まえがき
宇宙開発委員今が本年3月18日に決定した「宇宙開発
計画」に対する見直し要望が,別記のとおり6月11日に
郵政省から宇宙開発委員会に提出された。要望事項は,
@自主技術による宇宙開発の促進策について,A通
信衛星3号(CS-3),B航空・海上技術衛星(AMES),
C実験用静止通信衛星U型(ECS-U),D
新しい周波数帯を利用した衛星放送に関する研究,E
通信技術衛星(ACTS-G),F衛星搭載用電磁環境
観測ミッション機器の研究,G衛星搭載用能動型電波
リモートセンサーの研究,H衛星利用捜索救難システ
ムの研究の9項目である。このうち,昨年の要望に対して,
Aが新規項目であり,D,Fには大幅な変更が,他の項
目に関しては衛星打上げ年次の変更,部分的変更が加え
られている。
今回の見直し要望では,国の財政事情が厳しく予算の
延びが期待できないこと,衛星打上げ時期が特定できな
いものが多いことなどから,打上げ年次の延期や,開
発研究から研究への変更などがみられることが特徴であ
る。
要望をまとめるに当って,3月から所内では宇宙開発
計画検討委員会(委員長:上島次長)が主体となって討
議を進めるとともに,電波監理局宇宙通信企画課及び宇
宙通信開発課,宇宙開発事業団,AMES連絡会,電電
公社,NHK,KDD等との緊密な連絡調整を行った。
以下に,当所と関係の深い見直し要望事項について,
従来の要望との相違点を中心に述べる。
航空・海上技術衛星(AMES)
昭和53年以来の宇宙開発委員会での見積り方針では,
「開発研究」を行うとされたが,予算が認められなかっ
たことから,56年3月決定の宇宙開発計画の中では「研
究」の段階に留まっている。AMESは当所にとって,
CS,BS,ECSに続く重要な衛星計画である。従っ
て,ミッションの変更を行わずに,打上げ年度を60年度
から61年度とし,開発研究を要望する。
AMESは,52年度の宇宙開発委員会の審議結果に基
づいた科学技術庁(宇宙開発事業団),運輸省,郵政省の
共同計画であり,AMES連絡会により連絡を密に保ち
ながら研究を進めてきた。しかし,今年は運輸,郵政両
省と宇宙開発事業団との間で,衛星バス,打上げロケッ
ト等について意見の相違があり,AMES連絡会として
一本化した要望にまとまっていない。当所は,従来の計
画の推進を明示するため,「スピン型静止衛星に関する自
主技術の確立……」を要望の中に加えている。
なお,当所の56年度予算として「衛星を利用した航空
・海上通信技術の研究開発」が引き続き認められており,
Lバンド電波の海上伝搬実験と低雑音増幅器の開発を進
めている。
実験用静止通信衛星U型(ECS-U)
衛星の打上げ失敗により,不成功に終ったECS計画
に代って,昨年度新たに要望を行った。本年度の予算は
認められなかったが,郵政省,電電公社,NHK,KDD
の関係者で構成する宇宙通信連絡会議 開発実験部会
衛星開発分科会で十分な検討を行ってきた。
ECS-Uは,ミり波帯の電波の特徴を生かした衛星
通信システムの開発,衛星内交換方式の開発,準ミリ波
帯衛星通信システムの能率向上のための高性能中継器の
開発等を目的としている。 また,その開発,実験の成果
をCS-3以降のできるだけ早い実用通信衛星に反映さ
せることを考えている。
H-Tロケットで打ち上げられる重量550s,三軸姿勢
制御又はプラットホームデスパン型の衛星を想定してい
るが,打ち上げの時期は,H-Tの開発状況等を考慮し
て,昭和60年代初頭を要望している。ミリ波,準ミリ波
とも3系統の中継器を備え,展開マルチビームアンテナ
(ミリ波3ビーム,準ミリ波2ビーム)や衛星内回線切
替器を使った種々の通信実験が計画されている。
新しい周波数希を利用した衛星放送に関する研究
昨年は,実験用放送衛星(EBS)を,昭和62年度に
打上げることとして開発研究を行うことを要望したが,
見積り方針では研究に留まった。ところで,12GHz帯の
周波数による衛星放送が急速に拡充して行く情勢にあり,
一方,地域別放送,高品位テレビジョン放送等,放送の
多様化に対する要求が高まるものと考えられる。このた
め,22GHz帯等の新しい周波数帯を利用した衛星放送技
術の確立が必要であり,本年は「研究」として要望する。
研究内容は,新周波数帯におけるシステム構成,マルチ
ビームアンテナなどのハードウェア,高品位テレビジョ
ンやディジタルテレビジョンなどの放送方式,トランス
ポンダや高出力TWT増幅器などの搭載用機器である。
通信技術衛星(ACTS-G)
将来の移動体との通信や衛星間通信に必要な技術の開
発を目的とし,昭和52年度以来要望してきた。当面の開
発目標をマルチビームアンテナにおき,昭和55年度から
予算も認められ研究開発が進んでいる(マルチビームア
ンテナについては,本ニュースNo54参照)。従来,昭和60
年代前期の衛星打上げを要望してきたが,諸般の事情を
考慮して,今回は60年代中期に打上げるよう変更した。
衛星搭載用電磁環境観測ミッション機器の研究
昨年度までは,電離層観測衛星(ISS-b,「うめ2
号」)の成果を踏まえた電磁環境観測衛星(EMEOS)
を要望してきた。EMEOSは,中短波帝からマイク
ロ波帯にわたる広い周波数帝の電波に関する電磁環境
を観測し,電波予報にも役立てようとするもので,61年
度の打上げを要望していた。一方,EMEOSの中・短
波帯のサウンダと基本的には同一機能をもつ金星電離層
サウンダを開発して金星周回衛星(VOIR)のプロジ
ェクトに参加する準備を進め,予算も認められていた。
しかし,昨夏,NASAにおいて同プロジェクトへの参
加の承認が得られなくなった。また,56年度予算でEM
EOSが認められなかったなどの諸般の事情を考慮し,
本年は衛星の打上げについては触れず,構想を新たにし
た電磁環境観測ミッション機器の研究を要望する。
衛星通信ではマイクロ波帯の電波を使用する。マイク
ロ波は電離層の影響を受けないとされているが,磁気嵐
時に電離層を透過する際,電波の強度及び位相が激しく
変動し,通話品質が劣化することがある。また多くの実
用衛星が利用する静止軌道は,地球を取りまく外部放射
能帯の中にあり,さらに濃密な地球プラズマ圏の外側に
あって,太陽活動及び地球の磁気圏尾部に発生する高温
プラズマや,高エネルギ粒子の影響を直接受けるため,
衛星搭載電子機器は衛星表面の異常帯電と放電に伴う誤
動作を生したり,損傷を被ることもある。
今後,増大する実用衛星の円滑な運用をはかるため,
衛星による宇宙電磁環境観測データを用いた無線通信障
害及び衛星電磁障害を含む,広範な宇宙電磁じょう乱の
発生の予知と警報を行う必要がある。そのための電磁環
境ミッション機器として,ア.電波伝搬モニタ装置,イ.
衛星帯電モニタ装置,ウ.電波雑音モニタ装置,エ.低
周波サウンダ,オ.静電磁界モニタ装置,カ.太陽活動
モニタ装置,を研究開発し,ISS-bの成果を踏まえ
て1980年代後半から宇宙電磁環境じょう乱警報業務を始
めることを目標にする。なお,57年度には,先ずア〜エ
の機器について基礎実験を含む調査研究に着手する。
衛星搭載用能動型電波リモートセンサーの研究
昨年は,衛星搭載用合成開口レーダの開発研究につい
て要望を行った。合成開口レーダを製作する予算は認め
られなかったが,映像作成のソフトウェア,ディジタル
処理について開発を進めている。
一方,当所では53年度から航空機搭載用雨域散乱計/
放射計の開発を行い,55,56年度に航空機実験を実施し,
貴重な成果を得ている(本ニュースNo.62参照)。また,
NASDAで計画している海面散乱計や高度計についても検
討を行ってきた。これらの成果を生かして,今後雨域散
乱計と海面散乱計,高度計の機能を合わせもつような衛
星搭載用能動型リモートセンサーの開発を行う予定であ
る。従って,今回の要望の題目は総括的な表現に変更した。
衛星利用捜索救難システムの研究
当所では,昭和55年度から本研究を開始した。本年度
は予算も成立し,周波数拡散変調方式を用いた406MHz
帯と1.6GHz帯の非常用位置指示無線標識(EPIRB)
と,406MHz帯の受信装置の開発整備を進めてい
る。57年度からは,406MHzについては太陽同期軌道
衛星(N0AA E及びCOSPAS 1),1.6GHz
帯では静止衛星(MARECS及びINTELSAT-
X)を使った実験を計画している。従って,今回の見直
し要望では,「国際実験に参加する」が付け加えられた。
なお,本研究の詳細は本ニュースNo.63に述べてある。
(企画部第一課長 鈴木 誠史)
郵政省
56.6.9
電離層観測衛星研究運用本部
はじめに
図1 電離層臨界周波数世界分布図
(1978年8月〜12月平均,UT=00±1時)
地上からの電離層観測データに基づいたfoF2
世界分布モデルとしてはCCIR SG6
Report340に掲載されたものが現在通信回線設
計の基礎資料とされているがこれとISS-b
アトラスとどの程度差があるのだろうか。統
計によるとまず,全地球平均値foF2と太陽黒
点数Rの関係はそれぞれ
^^foF2(ISS)=0.034R+5.14
^^foF2(CCIR)=0.048R+3.53
となり, Rが120以上の場合,CCIRモデ
ルの値がISS-bの観測値を超える傾向に
ある。
両者の差を地域的にみると,まず一般的傾
向として,低緯度においてCCIR値がIS
S観測値より高く,中緯度においては逆に観
測値の方が高くなる。図2は1978年秋におけ
るUT零時の△foF2(ISS観測値から同一
地点のCCIR予報値を引いたもの)の世界
分布図である。この場合,南大平洋に△foF2
≧1MHzの領域(斜線部)が,また南米・南
大西洋域に△foF2≦-1MHzの領域(部分斜
線部)がみられ陸地の観測だけに依存した
CCIRモデルには補正の余地があることを示
している。
図2 南北両半球,緯度45°及び60°におけるΔfoF2の緯度対世界分布,
等高線は1MHZ毎で,太い実線はΔf0F2=0,細い実線は正,破線は負。
季節,世界時は図1と同一。
TOP-Bイオノグラムに現われるスプレ
ッドエコーを統計処理することにより宇宙通信用電波の
振幅及び位相変動の原因となる電子密度の揺らぎの地域
・地方時依存性を知ることができる。図3に見られるよ
うに,スプレッドエコーが頻発するのは高緯度と夜間の
赤道地域である。
図3 スプレッドエコーの発生頻度(1979年11月〜
1979年3月)縦軸:地方時,横軸:緯度
TOP-BのAGC(Automatic Gain Control)データ
から宇宙雑音スペクトル,太陽電波バースト,地上から
の混信電波に関する情報が得られる。混信電波の下限周
波数fiをfoF2の推定値とする方法の有用性については,△
f=(fi-foF2)/foF2の世界分布を調査することにより得
られる。電波的にもちょう密な先進国附近の電離層の構
造が安定な地域では,|△f|<0.2と,偏差が小さく,
この地域で推定精度が高いことが分った。また△fの太陽
天頂角依存性を調べることにより,夜間は良好な推定値
を与えるが,昼間はfoF2より高い推定値を与える傾向が
あることを見出した。
TOPミッションのAGCデータは送信パルスの影響
をほとんど受けないように設計されており,衛星で受信
される電波雑音強度を表わしている。foF2より低い周波
数の電波雑音強度は受信周波数が遮断周波数に近づくに
つれて,プラズマの影響で低下する。このことを利用し
て電波雑音強度から遮断周波数,すなわち衛星近傍の電
子密度を推定できる。こうして求めた電子密度のUTマ
ップは,磁気赤道上で地方時13時に大きなピークを示す
と共に地方時20時にも顕著なピークを示す。又,南半球
の中緯度において,電子密度分布のいわゆる「UT効果」
が見られる。
また電子密度分布に関連し,ISS-bの発射する,
2波のテレメトリ電波(136,400MHz)が同じデータで,
PCM変調されているのを利用して,その到達時間差から
衛星-地上局間の伝搬路に沿って単位断面積をもつコラ
ム中の電子数の総和(Columnar Electron Content)を求
める手法を開発し,現在,実験を行っている。その測定
精度を,電波通路解析法を用いて検討した結果,電離層
の傾きによる効果が周波数差による伝搬路の差異に大き
く影響を与え,決定精度を悪化させる最大の原因となる
ことかわかった。
電波雑音観測(RAN)
RANミッションの目的は,短波帯の主雑音源である
雷の発生頻度の世界分布図を作成すること及び電離層上
側の衛星軌道高度における電磁環境を全世界的に調べる
ことである。
観測装置は,地上からの混信を極力避けるため、受信
周波数を2.5,5,10,25MHzの標準電波の保護バンド
に設定した4台の狭帯域,広動作範囲の受信機で構成さ
れ,出力形式は雑音信号の平均強度(アナログ出力)
と,それを15又は20dB上まわる衝撃性出力の頻度(ディ
ジタル出力)の2種類である。この2つの出力を電子計
算機にかけ,予め定めた判定基準により,雷放電,太陽
電波.宇宙雑音及び混信に分類し,統計処理を行う。
図4は1978年秋季(9,10,11月)に得られたデータ
を基に作成した雷放電発生頻度の世界分布図(UT22〜
02時)で,100q^2に毎秒発生する雷放電の数は,図中の
値に10^-5を乗じて与えられる。雷の発生が東南アジア,
アフリカ,中央アメリカ等の低緯度陸地に多いことがわ
る。このような分布図が1978〜1980年の間観測されたデ
ータを基に,四季にわたり,時間帯を変えて作成されて
いる。
図4 雷放電発生頻度世界分布図(1978年秋季,UT=00時)
短波帯の通信系に妨害を与える空電は,雷放電源から
直接到来する局地雷成分と,遠方から電離層中を伝搬し
て到来する多数の雷放電源による伝搬雷成分との合成波
である。従って,雷放電のもつ平均的なスペクトルは良
く知られているので、上記の雷放電発生頻度の世界分布
図を基にして伝搬特性を計算することにより,任意の地
点における空電強度が求まる。図5はこのようにして作
られた周波数2.5MHzの秋季における空電強度の世界分
布図(図4に対応)の1例である。図中の数字は等価ア
ンテナ雑音指数Fa(dB)である。CCIRの空電強度の世
界分布図が,地球上のわずか16地点での測定データを基
に作られているのに比べて,本分布図は衛星観測を用い
た画期的な方法によって作成されたものといえよう。
図5 空電強度世界分布図(Fa dB)
(1978年,秋季,UT=00時2.5MHz)
最近,太陽活動度と地球の気象現象との関連に関する
研究が流行しているが,RANミッションによって得ら
れた雷発生頻度が,太陽風の磁場の極性が反転する境界
面(Solar Sector Boundary)が地球を横切る日を中心と
して低くなることが統計的に明らかとなった。
衛星から地上にある短波帯の信号源を受信する場合,
電離層の反射屈折効果のため,受信され得る、電波源の位
置は,衛星直下の限定された領域内にあることになる。
この領域は電離層の、電子密度分布に拠っており,電離層
の変動によって複雑に変化する。単純化した電子密度3
次元モデルから推定した衛星視野はISS-bの実測と
良く一致している。
RANでは電離層の遮蔽効果のため,地上では観測で
きない短波帯の大陽電波,宇宙雑音の観測を行っている。
図6はISS-bの観測から得られた銀河中心方向及び
その反対方向から到来する宇宙雑音のスペクトルである。
銀河中心方向の雑音強度か2〜4dB高くなっている。衛
星に搭載されているアンテナは指向性が広く,電波の到
来方向を識別することは困難であるが,ISS-bが地
球のごく近傍を周回する衛星であり,地球の掩蔽を受け
ることを利用して上記の効果を得た。
図6 短波帯宇宙雑音強度
電離層プラズマ直接観測(RPT,PIC)
ISS-bはまたプラズマ測定器(RPT:Retarding-Potential Analyzer)
及びベネット型イオン質量分析器
(PIC:Ion-Mass Spectrometer)によって,衛星周辺の
プラズマの電子密度,電子及びイオン温度,平均イオン
質量,O+,He+及びH+イオン密度等を測定している。こ
れらは,電離層の物理的状態を規定するもので,電離層
の静穏時及び擾乱時の特性,電離層の中において起る現
象の解明,電離層領域でのエネルギーの授受機構の考察,
さらに、電離層プラズマと衛星との相互作用の調査研究に
とって必要なことは周知の通りである。
プラズマ測定器(RPTミッション)から得られた観
測データは計算機を用いて最適曲線あてはめ法によって
解析する。質量分析器(PICミッション)については
2個のセンサーからのデータを角度特性の補正及び,
TOPの密度を用いて絶対校正を行って解析する。
電子密度,電子及びイオン温度,平均イオン質量に関し
ては1978年8月から1980年4月までの間を9つの期間に
分けて世界分布図を作成した。イオン組成に関しては,
1978年8月から1979年11月までの間を7つに分けて,O+,
He+及びH+イオン密度の地磁気緯度及び地方時を軸と
する3次元立体分布図を作成し印刷公表した。これらア
トラスの例を図7,8,9,に示す。
図7 電子温度世界分布図。Te/1000Kを示す。
1979年2月5日〜3月19日,21〜03時LT。
図8 電子温度世界分布図。Te/1000Kを示す。
1979年4月4日〜5月28日,21〜03時LT。
図9 H+イオン密度の地磁気緯度及び地方時変化図
従来の衛星は高度,傾斜角及びデータレコーダの関係
で電離層パラメータの分布図は極めて限られた範囲でし
か得られていない。特に全季節をカバーする1年以上に
わたる世界分布図は皆無である。この意味で今回得られ
た各種パラメータの世界分布図は資料価値の高いものと
言えよう。これらについて二,三の特徴を述ベると,ま
ず電子密度,電子及びイオン温度,イオン組成の分布は
経度によって著しく変化する。そして地球磁場の影響は
強く,季節によって南北両半球のパターンは顕著に変化
する。特に磁気赤道附近及び磁極附近の変化は大変複雑
である。
次に電子温度の世界分布において,周囲より数100K
も温度が極端に低い特徴的な領域(電子温度トラフ)が
夜間赤道付近に現われることが見い出された。トラフの
存在はOGO-6衛星等の個々の軌道に沿った観測から
知られていたが,ISS-bの結果から恒常的に存在す
る現象であることが明らかになった。この平均的なトラ
フの拡がりは緯度で約10度,経度で80〜100度程度である。
図7,8を比較すると分るようにトラフの位置はわずか
2か月の間に著しく変化している。即ち,図7(北半球
冬)に東経180度付近,地磁気赤道(図中の太い線)の南
(夏半球側)にあったトラフが,図8では東経0度付近,
磁気赤道の北(同じく夏半球側)に移動している。トラ
フ領域は春分/秋分を境にして約2か月の間に経度にし
て180度変化するものらしい。
この現象は電離層中の中性大気風によって引き起され
る磁力線に沿うプラズマの上昇流に伴う断熱膨張で温度
が低下することによって生ずる。そして李節変化の様子
は中性大気の風系の変化によって説明出来る。
さて今回出版したHe+イオン密度の世界分布図は,世
界初めてのものであるが,これらを解析することによって
He+イオン密度の冬季日変化異常特性が見い出された。一
般に密度は太陽天頂角に依存する。従って夏半球での密
度は冬半球より高いのが普通である。事実H+イオン密度
にその傾向が見い出される。しかしHe+イオンに関しては
この様子が異なる。図10は北緯30度と南緯30度とにおけ
るHe+イオン密度の比を対数にとって月変化を示したもの
である。H+イオンに関しても同様の統計処理を行うと昼
夜とも全く同じであり,図10の白丸で示した季節変化をた
どる。すなわちH+イオン密度は昼夜とも同位相の変化を
する。これに対しHe+イオン密度は昼夜で逆位相の変化
を示す。He+イオン密度の昼間の分布が冬半球で卓越す
るという特異現象が見出されたのである。
図10 北緯30°と南緯30°とにおけるHe+イオン密度比の季節変化。
0〜3時及び12〜15時の場合をしめす。
He中性密度の冬季異常は衛星のドラッグの解析やOG
O-6の観測によって知られている。He+イオン密度に関
してもエクスブローラ32号,OGO-2,-4による観測
でもこの現象は知られていたが,図10のように1年以上
にわたり,しかも地方時変化を含む詳しい観測結果,特
に昼夜で南北の比率が逆転するという事実は始めてのも
のである。
以上の他に,O+イオン密度の中緯度における2桁以上
の密度減少の領域の存在とその季節変化特性,プラズマ
ポーズと密接に関係した電離層高度中緯度で観測される
電離層トラフの地磁気活動依存性等が明らかになった。
おわりに
以上ISS-bによる研究成果の紹介を試みたがペー
ジ数の制限もありごくあらましだけの記述に終ってしま
った。しかし現在ISS-bの成果を集大成した電波研
究所季報特集号を計画しているので,詳細についてはこ
れを参照されたい。最後に当所ISS-bプロジェクト
関係者の日頃の御努力を多とするとともに,NASDA
の御協力に謝意を表するものである。
(本部長 羽倉幸雄)
乙津 祐一
はじめに(衛星通信部 第一衛星通信研究室長)