超高精度電波干渉計システムの研究開発


鹿 島 支 所

  はじめに
 超長基線電波干渉計或いはVLBI(Very Long Baseline Interferometry) という言葉が数年前に比較してさ らに一段と世上を賑わすようになってきたと思うのは筆 者の欲目であろうか。表題の超高精度電波干渉計はVLBI に他ならない。これまで諸々の文献でVLBIについて触 れられているが,最近の情勢もまじえて今回改めて解説 させて頂く。
 我々が鹿島−横須賀間VLBI国内基礎実験を手がけて から早くも1年8カ月の歳月が経った。かなり間に合わ せの機器も使ったシステムであったことを考慮すれば基 礎実験としては予期以上の成果が得られたように思う。 とはいえ,すぐに実用になるといった代物でないだけに 次の飛躍が当然期待されている。そこで現在,54年度か ら始まる第4次地震予知5か年計画に関する測地学審議 会(文部大臣の諮問機関)の建議を後盾として,当所と しての新たなシステムを研究開発すべく予算要求中であ る。この建議では,VLBIを長期的予知のため開発を行 うものとし,当システムが確立されれば広域地殻変動の 観測が飛躍的進歩を遂げることになると述べている。ま たこの方面の技術を地震予知の立場から推進しようとす る試みが国際的に提案されているので,そのような世界 的趨勢に即応出来るよう,当所を含む関連研究機関が協 力して観測システムの検討及び基礎技術の研究を発展さ せよ,との趣旨が盛られている。この超高精度電波干渉 計技術は多目的ではあるが,そのどの分野をとり上げて も現状以上の精度が期待出来,それぞれの応用分野の研 究者にとって“避けて通れない新技術”であるとの認識 が一層深くなっている。
 我々の目指す新システムでは.他の応用分野の基盤と も2なる測地的応用を念頭に置き,それを実現すること, 即ち二つのアンテナに到達する電波の時間差の決定精度 を向上させるための帯域幅合成法の確立を当面の研究課 題としている。以下にVLBIの基本概念から出発して一 般的なシステムの説明,今回の帯域幅合成法やそれを可 能ならしめる高速記録再生相関システム,VLBIの過去 の応用例やこれからの応用計画,そして今後の研究課題 等についてふれてみよう。
  VLBIシステムとは
 VLBIの定義といった点については,一般に各アンテ ナに独立なローカル周波数と時刻をそれぞれの原子標準 から供給する二素子電波干渉計であり,それによって得 られる極端に細いビームによる電波星の分解や両アンテ ナ間に到達する電波の時間差をパラメータとして測地等の 種々の応用に供されるシステムと考えられてきた。デー タの記録方式は,当初からの磁気テープによる外,最近 はカナダのCTSやANIK-B衛星を使った実験や我々の ECSの位相シンチレーション実験に用いる,地上マイク ロリンクによるデータ伝送など,VLBIデータを衛星経 由や地上マイクロリンクで相手局に送って直ちに相関を とる方法(実時間相関処理)も実行されている。
 それでは実際の信号の流れを一般的なシステム(図参 照)に沿って説明してみよう。まず出発点は,ケーブル を使えばその距離が長くなることから位相の維持が困難 になるほど遠く離れた(通常数十q以上)二つのアンテ ナで同一の電波源からの電波を受信することから始まる。 そして前置増幅器で増幅し,ダウンコンバータで中間周 波に落すまでは宇宙通信,電波天文と同様である。だが, VLBIの場合,ダウンコンバータでミックスする時のロ ーカル周波数は非常に純度の高いものを用いる。そのよ うなローカル周波数は,勿論水素メーザやCs,Rb原子標 準器によるある基準周波数をとり出し,位相雑音の低い てい倍器でてい倍して作る。
 こうして受信周波数は2〜3回ビートダウンされ,磁 気テープに記録可能なビデオ帯(0〜2MHz)まで落と される。通常は磁気テープに記録する前にアナログ信号 を増幅し,クリップして矩形波状信号に直しておく。こ の処理によって後の相関処理が容易になり,且つタイミ ングも正確に取れる。
 もう一つ,磁気テープに記録する前にやっておくこと がある。まず,ー定時間の量の信号(例えば10m sec分) を一区切りに取り,これを1フレームと呼ぶ。1ビット が250n secなので(我々はアメリカのMarkUにならい 4M bits/secのサンプリング速度を採用)1フレーム内 には4万ビットが含まれる。通常,相関処理を容易に行う ため各フレームの始めにシングワード,フレームNo.,時, 分,秒といった識別符号を挿入し,相関を取る際にフレ ームの始め,データビットの開始などを適切に知り相関 操作を容易にする。これらのビット配列を行う機構をフ ォーマッタというが,これらの機能の他前記サンプル性 能や時刻符号発生機能をもつものを記録信号発生器とい い非常に重要な役割を演ずる。
 このようにして磁気テープ上に記録されたデータビッ ト即ち0又は1の値に排他論理和の否定 (Exclusive NOR)といった演算即ち相関操作を施す。あとは目的の信 号とシステム雑音の比の大小によって処理に必要な適当 な積分時間をかけ相関のピークを鋭くする。このあと相 関のピークより得られた,両アンテナに到達する電波の 時間差(遅延時間)を用いてそれぞれの目的に従った計 算処理を行うための電子計算機が必要となっている。ま た相間器のコントロールにもこの電子計算機が使用され る。

図 一般的なシステムVLBIブロック図

  超高精度電波干渉計システム
 次に我々の目指す新しい超高精度電波干渉計システム について,上に述べた一般的なVLBI システムとどの点が違うかに触れ よう。
 冒頭に述べたように,5か年計画 の新システムでは測地的応用を基盤 とするために,遅延時間決定精度を 上げるべく帯域幅合成法を採用して いる。従って,基礎実験などのシン グルチャンネル実験との大きな違い は,中間周波帯でのチャンネル切替 えを行うことにある。このチャンネ ル切替は400MHz付近のIF帯で行 われ,100MHz幅の中に適当に配置 された五つのチャンネル(各チャン ネルの帯域幅800kHz)を時間的に 切替えて(例えば10m sec毎)受信 する。この場合のサンプリング速度 も4Mbits/secであるが,このシリ アルなデータの流れをデータレコー ダの5つのトラックに分けて記録す る。こうすれば比較的無理なく磁気 テープに記録できる。再生時はこの 逆の操作を行い,並列−直列変換を 行って一つのシリアルなデータの流 れをつくり相関器へと移っていく。 この相関器は大量のデータを連続的 に相互相関させるので相当大がかり なものとなろう。
 ところで,一般に遅延時間の決定 誤差は帯域幅に逆比例して小さくな る。基礎実験では帯域幅2MHzに対し遅 延時間決定精度が±5nsecだったので, この帯・域幅合成法がうまくいって100 MHz幅の帯域が位相的に結合されたなら ば,±5nsecの2/100即ち±0.1nsec (光路差換算±3p)も夢でなくなる。 ただこれはあくまでも諸々の原因による 誤差を含んだ値であるので,実際に種々 の応用に用いる幾何学的遅延時間パラメ ータTgはさらに数種の補正を加えて初め て得られる。実のところVLBIはこれら の補正の精度で応用の価値がきまるとい える。それらの補正は,2局における局 内遅延時間(アンテナ直交軸の交点から サンプリングまでに要する伝送時間)の 差,両原子標準の時刻差,大気によるexcess pathの差, 地球潮汐の差,等によるものである。
 時刻及び周波数の基準に用いる原子標準には,水素メ ーザを用いる予定である。これまで手軽なCs或いはRb 原子標準が多く用いられてきたが,今後の超精密なVLBI 実験を行うには短期及び中期安定度共に他の原子標準 より優れている水素メーザが用いられるようになろう。 水素メーザ開発に対する当面の課題は,@温度,磁場な ど環境条件の影響の補償,A小型化を図り,移動に便利 なようにすること,であろう。これらの点については既 に実績のある当所周波数標準部の技術力に期待するとこ ろ大である。


VLBI実験に使用される直径26mパラボラアンテナ

  具体的応用例
 ここでVLBIの過去の応用例及び近い将来の主な計画 について触れてみよう。VLBIはその起源から,これまで 電波天文的応用に最も多く用いられてきたが,ここでは それ以外の応用面に主としてふれる。
 (1) 測地的応用とPPME計画
 電波天文以外の応用では測地的応用即ちアンテナ間距 離を求めることが前提になっている分野が多い。一般に これまでの測地測量の分野では測地精度が高々10^-6との ことである。VLBIの測距では,基本的にはアンテナ間 距離によらず精度が一定なので,今もし10pの精度で測 量が出来たとすれば1000qの基線に対しては10^-7となり VLBIは他のどの方法にも追随を許さない。100qで10^-6 となるので現在の他の方法と同程度である(もっとも地 上レーザの使える数十q以内ではレーザは10^-7の精度 を与えるであろう)。
 実例を挙げると既に5年程前にアメリカの有名なGoldstack と呼ばれるGoldstone(カリフォルニア州)と Haystack(マサチューセッツ州)間3900qの基線のVLBI実験 では測地精度16pを得ている。
 短基線の実験には,地殻変動測定を目的とした ARIES(Astronomical Radio Interferometric Earth Surveying) 計画の一環としての307m,16q基線(カリフ ォルニア州),及び1.24q(マサチューセッツ州)基線 でここ数年の間に行われた例がある。短基線で有利なこ とは,伝搬媒質がほぼ同じこと,電波源への指向誤差が アンテナ間距離決定にそれ程効かないことである。従っ て,予測値と合うかどうか容易に検証できるし,これま で得られている三角測量等のデータとの比較も容易にな る。それ故,短基線の実験はディジタルレコーディング, 帯域幅合成,位相の較正,独立な原振の比較,等VLBI 基本技術のテストに重要である。
 次にARIES計画を発展させた形のPPME計画を紹介 しておこう。PPMEはPacific Plate Motion Experiment の略で,巨大地震の原因を説明するといわれるプレート テクトニクス理論に鑑み,太平洋プレートの動きを検出 しようという雄大な計画である。まずアラスカ・ハワイ を米本土と結び,次第に西方へ基線を延ばし,日本とも 行いたいとの要望は既に数年前から非公式に表明されて いる。目下日本側の対応条件の整備が待たれているとこ ろである。この計画は先に述べたGoldstack基線の成果 を基に,太平洋の数千qに及ぶ基線を5pの精度で結び, 時間的に継続することにより毎年10p程度と考えられる 太平洋プレートの動きを検出する。このため2.3GHzと 8.4GHzの2周波を使用して電離層の影響を除き, Mark Uの帯域幅2MHzからMark Vの28チャンネル56MHz以 上にわたる帯域幅合成を予定している。
 (2) Goldstack実験で得られた他の成果
 Goldstackの3900q間の実験では,その測距精度16p 以外に次のような成果が得られている。
 まずUT1と極運動のx成分(赤道面に投影された運 動の,グリニッジ子午線方向成分)を決めている。UT1 は,星の観測から求めた生の平均太陽時であるUTOに 地球の極運動の補正値を加えて観測地による差異を除い たものである。これをモニターすれば地球回転の不均一 性が検出出来る。この実験では光学観測からの USNO (US Naval Observatory)或いはBIH(仏:国際報時局) のUT1に対しVLBIで決めたUT1との差のrmsは2.9msec であった。また極運動のx成分についてはBIHで 求めた値との差のrms値は1.3mであった。これに関 連して最近のアメリカの情報によるとNOAAの下部機関 であるNational Geodetic Surveyがマサチューセッツ, テキサス,カリフォルニア,アラスカのうち3点を結ん で恒久的な極運動及び地球回転の観測にのり出すとのこ とである。使用するデータ処理システムはやはりMarkV で,目標精度は±10p(極運動)及び0.1msec(UT1) とのことである。
 この実験のもうーつの大きい特徴は,固体地球の潮汐 を検出したことである。この実験結果が1974年のScience 誌に報告された時には地球潮汐が検出されたらしい,と いった程度で振幅まで云々するには至らなかった。しか しその後西ドイツのMax-Planck Institutの研究者達が データを借り受け,解析した結果見事に振幅約30pの地 球地殻の潮汐カーブを浮かび上らせた。これは20分毎位 に連続的に数種の電波星を使ったVLBI実験を実施する ことで初めて可能となる。潮汐変動の検出により今後の 遠距離基線の測距精度の向上も期待されよう。
 (3) 衛星の軌道決定
 VLBIによる衛星の軌道決定の利点は,受信のみで可 能なことと,従来のR/RR法が視線方向に敏感なのに対 し,それと直角方向乃至基線方向の動きに敏感で相補的 なことである。
 この方面への応用はこれまでのところそれ程多くない が二,三紹介しておく。1971年アメリカのGSFCのRamasastry等 がVLBI技術を使ったATS‐3号のトラッキン グを報告している。ロスマン−モハービのATS地上局間 の実験であったが当時としては多分にデモンストレーシ ョン的であった。また1969年10月にアメリカ合衆国内の 3点(Tyngsboro,Mass.;Greenbank,W. Va.;Owens Valley,Calif.) でTACSAT衛星を観測し,遅延時間 の1.6秒間積分でrms誤差1.4nsec(光路差〜42p),150 秒積分で0.15nsec(同〜5p)を,delay rateは0.05picosec/sec (〜0.0015p/sec相当)を得ており,1kWの雑音 電力による大きなS/N比と三点観測の威力をみせつけた。
 我々の基礎実験では鹿島支所で開発された“KODS” プログラムを用いてATS-1号の軌道決定を行った。精 度が未だ十分でないのと基線問が121qと短かかったた めに実用的なデータとはならなかったが,一応合理的な 値が得られ,将来への見通しがついた。
  今後の課題
 超高精度電波干渉計システム実現のためには,二,三 解決すべき問題がある。一部既にふれているが,7〜14 トラックのデータレコーダを用いた高速記録再生実験, 移動可能な水素メーザ型原子標準の開発の他,広く外国 とのVLBI実験を目標とする場合,2.3GHz,8.4GHzな どの受信系を用意することやデータの記録再生フォーマ ットを一致させる必要がある。
 またVLBIの最後の難関ともいわれる対流圏伝搬にお けるexcess pathの補正を十分行うためにH2O線スペクト ル観測等を行わねばならない。
 VLBIの応用拡大に対する隆路の一つに,磁気テープ レコーダを使用する場合の処理時間の遅いことが挙げら れる。そこで,応用例に示した衛星の軌道決定や今後の 測地測量,地殻変動測定等のデータ処理を迅速に行うた めに衛星或いは地上マイクロリンク経由のVLBIデータ 伝送による実時間処理が望まれる。
  おわりに
 これまでの記述にもれた点を付記すると,応用分野と して衛星電波受信による位相シンチレーション実験があ る。昭和54年に打上げが予定されているECSの実験 項目に挙っているが,VLBI技術を利用して両アンテナ に入る電波の相対位相を検出し,マイクロ波及びミリ波 帯の伝搬状態の解析に資することを目的とする。
 電波源の天空上における輝度分布を地球の回転を利用 した超合成VLBIで測定することも考えられている。ま た木星電波源を短波帯或いはマイクロ波で分解すること も可能であろう。
 また,両アンテナに用いる原子標準の時刻及び周波数 の比較も応用の一つであろう。
 とにかく,VLBIは応用分野が広いのみならず,その システム開発に関連する技術分野も相当に広い。出来る だけ多くの人がこの技術に関係して,一つでも確実な応 用を早期に確立したいものである。なお,VLBIについ ての詳細な記事は近く発行されるVLBI特集号(電波研 季報,Vol.24,No.130)を参照して頂きたい。
 最後に,国内基礎実験の際,御協力をいただいた電電 公社横須賀通信研究所,当所周波数標準部,鹿島支所管 制課の関係の方々に改めて篤く御礼申し上げます。

(鹿島支所第三宇宙通信研究室長 川尻 矗大)




第19回URSI総会に出席して


 URSI(国際電波科学連合)は,国際的基盤に立って電 波に関する研究を促進することを目的として1919年に創 設されたものである。以来ほぼ3年毎に総会を開催して きているが,先頃,次のように第19回総会が開かれた。
 会 期 1978年7月31日〜8月8日
 場 所 フィンランド国 ヘルシンキ市
 参加者 約800名(約30か国),他に同伴者約150名
 我が国からの参加者は30余名で,そのうち電波研究所 からは佐分利義和(周波数標準部長),新野賢爾(第一特 別研究室長),福島 圓(第二特別研究室長),古津宏一 (第三特別研究室長)の4名であった。
 初日,フィンランディア・ホールに参加者一同を集め て,簡素ではあるが気品のある開会式がとり行われた。 20名たらずの軍楽隊吹奏に始まって,型通り,URSI総 会組織委員長,文部次官,ヘルシンキ工科大学長それに URSIのPresidentの4名の方から心のこもった式辞が 述べられた。小休止,吹奏楽をはさんでURSIの Secretary GeneralとPresidentそれにCCIR議長からの,や やURSI活動の実際面に触れた演説があって最後も吹奏 楽と滞りなく進められた。このフィンランディア・ホー ルは市中央部Hesperia公園内にあって日常はコンサート 等に使われているが,1975年8月1日,ヨーロッパ,北 米等から東西36か国の首脳が集って欧州安保・協力会議 を開いて、30年にわたる「冷い戦争」から「緊張緩和」 へと「戦後」にピリオドを打ったヘルシンキ宣言が発せ られたことでも有名である。
 URSI総会会議場は市中心部から約10q西のOtaniemi にあるヘルシンキ工科大学の中央棟であったが,建物は この種の学会に備えて極めて機能的に造られており,九 つの分科会,五つの公開シンポジウム(OS)それに二 つの公開研究討論会(OW)が並行して開かれた。周辺に は学生寮兼サマーホテル,大小のレストラン等が完備し ている。以下,四つの分科会に出席した各氏の報告を綴 る。 (福島 記)


第19回URSI総合会議場
(ヘルシンキ工科大学中央棟)

(1)A分科会(Electromagnetic Metrology,電磁波 計測)
佐分利 義和
 本分科会の主なテーマとしては,1)時間及び周波数, 2)電磁波の生物への影響, 3)通信での測定,が今総 会までの活動目標としてあげられ,この他,高周波関係 の各種標準ならびに計測が含まれている。総会会期中に A分科会で固有に企画された会合を表1に示してあるが, この他,他の分科会と合同して開催された会合は光通信, 信号及び雑音の測定,極低温での諸測定があった。
 時間・周波数に関する公開シンポジウムは極めて盛況 であり,常時80名以上の出席者があった。内容としては, 1)安定発振器と周波数あるいは波長測定に関して,水 晶発振器(例えば平均時間約100秒で6×10^-14という安 定度の実現),原子時計の改良,イオン・ストレージの


表1 A分科会のセッション

実験(二重トラップによる等価温度2Kへの冷却),安定 化レーザの改善,セシウム時間標準(9GHz)とメタン 安定化He-Neレーザ(88THz)との周波数比較,2)時 間標準の宇宙科学,電波航法,通信への応用技術,3) 原子時計それ自体,あるいは電波による精密時計比較の 際に補正すべき相対論効果,4)衛星を用いた電波ある いはレーザを用いた時計比較,さらに超長基線電波干渉 計の実験など宇宙科学に関連した技術などが報告された。
 秒の定義諮問委員会(CCDS)の作業部会が,この機 会を利用して開催され,国際度量衡局,国際報時局をは じめ世界の代表的な6か所の時間標準研究所の代表が集 まり,筆者も日本の報告を行った。会合の主目的は世界 的に統一された基準として用いる国際原子時(TAI)が, 1977年に周波数として約2×10^-13に達する変動をおこし たことに対する原因の追求,さらに国際原子時に年周変 化らしい変動の見られること,これらに対する対処方法 などを討議することにあった。種々の議論があったが, 各標準研究所のセシウム一次標準器による測定データを もとに,今暫く従来の方式を続けることとなった。もう 一つの特別な会合は,欧州衛星計画としてのレーザ・パ ルスによる1ナノ秒精度の時計比較システムについての 議論であった。
 13か国の国際委員(Official Member)による研究活動 方針会議(Business Session)は2回開催され,次の総 会までの活動計画,勧告案などの審議及び副委員長の選 出が行われた。次期委員長には日本の岡村総吾教授が就 任し,勧告としてはセシウム一次標準器の研究拡大及び 光周波数標準器の研究推進などが採択された。
 自然に恵まれたヘルシンキ,また帰路パリの国際報時 局に立寄る機会を得,多くの研究者と直接意見の交換や 研究情報などの雑談に本音を聞くこともでき大きな収穫 であった。ただ,日本の国際収支の黒字を我々個人の生 計に直接結びつけた質問には甚だ閉口した。
(2)B分科会(Fieldsand Waves,界と電波)
古津 宏-
 私の第一の仕事はB分科会のSession:Recent Developments in Electromagnetic Theory:Analytical Techniques 〔電磁界理論における最近の進歩:解析的方法〕 での招待講演である。表題はTheory of irradiance distribution function in turbulent media:cluster approximation 〔乱流媒質内の波動強度分布:クラスター近似〕, 持時間30分は厳守とのことであったので,全文暗記でリ ハーサルをやっていった。勿論,この方法は時間はかか るが確実である。関連した講演としては長老H.Bremmer (オランダ,74才)のThe role of Wigner distribution in radiation problems 〔輻射問題におけるWigner


表2 B分科会のセッションと議長

分布関数の役割〕の話があり,内容は特に新しいとは思 わないが,何時でも父親のような感じのする懐しい先生 である。夫妻で来られた由で,土,日曜日のツアーを共 にしたかったが実現できなかった(バスに乗り遅れ)。
ところで,当初からの計画であるが,私は参加している 人の中から2,3人を選んで行動を共にしながら個人的 な対話と討論を楽しむ機会を期待していた。そこでプロ グラムを見て,ランダム媒質のYu. A. Kravtsov(ソ連) に目標をつけメモを連絡板に貼って連絡を試みたところ, 彼は真夜中頃電話で私を起こしメモを見たことを知らせ てきた−彼等にとっては真夜中ではなかったかも知れな いが。翌日,彼はL. A. Ostrovsky(ソ連,非線形)と一 緒に現われ,結局,私の車(レンタカー)でドライブしな がら半日を過した。私の最も聞きたかったことは後方散 乱についての彼の論文についてであって,結論は得られ なかったが,laddr型のBethe-Salpeter方程式はこの問 題を解くに十分な近似をもっていないかも知れないこと, そして更に高次の項を含めてこの方程式を再検討する必 要があると感じた。Ostrovskyの名は忘れていたが,話 をしているうちに2,3年前我々が非線形問題の輪講を したときの論文の著者の1人であることを知った。面白 いことに,彼はKravtsovの理論には“特別な場合を除き” はっきりと疑問を表明していた。別れるとき,彼等はソ 連グループの宿舎Dipoliでのパーティ(8月3日夜9時) に他の数人の招待客と一緒に招待してくれたが,私にと って遅すぎるので出席しなかった。
 その他,B及びFの分科会にも部分的に参加したが, ここでは省略する。会場ではJ. R. Wait(米),D. S. Jones (英),石丸氏(米,ワシントン大)らと話す機会が あったが,学会の動向や,思いがけない人柄の発見など 大いに勉強になったように思う。
 車の駐車の必要から,私は会場地区にあるモーテルを 案内書により予約したが,それは会場から20qも離れた 小さな湖の湖畔にあって芝生と樹木に囲まれていた。全 くの農村であったがモーテル自体は近代的で道路は良く, 時速120qで走ると15分程で会場についた。支配人以外 は全部若い女性で,農村のせいか,豊かな国フィンラン ドのせいか皆親切で大らかであった。また,よく気を使 う細い神経をもっていた。木製の調度品も見事である。
 なお,B分科会におけるSessionとChairmanは表2の 通りである。
(3)F分科会(Wave Phenomena in Non-lonized Media, 非電離圏の電波現象)
福島 圓
 F分科会の学術報告会議(Scientific Session,以下 SSと略記する)は表3に示されているようにF1から F7までであるが,この他,B分科会とのJoint SSのBF, それに数あるOS(Open Symposium),OW(Open Workshop) のSSの中でOS4/3とOS3/6とが都合よく 配列されていた。このプログラムは委員長F.Eklund (スウェーデン)を始め関係者の周到な準備によるもので ある。
 会議が始まると,どのSSも活気に満ちたものであっ たが,なかでもリモート・センシングのF2,F3は座 長D. T. Gjessing(ノルウェー)の総合報告も入念を極め 発表者の報告も概して斬新なものが多かった。
 F4では座長F. Fedi(伊)の司会のもとに6件,即ち


表3 F分科会関係学術報告会議一覧

(1)S. H. Lin(米)「米国における地上伝搬実験」, (2)P. A. Watson(オランダ)「ATS-6 20/30 GHzデータと ESA 11/14 GHzラジオメータ・データ」,(3)F. Carassa (伊)「SIRIO 11/18 GHzデータ」,(4)M. Fukushima(日) 「ETS-U伝搬データ」,(5)G. Hyde(米)「COMSTAR 19-29GHzビーコン測定」,(6)J. I. Strickland(加)「低仰 角フェージングとサイトダイバーシチ測定」の最新トピ ックスが発表され盛況であった。この(4)の報告は衛星研 究部 畚野信義氏の論文 「Summary of Millimeter Wave Propagation Experiments Using Japan's First Geostationary Satellite “Kiku-2”」の一部要約である。
 これら学術報告の行われたSSのほかに5回(予定で は3回)の研究活動方針会議(Business Session)が開 かれ,1981年総会までの活動方針の討議が行われた。
 主な討論は,(1)電磁波によるリモート・センシングの 新分科会設立提案の可否,結果は否決でF分科会は従前 通りリモート・センシングをも担当する。(2)F分科会の 決議勧告として次期総会までの期間において1回以上の シンポジウムを主催すること。これについては(a)無線通 信問題関連と,(b)リモート・センシング関連のもの,と の意見が強く表明された。(3)中層大気国際観測計画 (MAP)についてはG分科会(電離層の電波と伝搬)・F分 科会共同で推進すること。(4)CCIR-Relationについて, CCIR SG5議長J. A. Saxton(英)からF分科会に対す る研究要請の内容は高い周波数の降雨による減衰,交差 偏波,散乱の問題及び100GHz以上の電波の高湿度下で の異常吸収問題である。前者の降雨関連の問題について はF. Fedi(伊),T. Oguchi(日)らによって,また後者の異 常吸収についてはH. J. Liebe(米)ら5名の委員によって 検討の上,報告書を作成しCCIRへ送付することとなっ た。(5)1981年URSI第20回総会でのSSの構成は (a)Mathematical Models and Radio Propagation(F,B), (b)Radio Science--Optimum use Of frequency spectrum (C,F,E,A),(c)Remote Sensingが提案され了承さ れた。なおF分科会委員長にはA. T. Waterman(米)が昇 格し,副委員長にはD. T. Gjessing(ノルウェー)が選出された。
(4)G分科会(Ionospheric Radio and Propagation 電離層の電波と伝搬)
新野 賢爾
 G分科会の学術報告は表4のように電波と電離層公開 シンポジウム(OS4)として,委員長J. W. King(英) の努力によって編成された。なおこの中にはH分科会 (Waves in Plasma,プラズマ中の電波)に属するホイッ スラーモード信号と電離層不規則構造に関する17編の論 文も合同編成された。
 学術報告会議(Scientific Session)は8月1日から 8日までの間,表示した17のSessionに各国からの100名 を超える科学者(登録者数より推定)が参加し,終始活 発な報告及び討論を行った。印象的であったのは,総 会や他の関連する学会での常連が多いせいか,司会者 が質問者をファーストネームで呼ぶことが多く,非常に 和やかな雰囲気であった。G分科会関係には,日本から 京都大学工学部加藤,深尾両氏,名古屋大学空電研究所 岩井氏,金沢大学工学部満保氏,電波研究所新野の5名 が参加し,それぞれの分野における報告を行った。なお シンポジウムは公開であるのでこの他にも若干名が参加 した。
 また,これらのOS4関係のシンポジウムのほか,2 回の研究活動方針会議(Business Session),英国のW. R. Piggottの主催する電離層観測の調整に関するINAG (Ionospheric Network Advisory Group)会議が開かれ た。そのほかEとH分科会共催ではあるがG分科会と関


表4 G分科会の日程

連の深いOS5(スペースプラズマ中の波動不安定)が開催 され,F region IrregularitiesのSessionなどが開かれた。
 人事としては,現委員長J. W. King,副委員長A. P. Mitra にかわり,それぞれスウェーデンのB. Hultqvist,フ ランスのP. Bauerが選出された。
 また最近にわかにその研究が進行しているISレーダ技 術による中間圏,成層圏のレーダ観測については,その 呼称に統一がなかった実情にかんがみMSTレーダ,成層 圏研究のみのものはSTレーダと呼ぶことが勧告された。
 OS4で報告された内容については,項目表題からもう かがえる通り,従来の電離層知識のまとめにかなりの力 が注がれている一方,新しい技術による観測事実とその 解釈にも力点がおかれていた。プログラム編成の関係上 パラレルセッションが多かったので必ずしもすべてに出 席出来なかったが,MSTレーダや衛星を武器とした電離 層研究は今やごく標準的な研究手段として定着したとい う感を深くした。
 筆者はOS4/11で,昨年2月打ち上げられた我が国初 の静止衛星であるETS-U(きく2号)による研究成果につ いて次の3編の報告を行った。
 1. ETS-U 136MHz電波信号による電離層シンチレ
  ーションとファラデー回転の同時測定
                新野賢爾,菅 宮夫
 2. 日本の静止衛星ETS-UのコヒーレントなGHz電
  波による電離層全電子数とシンチレーションの測定
            阿波加純,藤田正晴,小川忠彦
 3. 地磁気嵐時における静止衛星からのVHFとGHz電
  波の烈しいじょう乱    小川忠彦,藤田正晴
                 阿波加純,新野賢爾
 このほか,電離層観測衛星(ISS-b)による空電分布に 関する研究報告:雷活動の全世界マッピング       栗城 功,上滝 実,杉内英敏,加藤仲夏
をE分科会(Interference Environment,電波妨害の環境)で代 読した。


短   信


宇宙分野における日米合同調査計画対策会議について

 我が国と米国との宇宙分野の日米共同研究の可能性を 検討するため,設立される予定の日米専門家会議(本ニ ュース,9月第30号)について,同会議のメンバーが決 定(9月27日付宇宙開発委員会了解)された。専門家会議 メンバーは標記の対策会議を構成して,今後,日本側の 共同研究の提案の検討及び米国側の提案に対する対処方 針の検討等の活動を行うことになった。対策会議は事務 局3名,科学分野4名,応用分野4名から構成され,当 所からは応用分野の構成員として,村主総合研究官が参 加している。なお,同会議の活動を支援するための下部 組織として作業グループが設けられ,そこで調査審議事 項の基礎資料が整備されることになった。



大運動会開催される

 9月30日(土)の午後1時から,本所の第2回大運動会 がサレジオ学園のグランドにおいて開催された。時おり 小雨のぱらつくあいにくの天気にもかかわらず,二人三 脚,風船割りから各部対抗リレー競走等合計10種目にわ たって,随所に選手の健闘する姿が見られた。
 運動競技の各種目を通じては,若い人達の活躍はめざ ましく,若い 人が多くいる チームほど高 得点をあげ, また騎馬戦で は動きの激し い闘いが見ら れ,熱中した あまり合図が鳴ってもなお組み合っているというような 場面もあった。今年は,昨年優勝の衛星研究部を総務部 会計課が最後の各部対抗リレー競技で追い抜き,昨年の 雪辱を果たすという大いに盛り上がった大会であった。

綱引き競技



船舶用レーダ航行性能の実態調査

 船舶用レーダの型式検定は,昭和51年9月1日実施以 来本年8月末までに検定試験数が,74台に達した。この 船舶用レーダの検定試験項目中,航行性能に関する距離 特性,距離及び方位分解能の試験については,昭和50年 に田子浦及び新東京国際空港において実施した船舶用レ ーダの調査結果 を参考として, 当所構内におい て測定を行って きたが,近く 1974年海上人命安 全条約(SOLAS 条約)の発効が 見込まれるに至 ったので,最近 の船舶用レーダ の航行性能につ いて,さらに詳 しく実状を把握 するため,9月 初旬,茨城県北 浦において実験 を行った。あい にくの天候に災されて十分なデータは得られなかったが, 3GHz帯,5GHz帯レーダの距離及び方位分解能をはじ め,アンテナ指向特性と方位分解能の対応関係など各種 の貴重な資料を得ることができた。


PPI表示のレーダ映像例(3GHz) (方位角約3.5°,レーダーと物標間230m,物標と物標間14m)