新共通使用計算機システム


情報処理部

  はじめに
 電波研究所共通使用主計算機システム (RMACS:RRL Main Computer System)は,当所の一般科学技 術計算,衛星で取得したデータの処理,諸管理業務処理 など多様なニーズに応えるため,昭和56年度において TOSBAC-5600/160からACOS-800モデルUに更新 を予定されている。当所は昭和36年3月第1号機を導入 したので,20周年の記念すべきエポックを5番目の新シ ステムで迎えることになる。ここに新システムの概要, 経過と現状について簡単に述べる。なお新システムは昭 和55年度に据付調整を終了し,昭和56年度始めから運用 に入る予定となっている。また現システムT-5600は, 2月末を以てその使命を終了する。このシステムを導入 した大きな目標の1つであるISS計画からは,世界で始 めて衛星からの観測による電離層F層臨界周波数世界分 布図が作成される等数々の成果があげられてきた。また 今も着々と諸衛星計画を始めとして立派な研究成果があ がりつつある。
  新計算機システムへのニーズと利用形態
 本システムの利用対象は,稚内から沖縄までの地方機 関を含む9部,3特別研究室,2支所,5電波観測所に 所属する全職員約470名てある。当所はVLPから可視 光に至る電磁波スペクトルの広い領域にわたって,「宇宙 通信及び人工衛星の研究開発」「宇宙科学及び大気科学 の研究」「情報処理,通信方式及び無線機器の研究」「周 波数標準に関する研究」「周波数資源の開発」の5つの 柱のもとに,100を超える研究プロジェクトを推進して いる。RMACSはこれらの諸プロジェクトから発生する 一般科学技術計算,諸実験データの処理・解析,衛星運 用及びそれによって取得される各種大量データの処理・ 解析を主体として,給与・経理・物品管理・図書管理な どの事務処理に至るまで,多様な需要に対して効率的に 働くものである必要がある。
 当所の計算機利用傾向は,過去の解析資料からみると CPU(中央処理装置)の使用時間が長く,1日当り8時 間にも達することが珍しくない。したがって計算を申込 んでから結果がでてくるまでの時間(ターンアラウンド タイム)はCPU時間と主メモリのサイズに支配されて いるといえる。先の項目に準した今後のCPU使用時間 率を推定すると,衛星関係が主体のデータ処理約40%, 一般科学技術計算約30%,プログラム開発約10%,シミ ュレーション約6%,管理事務処理約1%,残り約10% は計算機の稼動・運用に必要な時間である。データ処理 においてCPU時間率が大きいことは,処理の中に数値 計算的要素がかなり多いことを示している。一方,一般 に事務計算はCPU時間率は低いが入出力(I/O)に要 する時間率が高く,計算機システム使用時間としては全 体的に長くなる。
 このように多様なしかも広範なニーズに応えるために は,新システムは単なる計算機という概念を脱し,利用 者が親しみを持って直接使えるような操作性のよいもの でなければならない。したがって種々のプログラム言語 が備わっていることはもち論,人間と計算機との対話に よる問題解決,ファイル管理,情報検索,データ解析, 図形処理,システム管理,運用資料処理など広範かつ多 面的な能力も要求される。
 新システムでは,現システムでみられるような1個所 へ1日200件以上もの処理が集中するのを避けるために, センターシステムはセンターバッチとオープンバッチに 分けて処理の分散を図り,それぞれ有効な利用形態がと れるよう計画されている。場所は建物配置の都合て現計 算機室の中にお互いに隣接して設営される。TSS対話 型処理方式は,大型センター計算機を所内各棟や全国に 散在する支所・観測所から利用するために有効である。 また観測所端末には処理機能(インテリジェント端末) を持たせるが,これによって通信回線の有効利用を図る とともに処理の分散の実を上げる。今C&Cという名の 下に急速な発展を遂げている計算機間データ伝送は,昭 和38年当時宇宙通信実験の黎明期に鹿島との間で13G Hzマイクロ回線によってわが国で始めて実用した実績 がある。今日このような形で支所・観測所とのネットワ ークの形成ができることは,計算機システムの進歩の急 速さを如実に示すもので,当所での積極的な利用技術の 開発が望まれる。
 以上のような情況を勘案して利用形態を推定し,図1 のような配置で新システムのネットワークを形成する。 この図に見られるようにリモートバッチを含め30数端末 を結ぶことになる。また利用できる言語は,端末固有の ものを除いて
 FORTRAN(ACOS-6 FORTRAN),COBOL (‘74,‘68ASCU,‘68BCD),BASIC,PL/I, ALGOL,PASCAL,LISP,APL 等
である。COBOLは‘74COBOLが主体となる。追加 機能としては,数理計画,統計,シミュレーション,数 値計算,図形処理,情報検索,プロジェクト管理,タイ ムシェアリング・応用ソフトウェア等に分類されて豊富 に用意される。


図1 新計算機システムの概要

  新システム導入の経緯
 昭和50年度に納入された現システムは,当所の衛星計 画が最盛期を迎えた昭和53年4月頃から,衛星データの 急増,計算機利用の多様化などの急速な進展によって, 各部門からの処理要求に対し即応できなくなるという段 階に差し掛った。このため計算機システムと諸関連業務 との関係を総合的に把握し,適正な運用と整備の計画を 樹立することを主要な目的の一つとして電子計算機運用 委員会が設立された。委員会活動はまず現状分析から始 められ,ジョブ優先度の適用,日々の計画処理,現用ソ フトウエアの把握,外注ソフトウェアの実体調査,業務 別,処理形態別の統計に基づく調整。磁気ディスクファ イル使用状況の調査と調整など種々の角度からの検討が 行われ,結果は現システムの運営に反映された。
 しかしながらこれらの努力にも増して,(1)CPU能力 の不足,(2)主メモリの不足,(3)処理の多様化,(4)性能/ 価格の劣化,(5)将来の大量ニーズの予測などから研究活 動へ及ぼす負要因がつのりつつあった。また情報処理部 では当時の状況に関して種々の広報活動を続ける一方, 計算機システムの早期更新を積極的に進める必要性を痛 感していた。
 かくして第3回の電子計算機運用委員会(54.3.6)は, 導入のための里程,システム規模と候補機種決定時期及 び方法,建設計画の決った新館との関連,予算要求対 策,図書業務への導入可否などを至急検討することを決 定し,本格的調査が開始された。この時点から3回の運 用委員会,8回の同委員会分科会が開催されその結果は メーカーに対するプロポーザルとしてまとめられた。そ の内容は向こう411〜5年を展望して現システムの3〜6 倍の能力を持つシステムを昭和56年4月に実現するとい うもので,もち論現在の機能は忠実に保存する方針とし た。表1は当所へ導入された計算機の歴史を示すもので あって,従来の導入契機はすべて1〜2の大きなプロジ ェクトの発生によるものてあったが,今回始めて全所的 な利用急増による処理不能が契機となっていることが興 味深い。
 さてプロポーザルは5社に提示され,4社がシステム を提案した。当所は提案書を慎重審議した結果,ソフト ウェア変換によるリスクが最小で,進行中の衛星計画推 進を始めとする研究活動への影響の少ない,同系上位機 種を採用しこれを基1に予算要求書を作成するという方針 を決定した。昭和54年12月末,システム更新の前提とな る昭和55年度工事予算が認められた。しかし工事予算の 査定に当って,導入時期における衛星計画の去就,国の 財政状態などの理由で計画の縮小が条件となった。そこ で直ちに縮小案を検討した結果ACOS-800Uを主構成 とするシステム案を作成した。この基本構成は運用委員 会を経て昭和56年度予算要求の骨子になった。電子計算 機システムの増強に係る昭和56年度予算要求案は,行政 管理庁及び大蔵省においてその内容と金額について審査 された。その結果さらに予算規模の再縮小となったが致 命的なものに至らなかったのは幸いであった。この間に おいて難かしい情勢下に尽力をいただいた関係機関の方 々に深く感謝するとともに,総務関係を中心とした所内 の適切な支援態勢,部内の深い理解と助力に対し,深甚 の謝意を表する次第である。


表1 計算機システムの導入経過

  新共通使用主計真機システム(IRMACS-X)の 性能概要
 新システムの導入に当って強化の重点は,CPUの能 力アップ,主メモリの増強及び処理の分散化に置かれ, 現在進行している衛星データその他の処理業務はそのま ま維持することが要求された。今回導入を予定している ACOS-800Uシステムの強化点を中心としたハードウ ェア性能概要を現システムと比較して表2に示した。表 中センターシステムの主記憶について,利用者の最大使 用限界は新システムでは256kWである。仮想記憶モー 下も用意されているが,試行後に利用に供する方針であ る。科学技術計算において現システムの欠点とされてい る計算精度は著しく向上する。磁気ディスク装置は新た に高密度のものを入れて,約1.6倍に増強し,磁気テー プを伴うジョブの能率向上とファイルの充実を図る。磁 気テープは今回9トラックに統一されるので,従来7ト ラックでデータ等を蓄積している場合は変換を必要とす るので注意を要する。
 オープンバッチ室には,磁気テープ装置4台の他にカ ード読取・せん孔両装置,ラインプリンタ(オートカッ タ付)及びX-Yプロッタ(オフライン)が置かれ,ディ スプレイによって自分のジョブの情報を得ながら使用者 自身が実行できるようになっている。データ入出力装置 はISS-b(電離層観測衛星)のデータ処理が継続して行 えることはもち論,一般にPCMデータ処理,アナログ データの前処理,ディジタルデータのアナログ出力等 AD/DA変換処理機能が充実し,ACOS-800Uとの高 速データ交換機能と共に実験データの汎用処理装置とし て用意されたものである。また現在の入出力装置に比較 して処理能力が増大している。リモートバッチは大型の N4700システムが分散処理形態で鹿島支所へ,小型(と いっても現在のリモートバッチ機能より強力)のものが 本所と平磯に設置される。
 TSS端末は,インテリジェント端末,グラフィック ディスプレイ,キャラクタディスプレイ及びタイプライ タ端末とで形成される。グラフィックディスプレイは一 部を除いてストレージ管19吋のものに統一され,本所端 末室,鹿島支所及び平磯支所にハードコピー(レーザ・ プリンタ)付で配置する。キャラクタディスプレイとタ イプライタ端末とは一対として共通使用に供するため本 所の各号館に置かれ,センター周辺に置かれるものと共 にプログラミング,プログラム修正に活用が期待され る。この組合せは,大量のLP用紙消費を軽減する効果 を上げ,省資源にもつながる筈である。


表2 旧システムと新システムとの比較

  現  状
 2年有半の準備期間の歳月を費やしたACOS-800U システムは,1月末には工場においてサブシステムの集 積を終了する。2月初旬には,オペレイティングシステ ム投入後の調整段階を迎える。われわれは現在全国にま たがる工事計画を終了し実行を待つ間に,新システムに 対する認識を深めつつ総力を挙げて新システムの利用者 のための使用マニュアルの作成を急いでいる。
 RMACS-Xは,3月早々耐震床工事,防災設備工事 などの終了と同時に搬入・据付・調整に入る。3月下旬 にはOS投入によるシステム起動,調整が行われ,リモ ートバッチその他の端末を含めて総合最終調整され,必 要な態勢を整えて昭和56年度始めからの運用を始める予 定となっている。
 以上,新システム導入に関する簡単な紹介をさせてい ただいたが,当所では始めて実現できた中央処理装置2 台構成のメリット,当所において現システムで開発し新 システムに適応した機能,インテリジェント機能等を主 として運用面の説明は割愛した。
  おわりに
 所内外の多くの人々の協力を得て現在計算機システム の更新が進められている。この仕事は導入し運用を始め る第1段階に過ぎない。当所の人々が有効に利用でき成 果を挙げ始めた時が導入段階の終了といえる。局到な準 備の下に進められているとはいえ過渡的な現象は避けら れない。所内の各位,日本電気株式会社の関係者の方々 の深い理解と支援が今後益々必要となる。当所にふさわ しい計算機システム形成のために相変らぬ支援と協力を お願いする次第である。

(計算機研究室長 原田喜久男)




第5回国際コンピュータ通信会議出席のため米国へ出張して


高橋 寛子

 第5回国際コンピュータ通信会議 (The Fifth International Conference on Computer Communication, 略称ICCC-80)が世界の39ヶ国から約1000名の参加者 を集め,1980年10月27日から30日まで米国ジョージア州 アトランタで開催された。ICCCは,コンピュータ通信 に関する技術や政策,社会的経済的諸問題等広範囲の問 題を,世界各国の関係者の間で発表討論を行うことを目 的として,1972年にワシントンD.C.で第1回の会議が 開催されて以来,1年おきに開かれているもので,前回 は京都において1978年に開催されている。
 今回のICCCは,社会に対する恩恵を特にテーマに取 りあげ,コンピュータと通信の結びつきによる新サービ ス等多彩な内容が発表討議された。会議はまず開会式の 後,80年代のコンビュータ通信と題して,ハードウェア コストの低減,ネットワークアーキテクチャの整備,衛 星通信の利用,オフィスオートメーションの発展等によ り,1980年代はコンピュータ通信にとって画期的な10年 になるであろうという趣旨の明かるい見通しをもった基 調講演で始まった。基調講演の後,会議は3セッション ずつ並行して進められ,36のセッションで126件の論文 が発表された。日本からは,当所から提出した「CS利 用コソピュータネットワーク実験システム」をはじめ14 件の講演を行った。私の講演に 対して質問は特になかったが, 後で,日本が既に実験用通信衛 星を持っていてこのような実験 が計画されていることを全然知 らなかったという人がいてPR 不足を感じた。今後実験結果等 を引き続きこの会議に発表し続 げる必要があると思う。表に国 別の発表件数を示す。


表 国別発表件数

 発表は多岐にわたり,全てを 理解できたわけでもないので, 詳細は予稿集を見ていただくこ ととし,ここでは衛星を使った コンピュータ通信に関するもの を2,3紹介する。
 まず,SBS(Satellite Business Systems)社が1セ ッション独占して,SBSのシステムに関する発表を行 い,注目された。SBSは,企業内に大量の伝送データを 持っている大企業を主な対象とし,各地に分散している 支社間で,音声からテレコンファレンスに至る各種情報 を伝送できるように,大容量の回線を必要に応じて提供 しようとするものである。そのため,周波数帯域幅が 43MHzのトランスポンダ10個を持つ衛星を打上げ, 1981年からサービスに入ることになっている。これによ り,大量のファイル転送やテレコンファレンスが可能に なるというものであるが,期待していたほどの情報は得 られなかった。
 ESAからは,OTSを使ったコンピュータ通信に関す る2つの実験が発表された。1つはSTELLA (Satellite Experiment Linking Laboratories)と呼ばれ,ジュネ ーブにある CERN(European Center for Nuclear Research) から,英,独,伊,仏各国の高エネルギー 物理研究所に大量のデータを高スピードで伝送するもの で,データ発生地と計算センタを高速高品質で結ぶため の技術の獲得を目的とするものである。他の1つは, SPINE(Space Information Network Experiment) と呼ばれ,地球観測衛星のデータの配布,コンピュータ 間の通信,遠隔地での新聞印刷,文書配布を目的とし, 将来のヨーロッパにおけるデータネットワークに備えた ものである。
 この他,国際間の郵便局を衛星で結んで,メッセージ を高速で伝送するINTELPOSTの実験システムや,広 範囲のサービスをねらった仏のTELCOMT(1983年サ ービス開始),放送局にコマーシャルスケジューリング のようなオンラインサービスを提供するネットワーク CYLIXが紹介された。
 全体として,コンピュータ通信は実用期に入り,興味 の中心は,データをどのように送信点から受信点に送る かという問題から,どのようなサービスをするかに移っ ているように思われた。テレテキストやビデオテックス のような新しいサービスに関する話題も多く,ネットワ ークの形式がまだ重要な要素であったICCC-78と比べ て特にその感が深い。進展の激しいこの分野の世界の動 向を肌で感じることができたのは有意義なことであった と思っている。このような会議に出席する機会を与えて くださったことに対して,感謝の意を表したい。

(情報処理部 情報処理研究室長)




米国国立標準局に滞在して


小宮山 牧児

  はじめに
 科学技術庁長期在外研究員として,昭和54年12月7日 から昭和55年12月6日までの1年間,米国コロラド州ボ ルダーにある国立標準局(NBS)ボルダー研究所に滞在 する機会を得たので,その概要を報告する。
  NBSでの研究
 筆者は,Time and Frequency Divisionの時間と周 波数標準グループに配属され,S.R.Stein氏の助言の もとに,極低温におげる水晶発振器というテーマで仕事 をした。
 水晶発振器は,短期周波数安定度が優れていること, 小型,軽量,低価格ということから,高精度の周波数制 御システムに欠かせぬ要素である。周波数の標準となっ ている原子標準器も,一般に水晶発振器をスレイプオシ レータとして用いているため,その短期安定度は水晶発 振器の短期安定度により決定される。このため水晶発振 器の安定度の改善は,今なお非常に重要な課題である。
 水晶発振器の周波数安定度を改善する方法の一つとし て,水晶振動子を極低温に保つことが挙げられている。 この利点は,(1)エイジング(周波数経年変化)が改善さ れること,(2)振動子の選択性を示す指数Qが増加するこ と(4.2K以下では10^7程度であるが,2Kで4.2×10^9 というソ連の報告もある),(3)温度制御が容易にな ること等である。周波数の安定化は,スレイブオシレー タの周波数を液体ヘリウム温度に冷却された高品質水晶 振動子の共振周波数に一致するように制御することで得 られる。この技術は,超伝導空胴安定化発振器で用いら れている手法と同じである。
 筆者は,2種類の異なる支持法の水晶振動子を冷却し て安定化を試みた。期待したほどの安定度は得られなか ったが,水晶振動子の極低温における特性及び高安定発 振器への応用に関する基礎データを取得できた。筆者に は初めての水晶の実験であり,大変興味深いテーマであ った。
 なお,Stein氏がワシントンのNBSの本部へ4月に 転勤したため,後半は彼の助言を得ることはできなかっ た。
 液体ヘリウムは,日本に比較して格段に安く(4ドル14) 入手でき,筆者も毎回100l単位で購入し,相当ぜいた くに使った。NBS全体では,膨大な量の液体ヘリウム を消費しているはずであるが,すべて回収なしで使用さ れているのにはびっくりした。


NBSボルダー研究所

  NTBSにおける時間と周波数標準の研究及びその印象
 研究プロジェクトは,次の二つに大別される。(1)従来 からある原子標準の改良及び応用。(2)概念の全く新しい 原子標準の研究及び応用。
 第1のグループには,2空胴2周波数セシウム標準, 受動型水素メーザ標準,ルビジウム標準,それに筆者の 従事した極低温水晶発振器がある。第2のグループに は,蓄積イオンとシンクロトロン放射を利用したレーザ 周波数の分周がある。
 この中で,将来の周波数標準として有望視されている 蓄積イオンについて簡単に説明する。この方式は,周波 数安定度として10^-16,周波数(絶対値)の確度として 10^-15台に達する可能性があると期待されている。原理 は,イオンを数p以下の電磁トラップに閉じこめ,閉 じこめる時間を長くすることにより,非常に大きいライ ソQ(吸収曲線の選択性を示す指数)が得られるという ものである。このイオンをレーザによる輻射圧冷却とい う新しい技術で1K以下まで冷却することにより(従来 の原子標準では避けることのできなかったドップラ効果 による周波数の不確定さを,大幅に軽減することができ る。NBSでは,Mgイオンをペニングトラップに閉じ こめ,レーザ冷却をしている。すでに吸収曲線も得て, 大変精力的に研究を進めていた。
 時間と周波数標準グループの研究者は,ほとんど物理 を専攻しており,30代の若い人が大半である。上述の各 プロジェクトは,1人ないしは2人の研究者で実施され ており,各プロジェクトの予算規模は,我々と比較にな らない大きさ(1研究者当り約2万ドル)である。
 NBSの時間と周波数標準の研究は,世界一と言って も過言でないと思うが,彼等の仕事に対する情熱,及び それを支える徹底した合理的な思考法,自信に満ちた研 究態度からも多くのものを学ぶことができた。予算の潤 沢さもさることながら,世界のトップにいる研究者の気 迫みたいなものが感じられた。ただ,昼食時の話題もほ とんど仕事に関することなのには,少々閉口した。
 今回の滞在では,当所での研究レベルとの差を改めて 痛切に感じさせられた。相当研究対象を絞って研究を進 め,世界のトップレベルにある研究を一つでも持つ必要 性を感じた。
  NBSの設備環境
 優れた研究を可能にする一つの条件として,研究を支 える設備環境の良さが挙げられる。この点,NBSの設 備環境はすばらしいものであった。
 当所の2種共通物品に相当するストアルームの品目は 実に豊富で,相当高価な品目まできめこまかく取りそろ えてあった。真空装置に必要なバルブ,シール,ジョイ ント類,さらに装置組立に必要となる配管,ラック,ア ングル等は,ウェアハウスと呼ばれる所で取り扱ってい て,ストアルーム同様サイン一つで購入できた。機械工 作,溶接,板金加工,ガラス工作,表面精度の精密測定 は,一つのdivisionを形成しており,その充実ぶりに は目を見張った。機械工作室には旋盤,フライス盤がず らりと並んでおり,数値制御された機械も数台設置され ている。物品の購入もたいへんスムーズに行われ,短い 期間ではあったが,物品購入の遅れによる仕事の遅れは 経験せずにすんだ。
 NBSボルダー研究所には,約400名の職員がいるが, 研究を側面から支える体制が完備されているのに強い印 象を受けるとともに,大変うらやましく思えた。
  ボルダーでの生活
 ボルダーには,NBSやNOAA(国立海洋大気庁)が あるため,古くから当所にはなじみ深い土地である。こ れまで,本ニュースでも何回か紹介されているが,人口 約8万人,海抜1600 m(私の実験室にある水銀柱は常 に60p以下であった)にある,大学,科学研究機関の 集中している美しい街である。街の西方にすぐ山がそび え,八ヶ岳の山ろくに似ているように思えた。近くに口 ッキー山脈国立公園があり,またコロラド州は Ski country Coloradoと呼ばれているように,すばらしいス キー場がたくさんあり,スキ-と山の好きな筆者には, ボルダーは大変居心地のよい所であった。私は,ボルダ ーの囲碁クラブと山岳クラブに属して余暇を楽しんだ が,彼等の国民性,文化の違いを知る上でも大変よかっ たと思っている。英語は,これまで習ってきた表現法, 発音と相当違っているように思われた。親しい友人で毎 日顔を会わせているような人とは,何とか通じさせるこ とができたが,アメリカ人同士が通常の速度で会話して いるときにその会話に入りこむことは大変難しく,映画 もほとんど無声映画に近かった。
 私には初めての外国生活であり,色々な意味で大変有 意義な1年間(366日+1秒)であった。このような機会 を与えてくださった科学技術庁,郵政省,当所の関係各 位に深く感謝します。

(周波数標準部 周波数標準値研究室 主任研究官)


短   信


報道用各極情報の伝送実験(CS応用実験)実施

 本実験は,郵政省が日本電信電話公社及び日本新聞協 会の協力を得て,多様な利用形態における回線品質の評 価を行う「衛星通信回線の品質評価に関する実験」の一 環として,報道用各種情報(ファクシミリ,データ,写 真及び紙面)の伝送に衛星通信回線を利用する場合の技 術的問題をは握するため,各種情報の伝送実験を行い期 待どおりの実験結果が得られた。
 1. ファクシミリ,デ-タ及び写真の伝送実験(2月 16日〜2月20日)
 当所のアンテナ直径1mのSCPC装置を共同通信社 の屋上に設置し,これと鹿島支所のCS主局に,日本新 聞協会が準備するファクシミリ,データ及び写真電送の 端末機器を接続して各種情報の伝送を行い,伝送品質を 評価するとともに衛星通信回線を利用する場合の技術的 問題点を検討した。
 2. 紙面電送実験(2月23日〜2月27日)
 この実験は,1ホップ電送実験と2ホップ電送実験と に分けて行われた。
 1ホップ電送実験は,電電公社の準ミリ波車載局を日 本経済新聞社大崎分室に移動し,日本経済新聞社本社に 設置されている紙面電送送債機から地上回線を使用して 紙面電送情報を準ミリ波車載局に伝送する。準ミリ波車 載局では,この紙面情報を衛星に向けて送信し,その折 り返し信号を受信再生する実験である。
 2ホップ電送実験は,1ホップ電送実験と同様に地上 回線で伝送された紙面情報を準ミリ波車載局から送信 し,CS主局で受信する。CS主局では,高出力でこれ を送信し,衛星経由で,読売新聞社本社屋上に設置した 当所のSCPC装置(アンテナ直径1m)に伝送し,読 売新聞社本社に設置されている紙面電送受信機で紙面を 再生する実験である。



自動車公衆無線電話用陸上移動無線機の型式検定

 54年12月に日本電信電話公社の自動車電話サービスが 東京地区で開始された。この自動車電話サービスは,自 動車に設置する無線電話(以下自動車電話という)と全 国の加入電話間及び自動車電話相互間でダイヤル通話を 行うことができるものである。55年11月には大阪地区で もサービスを開始し,サービス地域はさらに東京周辺, 名古屋地区等と順次拡大される情勢である。ますます増 大が見込まれる自動車電話に対し,当所の型式検定業務 も対応が迫られ,検定試験基準の検討及び機器の予備調 査等を行ってきた。56年1月16日無線機器型式検定規則 の一部改正が行われ,自動車電話は,新たな型式検定対 象機種として検定が実施されることになった。早速製造 中のメーカ2社から3台の受検申請があり,試験の結果 は,何れも良好で,2月3日には申請1号機が,引き続 いて7日に2号機,16日には3号機も合格した。



ISISの運用を続行

 当所が関与する国際電離層研究衛星 (International Satellite for Ionospheric Studies,ISIS)に関して, 所有機関であるカナダ国通信省通信研究センタ(CRC) は,1981年4月から82年3月まで従来通りのレベルで運 用を継続することを決定した。これは2月19日付の管制 運用担当者からの連絡で明らかとなった。当所は1965年 にISISワーキンググループに参加し,翌年には同シリ ーズの初期の衛星であるアルエット1,2号のテレメト リ電波の受信を鹿島支所において開始した。その後, 1969年にISIS-1号,1971年に2号が軌道に乗り,運用 対象がこれらの衛星に移され現在に至っている。また, 国際磁気圏観測年(IMS)の初年の1976年からは,国立 極地研究所との共同研究として南極昭和基地においても テレメトリ受信を実施しており,両地球局で取得された 観測データを用いて,日本及び南極域上空の電離層の構 造及びVLF帯雑音電波の研究が行われている。今回の カナダの運用延長は,当所をはじめ極地研究所の関係者 らの強い要望に沿ったものである。当所としては昨年6 月,東京で開催された第4回日加科学技術協議における 合意事項(電離層観測衛星テレメトリ受信に関する日加 国際協力)に基づいて,我が国の電離層観測衛星「うめ 2号」の電力事情の許す限り,CRCのオタワ地球局で の同衛星のテレメトリ受信を依頼するとともに鹿島支所 と昭和基地においてISlS-1,2号のデータ受信を継続し て実施する予定である。



電離層観測衛星の協定更新と近況について

 電離層観測衛星(ISS-b,「うめ2号」)の管理・運用 業務の分担及び実施に関する宇宙開発事業団との協定の 期限は本年3月31日に終了する。引き続き同衛星の管 理・運用業務を円滑に実施してその有効利用を図るた め,有効期限を昭和57年3月31日とする協定が,3月に 当所と宇宙開発事業団の間で締結された。
 ISS-bは本年2月に満3才を迎えたが,太陽電池の劣 化を除き,その他の機能は総て正常に動作しており,観 測バスの削減と衛星状態の正確な把握に基づく慎重な運 用により現在も貴重な観測データを送り続けている。運 用バスの減少により,電波予報・警報技術の改善を目的 とした世界分布図作成等のための運用は困難となってい るが,今後は実時間観測を主体とし,他衛星との同時観 測を行うなど運用モードの多様化を図り,同衛星を最大 限に活用し,通信に影響を与える電磁環境に関するデー タを継続して取得する予定である。昭和55年度までに, これらのデータを用いて,太陽活動極大期の秋,冬及び 春季の電離層F層臨界周波数の世界分布図が,また,電 離層プラズマ特性のデータブックが出版され,さらに56 年度には雷の発生頻度の世界分布図の出版が予定される ほか,その成果は内外の関係学会等にも広く発表されて いる。



科学技術振興調整費新設される

 科学技術の急速な進展に伴って,研究開発の大型化, 総合化の傾向が著しく,国際化の広がりも増しつつあ る。一方限られた資金と人材を有効に活用することが求 められており,また,諸外国からの技術導入に依存しな い創造的,革新的な自主技術の開発を積極的に推進する ことも強く要請されている。
 このような状況を反映して,我が国の科学技術に関す る最高の審議機関である「科学技術会議」の機能を強化 し,科学技術政策の総合調整を強力に推進するため,同 会議設置法の一部改正が進められている。同会議強化の 一環として,昭和56年度予算(案)では,従来の特別研 究促進調整費を発展的に解消して新たに「科学技術振興 調整費」が計上され,同会議にその運用が委せられるこ ととなった。科学技術会議では,本調整費の設けられた 趣旨にかんがみ,各省庁間,各機関との有機的連携を強 化し,産・学・官の研究協力体制を一層促進することに より,我が国の未来を切り拓くようなプロジェクトを強 力に推進するため,現在,広く関係各界の意見の聴取を 進め基本方針の策定を急いでいる。
 今後,本調整費活用の審議の進展に伴い,当所の今後 の研究活動にも大きな影響が出てくることが予想される ので,同会議での基本方針策定の審議の方向に注目して いくこととしている。



電波研究所ニュース発刊5周年を迎えて

<編集部>

 電波研究所ニュースは,昭和51年4月に第1号を発刊 し今月号で第60号,満5年になりました。皆様の御協力 に対し厚くお礼申し上げます。
 このニュースは,広報活動の一環として,職員及び一 般の方々に当所が指向する研究の方向,日々の動きにつ いてのアウトラインを知っていただく目的で刊行してい ます。今迄に多くの研究活動の紹介を行ってきました が,その種は尽きません,研究者の努力,挑戦には頭が 下ると同時に誇らしく思います。またいそがしい研究の 合間を縫って心よく原稿を執筆して下さった諸氏に感謝 しています。
 ところで研究活動の紹介は,電波の利用の広い分野に わたっており,しかも時代の先端を行く研究内容のた め,なるべくわかり易くなるように心懸けていますが非 常に難しいものです。わかり易くしたつもりや,文字の 間違いを訂正したつもりが,筆者の意図と全く違う意味 になってお叱りを受けたり,ニュアンスの違いを指摘さ れることも多く申し訳けなく思っております。
 しかしこのニュースは,たんぽぽの綿毛の様に花開き 実を結んだ研究成果や情報を多くの人々の所へ運べる楽 しさも十分味あわせてくれます。
 ニュースと銘打っている以上なるべく早く発行をと思 いつつも遅れ勝ちで,素人の集団の悲しさをかみしめて います。
 61号からは年度も変ります。新しい気持ちで担当者一 同よりよいニュースをお届けするようがんばりたいと思 います。皆様の御協力御教示をよろしくお願いいたしま す。