通信,放送衛星計画推進本部
はじめに
第1図 ETS-II用地上施設各装置の配置概略図
地上施設とその運用
ETS-U実験用地上施設は第1図に示すように直径10
mのアンテナを持つ受信局,多機能降雨レーダ,35.2G
Hzの天空雑音温度測定装置,各種気象計,データ処理
用計算装置から成っており,雨量計は地上局の他に電波
伝搬通路の下に沿って3箇所に設けられている。
直径10mの受信アンテナは,離れた三つの周波数の電
波を受信するための給電系の構成,ミリ波受信のための
高い鏡面精度等の他ECS実験への改造についても考慮
して設計,製作,測定された。アンテナ特性の測定には
コリメーション塔,ヘリコプタ,ETS-Uが用いられた。
受信装置は衛星から送信されるビーコン電波がコヒー
レントである特徴を生かし,雨による減衰の少ない周波
数の電波で衛星の原周波数を再生し,これを基準にして
ミリ波の検出を行うことにより雨に対するマージンが大
きくとれるよう工夫されている。また,このことにより
衛星の運動によるドップラ効果や,衛星の発振器の周波
数のふらつき等の影響を除去することができる。この実
験システムでミリ波の場合の降雨マージンはCWモード
で31.5dB,AMモードで47.5dBが得られている。
雨をはじめとする気象状態は特にミリ波の伝搬特性に
強い影響を与える。従って伝搬特性の測定と共にそのと
きの電波の伝搬路上とその周辺の気象の状態を適確に知
ることが重要である。設置された気象レーダにより伝搬
路上250m間隔の雨量(Pm及びPsモード),任意の高
の降雨の水平パターン(CAPPIモード),任意の方位角
の降雨の垂直面パターン(RHIモ-ド)等を知ることが
できる。
受信信号は200ms毎にサンプリングされる。気象計,
降雨レーダ等の測定は1分毎に行われ,これらのデータ
は1分毎にまとめて磁気テープに記録される。降雨レー
ダによる降雨のパターンはラインプリンタ,カラーグラ
フィック・ディスプレーに表示される。その他ペンレコ
ーダ,アナログテープレコーダにも連続記録される。実
験は1日24時間連続無人で行えるよう考慮してシステム
が計画された。
打上げ後の経過
ETS-Uは打上げ後3月5日に東経130度の静止位置
に到着し,NASDAにより衛星のチェックが行われた。
その間には当所とNASDAと共同で伝搬実験用ビーコン
送信機やデスパン・アンテナの特性を測定した。4月の
蝕明け後連続運用のテストが行われた。これらのチェッ
クが順調に進んだので予定より早く5月9日定常運用に
入ることとなった。その後順調に実験は進行し,8月22
日には打上げ後半年が経過し,NASDAが予定したミッ
ション期間は終了し,後期利用段階に入ることとなった。
9月1日から10月15日まで蝕に入り,日中8時間の運用
が行われた。この間姿勢センサに月と太陽が同時に入る
時期があり,デスパン・アンテナのポインティングが失
われる騒ぎがあった。理論的に予測された現象であっ
ても経験が重要であることを示す好例であった。11月か
ら12月にかけてはデスパン・モータのベアリングが冷え
すぎるということで一時心配されたが大事に至らず順調
に実験が続けられた。春の蝕時には全影時の極くわずか
の時間を除いて運用を続けることができた。これも経験
のおかげである。
ETS-Uの実験の受信用10mアンテナは改造してECS
に使用する。このためETS-Uによる伝搬実験は6カ
月と予定していたが,実験が順調であり,宇宙開発委員
会はじめ各方面から実験延長の希望が多いので,ECS
実験用地上施設の契約を終えた後,工程等をくわしく検
討した結果1年間へ実験期問を延長することが可能とな
った。定常実験はちょう度1年後の昭和53年5月8日公
式に終了した。この間実験期問は約8,000時間となり衛
星回線ミリ波伝搬実験として例をみない密度の高い実験
となり,世界的にも貴重なデータが得られた。
この間8月は異例の悪天候で約3週間雨天であっ
た。従って8月のデータは通常のこの期間の標準的
なものと異なるが,雨と伝搬特性との関係について
多くのデータを得ることができた。9月19日には台
風が鹿島の東海上を通過した。これによって台風時
の伝搬特性,降雨の状態等のデータの他に地上局の
運用についても有益な経験を得た。11月の降雨は3
日間ほどであったが,かなり強い雨が連続的に降り
8月に次ぐ降雨量となった。昭和53年2月15日には
大きな磁気嵐に伴う大シンチレーションがミリ波を
除くすべての周波数で起った。このとき気象衛星
(GMS「ひまわり」)から雲写真を送っているSバンド
の電波の受信が妨害を受けた。4月25日最も強い雨
が降り,168o/hの降雨強度が記録された。このと
き150o/h以上の降雨が2分間続いた。
第2図 各種データの時間的変化の一例(降雨時)
データの例
強い雨はミリ波の伝搬に最も大きな障害となるが
第2図は昭和52年8月13〜14日の各種データの時間
的変化を示す。データは上から34.5GHzの減衰,
34.5GHzの交差偏波識別度,雨量計による降雨強
度,降雨レーダによる電波伝搬路上の雨量の積分値
でそれぞれブライトバンド(氷点のあたりのレーダ
・エコーが強い層で減衰はこれより下の部分で主に
おこるとされている)より下,王および全体を,ま
た一番下の図は降雨レーダによる伝搬路上のエコーの時
間変化を鳥瞰図の形に示したものである。雨のないとこ
ろから降りはじめ,強く降るまでのミリ波の伝搬特性と
降雨の状態をダイナミックに見ることができる。ミリ波
の減衰は雨量計による降雨強度とはあまりよく合ってい
ないが降雨レーダによる伝搬路上の雨量の積分値,特に
ブライトバンドより下のデータと量的にもよく合うこと
がわかる。ミリ波の交差偏波識別度は8月13日18時頃急
激に劣化しているがこの時降雨はみられない。しかしブ
ライトバンドより上にはっきりしたエコーがある(×マ
ークで示す)ことから雲中の氷晶によるものと考えられ
る。
第3図 各月のミリ波減衰の累積分布
第3図は1年間の各月のミリ波の減衰の累積分布を示
したもので9月が特に目立つのは台風によるものである。
ここには示されていないが11.5GHzの結果も含めて整
理すると,10月,12月,1月,2月,3月においては,
11.5GHzの減衰は2dB以下,34.5GHzは10dB以下
であった。5月,6月,7月,11月では11.5GHzの減衰
は5dB以下で,34.5GHzの最大の減衰は25〜30dBで
あった。8月,9月と4月における最大減衰量
は,11.5GHzで5dB以上,34.5GHzで30dB
以上であった。
第4図 年間の減衰の累積分布(11.5,34.5GHz)
第4図はこれを1年間の統計にしたもので,
これから99%の回線の信頼度を得るためには,
11.5GHzで0.7dB,34.5GHzで4dB,99.9%
では11.5GHzで2dB,34.5GHzで19.5dBの
降雨マージンが必要であることがわかる。ミリ
波帯の人口の周波数で降雨マージン20dBのシ
ステムを持つことは現在の技術レベルでそれほ
どむずかしくないことからミリ波による衛星通
信がかなり有望であると期待される。
第5図 磁気嵐時の電離層全電子数とシンチレーション(1978年2月15日)
第5図は昭和53年2月15日の磁気嵐のときの
電離層の全電子数(ETS-Uの1.7GHzと11.5
GHzの間の位相差の測定値より算出したもの)
の急変と,1.7GHz,11.5GHzのシンチレー
ションの様子を示したもので全電子数が急増又
は急減するとき即ち電離層の状況が急変し均一
でなくなるときシンチレーションが発生している
ことがよくわかる。このときシンチレーションの最大の
振幅はVHF帯で20dB程度,1.7GHzで約14dB,4GHzで
6dB以上,11.5GHzで約0.8dBであった。
実験の成果
8,000時間にのぼるETS-U実験のデータは上に一部
を示したように特別なイベントから1年間の統計的結果
に至るまで,またミリ波伝搬特性と雨の関係からVHF
帯を含む各種電波の電離層との相互作用まで,更にはミ
リ波用大口径アンテナの開発から衛星運用の方法まで,
いうように多種多様にわたり,磁気テープに納められ
ただけで数百本を越える膨大なものである。その中には
GHz帯電波における異なる周波数間の位相差による電
離層全電子数の精密測定をはじめ世界でもはじめての実
験や成果もいくつか含まれている。これらの成果はデー
タの性質により今までその都度あるいはある程度まとま
ったところで発表して来た。5月8日の実験終了半月後
の5月23日ETS-Uの実験総合報告会が当所により行わ
れ所外からも多くの来聴を得た。実験施設については電
波研季報第24巻第126号に特集号として発表された。デ
ータの解析は各方面の好意的な協力を得て降雨レーダパ
ターンの整理を除き順調に進み,一次処理はほぼ終了し
た。実験期間中の日報(主要データの時間変化),月報(各
種データの累積確率分布,継続時間,相関等で雲のタイ
プにより三つに分類)等を含む膨大なデータブックと各
種資料を収めた報告書を近く発表する予定である。また
今後更にデータの詳細で多様な利用により質の高い成果
をあげてゆくことが期待される。
将来計画
ETS-U実験は残念ながら諸般の事情から一旦終了す
ることとなったが,その装置は今後更に高い周波数帯域
の開拓研究の一部として継続して利用される。一方,
当所において行われるCS,BS,ECSにおいて伝搬実
験にはかなりの重きを置き,幅広い周波数帯にわたり多
様なデータを取得してゆく。更にこれら伝搬実験のデー
タが一連の実験データとして使用できるようそれら実験
の進め方,データの取得や処理の仕方をETS-Uで行っ
たものと同じ考え方と方式で統一して行う予定である。
これら実験により得られた成果はその周波数帯の幅広さ,
データの種類の豊富さ,データの規模の大きさ等どれか
らみても世界的に他の追随を許さぬものとなるであろ
う。
最後に,当然このETS-U実験は所内はもとより電波
監理局,NASDAをはじめとする各関係機関,関係会社
の方々の御協力があってはじめてこのような成功を収め
ることができた。終了の報告をするに当たって改めて感
謝の意を表します。また特に実験を直接担当し尽力され
たNASDAの関係の方々と当所の担当者の努力に心から
敬意を表します。
(衛星研究部通信衛星研究室 主任研究官 畚野 信義)
羽 倉 幸 雄
はじめに
表 第14回総会日程
1974年の第13回総会で採択されたテキストはグリーン
ブックと呼ばれる緑色表紙の13冊にまとめられているが,
1974〜78年の研究期間にその後の技術情報を盛り込む改
訂作業が各研究委員会で行われ,最終会議の採択文書が
総会に提出,審議され,新しいグリーンブックが生れるこ
とになる。
総会で審議される文書は最初の1枚がピンク色をして
いるのでピンク・ドキュメントと呼ばれているが,今回
は総数938件であった。
各SGとも冒頭のSG議長報告に始まり,文書ごとの審
議に入ったが,計算してみると1文書あたりの平均審議
時間は2.2分で,SG1などは85件が約1時間で終わって
しまったほどのスピード審議であった。とはいっても,
すべてが盲判というのではなく,最終会議で問題を残し
たまま採択された文書は,徹底して審議され,SG1:
1,SG2:1,SG7:2,SG11:1,CMV:1の6文書
が不採択となった他,かなりの修正がなされた。これら
欠陥文書の検討は本会議の席上でよりも,事前のロビー
協議で行われるもので,例えばSG7の短波標準電波へ
の周波数オフセット方式の導入案は佐分利代表の米国,
スイス,カナダ,インドへの働きかけが成功して,議長,
副議長の抵抗を押し切って不採択となった。
さて本総会で採択された新テキストは昨今の無線通信
技術の長足の進歩を反映したものであり,その内容の豊
富さはとてもこの小文で紹介できるものではない。6月
26日の日刊電波タイムスによれば,今次会議において新
しい通信方式として注目されているスペクトラム拡散方
式,宇宙通信システムにおける降雨量の影響,協定世界
時UTCのITUにおける公式使用,熱帯地域における放
送,新しいテレビジョン方式,無線技術による太陽エネ
ルギーの伝送,地球外生命の研究のための無線通信シス
テム,衛星システム間の調整及び静止衛星軌道の有効利
用,デジタル・セレコール方式,デジタル無線中継方式,
赤外及び可視光による通信システムについての文書が採
択されたとある。これも一つの簡潔な内容紹介である。
各SG毎の研究成果(最終会議)の概要は電波研究所ニ
ュース第22,26号に紹介してある。さらに詳しくはピン
ク文書あるいは近く出版されるグリーンブックを読んで
頂きたい。各国の研究成果が,それぞれのCCIR対策委
員会(日本の場合,電波技術審議会第1部会)で審議さ
れ,CCIR中間会議,最終会議,総会を経て生れるもの
がグリーンブックである。研究所の諸賢が熟読され,世
界の無線通信研究の趨勢をくみとり今後の研究の糧とし,
また自分の研究成果を次のグリーンブックに盛り込み無
線通信コミュニティに貢献されるよう切に希望するもの
である。
各特別委員会の審議
さて総会本来の問題を審議するため7つの特別委員会
が編成されたが,総会への各国,各議長,CCIR事務局
からの提出文書24,処理文書56件,ピンク文書9件,合
計89件の総会文書(Doc. PLEN)が各特別委員会及び
本会議で審議され,11の決議(うち修正4,新設5),3
つの新意見などが採択された。このうち特に注目される
のは,日本提案により,CCIRの所掌事項に3,000GHz
を超える周波数を使用する無線通信の問題すべてを含む
こととする国際電気通信条約の改正意見,及び無線通信
規則における電波の定義をWARC-Gで再検討すべしと
いう意見が取りまとめられたことである。また,電波利
用分野の進展に対応して今後の各SGの構成及び付託事
項の改正を検討するための中間作業班(IWP PLEN.
/1)の設立が決定し,従って今回はSG2,6,7,8,
11がその付託事項に最小限の修正を加えただけに止めた。
開発途上国に対する技術情報の浸透の問題も活発に討
論され,また第12回総会で設立された放送衛星システム
に関するIWP PLEN. /2については膨大な報告書を
作成して終了し,その現行化を任務とするIWP PLEN. /3
が新設された。今秋,WARC-Gの準備のために
開催されるCCIR-SPMではA〜Fのトピックスを細分
し,19のサブWGを設けること,議長をサクストン(英)
とし,副議長をアフリカ地域から選ぶことなどが決定し
た。
おわりに
6月23日第17回本会議で本総会を最後に引退したラン
ヂ(SG2),クライン(SG4),ベイレー(SG6),ビ
ルヌーヴ(CMV)の4氏に代る新議長,及び新副議長
(SG8は2名,CMVは3名の副議長制となった)の任命,
第15回総会の期日(1982年2月15日〜3月2日)の決定
のあと閉会式が挙行された。
平野議長の閉会の辞,ミリ総長の挨拶,西ドイツ代表
の挨拶と槌(平野議長が使用した)の贈呈,カービー議
長の挨拶と記念品贈呈などが続いた。平野氏の名議長ぶ
り,日本事務局員の親切と有能さ,通訳の見事さなどが
繰り返し賞賛され,大変に感動的な閉会式となった。日
本代表団の積極的な活動,京都の美しさ,日本人の親切
さなどが参加60か国の代表, ITU職員に感銘を与えた
ようであった。筆者も過去にいくつかの国際会議に出席
したが,これ程豪華な会議は初めてであった。
さて日本代表団は対処方針のすべてを全うしたが,電
波研究所からの代表もSG1,CMV(加藤),SG5(福島)
SG6(若井),SG7(佐分利)等においての主任として活
躍した。この他,電波研究所から27名がオブザーバーと
して参加し,また森川技官が事務局員として会議の運営
に尽力した。
総会の前後にG. ベッカー(西ドイツ,SG7議長)
D. K. ベイレー(米,SG6前議長),E. R. クレイグ(オー
ストラリア,SG4新議長),庄奇祥,潘振中(中国),
J. T. ディクソン(米,SG1議長),J. McA スチール(英,
SG7副議長)の諸氏が来所した。ベイレー氏は戦後,
日本の電離層観測の継続に尽力した,電波研究所の恩人
として6月23日郵政大臣から感謝状を贈られた。(本ニュ
ース第29号参照)。CCIR京都総会は電波研究所にとっ
ても大変に有意義なものであった。かくして,第15回総
会を目指して新研究期間が始まったが,電波研究所が新
しい分野での成果も加えて,ますますCCIRに積極的な
貢献を行うことを祈るものである。
(前調査部長,現宇宙開発事業団 地球観測システム室長)