新年のごあいさつ


所長 栗原 芳高

 明けましておめでとうございます。新年に際しまして 平素より当所のために御指導,御協力を賜っております 関係各位に対し心から御礼申し上げるとともに,本年も 相変りませず,よろしく御支援の程御願い申し上げま す。また職員各位の御多幸と一層の御発展をお祈りする 次第であります。
 さて年頭にあたりまして昨年を回顧し,予算内示の結 果もふまえて,本年の当所における研究業務の進路を展 望してみたいと思います。
 財政再建の旗印のもとに編成された昭和56年度予算は 或る程度予期していたこととは申せ,当所にとって大変 厳しい結果となっております。即ち予算要求に対する歩 留りは約93パーセントですが前年比では約15パーセント 減,増員要求10名に対して僅か1名増という状態であり ます。このため今後は一段と効率的な予算執行と経費の 節減が要請されるとともに,研究業務の推進に当っては 創意工夫による,より効果的な成果の達成が望まれま す。このような予算情勢は今後とも当分の間続くことを 覚悟しなくてはなりませんが,こういう時代においてこ そじっくりと腰を落着けて地道な努力を続け,実力を涵 養して将来の発展に備える必要があります。幸いにして 3件の新規項目も認められておりますので,これらを大 事に育てて発展させて行きたいと考えております。
 新規項目は(1)電磁環境測定装置及び測定法の研究開 発,(2)衛星を用いた捜索救難通信システムの研究開発及 び(3)受信障害用自動測定処理システムの研究開発であり ます。(1)はいわゆる電磁環境問題(EMC)のうち当所 にふさわしい課題として測定装置の開発と測定法の研究 を取り上げたもので,当面電力束密度の測定の問題に取 組む計画であります。(2)は船舶・航空機等の遭難時に用 いられる非常用位置指示無線標識(EPIRB)に対して 周波数拡散技術を応用した新しいシステムを研究開発す るものであり,(3)はテレビジョンの復合ゴーストを迅速 に測定処理するシステムの研究開発を行うものでありま す。項目的には新規扱いとはなりませんが,本所の主電 子計算機システムの更新が確定したことは大きな朗報で あります。新システムは現用システムと比べて約4倍の 機能を有するACOS-800Uで,これによって一般研究 分野における計算処理の渋滞が一挙に解消されるだけで なく,分散処理機能によって本所内の各研究棟はもとよ り,支所及び観測所の各種端末施設との有機的な結合も 格段に改善され,当所全体としての計算機能の質的な転 換が実現されるものと期待しております。また鹿島支所 に次長職を設ける要求に対しては,次長相当職として研 究調整官が設けられることになり数年来の懸案が解決さ れることになりました。
 次に継続項目の主なものについて触れさせて頂きま す。
 先ず実験用中容量静止通信衛星CS(さくら)は昨年 12月15日に打上げ後満3年を迎えたわけでありますが, 衛星の状態は順調で今後も2年近くは運用が可能である と考えられます。来年度予算においても運用費,非常災 害実験関連経費及びSCPC多チャンネル・シミュレー タがほぼ原要求の線で認められております。これによっ て基本実験の追加項目と外部機関と共同で実施する応用 実験を推進することとなります。応用実験のうち当所が 単独で実施するコンピュータ・ネットワーク実験につい ても予算が認められましたので,来年度早々から本格的 な実験を実施できる見通しが得られております。
 実験用中型放送衛星BS(ゆり)は昨年6月17日に最 後のTWT増幅器に不具合が発生してからTV放送実 験を継続することはできなくなりましたが,衛星本体は 健在であり,姿勢制御,軌道制御,12GHz帯及び14 GHz帯の電波伝搬特性に関する実験並びに各種テレメ トリ・データの取得は可能であります。来年度予算は定 常実験開始後満3年を迎える7月までの実験経費が認め られましたので,当面現在の運用体制を維持して実験を 継続する予定であり,8月以降についても宇宙開発事業 団との協力関係を考慮して昭和56年度中は何らかの活動 を維持していく考えであります。
 実験用静止通信衛星ECS-b(あやめ2号)の失敗に よって計画した代替実験のうち,ミリ波降雨散乱実験及 びミリ波太陽電波観測は所期の成果を挙げてきておりま す。特に後者につきましては従来殆んど不可能と考えら れていた太陽フレアの予報に対する手掛りも得られてき ており,今後の成果が期待されています。CS利用によ るサイトダイバシティ通信実験は計画通り本年度内に平 磯副局の改造工事を終了して実験を開始する予定であり ます。代替実験については要求の線で来年度予算が承認 されましたが,ECS-U構想に基ずく衛星搭載用ミリ波 ミッション機器については残念ながら見送りとなってお ります。
 航空・海上技術衛星AMES関係では,小型船舶用の 実験装置の開発を終り,昨年10月から2回にわたって福 井県の若狭湾海上において野外実験を実施しました。こ の実験によって小型船舶用衛星通信回線の設計マージン の目標値を明らかにするとともに,アンテナ方式,伝送 特性等についての見通しを得ることができました。来年 度は航空機搭載用アンテナの地上実験も実施する予定で あります。衛星搭載機器の開発研究につきましては宇宙 開発委員会の見積り決定にも拘らず,残念乍ら中継器の エンジニアリング・モデルの予算を実現することがてき ず,Lバンド低雑音増幅器の研究費を獲得するに留まり ました。
 マルチビーム・アンテナにつきましては,当面データ 中継衛星用として3種類のアンテナの比較検討を行って おりますが,来年度予算も認められましたので今後も積 極的に研究を推進したいと考えております。
 電離層観測衛星ISS-b(うめ2号)は本年2月で打 上げ後満3年を迎えますが,太陽電池の発生電力が約半 分に低下していることを除けば,衛星本体及び搭載機器 は順調に動作しており,今後も可能な限り運用を継続し, できるだけ多くのデータを取得する予定であります。 ISS-bの成果としては,電離層臨界周波数及び空電の 世界分布図が国際無線通信諮問委員会(CCIR)のテキ ストにも取入れられて高い評価を得ております。また衛 星高度におげるイオン密度,電子密度及び電子温度につ いても世界分布図が完成し,本年度中に発行する予定と なっております。ISSの改良発展を図る電磁環境観測衛 星計画については,新規衛星計画は一切認めないという 極めて厳しい予算編成方針のもとでは,当面実現の見通 しは暗い状況にあります。
 地上の電離層観測業務関係では,本所と地方観測所と を結ぶ国内斜め電離層観測網の設置が順調に進み,本年 度は山川及び椎内電波観測所の既設垂直打上げ電離層観 測装置に斜め観測付加装置を付加してシステム実験を一 部開始しております。来年度は秋田及び沖縄電波観測所 に対する予算が認められましたので国内観測網が完成す ることとなり,既設の国際回線用チャープサウンダと併 せて,短期電波予報・警報の精度向上に寄与するものと 期待しています。また来年度は中層大気国際協同観測計 画(MAP)の活動が開始されますが,当所においても13 項目の研究課題に延べ約50名が参加することになってお ります。
 マイクロ波リモートセンシング関係では,本年度は降 雨に恵まれて雨域散乱計/放射計の飛行実験は順調に進 み,地上からの観測では把握し難い雨域の上部構造はか なり複雑であることが判明してきました。今後はデータ の解析によって,より詳細な降雨構造が解明されるもの と期待されます。航空機搭載型合成開口レーダの開発と そのアルゴリズムを確立する研究に対する予算折衝は最 後まで難航し,新規項目としての承認は得られませんで したが,SEASAT衛星データの解析に要する経費等が 衛星搭載用電波リモート・センサの開発研究項目の継続 という形で認められましたので,合成開口レーダの実質 的な研究に着手することができるようになりました。レ ーザを用いた衛星の姿勢決定に関する研究も順調に進 み,本年度内に衛星追跡装置の恒星による精度チェック を終了し,来年度は人工衛星の追跡実験も行い,昭和57 年度に予定されている技術試験衛星(ETS-V型)の打 上げに備えることとしております。同じくレーザ関係で は,広域オゾンモニタのための航空機搭載型レーザ・レ ーダ装置の開発に関する研究は本年度で終了することと なっておりますが,環境庁予算において新たに「オゾン の三次元分布測定用航空機搭載レーザ・レーダの高性能 化の研究」のための経費が認められましたので,実質的 には継続されることになりました。また環境庁予算関係 では「電波・音波共用上層風隔測装置の開発に関する研 究」に対する経費も継続承認となっております。最近急 速に大きな課題となってきている超長基線電波干渉計 VLBIは当初国内実験を行う予定で計画したものであり ますが,一昨年宇宙の分野におげる日米共同実験項目に 取り上げられ,また昨年は日米科学技術協力協定の実施 項目にも指定されました。その結果所要経費の大幅な見 直しが必要となり,予算規模は当初計画の倍以上のもの となりましたが,幸いにして財政当局の御理解も得ら れ,計画の遂行に明るい見通しが立ってきました。
 周波数資源の開発に対する予算もほぼ満足すべき結果 が得られております。即ち,未利用周波数帯に対しては 新たに150GHz帯の経費が承認され,既利用周波数帯 ではスペクトラム拡散地上通信方式のシステムモデルが 承認されておりますので,それぞれ予定通り研究を進め ることができると考えております。リンコンペックス方 式の陸上移動無線装置による150MHz帯の野外実験は 成功裡に終了致しました。実験結果によりますと,チャ ンネル間隔が7kHz程度のリンコンペックス方式によ って,現行の20kHz間隔のFM方式とほぼ同等の性能 が得られることが明らかになっており,この成果は電波 技術審議会諮問第2号-2の昭和55年度完結答申に盛込 まれ,電波行政に大きく寄与するものと期待されます。 このほかにも電波行政に密接な関連を有する研究課題は 数多くあり,今後も一層電波監理局との連繋を強めて行 く必要があると考えております。無線機の型式検定等に 対しては,試験設備の改良取替整備費のほか,SHF帯 無線用測定器較正装置及び新規型式検定対象機種である 沿岸無線電話の試験装置についての予算が要求の線に沿 って承認されております。
 文部省からの移し替えとなる南極観測予算は定常観 測,研究観測とも殆んど原要求通り認められておりま す。昭和56年度は南極観測25周年に当たりますので, 当所としても来年度は定常観測に加えて研究観測を実施 したいと考えております。
 最後になりましたが,四号館の新営も本年の大きなイ ベントとして忘れることはできません。四号館は地下1 階(一部),地上4階(一部3階),延面積約4,800平方 メートルの鉄筋コンクリート造りで,2号棟と3号棟と の間に建設中であり,本年夏には完成する予定でありま す。使用区分は一般研究室,実験室のほか,講堂,会議 室,図書室及びC2資料センターを予定しております。
 以上申し述べましたように,昭和56年は昨年にも増し て厳しい年になると思いますが,研究活動の中に多くの 希望の芽生えも見られますので,年頭に当り心機一転, 職員各位と一体となって難局を乗切る決意を新たにして ごあいさつを終ります。




合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar)


衛星計測部

  はじめに  スプートニクからボエジャーに至る四半世紀近い年月 に,宇宙は人類にとって一層身近かなものとなって来た。 スペースコロニやSSPS(Space Solar Power Station) といったものさえが夢物語としてではなく,確実に実 現する対象として認められ,そのタイムスケジュールが 話題になりつつある。現実の宇宙開発のあり方も,宇宙 時代の初期が宇宙の探検・探査一色であったものから, 宇宙を人類の生活に役立てようとする方向にも重点が置 かれるようになって来た。それが通信,放送,気象,辺 地教育医療,航行,救難と多様な形で実現しつつある中 で,1972年打上げられたERTS(現在のLANDSAT) の捉えた地球の鮮明で精密な画像は人々に大きな衝撃を 与え,人工衛星のもうひとつの利用分野−地球のリモー トセンシング−が予想以上に有効であることに気付かせ た。それまで地上から,あるいは航空機によっても,局 地的にしか知ることが出来なかった地球の自然現象や資 源,様々な地球の環境を広い範囲にわたり反復して観測 することが衛星により可能となれば,人類の活動や地球 資源の利用などのための有効な情報となるばかりでな く,将来への展望や科学技術の進歩のためにも貴重な資 料をもたらすことができるであろう。衛星計測部
  電波によるリモートセンシング
 人工衛星からのリモートセンシングに使用される観測 機器としては,従来可視光から熱赤外に到る波長域のも のが主であったが,電波によれば昼夜の区別なく,また 天候に左右されずに常時観測できることからその有用性 が注目されて来ている。
 電波によるリモートセンサは大きく分けて受動型と能 て,その対象物についての情報を知るものである。一方 能動型センサはレーダの一種であって,電波を発射し, 測定対象から散乱されて戻って来た電波を受信しその対 象物について知るもので,散乱計とも呼ばれる。
 リモートセンシングはその利用の目的からも,かなり 広い範囲の状態を2次元的(場合によれば3次元的)に 把握しようとするものである。従って測定結果は2次元 的(又は3次元的)に表現され,その中の各エレメント の大きさ(分解能)と測定値の品質がその測定の価値を 決める重要な要素である。2次元的データの取得のため には,センサは通常機械的又は電気的に空間を掃引す る。電波センサは電波をビーム状にして掃引するが,そ の分解能δ^^γは
         δγ帥ノR/D
となる(λ:使用する電波の波長,R:測定対象までの距 離即ち飛翔体高度,D:アンテナ開口径)。λ=1p(30 GHz),D=30p,R=900qとしたときδ^^γ30qと なり光学系センサの分解能(LANDSATの場合約80m) に比べると,かなり見劣りする。普通の電波センサは高 高度を飛ぶ衛星に用いるのは不利であることがわかる。
  合成開口レーダの原理とシステム
 合成開口レーダ(SAR)は, 飛翔体の運動を利用し, 一連の信号を特殊な方法で処理することにより,小さな アンテナで,使用する電波の周波数や飛翔体の高度に関 係なく高い分解能を持つ映像を,アンテナを掃引するこ となく広範囲に得ることができる特徴を持っており,映 像レーダとも呼ばれる。
 図1に示すように距離方向(電波の進行方向,正確に は飛翔体の進行方向と直角な面内)に幅広く(ψ),方位 角方向(飛翔体の進行方向)に狭い角度(θ)の扇型ビー ムを持つ電波を発射し,地上の斜線で示される電波の照 射部分からの反射電波を受信する。従ってSARによる 映像は幅Wで進行方向に平行な帯状のものが得られ る。地上の2次元映像を得るために信号を分解する必要 があるが,距離方向の分解は通常のレーダと同じく,送 信パルスが対象物から後方散乱されて受信される迄の時 間差による。分解能の向上のため,パルス圧縮技術が用 いられるが,ふつうチャープと呼ばれる線型FM方式が 採用される。方位角方向の分解は,飛翔体の運動で電波 の照射範囲が順次移動する一連の信号を記録解析するこ とにより行われる。今,一つの対象物に着目すると,レ ーダビームの中に入ってから出るまでの間,その対象物 と飛翔体間の距離が変化するため,受信されるその対象 物からの一連の反射信号の位相が規則的に変化する。即 ち一種のドップラー効果を示す。これを手がかりとして その対象物の映像を浮び上がらせる。これにより得られ る合成開口レーダの方位角方向の分解能δ^^sは,飛翔体 に搭載されたアンテナの開口径をDとすると
          δ^^s織/2
となり,アンテナ開口径が小さいほど分解能が高くなる という電子工学の常識から一見逆説的性質を持つ。これ はアンテナが小さいほどビーム幅が広くなり測定対象が その中に長く留まることになり,その映像を分解するた めのデータの量が多くなることの効果によるものであ る。別の見方をすれば,一つの測定対象がレーダビーム 内に入ってから出るまでの間に,飛翔体が運動する距離 と等しい大きさの大口径アンテナの鋭いビームでその対 象物をとらえたことと同等で,その大きなアンテナは飛 翔体が展開して作ったと考えてもよい。即ちその間のデ ータを記録処理することにより,その大きさにアンテナ の開口径が実効的に合成されたといえる。これから合成 開口レーダ又は開口面合成レーダと呼ばれる。SARの 分解能は,上述のように周波数や飛翔体の高度によらな いことからも,衛星搭載用として大きな利点を持ってい る。実際には,そのアンテナの開口径(分解能)はS/N, データ記憶容量その他システムの制約条件により決定さ れる。現在衛星搭載用SARで25m,航空機搭載用で は1.5mの分解能が得られている。


図1 合成開口レーダ概念図

 SARは衛星又は航空機に搭載されるが,図2は航空 機搭載用SARシステムの概要を示すブロックダイア グラムである。歪のない映像を作成するために航空機の 姿勢や速度の変動を補償すること,位置と高度を正確に 知ることが必要であり,SARシステムの重要な部分と なっている。衛星搭載の場合,航空機より運動が安定す るので,簡略化されている。SARはかなり長い時間に わたる一連のデータを取り扱うために,安定な送受信シ ステム,較正装置,大量・高速データ処理記録システム 等が必要である。取得されたデータを映像にするには光 学的な方法とディジタル的な処理法がある。光学処理の ためには機上でホログラフィックフィルムを作り地上で これにコヒーレントな光を照射し特殊な光学系を通し映 像フィルムを作成する。ディジタル処理では機上で高密 度高速磁気テープに信号を記録し,地上で距離方向と方 位角方向について,アンテナパターンや飛翔体の運動か ら予測される基準信号との間の相関をそれぞれとること によって画像データを得る。衛星に搭載される場合は, 技術的な理由から取得データは直接地上へ広帯域伝送 され記録される。光学処理はフィルムの現像時間を除げ ば,ほぼ実時間処理が出来るが光学的歪や信号のダイナ ミックレンジが狭い等の欠点がある。一方,ディジタル 処理は,目的に応じたデータ処理が出来ることなど,リ モートセンシングに適しているがデータ処理に要する時 間が非常に長く(たとえば40q×40qの範囲の画像 処理に約40時間)これを短縮するためには,専用プロセ ッサの開発等が必要である。


図2 航空機搭載合成開口レーダシステム

  合成開口レーダの特徴と利用
 SARは悪天候においても観測でき,高い分解能の映 像を得ることができるため,従来の光学センサや電波セ ンサで不可能であったものが可能となると期待されてい る。SARは本来散乱計であるので,得られるデータが 測定対象の誘電的性質,粗さ等その状態についての情報 を含んでいる。これら散乱対象のレスポンスは散乱計の 使用周波数,偏波,電波の照射角,照射方向等のパラメ ータによって異なる。言い替えるならば,これらは測定 対象について知るための手がかりとなり,パラメータを 切換えたり,並行して使用すれば測定対象の更に正確な 情報を得ることができる。たとえば周波数を選ぶことに より,地上の植生についての情報,植生を通してその下 の地表や地下の情報を別々に知ることが出来る。
 写真1に一例を示す,(以下写真は全てカナダCCRS が作成のもの)上がXバンド,下がLバンドで測定され たものであるが,Xバンドでは飛行場の滑走路と草地の 境界が明らかであるが,Lバンドでは草地と樹林との境 界が見えるというように全く様相が異っている。又,写 真2に見られるように,照射角度や方向によってはかな り被写体の立体感が出る。写真3は衛星(SEASAT)か らのSARによる映像の一例で,分解能は25mである。


写真1 航空機搭載SARの映像(カナダ:ハリファクス付近) (上)Xバンド,(下)Lバンド


写真2 航空機搭載SAR(Xバンド)ロッキー山脈


写真3 人工衛星(SEASAT)のSARの映像

 SARはそのもたらす情報量が多く,様々な分野に利 用できる。代表的なものを列記すれば,地表状態,構造・ 断層,鉱物資源,土壊・岩石の種類,農作物・植生の種 類及び分布,生育状況,病虫干害,土地の利用・開発状 況調査,測地,水資源調査,環境調査,汚染監視,海洋 の波浪,風向・風速,海流,漁業調査,沿岸・領海監 視,山火事・洪水等の災害状況の把握,流氷監視,救難 捜索等があげられるが,今後益々広がっていくと期待さ れる。
 SARは約30年前から,米国で主に軍用に航空機搭載 用の研究が進められて来ていたが,技術の進歩により,測 地,探鉱から始まり近年多目的のリモートセンシングに 用いるための研究が盛んになり, ERIM(Environmental Research Institute of Michigan)や CCRS(Canada Centre for Remote Sensing) 等をはじめ多くの 機関で精力的に行われている。
 SARが航空機以外の飛翔体に搭載された初めての例 は,1972年のアポロ17号で,HF,VHFを用い月の地 下1q以上の深さに到る構造の調査が行われた。1978 年打上げられたSEASATは,初めてSARを搭載し たリモートセンシングを目的とする衛星で,打上げ後約 100日で電源系の故障で運用を停止したが,それまでに 得られたデータは衛星搭載SARの有用性の実証と今後 の計画のための貴重な資料となった。将来計画としては, スペースシャトル上でのパラメータ可変のSARの実験 計画が米国及びESAでそれぞれ進められており,これ らの実験の成果を用いSAR搭載のリモートセンシング 衛星が打上げられる予定である。1980年代後半に計画さ れているVOIR(Venus Orbiting Imaging Radar)で は常時厚い雲に覆われている金星の表面の探査にSAR が搭載され,ボエジャー,ガリレオに続く惑星探査のビ ッグプロジェクトになると期待されている。
  むすび
 北米から南米大陸の南端までほぼ太平洋沿いに南北ア メリカを縦断してバンアメリカンハイウェーが走ってい る。この中でパナマの東部からコロンビアの北部の間だ けが手つかずで車の通れる道は全くない。このあたりは 常時厚い雲に覆われた密林で,正確な測量がむずかしい のがその原因といわれる。米空軍は,1947年から20年か けて,ようやくこの地域の15〜20%の写真撮影を行った が,航空機搭載のSARは約20時間で測定を完了したと 言われる。またグワテマラのジャングルの下に隠れてい たインカ時代の水路の遺跡が,SARの観測データの中 から発見されたことは,最近の新聞報道で有名である。
 地球の半分以上は雲の下にあり,人跡未踏の地も我々 日本人の想像以上に多く,年中雲に覆われている地域も 広い。また雨期における洪水の現況や荒天下の流氷の位 置・海面状況の把握,捜索救難等従来の手段では難かし かった情報を,必要な時に正確に得ることが出来るSAR には大きな期待が寄せられている。しかし一方,電波に よる観測であるため目で見て明かるい所が明かるく,暗 い所が暗く写るわけではなく,物体の輪郭や対象の同定 も光学センサの映像のようなある程度の直観的な判定が 必ずしも有効であり得ない。わけてもその映像を幅広い 意味と内容を持つリモートセンシングに有効に用いるに は,様々な目的や用途に適したデータの解読法,即ち各 種の測定対象物に対する電波のレスポンスの特性と,そ れに及ぼすパラメータの影響について充分な知識を持た ねばならない。資源探査衛星(ERS)や海域観測衛星 (MOS)等,SARを搭載するリモートセンシング衛星の 計画が浮上しつつある我が国において,SARの実用化 のためにはこの分野の研究が最も遅れている。通信と共 に電波の利用の主要分野である計測において,電波の有 効な利用に資するために,衛星計測部では電波によるリ モートセンシングの研究を行っているが,その一環とし て昭和56年度から6〜8年計画で航空機搭載用多周波合 成開口レーダを製作し,飛行実験を行い,SARデータ 利用のための各種アルゴリズムの研究開発を行う計画で ある。

(第一衛星計測研究室長 畚野 信義)




電磁波に関するURSIシンポジウムに参加して


古津 宏一

 電磁波に関するURSIシンポジウム (International Union of Radio Science,Symposium on Eiectromagnetic Waves) は3年毎に開催されている。これまでに ストレッサ(イタリア,1968),トビリシイ(ソ連,1971), ロンドン(英国,1974),スタンフォード(米国,1977), に参加してきた。 今回はミュンヘンのTechnische Universitiat Munchenで8月26から29日まで開催された。 日本からも多くの,特に若い人が参加し,私が直接知っ ている人でも数人に達した。自費参加,又は,それに近 い人も可成にあったようで,その意気込みには心から拍 手を送りたい(ちなみに,私もこれまでに2回の自費参 加をしている)。
 シンポジウムの主題は電磁波理論で,いささか古典的 な響きをもつ分野ではある。それでも時代を反映して, 参加者数はリモートセンシング関係が最大で,それに次 いでアンテナ,Open Waveguide関係が多く,散乱, 回折理論も活発ではあったが例年ほどではなかった。こ れに対し,不均一媒質,ランダム媒質関係は参加者は多 くなかったが,かえって落着いた雰囲気で発表が行われ たように思う。ソ連からの参加者は私の知る限り1人で あった。発表は3つの講堂で並行して行われ,私が参加 したのは主としてランダム及び不均一媒質関係であり, リモートセンシング,アンテナ関係はほとんど出席して いない。新しい話題としては, 数10Hzから1000Hz程 度の音波が海を導波路として大陸間伝搬する問題があ る。モデルとしては,粗い海面(又は粗い氷の層)と海 底にはさまれ,また,音速のゆらぎもある海中導波路で のモード結合理論である。無限空間におげる粗面だけの 場合の理論はS.O.Riceによるものが以前からある が,ランダム境界値問題をランダム媒質の一つとして統 一的にとらえた研究は未だなされていないようである。 現在までのところ,粗面だげによるモード結合理論につ いてはソ連の人々による仕事が問題なしにすぐれている と,帰国後の文献調査で感じた。
 いつも思うことであるが,シンポジウムの意義は論文 発表以外に,又はそれ以上に,コーヒーブレークでの会 話にある。論文を通じてのみ知っている人,或は全く知 らない人とも簡単に会話を始めることができ,また,そ こでの話題は専門分野であるから,英語の下手さ加減は 全く障害にならないのである。更に面白いことは,何を 問題にし,何を将来の問題として考えているかが,たと えそれが本人の意に反することであっても,自然とこち らに分かってくることである(勿論,逆も又真である)。 それは同類としての心からの親しみと,ひそかなライバ ル意識の混在した,したがって素晴らしい緊張した雰囲 気であり,帰国後もその余韻が長く残って自分の当面の 研究の具体的活動に直接連らなってくるのである。ま た,参加していない人々の情報についても聞くことがで き,研究のみならず,思わぬ人間的側面について知らさ れることがあって有難い。
 話は変わるが,1981年のURSI総会(ワシントンD. C.,8月)でL.B.Felson((1978年)のヘルシンキ URSI総会で選出されたB分料会の新座長)から私にラ ンダム媒質に関するSessionを組織(organize)する よう依頼があった。主旨はこれまでURSI総会はとも すると形式的なものになりやすかった点を改め,専門的 見地からcriticai reviewをしようということで自分の 好きなようにさせて頂くという条件で引受けてきた。ソ 連の参加は全く期待できないので,快心の人選はできな いが,現在,一応の人選は終り,2名に講演依頼の手紙 を発送,私自身も一つの講演を引受ける予定でいる。講 演者が3名程度の小さなSessionである。関係方面の了 解をお願いしたい。なお,シンポジウムで主要論文(伊 藤技官と筆者の共著も含む)は,必要な修正後 Radio Scienceに掲載される予定である。
 私の見たミュンヘンに関する限り,人々は率直で親切 であった。特に事務局長のDf.Hochmuthはエレべー ターの鍵(鍵をもつ人だけが使える)を全期間にわたっ て貸して下さり,また,車も会場の極く近くに駐車する ことを許可して頂いた。ここで改めて感謝の意を表した い。ミュンヘンの街には観光客が多かったようだ。ワグ ナー歌劇と関係が深いためかどうかは分らないが,中年 の品のよい口ヒゲの紳士がジーンズのショートパンツで 歩きながら大声で歌劇のアリアをやっているのを見た。 彼にとっては無人の街であるらしく,劇場さながらの歌 声がホテルの部屋に入った後も長く街にこだまするのが 聞えた。

(第三特別研究室長)


短   信


第2回AMES模擬実験実施

 通信機器部海洋通信研究室では, AMES模擬装置及 び小型船舶地球局装置を利用した,第2回通信伝搬実験 を11月28日から12月15日まで,前回と同じ福井県三方郡 美浜町海岸において実施した。今回の実験では,(1)船舶 局装置は陸上に固定して,各種アンテナ(40p幅ショ ートバックファイヤアンテナ,変形2素子ショートバッ クファイヤアンテナ,成形ビームアレイアンテナ,1.2mφ バラボラアンテナ)によるフェージング特性,ハイトパ ターン測定を各種波浪条件下で行い,フェージング軽減 対策効果の特性測定,(2)400bps,4800bps,B2000bpsで のデータ伝送品質特性の測定,等を行った。ほぼ鏡面状 態から4mP-P程度の荒天下まで,各種海面条件下で の測定ができたのでAMES衛星の設計に十分生かす よう今後取得デ-タの解析を急ぐ予定である。本年度実 施した2回の実験により,低仰角(5度)での伝搬特性 については,十分データが得られたので,56年度におい ては,更に高い仰角に対する伝搬特性,通信品質特性の デ-タ取得を行う予定でいる。



レーザ光地上送信装置完成

 通信機器部物性応用研究室では,レーザの応用研究と して51年度より「レーザを用いた人工衛星の高精度姿勢 決定システム」の研究を行っているが,この程レーザ光 を人工衛星に送信するための地上送信装置が完成した。 大型トレーラ内に光学装置や電子計算機等が納まってお り,クーデ方式(レ-ザは固定し鏡を利用し追尾する) の光学系を通して高出力のアルゴンレーザ光が宇宙空間 へ送信される仕組みになっている。レーザ光のビーム幅 は通常のマイクロ波ビームに較べ非常に小さく,この衛 星追尾光学装置は1/500度の追尾精度を有している。ま たこの装置には,衛星の追尾状況を光学的に観測した り,反射光を受信するために口径50pのカセグレイン 式受信望遠鏡も備えられている。レーザ光を用いる新し い姿勢決定方式では衛星の姿勢の三要素(ロール,ピッ チ,ヨー角)が従来と較べて高い精度で決定できる。こ れを静止衛星に利用した場合には,地球上で数qの指 向精度で衛星アンテナを制御して目的とする方向に向け ることが可能となる。当研究室では,今後恒星やレーザ 光逆反射器をもった人工衛星を利用して追尾機能の試験 を行い,昭和57年に打ち上げが予定されているETS-V 衛星にレーザ光を照射し,伝搬実験等を行う予定である。


レーザ光地上送信装置



IAP大会報告検討会開催

 第31回国際宇宙航行連盟(IAF)大会は去る9月21日 〜28日に東京で開催され,当所は,大会の準備段階から 論文の発表に到るまで深く関係した(本ニュースNo.56 参照)。そこで,IAF大会の報告と発表論文内容の検討 を行うために,11月26日に標記の検討会を開催した。当 日には,IAF大会の全セッションのうち, 当所に関係 のあるセッションから15件を選び各担当者が紹介した。 熱心な検討が行われ,特に,リモートセンシングの国際 的動向に関する話題や通信衛星に関する話題については 活発な質疑討論が行われた。
 なお,発表担当者は次のとおりである。
 石田 亨,今井信男,羽倉幸雄,相京和弘,恩藤忠典, 丸橋克英,森 弘隆,小坂克彦,中橋信弘,岩崎 憲, 高橋耕三,中條 渉,有本好徳,川瀬成一郎(以上発表 順).



第1回MAPシンポジウム開催

 地球物理学的現象を全地球的規模で国際的に観測する 計画がこれまで何度か実施された。そして新に中層大気 国際協同観測計画(Middle Atmosphere Program,略 称MAP)が1982〜85年の4年間に実行される態勢が, 国際的にも国内的にも整ってきた。中層大気:(高度10〜 120qの範囲を占める大気の総称)は力学的,電磁気 学的,及び化学的な運動,組成,及び放射が相互に関連 し合う,多彩且つ複雑な領域である。この地上に近い大 気領域が未だに解明の対象とされる理由は,過去に十分 な観測手段を有しなかった事や大気環境が社会的問題と なってきていることにある。当所でも,従来から実施し ている電波・光波による遠隔測定及び飛翔体による直接 観測の技術を駆使すると共に,国内に配置されている8 地点(本所,2支所,及び5電波観測所)と南極昭和基 地を活用して,13項目に亘るMAP計画への参加を予 定している。昭和55年12月9〜11日に東大宇宙航空研究 所において国内規模での第1回MAPシンポジウムが 開催され,当所におけるMAP計画を発表した。