スペクトラム拡散地上通信方式について


通信機器部

  はじめに
 自動車,列車等の陸上移動体との通信は,大部分陸上 移動業務(ほとんどFM,帯域幅16kHz)に属し,それら の業務に割当てられている周波数帯は利用希望者に応じ 切れないくらい電波が非常に混雑している。このことは 主に60,150,400MHz帯の約25MHzの帯域幅を約1600 波,40万余局で運用していることから明らかである。加 えて,ここ数年来の伸び方は他の無線通信業務に比べて も著しく,年間当たり23%も増加し,全無線局の約3割 を占め,今後もこの傾向は続くものと予想される。
 将来の陸上移動の強い周波数需要に応じるためには, 周波数有効利用という考えを積極的に取り入れた研究開 発を行うしか方策がない。
 当所では,このような目的から,実用化リンコンペッ クス方式(SSB,3kHz,詳細は当ニュース,1977.11. No.20参照)に取り組んでおり,数倍のチャネル増加が見 込まれている。しかしながら,1桁以上のチャネル増加 を可能とするには,これまでの周波数チャネルのみを利 用している方式では自づから限度がある。幸いにも陸上 移動無線では回線平均利用率は非常に小さく,符号チャ ネル化ができれば時間共用化が大いに図れる。この点で スペクトラム拡散(Spread Spectrum以下.SS)多元 接続方式は最適とみられ,電話のような空回線がないと 通話できない方式とは異なり,全体の回線品質を多少犠 牲にすれば同時使用局数を数倍に増加させ得る利点があ る。そこで,長期的対策として衛星を利用しないSS地 上通信方式の調査を開始したのでその概要についてのべ る。
  スペクトラム拡散技術の動向
 この技術そのものの出発点は,ガウス雑音のある通信 路において信号対雑音比が与えられれば,最大伝送容量 を得るには帯域幅をできる限り大きくすることが有効で あることをシャノン(1949年)が示した時点にまでさかの ぼることができるといわれている。コスタス(1959年)は アマチュアバンドを例に,短時間交信における同時通信 局数の点から広帯域性の良さを強調した。一方,1940年 代初期以来,米国の軍用を中心に多数の研究者がSS方 式の類別や変復調等の手法,デバイスの小型高性能化等 を発表し,各種のシステムが試作,実験されたが,それ らは主として衛星を利用したものである。
 鹿島支所の静止衛星ATS-1によるアナログ変調多元 接続の基礎実験(1971年),測距実験(1972年),日米時刻同期 実験(1975年)は,国産初のSS装置を基本にした日本に おける先駆的実験であり,その成果は内外から高く評価 されており,さらに実験用中容量静止通信衛星(CS,さ くら)を用いたデジタル変調多元接続実験も計画されて いる。
 最近ではCCIRを中心にSS技術を周波数有効利用の 立場から見直す傾向にある。SS技術を利用した方式は多 目的機能(通信,測距,位置決定等)をもち得るので, 異種業務間の周波数共用に柔軟性のある考え方が取れる 点は注目される。
  スペクトラム拡散変調の特徴
 従来の方式にない共通した特徴は,疑似雑音発生器(多 段シフト・レジスタと論理回路で構成される自己相関が 大で相互相関が小の2値系列を発生する)を用いて,意 識的に伝送帯域幅Bを情報(音声,データ等)帯域幅Bi と独立に,極端に広くスペクトラム拡散している点にあ り,デジタル形式で伝送される。異なる疑似雑音パター ンを発生させることにより多元接続がなされるほかに, 耐妨害性,秘話性に優れ,多目的機能に適している。
 通信を目的とした場合,受信機特性を規定する主要パ ラメータはSS処理利得Gp=B/Bi(通常,数百倍〜数千倍), 妨害に対するマージンMj(妨害波,外来雑音,受信機の の自己雑音を含む),復調端での信号対雑音比(S/N)out である。所要(S/N)outを与えればMjはGpに比例する のでGpをできる限り大きくすることが望ましい。しかし実 際にはシステムの動作範囲,同期引込み時間等により限 度がある。
 多元接続では同時接続局数が問題となる。単純な例と して同時使用局が等電力で所要(S/N)outを受信できる とすれば,局数はほぼGpに比例するので,SS技術の最 重要パラメータは処理利得にあるといっても過言ではな い。これは信号対妨害比が非常に小さい条件でも使える 可能性をこの方式自体がもっていることを意味し,現行 無線システムと共存し得る可能性を残している点で将来 性のある方式といえよう。
  スペクトラム拡散の種類
 SS方式の前処理として情報信号の変調があり,アナ ログ変調又はデジタル変調が使用され,PDM,デルタ変 調,PCM等が普通である。
 疑似雑音信号による拡散変調こそSS方式の基本であ り,4つの型(パルス・チャープ型は省略)に分類でき る。
 最も代表的なものは直接拡散(DS)型であり,他の型 に比べて製作が容易な割に多目的機能をもたすことがで きるのでよく使われる。通常,変調された情報信号を疑 似雑音発生器に加え,2相または4相のPSKで伝送す る。受信機では,内蔵の同一疑似雑音発生器とSS受信 信号を複雑な相関機能を用いて同期させることにより情 報信号を復元する。もし送受信機双方の疑似雑音パター ンが異なったり,たとえ同一でも同期がとれないときは 妨害とみなし,交信不能となる。したがって一般にSS 方式の決め手は与えられた使用条件の下で,いかにして 同期を早く取り,維持するかにある。


図1 FH型のスペクトル分布

 周波数跳躍(FH)型は図1に示すように,DS型と異 なり,疑似雑音発生器で周波数をホップさせている。こ れは多周波(通常数千)符号選択FSKに他ならない。実際 には高速応答するデジタル制御周波数合成法の点から, 各周波数スロット間の位相関係を保存しない非コヒーレ ントFHが多く用いられる。さらに,隣接チャネルのスペ クトラムの零点に周波数スロットを割り当てて伝送帯域 幅を半分近く節約したり,誤り率を改善するために周波 数スロットの直交化,m進符号化,冗長性を付加した多 数決判定等が行われる。
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図2 DS型のスペクトル分布

 いわゆる「遠近問題」(near-far problem:大幅に異な った距離に多数の使用者が混在し,希望受信電力が他の ものより格段に小さく,妨害マージン内に入らない場合) については,DS型では図2に示すように拡散スペクト ラムがいつも存在するのに対し,FH型では時間的に周 波数をホッピングさせている点で有利であり,比較的低 速の疑似雑音発生器が使えるので同期引込み時間が短か い利点もある。
 時間跳躍(TH)型は疑似雑音符号系列により送信機を 断続するパルス変調方式である。時分割多重接続(TDM A)として応用できること,大きい尖頭電力がとれるこ と,変調法が比較的単純であること等の利点はあるが, TH変調信号の中心周波数に一致する連続妨害波がある と損傷が大きく,耐妨害通信用には無理である。
 ハイブリッド型はDS,FH,TH型の長所を生かすた めに組み合せて用いられ,次の三つのものが代表的であ る。
 FH/DSは中心周波数が周期的にホップするDS変調 であり,DS信号が瞬間毎に現われ,信号全体としては FHパターンに従っている型である。特に,処理利得は 両者の積となり,大きくとれるので(スペクトラム拡散 能力が大),耐妨害性に優れ,多元接続,多重化等に向い ている。
 FH/THまたはTH/FHは,全送信機に同時刻で異なる 周波数スロットか,あるいは異なる時刻に同じ周波数ス ロットを与えることができるので,遠近問題の解決には 適する。
 TH/DSはDSの平均生起時間率と符号間の相互相関を 適切に選択すれば,DS型単独の場合より多数のチャネ ル・アドレスを収容することが可能である。
  地上通信方式への応用
 SS方式は同期が保持できる通信系に対しその威力を 発揮する。衛星利用の場合,伝搬損失が例えば6GHzに おいて200dB前後と大きいが見通し距離内であり,多重 伝搬の影響をほとんど受けないので回線が安定しており, 使用可能帯域幅の目安となる「コヒーレント帯域幅」(別 名・相関帯域幅,位相の一様性の良さを表わす)は数十 〜数百MHzにもなる。
 衛星を利用しない非常災害用通信や近距離船舶間のよ うに通信系がほぼ静止しているとみなせる場合には,多重 伝搬があっても定常に近く,DS型の利用は可能とみられる。
 これに対して,陸上を走行受信する地上通信方式では 多重伝搬の経路が建物等により時々刻々に変化し,非定 常となる。したがってこの分野にSS技術を応用するこ とは最もむずかしく,内外の数カ所で研究が始まったば かりである。
 最近のニューヨークにおける900MHz帯広帯域インパ ルス伝搬の走行実験によるとコヒーレント帯域幅(25〜 20000kHzに分布)の代表値は相関が0.9で約160kHz(0.5で 600kHz)であり,その一例を図3に示す。当然のことな がら16kHzの伝送帯域幅をもつ現行FM方式では問題と ならない値である。


図3 コヒーレント帯域幅の実測例

 これらの結果は重要である。広帯域スペクトルを常時 占有するDS型ではその値を0.16〜0.6MHzに制限するこ とになり,選択性フェージングの影響を受けやすく, SS方式の良さが失われる。一方,TH型では低速度伝送 しか行えなくなる。この点FH型は周波数スロットを瞬 間的に占有するのみであり,切替時間のタイミングは伝 搬遅延時間の不規則性に影響されるにしても他の型より 有利であり,当所はこの型を基本に検討を進めている。
 現在のところ,陸上移動専用として発表されている SS方式は米国のFH型(ただし数学的モデルのみ)が唯 一であり,直交符号化(one-coincidence code)として 連続位相離散周波数変調(CPDFM)彼とするもので, アドレス数の増加,遠近問題を解決するための電力制御 方式等に特別の工夫を行っている。システム全体を総称 して時間周波数符号化多重接続(TFCMA)方式といい, 小ゾーンでくり返し使用したときの周波数の利用効率の 優秀性を求めているが,仮定条件等の実験による再検討 が必要であり,加えて余りにも複雑すぎるモデルである ので実現性に乏しい難点がある。
 そこで当 所ではこれ らの状況を ふまえ,陸 上移動用 SS標準シス テムを目標 に4か年計 画で着手す る予定でい る。前半で は広帯域フ ェージング ・シミュレ ータの研究, 整備,多重 伝搬に強い 同期方式と 多数アクセ ス機能等を 取り入れた 装置の設計, 試作,これ による室内 実験での検討,後半では電力制御を含めた実用化をめざ した本格的な装置による同時使用可能局数の推定等を伝 搬実験により進めることにしている。それには切替時間 が極小で安定度の高いデジタル型周波数合成器の開発, one-coincidence codeのような周波数ダイバシティ効果が 高く,簡易発生できる符号化法の研究等の解決すべきも のが多く,表面弾性体遅延素子をはじめとする半導体集 積デバイスの積極的な開発が急がれる。
  おわりに
 陸上移動無線の周波数有効利用が話題になって久しい が,スペクトラム拡散技術の適用こそ本命とみられる。 20年余りの実績をもつ米国でさえ専用システムが存在し ない現状からみてその困難性は想像できるが,加速度的 に進歩している半導体技術の分野と専門家諸氏の知識を 活用することにより展望が開けていくものと予想でき る。

(通信系研究室長 角川 靖夫)




研究室めぐり−その1 第一特別研究室

  はじめに
 第一特別研究室は,昭和50年7月に再発足した,三つの 特別研究室の中で実質上一番新しく,また当所にある総 数30余りの研究室の中でもおそらく最も新しい研究室の 一つであります。もともとは電波部にあった「電離層不 規則性の研究」という正体のあまり明確でないような研 究プロジェクトを踏襲し,3年後の現在も同じ名前のプ ロジェクトしか持っていない単一プロジェクト研究室で あります。
 電離層不規則性とは,電波研究所で業務として実施し ている毎月の短波の平均的な通信状態の予報のように, すでに統計的にも理論的にもその特性が知られているよ うな正常な伝搬様式ではない異常伝搬に関することを指 していると考えています。即ち,高度約100qのE領域 に気まぐれに発生し,時にはテレビ電波の混信の原因と なるスポラディックE層(Esとも呼んでいる)とか約200 乃至400qの高度のF領域に発生し,イオノグラム上の画 像のボケとなって認められるスプレッドFなどのもとと なっている電子密度構造を意味しています。このように 理屈っぽくいうと難しいように聞こえますが,要する に電離層の乱れに関することなら何でも多かれ少なかれ 関係があるといえましよう。
  今まn/ での研究経過:Es伝搬とその生成への流星の寄与
 昭和50年の発足時に早速手がけた研究は,Esによる電 波伝搬特性です。その動機となった理由の第一は,Es 層は磁気赤道に沿った南北約20度の狭いベルト地帯,高 緯度のオーロラのしばしば出現するような極光帯,それ に我々に身近な中緯度地域とに発生する三つの異ったタ イプに別れていることが知られています。中緯度地域と いっても何故か特に日本を含む東南アジアに極めて卓越 して発生する傾向があり,このためにわが国は非常にEs による混信を受け易く,裏をかえせばEsの研究に恵まれ ているといえましよう。このためか30年以前も前から日 本ではEsの研究は活発に行われ,河野元所長,糟谷前所 長,田尾所長,国際電電株式会社の宮取締役等そうそう たる研究者がこの研究に従事され立派な成果を上げて来 ました。“Eスポやって所長になろう!”(シラケ)……。 第2の理由は,Es層研究の目的は本来VHF帯電波の異 常伝搬にあり,電波行政面でも周波数割当の問題にもこ の研究は重要であり,特に近隣国との電波権益の調整に は大切になってくると考えられます。HF帯でも太陽活 動の低い時期には著しくf0F2が減少するため,Esは唯 一の伝搬モードとなります。以前に国内のあらゆる分野 の短波通信運用者に電波予報,警報の利用状況について アンケートを取ったことがありますが,そのとき特に日 本近傍での短距離通信関係者の中で,Es予報のサ-ビス を望む声が大きかったことを覚えています。今後きめの 細かい短波の運用については,この問題をさけて通れな いと考えられます。それで早速,短波帯でのEs伝搬を研 究するため,10年以上も観測データが蓄積されていたJ JY標準電波の稚内及び秋田電波観測所における電界強度 測定記録を調べてみることにしたわけです。ちょうど東 京,稚内間約1000qのほぼ中央,秋田における電離層観 測があることはこの研究にとって極めて好都合なことで, これらのデータから求めた実験式をもとに,電波人射角 の正割法則を適用して,一般的にEs伝搬に使える計算 方法を確立しました。ちょうどその時,CCIRの中間作 業班で短波電界強度計算法の改訂が審議されていたとこ ろでしたので,我々のEs計算法が取り上げられることに なりました。ちなみに,これと平行して審議中であった VHF帯Es伝搬については,宮氏の計算方法が採択され ています。
 次の仕事は,Esと流星の研究でした。Es層伝搬を予報 業務に乗せるためにはどうしてもその生成についての物 理的な理解が必要になります。即ち,何らかの因果関係 が明らかにならなければ,たとえ統計的に月平均値は予 測出来ても,Esのように気まぐれに変動する現象には実 用上あまり役立たないわけで,何とかそれを見出そうと 考えたのです。
 すでに定説となっている有力なものは,上層の風でE 領域の電子が動かされ,それが地磁気と相互作用して薄 い層状にたまるという説です。またこの電子の蓄積が効 果的になるためには,電子の消滅反応速度が通常E領域 に存在する酸素とか窒素による反応よりずっと遅くなく てはならないため,流星が大気中に侵入する際蒸発して 生じた鉄とかニッケル等,反応の遅い金属イオンの役割 が指摘されていました。現にロケットによる質量分析測 定からこれらの金属イオンがE領域で検出されていると ころです。
 Esが卓越する北半球の夏には,流星群が非常に多いこ と,また南半球のデータからもEsと流星の関係は定性的 に良好である点もこの考え方に好都合であるように思わ れますので早速研究に取りかかりました。データはこれ も20年以前IGY(国際地球観測年)当時,沖縄から米軍 が送信したVHF電波を平磯で受信したものです。(いず れも古いデータばかりで恐縮ですが,新しく発足したば かりの研究室としては仕方のなかったことでした)。さて 平磯支所の戸棚に長らく眠っていたこの資料をとり出し, ほこりをはたいて調べてみますと,面白いことに流星の 沢山あった日からEs層伝搬が徐々に卓越し始めて約8日 目に極大に達した後,3週間程してもとのレベルに返る ということがわかってきました。でも残念なことは,そ の極大時の両者の相互相関係数は0.3程度の低い値で, そのままでは予報業務に利用できないのです。それでも この事実からEs層生成に流星が関与していること,また 金属イオン寿命は5日程度という長いものであることが わかりました。おそらくEs層の生成は,上述した上層の 風の効果との相乗的な作用でうまく説明されるのではな いかと推測しているのですが,あいにく上層の風につい ての毎日の観測が乏しく今のところこの研究は棚上げの かっこうになっています。
  現在進められている研究:衛星電波による電離層効果  そうこうしている中に2年程たち,この間に衛星,特 に静止衛星から送信しているVHF電波の不規則な変動 (このことをシンチレーションと呼んでおり,すでに本 ニュース第19号に解説)も,スポラディックE層やスプレッ ドFが原因であることが外国の文献から知られていたの で,我々の手始めの実験として準備を開始していたとこ ろです。この種の観測は以前に第二特研の中田前室長が 長年続けておられたことは御存知の方が多いと思います が,中田氏の退職後すべての観測装置は撤去され3か年 程ブランクになっていました。
 何分新世帯のため予算も不十分ですから,古い真空管 式受信機を再生したり,アルミパイプをつないで八木ア ンテナや木枠製へリカルアンテナを自作して,山川電波 観測所と本研究室でシンチレーションの測定にようやく こぎつけたのは昭和51年のはじめでした。最初は米国の 通信衛星インテルサットからのVHFビーコンを受信し ましたが,一年程観測しているうちに衛星軌道のドリフ トのため51年末頃とうとう東の方に沈んでしまい,一同 ため息をついたことでした。
 その後,数か月のち昭和52年2月,我が国初の静止衛 星ETS-U(技術試験衛星U型,きく2号)が打ち上げ られました。実は,おはずかしいことですが,当時我々 は電波研での通信衛星などには全く魅力がなかったもの で不勉強でしたが,たまたまこのあき受信機を衛星方向 に向けてみると,ETS-Uのテレメータ用として発射し ている電波の中心キャリアは変調信号にわずらわされる ことなく意外にきれいに受信出来ることがわかりました。 正に燈台もと暗しというべきことでした。急きょ電波の 偏波方向のファラデー回転測定装置の試作にかかりまし た。というのは偏波の回転は電離層の全電子数と磁場の 強さの積に比例するため,逆に磁場の強さを仮定すれば, 全電子数が偏波の回転から求められるのです。
 早速,Es伝搬による到来方向測定用としてたまたま購 入していた短波方向探知装置の機械ゴニオメータを利用 して,連続的な偏波方向の回転角測定装置を作り始めま した。
 完成後,ETS-Uの電波を観測してみると,日中ゆる やかに変化していたファラデー回転の記録が,不思議な ことに,日没後急にうねり始め,それに呼応するかのよ うに,きまってシンチレーションが起こるのです。単調 なファラデー回転の変動に日没後急に脈動が重畳すると いうような現象は,これまで国内国外において,どの研 究者も観測できなかったことです。
 そののち,鹿島支所でETS-UのGHz帯二波の位相差 測定をする新方式により全電子数測定が開始され,同じ 事実がGHz帯電波でも確認されました。早速英国の超高 層大気物理研究の雑誌として権威のあるJATP誌に速報 形式で論文を送りましたところ,査読者から,そのような観 測事実は今までにないといって,お前の観測は間違いだと いわんばかりの剣幕で送り返された一幕もありました。 その後実証的な資料を添えて再提出してようやく了解し てくれました。あとでこのことは,CCIRにも提出して 採択されました。
 おそらくその理由は,国分寺や鹿島付近の位置から南 方に仰角47°に見えるETS-Uの電波通路は,電離層内 の地磁気磁力線と殆んど一致するため,もしも電子密度 分布構造が磁力線に沿う性質をもっていれば,不規則構 造がそのまま全電子数の観測に反映される筈です。他方 欧米での観測や赤道付近での観測では,この電波通路と 磁力線が大きい角度で交差するので磁力線に依存した不 規則な電子密度構造は平均化されて失なわれるでしよう。
 今年の2月15日夜20時過ぎに突如発生した大シンチレ ーションは,我が国衛星観測史上(まだ日も浅いが)最 大級のもので,このとき静止気象衛星GMS(ひまわり) のデータ伝送用1.7GHz受信アンテナがロックオフとなっ て,気象庁において受信されているその雲写真画像が大 きく乱れた程でした。このときの全電子数の変動をスペ クトル解析した結果はシンチレーションの各種特性を見 事に説明できることが本所,鹿島支所ETS-Uグループ の研究により明らかにされています。
 写真は本年4月から6月まで実施した鹿島での実験時 のもので,10mφのETS-U用パラボラアンテナをバッ クに我々の持ち込んだ2スタックの八木アンテナが写っ ています。誰かが「おわんの舟にはしのかい」とこの写 真をみて笑っていましたが,そのとおり一寸法師これか ら京に上る意気で頑張りたいと研究室一同念じておりま す。


ETS-II衛星用GHz電波用パラボラ・アンテナと 136MHz用八木アンテナ

  おわりに
 これからもETS-Uに引き続き,昭和54年2月に打上げ が予定されているECS衛星についても,できれば多地点 でのファラデー,シンチレーション測定を中心に研究を 進めて行きたいと思っています。この観測を開始して一 年半余りたった今では,毎日増え続けるデータの処理が 大変になって参りました。当然のなりゆきですが,デー タをオンラインで自動処理する必要性から今年度はとう とうパーソナルコンピュータの使用を計画しています。
 おわりにのぞみまして,皆々様の益々の御支援,御助 言を賜わりますよう研究室一同衷心よりお願い申し上げ ます。特に直接御協力頂いた電波部,衛星研究部関係者, 鹿島,平磯支所及び各地方電波観測所の方々に,この機 会に厚く御礼申し上げます。
 なお当研究室は室長ほか技術担当の菅主任研究官,研 究補助の蛭川事務官の3名です。

(第一特別研究室長 新野 賢爾)


短   信


無線設備検査検定協会(財)業務開始

 去る6月,網島毅氏を会長として設立された財団法人無 線設備検査検定協会は,10月4日郵政省から,無線機器 型式検定規則第5条第1項ただし書,すなわち型式検定 の試験を行う機関としての指定をうけ,同9日業務を開 始した。当面,郵政省告示第501号に基づいて,簡易無 線機,F3電波を使用する送受信機及び公共用トランシ ーバーの試験を行う。従って,この三機種の受検申請者 は,受検機器の代わりに,同協会の行った試験成績書を 当所通信機器部機器課へ提出すればよいことになった。
 同協会は,無線機器の試験,検査,性能証明などを行 うことによって,無線機器の性能及び品質の向上を図る とともに,電波の有効利用と電波秩序の維持確立に貢献 することを目的としており,将来が期待される。
 なお,同協会の事務所は,港区麻布台1丁目6の19旧 郵政省庁舎内(電話03-586-9016)にある。



ECS主局整備工事進む

 昭和54年2月に打上げが予定されているECSによる, ミリ波衛星通信実験のための主局・鹿島の整備工事は, 12月20日完成を目指して,ほぼ予定通り進行している。 そのうち,TDMAサイト・ダイバーシティ切替実験 (ECS実験の主要項目)のための,主局と副局・平磯を結 ぶマイクロ回線(7GHz)については,アンテナ及び端 局の設置を10月中に終え,現在調整の段階に入っている。 また,主局においては,アンテナの設置場所と実験庁舎 (26mφ庁舎)とが約1q離れており,この間はケーブルの等 化の不要な光ファイバー伝送を行うこととし,このほど ファイバーの敷設と光−電気変換のための端局の設置を 終了した。
 使用した光ファイバーの特性は,屈折率分布:ステッ プ・インデックス型,コア径:60μm,外径:150μm, 損失:10dB/q,帯域:70〜80MHz-qである。また, 光伝送の仕様は,変調方式:PCM-IM,光源:ダイオー ド・レーザ,入力電力:-6dBm,光検出器:PIN光ダイ オード,最小所要受信電力:-22dBm,ビット・レート :60Mbps(TDMA信号)である。



到達時間差方式電波発射位置測定実験

 当所周波数標準部は,去る10月13日から10月21日まで の約一週間にわたり,本所と秋田電波観測所で行われた 電波監理局の到達時間差方式電波発射位置測定について の技術調査実験に時刻同期の面で協力した。
 この実験は,複数の受信点における同一信号の到達時 間差から電波発射位置を求めようとするもので,測定の 基準となる時計として,本所では周波数標準部の主時計 を,秋田電波観測所では本所から主時計に同期したセシ ウム原子時計を航空機により運搬して用い,実験期間中 両受信点の時刻は0.1μs精度で同期が保たれた。
 実験の結果は現在電波監理局において解析中である。



日米合同調査計画対策小委員会の発足について

 郵政省は日米合同調査計画対策会議に九項目の研究テ ーマを提案するとともに(本ニュース,第31号),本所宇宙 開発計画検討委員会の下部組織として設けられている五小 委員会(本ニュース,第28号)に新たに,同会議における審 議に対処するため,10月12日付で標記の小委員会を発足さ せた。本小委員会は当面,報告書がとりまとめられる昭和 54年7月頃までを目途に各テーマについてさらに検討を加 えることとし,村主総合研究官を主査として以下,安田嘉 之,高橋耕三,川尻矗大,宮崎 茂,松浦延夫,恩藤忠典, 古浜洋治,橋本和彦,相京和弘の9名で構成されている。



第55回研究発表会

 10月25日,当所講堂において第55回研究発表会が開催 され,外部から100名の来聴者を迎え,午前2件,午後5 件の発表(プログラムは本ニュースNo.30に掲載)が行われ た。特に午後の部の実験用中容量静止通信衛星(CS,さ くら)及び実験用中型放送衛星(BS,ゆり)の実験速報で は大きな関心が寄せられ,活発な討論が行われた。