ミリ波帯電波伝搬実験計画


電  波  部

  はしがき
 社会発展による近年の通信需要の増大,通信形態の多 様化に対処するため,あるいは計測技術への応用,エネ ルギー利用の立場から,新しい周波数帯開発の潜在的 重要性が増大している。
 1971年宇宙通信に関する世界無線通信主管庁会議(WARC-ST) では,周波数分配の上限が40GHzから275GHz に引き上げられ,この周波数帯の,主として衛星通信, 宇宙研究,電波天文などへの分配が行われた。今秋開催 される一般無線通信に関する世界無線通信主管庁会議 (WARC-G)においては,周波数分配の大改訂が20年振り に行われ,40GHz以上の電波の地上通信への分配が予想 されている。
 このような背景に鑑みて,昭和52年度から,郵政省に おいて,特別研究「周波数資源の研究開発」が策定され た。その一項目として,「40GHz以上の電波伝搬特性の研 究」が取り上げられ,当初計画の若干の見直しを行い, 当研究室においてプロジェクト「40GHz以上の電波利用 の研究」を実行することとなった。このプロジェクトの 目的は,新しい周波数帯の開発と利用のために,これら の基礎となる大気伝搬特性と気象条件との関係を解明す ることである。また,こうした研究活動を通じて,この 周波数帯の具体的な利用に関するプロジェクトヘ発展さ せることも目的としている。
 以下,ミリ波帯電波の大気伝搬特性め概要,及び当研 究室で進めている伝搬実験計画の概要について紹介する。
  大気伝搬特性の概要
 ミリ波帯電波(波長がミリメートル(1〜1o)の電波のこと, 周波数帯では30〜300GHzの電波に相当する。) を大気中において使用するとき,留意す べきことは,大気分子による電波の吸収と雨などの降水 粒子による電波の吸収及び散乱である。ミリ波帯電波は, これら吸収及び散乱現象のため強い減衰を被り,その利 用において,著しい制約を受けている。ミリ波帯電波よ り波長の長い(あるいは周波数の低い)準ミリ波帯におい ても,降雨の影響は重大な問題であるが,ミリ波帯にお いては更にその影響が大きい。
 1 大気分子による吸収
 地上付近における大気組成の約20%は酸素であり, 酸素分子は,図1に示すように,60GHz帯及び118GHz 近傍に強い吸収帯(あるいは吸収線)を持っている。また, 大気中には水蒸気が含まれており,水蒸気分子は,22GHz, 183GHz及び325GHz近傍に強い吸収線を持ってい る。これら酸素分子及び水蒸気分子によるものが,ミリ 波帯電波の大気吸収の主なものであるが,この他,オゾ ン,一酸化炭素,亜酸化窒素、酸化塩素など大気中の微 量ガス成分による吸収線もミリ波帯にある。これらの微 量ガス成分による吸収はごく僅かで,大きな問題とはな らないが,リモート・センシングあるいは電波天文の立 場からすると,これら吸収線は重要な意味を持っている。
 一般に,図1のような吸収特性を考慮すると,通信な どの伝送を行うには,大気分子による吸収の少ない周波 数帯,いわゆる大気の窓の周波数領域を選ぶことが望ま しい。逆に,大気のリモート・センシングのように,大 気と電波との相互作用を利用する場合には,それぞれの 吸収帯(あるいは線)を選ぶことが望ましい。吸収帯(60 GHz帯)の電波は,地上系と宇宙系とで同一の周波数を 用いても混信が生じないので,衛星間通信に利用される 可能性がある。また,吸収帯においては,電波の伝搬距 離が短かくなるので,同一周波数でも混信のない,近距 離高密度通信の可能性もある。


図1 水蒸気,酸素分子の吸収による減衰特性
   (圧力:760mmHg,温度:20℃,水蒸気:7.5g/m^3)

 2 降雨による影響
 ミリ波帯電波は,雨,雪,雹などの降水粒子によって, その振幅,位相,偏波などに影響を受ける。それらの中 では,降雨による影響が最も大きい。図2に,降雨強度に 対する減衰係数の周波数依存性を示す。周波数が高くな るにつれて,減衰係数が飛躍的に増大している。また, 30GHz以上の周波数帯では,同一降雨強度の雨であって も,雨粒の個数分布(降雨粒径分布)が異なると,減衰量 が異なる。これは,ミリ波帯電波の波長が短かいだめ, 降雨強度には殆ど寄与しない小粒の雨滴による散乱減衰 が著しく増大するためである。
 ミリ波帯電波の降雨減衰量は降雨強度によって変り, 一般にその減衰量はマイクロ波帯に比べてきわめて大き い。前述の大気ガス吸収による電波の減衰は,大気の窓 の周波数帯を選ぶことによって緩和でき,また,その減 衰量はほぼ一定で予測可能である(水蒸気による吸収減 衰は,水蒸気量によって大・きく変動するが,大気の水蒸 気量はゆるやかに変動しており,容易に予測できる)。他 方,降雨によるミリ波減衰は,どの周波数においても避 けることはできず,また降雨の型(霧雨,雷雨,台風性 降雨等)によって著しく異なり,簡単に予測することが できない。降雨は,地域によって性質が異なり,また季 節あるいは年によっても異なる。このため,ミリ波帯降 雨減衰を解明するには,電波と降雨との統計的な対応関 係を解明することが必要となる。図2からわかるように, この周波数帯における降雨減衰量は大きく,電波が届く 範囲を大幅に制限する。従って,この周波数帯を通信に 利用し,マイクロ波帯などにおけると同様の回線品質を 保つためには,その中継距離を著しく短かくせざるを得 ない。このことがミリ波電波利用上の大きな制約となっ ている。


図2 降雨減衰の周波数特性

  ミリ波伝搬実験計画の概要
 昭和42年6月の当所の機構改正によって,旧超高周波 研究室において実施されていた「ミリメートル波大気伝 搬の研究」が中止された。以後,この周波数帯における 地上水平方向伝搬実験は途絶えたままであった。この間, ミリ波帯ラジオメータを用いた斜伝搬路における降雨減 衰予測に関する研究が行われた。また,衆知のように, 現在,実際の衛星からの電波を用いて,斜伝搬路におけ る降雨減衰の測定が続けられている。このため,ミリ波 伝搬実験を再開するに当たって,10年前に実施あるいは 計画されていた35GHz,70GHz,140GHz帯の伝搬実験 計画を踏襲しつつ,ETS-U地上・衛星伝搬実験計画と も関連づけることに留意し,周波数の選定及び伝搬実験 用送受信システムの編成を行った。
 ミリ波帯電波の降雨減衰と降雨との関係は,図2に示 すように定性的によく知られている。問題は,両者の定 量的な関係がわからないことである。このため,ミリ波 降雨減衰と降雨との関係を年間を通じて観測し,両者の 統計的な関係を解明すると同時に,降雨強度や降雨粒径 分布などの降雨の統計的性質からミリ波降雨減衰の予測 法の開発を目指すこととする。
 1 周波数の選定
 ミリ波帯電波の大気伝搬特性を解明する場合,二つの 立場がある。一つは,大気ガスの影響の少ない周波数帯 を用いて,通信あるいはリモート・センシングを行うた めに,いわゆる大気の窓に相当する周波数領域における 降雨中の伝搬特性を解明する立場である。他方は,大気 ガスによる吸収の強い周波数領域において,これらの大 気ガスのリモート・センシングを行うために,これらの 大気ガスによる吸収,放射特性を解明する立場である。 本計画では,ミリ波電波利用において,最も重大な問題 となる降雨中の伝搬特性を解明するために,手始めとし て,大気の窓に相当する周波数帯を選ぶこととする。
 第2図からわかるように,ミリ波帯における降雨減衰 は,150GHz近傍まで,周波数と共に単調に増加する。 従って,大気の窓に当たる25〜50GHz及び70〜100GHz の各周波数帯において,それぞれ1波ずつ代表として選 んで同時に実験すれば,これらの周波数帯にわたる降雨 中の減衰特性が把握できる。後者の周波数領域(70〜100GHz) の中から,その中央部に位置し,且つ実験装置製 作の比較的容易な80GHz帯を選ぶ。また,前者の周波数 領域(25〜50GHz)からは,従来の水平方向伝搬実験,斜 方向伝搬実験(ラジオメータによる実験及びETS-Uミリ 波伝搬実験)等との関連を持たせるためと装置の有効利 用の立場から,ETS-Uミリ波伝搬実験装置を利用し 34.5GHzを選ぶ。
 ETS-Uミリ波伝搬実験においては,このほか, 11.5GHz及び1.7GHzも使用しており,本計画においても, ミリ波帯伝搬特性と比較するため,これらの周波数におけ る伝搬特性も合わせて取得する。
 2 実験システムの概要


図3 電波伝搬実験システム概念図

 本計画においては,図3に示すような実験システムを 用いて,ミリ波降雨減衰と降雨との関係を定量的に解明 するため,今年4月から,1日24時間ベースで,年間に わたって実験する。この実験システムは,電波伝搬実験 装置,雨量計ネットワーク,降雨粒径分布測定装置,気 象観測装置及びデータ処理装置の五つのサブシステムか ら構成されている。
 電波伝搬実験装置のうち,送信装置は,株式会社日立 製作所中央研究所屋上の塔上(地上高約48m)に設置し, 受信装置は本所第3研究棟5階(地上高約20m)に設置し ている。伝搬距離は約1.3qである。雨量計は,この伝 搬路から数q以内 の地域に多数設置す る予定である。現在, 本所内に2か所,電 電公社国分寺電報電 話局,国鉄中央鉄道 学園及び東京経済大 学の敷地内に各1か 所設置する準備を進 めており,昭和54年 度中には,新たに 2か所整備するので, 合わせて7台の雨量 計ネットワークがで きる予定である。本 所以外からのデータ は,公社の専用回線 を用いて伝送する。これらは,いずれも即応型雨量計で あり,転倒枡型雨量計との比較も行う。この雨量計は, 気象観測装置の中の一つのセンサとして組込まれている。 この装置では,雨量のほか,風向,風速,気温,湿度, 気圧を連続的に測定し,自記記録する機能をもっている。 このほか,降雨粒径分布を測定するためのDistrometer を用意している。これらのすべてのデータは,受信室に 設置されているデータ処理装置(OKITAC-4300Cシステ ム)によって磁気テープに収録される。このテープは, 本所の大型計算機で処理する。表1に,主要測定項目を 示す。以下では,電波伝搬実験装置及び降雨粒径分布測 定装置について述べる。


表1 主要観測項目

 (1) 電波伝搬実験装置
 この装置は,新設した80GHz帯伝搬実験装置と,受信 アンテナ部など一部改造,付加して用いるETS-U伝搬 実験装置とから構成されており,それらの主要諸元を表 2に示す。


表2 送受信システム主要諸元

 80GHz帯送受信装置の特徴は,以下の通りである。@ 送受信装置とも完全に固体化されており,温度安定度,耐 候性などの信頼性が向上していること。A送受信装置の 原発振周波数として,ETS-U伝搬実験装置と同一周波 数(106.5625MHz)を用いており,外部局部発振器によっ ても駆動できること。Bこの原発振周波数の768逓倍を 送信周波数とする方式を用いているため,周波数安定度が 向上し,測定範囲が広く取れること。C受信機は,80GHz 帯入力から,1.7GHz帯及び2.1GHz帯の二つの第2中間 周波数出力を得る一種の周波数変換器のような形式とな っていること。従って,2GHz帯電測を用いて,80GHz 帯のレベル変動を計測する。また,1.7GHz帯出力は, ETS-U伝搬実験装置の1.7GHz帯受信入力として用い ることによって,11.7GHz帯との間で周波数間の位相差 も計測できる構成になっている。
 本計画に使用しているETS-K伝搬実験装置のうち受 信部は,アンテナ及び給電系の一部を除いて,ETS-K ミリ波伝搬実験に用いていた地上受信施設の一部改造を 行って準備したものである。また,送信部には,10mφ ミリ波アンテナ較正用ビーコン発振器をそのまま用いて いる。


80GHz帯受信機の内部

 (2) 降雨粒径分布測定装置
 雨滴粒径分布の測定は,19世紀末から行われており,そ の手法には種々のものがある。最も一般的な方法は,色 素(ウォータブルー)を染み込ませた濾紙が,雨滴を吸収 して変色することを利用して,雨滴の大きさ,個数を顕 微鏡を見ながら数える方法 である。この方法は,確実 であるが,人手を要する欠 点がある。本計画では,地 上付近を落下する雨滴の運 動量が,その直径によって のみ変化することに着目し て,運動量を電気的に計測 する型の装置であるDistrometer (スイス製)を採用す ることとした。この装置は, 直径範囲0.3o〜5oの雨滴を,20チャンネルに分割し, 各チャンネルの雨滴の個数を単位時間(例えば1分間)毎 に計数できる。雨粒の直径の測定精度は±5%である。 この装置は降雨粒径分布とミリ波降雨減衰特性の解明に, 大きな役割を果たすものと期待されている。
  あとがき
 当面,ミリ波帯の2波を中心に実験を進めるが,昭和 54年度から、40GHz以上の電波伝搬特性の研究」は7か 年計画に延長され,また今年7月からは,当研究室名も 超高周波伝搬研究室と改名されることになっているため, 現在,次のステップとして,150GHz帯,250GHz帯にお ける伝搬実験を検討している。装置の製作の点で,これ ら高い周波数による伝搬実験には,多大の困難が予想さ れるが,これらの周波数帯における伝搬実験を行い定量 的なデータが取得できれば,この種の実験計画は一応完 結すると考えられる。
 本実験計画では,ミリ波帯電波の大気伝搬特性,特に 降雨減衰特性の解明に力点を置いており,客観性のある データの取得を意図している。これらの結果は,通信回 線の設計あるいは周波数分配のための基礎データとして 世界的に役立つため,CCIRなどに大きく寄与できる。 また,ミリ波電波利用一般については,その動向調査を 続けたいと考えている。
 ミリ波伝搬実験を再開するため,約2年間にわたって 準備してきたが,54年度からいよいよ実験開始の運びと なった。この間,当プロジェクトの開始・発展のために 多大の御指導,御援助戴いた電波監理局及び当所の関係 各位に感謝いたします。送信装置及び雨量計の設置 については,それぞれ日立kk中央研究所及び国分寺電 報電話局,国鉄中央鉄道学園,東京経済大学の各位の協 力に感謝いたします。今後数年間にわたる伝搬実験の継 続を想うとき,我々の努力もさることながら,関係各位 のいっそうの御支援をお願いする次第であります。

(電波気象研究室長 古浜 洋治)




カナダCRCに滞在して


小 嶋  弘

 科学技術庁宇宙開発関係在外研究員として,カナダの 通信省通信研究センター(CRC)に,昭和53年1月10日か ら同11月9日まで滞在する機会を与えられたので,その 概要を報告する。
  オタワの印象
 オタワは北緯45°に位置し,かつ内陸のため冬は寒く夏 は暑い。冬の最低気温は-25℃にも下がるが,夏の最高 気温は33℃にも上がる。私が到着した1月10日はひどい 吹雪の日で,飛行機がオタワ空港に着陸したのは,予定 時間より4時間も遅れた深夜の1時過ぎであった。
 カナダ人はこの長く厳しい冬と短く暑い夏をそれなり に楽しんでいるようである。スケート,スキー,カーリ シグ等のウィンタ・スポーツは非常に盛んである。また 夏は水泳,カヌー,ヨット,キャンピング等を楽しむ。 しかし,多くのカナダ人は冬の寒さを嫌って,南のフロ リダやカリフォルニア,西インド諸島等で休暇を過すの で,カナダの観光収支が常に赤字であるのもわかるよう な気がする。1977年は約20億ドルの赤字ということであ った。オタワはカナダの首都であるが人口31万人の小都 市である。7万7千人が公務員という役人の街でもある。 市内を流れるオタワ川を境界として,ケベック州のハル という町と接している。街には運河が流れ,公園と緑地 の多い非常に美しい都市である。特に春の緑と秋の紅葉 は,スモッグのない空の青に映えて目にしみるばかりで ある。住民は英語系が圧倒的に多い。ケベック州の独立 問題が発生してからは,ケベック州からオンタリオ州に 移動してくる英語系カナダ人の数がふえてきており,こ れが間接的にオタワの物価指数を押し上げている。オタ ワの物価が高い主な原因は,日常 品の相当部分を占めている輸入品 が,カナダドルの価値の下落とと もに値上がりしている経済事情に よるものであろう。
  カナダの宇宙開発
 カナダにおける宇宙開発の体制 は図1のとおりである。各省庁間 の調整は,1969年に設立された, Interdepartmental Committee on Space(ICS) が行っている。ICS は通信大臣に対して責任を負う組 織になっており,現在のICSの Chairmanは通信省の宇宙担当次 官補のDr.J.H.Chapmanが兼 ねている。ICSには三つの分科会 があり,それぞれ宇宙政策の産業 面,国際面及び科学面の検討を行 っている。


図1 カナダの宇宙開発体制

 1977と1978両会計年度の政府の 宇宙関係予算は,表のとおりであ る。1978会計年度の支出額の総計 は,約1億ドル(200億円)で,そ のうち通信省(D0C)とNRC (National Research Council)の支出 が殆んどを占めており,それぞれ 約4千万ドル(80億円)である。


表 カナダ政府宇宙関係予算

 DOCの主な支出は,ANIK-B(1978年12月14日デルタ ロケットで打上げに成功)に関するものであり,また, NRCの主な支出は,スペースシャトル搭載用のRMS (Remote Manipulator System)に関するものである。
  CRCにおける研究概要
 CRCはオタワのダウンタウンから約25qほど西の, オタワ川に近接した非常に静かなところにあり,公式に は,研究施設のある地名(Shirley Bay)をとって Shirley Bay Research Centreと呼ばれている。所員は約500人 であるが,そのうち約100人は,DOCとの契約によるメ ーカの職員であるJDOCでは1974年11月に組織改正があ り,図2のような構成となった。


図2 DOC(カナダ通信省)の組織図

宇宙関係では, Director General of Space Technology and Applicationsが あり,ここに4人のDirectorと1人のManagerがいる。 David Florida Laboratoryは,衛星の各種試験と組立て を行う施設であり,四つの熱真空チェンバ,振動試験装 置,電波無反射室及び衛星組立用クリーンルーム等を備 えている。スペースチェンバの大きさは最大のもので直 径3m,高さ9m,試験温度範囲は-195℃から+150℃ までの性能を有している。電波無反射室の大きさは, 7m×7m×7mで,反射係数は,1GHzから20GHzまで の周波数範囲で-50dB以下である。衛星組立室の大きさ は,30m×12m×10mである。現在,スペースチェンバ では,NRCが開発し,SPAR Technology社製作の RMSのエンジニアリングモデルの試験が行われている。 1978年に詳細設計審査を終え,1979年7月に最初のフラ イトモデルをNASAに引き渡す予定ということであった。 Space Mechanicsでは,2kWから10kWという大電力太 陽電池パネルの開発,衛星アンテナ指向・制御技術や衛 星の軌道・姿勢制御ダイナミクスの研究開発等を行って いる。Space Electronicsでは,衛星搭載用の通信系や 電源系の機器の開発及びSHF帯,UHF帯の小型地球局 の開発等を行っている。中でも,GaAs FET装置の高 性能化,高信頼化には特に力を入れている。また,三軸 衛星のElectrostatic charging(静 電帯電)の解析も行われている。 Space Communications Program Office は通常SCOPOと呼ばれ, CTSの運用及びCTSとANIK-B の実験の調整を行うところである CTSの実験に用いられている地球 局は,全部で21局あり,アンテナ 直径は9m,3m,2m,1mの 4種類がある。これらの地球局は すべて,DOCによって調達,所有 されており,実験項目に従って, 実験場所に移動され,据え付けら れる。ANIK-Bの実験では,地 球局の数を30くらいにふやしたい とのことであった。Space Systems は,私の所属したところであ るが,時分割多元接続 (TDMA:Time Ditsion Multiple Access),デマンドアサイン方 式多元接続(DAMA:Demand Assignment Multiple Access), 高速デジタル伝送等の実験をCTS(1976年1月 17日打上げ)を用いて実施したほか, MUSAT(Multipurpose UHF Satellite)やSARSAT (Search And Rescue Satellite)等を担当している。MUSATは,衛星を 用いて,航空機,船舶及び陸上局に対して,UHF帯で, 電話,テレックス等のサービスを提供しようとするもの で,既にfeasibility studyを終え,最終仕様を決めるた めの各種の研究調査と実験が行われている。SARSAT は国防省(DND)との共同計画であり,遭難した航空機, 船舶の位置をより早く,より正確に決定するために利用 されるものである。この計画は,アメリカ(NASA),カ ナダ(DOC),フランス(CNES),ソビエトの共同プロジ ェクトであり,カナダは衛星搭載レピータの開発を担当 している。また,ELT(Emergency Locator Transmitter) の試作も行っている。MUSATの打上げは,1982年,SARSATのデモンストレーションは, 1981年を想定している。DOCには OFUSM(Orbit Frequency Utilization Simulation for Mobile Service) という宇宙通信システム に関するシミュレーション・プロ グラムがあり,CRCのコンピュー タシステムに組み込まれている。 これは200MHzから20GHzまでの 宇宙通信系の回線設計と混信量を ベースバンドの種類に応じて定量 的に計算するモデルであり,各種 の宇宙通信システムの設計,静止 軌道と周波数の有効利用の検討の 道具として非常に有効である。し かし,いささか膨大すぎて,扱う のが少しやっかいなため,利用する人はそう多くはない ようであった。私はSpace Systemsにおいて,この OFUSMプログラムを用いて,MUSATを経由した移動業務 用簡易地球局間通信システムにおけるTDM(時分割多重 方式),TDMAの可能性について検討した。UHF帯と しては,240MHzから400MHzの帯域が,また,衛星と 中央管制局間通信用周波数帯としては7GHz帯が想定さ れている。衛星搭載のSHF/UHF中継器の飽和出力は 80Wである。簡易地球局において,電話信号1チャンネ ルはデルタ変換され,16kb/sのデジタル信号となり,変 調後,周波数分割多元接続(FDMA:Frequency Division Muitiple Access) 方式で中央管制局に送られる。中央管 制局においては,各局からの電話信号は復調され, 1.442Mb/sのTDM信号として衛星経由で相手方の地球局に送 信される。一方,テレタイプ信号は,各局からTDMA方 式により,16.75kb/sの速度で衛星経由で中央管制局に 送られる。中央管制局では,これらのテレタイプ信号は 復調され,電話信号と合成された後,1.442Mb/sのTDM 信号として,相手方の地球局に送られる。地球局の送信 出力は25W,アンテナ利得は13dBから0dBまでの変動 が想定されるが,計算では13dBを用いた。電話信号のス レッショルドを誤り率10^-3,テレタイプ信号のスレッシ ョルドを誤り率10^-5とした。信号品質は,地球局アンテ ナ利得と伝搬状態に大きく左右される。


CRC全景

  第4回ICDS(Internationl Conference on Digital Satellite Communicatons)について
 標記会議が昭和53年10月23日から25日まで,カナダの モントリオールのクイーン・エリザベス・ホテルで開か れ,世界の27か国以上から,449名が出席した。その内 訳は,カナダ(179人),アメリカ(166人),フランス(28 人),日本(13人),イタリア(9人),イギリス(7人),ド イツ(7人),その他の国(40人)であった。
 筆者もCSのデジタル伝送実験についての報告を1件 代読した。今回の会議から始まった前回会議のベスト論 文の表彰では,日本電気kkの帯域圧縮デジタルTV (NETEC)に関する論文が選ばれ,開催初日のディナー の席で紹介された。今回の会議について特筆すべきこ とは,中国の代表9人がオブザーバとして参加していた ことで,そのため,英語,仏語の他に中国語の同時通訳 が行われた。彼等は,レセプション,コーヒーブレーク, メーカの展示会,見学旅行等のあらゆる機会をとらえて 精力的に活動しており,その意欲の並々ならぬものを感 じさせるに十分なものであった。
  おわりに
 カナダは,地理的には,Mountain,Prairie,Shield, St.Laurence,Atlanticの五つに代表される特徴を有し, 面積は日木の約27倍という広大な国土に,わずか2240万 人の人口しか持たない国である。都市はアメリカとの国 境沿いに散在し,その上,エスキモーやインデアンの集 落が点在している。このような国においては,通信手段 を確保するという意味で,衛星通信は非常に有効かつ経 済的である。世界ではじめて実用衛星通信システムを確 立した理由も理解できる。我が国においては,通信手段 と情報サービスの多様化と高信頼化が衛星通信システム 確立の目的であり,この点において,カナダと事情を異 にする。また,人口が少ないため,科学技術者の数も少 なく,国内市場も狭い。したがって,どうしても選択的 投資と国際協力が必要となる。目下,通信省で力を入れ ているのは,宇宙と光ファイバとレーザである。宇宙に ついては,電子通信関係をDOCが,機械関係をNRCが担 当しているが,国際競争力を強化するためには,これら の二つを統合して,新しい宇宙開発機関(National Development Agency) を早急に創設すべきであるという議論 がでてきている。国際協力の面では,隣国のアメリカ との協力関係が最も緊密であるのは当然である。これは, CTSの製作や実験,スペースシャトルのRMSの開発方式 等を見れば明きらかである。しかし最近では,ESA (European Space Agency)や日本にもパートナシップを期 待しているようである。その一例として,H-SATのト ランスポンダとアンテナとを,カナダが製作する案につ いて,ESAと交渉中である。
 以上で帰国報告を終わります。短い期間ではありまし たが,異なる文化を持つ人々と,家族ぐるみのつき合い をすることができて,非常に有意義なものでありまし た。在外研究員として派遣される機会を与えていただい たことに感謝するとともに,御世話くださいました関係 各位に厚くお礼申し上げます。

(衛星研究部通信衛星研究室 研究官)




ミニサテライト局用送信装置の型式検定について


通信機器部機器課

  はじめに
 昭和53年7月7日付郵政省令第15号による無線機器型 式検定規則の改正により,ミニサテライト局用送信装置 が新たに型式検定対象機種に追加され,同年8月施行さ れた。これに伴い昨年9月から受検申請の受付けを開始 し,NHKの仕様で現に製造している4社からM-01形 ミニサテ装置の受検申請があり,同年12月26日付で合格 となった。これを機会にその概要について述べる。
  型式検定実施に至った経緯
 ミニサテ装置とは,590MHz〜770MHzの周波数帯が割 り当てられている100mW以下の極微小電力テレビジョン 放送局の中継装置の呼称である。今回,型式検定の対象 となったのは,この装置の送信装置に当たる部分である。 ミニサテ局は,山あいなどのように電波伝搬上閉鎖的な 地域であって,十分なテレビ視聴のサービスを受けられ ない300世帯以下の難視聴地域の解消策として開設され る,ごく簡易な中継用放送局である。郵政省では昭和50 年12月,難視聴地域解消の対策として,関係省令を改正 し,ミニサテ局の導入を図った。一方,放送局側でもミ ニサテ装置の低廉化を図るなど鋭意努力していたが,所 要経費の増大等から,多くの地域からの早期設置の要望 を満たすに至らなかった。このような状況の中で,昭和 51年10月及び翌52年3月の国会においても難視聴地域解 消問題が取り上げられ,電波監理局はミニサテ装置に対 し型式検定の導入を図ることとなり,当所の協力を求め てきた。こうして,当所では同装置の試験方法の検討, 必要な試験設備の準備を進め,また,電波監理局におい ても関係規則の 改正整備を行い 型式検定の実施 をみたものであ る。
 ミニサテライ ト局用送信装 置の概要
 ミニサテ装置 には,(1)親局( サテライト局な ど)からのTV 電波を高電界で 受信するために山頂に受信部を設置し,周波数変換・増 幅を行う送信部は他への妨害をさけるために,サービス エリア内の低地に設置する送受信分離形,(2)山頂におい て送受信を行う送受非分離形,の二つの方式があり,前 者がその主体をなしている。ここでは,多く使用されて いる送受分離形の概要について述べる。(概要図参照)


送受分離型ミニサテ装置概要図

 なお,ミニサテ装置には,前記の周波数変換を行う方 式とは別に,親局からのテレビ電波を受信し,そのまま 増幅のみを行って送信するブースタ方式もあるが,この 方式は型式検定の対象から除かれた。
 VHF又はUHFのTV電波は所要のレベル(受信機 入力60dBμV)が確保される山頂等で受信され,UHFの TV電波はVHFに変換された後,増幅され,また, VHFのTV電波は,通常そのまま増幅され,ケーブルで 送信点まで伝送される。伝送されたTV信号は,一旦所 要レベルまで増幅され,分配部及びチャンネルフィルタ で任意のチャンネルにそれぞれ分波される。分波された 信号は,それぞれのV-U変換増幅部へ送られて所要の UHF帯の周波数に変換された後,出力合成器で4波ま で合成されて1本のアンテナから送信される。
  技術基準と試験結果
 型式検定の試験は,周波数変換方式の非分離形と分離 形の送信部が対象とされ,試験項目も電波監理上の必要 最小限に絞られた。電気的性能については,郵政省告示 第502号に定められた次の条件を満足しているかどうか について試験を行った。始動20分後において,(1)周波数 偏差は,周囲温度が-10℃〜+40℃の変化範囲で10kHz 以内であること。(2)スプリアス発射強度は1mW以下で あること。(3)空中線電力の偏差は,映像送信装置につい ては上限+50%,下限-50%,音声送信装置については, 映像送信装置の規定空中線電力の4%以上,50%以下で あること。この3項目について,環境試験(温度-10℃ 〜+40℃,相対湿度+35℃で95%),電源電圧変動試験 (基準電圧±10%)及び8時間連続動作における性能試験 を行った。その結果,周波数偏差については,±3kHz 以下で十分基準を満足した。スプリアス発射強度は,定 格出力に対し,指定チャンネル内で-55dB以下,その他 は-23dB以下に設計されており,試験の結果も規格1mW 以下に対し最大数μWであった。映像送信装置の空中線 電力は,一部,高温及び低温で100mWに対し,±30%程 度のものもあったが,多くはほぼ±10%におさまり,音 声送信装置の空中線電力は映像送信装置のそれに対し, 20〜30%であった。
  むすび
 試験の結果は,各社とも既に製造経験を積んでいたこ ともあり,十分基準を満足していたことは喜ばしく,今 後とも型式検定が辺地難視聴の解消とミニサテ装置の性 能の向上と均一化に役立つならば幸いである。今回の型 式検定に当たり,NHKの協力を得てミニサテ局の実態 調査を始め,十分な事前調査ができたことは,試験法の 検討,習熟にきわめて有効であったことを記し,御協力 を賜った諸機関並びに関係の方々の御指導,御援助に対 し,深く感謝いたします。


短   信


宇宙開発事業団との共同研究委員会の開催

 標記共用研究委員会が2月22日午後,事業団本社で開 催され,事業団から鈴木副理事以下23名,当所から田尾 所長以下18名が出席し,昭和54年度の双方の予算の紹介 のあと,昭和53年度の共同研究等の進捗状況(テーマに ついては本ニュース第30号短信参照)及び昭和54年度の 予定テーマについての審議が行われた。
 昭和54年度の研究テーマとして“通信衛星中継器に関 する研究”,“衛星間通信技術を用いた追跡管制及びデー タ中継衛星(TDRS)の調査研究”及び“レーザを用いた衛 星姿勢検出法に関する研究”の3件を継続することで承 認された。その他,事業団から“マイクロ波放射計の試 験評価法に関する研究”の継続要請が,また,当所から “アクティブ・リモートセンシングに関する研究”,“観 測衛星搭載用電離層観測装置の改良並びに機能向上に関 する研究”及び“ETS-UのVHF初期偏波角度の測定” の3件の新規提案があり,各々のテーマについてコンタ クト・ポイントが指名され,新年度初頭に開催予定の次 回の委員会までにテーマが決定されることになった。



SCPC装置の紹介実験

 新たに開発されたSCPC(Single Channel Per Carrier :チャンネル別独立搬送波通信:仮称)方式の装置並 びに,これによるCS「さくら」を介しての通信実験状況 を所内外の関係者に紹介するための催しが2月23日電波 研究所本所で行われた。当日の実験は,送受信装置を含 む直径2mのアンテナを3号館南庭に,屋内装置を1階に 設置し,CSの準ミリ波帯(30GHz/20GHz)中継器による 鹿島主局対抗及び衛星折り返えしルーブの形で,通話・ ファックス・静止画伝送を中心に行われた。今回の催し は,午前中に所内関係者への公開,午後はCS実験に深 い関り合いのある内外関係機関の一部の方々を招待して の研究会的色彩のものであった。なおSCPC実験と合わ せてBS「ゆり」によるTV受信実験状況の紹介も行われた。
 当日は朝から小雨が降り,外来者の出足が懸念された が,100名に近い参会者を得,熱心な質疑も交えて盛会裡 に終了した。



「あやめ」不具合に係わる宇宙開発委員会の審議

 標記について,昭和54年2月10日に第4回宇宙開発委 員会(臨時会議)が開催された。
 宇宙開発事業団松浦理事長ほかから,ECS/N-Tロケ ット5号機の打上げ段階,トランスファ軌道段階,アポ ジモータ点火段階,今後の原因究明と対策について報告 があった。特に,今後の適切な対策を検討するために, 「ECS/N5(F)不具合調査対策チーム」(総括責任者:鈴 木副理事長)を編成し(2月9日付),対処する旨の報告 があった。
 事務局からは,ECS/N5(F)の打上げ及び追跡管制 結果の評価のために必要な技術的事項について,宇宙開 発委員会第4部会(部会長:佐貫日大理工学研究所顧問, 当所から田尾所長が専門委員として参加)に3月中旬終 了を目途に審議を付託する旨の提案があり,決定された。
 なお,席上郵政省は,予備機をできるだけ早期に打上 げるよう要望した。



ジョルダン王国への技術援助

 ジョルダン王立科学院電子工学サービスセンタ設立計 画の推進に当たり,我が国は,ジョルダン王国の要請を うけて,去る昭和52年2月,同王国へ派遣した電波監理 局速水昭三氏を団長とする調査団の報告に基づき,必要 な電子計測機器の供与,技術研修者の受入れ及び日本か らの専門家派遣による技術指導など,各種の援助を行う ことになった。こうして同年11月,再び速水氏を団長と する実施協議チームが同王国に派遣され,3か年計画と して具体的進め方が合意されて既に昨年末,第1年次計 画の各種測定器等が同王国へ発送された。
 当所通信機器部機器課の渡辺,上田両主任研究官は, 発送した機器の現地における確認と操作方法の指導をは じめ,上記センタの訓練センタにおいて,機材の運用保 守に必要な技術指導を行うため,両国の合意に基づく専 門家として,2月13日から45日間の予定で同王国へ派遣 された。
 なお,この計画の取りまとめと推進は,国際協力事業 団が行うこととなっている。