衛 星 計 測 部
はじめに
写真1 航空機内機器配置図
図 鹿島降雨レーダCAPPI画面上に書いた飛行コース
(数値の大きほど雨が強い)
秋期の実験では,鹿島支所の上空で地上のCバンド降
雨レーダとの共同実験を行った。図には,10月20日の飛
行コースが鹿島降雨レーダのCAPPI画面(地上高2q)
の上に描いてある。図の中心が鹿島支所であり,航空機
は,御宿→銚子→大洗→阿見→鹿島→大洗→阿見→羽田
のルートで飛行している。CAPPI画面からもわかるよ
うに同日は大変激しい隆雨が観測された。一例として,
て,写真2に当日のAスコープクイックルック画像を示す。
上がXバンド下がKaバンドのエコーを示す。Aスコープ
画像は128個のパルスについて平均したものである。横
軸の時間スケールは,10μsec/divである。送信から約
42μsec(約6.3q)離れた所にみられる強いエコーは,
グランドクラックである。送信から約1841sec(約2.7q)
離れた所にみられる地上高約3.6qのエコーの極大値は,
ブライトバンドからのものと思われる。Xバンド,Kaバ
ンドの両データはほぼ同様な形状を示しているが,Kaバ
ンドデータの方は全体的に減衰の影響を受けていること
がわかる。Xバンドデータ,Kaバンドデータの各々は,減
衰項,Mie散乱補正項を考慮して一周波の時のレーダ方
程式を解くことにより,降雨強度に変換され,一周波解
析における降雨強度の三次元分布が求められる。また二
周波で同一散乱体積を観測しているため,二周波のデー
タから原理的には降雨の粒径分布が求められ,降雨の落
下速度を仮定すれば降雨強度に変換される。更に粒径分
布の高度変化がわかれば,降雨の生成過程等を知ること
ができる。一方地上からの観測とは異り,降雨減衰の影
響の少ないより直接的なブライトバンドのエコーを見る
ことができるが,解析を進めるにつれ,雨域の上部構造
が予想以上に複雑であることがわかってきた。航空機実
験で取得した雨域散乱計/放射計データおよび関連補助
データを収めたディジタル磁気テープはオフラインで地
上の計算機システムによって処理し,降雨強度の三次元
分布が,いくつかの断面内で二次元分布の形で,カラー
グラフィックディスプレイ上に色別表示できる。写真3
に,アンテナ走査平面内のXバンドデータによる降雨強
度分布を示す。地上高約4qの所に約800mの幅にわた
って強いエコーの層がみられ,これがブライトバンドに
対応するものと思われる。画面下の扇形は,Xバンドマ
イクロ波放射計の輝度温度の走査平面内での分布を示し
ている。
写真2 Aスコープ画像
写真3 アンテナ走査平面内の降雨強度分布
おわりに
現在,取得したデータの解析を始めたばかりであるが,
有効な二周波データの解析法の開発を始め多くの解決す
べき研究テーマがあることがわかってきた。今後データ
の解析をすすめ,グランドトルースデータに対応する地
上降雨レーダデータ,雨量計データとの対応を考慮し,
データ解析法を確立すると共に,降雨の三次元構造を明
らかにして行きたい。また実験データを蓄積し,その評
価をとおして人工衛星とう載用雨域散乱計の実現にいた
るための技術的みとおしを得ることも当初の計画通り進
める考えである。最後に降雨データを提供していただい
た気象庁,気象研究所の皆様に感謝いたします。また当
所鹿島支所第一宇宙通信研究室の皆様には,秋期の地上
降雨レーダとの共同実験において全面的に協力していた
だき感謝いたします。
(第一衛星計測研究室 主任研究官 岡本謙一)
第一特別研究室
SPS開発の動向
軌道上のSPSの想像図
SPSシステム構想
SPS構想は,1968年米国のGlaserが提案したのに始
まる。これは現在NASA/DOEで検討されているSPS
概念設計と大きな差異もなく,まさに卓見というべきで
あろう。この構想には今世紀初頭米国のTeslaによって
確立された電波によるエネルギー伝送のアイデアが採用
されており,これが後述のように環境問題として議論を
呼んでいる原因である。
静止軌道上,幅5q長さ20qというマンハッタン島ほ
どもある巨大な太陽電池のパネルに降りそそぐ豊富な太
陽光により発電されたDC電力を,2.45GHzのマイクロ
波(Industrial Scientific and Medical band;ISM
バンド)に変換増幅して,パネル中央部にある直径1q
の送信空中線から地上局に送信する。地上局においては
レクテナ(Rectenna)と呼ばれる空中線と整流器を一括
した装置が直径約10qの円型状に配列され,SPSからの
マイクロ波を受信して商用電源に変換する。また地上局
からSPS空中線制御用のパイロット電波を発射し,SPS
ではその受信信号と反対方向に送信空中線を制御する
retrodirective方式が採用されることになっている。こ
れによって伝搬路上とか装置の異常の場合,SPS送信ビ
ームを発散させ地上における大電力輻射被爆を未然に防
止することができる。
SPSの発電は太陽電池の効率を除外すれば,商用電力
をうるまでその効率62%が可能と想定されており6.5G
Wの電力をうるためにレクテナ中央部で電力密度23mW/p2,
その外縁で1mW/p2と人体の電磁波照射許容レベ
ル10mW/p2を著しく越えない様に考慮されている。
このようなNASA/DOE共同開発中のSPS建設に
は,大型のスペースシャトルというべきHLLVの開発に
よって,スペースシャトルの1/30という低コストで地上
約500q高の中継建設基地ヘ,数万トンの資材,数百
人の人員の輸送が計画されている。21世紀には,現在よ
りもエネルギーの高騰が見込まれる反面,ロケット打上
げ,太陽電池等の技術開発による低廉化によってSPS電
力コストは充分採算に乗るとみられている。
またSPS構想としては,ここに紹介したNASA/DOE
の人類のエネルギー供給の見地から登場したもののほか
に,特殊目的に適合するいくつかの小中型のSPSを含む
新らしいアイデアが米国はじめ世界各国の科学者から競
って出されている。その中にはレーザ光によるSPS,周
回衛星SPS,変り種としては世界の消費エネルギーのす
くなからざる部分を占めている夜間照明用の広い太陽光
反射材をそなえた人工月衛星というべき構想などがある。
また,SPS建設費コストを安くししかもロケットでの
資材運搬による環境汚染を少なくするために,月面資源
採取によるアイデアも出されている。
SPSによる環境問題
魅力的な将来のクリーンエネルギー供給をねらうSPS
計画は,すべて既存技術の延長により開発可能であると
さきに述べたが,どうしても事前に解決しておかなくて
はならない問題として次の二つが指摘できる。
1.大電力マイクロ波による環境問題。
2.輸送用ロケット排気による環境問題。
1.のうち生体効果については,レクテナ周辺の電力密
度を基準値以下にするよう考慮されているが,更に排熱
を含む安全性について検討されなければならない。また
送信マイクロ波は極めて高出力で,その出力で,現用衛星
のうち最大級の放送衛星の1000倍以上にあたるため,そ
の伝搬途上における僅かのロスも大気環境に悪影響を与
えかねない。電離圏におけるその効果は理論上非直線性
であるため,その適切な評価は困難とされており,SPSか
らの送信電波自体の正常な伝搬すら妨げられる可能性が
あると考えられている。また送信電波のスプリアスの干
渉により既存の無線通信が乱されることはまぬかれ難い
と試算されている。
2.については,従来のロケット実験からの推定によれ
ば電離圏の局地的消失ともいわれる大変調をもたらすこ
とは必至とされている。これら環境問題については無線
通信が高度に運用されている我が国の場合,今後大いに
研究を進めて行く必要があろう。
当所における対応
米国を中心としたSPS開発気運をうけて,わが国でも
エネルギー主管庁の通産省や科学技術庁においては情勢
を注目している現状である。勿論独力でSPSシステムを
開発する経済力及び技術力も充分とはいいがたいが,エ
ネルギー資源のない我が国として国際協力の形で開発に
貢献してその恩恵に浴そうと考えることは当然であろう。
他方,国際的な科学技術動向の指標というべき各種学
術誌や専門書,URSI,COSPAR,IAF等の学会でも
SPSに関するものが最近続出している。電波行政と密接
に関係する国際無線通信諮問委員会(CCIRでもここ
二,三年の間に多くの文書が提出され,SPSに対する国際
的な関心を深めつつある。
郵政省の所管事項の電波についていえば,SPS大電力
伝送による,そのスプリアス電波の既存通信系への混入
は極めて重大事であって,国のエネルギー政策と無線通
信政策の間の整合をどのように求めて行くか今後の課題
となろう。しかもこの大電力電波伝搬及びロケット排気
による電磁環境効果の推定は,本来当所の最も得意とす
る超高層電離圏研究分野であり,その面での先行的環境
アセスメントが期待されよう。
以上のような見地から,1979年1月から1980年11月ま
で9回のSPS研究会(所内有志による研究会)を開催し,
SPSに関する研究紹介及び研究計画の報告がされた。以
下研究計画の主なものについてその概要を述べておく。
その中の一つは,「SPS送信空中線の送信ビーム方向
の制御用retrodirective array空中線の動作に関する実
験提案」である。SPSでは地上受信所からのパイロット
電波信号を衛星で受信し,その位相情報によって電波到
来方向に送信ビーム方向を制御することが計画されてい
る。しかし,伝搬通路上の対流圏及び電離圏内での電波
屈折,散乱等に起因する位相シンチレーションのために
SPS送信ビームは正しく地上受信所方向には向かない。
この様な伝搬通路上で生じる送信ビーム方向のゆらぎを,
実験的に評価しようとするものである。
次に,大電力電波の電離圏伝搬によって発生するプラ
ズマ不安定がどの程度のものか評価するために,「プラ
ズマチェンバーによる室内シミュレーション実験及び地
上からの大電力送信による野外実験」が提案されている。
特に後者は,電離圏においてSPSの電力フラックスと同
程度のものを地上の直径500mアレイ空中線によって,
出力4MWで照射し,短時間ではあるが実際にブラズマ
じょう乱の環境アセスメントを行うものである。この様
な大規模の電波送信実験は,現在のところ我が国では立
地的にも,経済的にも困難視されるところであろうが,
SPSが21世紀以降の人類の有力な主エネルギー源として
想定するとき,この計画もあながち非現実的空論として
は受けとれなくなるであろう。
また,このようなアクティブな実験による電離圏じょ
う乱状態を計測する手段としては,VHF帯ISレーダが
他の方法と比較して最もすぐれていることが結論された。
世界的にみて,ISレーダはすでに十指を数える程建設
されている。当所でも国際的な研究すう勢に遅れないた
めにも,真剣にこの様な基礎的計測手段の整備に着手す
べきであろう。
この小文の目的は,将来のエネルギー源として期待さ
れているSPS開発に関する動向を紹介するとともに,電
波関係の方々のSPSへの関心を高めることにある。今後
当所から芽生え出るであろうSPS関連研究への皆様の御
理解,御支援を御願いする。
(第一特別研究室長 新野 賢爾)
安 田 嘉 之
56年2月10日から12日まで,インド国ニューデリーの 国立物理学研究所で開催された標記のシンポジウムに出 席する機会を得たので報告する。
表 シンポジウム講演
インドの発表件数は,主催国であり,また,国内発表
者の場合,5〜15分の短時間の講演が大部分とはいえ,
全体の60%に近く,この国のこの分野への関心の深さが
感じられた。原子標準の研究はルビジウム標準器を手始
めに,未だこれからという感じであるが,標準電波など
を利用した時間・周波数標準の供給,比較技術や標準電
波を天文学,地震観測,電離層研究などへ応用する研究
について沢山の講演があった。高精度の国際比較手段と
しては,インドでは,ロランCが受信できないので,
VLF,衛星,原子時計運搬が重要で,定常的に専ら
VLF(英国のGBR局のはか,オメガ日本局など)が利用
されている。電離層の季節変化などを考慮したGBR
局の受信位相データの解析により,西独と年間で1〜2
μsの精度で時刻比較ができるとのことである。衛星関係
では,電離層における信号伝搬遅延変動の研究,Symphonie衛星
による国内及び(西独との)国際時刻比較結果,
また,本年中に打ち上げ予定のINSAT衛星による時刻
比較実験計画などが報告された。概して電波伝搬の研究
成果が時間・周波数標準の仕事に具体的な形で活用され
ているようである。
我が国の2件の講演は筆者の「電波研の時間・周波数
標準の近況」と国際天文連合(IAU)の時刻関連部門
委員長の飯島博士による「日本の時間・周波数標準」で,
何れも前記の「対話」セッションの中で行われた。
前者は当所で開発した平均原子時計算プログラムを用い
て決定した原子時とBIHが決める国際原子時(TAI)
との比較結果,BSによる高精度の周波数供給と時刻比
較実験,無人標準電波送信局の遠隔計測・制御運用シス
テム,原子標準の研究,とくにマヨラナ効果を利用した
水素メーザの性能改善などに関するものである。また,
後者は我が国の専門機関における原子標準の研究及び運
用状況,機関相互及び国際時計比較の現状に関するもの
で,とくに,ロランC利用の国際比較における伝搬及び
受信系遅延時間の国内各機関における採用値の差異につ
き論じ,統一案を示したものである。このセッションで
は他に,アメリカ海軍天文台,オーストラリア(以上原
子時),中国(原子標準器)などの講演のほか,韓国
(AM放送網の利用など,−標準電波計画には触れず),ケニ
ヤ,インドネシアなどによる時間・周波数標準業務の現
況報告があった。
本集会で非常に興味深かったものとしては,BIHの
決定するTAIの精度上の問題点,カナダで運用中の極
めて高確度のセシウム一次標準時計,アメリカ
(Johns Hopkins University)の小型で高精度(1×10^-15)の
VLBI用水素メーザ開発など最近の研究成果の報告,ま
た,ヨーロッパで計画中のレーザを使った静止軌道利用
時刻同期法(LASSO,確度1ns期待),世界測位システ
ム(GPS)衛星やスペースシャトル利用の高確度の時
刻比較方法の解説などであった。
パネル討論の議題は「先進国と開発途上国間の協力」
で,NPLのVarma所長が座長をつとめた。筆者は
URSI代表として,「衛星を利用した高精度時刻比較の推
進はURSIの決議でもあリ,とくにアジア諸国は時刻
比較の面で欧米諸国との結びつきが弱いので,このよう
な時刻比較システム確立のため国際間の協力が必要だ」
という主旨の発言をした。パネル討論の決議はとくにな
かったが,国際間交流の第一歩として,各国参加者の名
簿を配布することになり,後日実行された。
以上のように,ほとんど全世界からの参加による国際
シンポジウムに出席し,とくに,インド,中国,韓国な
ど,今後相互の協力が必要と思われるアジア諸国の人々
と意見交換の機会を得たことは非常に有意義であった。
また,主催者,とくにNPLのMathur博士には細かい
点まで気を配ってもらい感謝している。
終りに,本シンポジウムに出席の機会を与えて下さっ
た方々及び種々支援下さった方々に厚く感謝します。
(周波数標準部長)
吉谷研究官
当所音声研究室吉谷清澄研究官は,科学技術庁の研究
功績者として,昭和56年度の同庁長官賞を4月15日に受
賞した。本賞は,科学技術に関する優れた研究で,しかも
将来実用に供される可能性のある研究に対して贈られ,
毎年約40人が受賞している。本賞は昭和50年に創設され,
吉谷研究宮が当所から4人目の受賞者である。
表彰の対象となった研究テーマは,「PCMの符号誤
り雑音抑圧方式の研究」である。本方式は,PCMのビ
ット誤りによって生じるパルス性雑音を,信号処理技術
により検出・抑圧するもので,受信側の処理のみで実行
できること,処理後の品質が優れていることに特徴があ
る。本方式によると,誤り率が10^-4程度のランダム誤り
による雑音は,ほぼ完全に抑圧され,10^-3の場合は10^-5
程度の品質に改善される。
本方式を導入すると,PCMを使った衛星回線や移動
通信等で,通話品質の向上,送受信装置の簡易化,アン
テナの小型化,サービスエリヤの拡大などが期待できる。
栗原所長の始業電源投入