所長就任にあたって


所 長  理博 田尾一彦


 7月4日付をもちまして第8代目の電波研究所長を拝 命致しました。責任の重大性を考えますと身のひきしま る思いが致します。所長就任に際し一言簡単に御挨拶申 し上げたいと存じます。
 御承知のように当所は,最近では予算規模が年間60億 円を超え,特に衛星通信に関しましては国家的規模の大 型プロジェクトを推進してきております。当所の研究の 大きな柱としては,(1)宇宙通信及び人工衛星の研究開発 (2)宇宙科学及び大気科学の研究,(3)情報処理,通信方式 及び無線機器の研究,(4)周波数標準に関する研究,の四 つがあり,夫々の分野で研究成果を上げてきております が,最近はこれに加えて,(5)周波数資源の開発が今後の重 要研究テーマとして取り上げられております。研究とい うものは社会の進歩,発展に呼応して日進月歩で進んで いるわけでありまして,私達は常に目を広く内外に向け 研究の国際的・国内的動向をさぐり,また社会のニーズ というものを敏感にくみ取ることが必要であります。い つまでも旧い殻の中に閉ぢこもっていることなく,時代 の要請に研究もまた応えて行かねばなりません。電波技 術の進展に伴って電波行政の面でも必要となる課題には 可能な限り積極的に取り組むことが必要であります。
 特に当所が時代の要請に呼応して衛星開発の研究に取 り組むようになって以来,開発的研究の比重が重要になっ てきたように感じられます。前所長もこの春の研究発表 会の時,挨拶の中で申されておりましたが,当所の現在 の研究プロジェクトを分類してみますと,基礎研究が20 %,応用研究が32%,開発研究が14%となっております。 研究のカテゴリーとしては上記の三種類に分類するのが 普通でありますが, 当所は純粋な研究 の他に型式検定, 標準電波の発射と いった多少試験所 的性格をもった業 務を持っておりま すので,それらを ルーチン業務とし て分類すると約34 %となり,可成り の比重になります。 基礎研究の約20%という数字は適当であると考えており ます。最近は当所も世間からの期待が大きくなってきて おり,昔のように世の中とは無関係に自分の好きなこと だけしていればよいという時代ではなくなってきており ます。旧いものは捨て新しい環境に順応して行くことが 必要と考えられます。同じ基礎研究といっても開発研究 につながるその前段階的な研究が今後,増えて行くので はないかと思います。例えば40GHz帯以上の新周波数 の開発は,周波数資源開発の一環として現在研究を進 めているプロジェクトでありますが,これは新しい周波 数帯が将来何に使えるか,どう実用されるがということ を目指した,すなわち開発研究を指向したものであり, そのためには新しい周波数帯の物性光学的な,また電波 伝搬等の基礎的な研究が十分なされなければなりません。 研究プロジェクトについては,数年前より毎年見直し作 業を行っており,その数も可成り整理はされてきており ますが,全体的に眺めますと未だ不統一な点もあり,ル ーチン業務をも研究プロジェクトとして取り扱っている 等,種々の問題点もありますので全面的な見直し作業が必 要かと考えられます。
 研究所の規模が大きくなるにしたがって研究の内容も 非常に多彩なものになり多極化して来ております。当所 のミッションは一口で言えば電波の有効利用を図るため の研究を推進することでありますが,周波数領域で言え ば,VLF帯からミリ波,更にレーザ領域にわたっており, またその研究の対象となっている領域で言えば,宇宙空間 から電離圏,対流圏,海中にまで及んでおります。しか しそれらの研究が目標もなしに行われていたのでは成果 も上がりません。どのように電波が利用され社会のため にも有用であるかということを明確にすることが国立試 験研究機関の一つである当所の責務であると存じます。
 ここ数年間,当所は衛星通信の開発のために地球局の 整備等に巨額の投資をして参りました。確かに大型プロ ジェクトの常としてその準備段階では研究成果を出すこ とは困難であり,外部発表の件数も少なかったようであ りますが,ようやく施設整備も終わり,ETS-Uを始めCS, BS,ISS-b等衛星も順調に打ち上げられ,それぞれ 実験段階に入りつつあります。巨額の投資をしての開発 研究の成果がそろそろ出始めておりますが,誠に喜ばし いことと存じます。今後共益々世間に対して誇り得るよ うな立派な研究成果が沢山出て行くことを期待しており ます。
 宇宙開発に関し将来を展望してみますと,本年3月宇 宙開発委員会によって,今後約15年間の我が国の宇宙開発 の進展方向の指針ともなるべき宇宙開発政策大綱が策定 され,その線に沿って将来の構想を考えるべきであるこ とが示されました。当所としても現在進行中のCS,BS, ECS,ISS等の大型プロジェクトの他に,将来の宇宙 開発進展のー環として本年度から取り組んでいる研究課題 に“衛星搭載用マイクロ波・ミリ波レーダの研究”及び “衛星による小型船舶,航空機等との通信の研究”があ ります。前者は今後我が国で多方面にわたって研究がク ローズアップしてくると思われるリモート・センシング に関する研究であり,従来からこの方面に実績のある当 所としては他に先がけて研究に着手する必要があります。 後者は当所のみならず関係各省庁とも関連する将来の海 事通信システムに対する先行的プロジェクトであり,今 後国のプロジェクトとして大きく発展する可能性があり ます。衛星搭載用マルチスポット・ビーム・アンテナの 研究開発も将来のデ-タ中継衛星に関連して重要であ り,何れも昭和54年度の重要・新規事項として予算要 求しているところであります。昨年度から基礎的な調査 研究を進めている,衛星を利用したコンピュータ・ネッ トワーク・システムの研究も将来大型プロジェクトとし て発展する可能性があります。
 次に,この際特にお願いしておきたいことがあります。 それは職員相互間のコミュニケーションの問題でありま す。組織が巨大化してきますと,なかなか幹部の意向が 下まで浸透し難く,また一般職員の希望が上まで届かな いというように上下の意志の疎通が円滑に行われ難くな って参ります。従来ややもするとこの点に関し多少問題 があったのではないかと存じます。特に課・室長,主任 研究官等当所の幹部と一般職員の中間におられる方々は 十分この点を留意され,上意下達,下意上達が円滑に行 くようよきパイプ役となっていただきたいと存じます。
 人は誰れも自由を好み規則等に束縛されるのをいやが る傾向がありますが,私達は公務員としての使命と責務 を常に持って事に当たることが大切であります。事務管 理の運用にあたっては守るべき規則は十分遵守して遺漏 のないよう注意していただきたいと存じます。
 最後に全職員にお願いしたいのは各人の健康について であります。何事をするにも健康が第一でありまして “健全なる精神は健全なる身体に宿る”との昔の格言の ように常日頃から健康には注意されて業務にまい進され る事を切望致します。当研究所がその向う道を誤らず,正 しく進むことは,所長始め数名の幹部のみで出来ること ではなく,職員皆様の絶大なる御支援,御協力があって 始めて成し得るものでありますので今後共宜しくお願い したいと存じます。所長就任に際し所感の一端を述べ挨 拶と致します。




郵政省の「宇宙開発計画」の見直し要望について


  まえがき
 昭和52年度の「宇宙開発計画」は,本年3月17日,宇 宙開発委員会により決定されたが,これに対する郵政省 の見直し要望が,別記の内容で6月27日に提出された。
 本年の見直し要望の背景にある最大の特徴は,「宇宙 開発政策大綱」であり,これについてまず簡単に触れる。 政策大綱は,我が国の宇宙開発の長期計画を示すもので, やはり本年3月17日に宇宙開発委員会により決定された。 政策大綱の中には,我が国が当面15年間に実施 すべき宇宙開発シリーズを分野別に提示してい る。すなわち(1)通信(2)観測(3)宇宙実験(4)人工衛 星系共通技術(5)輸送系共通技術の5分野であり 従来の「科学研究の分野」及び「実利用の分野 という区分は使われていない。電波研究所に関 係が深い分野は,通信及び観測の分野であり, これについて更に記すと,通信の分野では「移 動体通信技術衛星シリーズ」を通信技術確立の ための中核的シリーズとして実施し,また,実 用指向のシリーズとして「固定通信衛星シリー ズ」,「放送衛星シリーズ」及び「移動体通信・航 行衛星シリーズ」を実施するものとしている。観測の分 野については,科学研究のための「天文系科学観測シリ ーズ」及び「地球周辺科学観測シリーズ」,観測技術確立 のための「海域及び陸域観測衛星シリーズ」,技術応用 ないし実用指向の「電磁圏及び固体地球観測衛星シリー ズ」,更に技術の総結集としての「月・惑星探査シリー ズ」を実施するとしている。
 当所では政策大綱の趣旨にのっとり,また,昨年から 今年にかけて打ち上げられたETS-K,CS,BS,ISS -bの成果を踏まえ,来年2月打上げ予定のECSの計画 並びに昨年の宇宙開発計画見直し要望(電波研究所ニュ ースNo.16参照)を考慮し,電波監理局宇宙通信企画課及 び宇宙通信開発課と連絡をとりつつ見直し要望の検討を 行った。特に所内では,昨年12月に発足した「電波研究 所宇宙開発計画検討委員会」及びその下部の五つの小委 員会(本ニュース10頁参照)により,見直しの作業が組織 的に行われた。以下に,当所に関係の深い見直し要望事 項について記す。
  電磁環境観潮衛星(EMEOS)*
 電離層観測衛星(ISS-b)は,宇宙開発計画(昭和 51年度決定)にしたがって本年2月16日に成功裏に打ち 上げられ,現在定常段階の運用に入っている。そして今 回の見直し要望の作業の過程で,昨年と同様ISS-bと 同型の第2号電離層観測衛星(ISS-2)及び電波観測 衛星(RMS)を打ち上げることも 検討されたが,結局これらを一本化 して標記の衛星を要望した。この衛 星は前記の宇宙開発政策大綱の中で は,観測の分野における「電磁圏及 び固体地球観測シリーズ」に対応す るものであり,電離層などの電波 伝搬媒質の電磁特性の観測及び地 球周辺における電波放射の観測等, 電磁環境の把握を目的としており, ISS-bを発展的に継続させ,機能 の充実と周波数範囲の拡大を図って いる。すなわち主要なミッションとし て,アクティブな方法による電離層 観測(MF,HF掃引,及びVHF, UHF固定),パッシブな方法による 電波雑音観測(MF,HF,VHF, UHF帯の掃引,及びMF,HF帯 での固定),直接環境測定(プラズ マ及び高エネルギー粒子測定,イオ ン及び中性大気組成測定等)の三種を計 画している。衛星の打上げ時期としては, 昭和60年度ごろを要望している。(図1参照)


図1 EMEOS概念図

  通信技術衛星(ACTS-G)**
 この名称は,昨年の見直し要望から使 用したもので衛星間通信技術の確立を主 要ミッションとし,大口径展開型アンテ ナ(固定)をべースとした構想であった。 本年の見直し要望では,宇宙開発政策大 綱,電波技術審議会の答申(データ中継 を中心とする衛星間通信技術),所内にお ける調査研究を踏まえて,昨年と同様・ 衛星間通信技術の確立(136,148,400 MHz,2GHzを使用)のほか,季年 は新たに陸上移動体,無人観測機器等 を対象とする通信技術(250-400 MHzを使用)の開発 を提案し,大型展開型アンテナ(開口及びアレイ)の開 発研究を要望している。本衛星(静止軌道)と地球局と の間は,2GHzのほか,CS(さくら)の成果を踏まえ て,20/30GHzの使用を予定し,打上げロケットは H-Tを考えている。
 通信技術衛星の打上げは,昭和61年度ごろとし,衛星 間通信実験の対象としては前記の電磁環境観測衛星等を 考えている。宇宙開発政策大綱にいう「移動体通信技術 衛星シリーズ」において,本衛星は,後述の航空・海上 技術衛星(AMES)のあとの開発プログラムの一つとし て位置づけられる。(図2参照)


図2 ACTS-Gシステム概念図

  航空・海上技術衛星(AMES)***
 昨年,郵政省は海上通信技術衛星(ACTS-MAR) の要望を提出したが,運輸省及び科学技術庁(宇宙開発 事業団)からは,それぞれ実験用航行衛星及び技術試験 衛星(ETS-A)の要望が出され,宇宙開発委員会の審 議の中で,これらの要望を一本化すべきことが示唆され た。これを受けてAMES連絡会(郵政省,運輸省,科 学技術庁,宇宙開発事業団)で討議した結果,標記の衛 星として統合される運びとなった。
 本衛星は,現在短波により行っている船舶・航空機と の通信の品質・容量の問題を改善するためのものであっ て,この衛星によって小型の船舶・航空機,ブイ等の移 動体を対象とする通信システム,運行管制システム,救 難システム,測定システムに関する技術開発を行う。打 上げロケットはN-U,衛星の形態はスピン安定とし, マルチスポット・ビーム,アンテナ,Lバンド・トラン スポンダ(対移動体),Cバンド・トランスポンダ(運行 管制),Kバンド・トランスポンダ(対地球局)が主要な 搭載機器である。
 打上げ時期については種々論議されたが,結局,昭和 59年度となった。政策大綱との関連は,前記のように, 「移動体通信技術衛星シリーズ」の中の最初の開発プロ グラムとして位置づけられる。なお,本年は,運輸省及 び科学技術庁からも航空・海上技術衛星の要望が提出さ れている。郵政省のミッションを図3に示す。


図3 AMESシステム概念図(郵政省ミッション)

  衛星搭載用能動型電波リモート・センサ
 これについては,研究開発費が本年度予算として認め られたので,現在鋭意研究を進めている。従来のリモー ト・センサは,可視・赤外領域におけるパッシブなもの が主体であったが,本研究ではアクティブな電波(マイ クロ波)センサ,即ち,マイクロ波レーダを開発し,当 面は地上実験,航空機搭載実験によって,マイクロ波リ モート・センシングの基礎技術,データ解析技術,実際 面への利用技術の確立を図ろうとしている。なお,この リモート・センサは,将来は政策大綱にいう「観測の分 野」の衛星に搭載することを目指している。
  むすび
 以上簡単に電波研究所と関係の深い見直し要望事項に ついて記したが,当所は昨年2月のETS-U打上げ以来, CS,BS,ISS-bを対象に実験を行い,来年2月に 予定されるECS打上げをもって,諸先輩のいわば遺産 を一応使い果たすことになる。そのあとは前記のように AMESを先頭とする新しい衛星プログラムを推進する 必要があり,このため,所内外各位の一層の御理解と御 支援を期待したい。

(企画部第一課長 中橋 信弘)

(注)  *ElectroMagnetic Environment Observations Satellite
    **Advanced Communications Technology Satellite
   ***Aeronautical-Maritime Enginnering Satellite




(参考資料)  宇宙開発計画の見直し要望(郵政省,昭和53年6月21日)

1 実用衛星
 (1) 実用通信衛星
 実験用中容量静止通信衛星(CS)の開発成果及び 実験結果を踏まえて,CSと同規模の衛星について,本 機を昭和57年度に,予備機を昭和58年度に軌道上に打ち 上げることとする。また,本システムは,継続して運 用する必要があるので,衛星の寿命期に次期衛星を打ち上げるものとする。
 (2) 実用放送衛星
 実験用中型放送衛星(BS)の開発成果及び実験結果 を踏まえて,BSと同規模の衛星について,六機を昭 和58年度に,予備機を昭和59年度に軌道上に打ち上げることとする。
 また,本システムは,継続して運用する必要がある ので,衛星の寿命期に次期衛星を打ち上げるものとする。
2 電磁環境観測衛星
 電離層観測衛星(ISS-b)による成果を踏まえ,その 機能を拡充して,宇宙空間の電磁特性及び地上の電 磁環境を観測する衛星を,昭和60年度ごろに打ち上 げることを目標に所要の開発研究を行う。
3 通信技術衛星(ACTS-G)
 宇宙通信が宇宙開発の基幹的技術の一つであること にかんがみ,この分野の自主技術の確立を図るとともに, 将来の通信需要の増大及び多様化に対処するため,新し い周波数や通信方式の開発,衛星間通信技術などの確 主を図る必要がある。
 これらの一環として,周回衛星を対象とする衛星間 通信技術実験,併せて将来の陸上移動体,無人観測機器 等との通信技術実験をも可能とする大型展開型アンテナ の開発を主目的とする通信技術衛星(ACTS-G)を,昭 和61年度ごろに打ち上げることを目標に所要の開発研究を行う。
4 航空・海上技術衛星(AMES)
 海洋国として,現在我が国では,多数の船舶が活躍し ているが,現在の漁船等の通信システムは,品質,容 量等に問題が多いので,これを改善する必要がある。こ のため,我が国の実情に適した海上通信衛星システム を開発することを目的として,昭和59年度に航空・海 上技術衛星(AMES)を打ち上げることとし,そのた めのシステム及びミッション機器の開発研究を行う。




人工電波雑音の確率分布の測定


通 信 機 器 部

  はじめに
 テレビを見ている時,自動車やオートバイが近くを通 ると,画面が乱れる事がある。また,ラジオを聞きなが ら,電気かみそりを動かしていると,雑音が入ってラジ オの声が聞えなくなる事がある。このように我々の身の 回りの色々な機器から電波雑音が出ており,通信・放送 ・計測などの電波を使用する分野や電子回路の動作に, 様々な影響を与えている。
 電波雑音は,その発生源から分類して二つに大別され る。その一つは,雷などの自然現象に伴う雑音で,他の 一つは,自動車,電車,送電線のような設備・機器から 生じる人工雑音である。昔は,中・短波帯の通信や放送 が主であったため,この周波数帯に影響を与える自然雑 音や蛍光灯・送電線などからの電波雑音が問題になった。 しかし,通信や放送でより高い周波数帯(VHF,UHF帯) も利用されるようになったため,この周波数帯に影響 を与える人工電波雑音の研究が1950年代頃から盛んにな って来た。このように通信・放送の発展や,新しい機器 の開発に伴って,問題となる電波雑音も変化している。 また,雑音対策が進んで,それまで顕著であった雑音が 問題でなくなる事もある。最近特に問題となっているの は,心臓障害者が使用しているペース・メーカーが,外 来のパルス雑音によって誤動作する事である。また,飛 行場周辺の都市雑音(自動車,高周波加工機等)の航空 管制に及ぼす障害が問題となっている。近頃はやりのポ ケットに入る電子計算機も,飛行機内で使用すると,電 子航行機器に影響する事が報告されている。
 この様に,生命に係わる問題も出てきており,電波雑 音に影響されない通信・放送システムの研究や,電子機 器の雑音対策が重要となっている。また雑音源から輻射 される電波雑音の抑制策も望まれている。これらの雑音 対策や通信系の設計には,各種機器から発生する電波雑 音,あるいは都市・空港における雑音の特性を測定する 事が必要である。
 昨年CCIR(1)からURSI(2),CISPR(3)に対して,次 の様な研究課題が送られて来た。すなわち,周波数有効 利用のためには,雑音環境,特に人工雑音の特性を知る 必要がある。しかし,これまでの測定は主として,雑音 抑制の目的で個々の雑音源の測定が行われてきており, 通信系に対する影響を推定するには不適当である。従っ て,人工雑音の統計量の測定,及びこれらと人口密度, 電力消費等の量との相関に関する研究を進めるようにと の内容である。またIEC(4)でも,これまでの測定法と異 なった,より通信に対する影響が評価しやすい統計量の 測定が検討され始めている。また国内でも,都市雑音や 空港周辺の雑音を対象とした振幅確率分布やパルス幅分 布の測定が報告されている。この様に,周波数有効利用 の立場から,従来の測定法の見直しが始められており, 我々もこれに対応する必要があるため,今回電波雑音の 振幅確率分布(以下APDと略す)及び雑音振幅分布(以 下NADと略す)を同時に測る測定器を試作したのでそ の概要を報告する。
  電波雑音の測定法
 電波雑音にかぎらず,混信を含めた妨害波測定器の開 発は,1930年頃から行われており,今日広く使用されて いる測定器の原型は1940年代に出来上っている。この測 定器は,当時のAM放送に対する外来雑音の影響を評価 するために,AM受信機と指示計から構成されている (図1)。図の測定器に含まれる検波器の特性によって, 妨害波測定器は以下の四つの形式に分けられる。すなわ ち,尖頭値検波形,準尖頭値検波形,平均値検波形,及 び実効値検波形である。特に,準尖頭値検波形が一般に 使用されており,我が国では,電波技術審議会答申規格 (JRTC規格)によってその特性が定められている。
 電波雑音に関する測定では,雑音のどの様な量を測る かが根本的な問題であり,これは何のために測るかによ って決まる。電気機器や自動車等の雑音を抑制する目的 で測るなら,輻射される雑音の上限を示す尖頭値,ある いは準尖頭値が測定値として適当である。また,雑音に よる通信系に対する妨害の予測を主として考えると,ま ず各通信系の品質を表わす量を決めなければならない。 その後,その量に寄与する雑音のパラメータを決定して 測定することになる。例えば,信号対雑音比で品質を表 わす場合には,雑音の実効値を測らなければならない。 また,アナログ通信の場合,品質を表わす量として送・ 受信号間の平均2乗誤差を考えると,雑音のパワー・ス ペクトル等を測らなければならない。この様な通信に対 応した雑音の測定量としては,実効値,APD (Amplitude Probability Distribution),NAD (Noise Amplitude Distribution),PSD(Pulse Spacing Distribution), PDD(Pulse Duration Distribution),パワー・スペクト ル,自己相関関数等があげられる。


図1 障害波測定器

  振幅確率分布と雑音振幅分布の測定
 振幅確率分布(APD)は,雑音が図1の増幅器に加 わった時,その出力の包絡線A(t)がある振幅レベルAiを 越えている時間率で定義されている。また雑音振幅分布 (NAD)は,包絡線A(t)がレベルAiを正方向に横切っ た単位時間当りの回数で定義されており,一般に平均交 叉率と呼ばれているものと同じである。入力雑音がイン パルス的で,個々のパルスに対する増幅器出力に重なり が無ければ,このNADは,レベルAiよりも大きい包 絡線振幅を持つ入力パルスの単位時間当たりの個数を表 わしている。
 APDを測定するためには,図1の増幅器出力e0(t)の 包絡線A(t)を取り出す必要があるが,包絡線検波器は不 正確であるため,IF出力をそのまま電圧比較器に入れ て,あるレベルを越える搬送波の数を計数する方法を採 用した。すなわち,IF出力e0(t)を基準電圧Aiの電圧 比較器に通すと,包絡線A(t)がAiを越えている時間だけ IF周波数に対応したパルスが出る。単位時間当りのパ ルスの数とIF周波数の牝よりAPDが求められる。ま た,このパルス列をIF周期より幾分大きめの時定数を 持つモノマルチに入れれば,レベルAiを包絡線A(t)が 越える度にパルスが1個得られる。これを計数すればN ADが求まる。
 今回試作したAPD,NADを同時に測定する装置の構 成を図2に示す。高周波・中間周波増幅器にはVHF妨 害波測定器(帯域幅80kHz)を利用した。図2の電圧比較 器は4dB間隔で11レベルに分れている。妨害波測定器の IF周波数は4.5MHzであるから,モノマルチの時定数 は図の様に約300nsが適当である。電圧比較器のゲート時 間は0.5〜600秒で,その間のパルス数はLED表示され る。またデータ・レコーダを使えば繰り返し測定が自動 的に行える様に設計されている。


図2 APD・NAD測定装置の構成

  自動車雑音
 試作器による自動車雑音のAPDの例を図3に示す。 被測定車は4気筒,1500回転で,車から2mの位置,水 平偏波の測定結果である。横軸は時間率,縦軸は同じ包 絡線振幅を与える正弦波入力の電界強度で示してある。 この図から,例えば,ある受信機(帯域幅80kHz)に 対する信号波の電界強度が30dBμV/mの時,1秒間に約 1ms(0.1%)の間,その信号より強い雑音が受信機に入 ることが予想される。信号波がnoncoherent FSKであれ ば,bit error rateはこの時間率の1/2で与えられる。こ の様にAPDは,信号波レベルより大きい外来雑音が受 信機に混入する時間を与えるもので,通信系の設計に非 常に役に立つ。またこの図には,装置のセット・ノイズ も示してあるが,これはガウス雑音のAPDである。自 動車雑音のAPDの傾きは,ガウス雑音の傾きより大き いから,帯域幅80kHzの受信機に対して,自動車雑音 はパルス性雑音と考えられる。雑音の準尖頭値,実効値 はAPDから計算によって求める事ができ,図3には準 尖頭値(旧JRTC規格)の計算結果が示してある。この 値は,従来の妨害波測定器による実測値と約1dBの範 囲内で一致している。また実効値は準尖頭値より28dB 低い値になった。


図3 自動車雑音の振幅確率分布(APD)

 図3のAPDと同時に測定されたNADを図4に示す。 図4の縦軸は,同じ雑音が帯域幅1MHzの受信機に加 わった時の包絡線振幅と同じ振幅を与える正弦波入力で 表わされている。この図より,帯域幅1MHzの受信機 に50dBμV/mの信号波が入って来た場合,その信号より 強いパルス性雑音が1秒間に約80個混入する事がわかる。 帯域幅B MHzの受信機に対する応答は,縦軸の目盛に 補正値20logBを加えればよい。図4のNAD曲線を微分 して求めたパルス密度曲線を図5に示してある。この図 より自動車雑音のパルス分布は,振幅が大きく,数が少 ない1群と,振幅が小さく,数が非常に多い1群に分け られる。ただし車の整備状態,回転数等によっては,こ のパルス群の分離は不明瞭になる事が予想される。図の 1500rpmの例では,エンジンの爆発に寄与していると思 われる振幅の大きいパルスは毎秒約70個ある。理論的に はこのエンジンは毎秒50回爆発しているから,振幅の大 きいパルスが,爆発回数よりも多く輻射されている事に なる。またこのパルス群の密度曲線は,対数正規分布曲 線に極めて良く一致している。プラグに流れる電流を測 定したE. Conte(伊)も同様の結果を報告している。
 これまで一般に使われている準尖頭値から,妨害波測 定器と異なる帯域を持つ受信機に対して,雑音の影響を 評価する事は,特殊な入力波形の場合を除いて出来なか った。しかし,雑音がインパルス的で,個々のパルスに 対する増幅器の応答に重なりが無ければ,これまで述べて きたAPD,NADから,任意の帯域幅を持つ受信機に 対するAPDが計算され,雑音の影響が評価できる。  図3より,自動車雑音の準尖頭値(旧JRTC規格)は 時間率約0.1%以下の雑音レベルに相当している事が分 る。都市雑音の場合も同様である。


図4 自動車雑音の振幅分布(NAD)


図5 自動車雑音のパルス密度

  おわりに
 近年になって,より通信に対応した人工雑音の測定が 求められる様になって来たため,我々は雑音のAPD, NADを同時に測る測定器を試作した。自然雑音を対象 としたこれらの測定器は国内にも既にあるが,人工雑音 を対象とした測定器はこれが最初と考えられる。また, APD,NADに関する解説も国内では殆ど見当らないた め,本文では相当詳しく紹介したつもりである。
 セット・ノイズや帯域幅等に問題はあるが,十分使用 出来る測定器が得られたので,今後これによる都市雑音 自動車雑音,空港,新幹線等の雑音測定を行いたいと考 えている。
(1) CCIR:国際無線通信諮問委員会
(2) URSI:国際電波科学連合
(3) CISPR:国際無線障害特別委員会
(4) IEC:国際電気標準会議

(標準測定研究室 主任研究官 杉浦 行,通信方式研究室 主任研究官 小口 哲雄)


短   信


ベイレイ氏に郵政大臣より感議状

 Dr. D. K. Bailey(米国商務省顧問,61歳)は,6月 23日に服部郵政大臣から感謝状の贈呈を受けた。
 これは,氏が戦後における我が国電波研究機関の研究 活動の復興と発展に多大の貢献をするとともに,多年に わたり(1951〜1978年)CCIR(国際無線通信諮問委員 会)第六研究委員会議長として我が国の電離層伝搬分野 に寄与した功績によるものである。
 氏は,終戦直後にGHQ(連合軍総司令部)の担当者 として,日本の戦時中の無線通信技術の調査にあたり, 東京の電離層観測はワシントン,ロンドン等とともに世 界最古の歴史と伝統のもとに,長期間にわたる経験と資 料を有しており,且つアジアの広大な地域にわたる観測 データを保存していることを明らかにした。
 これによって総司令部から日本政府あてに,電離層の 組織的観測並びに電波伝搬に関連する研究は電波物理研 究所(電波研究所の前身)が中核となって継続すること という主旨の覚書が送付された。この覚書によって電波 物理研究所の存在が確定したわけで,氏は言わば電波研 究所の大恩人にあたる。



CCIR第14回総会の当所参加者

 6月7日から23日の3週間にわたりCCIR総会が国 立京都国際会館に於いて開催され,当所からは,糟谷績 (前所長),加藤一夫(次長,SG1主任),羽倉幸雄(調査 部長),若井登(電波部長,SG6主任),佐分利義和(周 波数標準部長,SG7主任),福島圓(第二特別研究室長, SG5主任)が日本代表として,7日の総会開催記念式 典から23日の閉会まで参加した。当所からはまた延べ27 人が総会の議事進行を熱心に傍聴した。CCIR日本事 務局の運営には,当所から周波数標準部の森川容雄技官 が事務局員として参加し,各種技術展示の準備及び管理 並びにKirby委員長,Mili,ITU事務総局長の演説等の 翻訳など,総会事務遂行のため大いに尽力した。



チャープ・サウンダの運用開始される

 当所平磯支所超高層研究室では,去る6月12日より西 ドイツのマックス・プランク研究所との間で,チャープ ・サウンダによる伝搬実験を行っている。この実験は, 送信側から周波数を連続的に掃引しながら発射される電 波を,同期をとりながら受信するもので,位相の不連 続が起こらないように周波数掃引が行われるため,非常 に狭いバンド幅での受信が可能である。このため混信 の影響を受けにくく,西ドイツ−平磯という遠距離でも, 比較的低い送信電力で,叙伝搬のイオノグラムが得られ ている。この結果,西ドイツ−平磯間短波回線のMUF, LUF,受信電界強度が即時に得られ,電波警報に必要 な伝搬状態の監視体制が飛躍的に向上する。現在,異な る方向に在る他の研究所との間で同種の実験を実施する ための準備が進められている。



短信訂正:6月第27号の「施設・般公開の御案内」で平磯支所 が8月2日公開となっておりますが,8月1日公開ですので訂正致します。