マイクロ波雨域散乱計の開発と航空機とう載実験


衛 星 計 測 部

  はじめに
 1972年に打上げられた人工衛星ERTSが人々の予想 をはるかに越えた有効な地表面のマルチスペクトル画像 を宇宙から送って来た。これを契機として人工衛星を用 いたリモートセンシング技術の研究は,センサ開発,デ ータの取得および解析,データの利用法のいずれの分野 においても積極的に加速されることになった。しかし可 視光領域のセンサは分解能が良く,画像化が比較的容易 である等の長所を持つ一方,夜間および雲のある時の観 測が不可能である等の短所を持つため,マイクロ波帯の センサの開発に期待がかけられてきた。1978年に打上げ られたSEASATの合成開口レーダはマイクロ波画像 センサの有効性と将来性を証明したものといえる。一方, 衛星と地表面間の大気のリモートセンシングにおいて, マイクロ波センサは受動的センサを中心に,水蒸気密度, 水滴密度,気温の垂直分布等の観測面でその有効性が確 認されてきた。しかし現在までのところ,大気,特に降 雨を対象とした能動型マイクロ波センサが衛星にとう載 された実績はない。初期のTIROS等の気象衛星の頃 から降雨レーダを人工衛星にとう載することが待望され てきたが,衛星とう載に耐える高出力送信管の開発,低 サイドローブアンテナの開発等の技術的に克服すべき問 題が多くあり実現に至っていない。当所で開発を考えて いる人工衛星とう載用雨域散乱計は,降雨観測を目的と した能動型マイクロ波センサである。これが実現して, 衛星電波の降雨散乱特性や,降雨域,降雨強度の世界的 な分布が宇宙から観測されるようになるならば,衛星通 信回線の設計を初め,台風や梅雨前線の監視,熱循環の 問題,水利,防災,農業等の多方面にわたる利用が期待 できる。
 当所では,人工衛星とう載用雨域散乱計開発の第一歩 として,昭和53年度から航空機実験用雨域散乱計の開発 を行ってきたが,装置の完成した55年度から航空機実験 を開始した。航空機実験は,人工衛星からの観測条件に 近い雨域上空からの降雨観測を行うこと,また装置の諸 パラメータを可変にすることによって人工衛星からの観 測のシミュレーション実験を行うことが可能である。以 上の点から,将来の人工衛星とう載用雨域散乱計の設計 仕様を明確にするために航空機実験は有効であると考え られる。また雲を通し,降雨を上空から観測した場合, 地上の降雨レーダからの観測とは異った,降雨の新しい 物理的性質について,どのようなデータが取得できるか, 特に降雨の垂直構造,降雨の生成過程,ブライトバンド の構造について,地上からの観測だけでは得られない新 しい知識を得ることも実験の目的であった。以下開発し た装置,航空機実験の概要について報告する。
  航空機実験用雨域散乱計/放射計
 航空機実験用に試作した雨域散乱計は,マイクロ波放 射計と組み合わされて動作するようになっており,雨域 散乱計/放射計と呼ばれている。雨域散乱計は,パルス レーダ技術を応用した装置であり,航空機上から雨域に 向ってパルス状に電波を発射し,雨によって散乱されて 戻ってくる電波を受信して,雨域の広がりや降雨強度を 算出する。マイクロ波放射計は,雨域から放射される微 弱な雑音を測定し,雨域の広がり,降雨強度を受動的に 計測することを目的とし,雨域散乱計に対する補助的な データを提供する。雨域散乱計とマイクロ波放射計はア ンテナ系を共用しており,時分割で動作する。全システ ムは,航空機上で動作することを目的に作られているが, 航空機実験を行わない時には,地上からの降雨観測が可 能なように設計されている。雨域散乱計は,ペンシルビ ーム走査型二周波パルスレンジゲート方式のものであり, Xバンド(10GHz)およびKaバンド(34.5GHz)の二周 波による同時観測を行う。アンテナ系はオフセットパラ ボラアンテナを選んだ。これはアンテナメインローブ内 の降雨散乱体積からの受信電力を,同一レンジゲートに 属するサイドローブ内のグランドクラッタからの受信電 力よりも10dB程度大きくとるためである。アンテナビー ム幅は二周波で等しい。二つのアンテナ系は同期して走 査し,ビーム幅とパルス幅で決められる同一の散乱体積 からの二周波のエコーを同時に受信する。給電系は,垂 直,水平偏波を電気的に切替えられる構造になっている。 アンテナは,航空機の機首方向に垂直な平面内を走査す る。送受信系は送信管を除いて,全て固体化してある。 パルス幅は0.5μsecと1μsecに切替えられる。またパル ス繰返し周波数は,パルス幅が0.5μsecのとき440Hz, パルス幅が1μsecのとき220Hzである。送信管はマグネト ロン(Xバンド:20k W,Kaバンド:10kW)を用いている。
 放射計は,散乱計と同じく,Xバンド,Kaバンドの二 周波である。これは雑音注入型ゼロバランスディッケ方 式と呼ばれ,受信感度が受信機の利得や,ノイズレベル, バンド幅の変動に無関係になるという利点を有し,精度 の高い雑音電波の測定ができる。特に今回試作した放射 計は,パルス状に注入される雑音のパルス幅を変化させ て受信機のダイナミックレンジの範囲(50〜400k)でゼ ロバランス条件が成立するようになっている。雨域散乱 計/放射計の全データおよび航空機の位置(緯度,経度 高度),姿勢等の補助データはすべてマイクロプロセッサ で制御して,ディジタル磁気テープに記録し,地上の計 算機によってオフラインで処理する。また機上でのクイ ックルックのためにPPIスコープ,Aスコープ等が用意 してあり,雨域散乱計/放射計データの取得状況をモニ タしている。
  航空機実験とデータ解析
 55年度は,大阪八尾空港を基地として,6〜7月の梅 雨前線,9〜11月の秋雨前線を対象に約70時間の航空機 実験を行った。航空機はセスナ404タイタンを用いた。 写真1で航空機内に据えつけた雨域散乱計/放射計の器 材を示す。全重量は512s,消費電力は,28V DC60A であり通常二名で操作する。装置全体の制御および監視 は,制御表示盤により集中的に行うことができ,環境条 件の悪い機上でも容易に操作することができる。


写真1 航空機内機器配置図


図 鹿島降雨レーダCAPPI画面上に書いた飛行コース (数値の大きほど雨が強い)

 秋期の実験では,鹿島支所の上空で地上のCバンド降 雨レーダとの共同実験を行った。図には,10月20日の飛 行コースが鹿島降雨レーダのCAPPI画面(地上高2q) の上に描いてある。図の中心が鹿島支所であり,航空機 は,御宿→銚子→大洗→阿見→鹿島→大洗→阿見→羽田 のルートで飛行している。CAPPI画面からもわかるよ うに同日は大変激しい隆雨が観測された。一例として, て,写真2に当日のAスコープクイックルック画像を示す。 上がXバンド下がKaバンドのエコーを示す。Aスコープ 画像は128個のパルスについて平均したものである。横 軸の時間スケールは,10μsec/divである。送信から約 42μsec(約6.3q)離れた所にみられる強いエコーは, グランドクラックである。送信から約1841sec(約2.7q) 離れた所にみられる地上高約3.6qのエコーの極大値は, ブライトバンドからのものと思われる。Xバンド,Kaバ ンドの両データはほぼ同様な形状を示しているが,Kaバ ンドデータの方は全体的に減衰の影響を受けていること がわかる。Xバンドデータ,Kaバンドデータの各々は,減 衰項,Mie散乱補正項を考慮して一周波の時のレーダ方 程式を解くことにより,降雨強度に変換され,一周波解 析における降雨強度の三次元分布が求められる。また二 周波で同一散乱体積を観測しているため,二周波のデー タから原理的には降雨の粒径分布が求められ,降雨の落 下速度を仮定すれば降雨強度に変換される。更に粒径分 布の高度変化がわかれば,降雨の生成過程等を知ること ができる。一方地上からの観測とは異り,降雨減衰の影 響の少ないより直接的なブライトバンドのエコーを見る ことができるが,解析を進めるにつれ,雨域の上部構造 が予想以上に複雑であることがわかってきた。航空機実 験で取得した雨域散乱計/放射計データおよび関連補助 データを収めたディジタル磁気テープはオフラインで地 上の計算機システムによって処理し,降雨強度の三次元 分布が,いくつかの断面内で二次元分布の形で,カラー グラフィックディスプレイ上に色別表示できる。写真3 に,アンテナ走査平面内のXバンドデータによる降雨強 度分布を示す。地上高約4qの所に約800mの幅にわた って強いエコーの層がみられ,これがブライトバンドに 対応するものと思われる。画面下の扇形は,Xバンドマ イクロ波放射計の輝度温度の走査平面内での分布を示し ている。


写真2 Aスコープ画像


写真3 アンテナ走査平面内の降雨強度分布

  おわりに
 現在,取得したデータの解析を始めたばかりであるが, 有効な二周波データの解析法の開発を始め多くの解決す べき研究テーマがあることがわかってきた。今後データ の解析をすすめ,グランドトルースデータに対応する地 上降雨レーダデータ,雨量計データとの対応を考慮し, データ解析法を確立すると共に,降雨の三次元構造を明 らかにして行きたい。また実験データを蓄積し,その評 価をとおして人工衛星とう載用雨域散乱計の実現にいた るための技術的みとおしを得ることも当初の計画通り進 める考えである。最後に降雨データを提供していただい た気象庁,気象研究所の皆様に感謝いたします。また当 所鹿島支所第一宇宙通信研究室の皆様には,秋期の地上 降雨レーダとの共同実験において全面的に協力していた だき感謝いたします。

(第一衛星計測研究室 主任研究官 岡本謙一)




太陽発電衛星(SPS)について


第一特別研究室

  SPS開発の動向
 1970年代初めまでは,国際経済情勢は安定成長を続け ていたが,その好況を支えていた石油資源の将来につい てはすでに枯渇による危機感が影を落していた。世界の 指導的立場を自他共に任じていた米国において1973年大 統領通達の形でエネルギー資源の将来について米国民に 注意を喚起した。その後世界の主要石油埋蔵国をひかえ る近東の政治情勢が悪化するや日本,欧州をはじめとす る石油輸入国の石油危機は急速に進行しいまや生産活動 面のみでなく生活活動面においてもエネルギー節約が叫 ばれている現状である。
 エネルギー問題の根底には,現今の主なエネルギー供 給資源である石油,石炭等の化石燃料の埋蔵量は,今後 の資源開発によって多少の増大が見込まれたとしても, また多少の節約効果が上がろうとも,今世紀末頃から徐 々に枯渇するという確かな予測があるためであって,単 なる国際政情不安のみから来る一時的なものではないこ とにある。
 将来のエネルギーとして有望視されている原子力発電 については,スリーマイル島事故に象徴される環境問題 の懸念からその拡大については必ずしも容易でなく,し かもウラニュームの供給も21世紀以降は下降線を辿ると いわれている。また核融合についても,未だに実用化へ のメドが立たない模様であまりあてには出来ない。
 太陽発電衛星(Solar Power Satellite;SPS)の着 想とその実現への気運は,このようなエネルギー情勢を 踏まえ,米国主導型の開発構想として米エネルギー省 (DOE)及び米国航空宇宙局(NASA)の共同により着手 された。
 すなわち,1970年代に入って間もなくSPSに関する技 術的適合性が検討され,1980年度予算では2,500万ドル (約50億円)の調査費が認められた。さらに将来計画と しては2000年から30年間のうちに,米国電力需要の20〜 25%を賄う発電量5GW級のSPS60箇を稼動させるた めに,5,000〜8,000億ドル(約100〜200兆円)という 巨額の経費を投入することが予定されている。この計画 には,重量資材打上げ用飛翔体(Heavy Lift Launching Vehicle;HLLV)の開発や,充分な保安を考慮して建設 される大電力電波受信施設など関連するすべてが含まれ ている。
 この計画の特長は,核融合のような解決すべき根本技 術的障壁を持たず,すべて既存の技術の延長によって達 成出来ること。さらに地上での太陽エネルギー利用のよ うに昼夜,天候等の環境に左右されず,静止軌道上の, SPSから殆んど連続的にエネルギーを供給出来る点にあ る。したがって計画逐行に要する巨額の経費とHLLVに よる資材輸送及び大電力電波によるエネルギー伝送に伴 う環境アセスメントの問題を残してはいるが,今後化石 エネルギー資源の枯渇,原子力発電開発テンポの遅滞に よるエネルギー価格の上昇が避けられないことを考慮す れば充分採算に乗ると見られている。
 米国外の国際動向としては,欧州の宇宙機関(ESA) においても,ヨーロッパのエネルギー事情と宇宙技術に 見合ったSPSへの検討が進められているが,独自でSPS を開発するよりも国際協力の形でヨーロッパの得意な技 術による開発が模索されている実情にあり,この点は我 が国と同様な立場にある。


軌道上のSPSの想像図

  SPSシステム構想
 SPS構想は,1968年米国のGlaserが提案したのに始 まる。これは現在NASA/DOEで検討されているSPS 概念設計と大きな差異もなく,まさに卓見というべきで あろう。この構想には今世紀初頭米国のTeslaによって 確立された電波によるエネルギー伝送のアイデアが採用 されており,これが後述のように環境問題として議論を 呼んでいる原因である。
 静止軌道上,幅5q長さ20qというマンハッタン島ほ どもある巨大な太陽電池のパネルに降りそそぐ豊富な太 陽光により発電されたDC電力を,2.45GHzのマイクロ 波(Industrial Scientific and Medical band;ISM バンド)に変換増幅して,パネル中央部にある直径1q の送信空中線から地上局に送信する。地上局においては レクテナ(Rectenna)と呼ばれる空中線と整流器を一括 した装置が直径約10qの円型状に配列され,SPSからの マイクロ波を受信して商用電源に変換する。また地上局 からSPS空中線制御用のパイロット電波を発射し,SPS ではその受信信号と反対方向に送信空中線を制御する retrodirective方式が採用されることになっている。こ れによって伝搬路上とか装置の異常の場合,SPS送信ビ ームを発散させ地上における大電力輻射被爆を未然に防 止することができる。
 SPSの発電は太陽電池の効率を除外すれば,商用電力 をうるまでその効率62%が可能と想定されており6.5G Wの電力をうるためにレクテナ中央部で電力密度23mW/p2, その外縁で1mW/p2と人体の電磁波照射許容レベ ル10mW/p2を著しく越えない様に考慮されている。
 このようなNASA/DOE共同開発中のSPS建設に は,大型のスペースシャトルというべきHLLVの開発に よって,スペースシャトルの1/30という低コストで地上 約500q高の中継建設基地ヘ,数万トンの資材,数百 人の人員の輸送が計画されている。21世紀には,現在よ りもエネルギーの高騰が見込まれる反面,ロケット打上 げ,太陽電池等の技術開発による低廉化によってSPS電 力コストは充分採算に乗るとみられている。
 またSPS構想としては,ここに紹介したNASA/DOE の人類のエネルギー供給の見地から登場したもののほか に,特殊目的に適合するいくつかの小中型のSPSを含む 新らしいアイデアが米国はじめ世界各国の科学者から競 って出されている。その中にはレーザ光によるSPS,周 回衛星SPS,変り種としては世界の消費エネルギーのす くなからざる部分を占めている夜間照明用の広い太陽光 反射材をそなえた人工月衛星というべき構想などがある。
 また,SPS建設費コストを安くししかもロケットでの 資材運搬による環境汚染を少なくするために,月面資源 採取によるアイデアも出されている。
  SPSによる環境問題
 魅力的な将来のクリーンエネルギー供給をねらうSPS 計画は,すべて既存技術の延長により開発可能であると さきに述べたが,どうしても事前に解決しておかなくて はならない問題として次の二つが指摘できる。
  1.大電力マイクロ波による環境問題。
  2.輸送用ロケット排気による環境問題。
 1.のうち生体効果については,レクテナ周辺の電力密 度を基準値以下にするよう考慮されているが,更に排熱 を含む安全性について検討されなければならない。また 送信マイクロ波は極めて高出力で,その出力で,現用衛星 のうち最大級の放送衛星の1000倍以上にあたるため,そ の伝搬途上における僅かのロスも大気環境に悪影響を与 えかねない。電離圏におけるその効果は理論上非直線性 であるため,その適切な評価は困難とされており,SPSか らの送信電波自体の正常な伝搬すら妨げられる可能性が あると考えられている。また送信電波のスプリアスの干 渉により既存の無線通信が乱されることはまぬかれ難い と試算されている。
 2.については,従来のロケット実験からの推定によれ ば電離圏の局地的消失ともいわれる大変調をもたらすこ とは必至とされている。これら環境問題については無線 通信が高度に運用されている我が国の場合,今後大いに 研究を進めて行く必要があろう。
  当所における対応
 米国を中心としたSPS開発気運をうけて,わが国でも エネルギー主管庁の通産省や科学技術庁においては情勢 を注目している現状である。勿論独力でSPSシステムを 開発する経済力及び技術力も充分とはいいがたいが,エ ネルギー資源のない我が国として国際協力の形で開発に 貢献してその恩恵に浴そうと考えることは当然であろう。
 他方,国際的な科学技術動向の指標というべき各種学 術誌や専門書,URSI,COSPAR,IAF等の学会でも SPSに関するものが最近続出している。電波行政と密接 に関係する国際無線通信諮問委員会(CCIRでもここ 二,三年の間に多くの文書が提出され,SPSに対する国際 的な関心を深めつつある。
 郵政省の所管事項の電波についていえば,SPS大電力 伝送による,そのスプリアス電波の既存通信系への混入 は極めて重大事であって,国のエネルギー政策と無線通 信政策の間の整合をどのように求めて行くか今後の課題 となろう。しかもこの大電力電波伝搬及びロケット排気 による電磁環境効果の推定は,本来当所の最も得意とす る超高層電離圏研究分野であり,その面での先行的環境 アセスメントが期待されよう。
 以上のような見地から,1979年1月から1980年11月ま で9回のSPS研究会(所内有志による研究会)を開催し, SPSに関する研究紹介及び研究計画の報告がされた。以 下研究計画の主なものについてその概要を述べておく。
 その中の一つは,「SPS送信空中線の送信ビーム方向 の制御用retrodirective array空中線の動作に関する実 験提案」である。SPSでは地上受信所からのパイロット 電波信号を衛星で受信し,その位相情報によって電波到 来方向に送信ビーム方向を制御することが計画されてい る。しかし,伝搬通路上の対流圏及び電離圏内での電波 屈折,散乱等に起因する位相シンチレーションのために SPS送信ビームは正しく地上受信所方向には向かない。 この様な伝搬通路上で生じる送信ビーム方向のゆらぎを, 実験的に評価しようとするものである。
 次に,大電力電波の電離圏伝搬によって発生するプラ ズマ不安定がどの程度のものか評価するために,「プラ ズマチェンバーによる室内シミュレーション実験及び地 上からの大電力送信による野外実験」が提案されている。 特に後者は,電離圏においてSPSの電力フラックスと同 程度のものを地上の直径500mアレイ空中線によって, 出力4MWで照射し,短時間ではあるが実際にブラズマ じょう乱の環境アセスメントを行うものである。この様 な大規模の電波送信実験は,現在のところ我が国では立 地的にも,経済的にも困難視されるところであろうが, SPSが21世紀以降の人類の有力な主エネルギー源として 想定するとき,この計画もあながち非現実的空論として は受けとれなくなるであろう。
 また,このようなアクティブな実験による電離圏じょ う乱状態を計測する手段としては,VHF帯ISレーダが 他の方法と比較して最もすぐれていることが結論された。 世界的にみて,ISレーダはすでに十指を数える程建設 されている。当所でも国際的な研究すう勢に遅れないた めにも,真剣にこの様な基礎的計測手段の整備に着手す べきであろう。
 この小文の目的は,将来のエネルギー源として期待さ れているSPS開発に関する動向を紹介するとともに,電 波関係の方々のSPSへの関心を高めることにある。今後 当所から芽生え出るであろうSPS関連研究への皆様の御 理解,御支援を御願いする。

(第一特別研究室長 新野 賢爾)




時間と周波数に関する国際シンポジウム出席のためインドヘ出張して


安 田 嘉 之

 56年2月10日から12日まで,インド国ニューデリーの 国立物理学研究所で開催された標記のシンポジウムに出 席する機会を得たので報告する。
 このシンポジウムの目的は時間と周波数に関連する情 報や意見の国際的な交換であるが, この分野での先進国 と開発途上国問の対話に重点が置かれ,これが今回の集 会の大きな特徴であった。集会は上記の国立物理学研究 所(NPL)が主催し,パリの国際報時局(BIH)と CCIRがこれに協力,また国際電波科学連合(URSI), 国際電気通信連合(ITU)のほか,インド国内関係機 関が共同スポンサーになった。参加者は約200人で,こ のうち約40人がインド以外の約20か国(アメリカ,カナ ダ,イギリス,フランス,イタリア,スイス,ユーゴ, ケニヤ,日本,中国,韓国,インドネシア,マレーシア, オーストラリアなど)から参加し,文字どおりの国際集 会であったが,よくこれだけ集められたものだと感心し ている。
 3日間で70余の講演と約1時間半のパネル討論など, 相当盛り沢山な集会であった。「先進国と開発途上国間 の対話」や「インドにおける時間・周波数の供給サービ ス」などのセッションも設けられていたが,国及び項目 別に分類すると次の表のようになる。


表 シンポジウム講演

 インドの発表件数は,主催国であり,また,国内発表 者の場合,5〜15分の短時間の講演が大部分とはいえ, 全体の60%に近く,この国のこの分野への関心の深さが 感じられた。原子標準の研究はルビジウム標準器を手始 めに,未だこれからという感じであるが,標準電波など を利用した時間・周波数標準の供給,比較技術や標準電 波を天文学,地震観測,電離層研究などへ応用する研究 について沢山の講演があった。高精度の国際比較手段と しては,インドでは,ロランCが受信できないので, VLF,衛星,原子時計運搬が重要で,定常的に専ら VLF(英国のGBR局のはか,オメガ日本局など)が利用 されている。電離層の季節変化などを考慮したGBR 局の受信位相データの解析により,西独と年間で1〜2 μsの精度で時刻比較ができるとのことである。衛星関係 では,電離層における信号伝搬遅延変動の研究,Symphonie衛星 による国内及び(西独との)国際時刻比較結果, また,本年中に打ち上げ予定のINSAT衛星による時刻 比較実験計画などが報告された。概して電波伝搬の研究 成果が時間・周波数標準の仕事に具体的な形で活用され ているようである。
 我が国の2件の講演は筆者の「電波研の時間・周波数 標準の近況」と国際天文連合(IAU)の時刻関連部門 委員長の飯島博士による「日本の時間・周波数標準」で, 何れも前記の「対話」セッションの中で行われた。 前者は当所で開発した平均原子時計算プログラムを用い て決定した原子時とBIHが決める国際原子時(TAI) との比較結果,BSによる高精度の周波数供給と時刻比 較実験,無人標準電波送信局の遠隔計測・制御運用シス テム,原子標準の研究,とくにマヨラナ効果を利用した 水素メーザの性能改善などに関するものである。また, 後者は我が国の専門機関における原子標準の研究及び運 用状況,機関相互及び国際時計比較の現状に関するもの で,とくに,ロランC利用の国際比較における伝搬及び 受信系遅延時間の国内各機関における採用値の差異につ き論じ,統一案を示したものである。このセッションで は他に,アメリカ海軍天文台,オーストラリア(以上原 子時),中国(原子標準器)などの講演のほか,韓国 (AM放送網の利用など,−標準電波計画には触れず),ケニ ヤ,インドネシアなどによる時間・周波数標準業務の現 況報告があった。
 本集会で非常に興味深かったものとしては,BIHの 決定するTAIの精度上の問題点,カナダで運用中の極 めて高確度のセシウム一次標準時計,アメリカ (Johns Hopkins University)の小型で高精度(1×10^-15)の VLBI用水素メーザ開発など最近の研究成果の報告,ま た,ヨーロッパで計画中のレーザを使った静止軌道利用 時刻同期法(LASSO,確度1ns期待),世界測位システ ム(GPS)衛星やスペースシャトル利用の高確度の時 刻比較方法の解説などであった。
 パネル討論の議題は「先進国と開発途上国間の協力」 で,NPLのVarma所長が座長をつとめた。筆者は URSI代表として,「衛星を利用した高精度時刻比較の推 進はURSIの決議でもあリ,とくにアジア諸国は時刻 比較の面で欧米諸国との結びつきが弱いので,このよう な時刻比較システム確立のため国際間の協力が必要だ」 という主旨の発言をした。パネル討論の決議はとくにな かったが,国際間交流の第一歩として,各国参加者の名 簿を配布することになり,後日実行された。
 以上のように,ほとんど全世界からの参加による国際 シンポジウムに出席し,とくに,インド,中国,韓国な ど,今後相互の協力が必要と思われるアジア諸国の人々 と意見交換の機会を得たことは非常に有意義であった。 また,主催者,とくにNPLのMathur博士には細かい 点まで気を配ってもらい感謝している。
 終りに,本シンポジウムに出席の機会を与えて下さっ た方々及び種々支援下さった方々に厚く感謝します。

(周波数標準部長)


短   信


通信記念日表影について

 4月20日の第48回逓信記念日に際し,当所関係では大 臣表彰として事業優績者1名,事業優績団体1,永年勤 続功労者として10名が表彰され,又所長表彰としては事 業優績者2名がそれぞれ表彰された。
1. 大臣表彰  「電波部 大瀬正美」
  多年にわたり南極地域観測に尽カし極域における地 球物理現象の研究と無線通信の改善など大きく貢献し た。
 「CS-BS実験グループ62名」(代表者生島広三郎)
 以下
 今井 信男,林 理三雄・山田 勝啓,猿渡 岱爾,  大橋 一,宮崎 謙,高橋 鉄雄,下世古幸雄,  岩崎 憲,升羽 一壽,高橋 靖宏,高橋 耕三,  近藤 智,畚野 信義,飯田 尚志,吉田 実,  内田 国昭,渡辺 昭二,古濱 洋治,森河 悠,  横山 光雄,安田 嘉之,小林 三郎,新保 礼次,  大山 治男,根本長四郎,加藤 清治,石澤 薫,  田中 良二,塚本 賢一,山下不二夫,村永 孝次,  乙津 祐一,塩見 正,西垣 孝則,有本 好徳,  磯貝 光雄,永井 清二,小坂 克彦,笹岡 秀一,  吉本 繁壽,浜本 直和,橋本 幸雄,西山 巌,  井口 政昭,鈴木龍太郎, 磯部 俊吉,土屋 茂,  田中 高史,村上 秀俊,小園 晋一,佐藤 正樹,  山本 稔,杉本 裕二,大内 智晴,福地 一,  古津 年章,石塚 仁好,竹内 誠,五十嵐 通保,  山口 伸
 実験用通信・放送衛星計画の重要性を深く認識しそ の計画の推進に当たっては一致協力して多くの困難を 克服し衛星通信・放送技術を確立するなど多大の成果 を挙げた。
2. 所長表彰
 「通信機器部標準測定研究室 高橋 剛」
 送信機からのスプリアス発射強度の測定法及び装置 の開発をするととも微小電力テレビジョン中継放送装 置の低廉化にも尽力するなど一貫して放送行政の推進 に優れた技術的貢献をした。
 「鹿島支所衛星管制課 浦塚 誠」
 多年にわたり国際電離層観測衛星と国産電離層観測 衛星の追跡管制及び観測データの取得を行い定常運用 技術を確立して国際共同研究の推進並びに無線通信の 発展に貢献した。
3. 永年勤続功労者
 本 所 岡本裕允,羽倉幸雄,生島広三郎,安田嘉之,
     加藤清治,斎藤 一,飛田常夫,上田恭市,
     早川澄子
 山川電波観測所 八木義光



7月1日 うるう秒を実施

 標準電波が通報する日本標準時は,国際間の申合せに より,昭和56年7月1日午前9時の直前に,協定世界時 に合わせて1秒のステップ調整(1秒遅らせる)を行う。 したがって,日本標準時は午前8時59分59秒のつぎに8 時59分60秒が入り,午前9時00分00秒となる。うるう秒 による1秒調整は,原子の振動に基づく協定世界時と地 球自転時との時劾差を0.9秒以内に保つため,世界中で 同時に行うものである。例年,1秒のステップ調整は, 1月1日午前9時の直前に実施してきたが,最近の地球 自転の速度の変化(1979年10月より,協定世界時からの 地球自転時の一日あたりの遅れは,約2.7ミリ秒から2.3 ミリ秒となっている)のため,今回は7月1日に行うこ とになった。昭和47年1月1日に新標準時が採用されて から,1秒のステップ調整(うるう秒のそう入)は,今 回が10回目である。



昭和56年度科学技術庁長官賞受賞


吉谷研究官

 当所音声研究室吉谷清澄研究官は,科学技術庁の研究 功績者として,昭和56年度の同庁長官賞を4月15日に受 賞した。本賞は,科学技術に関する優れた研究で,しかも 将来実用に供される可能性のある研究に対して贈られ, 毎年約40人が受賞している。本賞は昭和50年に創設され, 吉谷研究宮が当所から4人目の受賞者である。
 表彰の対象となった研究テーマは,「PCMの符号誤 り雑音抑圧方式の研究」である。本方式は,PCMのビ ット誤りによって生じるパルス性雑音を,信号処理技術 により検出・抑圧するもので,受信側の処理のみで実行 できること,処理後の品質が優れていることに特徴があ る。本方式によると,誤り率が10^-4程度のランダム誤り による雑音は,ほぼ完全に抑圧され,10^-3の場合は10^-5 程度の品質に改善される。
 本方式を導入すると,PCMを使った衛星回線や移動 通信等で,通話品質の向上,送受信装置の簡易化,アン テナの小型化,サービスエリヤの拡大などが期待できる。



新共通使用計算機システム稼働開始

 本ニュース第60号で紹介したACOS-800Uシステム は,3月末設置調整及び関連工事と60万ステップに及ぶ プログラム変換を終了し,4月1日栗原所長の始業電源 投入によって稼働を開始した。新計算機システムによる 処理結果をみると前システムと比較して約4倍も性能が 向上しており,今後予定している新大型プロジェクトに も十分対応していけるものと期待される。また今回新し く導入したセンター部のユーザヘの開放等による処理の 分散についても理解が深まりつつあり,観測所でのロー カル処理の活用,データ入出力装置による実験結果の能 卒的処理も含め,活発な利用が始まっている。なお,7 月にはOSを改版し,仮想記憶を主とした機能増強を予 定している。


栗原所長の始業電源投入



21次南極観測隊帰国

 1年間の越冬を終えた21次南極観測隊(川口貞男隊長 以下33名)は成田着の日航機で3月22日に帰国した。一 方,観測船「ふじ」は一足遅れて4月20日晴海埠頭に入 港し,観測の結果を持ち帰った。
 1980年の日本は冷夏であったが昭和基地は暖冬に見舞 われ,3月には基地開設以来初めてオングル島周囲の海 氷が割れた。この為,飛行機1機が水没,1機が氷盤に 乗ったまま流されてしまった。また8月まで海を渡って の旅行隊が出せず,人工地震,みずほ基地交代等の作業 が遅れた。
 当所担当の電離層部門は定常観測3項目の他,研究観 測としてオメガ電波観測,オーロラスキャッター通信実 験,VLF相関観測,地磁気脈動相関観測を実施した。 1980年は太陽活動の高い年に当り,オーロラや地磁気嵐 と関連する様々な現象の興味深い観測結果を得た。デー タは担当するエクスペリメンターに渡され,解析が進め られている。



研究施設一般公開の御案内

 昨年と同様,当所の研究施設を一般に公開いたします。 御多忙中とは存しますが,多数御来所くださるよう御案 内申し上げます。
 公開日時 昭和56年7月31日 10時〜16時
 公開場所 本所,支所(鹿島,平磯)及び電波観測所
      (稚内,秋田,犬吠,山川,沖縄)