衛星を利用した海上移動通信


通信機器部

  はじめに
 大洋にある船舶との通信に,従来の短波,中短波によ る通信回線に代わり,安定かつ高品質の回線を提供する 衛星通信システムとして現在のMARISATと将来システ ムとしてのINMARSATがある。MARISATは,米国の コムサットを中心に設立された主として米海軍のために 使用される海事衛星組織で,1976年運用を開始している。 一方,INMARSATは,政府間海事協議機関(IMCO)が 計画した海事衛星組織で,1971年以来組織成立のための 種々の検討が重ねられ,1976年条約及び運用協定が採択 された。本年5月この条約に署名,批准する国々の当初 出資額が96.24%(13ヵ国)となり,その発効要件が満 たされたため,7月に正式に発足した。INMARSATは, MARISATが公称寿命に達する1981年に運用開始を予定 しており,その第一世代ではMARISATとほぼ同様のシ ステムでの運用,第二世代で多数の海岸局によるアクセ ス,高速データ伝送等のサービスが計画されている。
 一方,我が国においては,航空・海上技術衛星 (Aeronautical Maritime Engineering Satellite;AMES) 計画が検討されている。AMESは,運輸省における航空 管制通信等の実験を行う実験用航空衛星計画,郵政省の 小型船舶,航空機等との通信を行う海上通信技術衛星 (ACTS-MAR)計画,及び,宇宙開発事業団における, 将来のスピン型静止衛星標準バスの開発に向けての技術 蓄積を計るための衛星(ETS-A)計画を,科学技術庁 の調整作業のもとに一本化した衛星計画である。AMES は上記三機関と科学技術庁で発足させたAMES連絡会, AMES技術検討会において種々の検討がなされ,システ ムの構成,概略仕様が決定されている。
 当所では,この間,53年度においては,回線パラメー タの検討,搭載ミッション機器主要部の Bread Board Model(BBM)開発等を行い,54年度は,船舶地球局設 備の開発,模擬衛星装置の開発を行っており,両者を用 いた海上伝搬実験が55年度に予定されている。
 以下に,AMES計画に関する動向,及び,53,54年度 当所で行われた研究開発の状況について報告する。
  AMES計画の動向
 運輸省,郵政省及び宇宙開発事業団の三機関と科学技 術庁により,各衛星計画を一本化する調整作業が52年8 月に開始され,同年8月30日取りまとめ報告『航空・海 上技術衛星(AMES)の開発』が発行された。その報告 では,三衛星が一つの衛星として統合されたときの大略バ ス仕様,関係機関における開発分担が示されている(詳 細については本ニュースNo.21参照)。
 52年9月にはAMES技術検討会がAMES連絡会の下に 組織され,一本化のための技術面の検討を開始し,53年 8月『航空・海上技術衛星(AMES)の開発』の改訂版 がAMES連絡会から発行された。本改訂版では,AMES 開発の可能性,開発方針及び実験計画が示されている。
 一方,宇宙開発委員会は,『宇宙開発政策大綱』を53年 3月に決定し,その第2章『宇宙開発シリーズ』の『通信 の分野における宇宙開発活動』の中で『移動体通信技術 衛星シリーズ』の最初の衛星として我が国の宇宙開発の 中でのAMESの位置を明確に示している。
 その後,AMES連絡会,AMES技術検討会で更に詳細 な検討を童ね,現時点で表に示す諸元が決定されてい る(『航空・海上技術衛星(AMES)の開発』三訂版,54 年6月)。
 また打上げ時期は,55年度に開発研究に着手できると して60年度を目標としている。


表 AMES主要性能諸元

  衛星搭載用トランスポンダBBM
 当所では,53年度に衛星搭載用トランスポンダのBBM の開発を行った。開発されたBBMは,トランスポンダの 開発において先行的な検討が必要と考えられるLバンド 電力増幅器,中問周波帯域フィルタ及びスイッチマトリ ックスの各サブシステムから構成されている。また,開 発の目的はトランスポンダの基本設計,設計製作におけ る技術的問題点に関する検討,さらにEngineering Model (EM)開発時におけるハードとしての問題点及びその解 決法等の技術資料を得ることである。
 Lバンド電力増幅器のBBMは,1.5GHz帯において,国 産トランジスタを用いた固体化増幅器により大電力の出 力を得ることを第一の目標として開発された。本増幅器 の最終増幅段は,15WのC級増幅器を4台並列に接続す る構成とし,1.545GHzを中心とする30MHzの周波数帯 において17.3dBW以上(53.7W以上)の出力を得た。な お利得は57dB,電力効率は25%,入力VSWR1.2,出力 VSWR1.1以下である。このBBMの開発では,EMの開 発に必要な重量,構造,消費電力及び熱処理に対する目 安が得られたが,伝送特性として混変調雑音,高調波雑 音の発生が問題として残り,多数キャリア共通増幅に関 しては更に検討を要することが明らかとなった。
 中間周波帯域フィルタは,小型,軽量及び高安定度の 実現を目標として開発された。現在利用できるフィルタ のうち,周波数(140MHz帯)及び比帯域等の適用範囲 を考慮し,小型,軽量,高信頼度等の条件を満足するフ ィルタとして弾性表面波(Surface Acoustic Wave:SAW) フィルタがある。SAWフィルタは,弾性波を利用 するため,電磁波を使用するフィルタより小型,軽量で比 帯域も0.1〜10%の範囲で実現可能である。
 BBMでは,帯域幅が600kHz及び200kHzの2種のフィ ルタを製作した。フィルタの特性は,140MHzを中心周 波数とした3dB帯域幅が590kHz及び190kHzであり,帯 域内偏差は,前者の場合0.9dBp-p(fo±180kHz),後者は 0.6dBp-p(fo±50kHz),定損失は,前者は18.5dB,後者 は14.3dBであり,帯域外減衰量は両者とも35dB以上,入 出力VSWRは1.2以下である。このSAWフィルタは, STカットの水晶基板を使用し,電極構造は2トランス デューサ方式を採用しており,フィルタ本体の大きさは 8.5o×22.0oである。
 中間周波スイッチマトリックスは,複数の入力を任意 に分配,切替,合成して出力する機能を有するスイッチ であり,BBMではこれら機能の実現を確認することを 目標として,4入力4出力のスイッチマトリックスを試 作した。設計段階で,最適回路及び素子の選択が,消費 電力,動作速度,信頼性,形状等を規準として慎重に行 われ,分配及び切替はコレクタ接地トランジスタ回路, 合成はべース接地トランジスタ回路とした。
 本スイッチの電気特性は,帯域幅は30MHz以上(中心 周波数140MHz),経路差及び分配数による運過損失偏差 0.5dB以下,合成による通過損失偏差0.9dB以下,端子 間漏洩は分配時で-43dB以下,合成時で-46dB以下, 入出力VSWRは1.3以下,切替速度1μsec以内であり, -10dBm入力時における三次歪は-55dB以下である。ま た消費電力は最大1.85Wである。
 上記特性のうち通過損失偏差は回路の小型化,端子間 漏洩は実装方法により更に改善することが可能であり, EM開発では回路のハイブリッドIC化を予定している。
 以上AMES搭載用トランスポンダBBMの開発により, EM開発の指標が得られたが,高出力のLバンド電力増 幅器の直線化の検討がさらに必要であることが明らかと なり,現在鋭意検討中である。


衛星搭載用トランスポンダ BBM

  船舶地球用設備
 当所では,現在(54年度)小型船舶に設置可能な船舶 地球局設備の開発を行っている。
 衛星を利用した海上移動通信など移動体を対象とする 衛星回線では,回線パラメータを決定する上で移動局の 特性は重要である。特に,今回開発している船舶設備は 小型,軽量化を重点目標としている。このため,使用す るアンテナは小型となり,ビーム幅が広く,低利得とな り,その結果海面で反射される電波の影響により大きな フェージングが生じる可能性があり,回線として十分なフ ェージングマージンを取らねばならない。
 フェージング特性を測定するための電波伝搬実験は, 55年度に行うことを予定しており,船舶設備の開発と並行 して相手局となる模擬衛星装置の開発を進めている。
 船舶設備は,30トン程度の小型船舶でも使用できるよ う設計され,甲板上に設置される部分(アンテナ,アン テナ安定台,低雑音増幅器,高電力増幅器及びダイプレ クサで構成され,レドーム内に収容される)の小型,軽 量化を計り,設計値では直径64p,高さ67pのレドーム 内に収納でき,その重量は42sである。以下に設備の概 略について述べる。
 アンテナは,構造的には移動空間が小さいことが重要 であり,電気的には主ビーム幅が広くサイドローブレベ ルが低いこと,及び軸比が良いことが必要である。本設 備では14dB程度の利得が得られるアンテナとしてショー トバックファィアアンテナ,円形反射板上に2素子のリ ニアアレイを4個配列した4素子リニアアレイアンテナ, 及び海面反射波の影響を軽減させる理想的なビーム形状 であるセクタビームを得ることができるプレーナアレイ アンテナの計3種のアンテナを採用した。なおショート バックファィアアンテナでは,サブアンテナを用いた信 号合成法によるフェージング軽減を考慮している。
 次に,アンテナ安定台は,水平センサを用いた能動型 と重力を利用した受動型に大別できるが,本設備では安 定誤差,形状を考慮して能動型を採用した。安定台のマ ウント方式は,構造が単純で小型,軽量かつ信頼度の高 い2軸マウント方式を採用した。この2軸方式では,固 定軸方向でジンバルロックが発生する欠点があるため, その構造の利点及び衛星位置,使用海域を考慮してジン バルロックの発生する方向が異なる2種の小型安定台 (Az-Elマウント及びX-Yマウント)を試作している。
 今回試作する安定台では,駆動系の応答時間が50msec, 船体動揺補正角の軸回転角への変換演算時問が20msec 程度となる。したがって,30トン程度の小型船舶におけ る最悪値と考えられる周期4秒,振幅±30°の船体動揺に 対し,水平検出誤差を無視すると安定誤差は2.1°となる。
 その他,Lバンド低雑音増幅器としてGaAsFET使用 の増幅器を採用しており,周囲温度25℃で150K以下(雑 音指数1.8dB以下)の雑音温度が得られ,G/Tの改善に 寄与している。また,変復調器としては,FM及び 2相PSK(32kbps,4.8kbps,400bps)用と,低速データ (100bps)の伝送が可能なスペクトラム拡散変調器が用意され, アクセス制御部,チャネル制御部と共に船内に設置され る部分を構成している。なお,船内に設置される部分は, 電波伝搬等の実験に便利な構造を採用している。
 一方,電波伝搬及び信号伝送実験で,船舶設備と対向 する局として開発されている模擬衛星装置は, L/L(Lバンド対Lバンド)のトランスポンダを基本とする擬似 衛星部分と,回線制御部,変復調器等から成る擬似海岸 局部分で構成されている。なお,53年度のBBM開発で明 らかとなった衛星搭載用トランスポンダのLバンド電力増 幅器直線化の問題点を解決するため,擬似衛星部分の一 部を直線電力増幅器のBBMとして開発を進めている。
 55年度に予定している野外の電波伝搬実験では,アン テナビーム幅及び周波数(Lバンド,VHF帯)に対する 海面反射波の影響を,種々の海面状況(波高等)をパラ メータとして測定し,信号伝送特性に及ぼす影響を解析 すると共に,海面における電波の反射機構についての解 析を行う予定である。
  むすび
 当所では,研究テーマ『衛星を利用した海上移動通信』 のもとに,53年度は衛星搭載用トランスポンダBBMの開 発,54年度は小型の船舶地球局設備及び模擬衛星装置の 開発を進めており,海上移動衛星通信システムの基礎を 成す部分についての研究開発に関し,一応の成果が出つ つある。
 また,AMES全体計画に関しては,その詳細仕様が AMES連絡会及び技術検討会において検討が進められてお り,関係機関においても各分担部分の検討が行われている。
 特に,当所では,55年度衛星搭載用トランスポンダEM の開発に着手すべく,回路方式,重量,大きさ,消費電 力及び運用条件の検討等準備が進められており,その問 題点はソフトからハードヘと移行しつつある。本衛星 の実現により,小型移動局との安定,良質の通信回線確 保のための技術が確立されれば,海上,陸上を問わず,小 型移動局との衛星通信技術開発の第一歩として,その成 果は非常に大きなものとなる。宇宙開発政策大綱に示さ れたように,本衛星が移動体通信技術衛星シリーズの第 一番手として十分な成果を示す事を祈ってやまない。
 終りに,トランスポンダBBMの開発及び小型船舶用地 球局設備,模擬衛星装置の開発に御助力いただいた所内 外の方々に感謝すると共に,AMES実現に対する御理解 と御助力賜らんことを御願い致したい。

(海洋通信研究室主任研究官 森河 悠)




カナダ,トロント大学に滞在して


森  弘 隆

  はじめに
 科学技術庁の長期在外研究員として,昭和53年9月2 日から昭和54年9月1日までの1年間を,カナダ国トロ ント市で過ごす機会を得た。初めての外国生活であった ので,見聞する物すべてが物珍しく,戸惑うことばかり であった。ここでは,トロント市の様子や,大学生活 について,少しばかり記してみたいと思う。
  トロント市とトロント大学
 トロントは,米加国境にある五大湖の一つ,オンタリ オ潮の北岸の町で,人口230万人,カナダ最大の都市で ある。古くは,カナダ特産の毛皮の交易で栄え,一時は カナダの首都になったこともあるが,現在は,オンタリ オ州の州都である。オンタリオ州は起伏に乏しいが,大 小無数の湖や広大な森林が面積を占め,トロントから自 動車で2時間の所には,有名なナイヤガラ瀑布がある。 トロントは緯度44°Nにあるので,冬は気温が-20℃以下 になることもまれではなく,雪もしばしば降るが,幸い あまり積もることはない。春は5月初めに始まり,うっ とうしい梅雨もなく,7月には気温30℃を越える夏を迎 える。しかし,湿度は低いので,日本の夏よりはさわや かである。トロント近郊にはかえでの木が大変多いので, 秋の紅葉はまことに見事である。
 ここに生活する市民の人種構成は,移民の国カナダを 象徴するように,非常に雑多で,色々な顔つきの人々が 好みの民族衣裳で町を歩いている様は,大変興味深い。 黄色人種では中国系が圧倒的こ多く,市内には大規模な 中華街がある。日系カナダ人は,約6万人である。
 市のダウンタウンはオンタリオ湖に面しており,その 岸辺に,世界最高の自立式塔といわれるCNタワー(全 長552m)がそびえ,その付近に集中して建ち並ぶ超高 層建築群と共に,市の景観の中心を形作っている。市街 を南北に貫くユニバシティ通りを北へ行くと,豪壮な石 造りの州議会議事堂に突き当たる。オンタリオ州立トロン ト大学のキャンパスは主にその西側の領域を占有し, 200を越える新,旧様式の建物が建ち並んでいる。大学 は1851年に設立され,建国100年を迎えたばかりのカナ ダでは,歴史の古い大学である。ここに学ぶ学生数は, 約5万人である。私は,工学部電気工学科の飯塚啓吾教 授の研究室に,visiting scholarとして滞在することに なった。


トロント大学

  研究室での生活
 最近開発されているレーダ方式の中に,ホログラフィ の手法により,送信波と受信波との干渉パターン(ホロ グラム)を測定して,目標までの距離を求めるものがあ るが,飯塚研究室は,独特のマイクロ波ホログラフィッ クレーダと,ミニコンピュータによるリアルタイムデー タ処理系の開発研究を行っている。
 この研究室で数年来開発されてきたレーダは,HISS レーダ(2.9GHz,1W)と称し,合計64個の送,受信 アンテナを用いて,反射波のホログラムを作成するもの である。このレーダは既に完成し,実際にへリコプター に搭載して北極圏の氷の厚さを測ったり,実験室では, プラズマの密度測定に利用された。
 私が研究室を訪れた時は,次の段階として, SF(Step Frequency)レーダと称する新しいレーダの開発に着 手したところであった。このレーダの原理は,等周波数 間隔の32種類の電波(300〜800MHz,1W)を順次発射 して,反射波の位相測定を行うことにより,アンテナア レイと同じ効果を得ようとするもので,装置全体が小型 化できる利点がある。
 筆者は,大学院生と共にレーダ送受信機部の製作を受 持ち,既存のミニコンピュータとのインターフェイス回 路は,研究室付の技官が担当した。装置は5月末にほぼ 完成し,早速性能確認実験を行った。ミニコンピュータ によるデータ処理は大変能率的で,オッシロスコープに 表示された処理結果を見ながら,短時間に種々の実験条 件でのデータを得ることができた。さらに,コンピュー タ内のメモリーを使用して,アンテナ間のカップリング 信号や装置雑音などの不要な情報の消去,過去のデータ との比較などのプログラムを作り,土中に埋めた物体の 識別,微小な物体の検出実験などを行い,期待通りの結 果が得られた。
  おわりに
 カナダは資源の豊かな国で,人々は美しい自然の中で 生活を楽しんでいる。市民のモラルや文化程度も高く, 一度住んだら離れ難い魅力にあふれているが,他方,産 業はあまり振るわず,買物をすると輸入品ばかりが目に つく。しかし,カナダはまだ建国100年程の若い国であ る。今後の発展ぶりに興味が持たれる。
 大変有意義な一年間を過ごす機会を与えてくださった 科学技術庁はじめ関係機関各位に深く感謝する。

(衛星計測部第一衛星計測研究室 主任研究官)




米国海洋大気庁に滞在して


小 川 忠 彦

  はじめに
 昭和53年度科学技術庁宇宙開発関係長期在外研究員と して昨年10月2日から本年8月1日までの10か月間米国 コロラド州ボルダー市にある国立海洋大気庁 (National Oceanic and Atmospheric Administration;NOAA)所属 の環境科学研究所群(ERL)の一つである超高層物理研 究所(Aeronomy Laboratory)に滞在する機会を得たので, その間の研究内容や印象について述べる。
  研究内容
 安定な衛星〜地上間通信回線を確保するためには伝搬 途中の媒質の研究は不可欠である。伝搬に著しい影響を 及ぼすものとして対流圏と電離圏があり,主として前者 はミリ波,後者はVHF帯以下の電波に影響を与える。通 信容量の増大に伴ってGHz帯電波が使われ始めてから, 電離層に時々発生する電子密度不規則構造 (Irregularities)によって当初予想されなかったGHz波さえも乱さ れることが判明した。日本でも既にETS-U,CS,BS, 及びGMSなどの静止衛星で大きなシンチレーションを経 験している。シンチレーションに伴って受信レベル,電 波到来角,電波の位相などが変動し,衛星テレメータ・ ビーコン波の途絶,自動追尾アンテナの振動,ビット誤 り率の増加,航行衛星を利用したシステムの位置測定誤差 などが発生する。さらに,太陽発電衛星からの強い電波 ビームの揺れとか,衛星搭載レーダ画像の歪みなどが将 来問題となろう。これらをかんがみて,最近米国ではレ ーダ及び飛翔体を駆使してシンチレーション現象と Irregularitiesの解明に大きな力を入れ始めている。
 GHz帯電波が電離層で散乱されシンチレーションが発 生するには,数m〜数100m空間スケール長で,数10q 以上の厚さにわたって電子密度変動分が数10%に達する Irregularitiesが存在している必要があるが,今のとこ ろ,詳しいIregularitiesの発生機構は不明である。こ の方面のパイオニア的かつ第一級の研究者である超高層 物理研究所のDr.Balsleyは赤道E,F層のIrregularities の性質をペルーのヒカマルカの50MHzレーダを使 って以前から研究している。私は彼の指導と助言のもと に,レーダによるIrregularitiesの測定を通じてその発 生機構を探る研究を行った。すなわち,(1)レーダで見た E,F層のIrregularitiesの発達消滅過程及びシンチレー ションとの関係,(2)小さな空間スケールの不規則構造発 生の直接原因である非線形プラズマ波動論及び計算機シ ミュレーションによる実験,(3)磁気嵐時(昨年2月15日) のETS-K及びCSの大シンチレーションデータの解 析結果のまとめと論文作成,(4)オーロラレーダによる極 域E層Irregularitiesの測定データの解析と論文作成。
 詳しい内容についてここでは述べないが,(1)と(2)は論 文調査で(3)と(4)の項目のための準備とした。Dr.Balsley のグループは1976年末に南極サイプル基地にドップラー レーダを設置して約1年間にわたってオーロラ帯E層の Irregularitiesの観測を実施した。私は主担当者として 測定データを解析することになり(上記項目(4)),その結 果として,Irregularitiesの発生と地磁気活動度との 関係,ドップラ速度と電離層電場との関係,またレーダ がオーロラ電離層力学の研究に有用であることを明らか にした。
 滞在期間が短かかったので大変忙しく,研究も中途半 端であったが,その間いくつかの学会やシンポジウムに 出席して研究分野の最先端に触れることができた。
  ERLの様子と滞在印象
 ボルダーは人口約8万でロッキー山脈の東の裾野に位 置し,研究所と大学(コロラド大学)を中心とした美し い町である。商務省傘下の国立標準局(NBS)やNOAA の研究所群が市の南西部の広い地域に集まっている。 NOAAでは海洋や地表面から太陽面現象に至る人間の生活環 境に係わる全ての分野を研究している。私の滞在した超 高層物理研究所の研究目標は数年前まで電離層であった が,最近急速にその方向が下層大気に移り,電離圏-中 問圏-成層圏-対流圏の相互カップリングの解明が大目 標となっている。このために既に3台の大型レーダ (50MHz,数10kW〜1MW)を有しており下層大気の Wave Dynamicsに関する世界最先端のデータを取得しつつある。 私も新しいデータの評価について研究者が熱心に討論し ているのを幾度も聞いたことがあり,大いに刺激を受け た。現在中間圏の力学研究は端緒についたばかりである。 電離圏の研究にしても,より高高度の磁気圏と低高度の 中間圏との相互作用を無視できない。レーダはこれらの 研究に不可欠のものであるが日本が未だ大型レーダを有 していないのは寂しい限りである。研究スタッフは40名 ほどで,その内10名が理論家である。実験家と理論家が お互いの成果をフィードバックし合い理想的な研究環境 を形成している。このような密接な協力は膨大な取得デ ータをどのように整理して新事実を発見していくか考え る際重要なことであろう。また研究を支える技術者スタ ッフが充実しており日本の研究体制との違いを感じた。
 宇宙開発研究分野で日本と米国は10年のギャップがあ ると言われている。ギャップを埋め研究体制や進め方の 違いを理解し,日本独自の方向を定めていくには両国間 の相互交流が必要である。ともすれば一方向であった交 流関係が改善され,より多くの外国研究者が短期長期に 拘わらず日本に滞在しコミュニケーションを持つことが 切望される。
  おわりに
 長期滞在の機会を与えて下さった科学技術庁,郵政省と 電波研究所の関係各位に厚くお礼申し上げる。

(衛星計測部第二衛星計測研究室 主任研究官)


短   信


第5回日本・ESA行政官会議の開催

 標記の会議が10月15日から3日間,日本から科学技術 庁神津信男審議官を団長に総勢10名, European Space Agency(ESA)からESA長官R.Gibson氏を団長に総勢 13名が出席し,パリで開催された。
 本会議は昭和47年12月12日に日本とESRO(ESAの前 身)との間で取り交わされた書簡に基づき,宇宙開発に 関し双方に関心のある一般的問題及び特定分野の協力に 関し協議するため,原則として毎年開かれるものである。
 今回は協力可能な分野として,(1)通信,(2)地球観測, (3)科学,(4)追跡局の相互利用,(5)スペースラブの利用, の5項目が取り上げられ,おのおのの作業部会(WG)で 協力の形態について討議された。特に通信の分野では, 郵政省から田中真三郎無線通信部長が出席,日本とESA とは,電話,データ伝送,テレビジョン,航空・海上通 信への衛星の利用について,類似の状況と共通の関心を 有するとの認識に立ち,今後ともこれらの分野での情報 交換を継続することで合意した。
 なお,3日間の会議後,日本代表団はESAの諸施設及 びアリアン・ロケット,スペース・ラブ関連の工場等 を見学した。



一般的問題を「取り扱う世界無線通信主官庁会議(WARC-79)の開催

 WARC-79はスイスのジュネーブにおいて,9月24日 から11月30日までの10週間国際電気通信連合(ITU)の 主催により開催されている。我が国からは平野正雄電波 監理局長を団長として総勢50名の代表団が派遣された。
 会議の主な目的は,電波の使用に関する技術的かつ細 部の規定を定める無線通信規則及び追加無線通信規則を 全般的に見直し改正することにある。
 今回の会議は1959年の会議以来20年ぶりに開催される が,その間における宇宙通信をはじめとする各種電波技 術の発達は目ざましいものがあり,しかも,国際的な電 波利用の実状も大きな変化を示している。特に,我が国 は170万局を越える無線局を有する世界有数の電波利用 国であり,会議の結果によっては電波利用に影響を受け ることも考えられる。このため,我が国からは,このよ うな立場を反映するため,五百数十件におよぶ提案をし ている。
 日本提案の骨子は,40GHz以下では将来の衛星開発計 画に使用する周波数,標準周波数に4MHzシリーズの新 設等,周波数需要の拡大が必要な業務に対して,分配の拡 大を図っている。しかし,技術的に周波数共用が可能な 業務については共用分配を採用することにしている。 40GHz以上では,分配表に最大限の柔軟性を与えるため, 各種宇宙業務間の共用分配,地上業務と宇宙業務の共用 分配を行っている。また,275〜400GHzの周波数帯につ いては,将来高い周波数領域の開発を促進するため,宇 宙研究及び地球探査衛星の受動センサー用として分配す ることを提案している。
 そのほか注目すべきこととして,我が国は電波の定義 の上限を現行の3000GHzから,レーザ等の効率的な通用 を促進するため,3000THzに拡大することを提案してい る。



第57回研究発表会

 11月7日,当所講堂において第57回研究発表会が開催 され,外部から139名の来聴者を迎え,午前3件,午後 4件の発表(プログラムは本ニュースNo.42に掲載)が行 われた。特にスペクトラム拡散技術を用いた地上通信方 式については大きな関心が寄せられ,また実験用中容量 静止通信衛星(さくら)並びに実験用中型放送衛星(ゆ り)の実験報告では,活発な討論が行われた。



大運動会

 10月21日(日)9時30分から本所の第3回大運動会が サレジオ学園グランドにおいて行われた。今回は初めて の試みとして日曜日の開催,家族参加ということで,一 時はどれだけ集まるだろうかと危ぶむ声もあった。折し も台風の襲来もあって心配したが,台風も去りこれらの 危ぐは一掃され,雲一つない澄みきった秋空のもとで職 員183名家族95名という多数が参加して盛大に開催され た。
 種目も職員,家族,子供それぞれのレースに熱戦が見 られ,各部対抗では2連覇を目指す会計課に対し,それ を阻止しようとする各部課の健闘が繰り広げられた。午 前中は庶務課の健闘が目ざましく,会計課危うしの声が聞 かれる程であった。各部の順位争いも障害物競争,ドリ ブルボーリングリレー等でしのぎを削る熱戦がみられ午 後からは2連覇に燃える会計課の奮起が目ざましく最後 を飾る各部対抗リレーでは圧倒的な強さで2連覇の快挙 を成し遂げ幕を閉じた。事故もなく極めて盛り上がった 運動会であった。


騎馬戦



ハーツ氏来訪

 当所では,かねてからカナダ国通信省通信研究センタ (CRC)との間で衛星による電離層観測等の国際協力を 実施してきており,当所はカナダ国のISIS衛星からのデ ータを,またCRCでは我が国のISS-b衛星(うめ2号) からのデータを取得し,それらを互いに交換しあって研究 を行ってきた。この度,CRCの電波とレーダ研究部門の 次長であり同時にISISワーキング・グループの議長であ るハーツ博士(Dr. T. R. Hartz)が予め定めた取りき めに従って来所し,当所において10月25日,26日の両日 にわたり日加ISS-b/ISIS作業班会議を開催した。25日 にはNASDAの関係者の参加を得て,三機関によって, ISS-bの運用及び今までに得られた成果の発表が行われ, 26日には国立極地研究所の関係者の参加を得て三機関に よって,鹿島と南極昭和基地におけるISISの運用及び成 果概要の発表が行われた。両日ともなごやかな中にも熱 心な討論が交され,実り多い会議となった。