EMCの現状について


調査部

 はじめに
 科学技術の進展による恩恵は,我々の社会生活に多く の便利さや豊かさを与えてくれる一方,今まで保持され ていたバランスをくずし,種々の歪みをもたらすことが ある。これは新規なものと既存のものとの整合,調和が とれていないことに基因する。このような状況は,従来 にも程度の差はあれ存在し,今に始まったことではない が,特に近年における科学技術の目覚ましい進歩とこれ らを利用したシステムや機器の多様化,高密度な使用に より顕著になってきた。
 電波技術の面においても,その急速な進歩,発展と応 用範囲の飛躍的な拡大により従来の無線通信の手段とし ての利用のみならず,リモートセンシングなどのような 計測面に,更に太陽発電衛星計画などに見られるエネル ギー伝送の手段としても考えられている情勢である。ま た,一般の杜会生活の上でも電気・電波利用システムや 機器が多方面に普及しており,それから発生する電磁エ ネルギーによる電磁環境の悪化は,大気・水質汚染,騒 音公害などと同様な環境・公害問題としての性格を持っ ている。また,ある電波利用システムが電磁環境汚染源 となると同時に汚染による被害者にもなる可能性もある という面があり複雑である。更に,その影響は利用シス テムや機器間のみならず生体・生態系への波及も問題視 されてきている。
 そこで,このような種々の目的をもった電磁エネルギ ーによる環境問題や社会生活との相互関係ならびに電磁 現象を利用した新しいシステムと既存のものとの調和を はかることが重要な工学的課題としてEMC (Electromagnetic Compatibility)という言葉でとり上げられ, 米国では約20年前から各分野について研究調査が今日ま で続けられれている。我が国でも近年これを「環境電磁 工学」と名づけ研究促進をはかる気運が出てきており, 今後の発展が期待されている。以下は,このEMCの現 状についての概要であるが,何分にも新しい分野であ り,取り扱う範囲も広いので十分な解説は困難であるが 御参考に供したい。
 EMCの定義
 最初にEMCという用語が使用された契機は明確では ないが,約20年前米国の陸,海,空の三軍がレーダ基地 を新設する際に相互の妨害をさけるためEMC解析セン ター(ECAC)を設け短期間にその可否を検討し決定 したことに始まると伝えられている。
 現在まで関連機関などから数種の定義が発表されてい るが,その二,三を挙げると次の如くである。
 国際電気標準会議(IEC)では「希望信号に含まれ る情報を損うことなく,信号および妨害(interference) が共存しうる能力」としており,米国の軍規格によれば 「妨害による悪影響を受けずに,設計されたレベルまた は効率で意図した動作環境において,指定された余裕度 でもって動作する電子機器またはシステムの能力」とし ている。一方,我が国の電子通信学会の環境電磁工学専 門委員会では「電磁エネルギー利用の発達に伴い変化し てきた地球および天体の電磁的周囲環境の把握とその予 測,更に調和のとれた環境とするための制御方法,電気 装置のあり方を追求し,電磁環境の調和と電磁エネルギ ーの有効利用に資する工学,理学,医学,経済学,社会 学等の多方面にわたる学際的研究の基礎学問分野」とか なり広義な提案となっている。
 このように,各機関の目的,立場の相違により着目 点,概念などが相互に多少異なっており,このため互い の理解を困難とし混乱を生ずる場合もあるのでその統一 が望まれている。一般的なEMCの概念としては,科学 技術の進歩によって生ずる電磁現象に関する種々のアン バランス,新しい事態に対して考え得る総ての知識と創 意と技術を駆使して各種のシステム・機器相互間の両立 性および好ましい社会生活全体との適合性を,総合的か つ合理的に実現させる科学的手法を見出すことを目的と したものと理解して良いであろう。
 EMCの研究分野
 定義,概念からも推察されるようにEMCの研究分野 は,多岐にわたりまた相互の関連もあるので系統的に分 類,整理することは困難であるが以下に列記して述べ る。
 電波雑音に関する研究,調査は,我が国でも古くから 行われておりそれぞれの成果が得られている。最近では 各種の雑音源の統計的性質の把握,数学的モデルの確立 およびシステム・機器に対する妨害度の評価に資するた め,振幅確率分布(APD),雑音振幅分布(NAD) などのパラメータによる測定・解析が活発であり,当研 究所でも実施している(本ニュースNo.28参照)。送電線, 自動車および各種工業用機器などによる雑音の一部につ いては,発生強度の実験式も求められているが発生と放 射機構,伝搬特性などまだ解明されていない点が多く, 実験面と共に理論的裏づけが望まれている。また,社会 活動と密接な関係にある都市雑音については,発生源, レベル,特性などは経年変化しており,その把握方法(測 定手法,統計的処理方法など)の研究と共により高域周 波数帯での測定が必要となろう。自然雑音では,主とし て雷による空電が対象とされ発生機構,発生源の定位, 伝搬特性ならびに衛星による世界的分布の測定が行われ ているほか,磁気圏におけるELF,VLF雑音の測 定,電力線からの高調波ふく射と磁気圏との結合のよう な新領域の研究も行われている。
 我が国ではあまり関心が払われていないが,NEMP (Nuclear Electromagnetic Pulse)の問題がある。これ は,例えば上空100qで1メガトン級の核爆発が発生 した場合,X線励起によるコンプトン効果により500ナ ノ秒程度の短い高エネルギー(地表上で約5×10^4 V/m) の電磁パルスが発生し,10^6 q^2位の広範囲にわたり影 響を受け,電子計算機などの電子機器は損傷又は破壊さ れる可能性を指摘されており,各国が隣接している欧州 では真剣に取り上げられているようである。
 電磁妨害(EMI)の予測,解析もEMC制御の観点 から以前から研究が進められ,米国国防総省のECAC などでは既に一応そのモデルも確立され実用しているよ うである。このためには,対象とするシステム・機器の送 受信特性や使用アンテナ特性などについての運用周波数 帯およびそれ以外の帯域も含めた統計的データが必要で あるが,我が国ではこの種の調査データが皆無に近い。 また,妨害の伝達経路も,ふく射,誘導および伝導によ るものがあり複雑であるが,モデル確立のためには上記 のデータの調査研究を推進する必要がある。このEMI モデルによる予測,解析の結果は,現実の妨害,干渉の 調整や除去のみでなく,将来の周波数割当およびスペク トル利用政策にも利用できる。
 EMCを考慮したシステム・機器の設計,製造の点か らは,不要スペクトラムの発射防止,妨害排除能力 (immunity)の評価と試験の方法・装置の確立が必要であ り,その抑止,制御技術としては,シールド,フィルタ ー,接地とボンディングなどの研究があげられる。この うち,妨害排除能力は装置の新しい設計パラメータとし て近年提案されたもので,国際無線障害特別委員会 (CISPR)でも研究問題となりている。その測定法とし て現在までに提案されているものは,アンテナから妨害 波を放射しその電磁界内に被試験機器を置くもの, TEMセルと称する大口径の矩形断面の同軸線路にTEMモ ードの電磁界をつくるかストリップラインを用いて閉回 路の中に電磁界を発生させる方法ならびに被試験機器の 各端子に直接妨害波電圧又は電流を印加する方法があ る。それぞれ一長一短があってこれらによる測定結果の 比較検討が行われている段階である。
 電磁環境の本質を表現できる数学的モデルの研究も将 来予測の上で必要である。この電磁環境モデルは,個々 の不要電磁界発生モデル,放出された不要電磁エネルギ ーの伝搬モデル,空間的・時間的に分布している発生源 とそれらによる電磁環境の形成過程を統計的に記述する 統計モデル等から構成される。このモデルから得られた 結果は,実際の電磁環境の測定結果との比較検討に基づ きモデルの改善を行うと共に,測定すべきパラメータの 選定に用いられる。この過程により精密なモデルが構成 されて電磁環境の生成と各パラメータの依存性が明確と なり,将来の電磁環境の予測が可能となるので,その電 磁環境モデルの実現が求められている。
 電磁環境が生体に及ぼす影響は,その効果が直接的で あるためその研究は重要であり大きなテーマとなってい る。効果としては,熱的なものと非熱的なものに大別さ れ,前者の研究成果の評価については大きな異論はなく これに基づいた人体に対する照射許容基準を米国などで は決めている。例えば,米国国家規格(ANSI)の基 準では,いずれの6分間平均の連続照射レベルは10mW/ p^2以下となっている。しかし後者については,低レベ ルでも長期にわたる照射により造血機能,中枢神経系な どに影響を及ぼすとの共産圏諸国からの指摘もあり,こ れら諸国での許容基準レベルは米国のものより2〜3桁 低く,見解の相違がみられる。動物実験の結果から人体 への置換適用,計測上などの難点もあるので,現在のX 線,γ線等の放射線基準が固まった過程と同様な過程を 経るかも知れないが,人体安全の立場から合理的な統一 された照射基準がなるべく早く決められることが望まし い。一方,医学方面からは電磁波照射を癌などの治療や 薬剤効果の局所的増大ならびに疾患部位の定位に積極的 に利用しようとする研究も行われている。
 関連の国際機関,学会など
 EMCに関する問題を扱っている内外の主なものは, 次の通りでそれぞれの立場で活動を行っている。
 国際無線通信諮問委員会(CCIR)では,1978年の 京都総会でSG1の所掌事項にEMCも追加すべきであ るとの提案があり結論は持ち越しとなったが実質的には 以前から取り扱われている。研究問題としては,スペク トラム利用効率と有効性,周波数共用のための技術基準, 受信機システムのモデル化,発射電波の特性と測定,電 波雑音,RFふく射の安全面などを対象としている。
 国際無線障害特別委員会(CISPR)は,電気に関 する国際規格の統一と協調を目的としたIECの特別委 員会として,1934年に設立され,放送,無線通信を保護 し国際貿易を促進するために,電波雑音に関する国際規 格として具体的にその測定法,許容限度値を定めてい る。現在,測定器,高周波利用設備,電力線,内燃機関, 受信機,家庭用電気機器の六つの分科会が設けられてお り,取り扱う内容,機器および周波数範囲なども拡大し てきている。なお,次回のCISPR会議は,本年7月 東京で開催されることになっている。
 IECの下部機構として現在1から80までの専門委員 会(TC)があり,1973年にTC-77〔電気機器(ネッ トワークを含む)間・EMC〕が設置され,家庭用電気 機器などにより電力線に生ずる高調波,電源電圧の過渡 変動などについて研究されているが,さらに航空機,自 動車,工業用機器などのEMCについても進めていく動 きもある。TC-77は表題にEMCを取り上げている関 係上,関連する他のTCおよびCISPRとの調整が必 要となり,このための検討委員会を設けて分担調整が行 われ,TC-77は主に10kHz以下をCISPRはそれ以 上の周波数範囲を対象としている。
 電波に関する学術的研究を継続して行ってきている国 際電波科学連合(URSI)は,現在,分科A〜Jの9 分科で構成されている。このうちE分科が,自然及び人 工雑音の発生源,複合雑音の環境,システム機能への雑 音の影響,スペクトル利用の科学的見地を担当してい る。総会は3年毎に開催されるが,1978年のヘルシンキ 総会では公開シンポジウムで電波の生体への影響がテー マとして取り上げられ数多くの発表があった。
 学会関係では,IEEE(米国の電気電子学会)の G-RFI(Radio Frequency Interferenceグループ)が 最も古く1958年に発足し,妨害関係を主として扱ってい たが1964年にG-EMCと改名した。その会報は1950年 5月に創刊されて以来,今日までその内容の豊富さを誇 り有力な情報源となっている。また,EMCシンポジウ ムの開催,各種の規格,基準の作成など精力的な活動を 続けている。我が国でも,数年前からEMCへの関心が 高まり1977年に電気学会および電子通信学会に環境電磁 工学研究専門委員会が設置されEMC問題の解決に寄与 するため活動が開始されている。
 上記のIEEEのシンポジウムとは別個に,欧州では 自由諸国側と共産圏側で隔年ごとにそれぞれEMCシン ポジウムを開催しており,欧米各国における研究活動の 活発さを示している。
  おわりに
 EMCの現状について極くそのあらましを述べたが, EMCは学問体系としてまだ十分に確立されたものでな く,また,電気,電波工学のみでなく他の領域の知識も 必要とする学際的研究であり一般の認識も低い。しかし ながら,今後とも電気,電波の利用増大に伴なって生ず る電磁環境は,現状のまま放置すれば社会システムやわ れわれの生活に大きな影響をもたらすことも予想され る。これに対処するためには,まず現在の電磁環境の 実態を的確に把握し,そして将来を含めた適正な調和のと れた環境を維持する必要がある。このためには,関連分 野の研究者が積極的に参加,協力して,この新しい学問 分野が育成され発展することを期待する。

(電波技術研究室長 村上 昭)




カナダ再訪の記


猪 股 英 行

 昭和51〜52年に科学技術庁長期在外研究員としてトロ ント市郊外のヨーク大学CRESS (Center for Reseafch in Experimental Space Science)に滞在し,大気汚染ガ ス検出用レーザ・レーダ・システムの開発研究に着手し た。このとき,SO2を差分吸収方式で測定するために必 要な紫外域2波長同時発振色素レーザの製作等を行った (本ニュースNo.23で報告)。前回は時間不足のために室 内基礎実験までしかできなかったので,今回はシステム として組み立てて野外実験を行おうということになり, 昨年の8月から3か月間,思い出多きヨークキャンパス 再訪が実現した。
 前回の報告には,カナダでは国土が広く,且つ人口密 度が小さいことから大気汚染が社会問題になったことは 殆ど無いようであると書いたが,ここ二,三年で事情は 一変し,日本でも数年前に新聞紙上を賑わした酸性降雨 が,大小無数にある湖や沼の水を汚染し,それを飲料あ るいはそこで育つ魚類等を食料としている人々ヘの被害 という形でクローズアップされていた。すなわち,その 主因である大気中のSO2濃度を効率良くモニタできるシ ステムの開発は研究費が取りやすい状況になっている。 今回の野外実験でフィージビリティ・スタディを終え, 実用装置開発の予算獲得に備えようというのがカースウ ェル教授がお金を出して私を招いてくれた意図と受け取 りた。
 さて,その意図に応えるべく,野外実験専用車に搭載 されたルビーレザー・レーダ装置の架台に,先の色素レ ーザ(ルビーレーザの第2高調波で励起することにより 動作する)を固定する作業からスタートした。折りから 大学は夏休みのシーズンで力仕事に手を貸してもらうこ ともままならなかったり,色素レーザの発振波長や出力 の調整に入ってからは出力を欲張るあまり励起光を集中 しすぎて色素セルの窓を損傷させたり,2本の発振線を SO2の吸収スペクトルの山と谷と合ったかどうかを正確 にチェックしたいばかりにルビーレーザの繰り返しを上 げすぎて電源をダウンさせてしまったりした。このよう なよくあるトラブルともつきあっているうちに早くも10 月半ばになっていた。
 いよいよ,ビームの重なりなどを良く調整した所要2 波長のレーザを野外に打ち出した。その光路上に既知濃 度のSO2を入れたセルを置いて適当な建物の壁などから の後方散乱光を受信し,2波長での減衰率の比から本装 置による測定値を求める段階になった。様々な既知濃度 のSO2について測定を繰り返すことにより本装置の測定 精度,最低検出濃度等が明らかになってフィナーレとな るのであるが御多聞にもれず野外でそのようなことをや りたいときは天気が悪い。車内はエアコンが効いて快調 であるが測定を行うべく扉を開け放すと10月末のカナダ の寒気がどっと侵入してきて心臓部である色素レーザの デリケートなアラインメントを狂わせる。
 そのようなわけで長時間の安定性を云々するに足るデ ータ量は得られなかりたが,幾つかの濃度のSO2につい ての測定から,本装置による最低検出濃度は約100ppm・ m,即ち1qの光路におけるSO2の平均濃度を約0.1ppm まで測定できることが明らかになった。今後,本装置の 性能向上のためには車に紫外光を通す窓を設けることな どが必要である。


専用車に搭載されたレーザレーダ

 今回のカナダ滞在中に見学したことの中からレーザ応 用の関係をあげてみると,電流変調をかけたダイオード レーザとその変調周波数の2倍又は3倍で受信するため のロックインアンプを用いた微量ガス検出法(マクマス ター大学),水の透過率が高いYAGレーザの第2高調波 を用いた航空機搭載用水深測定装置(CCRS),N2レー ザを照射することによって得られる螢光スペクトル分析 からオイルの種類を判定するFluorosensor(CCRS),色 素レーザの第2高調波で励起したときの螢光強度から大 気中のOH基の濃度を求めるバルーン搭載装置(NASA) 等があり,いずれも極わめて若い人が中心になって研究 を進めているのが印象的であった。
 53年の後半を当所で過ごされたカナダ通信省のロスコ ー氏をオタワのお宅に訪ね,御家族の盛大なもてなしを 電波研の皆さんに代わって受けさせてもらった。緑豊か な8月初旬から小雪の舞い始めた10月末まで非常に密度 の濃い3か月を経験することができたことを,御配慮下 さいました関係者各位に厚く御礼申し上げます。

(衛星計測部 第一衛星計測研究室 主任研究官)




NASA(米国航空宇宙局)に滞在して


有 賀   規

  はじめに
 米国学術会議の選考を受け,米国航空宇宙局ゴダード 宇宙飛行センタ(NASA Goddard Space Flight Center) の研究員として1978年1月より本年1月迄2年間研究生 活を送る機会を得たので概要を報告する。
  ゴダード宇宙飛行センタ
 米国の首都ワシントン市の郊外にあるこの機関はNA SAの機関の中でも最も大きい研究所である。ゴダート という呼名は米国で最初にロケットを研究開発したゴダ ード博士の名に由来している。ワシントン市の周囲を半 径約20qの首都圏環状道路が走っているが,ワシント ンの北東部,環状道路の外側約1qの所にこの研究所は 位置し,グリーンベルト市に属している。この一帯は森 と広大な芝地になっておりまさにグリーンベルトという 感じである。正規の職員が4000名余,諸会社から契約で常 時滞在しているいわゆるコントラクタが約2500名,計約 6500名の人員から構成されている大世帯である。NAS Aにはいくつものセンタが国内各地に有り,例えばフロ リダのケネディー宇宙センタはロケット打上げ,ヒュー ストンのジョンソン宇宙センタは管制というように各セ ンタ特有の仕事内容を持っている。ゴダード・スペース フライト・センタは人工衛星の打上げ計画,打上げられ られた衛星の総合的コントロール,データの集積,管理, 更にデータ解析による自然科学,航空宇宙学の研究とい うようにNASAの研究機関の中枢的な役割を果たして いる。研究者の数が最も多いのも特徴であるが,多数の 人工衛星(日本,ヨーロッパのも含む)を昼夜監視し, コントロールしている“マルチサテライトオペレーショ ンセンタ”,総ての人工衛星のデータを一か所に集めて いる“中央データセンタ”等の施設を有しているのも特 徴である。このセンタの機構は図に示したように七つの ディレクトレイト(局に相当)から成っている。ディレ クトレイトの下にはディビジョン(部),この下にブラン チ(研究室・課)と特別プロジェクトがある。研究部門 のブランチの人員は10〜20名で,更に会社のコントラク タも入って20〜30名の構成となり,電波研究所の部に相 当する位の規模となっている。筆者は応用 科学局大気科学部超高層研究室の一員とな った。昨年の夏に機構改革があり,この研 究室は科学局惑星大気部成層圏研究室に吸 収合併された。尚惑星大気部は科学局から 応用科学局へ移った。機構改革は頻繁に行 われている。科学局は太陽観測研究をはじ め火星,金星,木星等へ人工衛星を飛ばし て観測する等,宇宙の研究を主として行っ ており基礎科学の研究と言える。これに対 し応用科学局は一口に言って地球のリモー トセンシングを主として行っており,静止 衛星や周回衛星により気象学・大気物理学 的研究や,ランドサット等による地球表面 の観測研究を行っている。電波研究所の衛 星計測部の一研究室で担当しているよう な事を局全体で行っており,その規模の大きさには筆者 も最初は驚愕した事を思い出す。工学局は衛星の製作, 試験,及びロケット・気球観測,更に宇宙工学・通信工 学技術の研究開発を行っている。規模の大きさは別とし て特徴的なことは,NASAは衛星の開発者であり同時 に利用者であることである。従ってデータの信頼度,精 度にも非常に神経を使っている。また,仕事が非常に機 能的に行われており,各専門分野に効率良く分けられて いる。衛星観測方法の提案,衛星の設計,製作,試験, 打上げ,データの取得,管理,データの解析,結論等は 一般にこれらの総てが異なった各々専門の局,部,研究 室(課)で行われている。一部門で多種の仕事を担当して いる日本の現状とはかなり開きがあることを痛感した。


図 ゴダード宇宙飛行センタ機構(抜粋)

  NASAでの研究
 最近流行のリモートセンシングは電磁波の有効利用の 典型である。電波領域から赤外,可視,紫外の光波領域 に至る電磁波を利用して地球環境を人工衛星から観測す る方法は最近著しく進歩している。筆者の研究は光波領 域に属し,太陽紫外線の地球大気からの反射(散乱)光 を衛星で観測したデータを基に,オゾン層の垂直分布を 地球全域にわたって求めることであった。オゾン分子は 波長0.25μm(紫外)に中心を持つ吸収力スペクトルを有 しており,吸収の小さい波長の光はオゾン層に深く浸入 して下層から反射されるが,吸収の大きい波長の太陽光 はオゾンにより,多く吸収されるため,大気中深く入り込 めずオゾン層上方で反射される。従って多チャンネルの 波長帯で反射光を観測して,数学的に積分方程式を解い てやるとオゾンの垂直分布が求まるという原理である。 オゾン層は太陽の強力な紫外線を遮断して地球上の生物 を保護すると同時に,地球大気の温度を制御する上で重 要な役割を果たしている。地球大気は太陽の可視,紫外 線を吸収して熱せられる一方赤外線を宇宙間へ放射して 冷却されているが,この吸収と冷却の平衡がとれている ため地球大気は現在の温度に保たれている。最近SST (超音速旅客機)や人工の種々のガスのため,オゾン層 が破壊され,地球上の生物が危険になる可能性が指摘さ れており,米国をはじめ世界ではオゾン層の観測が盛ん に行わている。筆者は1976年に上述のオゾン層観測に関 する新しい方法を提案したが,この方法を実際に衛星の データを利用して実用化することがNASA及び筆者の 希望であった。幸い種々の試験を行い,この方法によっ て求めたオゾンの垂直分布とロケット観測によるものと が非常に良く一致することが証明された。ロケットでは 発射点上空の瞬時の状態しか観測でききないが,衛星で は地球全体の分布とその時間変化が観測できる。現在 NASAでは筆者の方法によるNIMBUS衛星のデータ 解析が筆者の帰国後も進められており,1970年以降のオ ゾン層世界分布が近い将来明らかになるであろう。
  ワシントン近郊雑感
 ワシントンからボストンにかけての東部はアメリカで 最も人口密度の高い所であるが,四季が明瞭で降水量も 多く日本の気候に良く似ている。飛行機で西の太平洋岸 から東の大西洋岸に向かって行く時,広大な穀倉地帯の 中部からアパラチアン山脈を越えて東部に入ると急に緑 が多くなって森が多いのが印象的である。落葉樹が多い ので冬の景色は単調であるが,春から秋にかげては緑一 色という感じで,我々外国人はもちろんアメリカ人でも ワシントンを訪れて木が多いのに驚くという。森の都と いわれるワシントンは市内全体が公園のようで,整然と 立ち並ぶ壮麗な建物(高層ビルは存在しない)と木々や 芝地との調和が何ともすばらしく,威厳と豪華さは我々 に強い印象を与える。市の中心部から国会議事堂の脇を 通ってNASAゴダードの方へ向かって車で15分も走れ ば森と広大な芝地の続く郊外に出てしまう。東京では想 像だにできないことである。アメリカ人は陽気で率直 で,我々英語の良く話せない日本人には親切である。家 族(特に女房)は日本語の通じる日本にやっと帰れて喜 んでいるが,私はワシントン近郊が非常に懐しく思えて ならない。


筆者が滞在した大気科学部

  むすび
 NASAはスペースシャトル計画が予定より大幅に遅 れており,アポロ時代に比べて予算的にも厳しく,現在 は苦難な時期のようである。研究者はスペースシャトル が成功すれば再びバラ色の時代が来ることを期待しなが ら現在を堪え忍んでいるように感じられた。大幅な機構 改革が叛繁に行われており,電波研究所の部くらいの 規模のものが無くなったり,新しいプロジェクトが出来た りするのは極く当り前で,人事面でも日本の官庁と異な って思い切った刷新が行われている。先頃もゴダードの センタ長には40数歳の行政官が抜擢された。最も感銘を 受けたことは,合理主義で例えば予算が90%に削減され た場合各プロジェクトで90%づつ分け合うのが日本流で あるが,NASAではプロジェクトを90%に削減し,残 されたプロジェクトに支障をきたさない方式を採ってい る。筆者はリモートセンシングの部門に居たが,NASA では光波領域の研究が非常に大きなウェイトを占めて おり,帰国した今リモートセンシングで電波研究所は余 りにも電波に縛られているという感がしてならない。宇 宙開発で日本が米国に少しでも追いつくためには,将来 設置法,電波法等における「電波」が「電磁波」に改め られ新周波数帯の開発が促進されねばならないだろう。 もちろん郵政省電波研究所は「郵政省電磁波研究所」 に。
 最後に,今回の米国出張に際しお世話になった関係者 の方々に深く感謝の意を表します。

(通信機器部 物性応用研究室 研究官)




非エネルギー分野における日米科学技術協力
第2回会議およびNASAへ出張して


所長 田尾 一彦

 1980年2月12日及び13日の両日,米国ワシントン市に ある国務省並びにNASA本部において非エネルギー分 野における日米科学技術協力に関する第2回会議が開催 され,郵政省代表として出席した。本会議並びに宇宙分 野の分科会での審議に参加し,さらにNASA幹部と VOIR計画に関し意見の交換を行ってきたのでこれらに ついて報告する。
 非エネルギー分野における日米科学技術協力の第1回 会議は1979年9月,東京において開催された(電波研究 所ニュース第43号)。その際米国側から宇宙,基礎研究, 環境保護,保健,農業等の非エネルギー分野における 24の研究項目について共同研究の提案がなされ,第2回 会議において詳細な協力関係を討議することになってい た。今回の会議の両国代表団の主なメンバーは次の通り であった。

   日 本 側
菊地外務省外務審議官(首席代表)
山野科学技術庁審議官
田尾郵政省電波研究所長
柴田文部省科学官(京大教授)
藤本通産省工技院審議官
小田文部省科学官(東大教授)
堀部東大海洋研究所長
都甲参事官(在米日本大使館)
斉藤文部省学術国際局研究機関課長
松田資源エネルギー庁公益事業部技術課長
佐々木科学技術庁研究調整局宇宙企画課長
大門文部省学術国際局研究助成課長
西部農林水産技術会議事務局研究管理官
目黒厚生省公衆衛生局精神衛生課長
栗原参事官(在米日本大使館)
内藤通産省通商政策局米州大洋州課長
林科学技術庁振興局国際裸長
国安外務省国連局科学課長他在米大使館員を含めて総勢34名

   米 国 側
プレス大統領科学技術顧問(首席代表)
フロシュ航空宇宙局長官
ピメンテル国立科学財団副長官
ピカリング国務省海洋国際環境科学次官補
ゲイジ環境保護庁研究開発局次長
マッチ航空宇宙局宇宙科学局長補
バートランド農務省科学教育局長
ヒューバーマン国家安全保障,国際,宇宙問題担当局長補
ペウイットエネルギー省エネルギー研究局長補
テレル国務省海洋国際環境科学次官補代理
ブライアント保健教育厚生省国際保健問題次官補代理
フレデリック国立保健研究所長
その他総勢21名
(分科会出席者も含めるとさらに多数)

 全体会議は2月12日,国務省の会議室において米国側 プレス大統領科学技術顧問が議長となり西国の主席代表 から代表団の紹介があり議事に移った。プレス顧問から はこの会議はカーター大統領から福田前首相,引きつづ き大平首相に対しエネルギー以外の基礎科学分野におい て経済大国である日米両国が協力関係を持つべきである ことを要請したものであり,個々にやれば,なかなか出 来ないようなプロジェクトを両国が共通の認識の下に実 行すべきであるという挨拶が行われた。菊地外務審議官 からは日本としても第1回会議以来,協力の可能性につ いて検討してきたが具体的プロジェクトに対する日米双 方の関心の度合の相違,日本の逼迫した財政事情から米 側提案項目の中には直ちに協力出来ないものもあるが, 今会議において日米双方で率直な意見交換をしたいとい う趣旨の日本の各省庁間におけるこの会議に対する徴妙 なニュアンスを含めた挨拶が行われた。12日午後からは 五つの分科会に分かれて審議が行われ,私は文部省の小 田科学官,斉藤課長,科学技術庁佐々木課長,宇宙開発 事業団宮沢ロスアンゼルス駐在員事務所長,日本大使館 の小林一等書記官(郵政省から出向)と共にNASA本 部で開催された宇宙の分科会に出席した。この分科会で は米国側はNASAのマッチ博士,日本側は小田博士が 座長となって,1979年6月東京において日米間で合意に 達した“宇宙分野における日米専門家会議”(電波研究 所ニュース第40号)で取り上げられた17項目について宇 宙科学と宇宙応用の分野においてそれぞれ双方の担当者 から現状報告もしくは将来計画の説明が行われた。電波 研究所に関係のあるのは宇宙応用のジオダイナミクスと いう研究プロジェクトであり1983年に日米双方の VLBI施設を用いて太平洋プレートの運動について共同研究 を行うというものである。私から現在当所で進めている 1979年に開始されたVLBI5か年計画について,その 準備状況を説明した。NASAからは米国で使用する Mark-VといわれるVLBI施設の準備状況や実験開始 までに米本土以外にアラスカとハワイに施設を設置する こと等が報告された。
 分科会を含めて二日間にわたる会議は13日の午後5時 頃終了したが,残念なことに今般の会議の一つの目的で あった協定(アンブレラアグリーメント)の締結には 二,三の点において両国間に意見の相違があり署名する 段階に至らなかった。(アンブレラ協定については,5月に訪米した大平首相 とカーター大統領の間で合意に達し,同月2日,協定に 署名した。) 2月14日に共同新聞発表が行われ 両国で進める共同研究プロジェクトとしては,宇宙では ジオダイナミクス,地球周辺におけるプラズマの起源, ハレー彗星/テンプル2号ランデブーミッション,土星 オービタ他13項目,基礎研究では高性能機器を使用した 中性子散乱の研究,保健ではアルコール,薬物乱用及び 精神衛生に関する研究,DNA組替え,また農業では森 林樹木の疾病,樹木の病害虫の総合的防除,バイオマス の研究等のプロジェクトについて優先的に共同研究を進 めることが合意された。
 なお,会議の他に金星周回衛星計画(電波研究所ニュ ース第46号)について情報交換を行うため,NASA本 部のチモシイ博士,グアスタフェロ氏,ブリグス博士等 宇宙科学関係の幹部と面会し,この計画が当初の予定よ り2年おくれ1986年に衛星の打上げの予定であることを 始め有用な情報を得ることが出来た。
 今回の日米会議は外務省主導の会議であった為,在米 日本大使館には大使を始め多くの館員に大変お世話にな った。特に小林一等書記官には種々な点でお世話になり 感謝している。また協定案の審議並びに宇宙分科会での VLBIの審議資料作成等に関しては科学技術庁国際 課,宇宙国際課,郵政省技術調査課,宇宙通信開発課, 当所企画部,VLBIシステム研究開発推進本部の関係 の方々に厚く謝意を表する次第である。


短   信


通信記念日の表彰について

 4月20日の第47回逓信記念日に際し,当所関係では, 特に電波研究業務に功績のあった2団体に対し,事業優 績として所長表彰され賞状と賞金が贈られた。また永年 勤続功労者として,19名の職員がそれぞれ大臣表彰され た。
1. 所長表彰
  「秋田電波観測所」
 下部電離圏の大気力学的研究の重要性を深く認識し, 一致協力して幾多の技術的困難を克服し,流星レーダに よる下部電離圏の大気運動を観測し,諸現象の解明に顕 著な成果を挙げた。
  「周波数標準部原子標準研究室」
 周波数原器の長期安定度向上の重要性を深く認識し, 一致協力して幾多の技術的困難を克服し,新形水素メー ザの開発を行い我が国の時刻標準の精度向上に多大の貢 献をした。
2. 永年勤続功労者
 本所  若井 登  櫻澤 晃  新野賢爾
     高橋 剛  小林正紀  栗城 功
     渡辺重雄  小口哲雄  加藤頼母
     人見昭二  平石正美  篠 弘昭
     石井吉郎  小林貞男  大久保明
     尾崎ふさ子
 鹿島支所 相沢米次
 平磯支所 大部弘次(中央式典参列)
 稚内電波観測所 清水幸雄



昭和55年度科学技術庁長官賞受賞

 当所鈴木音声研究室長は4月16日昭和55年度科学技術 庁の研究功績者として科学技術庁長官賞を受賞した。本 表彰は科学技術に関して優れた研究であり,かつ,将来 実用に供される可能性のある研究に対し行われるもの で,毎年約40名がこの表彰の対象となっている。当所に おける本賞の受賞は鈴木室長で3人目である。
 表彰の対象となった研究テーマは「音声処理方式 SPACの開発に関する研究」で,昭和49年末からの独創的 な研究の成果が認められたものである。
 SPACは音声波形を自己相関関数の波形に変換して 編集することにより,音声波形に重畳した雑音のレベル を低減するとともに,音声スペクトルの圧縮・拡大,時 間長の短縮・伸長が可能で,これらの機能により通話品 質の改善,低ビットレイト音声伝送,ヘリウム音声の了 解性改善,難聴者の通話補助,講演筆記,情報検索など 通信,海洋開発,福祉,教育などの広範な分野に貢献す るものである。


鈴木室長