VHF帯陸上移動通信用リンコンペックス方式


通信機器部

  はじめに
 リンコンペックス方式は装置の機能面から Constant Net Loss(略称CNL),構成面から Linked Compressor and Expander(略称LINCOMPEX)と呼ばれる。 この方式は,従来のSSB回線に簡単な音声処理用端局 を付加して実現できる。特にこの方式を短波帯の電話回 線で用いる場合は,(1)フェージングの影響が除去でき る,(2)両方向同時通話が可能である,(3)無通話時の雑音 が低減できる,(4)高い変調能率で送信機を駆動できる 等,従来の回線に比べて著しい改善効果が得られること から,この分野でいち早く注目され,1900年代後半には フランス,イギリス,アメリカ,日本等から相次いで実 験結果が報告されている。
 1970年のCCIR総会ではこれらの結果がまとめられ, 呼称と規格の統一がはかられ,以後リンコンペックス方 式として短波帯の固定業務及び海上業務で実用化されて いる。
 この方式の原理は,音声をあらかじめ振幅情報と周波 数情報に分けて,これらを一つの変調信号とみなして伝 送するもので,日本では1958年に鶴岡,安達両氏によっ て方式特許が確立されている。
 一方当所では,近年増加の一途をたどる陸上移動用の 周波数需要に対処するため,必要帯域幅が約3kHzに圧 縮できる本方式に着目し,周波数スペクトルの有効利用 という観点から,陸上移動に適用可能なリンコンペック ス方式の開発に着手した。
  リンコンペックス方式の原理
 リンコンペックス方式の原理を図1(a)(b)(c)に示す。図 1(a)は送信系統図で,入力音声の振幅情報信号を包絡線 検波器により抽出する。抽出した振幅情報信号は,圧縮 器の利得を調整して入力信号の一定振幅化をはかると同 時に,FM波発生器に加えてFM波に変換する。ほぽ一 定振幅となったAチャネル(一般に音声チャネルという がここでは便宜上Aチャネルと呼ぶ)信号とFM波であ るBチャネル(一般に制御チャネルというがここでは便 宜上Bチャネルと呼ぶ)信号は,図1(b)に示すように周 波数軸上に並べてSSB送信機の変調信号とする。
 図1(c)は受信系統図である。ほぼ一定振幅で送出した Aチャネル信号もFM波のBチャネル信号も伝搬途上で フェージソグを受け,主に振幅変動を伴って受信される。 まず^^ろ波器によってA,B両チャネル信号を分離した後, Aチャネル信号の振幅変動分はフェージングレギュレー タで除去して伸張器に加える。一方FM波のBチャネル 信号は振幅制限器を通して復調し,元の振幅情報信号を 得る。Aチャネル信号とBチャネル信号は,圧縮器と逆 の動作をする伸張器に加えて,元の音声信号を再生する。
 (注,試作機は,CCIRの規格と若干異り,Aチャネ ル240Hz〜2410Hz,Bチャネル2480Hz〜2680 Hzである。)


図1 リコンペックス方式の原理

  陸上移動用リンコンペックス方式開発の概要
 1970年のCCIR第12回総会で定められた本方式の勧 告値は,主として短波帯での固定及び海上業務用のもの で,前者はCCITT規格に適するよう考慮され,後者は この簡略化とみられ,いずれも設計の自由度がきわめて 制限されている。
 当所が本方式の導入を考えているVHF帯陸上移動通 信系は,短波帯とかなり異なった伝搬,外来雑音,干渉 妨害,周波数変動等の諸特性を示す。このため勧告値を 直接受け入れることが困難であり,陸上移動用リンコン ペックス方式の開発は,大規模な電子計算機シミュレー ション実験から着手した。
 1971年から検討を開始したシミュレーション実験で は,陸上移動通信系固有の深くて早いフェージングに対 処するための回路定数をはじめ,多くの設計資料を得 た。これらの資料に基づいて試作1号機を完成し,1974 年2月28日,世界で最初にVHF帯陸上移動用を目指し たリンコンペックス方式実験局を開設した。この実験局 を用いて延べ400qの走行実験を行った結果,所要の 受信品質を得るための最低所要電界強度は,現行FM方 式よりも4dB低い18dBμ/mという貴重なデータを入 手することができた。この結果は1976年3月のCCIRA ブロック中間会議に報告し,全面的に記載されている。
 一方この試作機の特性解明と隣接妨害特性調査のた め,リンコンペックス方式用標準信号発生器を開発し, これを用いた測定結果では周波数割り当て間隔を現行F M方式の20kHzから約6kHzに縮小できることがわか り,周波数スペクトル有効利用の面からも十分期待でき ることが明らかとなった。
 以上の開発過程を経て,1978年度にVHF帯陸上移動 用リンコンペックス方式の実用試作機を完成した。この 試作機は電気的特性を重視した1号機に対して,陸上移 動用としての形態,性能両面を考慮したもので小型,軽 量,低消費電力,回路の簡略化,低価格化をはかり,実 用機を目指したものである。この試作機の外観を写真に 示す。これを用いた実験局は1979年12月9日に免許開設 となり,同年度から1980年度,特に1980年4月から9月 にかけて集中的に室内及び野外の総合的な性能評価実験 を実施した。


VHF帯陸上移動用リコンペックス方式送受信装置

  特徴
 我が国で方式特許が確立した1958年当時は,ハードウ ェア面で難問が多く,先に述べたように各国から実験結 果が報告されるまでに約10年を要している。さらにそれ から10年を経た今日,ハードウェアの進歩は著しく,短波 帯と共通点の多い端局部については,その主要構成要素 である圧伸器,検波器,遅延回路等に市販のICが用い られている。このように陸上移動用として実用化を目指 した本試作機には,随所にハードウェア技術の進歩を見 ることができるほか,主な特徴をまとめると次の通りで ある。(1)深くて早いフェージングに対処するため,中間周 波数の変動レベル検出による高速AGCを採用してい る。(2)低減搬送波と制御チャネルを用いた誤同期防止型 AFC方式を採用している。(3)陸上移動に適用させるた め,CCIR勧告値の大幅見直しを行っている。(4)小型, 軽量,低消費電力,低価格化をはかるため,回路の簡略 化と構成の見直しを行っている。(5)陸上移動機器に要求 される-10℃から+50℃の温度補償を行っている。
  実験結果
 図2は,150MHz帯陸上移動用リンコンペックス方 式試作機を用いた野外実験結果の1例である。同図は横 軸に受信機入力中央値,縦軸に音声品質評価値を示して いる。同図から比較的低電界領域では,FM方式に比べ リンコンペックス方式が若干良い評価を得られることが わかる。実施した室内及び野外の実験結果をまとめると およそ次の通りである。(1)外来雑音が30dBμ(CISPR 値)前後の電磁環境下で,所要の受信品質(音声品質評 価値3前後)を得るための受信機入力中央値は,約6dBμ である。(2)希望波から7kHzオフセットしたリンコン ペックス方式隣接波がある場合に,希望波受信機入力中 央値が10dBμ以上で所要の受信品質を得るためのDU 比は,約-63dBである。(3)感度がほぼ等しいリンコン ペックス方式とFM方式を比べると,受信機入力中央値 が5dBμ〜35dBμの比較的低電界領域では,リンコン ペックス方式の特長が顕著に現れ,FM方式よりも若干 良い評価が得られる。
 これらの実験結果から,チャネル間隔7kHz程度のリ ンコンペックス方式でも,現行20kHz間隔のFM方式 とほぼ同等の性能を得られることが明らかとなった。


図2 受信音声評価の判断基準と野外実験結果の一例

  周波数有効利用への期待
 音声帯域と伝送帯域が等しいSSB通信方式は,周波 数有効利用の観点からVHF帯陸上移動でも常に注目さ れてきた。しかしながら周波数安定度やフェージングの 対策に決定的な方法もないまま現在に至っている。
 ここで述べたリンコンペックス方式は,基本的にSSB 方式であるため,ほぼ従来の3kHz帯域で通信が可能で ある。これまでの実験結果によれば,3kHz帯域のリン コンペックス方式で,現行FM方式と同程度の隣接波影 響を考慮したチャネル間隔は,およそ6〜7kHzである。
 このチャネル間隔でリンコンペックス方式を用いる と,現行60MHz帯のチャネル間隔15kHzに対しては 約2倍,150MHz帯の20kHzに対しては約3倍の周 波数が新たに割り当て可能となる。
 一般に,増加した周波数がそのまま割り当て可能とな るか否かは,通信方式固有の機器特性によるが,リンコ ンペックス方式の隣接波干渉,同一波干渉等の諸特性か ら判断して,増加する周波数の割り当ては十分可能とみ られ,周波数の有効利用に大きく寄与できる方式と考え られる。
  おわりに
 周波数有効利用の観点で注目されているSSB方式を, 当所ではリンコンペックスという付加装置を用いて, VHF帯陸上移動業務に導入する検討を進めてきた。
 これまでに得た結果では,現行FM方式の2〜3倍の チャネル数増加が見込める本方式を,陸上移動業務へ技 術的に適用し得る可能性の高いことを示している。
 一方価格面では,現時点で現行FM機器の1.5〜2倍 と試算されているが,今後実用化が進み量産化をはかれ ば,現行FM機器に十分対抗できるものと考えられる。
 以上述べたように本方式には,技術,経済両面で解決 すべき困難な問題もほとんど見当たらず,今後実用化へ の発展が期待される。
 なお,すでに述べた実験結果等の資料は,狭帯域化陸 上移動通信について審議している電波技術審議会第2部 会第4小委員会にも提出し,本年度答申の予定で審議が 進められている。

(通信系研究室 研究官 塚田 藤夫)




INRS-Telocommunications(モントリオール)に滞在して


中津井  護

  はじめに
 昭和53年9月29目から昭和55年9月3日までの約2年 間,音声信号の効率的デジタル符号化とその定量的評価 に関する研究のためカナダ国ケベック州モントリオール 市にあるINRS-Telecommunications(科学研究院電気 通信研究所,以下INRS-Telecomと略す)に滞在する 機会を得た。具体的な研究課題としては「残差駆動型線 形予測符号化方式の開発」と「主観SN比による音声デ ジタル符号化方式の比較評価」の二つを選んだが,これ らについては所内研究談話会に報告済であり,投稿中の 論文もあるのでそれらにゆずることとし,ここでは彼の 地の研究事情など一般的事項について報告する。
 筆者の滞在したケベック州では仏語系住民が多数派で あるのに対し,カナダの他の諸州では英語系が多数派で ある。我が国の新聞などでも時折報道されるように,言 語の違いを背景として,ケベック州をめぐる政情は徴妙 にゆれ動き,滞在中の日常生活にも少なからず影響し た。まず,このような問題の歴史的背景と現状を概観し てみよう。
  カナダとケベック州
 世界地図を広げてみよう。カナダの面積は日本の約27 倍,ソ連に次ぎ世界2位で,東西約5,000q(標準時 差4時間半)にも及ぶ。人口はわずか2,500万あまりで, そのほとんどが米国との国境ぞいに集中している。10 州(province)と2地区(territory)で連邦国家を形成 しているが,地方自治は徹底しており,外交,軍事など を除く日常生活に密着した行政は各州政府にまかされて いる。ケベック州はカナダでは最大,日本の約4倍の面 積を持ち,人口は600万強で西隣りのオンタリオ州(800 万強)に次ぐ。石油の産出等を背景とした西部諸州の最 近の経済発展はめざましいが,カナダ全人口の半数以上 を有する東部のオンタリオ,ケベック両州はいぜん同国 経済の心臓部である。
 ケベック州は北米でも古い開拓の歴史を持つ。1608年 に仏人S.Champlainが現在のケベック市に移住して 以来,フラソスからの入植があいついだ。したがって, 米国東部のニューイングランドに対して当地がニューフ ランスと呼ばれた時代もあった。このため現在もケベッ ク州の住民の8割以上が仏系人であり,他州では多数派 である英系人と言語のみならず,宗教的文化的背景も異 にする点が,主宰国が仏から英に移った植民地時代から カナダ連邦の一員としての現在に至るまで種々の問題を 起こしてきた。
 故仏大統領ドゴールが当地でケベック独立の演説をぶ ったり,過激派の武闘があったりしたのはもうずっと以 前のことである。1976年の州議会選挙では大方の予想に 反して,同州独立をとなえるケベック党が連邦主義をと なえて長く州政権を維持してきた自由党に大勝した。新 州政府は1977年に仏語を唯一の公用語とする法律第101 号を議会で成立させ,企業,公共機関,教育等における 仏語化政策に拍車がかけられた。このため,産業経済の 中枢をにぎる英系人との摩擦が強くなり,企業や英系人 の他州への流出,それに伴う経済基盤の相対的低下など の現象がみられたほか,我々訪問者にとっても,教育, 公的機関での諸手続などにとまどうことが少なからずあ った。しかし,1980年春に,同州独立に向けて州政府に 対して連邦政府との交渉権を与えることの可否を問う住 民投票が行われ,答はnon(否)であった。急激な変化 を望まず連邦の一員として歩む意志が示された訳で,政 治的にも安定化の方向にある。投票結果は経済面にも敏 感に反映し,たとえば,以前,他州の大都市圏に比べて 3〜4割安かったモントリオールの住宅価格が一気にそ の差をちぢめたと言われる。
  モントリオール
 ケベック州の州都はケベック市(人口約20万)である が,州民の半数約300方人がモントリオール都市圏に住 んでおり,人口はトロントに並び北米でも十指に入る。 1967年の万博(EXPO'67)はカナダ連邦100周年とモン トリオール市制325周年を記念して開催された。最近で は前述の言語問題もあって市勢はトロントに追い越され つつあるが,北米でも有数の国際商業都市として栄えて きた街であり,ICAO(国際民間航空機関)やIATA (国際航空運送協会)などの国際機関の本部があるほか, 有力銀行のほとんどがモントリオールに本店をおいてい る。大西洋から大河セントローレソスを経て,北米にお げる近代工業発祥の地である五大潮地方に至る水運の重 要拠点でもあり,筆者の住んだセントローレンス河の小 島からも数万トンクラスの大型船舶の往来を見ることが できた。市内を歩く人種は多様であり,東西南北世界中 のあらゆる地域から人が集まっている。当地の日本総領 事館の推計(1976年)によると,日系人が約1,900人, 在留邦人が約550人と,日本人は極めて少なく,日本人 学校も民間団体による週末の補習程度である。
  INBS-Telecommunications
 筆者の滞在したINRS-Telecomの上部機関INRS はInstitut National de la Recherche Scientifiqueの 略であり組織的にはケベック大学(Universite du Quebec) に属している。ケベック大は1968年に州によって 設立された新しい大学であり,Montreal,Trois-Rivieres, Chicoutimi及びRimouskiに各々独立したキャ ンパスを持つほか,フランス風の高等専門学校(工業, 行政)や放送大学なども運営している。INRSは1969年 に設立され,ケベックの風土に合った科学技術研究を目 標としており,現在,表1に示す8研究所を持つ。地域 の実状に即した研究を進めるため,州内他機関との共同 研究所として運営されているものも多い。たとえば, INRS-Energieは電力事業体であるHydro-Quebecと 結び,世紀の水力発電施設工事と言われる州北部のジェ ームス湾計画(すでに一部工事を完成し米国東部に送電 している)などを背景とし,高圧電力伝送技術開発では 高く評価されている。


表1 INRSの研究所群

 1974年に設立されたINRS-TelecomはBell Canada  と Northern-Telecomの共同出資による研究機関 Bell-Northern Research(以下BNRと略す)のシス テム部と研究施設を共有しており,一人のDirectorが 両組織の長を兼ねて一元的に管理している。なお,Bell Canada はオンタリオ,ケベック両州で事業を営むカナ ダ最大の電話会社であり,Northern-Telecomは北米 2位と言われる通信機器メーカーである。INRS-Telecom には所長以下客員教授も含めて13入の教官がおり, 約20名の修士課程の学生(ケベック大とは独立)の授業 や研究指導に当っている。また,モントリオールで最も 古い総合大学であるMcGill大とも緊密な関係にあり, 教授陣がMcGill大での授業を分担すると共に,博士課 程を含む数人の大学院生を同大から受入れている。 ま た,州政府と仏政府の協定によりフランスの研究者や学 生のほぼ定期的な受入のほか,常時数人の訪問研究者 (3ヵ月〜1年程度)をかかえ,現在,中国からの長期研 修者も滞在している。BNRのシステム部は約30名の人 員と,表2に示す4研究部門で構成される。各部門のマ ネージャは,INRSの客員教授も兼ね,実質的に全体の 研究指導者でもある。所属機関の違いは給与の出所が違 う程度であり,両組織が渾然一体となって研究活動を行 っている。


表2 BNR・システム部の研究部門

 研究面では画像通信部門が最も歴史が古く,米国のべ ル研より進んでいると言われ,世界各国からの来訪者が たえない。筆者の属した音声通信部門は比較的新しく, 拡充中で,帰国時にはメンバーが10名を越えるほどにな って,音声の符号化・伝送及び音声情報処理 (Man Machine Communications)の両分野で,基礎から応用 に至るまで幅広い研究が行われ,注目すべき成果があが りつつある。研究所内では,米国東部出身者の多いこと もあって,日常会話は英語であった。講議では英語と仏 語が約半分づつ用いられている。ただし,州立機関であ るためINRSの公式文書はすべて仏語であり,教授会に もほとんど出席したが,INRS本部からの出席者がある 場合には仏語で行われた。州政府の方針により機関内に 仏語教室があり,任意ではあったが,筆者も週二度の仏 語会話のコースをとった。日常使用しないため一向に上 達しなかったが,観劇,メープルシロップ狩り等仏語教 室主催の課外活動は結構楽しかった。
  研究環境等の印象
 滞在期間中に表3に示すような学会参加や関連機関訪 問の機会があった。また,月に2〜3度の割合で米国を 中心に各国からの来訪者による講演等もあり,国際的な 交流の機会も多かった。これらを通じて得た研究事情一 般に関する印象をまとめてみる。研究資金の確保,組織 の財政的裏付については,諸機関にそれぞれの特色があ る。米国のベル研には筆者に関係の深い音声研究グルー プが3つあるが,潤沢な研究費とめぐまれた研究環境の 中で息の長い基礎的研究を行うゆとりもある。一方,当 所と関係の深い米国のITS/NITA(商務省電気通信科 学研究所)では,3か月から1年間程度の他機関との短 期的契約による研究が大半をしめ,正規職員であ っても,給与を始めとする諸経費の捻出にたえず 頭を痛めている。INRS-Telecomは前者に近く 予算のほとんどが州政府によってまかなわれてい るが,共同研究機関であるBNRの方はやや後者 に近く,マネージャ達は各自のプロジェクトの宣 伝にこれ努める機会も多い。


表3 参加学会と公式に訪問した機関名

 研究者の態度はフランクの一言につきる。もち ろん専門分野や研究契約の条件にもよろうが,投 稿中の論文であっても見せ合う等情報交換を密に して重複をさける。各自の得意とする分野で開発 した計算機プログラムも交換し合って研究の効率化をは かる。この点ヨーロッパはやや閉鎖的と思われている。 部外者に講演を依頼したことがあるが,我々の感覚とは 若干異なり,しかるべき機関から講演を依頼されること はその人の業績の一つとして評価され,進んで受けるの が一般的な考えとのことで,十分な準備をしてくる。独 身者や学生は日本と同様に深夜まで頑張っている者も多 いが,妻帯者は,たまに休日に出てくることもあるが勤 務時間(プラス1時間程度)をきちんと守る。ただし, 時間中の集中度は極めて高く,見習うべきと思った。
  モントリオール生活雑感
 ビザの発給が約1か月遅れ,さらに霧のため5時間遅 れで成田発。バンクーバのホテルで夜中に電話で起こさ れてモントリオール直行便運休に伴う便変更を通告さ れ,深夜モントリオ-ル着。200sを越す手荷物と共 にタクシー2台に分乗して仮宿舎に入る。ボスの海外出 張のためもあって事情通の援助もなく,独力で生活基盤 の整備を電話帳を手掛りに開始。憤れない電話に仏語な まりの英語も重なって苦闘の末,一応落着くのに約3ヶ 月を要したが,今となっては貴重な経験に思われる。モ ントリオールは美しく食べ物のうまい街である。ボスト ン,ワシントン,アトランタ,デンバー等米国内のいく つかの都市も訪ねたが,モントリオールに帰るたびにそ の良さが強く感じられた。滞在中にも,街中で見かける 日本車の増加が目立った。我がアパートの地下ガレージ でも,入居時には米国製の大型車が圧倒的であったが, 帰国時にはトヨタ,ホンダ,ワーゲソ等の小型車が目立 った点,時流を如実に物語っていた。
 私事ではあるが,長男は二年間公立小学校で義務教育 を受けた。教室の人数も少なく,すべてに開放的で十二 分に学校生活を楽しんだようであるが,日本のような規 律の良さに欠ける。前述の仏語化政策の強化によって, 二年目は仏語クラスに編入される見通しであったが,学 校当局と総領事館の御尽力もあり,州政府教育省より英 語クラス入学許可証が届いた。以前当所に滞在され,昨 年再び来所されたロスコー氏とは二度オタワでお会いし た。一度は家族全員で御自宅に泊めていただき,英系カ ナダ人の規範的で暖かい家庭生活を強く印象づけられ た。また,渡加にあたっても色々と御助力下さった。
 末筆ながら,筆者にこのような機会を与えられ1 ま た,滞在中研究面で何かと御支援下さった当所,郵政本 省,INRS,カナダ通信省・CRC及び在日カナダ大使 館科学部の関係各位に深謝する。

(情報処理部 音声研究室長)




CCDS会議出席と原子標準研究所LHA,PTBを訪問して


小林 正紀

 1980年9月19日から28日までバリで開かれた第9回 CCDS(秒の定義に関する諮問委員会)会議へ出席した 他,フランス原子時計研究所(LHA)ならびにドイツ物 理工学研究所(PTB)を訪問する機会を得た。
  CCDS会議
 CCDSは国際度量衡委員会(CIPM)の諮問委員会の 一つで,日本のメンバー機関は電波研究所と計量研究所 である。またこれに関連して国内では学術会議計測標準 研究連絡委員会の一つに“時”小委員会(委員長,佐分 利義和)がおかれている。このCCDS会議は秒の定義 はもちろんのこと,国際原子時(TAI)や協定世界時 (UTC),およびこれら時刻の国際比較などに関する討議 や勧告を決める国際的な集まりで,2〜3年毎にパリの 国際度量局(BIPM)で開催される。
 今回の主な出席者は議長Guinot(BIH),アメリカ からBarnes,Allan(NBS),Winkler(USNO),ド イツからBecker(PTB),カナダからCostain(NRC), イギリスからSteele(NPL),フランスからAudoin (LHA),Granveaud(BIH),Rutman(LPTF)氏ら で,総出席者は27名であった。アジア地区からはMa Feng-Ming(中国NIM,招侍)と筆者だけが出席した。
 会議前日にBIH局長Guinot氏をパリ天文台に訪れ た。Guinot氏は非常に親近感のある人で,日本の研究成 果と立場をよく認識してくれ,翌日からの会議にも色々 日本に好意的な発言をしてくれた。しかし日本が時刻の 国際比較の手段として衛星航行システムGPSに期侍し ていることに対しては,「受信機の価格が問題であろう。 現在欧州とカナダはSymphonie衛星を定常業務に使っ ており,その利用期間の延長が課題となっている」との ことであった。
 会議場はパリ郊外にある城廓のような森に囲まれた高 台にあった。少なからず緊張して出席したが,顔見知り のBecker,Allan氏をはじめCostain,Steele氏らが ヤアしばらくよく来たねという調子で迎えてくれ,直ぐ に会場の雰囲気に馴染むことができた。会議は円卓式 で,意見が対立しても,少人数の互に知り合った集まり でもあり,なごやかなうちに討議が進められた。
 会議の主な議事は
 1. 時間と周波数に対する原子標準器の最近の進歩と 展望
 2. 時間比較法の最近の進歩と展望
 3. TAIの定義,その確立と計算アルゴリズム
などで,9月23日から3日間に亘り討議された。
 日本からはNational Report(電波研,計量研)と原 子標準器に関する研究,
“Majorana Effect on Atomic Frequency Standards(電波研)”と, “Preliminary Evaluations of NRL-M(計量研)”を提出した。これ らの報告書は各国研究所の最近の成果として紹介され た。日本の報告は非常に好評で,会議中の質間のほか体 憩の時にも,放送衛進を利用した時刻供給の成果や,T V信号を使った時刻同期,原子標準器の現状などにつき 多くの人から賞讃や関心が寄せられた。
 今会議の討議の焦点は今後の原子標準器の開発方向, TA1を構成する推計計算(アルゴリズム)において一 次標準器にどのような重みを与えるかの問題,および衛 星を用いた時刻の国際比較であった。
 現在ドイツ(PTB)とカナダ(NRC)はセシウム一次 標準器を,定期的に周波数の統計値を較正しながら連続 運転している。またSymphonie衛星を経由してBIH とも結び,精度の高い時刻比較を行ってTAIの確度に 大きく寄与している。そこでドイツは今回の会議で,連 続運転型の一次標準器(Primary Clockとよぶ)の開 発と,この一次時計だけに基づくTATの構成を勧告と して提案した。
 これに対しアメリカは,一次標準器の連続運転でな く,新しい原子標準器の開発と,日本と同様にSymphonie 衛星の利用が難しい点から,衛星による時刻の国際 比較を改善する勧告を希望した。
 これらの提案を審議した結果, CCDSでは次の勧告 が採択された。
 1. 原子標準器については,PTBとNBSの提案を まとめ,セシウム一次標準器の改善と新しい周波数 標準器の開発を促進する。
 2. 現在のデータを最大限に利用して,時系のアルゴ リズムを開発する。
 また,TAIを座標時と明確に定義すると共に,それ に伴う相対論を考慮した2地点間の時計比較式を定め た。(CCDSでの時間の単位「秒」(SI)の定義にはセ シウム原子の共鳴周波数のみが示されており,このこと で一般物理計測に必要な各地点での時系(固有時)には 充分な定義であった。ついで国際原子時(TAI)の構成 にあたっては,原子時計のおかれた座標が問題となり, ジオイド(平均海水面)を基準とした原子時系(座標時) を採用し,さらに各国の原子時の厳密な比較のため相対 論を考慮した補正式を明確にしておく必要があった。) これらの勧告と決定は日本の希望と同じであった。
 衛星による時刻の国際比較については,Barnes,Wlnkler, Allan氏に予め日本もGPSの推進を希望すると 述べたためか, Allan氏から会議前に「GPSによる時 刻比較精度の計算」の論文が筆者に手渡たされた。会議 では,「NBSはGPSの安価な受信機を開発しており, これを用いて日本と時刻比較を行う計画である」と発表 した。筆者からも,「日本は地理的条件からGPS衛星に 期待している」と述べ,Winkler氏も「GPSの現状と その推進」について説明し,会議初日はGPS推星の勧 告が出されるかと思われた。しかし翌目からヨーロッパ 各国による「Symphonie衛星の利用期間をどうするか」 という現実問題に戻り,GPS勧告は日の目をみなかっ た。


第9回CCDS会議出席者

  LHA,PTB訪問
 9月22日フランス原子時計研究所(LHA)にAudoin 氏を訪れた。ここには周波数標準部の梅津技官が客員研 究員として昨年より滞在しており,パリでの宿舎から食 事に至るまですっかり世話になった。この研究所には水 素メーザの周波数絶対値とテフロン被膜の研究のため, 温度を25℃〜120℃まで可変できるメーザ実験装置が あり,世界的にも優れた基礎研究を行っている。このほ か水銀イオンの蓄積法による標準器を世界で初めて構成 し,よい周波数安定度を得ていた。
 ドイツ物理工学研究所(PTB)はハノーバから車で約 1時間,国境近い田園を走り抜けたブラウンシュワイツ にあり,総合研究所の各建物が森の中に散在した素晴し い環境である。ここのBecker氏には精密電磁気測定集 会(CPEM)に提出した我々の論文を,前回に続き今年 も代読してもらった間柄で,初めての訪問(9月26日) であったが,Fischer氏をはじめとして一同から遠来の 仲間として親しく迎えられた。
 PTBでは我々の論文をよく検討し,驚いたことに同 じ型のセシウム共振器さえ試作しており,紹介がすむと 同時に多くの質問をうけた。楽しい一刻ではあったが, 見学中にPTBの研究について聞く時間が足りなくな り,残念なことになった。
 当所の原子標準研究室とセシウム標準器はこのPTB を範としたが,ここの原器室はさすがに体育館ほどの広 さで, これを全面電波シールドレ,振動を除くため真空 ポンプまで室外に設置するという徹底した設計であっ た。
 またPTBのセシウム一次標準器は世界で最初に,商 用時計群だけで構成したTAIの偏りを発見しており, 現在もPrimary ClockとしてNRCと共にTAIの 絶対値調整の基準に用いられている。さらに次の Primary Clock開発のため,2台の予備実験装置による基 礎研究を行っていた。
 以上CCDS会議出席とLHA,PTB訪問を終え強 く感じたことは,
 1. Guinot氏はじめ多くの出席者が非常に友好的で あり,日本に好意的な発言をしてくれた。
 2. 会議には必ず出席し,質のよい報告書を出す必要 がある。
 3. 次の会議ではGPS衛星が議題となろう。
 4. 次の会議には中国から正式代表の出席が予想さ れ,今回以上にアジア地域の時刻比較が関心を呼ぼ う。
 5. LHA,PTBとも基礎研究に重点を置きその実験 装置が立派である。
 最後に,このような貴重な経験の機会を与えていただ いた方々に深く感謝する。

(周波数標準部 原子標準研究室長)




PSSC年次会に出席して


山下不二夫

 この度PSSCの第5回年次会に出席する機会を与え られたので,その概要を紹介する。
 PSSC(Public Service Satellite Consortium:公衆 利用衛星協会)は,米国内の民間の団体である。米国内 の衛星のユーザを援助し,新たな需要を掘り起こし, FCCやNASA等と連係を保って衛星利用の場を拡げ る活動をしている。そのために衛星通信システムの調 査,自営の衛星回線の運用,一般の人達の啓蒙等も行っ ている。というわけで,PSSCは学会の類ではなく,各 セッションの聴衆は衛星通債の専門家,ジャーナリス ト,教育,医療,商業,州政府,宗教団体等さまざまな 分野の人達から成り,当然のことながらご婦人も少くな い。
 PSSC年次会はワシントン・ヒルトンホテルで,10月 8日午後から10日まで開かれた。初日は,新参者向げセ ッションで始まった。Comsat Generalの人がスライド を用いで衛星通信の仕組みを説明したのに続いて DBS (Direct Broadcasting Satellite)のセッションが開かれ た。ここでは技術的な話ではなく,FCCの方針とか, 法制上の問題に関し,活発な議論が交された。矢面に立 っていたのはFCCの計画、政策局長Nina Cornell女 史で,早口のうえ,問題点の背景を知らないため内容を 掴み難かった。翌9日は朝から始まり,歓迎の挨拶,駐 米カナダ大使Towe氏の演説,そしてInternationai Satellite Systems and Servicesのセッションとなっ た。筆者から日本ではまだ実用段階ではなく実験中であ ることを断わってCS,BSの実験システムの概要を述 べ,応用実験の紹介をし,CS-2,BS-2にも少しふれて 講演した。続いて各スピーカが,Anik B,INTELSAT のサービス今昔,農村の衛星システム,PALAPAによ るインドネシアのシステムについてそれぞれ説明した。 International と銘打っても欧州からの参加はなく,ま た時間の都合で全体で二,三の質問にとどめられ,CS, BSについての質問は割愛された。午後には,現在及び 将来の衛星システムとサービスについて二つのセッショ ンがあった。現状についてはSatellite Data Exchange やSatellite Business System等の話,そして将来計 画として12/14GHzを使うG-STARや,Cバンドで 1000チャンネルのSCPCをもつ通信衛星,30/20GHz でマルチビーム衛星切替TDMAを試みるNASAの 話等があった。翌10日は,午前中に七つのグループデン スカッションが同時進行で行われた。その二つを聞いた が,ユーザを対象とした具体的な話と討論であった。会 場の周辺ではメーカによる展示があり,衛星通信が米国 ではごく普通の手段になっていることをあらためて知っ た。
 PSSCの会議に先だって,COMSAT研究所を見学 する機会を得た。ワシントン市の北々西20マイルほどの Clarksbufgの緑に囲まれた研究所である,210エーカの 敷地(鹿島支所の約9倍)に,職員500人余り(内,研 究者160人),今年度の予算が3千万ドルという規模は当 所と大差はない。その研究はすべて衛星に向けられてい て,INTELSAT衛星のほかに国内通信用のCOMST AR,海事衛星MARISAT等の開発を行って来た。所 長のDr.Harringtonの下に幹部群と7つの研究部で構 成されており, 機関誌COMSAT Technicai Review を出している。ここでは実験に必要なものは殆ど試作で き,また国際通信地球局の保守に技術支援をする部門も 抱えている。いくつかの研究室とTorusアンテナ等を 見せてもらったが,よく整備された室内で,ハンダ鏝を もつ人を見かけ,何処も同じとの印象を受けた。広い構 内に点在するアンテナの一つが,複数ビームのTorus アンテナで,限られた範囲にある複数の衛星の運用に使 われるものである。ゴルフコースの整備でもしなくて は, と冗談が出るほど広大な構内は,何とも羨しい限り であった。我々は小さい組織だが,大企業を相手に頑張 っているのだとの言葉を耳に残して研究所を辞した。
 ワシントンの街は,落着いた品格のある雰囲気で,大 統領選挙のざわめきというようなものを感じられなかっ たのは行きずりの旅行者であるためだろうか。さわやか な10月のワシントンの一週間を経験できたことを幸に思 った。
 今回の出張についてご配慮下さった方々にお礼を申し 上げ,あわせてCOMSAT見学のお世話を願ったKDD の関係の諸氏に深く感謝します。

(鹿島支所 主任研究官)


短   信


53FG形中継放送装置設置始まる

 昭和53年度に電波監理局からの研究協力依頼を受け て,当所でNHKはじめ関係機関の協力を得て開発した 「53FG形微小電力テレビジョン中継放送装置」(本ニュ ース48号既報)が,「天竜横山テレビジョン放送局」(静 岡県)と「可部テレビジョン放送局」(広島県)に昨年 末設置された。
 53FG形装置は,辺地難視聴(約100万世帯)解消を促 進するため,「低廉化」を目的として開発していたもの で,天竜横山局は,民放4局(各3W)が423世帯,可 部局は,民放3局(各10W)が8240世帯の難視聴を解消 するため共同建設したものである。
 なお,上記2局に続き,本装置を導入した4中継放送 局(工局工波とし,あわせて20局相当)が近々相継いで 開局し16,300世帯の難視聴が解消される模様である。本 装置は,使用した結果放送各局及び地元からも好評で, 今後辺地難視聴解消促進に大いに役立つものと期待され ている。



CSダウンリンクに対する干渉量測定実施

 CSのダウンリンクは,20GHz帯地上方式無線回線 と周波数を共用しており,相互に干渉を受ける可能性が ある。CS実験実施本部では,電波監理局陸上課の依煩 に基づき関東電波監理局が実施する無線技術調査“地上 回線から衛星回線への干渉の調査”に協力し,「CS回 線が地上方式から受ける干渉」について測定を行った。
 対象とした地上回線は,電々公社東京−横浜回線で, 衛星回線には,本年度完成した小形のCS用地球局(小 形SCPC局,写真)を使用した。測定は11月17日から3 日間,測定地点を,17日:川崎南税務所構内,18日:第 一京浜六郷橋付近多摩川川原,19日:川崎市古市場小学 校付近多摩川川原と移動して実施した。
 結果は,いずれの地点においてもCSダウンリンクに 対する干渉は検出できなかった。これは,地上系,小形 SCPC局の位置及びアンテナビーム方向の関係から予測 される干渉の最大値が,いずれの場合も,小形SCPC局 受信系システムノイズレベル以下であることからも確認 された。
 3月には,電々公社武蔵野−横須賀通研回線を対象 に,横須賀市内において,更に詳しい測定を行う予定で ある。


多摩川の川原に設置した小型SCPC局



ミリ波帯高性能検出器の研究

 通信機器部物性応用研究室では,科学技術庁の特調費 による「超電導体/狭バンド半導体接合素子に関する総 合研究」を電子技術総合研究所,理化学研究所と共同し て昭和53年度から3ヵ年計画で進めて来た。
 スーパー・ショットキー・ダイオードは,ジョセフソ ソ接合素子とともに極低温で動作する高感度,かつ超低 雑音の高性能電磁波検出器用素子として近年注目を集め ている。当研究室は,これらの素子の高周波特性の評価 と応用の研究を分担し,このたび電子技術総合研究所が 開発したNb/P-GaAsスーパー・ショットキー・ダイ オードを用いて,ミリ波ミキサー(35GHz帯)を構成 し,評価実験を行った。その結果,高性能検出器用素子 として優れた特性をもつことが明らかになった。当研究 室では,さらに100GHz以上の周波数領域の高性能検 出器の開発を進める予定である。