形態の現状は,地球→衛星,衛 星→地球,あるいはこれらの組み合わせであり,現在の ところ衛星間通信はほとんど使用されていない。衛星間 通信は宇宙開発の初期からその有用性が認識されていた ものであるが,近年の宇宙技術の進歩により,1980年米 国は衛星間通信技術の最初の実用化システムとして TDRSS(Tracking and Data Relay Satellite System: 追跡及びデータ中継衛星システム)を実現しようとしている。 このシステムでは地球探査衛星,科学衛星等の観測デー タを実時間で連続的に地上へ伝送できる。又,スペース ・シャトルに対し重要な通信支援を行うものである。 TDRSSに備えて,米国は昨年のCCIR(国際無線通信 諮問委員会)の最終会議に15件もの文書を提出し,各国 の注目を集めた。
 我が国においては,電波技術審議会の中で,「データ中 継を中心とする衛星間通信技術」のテーマで昭和51,52 の両年度にわたり審議が行われ,電波研究所でも数年 前からデータ中継衛星システムの調査検討を進め,昭 和52年度の宇宙開発計画の見直し要望では,通信技術衛 星(Advanced Communications Technology Satellite-General:ACTS-G) の構想を提出し,データ中継実験の 計画を示した。
 以下に,これらデータ中継衛星システムをめぐる内外 の動向について紹介する。
   米国のTDRSS
 米国のNASA(航空宇宙局)は,1970年頃からGSFC (ゴダード宇宙飛行センタ)が中心となって従来の人工 衛星追跡網STDN(Spaceflight Tracking and Data Network) の効率化・合理化のため本格的にTDRSSの 研究開発を始めた。1972年から翌年にかけてヒューズ社 とノース・アメリカン・ロックウェル社に対し,それぞ れスピン安定型及び3軸安定型のTDRSの委託研究を 行わせている。その後更に3軸安定型のシステムを基本 にしてウエスタン・ユニオン宇宙通信会社とGEの 2社に競争させ,その結果,前者がNASAからTDRSS の契約を得たことが,1976年末に報じられている。
 ウエスタン・ユニオン社の提案した衛星は,図1に 示すように大型で複雑な構成となっている。これはTD RSSのミッションのほか,国内通信衛星のミッション も遂行できるようにしたためである。TDRSは,1980 年7月,10月に太平洋上及び大西洋上に打ち上げられる 予定になっている。
 TDRSSの特性の概要は,
●姿勢制御方式:3軸安定
●軌道上重量:約2000s,うちヒドラジン約63s
●搭載アンテナ:
1)4.9mφアンテナ2個,ジンバル支持,走査範囲 ±31°,2GHz帯,14GHz帯共用,対ユーザ衛星用 (シングル・アクセス)
2)フェーズド・アレイ・アンテナ(Adaptive Ground Implemented Phased Array:AGIPA),30素子, 走査範囲±13.5°,2GHz帯,利得28dBi,最大20 個のユーザ衛星に対するマルチプル・アクセスが 可能
3)2.0mφアンテナ,ジンバル支持,14GHz帯,対地 球局用
4)1.2mアンテナ,6/4GHz帯,国内衛星通信用
5)1.1mφアンテナ,衛星本体に装着,Kバンド,将 来の国内デジタル衛星通信用
●データ伝送速度(周波数は衛星間通信用のもの):
1)マルチプル・アクセス(2GHz帯)
 フォワード回線(地球局からデータ中継衛星を経由 してユーザ衛星に至る回線)10kbps
 リターン回線(ユーザ衛星からデータ中継衛星を経 出して地球局に至る回線)50kbps
2)シングル・アクセス(2GHz帯)
 フォワード回線 0.3Mbps
 リターン回線 12Mbps
3)シングル・アクセス(14GHz帯)
 フォワード回線 25Mbps
 リターン回線300Mbps
4)スペース・シャトルに対する特別運用
 フォワード回線
  ビデオ信号の伝送
 リターン回線
  第1運用モード:デジタル3回線(最高50Mbps)
  第2運用モード:デジタル2回線(最高2Mbps)
   及びアナログ又はテレビ1回線(4.2MHz)
●カバレージ:
高度約200〜12000q(マルチプル・アクセスの場合は  6000qまで)のユーザ衛星を対象にした場合,約85〜  100%
のようなものである。


図1 TDRSの外見図

 TDRSSのための地球局はニュー・メキシコ州のホワイ ト・サンズに置かれ、従来のSTDNの地球局約15のうち 引き続き存在するのは,フェアバンクス(アラスカ),ゴ ールド・ストーン(カリフォルニア),ロスマン(ノース・カ ロライナ),オロラル(豪州)及びマドリッド(スペイン) であり,この他打上げ支援のためバーミューダ及びメリ ット島の局が残ると言われている。
 米国はこのほか実験的な面でも既に衛星間通信技術の 検討を行ってきている。即ち,1974年5月30日に打ち上 げられた静止衛星ATS-6(Applications Technology Satellite-6, 応用技術衛星6号)と低高度軌道上のGEOS-3 (Geodynamics Experimental Ocean Satellite-3:地球 動力学実験海洋衛星3号)及びニンバス6号との間で, 1975年に2GHz帯の電波によるトラッキング及びデータ 伝送の実験に成功している。同じ1975年には米ソ共同の 有人衛星プロジェクトの中で,ATS-6⇔アポロ⇔ソ ユーズという形態で衛星間通信が2GHz帯及びVHF電 波により行われた。1976年3月15日,対で打ち上げられ た静止衛星LES-8,9(Lincoln Experimental Satellites-8 and 9: リンカーン実験衛星8号,9号)の間では36GHz において衛星間通信実験が行われた。この他,アマチュ ア無線の分野で,1972 年に打ち上げられたオ ス力ー6号と1974年に 打ち上げられたオス力 ー7号との間のVHF 電波による実験が報じ られている。
 CCIRの動向
 衛星間通信を検討し ているCCIRの研究委 員会は研究グループ SG2(Study Group 2) (宇宙研究,地球探査. 電波天文等)及びSG4 (固定衛星業務)で, 1976年までにReport 537(バンド8,9,10及び11にお ける,宇宙局を仲介とする地球局と研究用宇宙機と の間の無線通信回線の技術的特性)及びReport 451-1(Rev. 76) (固定衛星業務の衛星間リングのため のシステム設計及び周波数選択に影響する要因)が まとまっており,前者は米国のTDRSSに深く係わ ったものである。又,1976年のCCIR中間会議で米 国は,図2に示すようなランドサット-Dの計画を 提示したが,これは1981年の打上げ予定で,同図の 直径約2.5mのアンテナはTDRSとの衛星間通信用 アンテナである。


図2 ランドサット-Dの外見図

 1977年9月〜10月に開催されたCCIR最終会議 (Aブロック)に対し,米国は15件ものTDRSS関連の 文書を提出し各国の注目を集めた。これらの文書の 要点は,TDRSとユーザ衛星間の周波数として13〜 15GHzを提案し,これらの周波数帯は既に分配され ている他業務との共用の可能性があることを論じたもの であり,会議の結果,米国の主張はほぼ認められている。 なお,この会議に日本からも上記Report 537の改訂案 (月周辺までの宇宙機を対象として将来的データ中継衛 星システムを検討したもの)が提出され採択されている。 又,同じ会議では上記Report 451-1(Rev.76)が改訂さ れ,固定衛星業務用の衛星間リンクの周波数としては当 面は15〜35GHzが望ましい事が合意された。
   電波技術審議会における審議
 昭和51〜52年度の2か年間,電波技術審議会の5-2-2 分科会において「データ中継を中心とする衛星間通信技 術」の審議が行われた。そして前記のTDRSSの計画や CCIRの活動のほか,インテルサットY号系衛星等衛星 間通信に関する国際的動向を調査するとともに,国内に おける研究の状況,即ち,ACTSGの計画,衛星の打上 げ時・回収時における追跡管制のための衛星間システム の検討が報告された。
 我が国のデータ中継衛星システムに対する必要性につ いては,次のような衛星の実時間データ伝送及び追跡管 制であることが考えられ、通信要求条件が示された。
 1)電波観測衛星(電離層観測衛星)
 2)科学衛星(科学観測気球)
 3)気象衛星(移動型)
 4)地球観測衛星
 5)ロケット,人工衛星等の追跡管制
なお,上記は我が国におけるユーザ衛星を網羅しようと したものではなく,この外にも材料/ライフサイエンス 実験衛星等が考えられる。
 前記の国際的動向及び我が国のユーザ衛星の技術条件 を踏まえて衛星間通信に関する技術的条件を検討した結 果,データ中継衛星システムの設計上から,衛星間のデ ータ伝送速度を低速と高速に大別するのが適当であるこ とが示された。即ち電波観測衛星,中・小型科学衛星等 は低速データ伝送システムの対象とし,地球観測衛星等 は高速データ伝送システムの対象とすることとした。そ して低速データ伝送システムのユーザ衛星にはなるべく インパクトがかからぬようデータ中継衛星の設計を行う ものとし,一方,高速データ伝送システムのユーザ衛星 については,衛星間通信のための特別な機器の搭載が必 要であることが示された。
 追跡管制へのデータ中継衛星システムの利用の可能性 については,低・中高度衛星の軌道決定が可能であるこ とがシミュレーションにより明らかにされたが,打上げ 時・回収時,静止軌道投入時等への利用については,更 に今後の研究開発が必要とされた。
 衛星間通信用の周波数については,現行の無線通信規 則により衛星間業務に分配されている周波数か54GHz以 上の高い周波数帯であるため,当面は使用困難と考えら れ,したがって,低速データ伝送システム用には,ユー ザ衛星が直接地球局と通信を行っている136/148MHz帯, 400MHz及び2GHz帯を衛星間通信にも使用することが 望ましく,高速データ伝送システム用には比較的比帯域 が大きくとれる2GHz帯及び13〜15GHzが適当であると された。又,データ中継衛星・地球局間リンクの周波数 としては,固定衛星業務用の11/14GHz及び昭和52年12 月15日に打ち上げられた実験用中容量静止通信衛星(CS, さくら)で開発された20/30GHzが 適当とされた。なお,データ中継衛 星と地球局間の通信技術条件は,使 用周波数以外の事項についても固定 衛星業務用のシステムと同様に取り 扱うことができる。
 このほか,衛星間通信の回線設計 例が上記の各周波数について詳細に 示され、又,データ中継衛星搭載ア ンテナについては開口アンテナとア レイ・アンテナに分けて比較検討され, 更に参考としてデータ中継衛星の設 計が二例示された。特に周波数問題 については,1979年のWARC-G(一 般問題を取り扱う世界無線通信主官 庁会議)及びそれに先行して本年10月 〜11月に開かれるSPM(特別準備会 議)の動向への注意が強く喚起された。
   ACTS-G及び今後の問題
 昭和52年度の宇宙開発計画の見直しで,電波研究所が 要望したACTS-Gの構想の概要は,
衛星重量   約335s
姿勢制御方式 3軸安定方式
所要電力   約300W
寿命     約1.5年
打上げ時期  昭和61年度
通信機器
 1)148MHz送信機/136MHz受信機 1系統
 2)1.5GHz送信機/1.6GHz受信機 1系統
 3)2.1GHz送信機/1.7GHz受信機 1系統
 4)11GHz送信機/14GHz受信機  1系統
 5)展開型アンテナ(直径6mφ,折りたたみ式)
のようなものである。
 ACTS-Gによる通信システムの概念図は図3のとお りであり,低高度衛星及び衛星シミュレータとしての航 空機を対象に衛星間通信の実験を行うとしており,この 場合のデータ伝送速度は低速である。
 今後,我が国のデータ中継衛星システムを開発するた めに解決すべき技術的問題には,次のものが考えられる。
 1)大型静止衛星技術(3軸安定方式)
 2)軽量高出力太陽電池
   (以上共通技術)
 3)展開型アンテナ及び指向精度
 4)アレイ・アンテナ(AGIPA)
 5)通信方式(多元接続方式,誤り訂正方式等)
 6)ユーザ衛星へのインパクト
 7)追跡管制への利用(打上げ時・回収時等)
 8)衛星間通信用周波数


図3 ACTS-Gによる通信システム概念図

  おわりに
 我が国においてもデータ中継衛星システムの必要性, 有用性の理解が深まり,システム実現に向かって開発プ ログラムが設定されるのを期待したい。

(通信調査研究室長 中橋 信弘)




電波研究所めぐり   その5


沖縄電波観測所

   はじめに
 沖縄電波観測所は,昭和47年5月15日の沖縄返還によ って発足し,北谷村(チャタンソン)の米軍瑞慶覧(ズ ケラン)通信隊敷地内で,米軍の使用していたすべての 施設及び電離層観測機等を譲り受けて6月15日に業務を 継承した。これにより,沖縄は稚内・秋田・東京・山川 で約30年間続けられてきた電離層定常観測の仲間入りを し,日本最南端の亜熱帯地域での貴重な観測データが得 られるようになった。その後ホイッスラ観測や,斜入射 伝搬波の受信等の研究観測も行ってきたが,昭和51年 3月31日をもって瑞慶覧通信隊の使用していた土地が地 主に全面返還されることになり,当所も立ち退きを迫ら れた。代替土地の選定に当たっては紆余曲折があったもの の関係者の熱心な努力によって現在の中城村(ナカグスク ソン)に決まり,昭和51年6月16日から新庁舎と付属施 設の建設が開始され,昭和52年1月26日に写真のような 新観測所が落成する運びとなった。こうして戦後米軍に よって始められた沖縄での電離層観測は,名実共に当研 究所によって実施されることになった次第である。
   電離層定常観測の概要
 定常観測は,すでに本ニュースで紹介された他の観測 所のそれと同じである。すなわち1時間に4回,1から 20MHzまで周波数を掃引しながら電波を上空に向けて 打上げて行うものである。
 旧観測所時代は,C-3改良型電離層観測機が専ら使用 されていたが,電波研究所本所から補強された8-B型も 使われるようになった。いずれも古くて手のかかる機械 であって,それだけに我々は観測機の細部にわたり熟知 しており,新しい9-B型観測機が設置されるまでのあと 2年間はこれを大事に可愛いがっていきたいと思ってい る。
 沖縄の電離層は他と異なり,むしろ低緯度型ともいえ るもので,南方向け短波通信の予報や超高層大気物理の 研究にとって非常に重要な役割を担っている。
   研究観測の概要
 研究観測としていくつかの項目が行われてきたが,こ こでは1976年から開始されたIMS計画(国際磁気圏観 測計画)の一環として最も力を入れているホイッスラ 観測を紹介しよう。雷放電に伴って発生するVLF電波 (1kHz〜数10kHz)のある成分は,電離層内をほとんど 減衰しないで通過した後に地球の磁力線に沿って伝搬し, 再び反対半球の地表に達することができる。この電波の 群伝搬速度は,周波数の高いほど速いので放電によって 同時に発生したVLF電波が反対半球に到着したときに は,高い周波数から低い周波数へ少しずつ時間的な遅れ が生ずる。これを人間の耳で聞いたとき口笛(whistler) のように聞こえることからホイッスラと名付けられた。 ホイッスラは,伝搬路における電子密度・磁場の強さ の影響を受けているので,その影響を調べることによっ て,電離層上部から磁気圏境界に及ぶ広い空間の電子密 度・磁場の強さ等を知る重要な手掛りが得られる。しか し,この影響は磁力線に沿った積分効果であるため,磁 力線の長さの短い低緯度では,ホイッスラが観測され ないであろう。したがって沖縄のように地磁気緯度15.3°N の低緯度地帯では,ホイッスラの受信はできないと 予想されていたが,昭和49年10月に観測したところ,予 想以上の頻度で受信でき従来信じられていたホイッスラ 観測の低緯度限界を書き改めるものとして大いに注目 された。このホイッスラは,ジャワ島北東の雷活動の 最頻地域からのものと思われ,冬の夜によく発生するこ となどがこれまでの観測で明らかにされている。観測所 建設のため一時中断(51. 3〜52. 12)はあったが,1979年 まで続けられるIMS計画の一環として,ホイッスラ発 生頻度を更に詳細に測定するとともにその到来方向を求 める観測を電波部宇宙空間研究室と共同で行う計画を進 めている。
 その他電波研究所が発射している標準電波JJYの受信 状況を把握するとともに,短波斜入射伝搬特性の研究も 現在行っている。
   沖縄の寸描
 沖縄本島は,亜熱帯性気候に属しているうえ,一年中 暖流が琉球群島の沿岸を北上しているため,気温は冬で も15°〜18℃,夏には25°〜29℃で寒いと感ずる日は年に 数週間くらいしかない。3月から11月まで半袖のシャツ でも汗ばむほどである。羽田から飛行機で3時間もたた ないうちに那覇空港に着く。飛行機を降りたとたんに着て いるものを2枚は脱ぎたくなるくらい暑い。空港から車 で約1時間のところに新観測所がある。ここは,中城湾 を見おろす小高い丘の上にあり,屋上にあがれば太平洋 と東支那海の両方が見える風光明媚な場所である。その ため新婚さんを案内しているタクシーが,わざわざ立ち 寄って海を背景に記念写真を撮っていくほどである。観 測所内の木立ちの間を抜けると後で紹介する中城城を築 いた護佐丸(ゴサマル)の墓があり,この英雄の墓を訪 れる人は多い。護佐丸の墓の近くには,洞穴を利用した 昔の墓や風葬の跡が数多く見られる。
 中城城について簡単に紹介しよう。10世紀前後に按司 (アジ)と呼ばれる今の町村程度の地域を支配する領主 が沖縄各地に現われた。この按司の住んでいた場所が城 (グスク)で多くは小高い丘の上に位置し,武備を整え互 いに争っていた。やがて尚巴志(ショウハシ)によって 1429年沖縄全体が統一された。尚巴志は,統一に武勲を たてた護佐丸に首里城に対する北方の守りとして中城城 を築かせた。この城は,自然の要害を巧みに利用した名 城として知られており,戦前は中城村役場がここに置か れていた。現在は,石を積み上げて築いた城壁だけが残 っており,国定重要文化財として保存されている。城内 の広い敷地は,小,中学生のかっこうの遠足の場所とな っている。また,春,秋にはひときわ新婚さんが多く, お客さんを案内する我々をよけい暑苦しくさせてくれる。
 観測所の眼前に広がる海は,青く輝いており,もくも くとわき上がる入道雲は人の顔や動物の姿を連想させて 見飽きることがない。やがてたたきつけるような豪雨に 見舞われるが,それもすぐに通り過ぎて陽がさしてくる。 空には雄大な虹が現われ思わず仕事の手を休めて見とれ てしまう。目の前に大きく広がった海を眺めていると細 かいことに神経をすり減らすこともなくなりゆったりと した気持になる。
 沖縄で忘れることができないものは,泡盛であろう。 泡盛は米を原料にして黒糀で発酵させた蒸溜酒で,ウイ スキー並みのアルコール度数があるにもかかわらず風味 は柔らかい。ストレート,オン・ザ・ロック,水割りと, 各自の好きな飲み方ができる。離島を含めると,銘柄の 数は40以上にもなり,それぞれ違った味わいがある。お いしいのでついつい飲み過ぎてしまうが,翌日はすっき りとしている。酔い心地がよく醒め心地もよくてしかも 安い(600mlで300〜330円)三拍子そろった酒である。


沖縄観測所全景

   おわりに
 沖縄電波観測所は,今年で7年目を迎える。その間観 測所設立準備,観測業務開始,新観測所の土地選定,新 庁舎の建設といった問題が次々と生じ,関係者の並々な らぬ苦労が積み重ねられてきた。こうした諸先輩の方々 の努力のお蔭で新観測所も1年を経過することができた。 当初は,電離層定常観測の再開に全力を尽くし,次第に 研究観測も始められるようになってきた。今後も更に広 い視野に立った電波研究又は電離圏の観視に関する項目 を積極的に取り上げて,電離層定常観測を柱としていた 従来の地方電波観測所のイメージから次第に脱皮してい かなければならないと考えている。そして,地方の特色 を生かした研究を実施して行くことに地方観測所の存在 意義を求めていかなければならないであろう。幸い沖縄 は,日本の最南端にあって地域的特殊性を豊富に持って いる上,これまでの歴史的事情から手がつけられていな い未知の分野が数知れずあろう。私としては,沖縄電波 観測所をここまで盛り上げてきた先人達の労苦に報いる ためにも,沖縄の地域性を生かした研究計画を探らなけ ればならないと思うし,また,そんな気概を持って沖縄 に来られる人,特に若い研究者を心から待ち望んでいる 次第である。美しい雄大な自然の中で明日への英気を養 う泡盛を飲みながら2,3年間仕事をするのも長い人生 の中でまんざら悪いことではない気がする。

(沖縄電波観測所長 石川 嘉彦)




NBSにおける在外研究とその印象


手代木 扶

   はじめに
 昭和51年度科学技術庁宇宙関係長期在外研究員として 米国コロラド州ボールダー市にあるNBS (National Bureau Of Standards)に10か月滞在し,そこの Electromagnetics Division,Antenna Systems Metrology Section で前半はアンテナの近傍電磁界に関する理論と それを応用した大口径アンテナの遮蔽についての理論的 研究,後半はNBSが現在研究を進めているアンテナの NFM(Near Field Measurement)の研究を行った。
 大口径アンテナの遮蔽に関する研究は現在世界的に問 題となっている地上無線回路と固定衛星業務回線との干 渉を抑えて周波数の有効利用をはかることを目的とした もので世界的にも種々の研究が行われている。筆者が行 ったのは衛星通信用地球局アンテナの近傍に金属遮蔽体 を置いた場合の遮蔽効果と衛星回線への影響を理論的に 明らかにすることであったが,これは基本的にはアンテ ナ近傍の電磁界ならびにアンテナと遮蔽体との電磁的相 互作用の研究に帰着する。
 NBSではアンテナの近傍電磁界を測定し,それから 遠方における放射特性を求める,いわゆるNFMの研究 を約15年続けて来ており,基礎理論や測定システム,デ ータ解析等に多くの成果の蓄積がある。
 最初しばらくはNFMの理論に関する膨大な論文の山 と取り組み,4か月たって大口径アンテナの遮蔽の理論解 析に応用できる見通しがつきこれをまとめた。
 私の居た研究室では私に関しては自由にやらせてくれ たが,本音は研究室のプロジェクトに入ってそれなりの 貢献をしてくれることを期待しているのは明らかであっ たのと,何よりもNFMの研究が魅力的であったことか ら,私自身のテーマに一応の結論が得られた段階でNF Mそのものの研究に着手し,残りの期間は理論面で未だ 手のつけられていない“非平面走査の誤差解析”の仕事 を行った。ここではNFMの概略とその研究を通してみ たNBSの研究の進め方で印象に残った事を述べてみたい。
    NFMとNBSのShort Course
 NFM,すなわちアンテナ近傍界測定法とはアンテナ 近傍の電磁界(具体的には電界の振幅と位相)を適当な 面(平面,円筒面,球面)上で測定し,そのデータから 遠方における指向性,利得,交差偏波率等の放射特性を 決定する精度の高い測定法を言う。
 NFMでは通常の遠方領域での測定で問題となる地面 や周囲の障害物による電波の反射がないこと,準ミリ波, ミリ波等高い周波数帯での大気による吸収やゆらぎの影 響が測定に入り込まないこと,実験室内で行えるので天 候の影響を受けないこと,また高い塔や広いアンテナ測 定環境が不要なことなどの利点がある。その他,衛星搭 載用アンテナに対してもclean roomに入れたままで,し かも衛星本体やSolar paddle等の影響まで含めた放射特 性の測定が行えるので測定が大変楽で,かつ機器の信頼 性を確保するうえからも魅力的である。またフェイズド ・アレイ等では近傍界データから各アンテナ素子の励振 誤差がわかるので,アンテナの欠陥を見つける“アンテ ナの診断”を行えるのも大きな特徴である。
 NBSはNFMの研究では完全に世界をリードする地 位を築いているが,特に感心させられたのは研究が極め て体系的に進められているという事であった。特に理論 面の研究が充実しており,D.M.Kernsによって始めら れた“平面波散乱行列法”による平面走査の解析が基本 思想になって他の研究者達に受け継がれ円筒面走査,球 面走査等の非平面走査の基礎理論へと発展してきている。 これらの理論で特徴的なことはプローブがその位置の電 界を測定するという仮定を置かず,アンテナとプローブ の相互作用として問題を捉え,プローブの影響を取除い ていることでこれによってNFMが高精度の測定法とし て確立されたという点であろう。
 理論と並行して測定システムのハード・ウエア,データ 解析のソフト・ウエアの開発も進められており,NBSは 現在世界最大の測定システム(走査範囲4.5m×4.5m) を有している。これを使ってNBSのアンテナはもちろ ん,所外から持ち込まれた多数のアンテナの測定や較正 が行われている。所外からのアンテナは軍やNASA, 衛星メーカからのものが多く,これらの測定は契約で行 われ契約金は研究費に還元されていた。
 NFMの研 究でNBSの 果している役 割は非常に大 きい。それを 物語る好例が NFMに関す る1週間の Short Course の開催であろ う。これは NBSが企画し, 世界中に受講 者を募ったの であるが,500 ドル/人とい う高い参加費 にもかかわらず40名近い人達が集まった。このうち7名 はイギリス,フランス,デンマーク,スウェーデン,カ ナダ,日本等外国からの出席者であった。米国内からの参 加者を見てもベル研究所,JPL,Hughes,TRW,FACC, Boeing,Scientific Atlanta,Texas Instruments,RCA それに軍関係の研究所など世界の先端を行く宇宙航空 産業メーカや研究所からがほとんどであった。私にとっ ては居ながらにして世界中のアンテナ研究者,技術者と 会うことができたのは願ってもない機会であった。多く の人達と具体的な仕事の話ができて色々得る所があった が,NFMが大きな期待を寄せられていることを痛感した。
 Short Courseの最後に特別講演が二つあり,TRWが インテルサット5号系衛星のプロポーザルとして出した 半球ビームとスポット・ビーム用アンテナをNFMで測 定した例と,Martin Mariettaという会社がジェット戦 闘機のノーズ・コーンに収納されたアンテナの指向性を そのままの状態で測定する可搬型NFM装置を開発し, それで測定した例が報告された。これはNFMが基礎研 究から実用化の段階に入ったことを示しているものと見 られる。
 アメリカでは大学でも企業でも羨ましい程理想的な Far-Field Rangeを持っているが,それでもNFMの価 値を認めて新しいものを追求する意欲に感心させられた。 日本のように広い理想的な測定環境を確保するのが困難 な国ではNFMの効果は一層大きいものと思われ,この 方面の研究とシステムの開発が強く望まれる所である。


"Scanner"の愛称があるNBSのNear-Field Measurement施設

   研究の進め方
 アメリカにおける研究は競争がきびしく,それに勝ち抜 くための研究の進め方を客観的に観察できて大変興味深 かった。各研究室はテーマを厳選し,狭い目標に人と金 を集中するやり方を取っている。また研究がstep by step で体系的に進められているという印象を強く受けた。
 研究室やプロジェクトの改廃はかなり激しいようで, 3年前までEM Divisionに十あった研究室が整理統合さ れ現在では五つに減っている。研究者にとって自分達の プロジェクトがいつ切り捨てられるかわからない状況は 深刻な不安である。それだけにDivision Chiefや Section Chiefなど研究を指導する人の先見性は決定的に重要 となる。また研究費は半分以上が国以外の民間会社や外部 機関との契約でまかなわれているので,いかに金を集め るかも研究管理者の手腕にかかっている。そのために自 分達の仕事のPRが研究の発展に不可欠であること をよく認識している。私の居た研究室でも前述の Short Courseをやったり,Consultationによって外部との接 触範囲が広がっていき,それが常に社会的要請に対応で きる態勢を保証しているように思われた。プロジェクト の改廃が激しいとは言うものの,結局社会の動向を正確 に見定め,体系づけられた研究を行っているプロジェク トこそが成果を上げ,生きながらえていくということに なるのであろう。
   ボールダーでの生活
 ボールダーは人口10万人足らずの市であるが,ここに NBSはじめNOAA(National Oceanic and Atmospheric Administration) ,OT(Office of Telecommunications) 等商務省傘下の研究所とコロラド大学,NCAR (National Cemter for Atmospheric Research)等があり一大研究学 園都市を形成している。北緯40°,海抜1600mに位置して おり,これは日本で言えば八甲田山の頂上近くに相当す る。冬の気候は確かに厳しいが,八甲田に比べればまこ とに温和である。ロッキー山脈のふもとにあって一年中 雄大で美しい自然を満喫できる所でもある。
 戦時中,太平洋岸に住んでいた多数の日系人が本国と 通じてスパイ活動をする惧れがあるという理由で内陸部 に強制収容されたが,時のコロラド州知事Ralph Carr が手厚く日系人を保護したため終戦後もそのままコロラ ドに住みついた人がかなり居るということであった。今 は全く日本語を喋れない二世,三世がアメリカ社会に深 く根を下ろして活躍している。
 日常生活で大切であると感じたことの一つは家族同士 の付き合いということであった。私達もある程度生活が 落着いた頃,それまで世話になった人達夫妻を呼んでパ ーティをやったがその後家族同士が緊密に付き合うよう になり,色々な事を教えてもらったり相談にのってもら ったりした。また近所の人達とも呼んだり呼ばれたりす ることで親しさが全然違ってくるし,“生きた英語”を 学ぶうえでも大変役立った。これは同時に一般家庭を 通してアメリカ社会の良い所,悪い所を発見でき,また 多少なりとも日本を理解してもらう良い機会であった。
   おわりに
 短い期間であったが落着いた環境の中で研究に没頭で き,多くの優れた研究者と一緒に仕事ができたことは本 当に幸せであった。これから宇宙関係で在外研究される 人達のためにも期間が一年間になることを望みます。
 在外研究の機会を与えていただいた事に感謝すると共 に,お世話になった方々にお礼を申し上げます。

(衛星研究部通信衛星研究室主任研究官)




PTTI集会に出席して


安田 嘉之

  PTTI集会とは
 この集会は精密時刻と時間(Precise Time and Time Interval, 略してPTTI)の主として応用に関する研究 集会で,
 (1) 利用者レベルでの実際的知識の交換,
 (2) 現在及び将来のPTTIの需要のレビュー,
 (3) 技術者及び管理者へのPTTI関連技術の普及,
 (4) PTTIの新しい応用の提案,
を目的として,毎年1回開催されている。
 筆者の出席したのは第9回で,1977年11月29日から12 月1日まで,米国ノリーランド州の航空宇宙局ゴダード 宇宙飛行センタ(NASA-GSFC)で開催された。 主催者はNASA-GSFCのほか米国海軍天文台 (USNO),海軍研究所(NRL)など軍関係の4機関であ る。参加者は世界各国からの約200人で,やはり米国人が 大多数のようであった。集会の主催者側に,以前時刻比 較実験のため来所したNASA-GSFCのChi,Wardrip の両氏がおり,終始気を配ってくれたので心強かった。
  集会の内容
 3日間で招待論文(レビュー)を含めて35件の発表が あったが,大別すると次のようになり,
 (1) 時刻同期(比較)   19件(招待論文2件)
 (2) 原子標準器,原子時  12件(招待論文3件)
 (3) 測定技術(一般)など  4件(招待論文2件)
時刻同期とこれに応用するための原子標準器関係で大多 数を占めている。測定技術などが少ないが,これはこの集 会の性格や最近の動向を表わしているように思われる。
 時刻同期:時刻同期は航法や測地など位置決定に欠か せないためであろうか,この関係の発表が最も多い。中 でも衛星を利用した時刻同期(8件)と超長基線干渉計 (VLBI:Very Long Baseline Interferometer,5件)は 花形で,質疑応答も活発であった。これら以外では, TV信号やマイクロ波伝送による方法3件,長波の利用2 件(うち1件は当所による)などである。
 衛星関係で最も印象的なのはGPS (Giobal Positioning System,周期12時間の同期衛星をいくつか用いる全 世界的位置決定システム)の一遇として,昨年6月に打 ち上げられた航法技術衛星NTS-2(Navigation Technology Satellite-2) による時刻比較結果の,前記NRLによ る発表である。衛星の傾斜角約63度,高度約20,000q, 周期12時間である。水晶に代えてセシウム時計を初めて 搭載し,衛星の高度によりその発生周波数が変化する, いわゆる特殊相対論効果の検証にも成功したようである。 また時刻比較精度は従来のNTS-1による0.2〜0.3μs に対し0.1μs(標準偏差)あるいはそれ以上に改善され た。初めて実施したレーザによる衛星追跡も精度向上に 一役かっているようである。この衛星を利用し,本年4 月から約6か月間世界約10の主要な時間関係機関による 国際時刻同期実験が計画されており,当所も参加する 予定である。実用の航法衛星TRANSIT(NNSS: Navy Navigation Satellite System,高度約1000q)による時 刻比較の発表もあったが, この場合には精度も現状では 25μsぐらいである。また,静止衛星の関係では,1980年 以後のNASAの宇宙飛しょう体追跡及びデータ伝送網 (STDN:Spaceflight Tracking and Data Network)の 主力となる予定の追跡及びデータ中継衛星システム (TDRSS:Tracking and Data Relay Satellite System) 計画や,米国国立標準局(NBS)がWWV,WWVH などの標準電波サービスを補完するために従来から行っ ている,地球環境測定衛星(GOES: Geostationary Operational Environmental Satellite)から400MHz帯電波 により送信される時刻符号による報時システムの現状と サービスの改善計画などが報告された。GOESによる 報時精度は現在のところ,受信者の必要に応じ,10μs〜 1msであるが,1μsは可能らしい。1980年代の初期に 運用開始予定の,衛星による標準電波サービスの一歩前 の段階といえる。
 VLBI関係では,1977年3月Haystack Observatory (Westford,Mass. )とNational Radio Observatory (Green Bank,W. Va. )間で水素メーザを使用して行った実験の 報告が印象的で,VLBIによる時刻比較値とセシウム 時計運搬による値が25nsの差で一致していた。VLBI システム各部の遅延時間の測定又は推定を丹念に行い, システムの精度は10nsぐらいとのことであった。また, カナダと英国間で基線長約5600q,10GHzの周波数, 5MHzという狭い記録帯域幅で2台の水素メーザの周波数 比較を5×10^ー13の精度で行った実験や,水素メーザを使 わずに,同期衛星で2台の標準器間の位相同期をとると いう目新しい感じの報告もあった。VLBIは衛星と共 に最高精度の時刻比較手段として将来も期待が大きいよ うである。
 筆者らの論文は「VLF及びロランCによる時刻と周 波数の長期国際比較」で,米国西部の海岸局NLK(18.6 kHz)とロランC硫黄島主局(100kHzパルス)を仲介と した,約8年間の,当所と前記USNOとの国際時刻比 較結果である。NLKの場合,昼間の受信位相の,夏季 の平均値の安定度は,ロランCの同じ期間の平均値を基 準として,最近の約6年間では2μs(標準偏差)と意外 に良い。また,ロランCの場合,セシウム時計の運搬によ る値を基準として,1974年以後の4年間では0.3μs(標 準偏差)である。ロランCの場合の高精度は当然とも言 えるが,VLFでも伝搬路とデータ処理によっては上記 のような長期の高安定度が得られ,夏の1か月間の測定 で5×10^-13程度の周波数比較も可能なことを示した。幸 か不幸か質問は出なかったが,前記のChi氏は講演後良 い結果だと嘗めてくれた。大分お世辞が入っているであ ろうが,VLF電波の時刻比較も相当やって来た人だけ に理解もあったのかとも思う。 もう1件ロランCの微小 な伝搬時間変動(温度による)の報告があったが,衛星 時代とはいえ,ロランCは未だ細かい点では問題がある ようである。
 原子標準器.原子時:水素メーザが6件と一番多く, VLBIのローカル発振器として使用したり,衛星搭載 を目的にNASA,NRLやHughes社などで活発な研究 が行われているようである。水素メーザの短期安定度は 1000秒程度の測定時間で既に1×10^-15を割っており,ス ミソニアン天文台のVessot氏の講演によると,メーザを 4Kぐらいの低温で働かせればもう1桁ぐらい安定度が 良くなる筈とのことである。また,水素放電管や水素原 子蓄積球の皮膜に関するものもあったが,これらは専門 外の筆者には語学力不足もあって全く理解できなかった。
 原子標準一般について,カナダのケベック大学のVanier 博士,NBSのAllan氏,USNOのWinkler博士の3件の 招待講演があった。Vanier博士は陽気な人らしく,随所 に漫画を挿入し,原理的な所から面白く解説していた。 確度の見通しは,セシウム,マグネシウム及びカルシウ ムビームでは10^-14,水素(受動型)とイオン蓄積方式で は10^-13とのことで,Allan氏もセシウムと水素について は同意見であった。またセシウムについて解説したNBS のHellwig博士はセシウムの将来技術として,(1)Ramsey envelope による自動制御,(2)光による検出,(3)熱伝導 Ramsey空胴の使用,(4)冷却ビ-ム源の使用をあげていた。 Winkler博士の講演は,水晶及び各種原子標準の確度, 安定度,環境依存性,価格,保守の難易など利点と欠点 を述べた利用者向きの内容であった。原子時については, パリの国際報時局(BIH)のGranveaud氏が,商用のセ シウム時計群による方法と1次標準をも使う方法を比較 していた。前者の方法のシミュレーションでは10年で数 msの時刻偏差が生ずるという結果を示していた。時間尺 度の直線性は別として確度の点では後者が良い筈で,こ れらの調和が問題なのであろう。
 測定技術(一般)など:測定関係は少々淋しく,実験 はビート周期測定方式の周波数安定度測定の精度改善に 関するものだけで,他はChi氏による周波数安定度に関 する時間及び周波数領域での尺度変換式の解説と, PTTI全体の議長Barnes博士(NBS)の招待講演で,周波 数安定度を記述するモデルの話であった。後者のは具体 的には周波数変動のスペクトル密度の求め方に関するも ので,2標本分散(Allan分散)から求める方法は精度 は別にして簡便であること,また,環境変化がある場合 やシミュレーションにはARIMAモデルという自己回 帰型と積分移動平均型の混合モデルが良いと言っていた。 今考えてみるとこのようなモデルを使う理由は確かに有 りそうである。
   結び
 集会に参加し,時間と周波数の分野でも既に衛星時代 が来ていることを痛感した。また彼我の差の大きいこと をも。しかし自分等自身の知識や技術を身につけるため に,基礎的なことにも留意しながら一歩一歩追い着いて 行くのが良いと思う。最後にこの機会を与えて下さった 上司の方々,また論文原稿の作成に御尽力下さった周波 数標準値研究室及び周波数標準部の方々に感謝します。

(周波数標準部周波数標準値研究室長)


短   信


電波研究所宇宙開発計画検討委員会の発足

 我が国の宇宙開発の動向を検討し,当所の対処方針を 明確にするため,当所は昭和52年12月12日,宇宙開発計 画検討委員会を発足させた。委員会は宇宙開発委員会が 行う宇宙開発計画の見直しの要望及び当所の宇宙開発計 画の樹立と推進を任務とし,当面,昭和52年度の見直し 要望で提出された衛星計画等に沿って,5小委員会(航空・ 海上技術衛星,通信技術衛星,観測衛星・計測衛星,未来構 想衛星の各小委員会)が下部組織として設けられた。



第5号科学衛星の打上げ

 第5号科学衛星(EXOS-A)は去る2月4日16時 00分,鹿児島県肝属郡内之浦町,東大宇宙空間観測所か らM-3H-2号機により打ち上げられ,近地点高度約600 km,遠地点高度約4000q,軌道傾斜角65°の予定され た準極軌道にほぼ投入され,衛星は「きょっこう」と命 名された。なお,国際標識は「1978-014A」である。鹿 島支所も打上げを支援し,同日17時36分に1周目の電波 を受信した。本衛星はIMS計画参加の一環として企画 されたもので,紫外域でのオーロラ光撮像装置,大気光 観測器及び電子エネルギ・スペクトルをはじめとするプ ラズマ諸量の測定装置等を搭載して,極域のオーロラと その関連現象の観測を柱として,磁気圏−電離圏の相互 作用の研究を行うことを目的としている。当所からは電 離層衛星研究室が四重極型質量分析器を用いてイオン組 成を測定するミッション(MSP)を担当して,この計 画に参加している。本格的な観測機器のテストは,2月 24日から始められ,2月28日に最後に残された測定器の 電源が投入され,全ての機器が正常に動作していること が確認された。なお本衛星は昭和基地及びカナダのチャー チル基地でも運用される予定で,両基地でテレメータ電 波の試験的受信もすでに行われている。



ISS-bの打上げ

 電離層観測衛星(ISS-b)は昭和53年2月16日,日本 標準時13時00分00秒,宇宙開発事業団(NASDA)の 種子島宇宙センタからNロケット4号機により打ち上 げられ,ほぼ予定の軌道に投入され,「うめ2号」 (UME-2)と命名された。国際標識は「1978-018A」である。 2月18日のNASDAの軌道決定によると,近地点977q 遠地点1222q,軌道傾斜角69.4°,周期107分であった。 本衛星は昭和51年2月29日に打ち上げられた「うめ」の 予備機で,電源系統など必要な改修が施されている。打 上げ後,ブーム展開,ステム・アンテナの伸展もほぼ完 了し,2月27日から開始したミッション機器の動作チェ ックによると,3月1日現在で,RAN(電波雑音観測) とRPT(プラズマ測定)の正常な動作が確認され,以 後,衛星各部の状態チェックを適宜まぜながら予定表に 従ってTOP(電離層の電波観測),PIC(正イオン組 成観測)の順に実施される。
 NASDAを中心にした約2か月間の初期段階を経て, 衛星は本所に引き継がれ,定常運用業務に供される。な お,「うめ2号」のミッション内容等はすべて「うめ」 と同様であり,その詳細については本ニュース,1976.5 No.2の 「電離層観測衛星 ISS」を参照されたい。