郵政省の「宇宙開発計画」の見直し要望について


  まえがき
 本年もまた宇宙開発計画の見直し要望が,6月19日郵 政省から宇宙開発委員会に提出された。要望の内容は別 記のように@実用放送衛星A航空・海上技術衛星 (AMES)B電磁環境観測衛星(EMEOS)C通信技術衛 星(ACTS-G)D衛星とう載用能動型電波リモート センサーの開発研究の5項目からなり,そのうちAから Dまでは当所と特に関係が深いものである。要望をまと めるまでには,3月頃から所内においては宇宙開発計画 検討委員会が主体となって討議を進めるとともに,電波 監理局宇宙通信企画課及び宇宙通信開発課,宇宙開発事 業団,AMES連絡会等との緊密な連絡・調整を行った。
 昨年の見直し要望(本ニュースNo.28参照)との主な相 違点は,AMES及びEMEOSの打上げ目標年次を1年順 延しそれぞれ昭和60年度及び昭和61年度ごろとするとと もに,ACTS-Gについても昭和60年代前期と先へ延ば したこと,EMEOS計画の推進と並行して米国NASAの 金星周回探査衛星(VOIR)計画への参加を要望してい ること,ACTS-Gについてはマルチビームアンテナを 先行的に研究するとしたこと,衛星とう載用能動型電波 リモートセンサについては,研究開発の成果を観測分 野の各種衛星シリーズ(海域及び陸域観測衛星シリーズ 等)の電波リモートセンサの開発に資すると,その位 置づけの明確化を図ったこと等である。
 なお,今年の見直し要望との関連で特記すべき状況と して,宇宙分野の日米専門家会議が3回開催され,勧告 が出されたこと(本ニュースNo.40参照),「あやめ」の予備 衛星(ECS-b)が本年度冬期に打ち上げられることが 決まったこと(本ニュースNo.39参照),「通信・放送衛星 機構法」が先の国会で成立したことがあり, 見直し要 望の帰すうとともに, 当所の将来の計画に大きな影響を 与えることになろう。
 以下に,当所と関係の深い見直し要望事項について述 べる。
  航空・海上技術1衛星(AMES)
 昨年の宇宙開発委員会の見積り方針では,開発研究を 行うとされたが,予算が認められなかったこともあり, 53年度決定の宇宙開発計画の中では研究の段階にとどま った。そこで,AMES連絡会(科学技術庁,運輸省,郵 政省,宇宙開発事業団で構成)による検討を経て,打上 げ年次を59年度から60年度に延ばした上,開発研究を行 うことを再度要望したものである。
 郵政省ミッションとしては,衛星とう載ミッション機 器の開発(L-バンドトランスポンダ等),船上及び航空 機上設備の開発,電波伝搬実験及び通信実験がある。
 システムの主な仕様は,直径約2m,重量約350kg,ス ピン安定(アンテナデスパン方式),とう載アンテナはL バンドオフセットパラボラ(2ビーム)及びCバンドホ ーンアンテナ(グロ-バルビーム),周波数は地球局〜衛 星がC-バンド(5GHz。ただしWARC-79の結果によ り再検討もあり得る。),衛星〜移動局がL-バンド (1.5/1.6GHz),船舶局G/Tは−19dB/K,寿命は打上げ 後約1.5年となっている。昨年の要望では,フィーダリン ク(地球局と衛星を接続する回線)の周波数が2波 (C-バンド及びK-バンド),L-バンドアンテナのビーム数 が2〜3個となっていた。
 なお,前記のように当所の54年度予算では,AMES計 画は認められなかったが,「衛星を利用した海上通信技術 の研究開発」として単年度の経費が認められたので,目 下,船上設備の試作及び模擬衛星の製作を行っていると ころであり,この研究の成果はAMESに活用される。
  電磁環境観測衛星(EMEOS)
 電離層観測衛星(ISS-b,「うめ2号」)は,昨年2月 16日に打ち上げられ,同年4月24日から定常運用に入っ て以来,1年余を経た現在も順調に観測を続けている。 この間の観測データを用いて電離層臨界周波数世界分布 図,雷放電発生頻度世界分布図等,従来の諸外国の衛星 観測では得られなかった画期的な結果が求められている。 これらの成果を踏まえ,中・短波帯からマイクロ波帯に わたる広い周波数帯の電波に関する電磁環境を観測する ためのEMEOSを,再度要望している。
 地球をとりまく電磁環境は,中・短波だけでなくマイ クロ波帯まで,かつ地上無線通信に限らず宇宙通信にも 影響を与え(例えば,昨年2月15日,「ひまわり」, 「きく2号」,「さくら」からの電波は,電離層擾乱により顕著 な電界変動を生じた。),また,航行衛星による無線測位 あるいは報時衛星による時刻同期に対しても誤差を生じ させる。一方,空電等の自然雑音,人工雑音,他の通信 システムからの混信は,通信の妨害となる。従って,電 磁環境を電波伝搬媒質として,また雑音・混信の場(フ ィールド)として観測することが,電波の有効利用上, 必要不可欠である。
 EMEOSのミッションは,能動型電波観測ミッション (中・短波帯サウンダ,超短波サウンダ,マイクロ波ビー コン),受動型電波観測ミッション(中・短波帯電波雑音 観測装置,超短波・マイクロ波帯電波雑音観測装置),及 び環境直接測定(プラズマ・高エネルギー粒子測定装置, イオン・大気組成測定装置,磁場測定装置)の三種類で ある。
 EMEOSの概要は,円筒形,重量約350s,スピン安定 (磁気トルクによる姿勢制御機能付き),軌道高度約1000 q,傾斜角70°,寿命3〜5年とし,N又はN-Kロケッ トにより,次期太陽活動サイクルの起点付近となる昭和 61年度頃に打ち上げることを要望している。
 前記のISS-bの成果は,内外から高く評価されている が,その一つとして,ISS-b電離層観測装置の技術を応 用した金星電離層観測を日・米・加の国際協力プロジェ クトとして進めることをNASAが要請してきている。こ れを受けて第2回日米専門家会議(54年3月)において, VOIR計画への参加を提案した。そして手続上のことも あり,5月にNASAのAO(プロジェクト計画参加公募 告示)に応ずる形で,郵政省は科学技術庁,宇宙開発事 業団等と協議・調整の後,プロポーザルを提出した (図1参照)。
 以上の経過を踏まえて,この提案が宇宙開発計画の中 に盛り込まれるよう見直し要望を提出したもので,その 内容はEMEOSの中・短波帯サウンダと基本的には同 一の機能をもつ金星電離層サウンダを昭和58年末まで に開発することを要望し,59年12月のVOIR打上げに備 えようとしている。


図1 VOIR観測の概念図

  通信技術衛星(ACTS-G)
 宇宙開発政策大綱の「移動体通信技術衛星シリーズ」 の一つとして,陸上移動体を対象とする通信技術及び周 回型衛星を対象とする衛星間通信技術の確立を主要なミ ッションとし,将来の宇宙通信需要の増大や多様化に積 極的に対処するため,標記の衛星を要望している。
 ACTS-G計画を推進するため,昭和55〜58年度の 4年間,最も基礎的な技術である衛星用マルチビームアン テナの研究開発を行うものである。具体的なアンテナ形 態としては,アレイ及び開口で,ビームは固定型及び可 変型を計画している。この場合,固定マルチビームアン テナは陸上移動体との通信用に,また,可変マルチビー ムアンテナは周回型衛星との通信用に考えている。そし て固定マルチビームアンテナのカバレージを日本全土な いし日本本土としている点で,グローバルカバレージを 目指すAMESのマルチビームアンテナと大きく相違して いる。周波数は,陸上移動体については300/400MHz及び 2GHz帯,周回型衛星については136,400/148MHz,ま たは2GHz帯を予定しているが,WARC-79の結果を踏 まえて再検討する。
 なお,ACTS-Gの構想と宇宙開発事業団のTDRS構 想との間には共通点が多いことから,両者で53年度から 共同研究を実施している。
  衛星とう載用能動型電波リモートセンサの開発研究
 当所においては,既に昨年度から標記の研究を3か年 計画として実施している。即ち53〜54年度にかけて,航 空機にとう載して行う実験用の能動型電波リモートセン サを開発し,54年度にまず航空機とう載予備実験を,昭 和55年度には本格的な航空機とう載実験を行う。(図2参 照)。本研究により,降雨量及び雨域を対象とする衛星と う載用能動型電波リモートセンサの開発に必要な技術及 びデー夕解析処理技術が習得される。従って,将来の計 画としては,本研究の結果に検討を加え衛星とう載用に 発展させて適切な衛星へのとう載を考えるとともに,観 測分野の各種の衛星シリーズ(海域及び陸域観測衛星シ リーズ等)の電波リモートセンサの開発に役立てること を予定している。
 (企画部第一課長 中橋信弘)


図2 航空機とう載実験概念図


(参考資料)宇宙開発計画の見直し要望(郵政省,昭和54年6月19日)

1  実用放送衛星
 実験用中型放送衛星(BS)の開発成果及び実験結果 を踏まえて,BSと同規模の衛星について,六機を昭和 58年度に,予備機を昭和59年度に軌道上に打ち上げる こととする。
 また,本システムは,継続して運用する必要がある ので,衛星の寿命期に次期衛星を打ち上げるものとす る。
2 航空・海上技術衛星(AMES)
 海洋国として,現在我が国では,多数の船舶が活躍 しているが,現在の漁船等の通信システムは,品質, 容量等に問題が多いので,これを改善する必要がある。 このため,我が国の実情に適した海上通信衛星システ ムを開発することを目的として,昭和60年度に航空・ 海上技術衛星(AMES)を打ち上げることとし,その ためのシステム及びミッション機器の開発研究を行う。
3  電磁環境観測衛星(EMEOS)
 地上無線通信及び宇宙無線通信等の運用は,電波の 伝搬媒質,通信系相互の混信,電波雑音等に影響され ることから,これら電磁環境を中波帯からマイクロ波 帯にわたる広い周波数帯について観測する必要がある。
 このため電離層観測衛星(ISS-b)による成果を踏 まえ,その機能を拡充して,電磁環境観測衛星 (EMEOS)を,昭和61年度ごろに打ち上げることを目標に所 要の開発研究を行う。
 また,米国NASAの金星周回探査衛星(VOIR)計画に 参加するため,ISS-bの電離層観測技術を応用した金 星電離層観測装置を昭和58年末までに開発する。
4  通信技術衛星(ACTS-G)
 宇宙通信が宇宙開発の基幹的技術の一つであること にかんがみ,この分野の自主技術の確立を図るととも に,将来の通信需要の増大及び多様化に対処するため, 新しい周波数や通信方式の開発,衛星間通信技術など の確立を図る必要がある。
 これらの開発の一環として,陸上移動体との通信, 周回衛星を対象とする衛星間通信等に必要な技術開発 を目的とする通信技術衛星(ACTS-G)を,昭和60 年代前期に打ち上げることを目標に最も基礎的な技術 であるマルチビームアンテナの研究を行う。
5  衛星とう載用能動型電波リモ-トセンサーの開発研究
 将来のミリ波衛星通信の効率的運用等に資するため の雨域の観測,海洋波浪観測等各種利用分野への応用 を目的とし,併せて海域及び陸域観測衛星シリーズ、の ミッション機器開発に資する衛星とう載用能動型電波 リモートセンサーの開発研究を引き続き行う。




日米専門家会議をかえりみて


  会議の概要
 宇宙分野における日米専門家会議は,第1回(昭和53 年12月12日〜15日,東京),第2回(54年3月26日〜29日, ワシントン),及び第3回(6月6日〜8日,東京)の会 合を持ち,専門家会議としての報告及び勧告をとりまと めた。この報告及び勧告は6月13日宇宙開発委員会に提 出,了承され,日本側の専門家会議の仕事は無事終了し, 解散した。
 この専門家会議については電波研究所ニュースNo.34(短 信),No.35,及びNo.37(短信)に一部報告されているので 発足の経緯等は省略してふり返ってみたい。
 宇宙開発を通じ,全人類の福祉に貢献し,国際協力を 強化し促進するために,日米間で将来協力可能な宇宙協 力プロジェクトの分野及びその方法について討議した。
 協力可能な共同プロジェクトは,相互に関心があり,双 方の責任範囲はそれぞれの科学的技術的能力に見合った ものであり,またそれぞれがその活動に必要な経費を出 し,かつ明確に定義づけられたインターフェイスを持つ 個々の領域について責任を有するものとした。
 専門家会議ではカリオNASA宇宙地球応用局長及び下 邨科学技術庁科学審議官が共同で議長を勤め,その他 NASA側からは応用部門で6名,科学部門で5名,宇宙輸 送部門で1名,及び国際部門で1名計13名の委員が,ま た日本側からは一般部門で2名,科学部門で4名,及び 応用部門で10名計16名の委員が参加した。委員の他,多 数のオブザーバが参加し各論の審議に加わったが,そ の数は第1回の時は25名(うち当所からは恩藤・古浜・ 高橋・川尻の4名),第3回の時は26名(うち当所からは 畚野・安田・川尻・河野の4名),また第2回の時は米国 側からの21名であった。


第2回会合(於ワシントン)に出席の日本代表
        (NASA本部前にて)

 専門家会議は,それぞれの科学的,技術的及び資金的 能力内にあり,共に興味があり,近い将来着手可能な多 くの具体的協力プロジェクトについて勧告を行うととも に,必要なミッション及び計画の調査後,将来の時点で 着手しうると思われる共同プロジェクトもあるとの結 論に達した。
 また,専門家会議は今回の報告及び勧告書をNASA及 び宇宙開発委員会に提出した後解散されるが,実施中の プロジェクトの進捗状況の確認や,新たな協力プロジェ クトの可能性を探究し,将来具体的な追加プロジェクト を提案する途を開くために常設幹部連絡会議 (Standing Senior Liaison Group)を設立すべきであるとの結論に 達し,その設立に必要な手続をとることを勧告した。
 3回にわたる会合の結果勧告された応用部門における 共同作業としては
  ○台風による風と波の研究
  ○海洋ダイナミクスの研究
  ○海洋生物資源の研究
  ○衛星立体写真による雲高度の測定
  ○MOS-1データの受信
  ○積雪特性に関する研究
  ○蒸発散(Evaporation)算定の可能性に関する研究
  ○地殻プレート運動の研究
  ○実験用通信衛星データの交換
また科学分野における共同作業としては
  ○ハレー彗星共同研究
  ○土星周回機及び2個の探査器ミッションのための 突入前科学観測器
  ○大平洋横断気球観測プロジェクト
  ○X線天文学
  ○共同テザープロジェクト
  ○地球近傍におけるプラズマの起源(OPEN)計画
  ○太陽共同研究
  ○スペースラブでのライフサイエンス研究
であり,これらの共同作業は個々にNASAと日本の適当 な協力機関との間で協定を結ぶことにより実行に移すよ う勧告されている。
 また専門家会議では,AO(参加呼びかけ),又は “Dear Colleague”書簡手続によるものも話題に上がったが,これ らは考慮の対象外とされるべきであるとのことで意見が 一致した。これらは
  ○粒子加速装置を用いた宇宙科学実験(SEPAC) の延長
  ○金星周回探査衛星(VOIR)
  ○上層大気中のエアロゾル及びガス実験(SAGE-U)
  ○地磁気観測衛星(MAGSAT)
  ○国際太陽地球間探査計画(ISEE)客員研究者計画
  ○宇宙における材料処理
であり,また検討の過程で提案され,将来の共同プロジェ クトの基礎となり,将来勧告されるかもしれないものは,
  ○LANDSATデータ解析技術
  ○ジオダイナミクス(レーザレンジング)
  ○衛星を用いた捜索救助プロジェクト(SAR)
  ○材料処理
  ○通信衛星に関する情報交換(将来)
  ○大規模宇宙構造物
  ○雷及び嵐の研究
  ○太陽発電衛星
  ○軌道変換技術
  ○再使用形シャトル上段ステージ
  ○宇宙線観測所(CRO)
  ○紫外及び可視線天文学(STARLAB)
  ○太陽周期及び活動ミッション
  ○X線天文学(XRO)
である。なお上記の勧告は約束と見なされるものでな く,NASAと宇宙開発委員会との間で合意される今後の 取扱いにゆだねられるものである。
  当所での専門家会議への対応
 当所ではこの専門家会議に対処するため所内の宇宙開 発計画検討委員会(委員長,加藤次長)の下に,日米合 同調査計画対策小委員会(主査・村主総合研究官)を昭 年53年10月12日設置し,相京・恩藤・古浜・松浦・橋本・ 宮崎・高橋・安田・川尻の諸委員により検討を行った。
  当所関連の共同作業
 (1)地殻プレート運動の研究。最初は共同作業としてど の程度の発展を見るか一部疑問視されたが米側が福祉行 政に関連し非常に積極的であり,日本側もその必要性を 感じていたので順調に進み成果を得た。
 (2)実験用通信衛星データの交換。当初は日本の伝搬デ ータと,米国の追跡・データ中継方式(TDRSS)データ との交換を考えていたが,米側がTDRSSについては既 発表データ以外はないとのことで,結局伝搬及び姿勢・ 運用関係のデータ交換となった。なお余談ではあるが, 米側はこの場を借りてCCIRやWARCに関する情報交換 をしたいとの積極的態度を見せた。
 (3)ISEE客員研究者計画。当初はISEE衛星の直接受信 を当所で行い,ISEE計画に対し積極的に協力したいと の意向であったが,米側の一部の研究者の反対や,当所 内での態勢の,専門家会議中での変化等のため最終回の 会議には日本側からとり下げを提案した。しかし種々討 議の結果客員研究者計画とすることになった。
 (4)VOIR。第1回会合後米側研究者より勧誘があり,所 内での数回にわたる討議の後第2回会合に提案したが, 種々の事情で前記のように,結局AO処理で進めること とした。
 (5)SAR。昭和53年7月17日の非公式文書の中でNASA側 が言及したものであったが,その後この計画が米・加・ 仏の三国の他ソ連も加わることで話が進んでおり,その 結果を見ないと,日本の参加が認められるかどうか疑問 となった。
 なおNASA側は日本の参加が可能となるよう努力して いる模様である。
  おわりに
 専門家会議は計3回の会合により,その報告及び勧告 をまとめたが,これは共同議長となったカリオ局長及び 下邨科学審議官に負う所が大であり,両代表とも大局を つかみ,妥協する所と反対する所をはっきりと述べ,短 期間に成果を上げることができたと思われる。宇宙開発 委員会委員の方々の中にも,成果が出るかどうか少し心 配されていたやにも伺ったが,日米間で対等の立場での 成果を得,また深宇宙への拡張・発展の方向も見られ, 予期以上の成果であったとのおほめの言葉もいただき感 激している。また日米間で今回のような内容のある勧告・ 報告を行ったことは初めてだとのことでもある。専門 家会議の後には常設幹部連絡会議が設立されることと思 われるが,この会議が日米間の,そしてまた全世界の宇 宙平和利用と国際協力に,より以上の貢献と成果を上げ るよう期待するものである。
 また私も専門家会議の一員として終始参加し,無事に 任務を果たすことができたと思うが,これも所内の幹部・ 研究者の方々の御指導・御協力のたまものであり,また 科学技術庁・電波監理局・宇宙開発事業団・東京大学宇 宙航空研究所等関連各機関の御理解,御協力のおかげで あると,深く感謝申し上げます。

(総合研究官 村主行康)




ジョルダン王国への通信技術協力チームに参加して


渡辺重雄・上田輝雄

  はじめに
 ジョルダン王立科学院電子工学サービス・訓練センタ ー(以下RSS・ESTCという。)の専門家として,国 際協力事業団(郵政省経由)から通信関係機器の技術指 導を委嘱され,郵政省電波研究所(2名),郵政省電波監 理局(1名),日本電信電話公社(1名),日本放送協会 (1名),安立電気(1名)の計6名が出張した。期間は,昭 和54年2月13日から3月29日までの45日間で首府アンマ ン市にある王立科学院に滞在し,日本から無償供与した 100余の通信機器等の検収,性能の確認,大型試験装置の 設置並びにこれらの機器の技術指導を行った。ジョルダ ン側の研修者は12名で,全員欧米先進国留学の経験をも ち,技術レベルも比較的高く,熱心であった。多少の問 題はあったが,当初の目的を達して帰国したので,その 模様について報告する。
  短期専門家(技術指導)派遣の経緯と目的
 ジョルダン政府は,ジョルダンを含む中東諸国の産業 の近代化が進み,電子機器が急速に普及し,これらの保 守,試験,校正サービスの必要性が高まり,王立科学院 電子工学部の付属機関として,電子工学サービス・訓練 センターの設立を計画し,1975年12月に日本政府に対して 正式に技術協力を要請してきた。その後1976年3月には フセイン国王の来日,同年6月我が国の皇太子御夫妻の ジョルダン訪問が行われた。我が国としては,同国の実 情や希望する協力内容について調査するため,1977年2 月事前調査団を派遣した。その結果,調査団は電子工学 サービス・訓練センターの設立は,将来アラブ諸国の通 信関係の地域センターとして波及効果も期待できる等の 理由により協力実施が望ましいと報告した。これを受け て,さらに継続的な検討が進められ,我が国として技術 協力を行う方針を固め,1977年8月にジョルダン側の責 任者(王立科学院電子工学部長及び同次長)2名の研修 を受入れ,1977年11月我が国から技術協力の進め方に関 し,協力項目,期間など実施に必要な具体的事項を協議 するための実施協議チームを派遣した。この結果,約3 億円におよぶ機材供与等の技術援助を行うことに合意し, 1977年12月の署名日から約3年間にわたって,通信機器 関係機材の供与,専門家の派遣,ジョルダン研修員の受 入れ等の技術協力を行うことになった。
 以上の経過により,日本政府から初年度分(1978年度) の通信関係機器の大部分が1978年12月に送られた。これ に伴い,これらの機器の技術指導者の派遣が必要となり, 今回のチーム派遣となったものである。チーム・メンバ 一は,筆者の外,稻富抱一(NHK),中野好男(NTT),芦 田隆敏(電波監理局),堀俊雄(安立電気)の4氏である。


ジョルダン派遣短期専門家

  技術指導の実施
1) 日程
 日本短期専門家チームは,技術指導に先立ち,ジョ ルダン側と指導方針及び日程等について協議した。技 術研修者は12名で全員が欧米先進国留学の経歴者であ った。しかし,専門分野が通信,コンピュータ,計測 回路,強電関係等とそれぞれ異なり,供与機器を一律 に指導することは無理であることが分かったので,短期 間で効果があがる指導ができ,また,日本専門家チー ムが帰国したあとでも操作指導ができるよう配慮した。 日程は,45日(約6週間)を供与機材の性能確認,技 術指導,大型機器の設置,とほぼ3分して実施した。

2) 業務実施概要
 イ)供与機器の検収及び性能の確認
 今回送付された供与機材は,1978年度分の約75% に当たり,大は重量1トン前後の機器から小はコネ クタにいたる100余種に及ぶものである。これら多種 類の機材について機械的,電気的な異状がないかの 検収及び性能の確認を専門家全員で行った。その結 果,空輸における損傷は少なく,回路配線の半田が はずれたもの,付属乾電池が腐食して動作しなかっ たもの等が数件あったのみである。
 ロ)供与機器の操作法及び応用測定法等の指導
 指導要領は,研修員の技術レベルを把握して,こ れに見合った英文テキストを作成し,これにより講 義を行い,次に日本側専門家が操作実演を行ってみ せてから,研修者の実地指導に入った。
 彼等は概して熱心に実習し,電界強度測定では理 論は知識として知っている人もいたようだが,機器 そのものを操作することは初めての人がほとんどで, 電界強度の測定では,野外で実際のTV波,ラジオ波 の測定実習を行うと電界強度を実感として認識でき たようで,早速,近隣諸国の電波を受信して自国波 との強度比較するなど強い興味を示した。その他, スペクトラムアナライザ,オシロスコープ,ロジッ クステートアナライザ等も強い関心を示した機器で ある。
 ハ)大型試験装置の設置及び操作法の指導
 電波遮蔽室,温湿度試験槽の設置は,長さ4m, 重量1トン前後の機材の搬入,組立て,調整,操作 の技術指導と土木,機械,電気にわたるもので,電 気通信関係の日本専門家にとっては苦労の連続で,か つ,しばしば停電があるなど機器の調整に苦労した が,最終的には,帰国間際までかかって設置を完了 した。
 今後の技術協力のために
1) 今回の交渉では,一昨年(1977年12月)の実施協 議チームと交渉したメンバーが人事異動のため,ほと んど残っていなかったことに驚いた。このように異動 が激しくては,技術指導を行っても将来使用すること ができない測定器も出てくるのではないかと懸念され る。しかし,現在の研修態度は熱心であった。
2) 供与機材の検収において最も説明に困ったのは, 日本のメーカーの多くが,機器の型式名を一部変更し て,取扱説明書ときょう体銘板が一致していないこと が概して多いことであった。
3) 日本からの供与機器の電源は,100Vが基本である のに対して,ジョルダンでは単相220V,3相380Vの 4線式であり,供給電源電圧の変換方法,停電対策,保 守等を含め今後供与する機器については,さらに細か い注意が必要である。
4) 専門家は,体力,語学力を持ちman to manで手 をとって指導できる経験ある人が望ましい。発展途上 国における技術指導は,機械的及び電気的な部門を含 む広範囲にわたることが多い。
  おわりに
 ジョルダン王国は,中近東の砂漠の国で,資源が少な く,世界情勢に大きく左右されながら,日本を手本とし て,教育,産業等と懸命に近代化を押し進めている国で ある。45日間の短い期間であったが,ジョルダン国王, 皇太子,科学院院長から実際に仕事に従事する職員,セク レタリ,給仕,運転手にいたるまで,多くの人々と接し, 仕事上のことはもちろん,アラブ人の気質の一端を知る ことができたことは大変貴重な経験であった。今後,技 術援助等に出張する方々のために少しでも参考になれば 幸いである。最後に,この機会を与えられた関係各位に 厚く感謝する。

(通信機器部 機器課 主任研究官)


短   信


新型電離層観測機を全電波観測所に配備

 新型の電離層観測機(9B型イオノゾンデ)の開発は, 昭和48年6月の試作1号機に端を発し,50年7月に本所, 51年8月に秋田,52年11月に山川,53年9月に稚内,54 年2月に昭和基地,そして54年7月の沖縄を最後に,南 極を含む全電波観測所に実用機の配備を完了した。この 機種は,当所が1型から8型に至るまで長い年月をかけ て蓄積した経験と技術を結集して独自に開発した,自他 共に誇りうる高性能のイオノゾンデである。
 9B型イオノゾンデの主な特徴は,送信管,ブラウン 管を除く全回路を半導体デジタル化したこと,周波数掃 引をアナログ電子方式にしたこと(デジタル掃引も可能), 記録方式をライカ版フィルムに周波数軸対数目盛としたこ と,イオノファックス及び磁気テープ出力を備えたこと 等である。主要性能を前表に示す。
 完成した9B型イオノゾンデは,期待通りの性能と信 頼性を発揮しており,外国からの照会も多い。
 担当の電波予報研究室では,今後もイオノゾンデの改 良研究を続けてゆくが,9B型イオノゾンデはその過程 の中で大きなマイルストーンになったといえる。


9B型イオノゾンデ諸元



到達時間差方式による短波帯の電波発射
位置測定に関する共同実験


 当所周波数標準部は,去る6月20日から6月22日まで の3日間にわたり,本所と文部省水沢緯度観測所並びに 海上保安庁対馬オメガ局の3か所で行われた電波監理局 の到達時間差方式電波発射位置測定の実地調査に関して 時刻同期の面で協力した。
 この調査は,複数の受信点における同一信号の到達時 間差から電波の発射位置を求めようとするもので,測定 の基準となる時計が同期されていることが絶対必要条件 である。昨年の本所と秋田電波観測所問の実験ではポー タブルクロックで同期を行ったが今回は上記3か所のセ シウム原子時計がそのまま利用された。これらの時計は ポータブルクロック並びにロラン-Cまたはオメガ電波 の仲介で常時時刻同期が保たれており本調査には十分の 精度をもっている。また,測定方法も改善され,データ処 理の高速化,電波発射位置決定精度の向上が期待される。



宇宙開発計画の見直し要望審議始まる

 6月25日(月),番町共済会館において宇宙開発委員会 第一部会の会合が開かれた。これは宇宙開発委員会から の審議付託を受け,昭和53年度宇宙開発関係経費の見積 り方針に反映させるべき事項についで,7月下旬を目途 に審議し終えるとともに,宇宙開発計画の改訂に必要な 調査審議を行うものである。
 関係各機関から提出された各要望事項(郵政省分は本 文参照のこと)は,衛星系分科会と輸送系分科会とで次 のような観点から審議される。
(1)要望された事項を特定の時期までに達成することの必 要性,緊急性,及び技術的可能性,
(2)宇宙開発政策大綱に示された諸方針との整合性,
(3)宇宙開発に関連する技術の系統的育成及び国産化,
(4)射場の打上げ能力,必要な地上施設の整備等関連する 他のプログラムとの関連。



青野 雄一郎氏逝く

 当所の元次長であり,文部省電波物理研究所時代から, 日本の電離層研究の立役者として,国の内外で活躍した 青野雄一郎氏は,去る5月20日の夜,静かに63才の齢を 閉じた。
 同氏は,昭和13年に東京帝国大学工学部電気工学科を 卒業後,海軍造兵中尉として兵役に服し,昭和16年文部省 電波物理研究所(現電波研究所の母体)に技師として迎 えられ,その後昭和27年当所発足時に第一部電離層課長, 昭和30年に第一電波課長,昭和32年に次長と,要職を歴 任しながら電離層と電波伝搬の研究に専念した。この間, 昭和27年から15年間,電波技術審議会の専門委員を務め, 答申のとりまとめと審議の運営に尽力した。また,昭和 37年には「斜入射伝搬の研究」により京都大学から工学 博士の学位を授与された。
 戦後の電離層研究は,国内に観測所を開設し,電離層 を測るための機器,設備を整備することから第一歩を踏 み出した。青野氏は,新発田,深浦,山川の各観測所長 を兼務し,更には自動電離層観測装置の開発等に係わ る二度の郵政大臣表彰を受けている。
日本国内の電離層研究態勢をほぼ整え終わった昭和30年 頃,青野氏の活躍の場となったのが国際地球観測年 (IGY)である。大蔵省の廊下にまで聞えるような大声で, IGYの重要性と当所の役割を説く同氏に,査定官は大 きくうなずいた。電離層部門の日本代表としてアメリカ にヨーロッパに東奔西走の日々が始まったのもこの頃の ことである。IGYを契機に始まった南極観測には,委員 として参画するだけでなく,自らも隊員を志願し,厳冬 訓練にも参加するなど,極地の電離層研究に注いだ情熱 は並々ならぬものがあった。
 また,IGY期間中のスプートニク1号打上げを皮切り に,米ソを中心とする宇宙開発は急速に進展していった が,同氏は卓越した先見性をもって我が国においても宇 宙開発に積極的に取り組むべきことを提唱し,宇宙通信 研究体制の確立を強力に推進した。この結果,昭和39年 鹿島にアジアでは最大の直径30mの宇宙通信用大型パラ ボラアンテナが建設され,我が国の宇宙通信研究の礎と なったが,これは青野氏の宇宙開発に対する熱意が実 を結んだものである。
 青野氏が最初に倒れたのは,昭和36年11月であった。 その後一時回復のきざしが見えたこともあったが長い闘 病生活の後の肺炎によって突然他界した。
 去る5月23日の葬儀では,遺徳を慕う300名余の参列者 を前に,田尾電波研究所長により弔辞が読まれ,電離層 観測衛星うめ2号による電離層世界分布図が霊前に供え られた。20年以上も前に自らも数少いデータから世界分 布図の作成を試みた同氏にとって,これ程嬉しいものは なかったに違いない。
 青野氏の数々の輝かしい功績に対し5月20日,勲四等 旭日小綬章が授与された。
 ここに謹んで故人の御冥福をお祈りする。


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