所 長 理博 田尾一彦
7月4日付をもちまして第8代目の電波研究所長を拝
命致しました。責任の重大性を考えますと身のひきしま
る思いが致します。所長就任に際し一言簡単に御挨拶申
し上げたいと存じます。
御承知のように当所は,最近では予算規模が年間60億
円を超え,特に衛星通信に関しましては国家的規模の大
型プロジェクトを推進してきております。当所の研究の
大きな柱としては,(1)宇宙通信及び人工衛星の研究開発
(2)宇宙科学及び大気科学の研究,(3)情報処理,通信方式
及び無線機器の研究,(4)周波数標準に関する研究,の四
つがあり,夫々の分野で研究成果を上げてきております
が,最近はこれに加えて,(5)周波数資源の開発が今後の重
要研究テーマとして取り上げられております。研究とい
うものは社会の進歩,発展に呼応して日進月歩で進んで
いるわけでありまして,私達は常に目を広く内外に向け
研究の国際的・国内的動向をさぐり,また社会のニーズ
というものを敏感にくみ取ることが必要であります。い
つまでも旧い殻の中に閉ぢこもっていることなく,時代
の要請に研究もまた応えて行かねばなりません。電波技
術の進展に伴って電波行政の面でも必要となる課題には
可能な限り積極的に取り組むことが必要であります。
特に当所が時代の要請に呼応して衛星開発の研究に取
り組むようになって以来,開発的研究の比重が重要になっ
てきたように感じられます。前所長もこの春の研究発表
会の時,挨拶の中で申されておりましたが,当所の現在
の研究プロジェクトを分類してみますと,基礎研究が20
%,応用研究が32%,開発研究が14%となっております。
研究のカテゴリーとしては上記の三種類に分類するのが
普通でありますが,
当所は純粋な研究
の他に型式検定,
標準電波の発射と
いった多少試験所
的性格をもった業
務を持っておりま
すので,それらを
ルーチン業務とし
て分類すると約34
%となり,可成り
の比重になります。
基礎研究の約20%という数字は適当であると考えており
ます。最近は当所も世間からの期待が大きくなってきて
おり,昔のように世の中とは無関係に自分の好きなこと
だけしていればよいという時代ではなくなってきており
ます。旧いものは捨て新しい環境に順応して行くことが
必要と考えられます。同じ基礎研究といっても開発研究
につながるその前段階的な研究が今後,増えて行くので
はないかと思います。例えば40GHz帯以上の新周波数
の開発は,周波数資源開発の一環として現在研究を進
めているプロジェクトでありますが,これは新しい周波
数帯が将来何に使えるか,どう実用されるがということ
を目指した,すなわち開発研究を指向したものであり,
そのためには新しい周波数帯の物性光学的な,また電波
伝搬等の基礎的な研究が十分なされなければなりません。
研究プロジェクトについては,数年前より毎年見直し作
業を行っており,その数も可成り整理はされてきており
ますが,全体的に眺めますと未だ不統一な点もあり,ル
ーチン業務をも研究プロジェクトとして取り扱っている
等,種々の問題点もありますので全面的な見直し作業が必
要かと考えられます。
研究所の規模が大きくなるにしたがって研究の内容も
非常に多彩なものになり多極化して来ております。当所
のミッションは一口で言えば電波の有効利用を図るため
の研究を推進することでありますが,周波数領域で言え
ば,VLF帯からミリ波,更にレーザ領域にわたっており,
またその研究の対象となっている領域で言えば,宇宙空間
から電離圏,対流圏,海中にまで及んでおります。しか
しそれらの研究が目標もなしに行われていたのでは成果
も上がりません。どのように電波が利用され社会のため
にも有用であるかということを明確にすることが国立試
験研究機関の一つである当所の責務であると存じます。
ここ数年間,当所は衛星通信の開発のために地球局の
整備等に巨額の投資をして参りました。確かに大型プロ
ジェクトの常としてその準備段階では研究成果を出すこ
とは困難であり,外部発表の件数も少なかったようであ
りますが,ようやく施設整備も終わり,ETS-Uを始めCS,
BS,ISS-b等衛星も順調に打ち上げられ,それぞれ
実験段階に入りつつあります。巨額の投資をしての開発
研究の成果がそろそろ出始めておりますが,誠に喜ばし
いことと存じます。今後共益々世間に対して誇り得るよ
うな立派な研究成果が沢山出て行くことを期待しており
ます。
宇宙開発に関し将来を展望してみますと,本年3月宇
宙開発委員会によって,今後約15年間の我が国の宇宙開発
の進展方向の指針ともなるべき宇宙開発政策大綱が策定
され,その線に沿って将来の構想を考えるべきであるこ
とが示されました。当所としても現在進行中のCS,BS,
ECS,ISS等の大型プロジェクトの他に,将来の宇宙
開発進展のー環として本年度から取り組んでいる研究課題
に“衛星搭載用マイクロ波・ミリ波レーダの研究”及び
“衛星による小型船舶,航空機等との通信の研究”があ
ります。前者は今後我が国で多方面にわたって研究がク
ローズアップしてくると思われるリモート・センシング
に関する研究であり,従来からこの方面に実績のある当
所としては他に先がけて研究に着手する必要があります。
後者は当所のみならず関係各省庁とも関連する将来の海
事通信システムに対する先行的プロジェクトであり,今
後国のプロジェクトとして大きく発展する可能性があり
ます。衛星搭載用マルチスポット・ビーム・アンテナの
研究開発も将来のデ-タ中継衛星に関連して重要であ
り,何れも昭和54年度の重要・新規事項として予算要
求しているところであります。昨年度から基礎的な調査
研究を進めている,衛星を利用したコンピュータ・ネッ
トワーク・システムの研究も将来大型プロジェクトとし
て発展する可能性があります。
次に,この際特にお願いしておきたいことがあります。
それは職員相互間のコミュニケーションの問題でありま
す。組織が巨大化してきますと,なかなか幹部の意向が
下まで浸透し難く,また一般職員の希望が上まで届かな
いというように上下の意志の疎通が円滑に行われ難くな
って参ります。従来ややもするとこの点に関し多少問題
があったのではないかと存じます。特に課・室長,主任
研究官等当所の幹部と一般職員の中間におられる方々は
十分この点を留意され,上意下達,下意上達が円滑に行
くようよきパイプ役となっていただきたいと存じます。
人は誰れも自由を好み規則等に束縛されるのをいやが
る傾向がありますが,私達は公務員としての使命と責務
を常に持って事に当たることが大切であります。事務管
理の運用にあたっては守るべき規則は十分遵守して遺漏
のないよう注意していただきたいと存じます。
最後に全職員にお願いしたいのは各人の健康について
であります。何事をするにも健康が第一でありまして
“健全なる精神は健全なる身体に宿る”との昔の格言の
ように常日頃から健康には注意されて業務にまい進され
る事を切望致します。当研究所がその向う道を誤らず,正
しく進むことは,所長始め数名の幹部のみで出来ること
ではなく,職員皆様の絶大なる御支援,御協力があって
始めて成し得るものでありますので今後共宜しくお願い
したいと存じます。所長就任に際し所感の一端を述べ挨
拶と致します。
図1 EMEOS概念図
通信技術衛星(ACTS-G)**
この名称は,昨年の見直し要望から使
用したもので衛星間通信技術の確立を主
要ミッションとし,大口径展開型アンテ
ナ(固定)をべースとした構想であった。
本年の見直し要望では,宇宙開発政策大
綱,電波技術審議会の答申(データ中継
を中心とする衛星間通信技術),所内にお
ける調査研究を踏まえて,昨年と同様・
衛星間通信技術の確立(136,148,400
MHz,2GHzを使用)のほか,季年
は新たに陸上移動体,無人観測機器等
を対象とする通信技術(250-400 MHzを使用)の開発
を提案し,大型展開型アンテナ(開口及びアレイ)の開
発研究を要望している。本衛星(静止軌道)と地球局と
の間は,2GHzのほか,CS(さくら)の成果を踏まえ
て,20/30GHzの使用を予定し,打上げロケットは
H-Tを考えている。
通信技術衛星の打上げは,昭和61年度ごろとし,衛星
間通信実験の対象としては前記の電磁環境観測衛星等を
考えている。宇宙開発政策大綱にいう「移動体通信技術
衛星シリーズ」において,本衛星は,後述の航空・海上
技術衛星(AMES)のあとの開発プログラムの一つとし
て位置づけられる。(図2参照)
図2 ACTS-Gシステム概念図
航空・海上技術衛星(AMES)***
昨年,郵政省は海上通信技術衛星(ACTS-MAR)
の要望を提出したが,運輸省及び科学技術庁(宇宙開発
事業団)からは,それぞれ実験用航行衛星及び技術試験
衛星(ETS-A)の要望が出され,宇宙開発委員会の審
議の中で,これらの要望を一本化すべきことが示唆され
た。これを受けてAMES連絡会(郵政省,運輸省,科
学技術庁,宇宙開発事業団)で討議した結果,標記の衛
星として統合される運びとなった。
本衛星は,現在短波により行っている船舶・航空機と
の通信の品質・容量の問題を改善するためのものであっ
て,この衛星によって小型の船舶・航空機,ブイ等の移
動体を対象とする通信システム,運行管制システム,救
難システム,測定システムに関する技術開発を行う。打
上げロケットはN-U,衛星の形態はスピン安定とし,
マルチスポット・ビーム,アンテナ,Lバンド・トラン
スポンダ(対移動体),Cバンド・トランスポンダ(運行
管制),Kバンド・トランスポンダ(対地球局)が主要な
搭載機器である。
打上げ時期については種々論議されたが,結局,昭和
59年度となった。政策大綱との関連は,前記のように,
「移動体通信技術衛星シリーズ」の中の最初の開発プロ
グラムとして位置づけられる。なお,本年は,運輸省及
び科学技術庁からも航空・海上技術衛星の要望が提出さ
れている。郵政省のミッションを図3に示す。
図3 AMESシステム概念図(郵政省ミッション)
衛星搭載用能動型電波リモート・センサ
これについては,研究開発費が本年度予算として認め
られたので,現在鋭意研究を進めている。従来のリモー
ト・センサは,可視・赤外領域におけるパッシブなもの
が主体であったが,本研究ではアクティブな電波(マイ
クロ波)センサ,即ち,マイクロ波レーダを開発し,当
面は地上実験,航空機搭載実験によって,マイクロ波リ
モート・センシングの基礎技術,データ解析技術,実際
面への利用技術の確立を図ろうとしている。なお,この
リモート・センサは,将来は政策大綱にいう「観測の分
野」の衛星に搭載することを目指している。
むすび
以上簡単に電波研究所と関係の深い見直し要望事項に
ついて記したが,当所は昨年2月のETS-U打上げ以来,
CS,BS,ISS-bを対象に実験を行い,来年2月に
予定されるECS打上げをもって,諸先輩のいわば遺産
を一応使い果たすことになる。そのあとは前記のように
AMESを先頭とする新しい衛星プログラムを推進する
必要があり,このため,所内外各位の一層の御理解と御
支援を期待したい。
(企画部第一課長 中橋 信弘)
(注) *ElectroMagnetic Environment Observations Satellite
通 信 機 器 部
はじめに
図1 障害波測定器
振幅確率分布と雑音振幅分布の測定
振幅確率分布(APD)は,雑音が図1の増幅器に加
わった時,その出力の包絡線A(t)がある振幅レベルAiを
越えている時間率で定義されている。また雑音振幅分布
(NAD)は,包絡線A(t)がレベルAiを正方向に横切っ
た単位時間当りの回数で定義されており,一般に平均交
叉率と呼ばれているものと同じである。入力雑音がイン
パルス的で,個々のパルスに対する増幅器出力に重なり
が無ければ,このNADは,レベルAiよりも大きい包
絡線振幅を持つ入力パルスの単位時間当たりの個数を表
わしている。
APDを測定するためには,図1の増幅器出力e0(t)の
包絡線A(t)を取り出す必要があるが,包絡線検波器は不
正確であるため,IF出力をそのまま電圧比較器に入れ
て,あるレベルを越える搬送波の数を計数する方法を採
用した。すなわち,IF出力e0(t)を基準電圧Aiの電圧
比較器に通すと,包絡線A(t)がAiを越えている時間だけ
IF周波数に対応したパルスが出る。単位時間当りのパ
ルスの数とIF周波数の牝よりAPDが求められる。ま
た,このパルス列をIF周期より幾分大きめの時定数を
持つモノマルチに入れれば,レベルAiを包絡線A(t)が
越える度にパルスが1個得られる。これを計数すればN
ADが求まる。
今回試作したAPD,NADを同時に測定する装置の構
成を図2に示す。高周波・中間周波増幅器にはVHF妨
害波測定器(帯域幅80kHz)を利用した。図2の電圧比較
器は4dB間隔で11レベルに分れている。妨害波測定器の
IF周波数は4.5MHzであるから,モノマルチの時定数
は図の様に約300nsが適当である。電圧比較器のゲート時
間は0.5〜600秒で,その間のパルス数はLED表示され
る。またデータ・レコーダを使えば繰り返し測定が自動
的に行える様に設計されている。
図2 APD・NAD測定装置の構成
自動車雑音
試作器による自動車雑音のAPDの例を図3に示す。
被測定車は4気筒,1500回転で,車から2mの位置,水
平偏波の測定結果である。横軸は時間率,縦軸は同じ包
絡線振幅を与える正弦波入力の電界強度で示してある。
この図から,例えば,ある受信機(帯域幅80kHz)に
対する信号波の電界強度が30dBμV/mの時,1秒間に約
1ms(0.1%)の間,その信号より強い雑音が受信機に入
ることが予想される。信号波がnoncoherent FSKであれ
ば,bit error rateはこの時間率の1/2で与えられる。こ
の様にAPDは,信号波レベルより大きい外来雑音が受
信機に混入する時間を与えるもので,通信系の設計に非
常に役に立つ。またこの図には,装置のセット・ノイズ
も示してあるが,これはガウス雑音のAPDである。自
動車雑音のAPDの傾きは,ガウス雑音の傾きより大き
いから,帯域幅80kHzの受信機に対して,自動車雑音
はパルス性雑音と考えられる。雑音の準尖頭値,実効値
はAPDから計算によって求める事ができ,図3には準
尖頭値(旧JRTC規格)の計算結果が示してある。この
値は,従来の妨害波測定器による実測値と約1dBの範
囲内で一致している。また実効値は準尖頭値より28dB
低い値になった。
図3 自動車雑音の振幅確率分布(APD)
図3のAPDと同時に測定されたNADを図4に示す。
図4の縦軸は,同じ雑音が帯域幅1MHzの受信機に加
わった時の包絡線振幅と同じ振幅を与える正弦波入力で
表わされている。この図より,帯域幅1MHzの受信機
に50dBμV/mの信号波が入って来た場合,その信号より
強いパルス性雑音が1秒間に約80個混入する事がわかる。
帯域幅B MHzの受信機に対する応答は,縦軸の目盛に
補正値20logBを加えればよい。図4のNAD曲線を微分
して求めたパルス密度曲線を図5に示してある。この図
より自動車雑音のパルス分布は,振幅が大きく,数が少
ない1群と,振幅が小さく,数が非常に多い1群に分け
られる。ただし車の整備状態,回転数等によっては,こ
のパルス群の分離は不明瞭になる事が予想される。図の
1500rpmの例では,エンジンの爆発に寄与していると思
われる振幅の大きいパルスは毎秒約70個ある。理論的に
はこのエンジンは毎秒50回爆発しているから,振幅の大
きいパルスが,爆発回数よりも多く輻射されている事に
なる。またこのパルス群の密度曲線は,対数正規分布曲
線に極めて良く一致している。プラグに流れる電流を測
定したE. Conte(伊)も同様の結果を報告している。
これまで一般に使われている準尖頭値から,妨害波測
定器と異なる帯域を持つ受信機に対して,雑音の影響を
評価する事は,特殊な入力波形の場合を除いて出来なか
った。しかし,雑音がインパルス的で,個々のパルスに
対する増幅器の応答に重なりが無ければ,これまで述べて
きたAPD,NADから,任意の帯域幅を持つ受信機に
対するAPDが計算され,雑音の影響が評価できる。
図3より,自動車雑音の準尖頭値(旧JRTC規格)は
時間率約0.1%以下の雑音レベルに相当している事が分
る。都市雑音の場合も同様である。
図4 自動車雑音の振幅分布(NAD)
図5 自動車雑音のパルス密度
おわりに
近年になって,より通信に対応した人工雑音の測定が
求められる様になって来たため,我々は雑音のAPD,
NADを同時に測る測定器を試作した。自然雑音を対象
としたこれらの測定器は国内にも既にあるが,人工雑音
を対象とした測定器はこれが最初と考えられる。また,
APD,NADに関する解説も国内では殆ど見当らないた
め,本文では相当詳しく紹介したつもりである。
セット・ノイズや帯域幅等に問題はあるが,十分使用
出来る測定器が得られたので,今後これによる都市雑音
自動車雑音,空港,新幹線等の雑音測定を行いたいと考
えている。
(1) CCIR:国際無線通信諮問委員会
(2) URSI:国際電波科学連合
(3) CISPR:国際無線障害特別委員会
(4) IEC:国際電気標準会議
(標準測定研究室 主任研究官 杉浦 行,通信方式研究室 主任研究官 小口 哲雄)
短信訂正:6月第27号の「施設・般公開の御案内」で平磯支所
が8月2日公開となっておりますが,8月1日公開ですので訂正致します。